日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔14〕

 咆哮と、渦巻いて空へと舞う炎。
 瞬く間に睦月は文字通り火だるまと化し、大きく跳び上がるとタウロスに襲い掛かった。
一切の加減を知らない熱量。盾代わりにした戦斧が濃い紅蓮を通し、より黒ずんで映る。
「くぅ……ッ!!」
 それでも、相手は電脳の怪物、剛の者か。
 睦月という今や炎の塊とでもいうべき相手と打ち合っても、その両脚はどしりと地面を捉
えて退かない。寧ろ後ろの勇を何としてでも守らんとするよう踏ん張っている節さえある。
 夜の路地、ビル群に切り取られた空。
 そんな闇色に割り込む守護騎士(かれ)の火だるまの拳を、タウロスはぐぐっと一旦戦斧
ごと押し留めると弾き返す。
『睦月!』「これは……」
「押すには、押してるけど……」
 だがこの彼の豹変を、仲間達が見逃す筈もない。
 同じ現場の目の前で、司令室(コンソール)から、面々の動揺は伝播している。
「違う……。これは私達が想定した換装じゃない」
『えっ?』
 更に司令室(コンソール)の画面前に張り付いて、香月がごちた。同じ白衣の研究仲間や
職員達、皆人もが目を丸くして彼女を見、即座にその意味を知る。
「暴走している。換装に失敗したんだわ」
 その間も睦月は火だるまになったまま、何度となくタウロスに向かっていく。
 しかし香月が言った通りなのだろう。その動きは破れかぶれというか、明らかに理性的な
戦いには見えない。当のタウロスもそれは理解し始めていて、受け止めるよりもかわす方へ
と捌き方を切り替えている。
『國子ちゃん、ワクチンを使って! このままじゃあの子が死んじゃう!』
 香月の、母の悲痛な指示(さけび)だった。
 インカム越しに伝わるその言葉。仁らリアナイザ隊士達が一斉に顔を向けてくる中、國子
は一旦朧丸の召喚を解除すると、事前に受け取っていたリリースワクチン入りのディスクと
自身のデバイスを入れ替えた。
 再起動させた調律リアナイザの銃口を戦う──暴れている睦月に向けて引き金にじりっと
指を掛ける。だが本人が動き回っているのと、何より彼から生まれ、辺りに渦巻く炎が激し
さを増す一方なために中々狙いが定まらない。
「ラァッ! アァッ!」
「……こいつ、本当に正気が……」
 渦巻く熱量を孕んで繰り出される拳。だが言い換えればそれはワンパターンでもあった。
タウロスはあくまで勇を庇うようにして立ち回り、炎の途切れた箇所を狙っては柄先を打ち
込んでこれを幾度となく弾き返している。
「陰山さん、早く!」
「分かってます。でも……」
 戦えば戦うほど、届かねば届かぬほど激しく燃え盛っていく睦月の炎。
 まるで膨張するように燃え盛るその範囲は増していった。気付けば当の二人を目で捉える
のも難しくなるほど、その激しさは敵味方に関わりなく猛威を振るう。轟々と、噴き出した
炎の先が路地のあちこちでビルや電線に燃え移っていく。
「……やっべ」
 そして近くのビルの屋上でこれを見下ろしていたグリードも、グラトニーと共にそそくさ
とその場を逃げ去っていく。
 見上げれば炎は辺り一帯を包み込んでいた。それでも二人、暴走した睦月は止まらない。
 くっ……! 時間が無かった。國子はタイミング良く射線上を走っていく彼に向かって意
を決して引き金をひき、撃ち出された半透明の光球が真っ直ぐに飛んでいく。
 睦月! 仲間達が呼ぶ。炎に巻かれて、それでも彼を何とかしたくて、だけどもそこから
一歩すらも満足に進めなくて。
 轟。膨張する炎。その噴き先は次々に周囲へとぶつかり、焦がして破壊し、加速度的に空
間を紅蓮に染めて一つにならんとする。届いたか、届かないか。光球が睦月の方へと吸い込
まれていったのが見えたが、そこまでだった。
『──ッ!?』
 爆ぜた。遂に燃え移った炎達はビル群の何かしらに引火し、大きな爆発を起こして辺りを
一気に吹き飛ばしたのだった。

 悲鳴。
 國子が、仁が、リアナイザ隊の面々が。司令室(コンソール)の皆人や香月達が。庇うよ
うに咄嗟に勇を抱え込んだタウロスが。
 膨れに膨れ上がった炎は、場にいた者全てを巻き込んで。

 爆風。
 敵味方の区別もなく、暴走する力は路地一つをごっそりと呑み込んだ。


 Episode-14.Justice/正義感症候群

 それは玄武台高校での告発(リーク)を受け取った後日の事。
 この日筧と由良は他の刑事共々中央署の捜査会議に出席していた。
 例の如くずらりと上座の長テーブルに並ぶ上層部の面々。そこへやはり例の如く、筧は怒
りに眉間の皺を寄せたまま叫んでいる。
「何故です! 何故動かない!? 証拠ならこんなにも揃っているのに!」
 バンッと自席の机を再び叩き、半立ちの筧は訴えていた。
 言わずもがな、一連の連続殺人──玄武台高校関係者への殺害事件についてである。
 あの日、同校の少女・七波によって明らかにされた野球部の苛めと部員・瀬古優の自殺。
 発端がそこにあるのはほぼ間違いなかった。犯人はその兄・勇。彼は弟の無念を晴らすべ
く復讐鬼に堕ち、今や野球部関係者から教職員へとその矛先を広げつつある。
 先だって筧と由良は瀬古家を訪ねていた。そこで二人を迎えたのは息子達の死と出奔、そ
んな一大事にも拘わらずまるで逃げるように仕事に没頭して帰って来ない夫という三重苦に
挟まれ、発狂寸前の母親であった。
 おそらく時系列としては瀬古優の自殺、勇の家出、夫の雲隠れだろう。何人かの刑事達に
協力を仰ぎ、その辺りの細かい状況証拠はしっかりと積み上げて臨んだつもりだ。
『……』
 なのに、白鳥たち上層部は首を縦に振らない。筧が先ほどから再三瀬古勇の確保を急ぐべ
きだと主張しているのに、彼らは頑としてそれを受け入れないのだ。
 くすりとも表情を変えない白鳥。或いは苦虫を噛み潰したような部長級の面々。
 その内の一人が、睨み返す筧にさも迷惑そうにしながら言う。
「筧。お前、それが一体何を意味するか分かってるんだろうな? 不祥事だぞ? ブダイ始
まって以来の一大事だ」
「分かってます。でも人が何人も死んでる。それ以上に何があるっていうんです」
「……分かっとらんな。いいか? ここは飛鳥崎──集積都市だ。国策として整備された街
なんだ」
「その街の、市立とはいえ教育機関がやらかした不祥事。政府が黙っていると思うか?」
 堰を切ったように、矢継ぎ早に上層部の面々が説き始める。しかし筧は口角を吊り上げて
唇を結んだまま、ぶすっと不機嫌な面を寄越していた。
 やっぱりか。予想はしていた。
 要するにこちらからメスを入れるのが怖いのだろう。人が何人死のうが、今回の主戦場は
学校だ。先ず火の粉を被るべきは向こうだと言いたいのだろう。少なくとも自分達の判断で
手を出さない限り、批判の矛先は彼らにいく。
(……クソが)
 とうに昔から分かっていた事とはいえ、正直筧は胸糞が悪くて仕方なかった。
 人の、まだ未来のあった筈の若者の命までもが奪われているというのに、手前らはまだお
上のご威光とやらに怯えているのか……。根性無しが。それでも刑事(デカ)か。守るべき
ものを盛大に掛け違えているだろうが。それに今やり過ごそうとしたって、市民の不安と不
信は多かれ少なかれ自分達にも向けられてくる筈なのに。
「す、少なくとも今すぐには無理だ。分かるな?」
「先ずは文教省と磨り合わせないと……。いや、官房か?」
「……」
 そわそわ。白鳥を除く上層部が酷く焦っている。互いに囁き合い、どうしたものかと顔を
歪めて思案を繰り返している。
 筧はじっと彼らを、この期に及んでも平静としたままの白鳥を睨んでいた。
 どうせまたお前の差し金だろ? さて、何の事やら……。無言のままのやり取り。そんな
筧を、隣の由良は横目ではらはらとしながら見守っている。
「何事にも手順というものがあるのだよ。筧警部補。分かってくれ。だが君達が調べてくれ
た情報は非常に有力だ。奔走、感謝する」
 そうしてやがて、白鳥がわざめく場を取り仕切るように言った。話はこれまでだと言わん
とするようにパンパンと手を叩き、一人また一人と刑事達が席を立っていく。
「……ちっ」
 僅かな、ほんの小さな舌打ち。
 面々が捌けていく中、筧は由良と共に暫くその場に残り続けた。

(──それみた事か。あいつはもう止まらねぇぞ)
 だからこそ、筧はそんな先日のやり取りを思い出していた。
 場所は西区の繁華街。夜が明けてまだ昇り切っていない明るさと、その白ばみに隠れた路
地の一角に滞る暗澹さに、現場に駆けつけた中央署の刑事達が一様に渋い顔をしている。
 無惨に飛び散ってこびり付いた大量の血痕。
 だがそれよりも今回はもっと酷かった。現場一帯の路地が黒焦げに焼け爛れてしまってい
たのだ。その実、事件が発覚したのも昨夜そんな激しい火災に人々が気付いたからという部
分が大きい。
 担架に乗せられて、ブルーシートに包まれた遺体が運ばれていく。
 筧はちらとそのさまを横目に見ていた。現場に転がっていたその首は消し炭になって人相
も分からなかったが、辛うじて服の中に免許証の欠片が生きていた。平本晋太郎──瀬古優
のクラス担任だった男だ。
「……こりゃまた、随分と派手にやりましたねえ。顧問の次は、担任ですか」
 声色はやや芝居がかって。されど見せた表情はやはり優れなくて。
 由良がとぼとぼと、向こうから合流してきた。他の刑事達や鑑識と話していたのを切り上
げたらしい。ああ。筧はしっかりと見返すでもなく、ただすり抜けたような声を返した。
 やられた。平本はこちらがマークしていた、玄武台(ブダイ)の関係者の一人だった。
 唇を結んで眉間に皺を寄せる。それみた事か。のろのろしてるから、あいつはまた一人殺
しちまったぞ。
 他の末端の刑事達も、そうした意味で焦りがあった。ほぼ焼け跡となってしまったこの現
場から、何とか瀬古勇に近付く手掛かりはないかと血眼になって腰を屈めている。
「もう生徒だけじゃありませんね。どんどん犯行がエスカレートしてる」
「ああ」
 純粋な正義感と焦り。
 だがそんな由良とは対照的に、筧はじっと一点を眺めて考え込んでいるようだった。二度
も生返事をされたものだから、由良もややあって頭に疑問符を浮かべ、ついとこちらを覗き
込むようにして様子を窺ってくる。
「どうしたんです? 何か引っ掛かりますか? 平本──詳しく調べてからでないと確定は
できませんが、彼も今まで通り首を刎ねられてましたでしょう? 瀬古で決まりですよ」
「ああ、ホシはな。だが妙だろ。これは」
「……?」
 今度は由良が二度目の疑問符。スッと黒焦げのビルの壁を見上げる筧に倣い、由良もまた
その視線を持ち上げて瞬く。
「奴の目的は復讐だ。それも果てのない地獄の道のな。……妙だとは思わねぇか? ただで
さえこっちが警戒してるのは知れてるだろうに、こんな目立つ細工をすると思うか?」
 曰く、今回だけ火災を伴っていることが気になる。
 既に何人もの関係者を殺して回っている勇にとって、そんな人目に触れるアクセントを付
ける意味など皆無の筈だ。実際燃え盛った火の手で近隣住民に通報されているし、これまで
の行動からは整合性が取れない。
「確かにそうですけど……何かしらのメッセージかもしれませんよ? 犯行の区切りを付け
るとか、一番狙っていた相手を殺れたとか」
「そんな考える頭があいつにあるかね? 俺はもっと憎しみに囚われた少年っていうイメー
ジなんだが。それよりはもっと、偶発的な切欠で火が点いたと言われた方が説得力がある気
がするんだがなあ」
 由良も考えてはいる。だが筧にはそんな計画的な勇の姿が思い浮かばなかった。
 玄武台(ブダイ)関係者を次々に狙っている、その点では確かに計画的ではあるのだが、
それは厳密に表現するなら犯行の行動原理というものに近い。由良の言うような人々へのア
ピ-ルといった要素に、あの少年が頓着するようにはどうにも思えないのだ。
「じゃあ今回の殺しと火事は別ってことですか? 偶々……こんな馬鹿でかい火が?」
「……」
 とはいえ、そこまで強くは肯定できない。何処ぞの配線を切ってしまったとか、そんな理
由だっとしても、ここまで激しく燃えるというのは不自然な気がするからだ。
 筧は黙っていた。ザリ、ザリッと炭化した足元の瓦礫を踏み締めて数歩進み、昨夜ここで
起こっていたであろう惨劇を必死に頭の中で描こうとしてみる。だが何かが足りない。こち
らを立てればあちらが立たず、あちらを立てればこちらが立たず。そんなぼうっと不足する
パズルのピースが、彼の心持ちをいまいちスッキリさせないでいる。
「……俺達は、何か大きなものを見落としてるような気がする」
 えっ? 誰ともなく呟かれた声に、由良がそうもう一度こちらを見てくる。
 だが筧は結局応えなかった。それは問うた所で、やはり自分の中にこれといった答えを見
出せなかったからである。

「睦月!」「むー君!」
 報せを受けて宙と海沙、天ヶ洲・青野両家の面々が駆けつけた時、時刻はとうに深夜を大
きく回っていた。消灯後の病院。大慌ての叫び声と廊下のラバー質を鳴らす靴音だけが辺り
に響き、一同はエレベーターが開くのもそこそこに押し寄せる。
「……来ましたか」
 だが、肝心の病室には「面会謝絶」と書かれたプレートが下がっているのみ。
 代わりに六人を迎えたのは扉の前に立っていた皆人と、同じく彼に付き添うような形で佇
む包帯を頭に巻いた國子であった。
 ちらり。しんとしていた院内だけに彼女らの接近は容易く分かる。
 皆人は肩越しにこちらを見遣り、國子はスッと無言のまま小さく会釈をした。そこには社
交辞令のような余裕はない。事がそれだけ予断を許さぬものであることを窺わせる。
「ああ、三条君」
「話は聞いたぜ。……睦月は?」
 その雰囲気を定之が逸早く気取る。ずいっと前に出、輝が隠し切れぬ顰めっ面のまま今部
屋の中にいるであろう当人、睦月の現状を問うた。
「今は眠っています。何とか一命は取り留めましたがまだ目を覚まさず、こちらも安易に刺
激できない状態です」
 彼が病院に担ぎ込まれた──そう聞いて宙や海沙達は夜半にも拘わらず飛んで来たのだ。
 しかし扉の前に下がっているプレートの通り、事態はかなり深刻らしい。答えた皆人の言
葉に海沙や翔子は声も出ずに青褪め、宙や輝はギリッと強く歯を噛み締めるしかない。

 結論から言えば、睦月は強化換装に失敗した。故にその暴走したエネルギーは燃え盛る制
御不能の炎となり、膨れ上がって彼自身や周りを巻き込む大爆発を起こした。
 それでも死者が出ずに済んだのは、不幸中の幸いというべきか。
 暴走したエネルギーが限界を迎える寸前、國子がリリースワクチンを睦月に命中させる事
に成功したため、破壊力が多少なりとも軽減されたものと考えられる。尤も直前のタウロス
との戦闘に加え、國子や仁以下リアナイザ隊の面々は大半が負傷してしまった。何よりも当
の睦月が負ったダメージは外見以上に大きく、何とか峠を越した今も目を覚まさない。
「睦月……。ごめんなさい……ごめんなさい……」
「佐原、生きろ。生きてくれ。俺達はまだ、お前に全然──」
 悲壮なままに。
 時を前後し、病室の中では香月や仁、まだ動ける隊士や対策チームの仲間達が交代で必死
の看病を続けている。静かに計器類の電子音がリズムを刻み、息子の手をじっと握り続ける
母の横で、時折面々が汗を拭ったり声を掛けたりしている。

「……むー君は、西区の爆発事故に巻き込まれたんだよね?」
「そうだ。ちょうど睦月達があの場に居合わせていてな。それでこんな事になってしまった
んだ。……すまない。俺がついていながら」
 御曹司自ら深々と頭下げて謝罪する。自分達に知らされた第一報通り、彼はあくまで睦月
は事故に巻き込まれたのだと説明していた。
 だが確認するように口を開いた海沙を始め、場の誰一人としてその言葉をすんなりと受け
止める者はいなかった。不審。疑いの眼が一斉に皆人へと飛ぶ。
「頭上げなよ。そうやってそっちで勝手に手打ちにしないで欲しいんだけど。……何で? 
何でそんな所に睦月がいたの? 何でそれをあんたが知ってるの? まさか全部偶然だなん
て言わないよね?」
「うちの仕事を手伝って貰っていたんだ。今日だけじゃない。お前達には黙っていたが、以
前から時折──」
「ふざけないでッ!」
 淡々と、まるで用意されたような言葉を返す皆人。
 しかしその台詞の途中を遮り、宙はむんずと彼の胸元を掴んだ。身長差故に見下ろされる
形にはなるが、一度心に火が点いた彼女はもう誰にも止められない。
「そんな事を訊いてるんじゃない! あたしは怒ってんのよ! あんたン家の仕事? それ
を睦月が? 何であいつなのよ、何であいつに頼まなくちゃいけないのよ!?」
「そ、そうだよ。ただでさえむー君は一度ポートランドで大変な目に遭ってるんだよ? あ
の時は大した怪我じゃなくてよかったけど、最近はテロとか通り魔とかで何かと物騒だって
いうのに……」
 その実、事情の合理的な説明などはどうでもよかった。ただ無性に心が叫びたがっていた
のだ。何故? 彼女達にとってはその一点だった。何故他でもない、睦月がこんな目に、彼
ばかりがこんな危ない橋を渡らなければならないのか? 皆人がその“仕事”とやらを黙っ
ていたことも火をくべたが、何よりそんな理不尽さに幼馴染の少女達は憤るのだった。
「そ、宙ちゃん。海沙。あまり三条君を困らせちゃ……」
「まぁ、こいつらの気持ちは分からんでもねぇがよ。それならそうと、せめて俺たち大人に
は相談くらいしてくれりゃあ良かったのに……。まだ三ヶ月と経ってねぇんだ。あいつは何
だかんだで背負い込み易い奴だからよ。無理だけは、させてやるな」
「……すみません」
 亜里沙がそんな険悪な空気に居た堪れなくなっている。それでもいち保護者として、輝が
ふんすと腕組みをした状態でそう訥々と諭しの弁を向けていた。返す言葉もない。ただ皆人
は國子が止めように止められぬのに気付きながらも、只々深く頭を下げて責任の全てを受け
止める他ない。
「……皆人」
 普段の愛称でもないストレートな呼び方で、しかし宙はまだ彼の胸元から手を離さない。
 睨み続けていた。じろっと、尚もまるで腹に一物あるといった感じの皆人を疑いの眼で見
つめ、収まりの付かない想いを疑問に乗せてぶつける。
「ねえ。もしかしてポートランドの時、何かあったんじゃないの? あんたン家、誰かに狙
われてんじゃないでしょうね?」


 彼との出会いは、少なくとも我々にとって基本をなぞるもので、有り触れたものだった。
 “蝕卓(ファミリー)”の運びやに連れられ、私は召喚に応じた。
 デバイス──私の本体を収めた真造リアナイザ。
 その引き金をひいたのは、まだ年若い一人の少年だった。
『オ前ノ願イハ何ダ? 何デモ一ツ叶エテヤル』
『……殺したい。優を見殺しにしたあいつらを、一人残らず殺したい……!』
 名を瀬古勇といった。後でグリードから話を聞くに、どうやらこの少し前に弟を自死で亡
くしたのだそうだ。どうでも良かった。ただ私は生まれついてのプログラムに則り、彼との
契約を済ませた。額に指先を当て基本となるデータを回収、以降のプロセスを遂行する為に
適した姿と能力、そして個を獲得する。
『……契約は完了した。では、お前の願いを実現させるとしよう』
 今思えば、あの時から彼は強い感情を瞳に宿していたのかもしれない。
 言ってしまえば憎しみだ。弟を失い、その咎を誰かにぶつけなければ此処にいる事すら出
来なかった激情。今もあの時も、彼を突き動かす原動力はそれであり、それ以外には存在し
ていない。
 だが正直、最初の頃私はその感情がよく解らなかった。何故そこまで? 何故自分ではな
い他人の消滅、いち現象にそこまでエネルギーを費やせるのか。
 それでも現実世界(リアル)の人間を殺すことは、大きな影響力の獲得に繋がる。
 疑問を抱けど、私は一先ずこの利害の一致に身を任せることにしていた。彼は仇とやらを
討ちたいし、私はそれを幇助する事で実体化へと近付ける。
 彼は私との契約の直後、生家を飛び出した。激情ながらも自分がやろうとしていることの
意味をよく解っていたのだろう。私達はその仇──玄武台高校の野球部、及び教員関係者を
徹底的にマークしていった。
 人目につき難い夜と場所を狙い、一人また一人、或いは群れている所を確実に殺す。
 そうやって絶命させた人数が七人になった時、私は遂に実体を手に入れた。
 ……本来なら、もうこの時点で彼という“繰り手(ハンドラー)”は不要だった。後は彼
の持っているリアナイザ──基盤データの収まったデバイスを取り込み、完全な進化を遂げ
るだけだった。
 なのに、私は彼を始末しなかった。出来なかった。尚も復讐に燃えている彼を見て、何故
かここでその炎を絶やしてしまうことが酷く惜しいように思えたのだ。
 ……可笑しな話だ。私は最初の頃、彼という人間(いきもの)がよく解らなかったのに。
 だから私はその後も、彼と行動を共にすることにした。復讐は続き、そのターゲットは今
や玄武台高校そのものへとシフトしつつある。
 興味があった。もしその本懐が果たされた時、一体彼はどうするのだろう?
 解るのだろうか? その時には私にも、彼の「心」とやらが理解できるようになっている
のだろうか……?

「──んぅっ」
「む?」
 どれだけ時間が経ったのだろう。タウロスは勇が身じろぎをして目を覚まし出したのに気
付き、ふいっと視線をその方向に遣った。
 郊外の廃ビルだった。今は人気の無いワンフロア、鉄骨や床材剥き出しの丸々を隠れ家と
して使っている。
 ジーンズ生地の上下、錆緑色の無地のシャツ。短く刈り上げた人間態の長身をのそりと背
を預けていた柱から起こし、タウロスは彼の下へ歩いていった。途中でテーブルの上に置い
てあった備蓄の水を一本、手に取る。
「目が覚めたか。とりあえず飲んでおけ。渇いているだろう?」
「……ここは。そうか、お前が連れて帰ってくれたのか。あいつらは……どうなった?」
「分からん。だが炎の向こうで退散するのがちらと見えた。おそらくは奴らもあの少年を連
れて離脱したのだろう」
「平本は?」
「問題ない。首ならあの場で跳ねた。あれほどの火の手では今頃消し炭にでもなっているだ
ろう」
 ……そうだな。勇は半分身を起こそうとしながら呟いた。だが先刻のダメージがあるのか
すぐに痛みに表情(かお)を歪め、大きく肩を落とす。無理をするな、今は寝ていろ。タウ
ロスはそんな彼をそっと押し留めて寝かし直してやり、三口ほど付けられたペットボトルを
枕元に置いてやる。
「くそっ! 守護騎士(ヴァンガード)……!」
 それでも憎しみの炎が燃え続けているのは、流石といった所か。勇は仰向けにボロ布を軽
く腹に被せたまま、ギリギリと今は見えない邪魔者を思って激しい敵意を漏らした。
 タウロスは黙っている。ちょうど半ば背中を見せるようにして傍に座り、ぼんやりと眼下
に広がるネオンの灯を眺めながらそっと腕を擦っている。
(守護騎士(ヴァンガード)、か……)
 勇には黙っているが、タウロスはその服の下に幾つもの火傷を負っていた。その殆どは持
ち前の自己修復能力で治っているが、それでもまだ部分的に回復が追いついていない。特に
あの猛火と直接打ち合った戦斧、それを握っていた両腕から胸元にかけては今も不自然に変
形した傷口が残っている。
 何という力だろう。どうやらあの時放たれた炎は彼自身も制御できていない、言うなれば
暴走状態のようだったが、さりとてその破壊力は本物だ。誰に言われるでもなく、今この身
に残り、刻まれたままの傷痕達がそれを証明している。
(今度また奴に会えば、私は……)
 勇がギリギリと奥歯を噛み締め、沸々と仰向けのままろくに動けない自身を呪っている。
 タウロスはちらと、肩越しにそんな彼を見遣っていた。
 ぎゅっと。袖越しに握った左腕をそっと胸元に持ち上げ、彼はただ言葉なく再び飛鳥崎の
夜景を見つめている。

 ──此処は一体、何処なのだろう?

 いつの間にか遠くに手放していた意識が戻って来た時、睦月が最初に覚えたのはそれまで
経験した事のない不思議な浮遊感だった。
 眩しい。まだぼやっとした目を凝らしてみると、どうやらだだっ広く真っ白な空間が延々
と広がっている。更にそこには無数の視えるノイズ──群れを成して泳ぐデジタル記号がそ
こかしこで忙しなく流れており、睦月の頭の中を不明瞭の一言で埋め尽くす。
 そんなデジタルの群れの向こう側に、幾人もの人影があった。
 人だ……。思わずほっとしてその斜めに倒された仰向けから起き上がろうとするが、それ
すらままならない。手を伸ばし、僕はここだよと叫ぼうとしても、喉がまるでカラカラに渇
いてしまっているかのように詰まっていて、声も出ない。
(……どうなってるんだ。僕は一体……)
 再び不安な面持ちになり、必死に記憶の引き出しを探り直す。
 そもそも自分はどうしていたんだっけ? ああそうだ。自分達は西区の繁華街で再びタウ
ロス・アウターと瀬古勇を見つけ、戦ったんだ。途中で鉄仮面のアウター達──皆人が呼ん
でいた名前だとサーヴァント・アウターの群れが邪魔をしてきて、結局また一人犠牲者を出
してしまったのだ。そして事前に母さんから言われていたように、ちょっとやそっとじゃ倒
れない奴を倒す為に強化換装を行おうとして、でもいう事を聞かなくて──。
「……」
 記憶が部分部分で飛んでいる。物凄い炎が、力が自分を包んでいくさまが断片的に脳裏に
焼き付いている。だけどそれまでだ。その後自分がどうなったのか、タウロスと瀬古は、皆
は無事なのか? それすら分かっていない。
(暴走、だったのかな?)
 断片的に残る記憶の像を瞼に、睦月はそうたっぷりと間を置いて結論を結んだ。
 この掌が弾かれたのを覚えている。赤い電気のようなものに押し返され、拒まれたのを覚
えている。
 何故? どうして? 今使えなくちゃいけないのに。
 そうだ。自分は力ずくでEXリアナイザの銃口を押し当てたのだ。あのアウターを倒さね
ばならない。瀬古勇という復讐の人を止めなければならないと思って。
「──ッ!?」
 だが、ちょうどその直後だったのである。はたと睦月は自分への視線を感じた。
 それも一人や二人なんてものじゃない。二十? 三十? いや、何十人もの眼がこちらに
向けられている。その気配を感じ、半ば反射的に反動をつけながら全身で振り向いたのだ。
「こ、これは……?」
『…………』
 ずらりといた。いつの間にか、睦月はその何十人もの人影に取り囲まれ、それぞれからじ
っと見つめられていたのだった。しかし彼らの姿はさっきデジタル記号の群れの向こうに見
た人影とはだいぶ違う。全身が上から下へ流れる無数の数列で形作られており、加えてよく
よく観てみれば一人一人微妙にその輪郭も大きさも、造形も違う。
「……まさか。僕の、サポートコンシェル達?」
 そしてそれは半ば直感であった。はたと睦月はシルエットからこの者達の正体にややあっ
て気付き、恐る恐るといった様子で訊ねていたのだった。
『ああ、そうさ』
『全く……。随分と無茶をしてくれたじゃないか』
「ご、ごめん……。ね、ねえ。此処は一体何処なの? それにこうやってお話できるなら、
何であの時力を」
『まぁそう焦らないでください。一度に幾つも質問するのはマナーがなっていませんよ』
『一つ答えるなら、此処は“こちら側”さ』
『そしてもう一つ。俺達は何もまだお前のモノになった覚えはない』
「えっ……?」
 自分で訊いておいて何だが、睦月は頭の中がにわかに混乱した。此処が何処かという質問
の答えが結局曖昧だったという以上に、コンシェル達の内一人から発せられたその言葉に多
かれ少なかれショックを受けたからだ。
「僕のものじゃないって……。それってどういう事? 君達はパンドラと一緒にデバイスに
インストールされたんじゃなかったの? それとも僕が、冴島さんの役目を奪うような真似
をしたから──」
『いや、そういう話じゃない。所有権云々は我々としてはあまり興味を持たないしね』
『そういう小難しい話じゃねえんだ。……なあお前。お前は一体何の為に戦ってる?』
「? それは勿論、アウターから皆を守る為に──」
『そうじゃねえ。俺達はお前の“本音”が聞きたいんだよ』
 二度三度、コンシェル達にこちらの言葉を遮られた。にも拘わらず向こうは、こちらの言
葉を違うと言い、更に答えを求めてくる。
 睦月は困惑していた。どういう意図なのかと思った。
 本音? そもそもアウターと戦う為に、君達は作られたんじゃないのか……?
『あ~……。こりゃあ重症だね』
『ふむ。ではもっと噛み砕いて説明しましょう。佐原睦月さん、貴方は自分を騙している。
自ら“壁”を作っているんですよ。そんな事では我々も充分に融合できない。先の戦闘で赤
の換装に失敗したのも、それが原因です』
「騙している? 僕が?」
『そうだっつってんだろ。だからそういう意味じゃ、あの瀬古っていう奴の方がよっぽど自
分に正直だぜ?』
「ッ?! そんな事……!」
 そんなこと。思わず睦月は反論しようとした。だが肝心の言葉は、そこで止まる。
 彼らは言う。お前は自分を騙していると。壁を作って彼らを拒んでいると。……そうなの
か? それが今回の失敗の原因だというのか? 自分には分からない。だが当のプログラム
である彼ら自身がそう言うのだから、おそらく間違いないのだろう。
「……。僕は……」
 くしゃくしゃになった紙を伸ばし直すよう。睦月はぎゅっと眉間に皺を寄せ、はっきりと
言葉にならない頭の中を、スゥッと下がって胸の内をもう一度見つめ直した。
 本音。思ったこと。
 最初に守護騎士(ヴァンガード)役を頼まれた時、それは自分にしか出来ないことだと言
われた。……嬉しかった。自分にしか出来ないことがある。つまり、それを果たしている限
りは、自分はここにいていいんだと胸を張れる。
 そうだ。頷いた理由はそこだった。海沙や宙、母さんや皆人、陰山さん、輝おじさん達。
皆を守りたいという願いは、そもそも自分を許してくれる彼らを失いたくないと同義だった
筈だ。認めて貰えるかもしれないと思った。ここにいて、皆の傍にいて、生まれてきてもよ
かったという証を、残す為──。
「僕は……僕の為に戦い始めたんだ。欲しいものが、失いたくないものがあったから」
 ぽつり。呟く。
 するとどうだろう。まるでその言葉を待っていたかのように、睦月に向けられる視線に穏
やかさが宿った。相変わらず無数の数列──デジタル記号の滝で表情など分かる筈もないの
だが、不思議と彼らがニッと笑ってくれたような気がした。
『ああ。それでいい』
『やっと素直になれたな』
 そして次の瞬間、セカイがにわかに動き出した。いや、動き出したというよりは睦月を中
心とした辺りの風景が急に遠くへスクロールし始めたのだ。
 後方、左右上下から無数のデジタル記号が通り過ぎていく。同じくコンシェル達も、スッ
と残像を描くようにこちらから一斉に離れ始めた。思わずその場で手を伸ばし、引き止めよ
うとした睦月に向かって彼らは言う。
『忘れるな』
『こちら側と向こう側を繋ぎ、越えるのは、強い願いだ──』


「急げ、由良!」
「はいっ!」
 西区繁華街の火災事件から数日。筧と由良は大急ぎで玄武台高校へと向かっていた。
 いつか来るとは思っていた。でも来て欲しくはなかった。先日、とうとう瀬古優の苛め自
殺と一連の連続殺人が週刊誌にスクープされ、ネット上に出回ってしまったのだ。
 ニュースは即日報道各社にも広まり、テレビでも大々的な特集が組まれた。他人の不幸は
蜜の味という奴か。次々に明らかになっていく玄武台高校の悪性に、連日世間からは激しい
非難が浴びせられている。今日も今日とてマスコミ関係の車両が押し寄せ、学校前は大混乱
の最中だという。
『皆さん、初めまして。市立玄武台高校校長・磯崎です。本日はこの映像をご覧の皆さまに
大切なお知らせがあり、参上しました』
 加えて何をトチ狂ったのか、校長が先刻、取り巻きと思しき教員数名と共に一連の事件の
釈明と銘打った動画をネット上に公開したのだ。確認したが、市教委にも事前の通達はなか
ったという。彼らの独断専行である。
『既に報道にある通り、およそ一ヶ月ほど前、我が校の生徒が自ら命を絶ちました。小柄な
がらも一生懸命にグラウンドを駆け回り、スポーツに勉学に勤しんでいた良き生徒でした。
我々教職員一同としても非常に心を痛めております。……ですが、一部報道によれば、あた
かも彼の死が我々によるものだという誤った伝え方がされています』
 その内容は──終始自分達の保身に努めたものだったと言える。彼らはあくまで瀬古優の
自殺は個人の問題とし、その死に学校側としては一切関与していないと強弁したのである。
『皆さん、不確定な情報に惑わされないでください! 我々は寧ろ被害者なのです! 報道
にもある通り、彼の兄が我が校の関係者を次々に殺害するという暴挙に出ています。悔しい
ながら犠牲者は既に数多く、生徒や保護者以下皆さまにおかれましては不安と恐怖を与える
結果となってしまい、誠に申し訳なく……』
 直接名前は出さなかったが、兄・瀬古勇についても言及していた。彼らは自分達を彼によ
るあさってな復讐の被害者だと主張し、その上で関係者への謝辞を述べる。
『繰り返します。我々は被害者なのです! 勿論、多感な時期の若者の命を守り切れなかっ
たことは痛恨の極みであります。ですが、実際にこれだけの罪を犯した少年を皆さんは許す
というのですか? 現在も尚我が校の関係者に刃を向け続けている彼を、どうして“英雄”
などと呼べましょうか?』
 それでもやはり、その本心は何故自分達が? なのだろう。
 実際に動画見た時、筧は心底胸糞が悪くなった。本部から出動命令が鳴り響く中、どうし
てこんな事になるのだと世の現実を呪いさえしたものだった。
「──あんの馬鹿野郎が。自分で燃料をぶち込んでどうするんだよ」
 道を走りながら、筧はそう誰にともなく悪態をついて深く眉間に皺を寄せていた。
 案の定、件の動画はネットを中心に大炎上し、ブダイ関係者に浴びせられる非難轟々の程
は更に増していた。
 大方、何とか火消しをしようと考え、一か八かの賭けに出たのだろう。
 或いは本気であんな保身会見で事が収まるとでも考えたのか。少なくとも現在進行形の世
論を警戒しているのは分かった。正式にメディアを呼んで記者会見を行わなかったのも、自
分達の主張がどうとでも歪曲されてしまうと分かって渋ったからだと思われる。
「兵さん」「お疲れ様です」
「おう。……状況は?」
「最悪ですね。あれじゃあまるで殺しに来てくださいと言ってるようなものだ」
 市中の路地を駆け抜け、筧と由良は現場に集まっていた他の刑事達と合流した。向こうで
は末端の警官達が身を呈し、少しでもブダイを近くで捉えようとするマスコミ連中と押し合
い圧し合いを繰り広げている。
 犠牲者が野球部員から教職員に広がった時点で、筧達は交代でブダイを張っていた。
 だが今となってはそんな包囲網こそが、遅かれ早かれあの校長達を暴発させる圧力になっ
ていたのかもしれない。
(白鳥の野郎はやれ当然の結果だとか、自業自得だとか抜かしてやがったが……)
 皆と物陰で張り込みながら、筧は署内でそう哂っていた彼のことを思い出す。
 だが筧にとって、今一番の怒りはそこではなかったのだ。確かに奴は何かにつけていけ好
かないが、今この胸を締め付ける悔しさはもっと別の所にある。
(こん畜生。これじゃああの嬢ちゃんに申し訳が立たねぇよ……)
 以前、自分達に意を決してブダイ内の悪を打ち明けてくれた少女の姿を思い出す。
 なのにこれでは、いわば彼女を含めた全員が晒し首だ。

「……拙いな」
 一方その頃、皆人や國子、仁率いるアウター対策チーム──リアナイザ隊は同じく玄武台
高校を臨む物陰に身を潜めて機を窺っていた。
 ただでさえ先日から警察が張り始めてやり辛くなっていたのに、更にマスコミ各社が大挙
するようになってすっかり位置取りが遠くなってしまった。それでも警察が彼らを押し留め
ている分、まだマシではあるのかもしれないが。
「うわあ……。この校長、悪手も悪手だぜ。こんなの流したら火に油だって分かんなかった
のかよ」
 イヤホンを付け、仁がデバイスで件の動画を見返している。
 案の定、動画に紐付けされた関連ニュースは広範囲で炎上し、大量の批判コメントが時間
が経つにつれて増えていく。國子達が代わる代わる、双眼鏡で敷地内を監視していた。一見
するとグラウンドは人っ子一人おらず、奥の校舎も不気味なくらいに静寂を保っている。
「それだけ追い詰められていたという事でしょう。尤も、にも拘わらずあくまで保身に走っ
たことで、間違いなく瀬古勇には間違ったメッセージを送ってしまったでしょうが」
「ああ。十中八九、状況は悪化するぞ。追い詰められるのは何も学校側だけじゃない」
 生徒から教員へ、勇とタウロスの犯行はエスカレートしている。故に彼らへの包囲網は既
に相当きつくなっている筈だ。
 それに加え今回の悪手。学校側が公にその責任を認めなかったことで、事件が大きく取り
上げられたことで、周囲の警戒は激増した筈だ。もう彼らにこれ以上の犯行を重ね続ける余
裕はない。
 おそらく近日中にブダイは閉鎖されるだろう。関係者の外出禁止がより強固になる。
 ……そうなれば、彼らが殺れるのは今しかない。
「司令。本当に瀬古勇は現れるんでしょうか?」
「そうだとしてもやっぱり無茶です。睦月君がまだ回復していない今の状態で、また奴らと
戦おうなんて」
「……」
 睦月不在のリアナイザ隊。彼はまだ目を覚まさない。疑問や不安、諸々の想いを抱えて隊
士達が、この直接陣頭指揮に出てきた皆人を諌めようとする。だが彼は真っ直ぐブダイの敷
地内を見つめたまま答えなかった。ぎゅっと。代わりに胸元には自身の調律リアナイザが握
られている。振り向きもせぬまま、皆人は思い詰めたように呟いていた。
「だからといってこのまま奴らを見逃せというのか? 今度は、ほぼ間違いなくブダイを直
接狙ってくるというのに。一刻も早く、警察よりも先に瀬古勇を確保する必要がある。あい
つが自分を犠牲にしてでもやろうとしたことだ。一人でも行く。いざとなれば、俺が……」
「司令……」
『皆人君……』
 だが、ちょうどそんな時だったのである。睦月に強化換装を強行させた負い目もあったの
だろう。そう皆人が覚悟を語り、隊士や司令室(コンソール)の香月達が口篭る中、はたと
ブダイのグラウンド内をサッと横切る人影が現れたのだ。
「来ました、瀬古勇です! 間違いありません!」
「マジで勝負に来やがったか……。うん? おい、横にいる奴は誰だ?」
 筧ら刑事達も、当然その変化に目敏く反応していた。しかしグラウンドに入り込んで来た
勇に寄り添う、短く刈り上げた髪の大男──人間態のタウロスを彼らはまだ知らない。
「皆人様」
「ああ。向こうもいよいよ大一番か。行くぞ、警察よりも先に奴を仕留める。打ち合わせ通
り國子達は周囲の無力化に当たれ。俺と大江達は奴らを討つ」
 警察とリアナイザ隊。緊迫する状況の中、両者は我先にこの二人を捕らえようとした。
「……やっぱり張られてるな。頼むぞ」
「うむ」
 しかしそうであろうことを、彼らが予想していない筈などなかったのだ。
 ちらと横目にこちらを監視している気配を感じ、勇が言った。短く、タウロスも彼に倣っ
て校舎の方を一度見遣り、すぅ……と大きく息を吸い込み始める。
「破ァァッ!!」
 するとどうだろう。次の瞬間タウロスが放った咆哮は、まるで衝撃波のように辺り一帯へ
と飛び、ぶつかる全てを粉々に粉砕したのだ。
 ぐわっ?! 突然の目に見えぬ攻撃に吹き飛ばされる筧達、マスコミの記者や車両。粉砕
された家屋やブロック塀が凶器となって散乱していく中、辺りは一瞬にして地獄絵図の様相
を呈する。
「きゃああああ!!」
「な、何だぁ!?」
「ふ、伏せろーッ! 硝子が飛んでくるぞー!」
 当然ながら、攻撃のもう片方向である校舎も窓ガラスがことごとく吹き飛び、鉄筋コンク
リート製な筈のその壁面すら容易にひび割らせ、へしゃげさせた。外が物々しい雰囲気にな
っているのを知りながら、それもいつも通りの学生生活を送ろうとしていた校舎内の生徒や
教師達を、タウロスの一喝が一切の慈悲なく叩き落とす。
「う、ああ……」
「皆……大丈夫か……?」
「な、何とか平気。あちこちぶつけたけど……」
「タウロスは? 瀬古勇は一体……?」
 その余波は、遠巻きにいた筈の皆人達にも少なからずで。
 飛んできた衝撃と瓦礫に埋もれつつ、一同は何とか顔を出し互いの安否を確認していた。
慌ててブダイの敷地内を確認するが、そこには既に大量の土と瓦礫の埃が舞ってつぶさに様
子を窺うことができない。
「行くぞ。乗れ、勇」
 そんな後方のさまを興味薄げに見遣り、タウロスはデジタル記号の群れに包まれて怪人態
へと本来の姿を解放した。ひょいと左肩に勇を乗せて片手で支えてやり、もう一方の右手で
戦斧を握ったまま大きく校舎へ向かって跳躍する。
「ふっ──おぉォォォッ!!」
 重力も手伝った、渾身の一撃だった。中空からその長大な得物を叩き付けられた校舎は、
今度こそその原型を維持できないほどに大きく崩壊したのである。
 老若男女。轟くように上がる悲鳴。
 あっという間に彼らは崩れた校舎の中に巻き込まれていった。昼下がりの空は、こんな危
機に陥っても変わりなく風穴の空いた天井から覗いている。
「……これも、私達への復讐なの? 瀬古君……瀬古、先輩……」
 いつぞやの告発(リーク)少女・七波もまたその一人で、擦り傷だらけの身体でゆらりと
手を伸ばしていた。辺りでは生徒は勿論、教職員達の悲痛が漏れ聞こえている。
「ひっ……! ひぃっ……!」
 わたわた。そんな中で、件の校長・磯崎が我先にと崩れた校舎の瓦礫の隙間を縫って逃げ
出そうとしている。
「……何処にいくつもりだ」
「ひいっ!? あ……。せ、瀬古……?」
 だがそんな彼を、他でもない勇とタウロスが見逃す筈もない。
 相棒の肩に乗ったまま、勇はじっと静かな怒りの眼でこれを見ていた。タウロスも、彼ほ
ど感情的ではないが、心底侮蔑するような目でこの這いつくばるさまを見下ろしている。
「た、助けてくれ! も、もう充分だろう!? い、命だけは……」
「五月蝿い。ゴミ屑は黙ってろ。……生かすと思うか? これだけお前の周りを、殺してき
たっていうのに」
 サァッ。磯崎は這いつくばった格好のまま二人を見上げ、青褪めていた。
 やれ。勇が言った。タウロスが戦斧を持ち上げ、あまりにも簡単にその高重量が彼の頭上
へと固定される。
「お前が……最後の仇(てき)だ」
 そしてそのまま、牛頭の怪人は一切の躊躇いもなく──。
「……」
 しかしである。ちょうどそんな時だったのだ。はたと、他に誰も立てやしない筈のこの場
に足を踏み入れる者がいたのだ。ザリッ……。やけに乾燥した地面を踏み締め、この人物は
タウロスが戦斧を振り下ろす寸前にその気配でもって、彼の動きを止めてみせる。
「っ!」
「……お前か」
 唇を噛み締めて憤怒する勇。すいっと視線を後方に投げるタウロス。
「……」
 睦月だった。
 そこに立っていたのは、身体のあちこちに包帯を巻いたままの睦月の姿だった。


「どういう事だ!? あいつは病室で寝ていた筈だろう!?」
 大量の土や瓦礫の埃を抜け、いざ突撃しようとしたその寸前、皆人達の向こうには睦月が
立っていた。
 ややこちらに背中を向けた睦月。
 その姿は頭や腕、シャツの胸元からまだ痛々しく巻かれた包帯が覗き、されどキリッとそ
の横顔は強い決意に満ちている。
『す、すみません』
『それが、急に目を覚ましたと思ったら司令達は、瀬古はと問い詰められたのでつい……』
 インカム越しの通信で病院に残してあった隊士らが言う。
 皆人はくしゃっと顔を歪めてこの親友(とも)の姿を見ていた。どうやら現状と自分達の
出撃を聞きつけ、怪我を押して駆けつけたらしい。
 辺りをざっと見回して確認する。幸いにして、大量の埃が煙幕となって周囲の眼は暫く誤
魔化せそうだ。何より先程の衝撃波で殆どの者がぐったりと倒れて動けない。
「どうする、三条?」
「ご指示を」
 仁が國子が、場の隊士達が総じて皆人を見遣って訊ねてくる。
「……不安ではあるが、睦月を援護する。ああいう時のあいつは、俺がどう言ったって聞か
ないしな」

「守護騎士(ヴァンガード)ッ……!」
 タウロスと睨み合う。睦月はその肩の上から憎悪の眼で睨み付けてくる勇にちらと視線を
遣っていた。既に磯崎は戦斧が振り下ろされる寸前に失神している。
 濛々と立ち込めた土埃。破壊された玄武台高校のグラウンド、校舎。
 もし病院に担ぎ込まれる前であれば、自分は後先も考えずに飛び込んでいただろう。尤も
行動それ自体はもしもも今も変わらない気はするが。
 妙に冷静な自分がいた。余裕、とでも言おうか。今ならこの二人のさまをつぶさに観察す
ることができる。只事ではない筈の周りの音も、何処か遠い世界のように感じられる。
「懲りもせずに現れたか。それで? そんな傷だらけの身体でどうする?」
「邪魔をするな! 一体何なんだ……お前は? 大体、俺達の事情なんてお前には関係ない
筈だろう!?」
 タウロスはあくまで落ち着き払って。勇は沸々と込み上がる感情のままに。
 しかし睦月はすぐには返事をせず、無言のまま懐からEXリアナイザを取り出した。タウ
ロスがそっと勇を降ろし、小さく「下がっていろ」と促す。
「そうだね。関係ない。でも僕は、戦うと決めたから戦うんだ」
 次いでパンドラ達の収まったデバイスを。タウロスの眉間が微かに怪訝に寄った。返す手
でEXリアナイザの上蓋を開け、これをセットしようとする。
『マスター……』
「……大丈夫。もう“間違えない”から」
 フッと静かな微笑。だが次の瞬間にはキリッと真剣な表情に戻り、睦月はパンドラの声音
を余所にその所作を開始した。起動したEXリアナイザから制御用のホログラム画面が浮か
び上がる。錠前のアイコンをタップして開錠し、そのまま指先を滑らせるように七体一括り
のサポートコンシェル達を赤枠の中へアクティブにする。
『LION』『TIGER』『CHEETAH』
『LEOPARD』『CAT』『JAGGER』『PUMA』
『TRACE』
「……。っ!」
『ACTIVATED』
「ッ!?」
『認証した!?』
 一瞬、押し当てる前に間隙を。されどすぐにその銃口は彼の掌に吸い込まれた。
 鳴り響いた澱みない機械の音声。皆人達が、司令室(コンソール)の香月達がその事実に
驚いた。示す事柄──失敗を乗り越える瞬間に目を丸くする。
「変身ッ!」
『KERBEROS』
 はたして次の瞬間だった。大きく掲げた銃口、引き金をひいて叫んだ睦月の頭上を、大き
な紅蓮色の光球が飛び上がって行ったのだ。
 彼の身体を通り抜けながら回っていく、赤いデジタル記号の群れ。
 更にこの頭上の光球は一回りほど小さい七つの赤球に分裂し、一斉に睦月へ向かって降り
注いでいく。衝突する度、溢れる光と炎。病み上がりだった筈の彼の身体は瞬く間に新たな
力を宿した守護者へと変化していく。
「──ふんっ!」
 露わになった姿。
 それは両肩と胸元、三ヶ所に獅子の頭を象り、燃えるような赤と金枠を基調とした装甲に
身を包んだ守護騎士(ヴァンガード)だった。
 蒙と熱された蒸気が漂う。タウロスが、更に後ろに勇が驚きに目を見開き、身構える。
「……っ。ひょ、兵さん、大丈夫ですか……?」
「ああ、何とかな。一体何が──ッ?!」
 ようやく先の衝撃波と瓦礫の山から復帰し、這い出してきた刑事達。由良が筧が、そんな
面々の中でボロボロになり、されど燻る煙幕の切れ目切れ目の中にはたと、その常識にはあ
り得ない光景を幻視する(うつす)こととなる。
「……変身した」
「赤い……。ってことは、あれが?」
『ええ。あれが守護騎士(ヴァンガード)・赤の強化換装──ケルベロスフォーム』
 現場の皆人達、そして司令室(コンソール)の香月がその成功をしかと目撃した。
 仁が感極まって、同じ元電脳研のメンバー達とハイタッチしている。國子が小さく目を瞑
って静かに頷き、皆人は人知れず大きな安堵の息を吐き出した。
「そうか。それが本来の──」
「何をやってる! ぶっ殺せ、タウロス!」
 戦斧を両手に握り直して呟く彼に、勇は苛立ちを隠せずに叫んだ。
 立ち合い。先ずぐぐっと斧を振りかぶろうとしたタウロスを、睦月の目にも留まらぬ初撃
が襲う。前傾姿勢になりながら両腕に起こされた鋭い鉤爪、両脚の無数の穴から噴き出した
熱気が一体となり、刹那タウロスを霞む速さで一閃したのだ。
「ぐぅッ……?!」
「なっ!?」
 気付いた時には両者はすれ違い、睦月は地面に黒く激しいブレーキ痕を付けながら残心し
ていた。
 当のタウロスと勇、二人の声が折り重なった。握り締めていた戦斧は柄の中央から真っ二
つにされ、彼の身体を切り裂き、どうっとその巨体に膝をつかせる。
(何だ、このスピードは? 身体能力が、明らかに上昇している……)
 それに……。思わずそっと、片方の手で切り裂かれた胸元に触れるか触れないか。
(あの時の炎か。傷口が、爛れて……)
 だがそんな躊躇い、思考の暇などなかった。気付けば既に睦月──ケルベロスフォームは
高熱と両の鉤爪を引っ下げながら加速し、再びタウロスへ攻撃を仕掛けようとしてくる。
「タウロス!」
「逃げろ、勇! できるだけ遠──ガァッ!!」
 そこからは睦月の、怒涛で一方的な攻撃の嵐だった。
 強化された身体能力で駆け抜けながら、何度も何度もタウロスとすれ違って切り結ぶ。そ
の度に爆音を孕んだ火花が飛び散り、タウロスの身体は繰り返し弾かれるように右に左にと
舞った。
 そして駄目押し。ようやく動きが視認でき始めた時、睦月は低く足元からすくい上げるよ
うにその炎を纏う鉤爪を振り抜いた。骨肉を引き裂いて軋む音。だがそれも時間にすれば僅
かなことで、タウロスの身体は崩壊した校舎を大きく飛び越え、裏手の市外へと放物線を描
いて吹き飛ばされていく。
「──ッ、あっ……! ぐぅぅ……!」
 落ちた先は路地の裏手にある倉庫ビルらしきエリア。タウロスは全身をさんざに切り裂か
れ、尚もその高熱で自己修復の能力も間に合わない無数の傷を抱え、のた打ち回っていた。
「……」
 それでも、睦月の追撃は終わらない。
 グラウンドから大きく助走をつけて跳んで来たのだろう。フゥゥッと彼もまた中空からま
るで降ってきたようにこの地面に着地し、そして尚も身体中から溢れる炎のエネルギーを引
き連れながら一歩また一歩、タウロスへと近付いていく。
「くっ……。破ァァッ!!」
 だからこそ、タウロスは再び睦月に向け、あの衝撃波を放ったのだ。
 牛頭の怪人が放つ咆哮。辺りの散在した物資を次々と跳ね飛ばし、一見すれば視認すらで
きない遠距離用の音波攻撃が飛ぶ。
 だがしかし、睦月はまるで物怖じしなかったのだ。寧ろ真正面から、胸元に大きく象られ
た獅子の顔から同じく咆哮を放ち、更に大きく開かれた口から無数の炎弾を撃ち出してこれ
に対抗したのだった。
 音波と音波、炎弾がぶつかり合って相殺される。そしてそれでも打ち漏らされた幾つかの
炎弾はタウロス目掛けて命中し、再度彼をその場に吹き飛ばす。
「ぐっ……おお……」
 ゴロゴロと古いヒビだらけのコンクリートの上に転がり、タウロスはもうろくに動けずに
反撃できずにいた。「……っ! タウロス!」忠告通り逃げず、追い掛けてきた勇がそんな
光景を見て叫んでいる。
「……チャージ」
『PUT ON THE ARMS』
 されど睦月は戦うのを止めない。EXリアナイザを耳元でコールし、返ってきた電子音に
したがってこの基幹ツールを胸元の獅子の側面に挿入する。
 轟、轟、轟。それまでより一層激しい炎が彼を中心に巻き起こり、その身を包み始めた。
 大きな深呼吸。ぐぐっと深くゆっくりと腰を降ろしながら両の鉤爪を、脇を一旦締めて構
え、その力の高ぶりが頂点に達したその瞬間、睦月は跳んだ。
「おうっ、どりゃああああーッ!!」
「──ッ!? ガァッ……?!」
 それはまさに、獅子の頭を象った炎だった。睦月はそんな巨大な炎のエネルギーに包まれ
ながらタウロスに向かって跳びかかり、袈裟懸けに振り下ろした両の鉤爪でその身体を三枚
に引き裂いたのである。
 ぐらり。孕み爆ぜる炎。当のタウロス本人が目を丸くし、切断された身体と切り口に纏わ
り付く炎に絡まれながら次々に地面に落ちる。勇が、そんなあまりの出来事に愕然とし、叫
んでいた。
「タウロスーッ!!」
 どうっ。睦月が着地するのとほぼ同時、タウロスのパーツは場に散らばるようにして転が
っていった。尚も炎は切り口から延焼し、少しずつその実体は無機質なデータの粒子となっ
て霧散してゆく。
「……」
 自身に纏う炎が吹き消え、睦月がゆっくりと振り向いてこちらを見た。ひっ……!? 赤
いランプ眼を宿すそのパワードスーツ姿に勇が怯え、それでも彼がこれも仕留めようと歩き
始めた、その時。
「っ!?」
 ガンッ!! 寸前、睦月の足元に真っ二つにされた戦斧が突き刺さっていた。じろっとそ
の投げ付けられた方向を見遣れば、半ば消滅しかかりながらもタウロスがじっと強い金色の
瞳でこちらを睨み付けている。数拍。すると彼は、こちらを一ミリも見逃さないままこう問
い掛けたのだ。
「……守護騎士(ヴァンガード)。お前は、私達を殺し回って、楽しいか……?」
 僅かに、僅かにだけ睦月のパワードスーツ越しの眼が細められ、険しくなった。
 逃げろ、勇! しかしその隙を突き、タウロスが叫ぶと、勇はおろおろと後退りしながら
も一人狼狽したままこの場を走り去っていく。
「っ! 逃げられ──」
 慌てて振り向き直り、追おうとした。だが睦月は結局、それは出来なかった。
 その時にはもう姿が見えなくなってしまったからというのもあるが、最期の最期までタウ
ロスが自分を見つめて離さなかったからだと思う。身体がヒビ割れ、砂のように瓦解して見
えなくなるまで。足元の戦斧の刃が同じように粒子となって消え切るまで、睦月はどうして
かその場を動く事が出来なかったのだった。
「……。僕は」
 輝くデジタル記号の群れに包まれ、睦月は変身を解除した。辺りには未だあちこちで燃え
残った火と、戦いの傷跡が痛々しく広がる。
 どさっ。そして睦月はそのまま力尽きるように大きく仰向けに倒れた。力の反動という奴
なのだろう。意識した途端、猛烈な疲労感が全身を襲った。
「睦月!」「佐原~!」
「睦月さん、ご無事ですか!?」
 何処からか、仲間達の声が聞こえる。足音が近付いてくる。だがもう睦月には起き上がる
体力も、応える気力も残されていなかった。

『お前は、私達を殺し回って、楽しいか……?』

 今し方、つい目の前ので消滅した電脳の怪物。
 脳裏では、そんな彼の散り際の一言が反響し続けている。

「──はあっ、はあっ、はあッ、はァッ……!」
 暮れなずむ夜闇一歩手前の街は、あたかも今の彼を象徴しているようでもあった。
 勇は一人弾かれたように逃げ続け、暮れゆく飛鳥崎の市中を彷徨っていた。まだあの場で
目の当たりにした光景が、目に焼き付いて離れない。
「くそっ! どうしてこんな事に……。まさかあいつがやられるなんて……」
 烈火に包まれ、バラバラに切り刻まれたタウロス。
 視界がずっとぐらぐらと揺れていた。自分が致命傷を負った訳でもないのに、まるで今の
自分は満身創痍じゃないか。
 一言でいえばショックだった。まさか自分達が敗れるなど考えもしなかった。
 勇は酷く焦っていた。これでは奴らを殺せない。ブダイの連中を、一人残らずあの世に送
る事が出来ない。最大にして唯一の手段(カード)を失ったのだ。一体これから、どうすれ
ばいい?
 ……いや。それにしても何故だ? 何故こんなに、握り潰されてしまいそうなほどこの胸
の奥は苦しくて堪らない……?
「おうっ?」
 そんな時だった。ふらふらと道端を歩いていた勇は、対面から歩いてきた年上の男達の脇
腹にぶつかってしまったのだ。恰幅のいい、何より明らかに柄の悪いその男が連れの仲間達
と共に立ち止まり、振り返ってくる。むんずと、そのままぶつかった自覚もおぼろげに通り
過ぎていこうとする勇の首根っこを掴んでくる。
「おいコラ。何華麗にスルーしちゃってる訳?」
「痛いじゃないのさ~。俺、あばら逝っちゃったかもしんないな~」
「聞いてるか、てめえ? 謝りの一つくらいしろってんだよ」
「……」
 しかしながら、今の彼にはもう街のチンピラを相手にするほどの余力は無かった。これが
宜しくない方向に進みそうだという思考力すらも、ぼんやりとした気力体力の中には残され
ていなかった。
 気長でいてくれる訳がなかったのである。男達はややあってそんな勇の態度を舐めている
と解釈し、力ずくで近くの路地裏に連れ込んだ。暗がりが落ち、他に誰も人気などないその
場所で、彼らは暫く抵抗できない勇に殴る蹴るの暴行を加え続けた。
 成されるがままだった。勇の五感には、理由も遅延し過ぎる痛みばかりが襲い、どうしよ
うもなく霞む一方の視界の中に数人の人影が囲む。おそらく罵声の類が浴びせられているの
だろうが、もうその逐一を聞き取れるだけの余裕すら彼の中には無かった。
「何でぇこいつ? サンドバッグでももう少しは殴り甲斐があるぞ」
「さっきから何言っても反応してねぇしな。薬(ヤク)でもキメてんじゃねーの?」
「マジかよ。ボコって損したわ……。なら金取ってくか。どうせ解ってないんだろ?」
 もう何度目か。ぞんざいに蹴飛ばされ、路地裏のアスファルトに転がる。男達はそう愚痴
のように言い合い、今度は懐の中を探り始めた。
「……」
 勇はそれでも何も抵抗できない。仰向けに倒れたまま、途切れかける意識の中で辛うじて
舟を漕いでるだけだ。
(……何でだ? 何で、駄目なんだ……?)
 始め理不尽があった。力を欲した。弟の無念を晴らし、ブダイとその後ろに居座る悪人達
を片っ端から駆逐したかった。
 その為の相棒(タウロス)だ。その筈だった。契約を結び、まだ一ヶ月ほどの付き合いし
かない。でも都合のいい事に自分の願いを叶えてくれると言った、怪物だった。
 なのに何故だろう? この強烈なまでの空っぽは。改めて思う。自分は無力だ。あいつの
力を借りねば、弟の仇一人すら討てなかった貧弱な人間だ。あいつの威を借りて何でも出来
ると思い上がっていた、無力な人間だ。
 タウロス。何故死んだ?
 守護騎士(ヴァンガード)。何故殺した?
 ぎりっ……。強く歯を食い縛る。そうだ、奴が現れてから全てがおかしくなったんだ。
 何故止める? 何故相棒(あいつ)を殺した? 俺が仇を駆逐したいという願いと、お前
のヒーローごっこに何の差があるというんだ?
 何が違う? お前と俺の、一体何が違うっていうんだ……!?
「──判決を言い渡す。傷害罪にて、死刑」
 まさにその時だったのである。はたと突如、朗々と読み上げるような声が場に響いた。
 ハッとそれまで混濁していた意識がその声を聞き取る。男達もにわかに聞こえてきたこの
声の主を探し、キョロキョロと辺りを見渡し始める。
「あん? 何──」
 そして異変はその直後に起こった。めいめいに視線を振り回す男達の首が、身体が、突然
真っ二つに刎ね飛び、或いは目に見えない何かに押し潰されてぐちゃぐちゃに破裂したのだ
った。瞬く間に場は男達の亡骸と血で満たされる。勇は仰向けながら、その一部始終を確か
に両の瞳に映したのだった。
「……やあ。無事かい?」
 カツン、カツン。近付いてくる足音と、向けられた声が自分に対するものだと理解するの
に勇は数秒の時間を要した。
 あ、ああ……。生返事ながらも応えようとして痛む身体を起こし──そして彼は対面した
その人物の姿に思わず身を硬くする。
 人間ではなかったのだ。一応は人型だが、顔は不気味な一つ目の銀仮面だし、濃白の滑ら
かなショールを羽織った身体は明らかに常人の背丈とも違う。はらはら。左手には銀縁で装
飾された分厚い本を持っており、それを目の前でぱたむと閉じる。
「あんたは……?」
「瀬古勇君、だね? 君の“正義”しかと観させて貰った。世に蔓延る屑どもを許さないそ
の義憤、まさに本物だ。君こそ私が探し求めていた逸材に相応しい」
 目の前の出来事に意識がしゃんとしてきた。自分は夢を見ているのか……? それでも勇
はぼうっと思いつつ、この一つ目仮面を見上げながら半ば直感的に悟る。
 そうか。こいつはタウロスと同じだ。タウロスと同じ、常人を超えた力を感じる……。
「だが残念な事に、今の君には足りないものがある」
「足りないもの? 何だよ、それって」
「権力(ちから)さ。権力(ちから)こそが、数多世に語られる正義を正統たらしめる」
 力? チカラ?
 妙に仰々しい話し方をするなと勇は思ったが、その言葉のニュアンスから言いたいことは
何となく理解できた。権力(ちから)。正統でさえあれば、この怒りも正しくなる……?
「私と来るといい。足りぬ権力(ちから)も失った力も、私なら全て取り戻してやれる」
 すっ。
 そうして一つ目仮面の怪人は、スッとこちらに気持ち屈んで手を差し出してきた。
 返答を求められている。勇は最初唖然と彼を見上げていたが、ややあってその手に己が手
を伸ばし、握り返していた。
 ……そうだ。俺は諦めてはいけないんだ。
 あいつらを駆逐する、弟の無念を晴らす為に……。
「──」
 手の中に答えを返されて、一つ目仮面の怪人はデジタル記号の光に包まれて姿を変えた。
フッと静かに口角を吊り上げ、彼はこの勇の伸ばした手を強く固く握り返す。

 変じた人間態。仮の姿。
 それは他でもない、白鳥涼一郎──飛鳥崎中央署の警視だったのである。
                                  -Episode END-

スポンサーサイト
  1. 2016/04/21(木) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)纏めたいには違いなく | ホーム | (企画)週刊三題「桜魔ヶ刻」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/718-49b718be
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (149)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (87)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (340)
週刊三題 (330)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (319)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート