日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「不変不在の詩」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:猫、時流、運命】


 その日、我が家の飼い猫が死んだ。十五歳だった。人間で換算すると七十歳オーバーのお
婆ちゃんという事になる。僕ら家族に見守られ、ゆっくりゆっくりと敷かれた毛布の上で目
を呼吸を細めながら逝ってしまった。
 元々は、何処から来たかも定かではない迷い猫。
 それでも十五年という時を一緒に過ごしてきた僕らにとり、彼女は間違いなく家族の一員
と言って良かった。
 母が、そして仔猫だった頃の彼女を拾ってきた本人である姉が、臨終の中でさめざめと泣
いていた。父も言葉少なく目を細めていたのを覚えている。
 だが……そんな中で僕だけは涙を流せなかった。目頭こそ熱くなって思う所はぐるぐると
頭の中で駆け回っていたのだが、今思えば自分のそれは周りの皆とは随分あさって方向へと
むいていたのだろうと思う。

 ──どうして、いなくなるんだろう?
 拙い言葉を手繰り寄せてみれば、僕の中に満たされていったのはただの哀しみ以上にそん
な疑問、心苦しさのようなものだったのだと思う。
 目の前で今まさに事切れていく愛猫もそうだ。彼女を囲む家族もそうだ。
 随分と、変わってしまった。十五年という歳月がそうさせたのだと理屈の上ではさも常識
であるかのように解っているつもりだった。なのに密かに彼らに視線を移した時、僕はその
“当たり前”が惜しくて惜しくて仕方なかったのだった。

 振り返る。この十五年、いや自分の二十八年の人生は、言い換えてみれば無数の別離と共
にあった。幼い頃一緒に遊んだ友人達、偏屈ながらも孫の自分たち姉弟を可愛がってくれた
祖父、中高そして大学と代わる代わるに現れては消えていった、当時の仲間達。
 はたしてその中の一体何人が、今変わらずそこにいるだろう? 一体その何人と、自分は
距離を置くようになってしまったのだろう?
 愛猫のように、祖父のように、既に死んでしまった者もいる。気付けば疎遠になり、もう
何年何十年と連絡を取っていない──取れるか分からない者もいる。
 歳月が過ぎれば当然のことだ。そう己の中の常識は云う。
 でも、それでも……はたと思い出す度に、僕はまた伸ばそうとした手を思わず引っ込めて
しまう。何年も放っておいて、まめを捨てて、今更何と言って声を掛ければいいのか。何て
表情(かお)をすればいいのか。
 そうして自分に言い聞かせる。伸ばしかけた手を引っ込め、その選択をさもクールな判断
だと糊塗して表面の記憶から拭い去るのだ。
 きっと戸惑うだろう。迷惑だろう。向こうにも時間は流れている、彼・彼女が生きている
今がある。そこへ突然割って入るような真似はしたくない……。

 言うなれば、ひたすら水平線の広がる水面に立っているかのようだ。
 イメージの中の世界が錯覚する。僕はその酷く浅い水面に立っている。辺りには目立った
遮蔽物こそないが、四方八方をもやっとした白い霧が覆って先にあるものを決して鮮明に映
そうとはしない。
 ただ向こうに、或いは別の方向に、誰かが立っている気がするだけだ。しかし僕らは互い
にそれらを確かめることはできず、唯一足元の水の下にじっと古びた線路が延びているのを
見下ろしてみるだけだ。
 じっと。ややもすれば、ここに居るのは実は自分一人ではないかとさえ錯覚する。
 はたっと顔を上げる。しかしやはり誰かがいるらしいとは見えても、白い霧を通してはそ
の誰の正体を突き止めることはできない。昔知った間柄の誰かかもしれないし、いや多くの
場合、出会ったことすらない全くの他人であるかもしれない。
 ちゃぷちゃぷと。僕は進んでみるしかない。
 この靄の掛かった浅い水面の上を。行き先も分からぬ旧い路(みち)の轍を。

 ……いつからだろう? そうして、出会う事すら億劫になったのは。
 少なくとも幼い頃はそうではなかった。筈だ。地縁で大よそ周囲が分かっていたからとい
う側面もあるのだろうが、間違いなく自分自身は幼いが故によく解っていなかったせいだと
思う。
 一般に幼い子供ほど、時間に対する長さ──重みが大きいと云う。
 それは割と単純な理屈で、元々生きてきた時間の総量が短い分、今ある時間の占める人生
の割合がどうしたって大きくなりがちだからだ。
 だからこそ、逆に大人になっていくほどその相対的な重みは落ちていくことになる。覚え
はないだろうか。子供の頃に比べて、今の一年の経過はとても早く感じる筈だ。
 そういう事なのである。多くを知ってしまったから、失っていく。少なからず「得た」と
いう経験があるからこそ、表裏一体としての「喪失」があるのだ。
 ……ならばいっそ。だからか僕はどうしても、家族の死に(こんなとき)思ってしまう。
 こんなに哀しいなら、心苦しい目に遭うのなら、出会わなければよかった。確かに得ると
いう経験は数少なくなる一方だが、同時に喪失の痛みも経験することはない。
 いや、天寿を全うする誰かならまだよかったのだろうか。それよりも辛いのは、まだ生き
ている者達同士なのに、別れていく──彼らと僕の関係性、そして「場」が音も立てずに崩
れ去っていくこと。
 僕は、その瞬間に経過に立ち会ってしまうことが辛い。自分はもっとああすべきだったの
ではないか? こうしてはならなかったのではないか? 色んな可能性を振り返り、目の前
で失われていくものらを何一つ繋ぎ止める事が出来なかった。人が老いるように集団も老い
るし、人が死ぬように関係性もいずれ死ぬ。そんな“当たり前”を、繰り返される誰かと誰
かの終焉を、僕は何処か魂の片隅で啼いていたのかもしれない。

 変わらないことを望んだ。壊れていくのは哀しいから。
 感情ではある。だけども僕が哀しむのは多分、愛着のある「誰か」に向けられているとい
うよりは、壊れていく「事象」そのものを悼むからではないかと思っている。
 かつて一緒に園庭を駆け回った子が、実は自分を妬んでいたり。
 かつて優しかった人が、実は裏で自分の大切な人を虐げていたり。
 かつて親しかった友が、別に自分がいなくたって普通に──懸命に生きていたり。
 誰が悪いって訳じゃない。分かってる。その全ての「実は」を今更穿り返して責め立てた
所で、更に壊すことはしてもあの頃に戻れる筈はなくて。
 ただ変わって欲しくなかった。いつか終わるのなら、この今を精一杯君と共に生きようと
は思えなかった。心の底ではいつも陰からこちらを覗いている終焉があり、何か切欠さえあ
れば即座に大鉈を振るって引き裂いてしまうのだと。
 贅沢で、高慢な願いだ。大人になるにつれてそれは重々承知するようになった。
 でも……それでも、僕はこの一瞬を全力で携え合えるほど綺麗じゃなかった。親しく手を
取ってくれた誰かのその姿に、冷たく興味を失って自分を見つめるその誰かの像が重なって
見えるのだった。握る手は弱まらざるを得なかった。……それが結局、僕らを「変えて」し
まう切欠にだってなりうるのだと知った後でも。

 変わることは、進歩することでもある。ああそうだ、前向きに捉えれば。
 でもそれは本当に「進んで」いるのだろうか? そう単純に僕らの歩いている路は真っ直
ぐで一本路なんだろうか? 僕はそうは思えない。あの浅い水面と白い霧の世界をイメージ
する。全容は中々どうして僕らには知りえないけれど、多分その線路は無数に複雑に分岐し
ては延び、また何処かで繋がっている筈だ。そして時に基点すら平等ではなく、きっと並走
できるだけの充分な横幅もない。
 進んでいるのかな? 実は他の誰かからすればとんでもない後戻りで、遠回りに映ってい
るかもしれない。でもそれを僕らは真の自由と云い、多様性と云う。……はたしてそれは本
当だろうか? 半ば強がりではないだろうか? ゴールは一律ではない。確かにその意味で
はどう往ったっていいだろうという事になるのかもしれないが、いずれ朽ちる定めであるの
なら、目指す場所へと真っ直ぐ進めた方が“上手”であるように思える……。

 変わらないことを望んだ。何故なら、変わり失われたように見えるものがまた生まれ変わ
っているという確証が持てないからだ。
 無神論者は言う。死ねばただの物質になるだけだ。
 信仰の徒は言う。決して魂は死なないと。
 はたして失われた彼らは役立ったのだろうか。関わった者達の心に活き、地に還り、意味
のある存在であったのだろうか。
 僕は懐疑的だ。人はそこまで賢くはない。時が経てば死者のことは忘れるし、別れた誰か
のことを思い出す前に、それぞれの日常に忙殺されていく。
 この十五年、僕もすっかり変わり果ててしまった。老いて変貌した両親も然り、結婚して
まるで違う世界の人になってしまった姉も然り、自分は得たもの以上に、色んなものを失い
ながら今この瞬間を生きているとさえ思う。

 だから、変わらないことが眩しかった。理想だった。
 壊さなければ進めないのなら、何とか迂回できなかったか? 自分の為に朽ちていく人に
何をしてやれる訳でもなく、失う以外に路はないのか?
 結論から言えば、変わらないことは在り得ない。変わらないように見えても、きっと何か
は誰かは、水面下で軋んでいる。意識無意識に拘わらず壊れるゆく準備をしている。それを
僕らは知ってしまったから、逆説としての「永遠」に憧れるのだろう。

 この哀しさは欺瞞だ。少なくとも只々ひたむきな弔意ではない。
 この苦しさは自愛だ。失われるものを想う以上に、失ってしまう自分を嘆くのだ。
 だからこそ思う。叶わぬと知っていても願ってしまう。
 変わらないことを望む。しかし全ては必ずあさってへと変わってゆくだろう。
 ならばせめて、自分達に出来ることは何だ?
 この哀しさを、心苦しさを埋めるものは、何だ──?

 ***

「じゃあ、帰りましょうか」
 愛猫の亡骸は僕ら家族によって火葬場に持ち込まれ、丁重に弔われた。母や姉は彼女の遺
骨を持ち帰ろうと言ったが、僕はそれをやんわりと止めた。幸いにもこれには父も賛成して
くれた。曰く骨やら写真やら、あの子のものをずっと置いていたら成仏できるものもできな
くなっちまうだろう? と。
「本当にいいのね? そりゃああんたは私と違ってすぐに此処に来れるけど……」
 でも姉はまだ未練があるらしい。車に乗る前も、そう僕にぶつくさと言いつつ、ちらと肩
越しに丘の上の本棟を見上げている。
 話し合いの結果、愛猫(かのじょ)の骨は敷地内の動物用共同墓地に埋葬されることとな
った。祈りたければまたあそこに来ればいい。墓とは死者の為以上に、遺された生者の為の
ものであるのだから。
 全員が車に乗り込む。父の言う信心(こと)もあながち間違ってなさそうではあるが、僕
の思っていた理由はまだ別の所にあった。
 ──忘れる為だ。変わる為に、僕は敢えて皆から彼女の象徴的なものをなるべく遠ざける
ようにした。だって釣り合わないじゃないか。あの子が死んだ──変わってしまったという
のに、僕らが泣き続ける(かわらない)ままでは彼女の死がさも無益になってしまう。
 忘れよう。もっと厳密に言うなら、埋没しよう。
 せめてこの感情を埋める為に、僕らは哀しむのではなくそれぞれの今を生きるべきだ。路
は無尽蔵に続いている。だけども一人一人に許された時間は決して無限ではない。それこそ
変わってしまうもの──有限なのだ。
 失うことで辛くなる、それを避ける為に出会うこと変わることを拒否する。
 だがそれは所詮理想論で、現実には叶わない。きっと出会いと別れ、変わりゆくものはず
っと僕らについて回る。ならば僕らにできるせめてもの選択は、その辛さこそを何とかして
忘却してしまうこと、殊更に感じないよう生き抜ける強かさではないだろうか。
「出すぞ」
 言って父がエンジンキーを挿れる。
 半端な青空の下で、年季の入った我が家の車がゴウンゴウンと唸り出した。
                                      (了)

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  1. 2016/05/29(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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