日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「愛玩具」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:骸骨、魅惑的、燃える】


「──は、一葉(ひとは)!」
 何だか懐かしい声がした。それまで何処にあったのか、自分でも分からない意識がふうっ
と深くて暗い場所から引き揚げられる、そんな心地がする。
 私はゆっくりと目を覚ました。
 ぼんやりと目の前の景色が、思考がまだはっきりとしていない。ただ確かなのは薄暗い部
屋の中、心配そうに私を覗き込んでいる男の人の表情(かお)だった。
「ああっ、一葉! 一葉! お、俺が分かるか? 慎(まこと)だよ。恋人の……」
「……?」
 どうやら先程から彼が口にしているヒトハ、というのが私の名前らしい。
 彼は慎と名乗った。訊いているのにすぐに答えを言ってしまう辺り、大分気が動転してい
るのかもしれない。
 私は暫くぼうっとそんな彼の顔を見つめていた。
 ぱちくりと目を瞬く。そうだったかもしれないし、そうではなかったかもしれない。でも
最初に彼の声が飛び込んできた時、こうして見つめられている時、何とも言えない懐かしさ
が込み上げてくる。
「まこ、と?」
「ああ、そうだ。慎だよ。良かった! 本当に良かった……!」
 そしてぎゅっと抱き締められる。成すがままだったが、不思議と嫌な気持ちじゃない。
 何故そんなに切羽詰った風なんだろう? 私の肩に顔を回し、彼がほろほろと涙を流して
いるのが分かった。
 目を瞬く。困惑していて、でもこの人肌の感触が空っぽな私を満たしてくれるような気が
して。暫く私は、彼の心と体を全身で受け止めることにした。
「……あの。私は一体……」
「うん? ああ、覚えてないのか。無理もないな。この前、やっと病院から帰って来れたん
だけど、また具合が悪くなって眠っていたんだ。どうだ? 身体、何ともないか?」
 ともかく自分がどういう状況なのかが気になった。すると彼は苦笑いし、そう優しく両肩
に手を添えてくれながら言う。
 ……確かに、身体に上手く力が入らなかった。格好も、畳敷きの布団の上に半袖シャツと
下着だけの薄着だ。細い腕だ。肉が痩せ細ったような風に見える。
「大丈夫だから。俺がついてるから」
 彼はそう、ぎゅっとまた私を抱き締めてくれた。
 ちぐはぐとした何か。でもそんな違和感も、彼がついていてくれるなら大丈夫だろうと思
い始めていた。
「……うん」
 カーテンを閉め切った、アパートの一室。
 まるで久方ぶりに出会ったかのように、私達は抱き締め合う。

 それからほぼ毎日のように、私は彼に求められた。
 彼の言うように私はずっと病気だったらしく、この部屋の中すら上手く動き回れない。
 仕事なのか、彼はしばしば朝名残惜しそうに部屋を出ていき、日が暮れた頃に戻って来る
というサイクルを繰り返していた。
 お帰りなさい。もうずっと自分の万年床であるかのような布団の上で微笑みかけ、すると
彼も笑う。楽な格好になり、布団の上であーだこーだと語り合っている内に、また彼は私を
貪り始める。そんな繰り返しだった。
 疲れているんだなと感じた。それだけ彼は私にべったりのように思えた。溜め込んだもの
を何度も何度もぶつけ、くたくたになった私を見下ろしている。
 ごめんな……。彼は時折そう呟きながら汚れた私を拭ってくれ、何故か哀しそうな顔をし
ている。何で? 確かに堕落した感じだけど、私達は恋人なんでしょ……?
 だから、少しずつだった。私はそんな日々に、少しずつ疑問を感じるようになった。
 彼が嫌いとか、そういうのじゃない。病気で寝ていたという空白があっても、虫食い状態
の記憶でも彼と愛し合った日々はこの胸の中に残っている。
 ただ違和感があったのだ。日を追う毎に少しずつ改善してきているとはいえ、こうも身体
が上手く動かない状態で自宅──同棲相手の家にいていいのだろうか? 専門的な知識など
はないが、ちゃんとした病院でリハビリなどを受けた方がいいのではないか?
『いや、その辺りはどうしようもないんだ。ゆっくり時間を掛けて慣れていく以外にないっ
て話は聞いている』
 簡単な自炊、或いは帰り道で買ってきたらしいお弁当を二人で突きながら、その度に彼は
決まってそう言った。そうは言われても、不安である事には変わらないのだから。
 ……何より妙だと思ったのは、彼が私を部屋から出さないことだった。
 まぁこんな身体だし、外に出た所で何ができるというものではないのだけど。だけどもや
っとの思いで辺りに掴まりつつ、玄関のドアに触れた時、どうやら外から鍵が掛けられてい
るらしいという事に気付いた。……何で? 確かに「大人しく寝ててくれよ」と彼にはいつ
も出掛け際には言われていたが、ここまでして“閉じ込める”意味は何なのだろう?
「──うんしょっ、と……」
 だから私は、家の外ではなく中から調べてみることにした。彼が家の中に溜め込んだ雑誌
や新聞などから、自分が入院していた間の世の中の動きなどが分かればいいなと思ったから
だ。部屋の奥に固めてあった、紐で括られた古新聞の塊を引っ張り出す。日付は三ヶ月ほど
前からあった。所々ページが抜けているのは、多分何かに使ったからだろう。
 一面を飾る大きな事故、政治家の汚職、企業の倒産。
 地域面にもざっとだが目を通した。しかしここが、自分の元いた場所が何処だったかさえ
忘れていることに気付き、途中で諦めた。忘れていることに気付けただけでもいい。……自
分のアイデンティティすら記憶にない、その恐怖から逃れたかった。
「……?」
 そうして暫く新聞紙の山と格闘している最中だった。はらりと、一枚のチラシが挟まれて
いた紙面の間から零れ落ちてフローリングの上を滑っていった。もぞっと。まだ上手く動け
ない身体を這わせながら、気になってこれを手に取ってみる。
「“想い人、蘇らせます”……?」
 筆文字のようなフォントで統一された、やけに古めかしい広告だった。
 そこにはそんな文言が踊り、詳しい説明書きやら連絡先らしき番号が書かれている。
「……」
 妙に気になった。
 私はこのチラシをキープすると、一旦古新聞の山を元のように片付け始める。

 昼間仕事に出ている間、私の身体を貪ってぐったり寝入った後。
 私は彼の目を盗むようにしてこのチラシを詳しく読んでいた。
 どうやら怪しげなセールスの広告らしい。何でもこの店が売っているという特別な人形の
穴ぼこに想い人だったもの──遺骨や髪などを専用の液剤に溶かして注ぐと、一晩でその人
間が蘇るというのだ。
 ……馬鹿馬鹿しい。だが私は、このチラシを見てどうにも気が気で仕方なかった。
 ただこの辺り一帯に挟まれた広告の一枚だと信じたい。でも、もしかしてという予感が先
ほどから全身を掻き毟って止まらない。
 息が荒くなる。私は寝入っている彼に注意しながら、部屋の隅に置かれているゴミ袋達に
目を凝らしてみた。
 するとあったのだ。広告と同じ空箱と、何か液体が入っていたらしい小瓶、明らかに高級
そうな木箱がゴミ袋の中に一つ。
 ……まさか。私は怖くなった。つまりどういう事だ?
 “想い人、蘇らせます”
 もしそうなら、私はとうに──。
「慎君!」
 ちょうど、そんな時だった。確信と終わりは呆気なく訪れる。
 乱暴に部屋のドアを開けた人がいた。ふっくらとした身体つきの中年女性だった。後ろで
おろおろしている、鍵束を持っているのは、多分管理人さんだろうか。
 彼はその声に思わず飛び起きていた。この彼女を見て目を丸くし、そしていつの間にかゴ
ミ袋の傍まで這っていた私も見てぐらぐらと瞳を揺るがせている。
「どういうつもり!? 娘の遺骨を盗み出すなんて。いくらあの子の恋人でも、やっていい
事と悪い事があるでしょう!?」
 娘の、遺骨?
 その瞬間、私はぼうっと見つめていたこの女性のことをはたと思い出した。ちょうど彼女
からは死角になっていたのだろう。私が呟いた直後、彼女は目を見開き──そして真っ青に
なった。
「……お母さん?」
「ッ!? 一葉……? 何で、何であんたがここ──にぃ?!」
 ガタガタ。彼女は、母は私を見て歯を震わせていた。
 寒気、恐ろしさだった。母は私を見て、さも絶望した様子で顔を引き攣らせた彼を一度見
比べてから、言う。
「なな、何なのあなた!? 一葉に……娘に似た……人形!?」
「えっ──」
 指を差される。記憶が確かにこの人を、お母さんだと言っているのに。
 まるで化け物をみるかのような眼だった。彼が「あああッ!」と狂ったように頭を抱えて
その場に転がり始めている。
 私はそっと、恐る恐る自分の手を見下ろしてみた。
 “関節”があった。肘、手首足首、指。そのあらゆる箇所に明らかに不自然な“繋ぎ目”
が走っていたのだった。溝をもつ球体が嵌っていたのだった。
「……ああ、そっか」
 ギチ、ギチ。身体が啼くように軋む。やっぱり思うほどには上手く動かない。

 そりゃあそうだよ。

 私は、とっくに──。
                                      (了)


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  1. 2016/05/22(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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