日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「D^3」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:草、現世、廃人】


 勤勉という言葉が死語──美徳ではなくなってから一体どれだけの歳月が経ったのか。
 かつてはどん底に落ちていたこの国の経済は、それは美徳ではなく当然としたことで再び
の向上を獲得するに至った。
 しかし何故だろう。数字の上では確かに暮らしは良くなった筈なのに、見る者全てが酷く
そら寒いように感じられる。まるで取り憑かれたように、それがさも“当然”であるかのよ
うに、自分達は日々がむしゃらに働く。
 おそらく、そんな必死さが折り重なったことでこの回復は叶ったのだろう。だがそれは必
ずしも最善手とイコールではなく、もっと才覚があり、或いは元から資本を持っていた者達
はより多くより効率的に富を増やしていったに違いない。……不平等な話だ。
 だからきっと、自分は少数派(かわりもの)なのだろう。突っ走ってみてよく分かった。
 でもそれでいいのか? 本当にお前達は、それでいいのか?
 自分が守り、救うべき者達。
 その見渡す限りの誰もが、その巨悪を否定しない。
 それでいいのか?
 人生の大部分を捧げて、真っ白になるそんな結末で……。


「──ったく。よりによってこんな状況で事切れちまうなんて」
 そこは山間に通る道路の一角だった。
 バスが一台、ぐるぐると登っていく外側の路へと激しく横転している。
 見るも無惨な大破だった。事前に情報は聞いていたとはいえ、確かにこれは誰も助からな
いなと、場に集まった刑事達は内心一様に思った。
 鋭角に切り拓かれた斜面の下では、ぐちゃぐちゃになったバスの残骸の周りに何十人もの
鑑識達が寄って集ってサンプルを集めている。遺体は運転手を合わせて六十二人。ちょうど
その当人が短歌に乗せられ、今やモノとなってこちらに登って来ている。
「……このホトケさんが?」
「はい。ご覧になられますか?」
「ん、まぁ、一応な。話は聞いてるが……」
 一同を率いる壮年の刑事が少々躊躇うような渋面を零し、しかし係員に訊ねられて首肯の
言葉を返す。ガサリ。巻かれていた青いシートから元運転手だった男の白い顔が覗く。今に
始まった事ではないとはいえ、一同は思わず深く顔を顰めた。
「……真っ白、ですね」
「ああ。対向車両(れい)の証言とも一致してる」
「やっぱりアレ、なんですかね?」
「だろうな。今回も“3D(スリーディー)”の使い過ぎで間違いない」
 バス会社の制服を着たままの男の顔は、五十代半ばという年齢にしては明らかに老け過ぎ
ていた。文字通り肌も髪も真っ白に変貌し、見開かれたまま濁った瞳は見る者に死というも
のを否応無く意識させる。
「……」
 古賀は、そんな同僚達の頷き合うさまを、誰よりも深い深い渋面で見ていた。
 そこには忌避以外の──純粋な怒りの感情というものが籠められている。古傷のような皺
があちこちに刻まれた顔でこの遺体と係員達を見送ってから、彼はまるで親の仇でも見るか
のように斜面下の転落現場を睨み続けている。

 “3D”とは、今日知らない者はいないとさえ言われるほど世の中に浸透してしまった、
新種の脱法麻薬である。
 Drop Disturb Drag──通称・脱落防止剤。主にして最大の作用は精神の高揚。たとえ極度
に疲労していたとしても本人にそれを自覚させず、且つ薬効により高められた心身は常人以
上の能力を発揮する。
 だがそれは、結局のところ自分を騙しているに過ぎない。とうに限界など超えている身体
を使い続けた結果、この薬の中毒者は総じて悲惨な末路を迎える。それはあたかも一ミリの
残量すらも搾り出し、一見して突然に事切れるのだ。生命を使い果たす──彼らの最期の姿
は文字通り“真っ白”になるのだという。
 当初は誰も、この乾燥香草がここまで国内を始め各国に広まるとは思いもしなかった。
 しかし疲労を忘れ、人並み以上のパフォーマンスを発揮できるとして、その使用者は年を
経るごとに急増していった。ちょうど同時期、四半世紀ほど前に煙草が百害あって一利なし
と糾弾され続けて消えゆくのに合わせ、まるで入れ替わるように人々に浸透していったのだ
った。どちらにせよ身を蝕む──代償としての突然死が、社会のあちこちで甚大な事件・事
故を引き起こすことを想像できずに。

「──何故です! またあんなに大勢人が死んだんですよ!?」
 なのに警察内の対応は鈍かった。今回のバス事故においても、それは変わらない。
 署に戻った古賀は、事故の元凶たる“3D”に遅々として踏み込もうとしない上層部に噛
み付いていた。ざっと概要だけ調べたら、後は上手く片付けろ──。人一倍正義感の強い古
賀にとってそれは、何よりも許しがたい怠慢であった。
「分かってる。分かってるさ。……だがなぁお前、俺達で“3D”を真正面から叩けると本
気で思ってるのか? 少し落ち着けよ。あれの影響力を全く分からん訳でもなかろうに」
「……」
 へらへらと部長の幣原が苦笑(わら)っている。正直その表情(かお)自体が、古賀には
苛立ちを加速させる材料にしかなからなかった。
 ああ、知っている。今や“3D”は……この世の中になくてはならない存在だ。
 述べたように、この麻薬は使用者の疲労を忘却し、力を引き出す。つまりは仕事に生きる
者達にとってはこれ以上ない「お守り」なのである。

『大丈夫だって~。要は使い過ぎなきゃいいんだろ? どうしても休めない時にこれがない
と困るんだよ~』
『そりゃあ突然死なれるのは迷惑だけど……こうでもしなきゃ稼げないんだ。あんた、俺達
に死ねって言いたいのか?』
『大体、もし禁止になんかにして、また景気が悪くなったらどうすんのよ!?』
 或いはたとえ法的に規制されても、需要がある限りブツは地下に潜り続ける……。

 勿論、副作用やリスクについては知っていた。望む望まぬに拘わらず、その手のニュース
はほぼ毎日のように何処かで報道されているのだから。
 しかし人々は、世の多くの声は“3D”を禁止にすることに強く反対した。たとえ自分の
限界を騙して得た成果でも、それが当たり前になってしまった現在、そこから弾き出される
ことは死活問題にすらなり得ていたのだ。
 事件・事故が起こる度に遺族が哀しみに包まれる。“3D”への怒りを募らせる。
 それでも多くの他人びとはそれが自分に降りかかるとは考えなかった。考えようとはしな
かった。紛れもない中毒である。この乾燥香草がもたらす恩恵が故に、悲鳴を上げる誰かの
声を聞かないふりをしてきた。禁止法制化への機運が高まる度に各種団体・人々は殺到して
これに抗議し、違法というレッテルを叩き潰してきたのだった。
 ──だからこそ、幣原以下同僚の刑事達も中々その重い腰を上げない。上司に噛み付く古
賀を「またか」と言わんばかりの冷たい眼で一瞥し、されど決して表には出さずそれぞれの
仕事に戻っていくのである。

「笹井……お前……」
「こ、古賀さん!? あ、いや、これは深い事情が……」
 握り潰される。最早“3D”はある種の聖域、闇雲に触れてはいけない現代のタブーのよ
うになって久しかった。
 それは何も警察内部も例に漏れない。そして何度目かの失意の中、ふらっと仮眠室の扉を
開けた古賀が目の当たりにしたのは、若い後輩刑事がその“3D”の葉をこなれた手付きで
吸っていた姿だった。
「事情? ふざけるな! 俺たち警察官が率先して手を染めてどうする!」
「……っ。う、うるさいな! ヤらなきゃやってらんないんだよ! こんなハードな仕事、
補給も何もなしで出来る訳ないじゃないか。皆やってますよ。そんなクソ真面目に敵愾心を
燃やしてるのはあんたぐらいだ!」
 半ば自棄になって叫ぶ。
 口に半透明のパイプを咥え、燻った香草の煙が彼の口内へと入っていく。
「お前……」
 ギリッ。古賀は軋むほどに自身の拳を強く強く握った。
 中毒者は増え続ける。身を滅ぼすと知っていても、抜きん出ることができるから。


 だから古賀は一人で闘い続けた。先日のバス事故の一件、管内で起きた“3D”による突
然死絡みの案件。その全てを改めて洗い出し、彼は執念の単独捜査で薬の出元を突き止めた
のだった。
 おい馬鹿、いい加減に──。幣原や署、県警の上層部が何度も窘めてきた。だが古賀の中
に撤退の二文字はなかった。どうやら懲戒免職になるらしい。いよいよもって相手も最終手
段に打って出てくるようだと聞き及びつつ、彼は繁華街の奥にある小さな店へと単身踏み込
もうとしていた。エスニックな外装を施した、事前に調べていなければ見落としてしまいそ
うなほどの小屋である。
「おやおや……。随分と鬼気迫ったご様子で。ご用命は?」
「お前がこの辺り一帯の“3D”を扱っている元締めだな? 貴様を逮捕する」
「逮捕、ねえ。うちの薬はどれも“合法”な筈なんですけど……」
 遠巻きにみれば線の細い、なよっとした中性的な男性だった。
 色白の肌に、目元や腕に青黒いタトゥー。上下両側から迫ってきそうなほどぎゅうぎゅう
に商品を詰めた棚に囲まれ、この店主は一人カウンター越しに半身を逸らして座ったまま古
賀に微笑(わら)いかける。
「証拠ならたんまりと集めてある。管内で起きている突然死や事故も、この店から流通した
ブツが原因であるのは明らかだ」
「勇ましいのねえ。でも、本気? あたしを捕まえた所で“3D”は無くなりやしないわ。
ニーズがある限り商売は成り立つの。それこそ、あなたの首一つくらい簡単に獲っちゃう人
の懐にだって」
「お前がそんな心配をしなくていい。これは俺の戦いだ。こんな状況、間違ってる。よく考
えれば分かる筈だろう? 単なる中毒だけじゃない。国が、滅──」
「でもその選択をしたのは国民。違う?」
 ピッ。抑え切れない正義感(いかり)のままに捲くし立てる古賀に、店主は人差し指を前
に立てながら言った。古賀が一瞬眉間に深い皺を寄せて黙る。店主はふふっと笑い、その手
を今度はゆたりとカウンターテーブルの上に膝をついて乗せた。
「栄養剤みたいなものよ、このヤクは。毎日のお仕事、でも悠長に疲れてられない。頑張ら
なくちゃいけない。そういう時に飲む──吸うものなの。実際、そのリスクを知っていても
彼らは手放そうとはしない。彼らの、選択よ」
「……違う。お前達が広めなければこんなことにはならなかった。一緒にするな。どう繕お
うが人を滅ぼす薬物であることには変わらない」
「頑固ねえ。薬って括りでなら同じじゃない。あれだって力の残量を継ぎ足すだけで、根本
的な解決なんて一つもしてくれないわよ? でもそうやって皆誤魔化し誤魔化し生きている
んじゃない。働くんじゃない」
 店主はしなを作り、わざとらしく嘆息をついてみせた。まだ決して表情を崩さぬ古賀を目
を細めて見遣り、肘をついた小首を傾ける。
「生きることは働くこと。働くことは誰かに資すること。誰かに資するということは自分を
多かれ少なかれ捧げるということ。どう足掻いたって、あたし達は自分という一個の生命を
切り売りしながら生きてるの。死にたくないって言いながらね。……同じじゃないの? 行
き着く先は皆等しく使い潰された自分。そして彼らはそれ以外の道を選ばなかった。心だけ
が生き残って自分が壊れていくさまを観るのと、ほぼ同時に壊れてそこでピリオドを打てる
のと。一体、どっちが幸せなのかしらね……?」
                                      (了)

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  1. 2016/06/05(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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