日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)僕らは“箱”を開け続け

長編更新のすぐ後にはなれませんでしたが。

週の半分以上を執筆モードに当てていたせいもあり、今週もあっという間に終わってしまい
ました。五月もこれでおよそ前半戦が終了ってマジか……プロット作る暇あるかな……?

という訳で、先日ユー録の七十三章をUPしました。ざっくりと括れば今回より「聖都」編に
なります。Ⅵ部の1/3ほどがこれで消化されたかな? なろうさんの活動報告などでも言及
している通り、今回はだいぶ盛れてしまいました(約28000字)明確なドンパチシーンがあっ
た訳でもないのに、はて?という印象。まぁ前々から自分の文章は硬い・長い・臭いの三拍
子が揃っているというのもあるにせよ……。執筆モードに掛かった日数は平均的でしたが、
やはりノれた時とそうでもなかった時の差というか、両者の時間・分量を合算した上で原稿
全体の按配を調整するというテクがまだまだ甘いという事なのかもしれませんね。

ユー録更新──今月分の長編予定が書き終わったので、早速サハラ~のプロット作成を始め
ています。進捗のほどは一章分ごとにツイッタ(小日記)にて覚書していくので宜しければ
ご参照のほどをm(_ _)m そしてこれもまたルーティンを伴った作業。全体の枠を決め、章と
いう名の大枠を作り、節別という小枠を作る。先ずは章内のシーンを箇条書き程度に書き出
していき、全体の流れに応じて(辻褄が合うように)順番を調整する。確定すればようやく
そのプロットを清書していく。細かい描写する内容も詰めながら書き出していく──。特に
「必須の描写」と何より「着地点」をどうするかが肝ですかね? ゴールが無い事には展開
もだるだると宙ぶらりんになりますし、シーンが締まらない──個々の必要性が緩む(?)
ように思うのです。まぁ普段から冗長な展開か。

肌に感じる季節はすっかり春を剥ぎ取り、初夏一色に変わりました。
時々数日単位で雨になりますが、それ以外はじりっと汗ばみ出すくらいの陽気が外に出ると
降り注ぎます。日の光それだけでもがらりと趣が変わったなあと感じますね。

五月、連休も明けて一週また一週。
世間ではいわゆる五月病が大手を振るっている頃でしょうか? 自分は今の所そういう酷い
倦怠感には襲われてはいませんが、一方でこの時期とは新しくなった環境や他人びとの細か
な部分が見え始め、自分のいる「場」が水面下に抱える軋み・歪みをとみに意識するように
なる頃合でもあると思うのです。

はっきりと問題になる訳でもない。しかし萌芽は在るらしい。

人の考え方は様々で、だからこそしばしば噛み合わず、時には「場」の為にどちらかが抑え
込むか出て行くしかなくなるのかもしれません。でも現実に採られている対処法がその繰り
返しでしかないというのは、自分としては毎度心苦しいのですよね。

……高望みなんだろうか?

ただ諍いなく、のんびり平穏に生きたいというだけの願いであっても。


ユー録を始めとして、僕の書く小説(文章)というのは基本暗くて重い毛色ばかりだという
自覚があります。

何というか、物足りないのですよね。ご都合主義で順風満帆な人間よりも、とかく人間の業
やら醜さやら、救い切れない末路というものを繰り返し繰り返し描いている。だから娯楽と
しての物語とは往々にして馴染めず、さもバッドエンドに偏った思考の「突きつけ」が目立
つように思います。
……ただね。それは別に僕がそういうものを望んでいるのではなく、寧ろ逆にそういう人の
クソッタレな部分を知ってほしい・改めてほしいという願いがあるからなのかなぁと。反面
教師というか、読む側の“快感”さえ犠牲にしてとにかく繰り返し繰り返し負の世界を突き
つける──。そりゃあ友人に『物語の中でくらい救われたいよ……』とぼやかれますわな。

だが断る。……しかし僕自身、さりとて人の備える悪性を完璧に撲滅(クレンズ)する事は
不可能だとも思っています。

潔癖過ぎるんですよねぇ。今日びのいわゆる炎上案件と、世の人々の求めるハードルが。
不義やら不正やら、汚いカネやら組織の闇やら。確かに清廉潔白──それらが無いに越した
ことはないのですけど、じゃあそもそもその「悪」の定義って何ぞや? と。
思うに、いわゆるのし上がってきた人達って、それまでの善いと悪いの隙間を逸早く見つけ
て攻めて、抜けた先にある未開の地を総取りした人達じゃないですか。或いはその系譜を継
いだ人達じゃないですか。いわば「悪知恵」も含めたデカさだと思うんです。そういう部分
を一つずつ「悪」認定していって、独り占めは許さない! って叫んでもなあ……と。

そして今に始まった事ではありませんが、巷にはそういう利権・特権階級の者達があの手こ
の手を尽くして保身に努める処を、さも“悪の黒幕”のように腐し批判し、何とかして失墜
させてやれないかと日々ヘイトを溜めている御仁が少なからずいる。情熱を注ぎ続けている
人達がいる。彼らはもっと俗な、一過性の炎上案件も含めて『だから○○は糞!』ととかく
結論付けたがるようにみえるのですが、ではそれであんた達は一体最終的にどうしたいの?
と、僕は口をへの字にして遠巻きに眺めてしまうのです。

多かれ少なかれ、そういう黒幕(業界の暗部的な勢力・側面)は実在はするのでしょう。
でもねえ。だからといって向こうも伊達に今までしぶとく生き延び来た訳じゃなく、ヘイト
で流動するような僕ら庶民様の動向なんてとうに経験知として蓄積している筈でしょう? 
実際何か不義や不正が明るみになっても、大抵は尻尾切りされてタイムリー性が賞味期限を
迎えるまで粘って、結局“真の悪”本体は逃げ遂せてるじゃないですか……。

──不毛というか、益体ないというか。
ぶっちゃけ、僕らがこの世の(巨)悪に怒るってのは、別にそこまで高尚な正義感じゃない
と思うんですよね。ただ個々の日々の鬱憤を、誰かを叩いている間はマシになるからという
動機で吐き出しーの、次の獲物を探しーのしているだけじゃないですか。
繰り返します。そこまで高尚なもんじゃない。
結局、諸々の案件の声を大雑把にまとめれば「俺にも寄越せ」だし、「俺が損をするのは許
さない」だと思うんです。こう言っちゃ何ですが、寧ろ僻みの部類だと僕は考えるのです。
ドンキホーテ状態なんですよ。敵う訳ないのに、吼えてはいる。周りが引っ掻き回されるの
に、自分は正しいことをしていると思い込む……。

等しく諦めろ、とまでは言いませんし他人に押し付けられません。ですが少なくとも、僕は
どちらかを選べと言われればそういう向きに否定的だし、彼ら“義憤の人”とは遠巻きの位
置関係でありたい。

……はたして僕ら一人一人は、世に跋扈する「他称・悪」を撲滅できる力があるのでしょう
か? その為の時間があるのでしょうか? 何より強烈で且つ継続可能な覚悟を本当に持っ
ているのでしょうか?
僕はその自問(とい)には懐疑的です。勿論、気高いジャーナリズムとやらでもってその身
を賭して挑み続けるというのなら、それはそれで個人の選択・生き方だとは思います。ただ
この手の「闘い」って、世界中の歴史からみても究極的な解法は『既得層を滅ぼし、自分達
が成り代わる』以外に存在しないと思うんですよ。つまりは革命──空虚な繰り返しでしか
ない。ならそこに自分は与しないでいようと、そう選んでしまうのですよね……。

尤もこういう思考プロセスになるのは、結局僕が僕なりの拘り──それこそ正義なり鬱憤を
持っているからに他ならないからとも自覚します。
何度も何度もぼやいてきたことですが、僕は諍いが大嫌いです。関わることは勿論、目の当
たりにすることも、知ってしまうことすらも嫌がる節があると自覚しています。
つまりは“どちらが正しいか?(否俺こそが正しい!)”を巡って口撃したり、争う=彼ら
にいわせれば「闘う」ことも厭わずに勤しむその「正義感」自体を嫌うということです。僕
という人間の拘りであり、自身の「正義感」なのだと思います。そして何より、こうやって
繰り返し繰り返し(物書きが故に文章として)形にしていることそれ自体が、僕自身の鬱憤
の証だということ。吐き出しているのだということ。客観的に見て、その意味では彼らと何
ら(こと関心の無い人間からすれば)違わないんだろうということ。

……思うに、どうも僕らは情報技術の発展に伴い、知らなくてもよかったことを知り過ぎる
ことが出来るようになってしまったんだなぁと痛感します。

いや、我々には知る権利がある! そうですね。でもそれで理性的に判断し、世の中を良く
出来ているならいざ知らず、往々にして感情的になってそれらが先行し、余計に自分達で自
分達の世界を引っ掻き回している──自ら首を絞めているなら、いっそ“有能な悪人”達に
よってミニマムな個々の中に生き続けていた方がまだ幸せだったんじゃないか? とすら僕
は思ってしまうのです(知らぬが仏、という言葉もありますしね)

少なくとも、情報がとかく詳らかになる社会になるのであれば、僕ら人間は義憤を抑え込む
耐性のようなものを事前に広く全体として獲得しておくべきだったのではないでしょうか?
リテラシー云々(取捨選択・真贋眼)というのもありますが、何より膨大に視界内で溢れる
情報に対し、ある程度シャットダウン──『知るか』で突き放し、ミニマムな個々のリアル
を生きる余地を確保しておくべきだったのではないかと思うのです。
結果論だ。そう言われればまぁそうなのですが、やはり現実問題として僕ら人間がその悪性
を技術の進歩と共に遺憾なく発揮し、他人のそれも目に付いて互いに引き摺り下ろして殴り
合うだけの世界にしかならないのであれば、せめて両者(詳らかになる変化と耐性獲得)を
同時並行的に人々の基礎基本のコンセンサスとして確固たるものにすべきだった。

僕らは他ならぬ自分達の手で、災いの箱を開けたのです。今日も開け続けているのです。

はたしてその底に“希望”は残っているのでしょうか?
自分にはただ、只管に地獄ばかりが見えて仕方がないのですが。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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