日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「禁断」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:楽園、神様、城】


 その国は三方を険しい山に、残る一方を大海臨む入り江に囲まれていた。
 ある者はそこを争いのない楽園だと言い、またある者は只々つまらない地獄だと言う。
 名を、ヒッツバルドといった。古くよりこの地に居を構え、独自の発展を遂げてきた都市
国家である。
 三方の山は外敵からの侵入を防ぎ、残る一方の海は訪れる船舶をつぶさに目立たす。
 この国がここまで繁栄できたのも、そんな天然の要塞という地理的条件に恵まれていたと
いうのが一つにあるだろう。
 だが、理由はそれだけではない。もう一つこの国には強力な抑止力がある。
 竜だ。古来よりこの国を囲む三方の山、ひいては入り江には、多くの飛竜が棲んでいる。
その力は強力無比であり、蛮族の侵攻から守って貰う代わりに、人々は国を挙げて彼らをこ
の地も守り神として崇めてきた。
 天然の要塞。豊富な鉱資源、水資源。盆地に広がる肥沃な大地と、そして竜神達。
 人々は「神子」と呼ばれる素質ある者達を選び、日々祈りを捧げてきた。彼らは四方に住
まうこの神と人々との橋渡しを担い、王家と二人三脚でこの国を支えてきた。
 循環し、自己で完結する穏やかな日々。
 今も昔も、この国の人々はそうやって生きてきた──。

「六番テーブル、魚介パスタ入りま~す!」
「おい、こっちまだ料理来てねーぞ!」
「リヨン、何ぼさっとしてる。早くしねえか!」
「は、はい~ッ! ただいま~っ!」
 お昼時の書き入れ時。この日も、街の一角にある酒場は多くの客でごった返していた。
 厨房からの調理音、出来上がりの掛け声、従業員か客かに限らぬ飛び交う大声。
 そんな忙しない中で、見習いの少年・リヨンは今日も例の如くこき使われながらフロアを
動き回っていた。
 カチャカチャと、空になった皿を何枚も手の上に重ねて駆け抜ける。かと思えばまたすぐ
に注文が入ったりクレームが来たり。その度に厨房から先輩達に料理を渡され、どやされ、
彼は休む間もなくテーブル席へと戻っていく。
(ふぅ。ふぅ……。今日も忙しいなあ)
 小柄な身体を目一杯にフル稼働させ、動き回るリヨン。
 決して小奇麗とはいえない着古したチュニュックとズボンの上に、店のエプロンを巻いて
ひぃふぅと荒くなる呼吸。
 しんどい職場だが、それでも給料は中々いいので辞めようとは思わない。この歳で働いて
いる時点で、年上からボロクソに言われるのはもう当たり前の事だと、いつしか深く考える
ことは止めていた。
「次、十三番テーブルな」
「はい」
 本当なら、十八まで──もう三年、上の学校に行った方がいい事くらいは分かっていた。
 それでも彼はその選択をしなかった。基礎学校を出て、読み書き計算を覚えた時点でこう
して働いている。何だかんだでもうここも二年になろうとしている。
 ……お金が欲しかったのだ。リヨンには、人知れぬ大きな目標がある。
 それはこの国を出て、自由を手に入れること。外の世界の色んなものを見て知って、感じ
て、自由な旅人になることが彼の夢だった。
 しかし、この国でそんなことを大っぴらに話すのは間違いなく悪手だ。哂われるし、下手
をすれば守備隊に通報されてそのまま牢屋に放り込まれる可能性だってある。
 この国は、衣食住が自給自足で済んでしまうからか、他国との交流には消極的だった。
 足りぬものがあまりないというのもある。だがそれ以上に、自分達ではない余所者を安易
に入れることに、多くの国民が歓迎よりも不安を多く抱えがちだからだ。
 外では戦争という、人が人を殺し合うゲェムがあちこちで繰り広げれている。だが少なく
とも、この国では建国以来そんなものはない。王家と、神子達を通じて彼らに加護を与える
竜神達がいる限り、この国は安泰なのだ。
 ……それでも。リヨンは思う。
 言い換えればそれは、酷く息の詰まることではないだろうか?
 いや、もっと言えば恐怖である。これまでもこれからも、今の暮らしが変わらないという
恐怖──先述のように、この国はあまり他国との交易に積極的ではない。同時に、国民が外
に出ていくことにもかなりシビアだ。出国しようとすれば、厳しい審査と多額の出国料が必
要となってしまう。
 だから、リヨンは働き続けていた。とにかく今は耐え、いつか夢が叶うと信じてお金を貯
め続けているのだ。
 尤も日々必要に迫られて出てゆく分もそう少なくはないため、中々思うように目標額には
届いてないのだが……。
「お待たせしました。ミグロ豚と肉団子定食、六つになります」
 そんな、最中の出来事であったのだ。いつもの流れ作業のままに厨房から注文された料理
を渡され、テーブルに持ってきた時、リヨンはそこに座っていた者達を見ると内心一抹の緊
張を抱かずにはいられなかったのだった。
「おう。あんがとさん」
「……」
 “首輪”がしてあった。席に座っていた旅人風の男達全員の首に、ルーンを刻んだ石造り
の輪が嵌められている。
 それは国の外からやって来た人間──入国者の証だった。この国では法で、外からやって
来た者には滞在中、この特殊な首輪を着用することが義務付けられている。ただの観光だろ
うが商売の為だろうが関係ない。一律で、彼らはこの首輪を嵌められた上で国の中を歩く。
 齧った程度の知識を手繰れば、この首輪はいざという時の為の抑止力なのだそうだ。
 それぞれの首輪には番号が振り分けられており、守備隊などの関係者がみればすぐに何処
の誰かが把握できるそうだ。そして滞在中、国内で騒ぎなり犯罪でも犯そうものなら、隊長
クラス以上の者の判断でこの首輪ごと当人を“爆破”できるのだ。
 この事は、本人達にも入国時に知らされている。しかしこれを承諾して嵌めないとそもそ
も国の中に入れて貰えない仕組みになっている。
 外敵への恐れ、なのだろう。どれだけ竜神様が守ってくれるといっても、自分達の懐にま
で入って来られれば安心などできないという道理だ。
(あまり、話さないようにしないとな……)
 顔を上げてニッと笑いかけてくれた、リーダー格らしき男性の顔。
 だがリヨンはこの接客上必要最低限の言葉を放っただけで、彼からの笑顔には応えられず
にいた。ガチャ。首輪の揺れる音がした。否応なく子供の頃から刷り込まれた教育がリヨン
の心身を拘束しにかかる。
 ──首輪つきには関わるな。兵隊さんがやって来るぞ。
 もう一つこの仕組みに意図があるとすれば、そういう内と外の差別化だろう。
 尤もリヨン自身、この点に気付いたのは割と最近の事だ。子供の頃は今よりももっと、大
人達が繰り返し繰り返し説いてくる話を真に受けていたように思う。
 物の往来は規制できても、人のそれは中々戸板を立てられないものだ。やはり恐れている
のだろう。今の“安寧”を崩すものは、何処から忍び込むか分かったものじゃない。
「ではごゆっくり」
 そうして、リヨンは早々に立ち去ろうとした。厨房前に戻ろうとした。
 自分がこう一丁前に分析しているのは、自身この国を出たがっているという“変人”だか
らだ。本心はそうとしても、人目のある所で彼らと関わるのは上策ではない。それこそ本当
に周りからあらぬ疑いを掛けられ、守備隊に捕まってしまう可能性だってなくはないのだ。
 まだだ。まだ、準備が要る。
 もっと沢山稼いで、いずれは一人ででも夢を叶えてみせる……。
「店長、ジャガイモが切れかかってます」
「うん? もう箱の中は無いのか?」
「ええ。じき空っぽになります。どうしますか? まだポテトの時間はありますし……」
「そうだな……。おい、リヨン!」
「? はい」
「悪いがジャガイモが切れかかってんだ。倉庫から二・三箱出して洗ってきてくれねぇか?
フロアは他の奴で何とか回しとく。頼めるか?」
 するとそんな時、厨房で店長(兼料理長でもある)と先輩達が何やら話し合っていた。ど
うやら食材が足りなくなってきたらしい。店長は少し思案したが、こちらにちらと視線を向
けるとそう叫び、新しい仕事をぶん投げてくる。
「……は、はい。分かりました……」
 とはいえ、別段断れる訳でもなかった。
 もきゅもきゅ。先の旅人達、そのリーダ格が料理を咀嚼しながらこちらを見ていることに
も気付かず、ただリヨンは流されるままに頷くしかない。

「──ったく。何で僕ばっかり指名されるんだろう……」
 そうして店の裏手に回り、リヨンは一人指示されたジャガイモ洗いを始めた。
 奥にある倉庫から、どっさりとジャガイモが詰まった木箱を二個三個と身体が軋む思いで
運び出し、水を張った桶を横に一つ一つタワシで洗い始める。
 もじゃもじゃに捻じれた金属糸の塊。数個も洗えばあっという間に小さな桶は落ちた泥で
真っ黒になり、その度に水を換えに井戸へ走る。これじゃあ埒が明かないやと思い、大きめ
の桶と取り替えてくるが、やっている事自体が変わる訳ではなく、やはり身体がしんどい点
は同じである。
 ある程度流れ作業に。泥の取れた方は籠の中へ。
 リヨンはぶつくさを一人呟きながら、それでも手元は緩めずに続けていた。
 やはり自分が基礎学校しか出ていないからか? 他にも下働きはいるのに、どうにも店長
や先輩達に目を付けられてしまっているような気がする。
「……。外に出たいなんて、考えてるからかなあ」
 思わず弱音の一つも吐きたくなる。
 この夢は誰彼構わず話した覚えはないのだが、それでもこれまで自分のそれに賛同してく
れる者はいなかった。誰もが哂い、怒り、先ず説教を浴びせてくる。

『ははは、無理だって。どれだけ通行料取られると思ってんの?』
『何を馬鹿なこと言ってるんだ! この国の一体何が不満だというんだ!?』
『外は危険なんだぞ? 分かってるのか? 余計なことは考えなくていい』
『戦争もないし、王様は優しいし、神子様や竜神様だっている。ここは楽園なんだ──』

「ほう? お前、国を出たいのか」
 だからそのぼやきが誰かに聞かれたと知った時、リヨンは大いに慌てた。
 ビクンと身体を強張らせて声のした方向を見遣る。そこには首輪をつけた男が、先ほど店
の中で応対した旅人達のリーダー格がひょいっとこちらに顔を出していたのだった。
「……あまり話しかけない方がいいですよ。この国は初めてですか」
「ああ。そうらしいな。前もって聞いてたとはいえ、ここの人間はどうも余所者を信用して
はくれないらしい」
 ははは。男は笑う。リヨンはちらと彼を横目に見ただけで黙々とジャガイモを洗っていた
が、それでも彼はこちらの意図を気取れていないのかわざとなのか、ざりざりとそのまま垣
を乗り越えて近付いてくる。
「隣、いいか?」
「……守備隊に見つかっても知りませんよ」
 きつく言い返すのも面倒だった。そのやり取りでさえ、他人に聞きつけられたら何を言わ
れるか分かったもんじゃない。
 男は軽く建物の壁に背を預けて立っていた。やっと悟ってくれたのか、間合いはやや離れ
気味を保ってくれている。
 暫くの間、二人は黙っていた。ごしごしとジャガイモを洗う音と、時折桶に滴る水音だけ
が表通りの雑踏に混ざっては消える。
「何でお前、国を出たいんだ?」
 先に口を開いてきたのは男の方だった。言わずもがな、さっきのぼやきである。リヨンは
戸惑い、口篭っていたが、それでも何処かで誰かに打ち明けたい──認められたいという欲
求はあったのだろう。
「……この国に居続けるのが怖いんです。このままずっと、何年も何十年もただ働いて、家
に帰って寝て起きて、また働いてっていう暮らしが続くのを想像すると怖くって……。なの
に誰もそのことを疑問に思わない。思おうとしたら怒られる。普通じゃないんですよ。この
国は」
「ふむ……? まぁその点に関しては俺も同意見だがな。でも、あんまり余所も変わらない
ぞ? 食う為に稼いで消耗して、寝て起きて働いての繰り返しだ。人間ってのは基本そんな
もんだろ? 確かにこの国と比べれりゃあ、ある程度身の振り方も自由だがよ」
「……」
 しまった。話すべきじゃなかったと思う一方、彼がすんなりと肯定して、且つ努めて冷静
で現実的な返事を寄越したのが妙にホッとしていた。その辺りは、何となく分かっている。
ただ居辛いのだ。この国を楽園だと、素晴らしいと信じている周りに、自分だけが馴染めな
くてどうにも。
「その、おじさんは何でヒッツバルドに来たんですか? その口振りだと、首輪の事も予め
知ってたみたいな感じですけど──」
「バロムだ」
「えっ?」
「バロムだ。俺の名前。おじさんは止めてくれよ。これでもまだ三十五だぜ? そりゃお前
さんからすれば歳かもしれねぇけどさ」
 訊ねたが、先ずそう彼自身から訂正が入った。
 この男・バロムは苦笑いを零しながら言う。旅慣れしてるのか日頃から鍛えているのか、
がっしりと筋肉質なその身体からは確かに衰えというものは感じられない。
「まぁ、仕事だ。見ての通り用心棒とかその辺を転々としてる」
「そうなんですか……。そうか。じゃあ色んな国も知ってるんですね」
「ああ。それこそ北から南まで一通りな。だからさっきああ呟いてるのを聞いちまって、お
節介したくなっちまったんだよ」
 どうやら見た目の飄々とした顔つき以上に、含んだものの多い人物らしかった。
 リヨンはぼうっとジャガイモを洗う手を止め、バロムを見ていた。がやがやと表通りの雑
踏が気持ち遠くにあるように感じられる。
「お前、名前は?」
「えっ? あ、リヨンです」
「リヨンか……。いい名前だ。これは人生の先輩からのアドバイスだが、人間ってのは有ろ
うが無かろうが不安になる生き物だよ。あまり外の世界を美化しない方がいい。結局一周回
って故郷が一番いいってのも結構あるしな。俺みたいにガキの頃からあちこちを彷徨いてる
と、一ヶ所に腰を落ち着けることに憧れたりもする。何処かで、もっと早く根を下ろしてれ
ば違ってたんだろうかって時々自分でも思うよ」
「……。バロムさん……」
 ちょうど逆の人生だったのだ。それから暫く、リヨンは彼とそれぞれの事を語り合った。
 リヨンは打ち明けていた。今この店で働いているのも、お金を貯める為だと。知っている
かもしれないが、この国では国民が出国するには高い通行料がかかる。どれだけ周りが自分
の夢を哂おうとも、時には直接潰そうとしてこようとも、それでも自分は外の世界を見てみ
たい。ただ言われるがままに同じ事を繰り返し、人生を終えるのは怖いと、正直にバロムに
打ち明けたのだった。
「そっか。ま、こればかりは一度自分で経験してみないと実感の湧かないことだしなあ。お
前があくまで自分でケツを拭くってんなら止めはしねぇよ。そもそも俺にそんな資格はある
訳でもねぇし」
 受け入れて、だけども穏やかな苦笑い。若いねぇ……。おじさんと呼ぶなと言った割には
しっかり年季の側の呟きである。
「……なあ。それなら俺が国の外に出してやろうか?」
「えっ?!」
「何も別に真正面から玄関を抜けるこたぁねぇだろ? 例えば船乗になるとか、亡命とか。
そうなりゃ律儀にクソ高い金を払わずに済む。まぁ戻って来れなくなるかもしれないがな」
 思わず目を見開いたリヨン。だが対するバロムは「何を今更」と平然としている。
「お前さえよければ、うちの船に乗っけてやるぞ。流石に最後の最後まで面倒はみれないか
もしれねぇが、そこから他の国を旅するのもいいし何処かに落ち着くでもいい。……っと、
流石に急に過ぎるか。まぁそういう選択肢もあるってことだ」
「……」
 押し黙る。そうか、そんな可能性などまるで考えていなかった。
 手の中に収まったタワシとジャガイモ。濡れた感触。
 桶の水面に映る自分の顔が、ゆらゆらと均等な波紋を作って揺らいでいる。
「……バロムさん。それって、いつ出航できますか?」
「うん?」
「僕、行きます! このまま働いていても、いつ出られるか分からない!」
 きゅっと唇を結び、リヨンは訴えかけていた。バロムは壁に背を預けたまま腕を組んでこ
ちらを見つめ、暫しその瞳を値踏みするように見つめている。
「……三日後だ。三日後の夜十刻、荷物まとめて八番港(ポート)に来い。半刻まで待って
やる。本当にどうするかは自分で決めろ。何度も言うが、外はそんな甘かねぇぞ」
 はい! ほぼリヨンは即答していた。契約成立だな……。ぼそっと、バロムが嗤う。
「そういやさ」
「? はい」
「この国には変わった神官がいるんだろ? 竜に仕えてるっていう」
「ああ……はい。神子様ですね。国を囲む山に棲む、竜神様たちと僕らの橋渡しをするのが
役目なんです」
「ふーん。その神子って、普段何処にいるか知ってるか?」
「僕は直接行ったことはないですけど……“祈りの塔”に。ここから見えるかな……? ほ
らあそこ、王宮の奥にある長い筒みたいな建物の中で、毎日交代交代で祈りを捧げているそ
うですよ」
 そうしてはたと、まるで付け加えるかのようにバロムが問うてきた。リヨンはもうすっか
りジャガイム洗いの事など放り出し、一人先に路地の方へと出て、家屋建ち並ぶ街並みの奥
にちらっと見える一際高く大きな建物を指差して答える。
「へえ……あれがねえ」
「その、やっぱり余所の人から見れば変わってるんですかね? 竜神様が他にもいるってあ
まり聞きませんし」
「そうだなあ……。少なくとも、珍しい生き物であるには違いないだろうな」

 ──この時を、一体どれだけ待っていたことだろう。
 バロムとの出会いから三日目の夜。リヨンは背中にパンパンになった鞄を担ぎ、一人夜の
街を駆け抜けていた。
 すっかり日は落ちて暗くなり、辺りには人気は殆ど無かった。繁華街を通ればまだ飲み食
いをしている人々や灯りが煌々とあるのだろうが、わざわざそんな場所を横切って向かう道
理はない。
 約束通り、三日目の夜。リヨンは国の海側にある八番港(ポート)へ向かっていた。
 何重にも渡って市中を仕切る、ずらりと緩やかにカーブを描く城壁をよじ登っては飛び降
り、伝っては夜回り中の守備隊に見つからないように息を殺した。
 とても高揚していた。やっと、やっとこの国から出られる。この延々と続く変わらぬ日々
から脱出できると思うと嬉しくて仕方なかった。
 本当にどうするかは自分で決めろ。
 バロムさんはそう優しさも含めて突っ撥ねていたが、そもそもそういった「自由」がある
時点で自分は嬉しいのだ。
 この国は確かに平和そのものだ。竜神様に守られ、暮らしていく分には何も飢えたり住む
場所に困るということはない。
 だけども……本当にそれでいいのかと何時からか思うようになった。本当のそれだけでい
いのかと、疑いの心が芽生えるようになった。
 周りの大人達やバロムさんの言うように、結局はただの若気の至りなのかもしれない。
 でも憧れた。生き方を生まれる前から決められているのではなく、自分で決められる事。
それだけで飛び出す価値があった。出会った意味があった。飼われるだけの家畜よりも、自
由な猛獣でありたい。そんな言い方は少々気障なのかもしれないが……この胸は今確かに高
鳴っている。
「十刻と十二目……間に合った……!」
 約束通り、辿り着いた港(ポート)には一隻、大きな帆船が泊まっていた。向こうもこち
らの姿を確認したようで、乗組員らが数人、甲板から踏み板を出して足場を作ってくれる。
「よう。お前がリヨンだな? 話は聞いてるぜ」
「はい、お世話になります。……あの。それでバロムさん達は?」
「ん? ああ、あの人達は用事があって別行動だ。じきに別の船で合流する予定になってる
から、坊主は先に乗ってな」
「そうですか……。分かりました」

「──き、緊急! 緊急! 塔内に侵入者ガハッ!?」
 時を前後して一方その頃。この国の中枢ともいえる“祈りの塔”に、夜闇に混じって攻め
入る者達があった。
 突然のことに兵士達は狼狽する。仕事として夜回りは欠かしてこなかったとはいえ、まさ
か本当に敵が現れるなど思いもしなかったからだ。
 円を描くようにくねっていく廊下。必死に助けを呼ぼうと掛ける兵士達。
 それをザクザクと、後ろから追ってきた覆面の刺客達が次々に斬り捨てる。
「……」
 口元を、衣と同じ黒い布で隠していたことで分かり難かったが、それは紛れもなくバロム
達だった。血の染みた剣を片手に辺りを見渡し、次々の仲間達が塔内の各所を撃破・制圧し
てゆく。やがて部下の一人が、足音を絨毯に殺して貰いながら報告に戻ってきた。
「報告します。ここより下の階全て、制圧完了しました。神子達も保険用を除き、別途確保
済みです」
「よし。では次の行動に移る。屋上に捕縛砲の準備を。急げよ」
 はっ……! 覆面の男達は次々に駆け出し、それぞれの任務に向かっていった。数人の手
勢を残し、バロムは暫しその場でじっと処分される亡骸を見つめている。
「竜神に神子、ねえ。王国も随分な嘘で騙してきたもんだ。やり方とすりゃあ上策だが」
 このヒッツバルドの山系に飛竜が生息しているのはかねてより知られていたことだ。だが
手を出そうにも、この国の者達はそれを独占した。竜操師──幻獣の最強種たるそれを自在
に使役する術を開発し、それを「神子」と表向き呼ばせた技能者達に管理させたのだ。祈り
などではない。守り神ではない。彼らは彼らが確信的に、この最強生物の一角を国の防衛と
繁栄の為に利用してきたのである。
「ま、そういう事情(はなし)は俺達には関係ねぇけどよ」
 ごちる隣を、特別勢の大砲を押す仲間達が駆け抜けていく。
 弾丸ではなく、ワイヤーの付いた無数の鋼杭を撃ち出す仕組みだ。鱗さえ突き破る杭の刃
にはたっぷりと痺れ薬も仕込んである。一度捉えれば飛竜とて無事では済まない。竜の血や
肉は高級薬の原料になる。一体だけでも相当な値で売れる筈だ。
「さて、どれだけの稼ぎになるかねえ? 投資分は戻ってこないと困るが……まあトントン
くらいで見てた方がいいか」
 この塔が落ち、神子の力が失われたことでこの国は夜明けを待たずして滅びるだろう。
 指折りひぃふぅみぃ。バロムは進む作戦の中、今回の仕事でどれだけ稼げるかをざっと暗
算していた。塔を落とした時点で七ヶ国連合(クライアント)からの報酬がある。だが今後
奴らが口封じでもして来ようものなら、こっちはこっちで稼いだ金で高飛びの準備をしてお
かねばならない。
「隊長、山の飛竜達が動き始めました」
「おっ? 思ってたより早いな……。よし、じゃあ行くぜ野郎ども! たんと稼げよ!」
『ういーッス!!』
 各々の得物を、特製の大砲を掲げ、いざ飛竜狩りが始まる。

「──何なんだ? 一体、何がどうなってる……?」
 出航した船の上。突然大きな爆音が背後から聞こえてきて、リヨンは思わず船尾の方へと
身を乗り出した。
 ……燃えている。ヒッツバルドの街が、燃えている。
 必死に目を凝らした。夜闇の黒に混じって、何かが幾つも飛び交っている。
「っ!? そんな馬鹿な。あれは……竜神様?」
 自分の目に間違いがなければ、飛竜の群れが街を襲っていたのだ。巨大な翼で上空を飛び
回り、火を噴き爪を立て尾を薙いで、整然と整えられた城壁都市がいとも簡単に崩れ去って
いく様子が見て取れる。
 更にだ。市中や高台から、何かが撃ち出されている。……槍? 何か糸のようなもので繋
げられた槍を何本も撃ち込まれ、その飛竜達が一体また一体と地上に落とされていく。
「何があったんだ? 竜神様は僕らを守ってくれていたんじゃないのか? 何で? 何でよ
りにもよってこのタイミングで……?」
 リヨンが狼狽し、柵の上からふらふらと手を伸ばして何度も呟いていた。
 おい、危ねぇぞ! 船員が何人かやって来て、これを押し留めて落ち着かせる。一方で他
の船員達は総じて彼の後ろ姿をじっと、冷めたような眼で見つめていた。
「落ち着けよ。お前、あの国を捨てて来たんだろ?」
「それは……そう、ですけど……。でも……」
 言われてハッとなる。でもあの国の全てを否定したかった訳じゃない。
 おずおずと、もう一度リヨンは今や遠く離れてしまった陸地の側を見遣った。煌々と、夜
の闇を侵食するように紅い揺らぎが何本も高く高く上っている。
 彼はぺたんと甲板に座り込んでいた。ぼうっと、ただ随分と小さくなってしまった故郷の
姿を眺める事しか出来ない。
「……」
 どうしようもなかった。
 遠洋へ遠洋へ。船はもう、暗がりの上を滑り出していたのだから。
                                      (了)

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  1. 2016/04/24(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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