日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)高尚、冷笑、どうでしょう

( >д<)、;'.・

早いもので四月になりました。寄せては返す冬の残り香も、気が付けば雨の日となって時折
陽気と入れ替わってゆっくりと通り過ぎてゆくようになりました。
自分の住んでいる田舎も、すっかりあちこちで桜が見頃となっています。
優しい、時々やや自己主張の強い桃色。尤も見ている分には風流だなぁとほっこりする季節
なのですが、如何せん花粉症持ちの一人としては辛くもありますね;昔、鼻腔を広げる手術
を受けて以来大分ましになっているとはいえ。
(そもそも桜って風で飛ぶタイプの花粉じゃない筈ですが。条件反射というか何というか)

それはさておき、先日ユー録の七十二章をUPしました。分量的には過去二・三章に比べると
少なめになっていますが、今回の更新でキリ番──同作の累計文字数が200万字を突破する運び
となりました\(^o^)/……嵩む一方だなあ。いやまぁ、毎月コツコツ書いていれば必然的に
積み上がっていくものではあるにせよ。
ただ懸念するのは、もっさり分量やら硬い重い文章・作風やらが作者側(こちら)の高揚感
ばかりで、肝心の手に取ってくださる方にとって自らその敷居を高くしてはいまいか? と
いう点ですね。ただでさえ自分の文章はラノベのようでラノベとは言い切れず、硬くて長く
て臭いの三拍子なものだから、今更だとはいえやっぱり人を選んでしまうのかなぁと……。
とはいえ幸い、数値の上では手に取ってくださっている方が事実としておられるので、あま
り気に病まず好きに書いていればいい──結局は精神衛生的にもその辺りにぐるぐる回って
落ち着くというのが常なのですが。もし宜しければ、今後とも気長に生温かくお付き合いを
いただければと存じますm(_ _)m

暦が変わり、年度も変わりました。手垢のついた表現を借りるならば出会いと別れの季節と
いう奴ですね。
自分に関しては、今のお仕事をするようになって一年ほどが経ちました。
勝手知りたる何とやら──当初よりも図々しくなっている(慣れるとそうなっちゃう悪癖)
かなぁ?と抑え抑えを心掛けつつも、作業場ですっかり職人(?)をやっています。
あと私事ですが、妹がこの春から転職に伴い引っ越しました。まぁお互いにもういい歳なの
であーだこーだ言うのも何ですし、自分の人生は自分で決めて、責任さえ持てれば好きなよ
うにやればいいと思います。その点では向こうの方がしっかりしているし、所謂ブラックな
荒波にさえ呑み込まれなければ何とかなるだろうと送り出したのですが……。

季節はどんどん移り変わっていきます。それは仮に病気で臥せていようとも、お仕事と趣味
を往復する日々であっても変わりません。ある意味で平等に、淡々と過ぎてゆくものです。
ならば成る丈、自分が楽しんで生きているのなら、割とそれが個々人にとっての適正規模の
幸せなのかもしれませんね。
(尤もこういう事を言うと世界にはもっと貧しい云々とか、視野が狭い!と詰られることも
あるのでしょうけど。でも個人的には、無駄にマクロな世界で「義憤」を発揮するよりも、
そこそこミクロな世界で閉じていた方が実はお互いに平和だし幸せだったんじゃないか?と
も思うんですよね……)

巡る季節、また一つ。

願わくば一人でも多く、その創造の花が咲く年となって欲しいものです。


──ところで、所謂「ガチ勢」というのは何処の界隈にもいるもので。

僕ら小説書きでいうのなら、プロ作家を目指して公募に挑み続けているような人達や、日夜
各種著作や「文芸」全般について語り明かしているような人達でしょうか。
ただね? こういう手合い(とりわけ後者)はどうにも自分達の審美眼や分析眼を過信し、
界隈の外側にいる人達を侮り過ぎているように見えるのですよ……。

最初にいっておきますが、これは僕の個人的な感想です。雑記です。どちらが良いか悪いか
という二者選択の命題には成る丈しないようにと思っています。
かねてより僕は、いち物書き人として、しばしば文芸系のコミュニティに顔を出している事
が少なからずあり、そこの主さん(人達)の語らっているのを傍目に聞いていたりします。
それがね……。熱が籠もっていくとついってのは分かるんですが、どうにも「相手を下げて
自分を上げる」ような口振りになる傾向がさんざ認められて困るのです。正直ちょっとイラ
ッとくるんですよね。
文学は素晴らしい。○○は良作だ、××は駄作だ。異論は認めない(割合喧嘩している)
何? 分からない? これだから素人は──。

要約すれば、彼らは文学に対して値札を付け過ぎているのではないかと思うのです。そして
そんな自分達の見出す価値観に与せぬ者を、露骨であれそうでなくあれ、見下して当たり前
というような空気。
拠って立つ『高尚さ』への信奉といいましょうか。
そして世の“素人”達に向ける『冷笑』をベースとした態度。
……はっきり言って、僕はそういう界隈の一部ガチ勢の放つアタリマエが嫌いです。もっと
言えばそんな簡単に他人びとを哂い、分断してしまっている(していいとする)態度に対し
ての個人的反発心、といった所でしょうか。不穏、なんですよね。コンセンサスの取れない
ままの分断というのは即ち「諍い」の火種であり続けるのですから。

──言うて、文学ってそんな『高尚』なものかね? 僕自身は実は懐疑的なのですよ。

少なくとも藝術、今回の話題で言えば、小説というのは大半の世間人にとっては“必需品”
ではないのは明らかです。別に小説を読まなくても死にはしない。
衣食住。勉強して学校を出て働いて、お金を得る。それで食い繋ぐ。生きていられる──。
その基本中の基本な営みに対して、小説はほぼ何の貢献もしません。その意味ではむしろ人
によっては要らぬ労力を要求してくる邪魔物でしかないのかもしれません。

それでも、電車の中などで読んでいる人はいるじゃないか。
それでも、余暇の時間に小説なり漫画なりを読んでゴロゴロしてたりするじゃないか。

勿論、全員が全員「全くの無駄」と切り捨てやしませんよ。でもあくまで小説がそういった
人達に手に取られているのは空き時間を「有効に使う」ことであって、物語なりメソッドな
りを取り込んで自分の資本にする為だと考えます。明確に目的があって手に取る時間を作っ
ている人はともかく、別にそれは“小説でなくとも構わない”筈ですから。そう考えてみれ
ばやはり、物語を手に取るという行為に絶対の必要性なんて無い……。

だから文芸を愛し、居座っているような人達の叫ぶ『高尚さ』を、世間人が理解する訳ない
じゃないですか。
寧ろ逆効果になってしまうと、僕は思うのですよね。高尚さを叫ぶ──素晴らしいものだと
価値を付与すること自体はそう責め立てなくとも、何よりその価値観を(優先順位を高く)
認めない人間達を「凡俗」「低俗」「阿呆」と言い切って哂い、ややもすれば切り捨ててし
まうとすれば、そりゃあ互いがこなくそと思いますよ。文芸側は「所詮素人だ」と哂うし、
大衆側は「お高く止まってやがる」と毛嫌いするにようになる。……それが、僕には何より
も辛い。見ていたくない。そうやって、哂いが哂いを誘い、どうしようもなく埋められなく
なった溝を挟んでお互いが侮蔑を放り投げながらいがみ合っている……。

そりゃあね? 確かに藝術というもの全般、必需品ではないし、結構『分かる人が分かれば
それでいい』という排他性を持つ部分はある。こちらの流儀・粋を解さない人間がホイホイ
入って来られては不愉快だ、困る。だから門は狭めさせて貰う──そういうスタイルは一方
で分からなくはないんだけども。
元より、藝とは世俗から切り離されたセカイで磨かれてきたものではある。
小説だってそうだ。ふいっと手に取って読むのはともかく、皆が皆書こうとまでは思わない。
また作家とは『何者にもなれなかった者が行きつく先』だとも云う。既存の組織や枠、常識
に馴染めなかったタイプの人間達が作り上げた、何とかして“生きてていい場所”だから、
確かにこう逆に考えれば、世間人と交われる訳がないのは当然といえば当然で……。

でも、それでも、ただ単純に他人を哂い捨ててよしとする在り方には賛同できない。
僕らは生きているからだ。それ自体の価値が、意味が明確に問えなくても、今この時代にか
つての時代に、人はそれぞれの場所でセカイで生きてきた筈だ。命が、めいめいの心があっ
た筈だ。画一でも同一でもない。たとえその個々の考えや態度、身を置く環境が無慮で矮小
であったかもしれないが、その一人という人間は確かにそこにここに、存在する。

……そんな存在という自体の尊さを、高尚に寄り縋った人間が哂う。十把一絡げに「凡俗」
と吐き棄てて哂う。それが自分達の知性だと、優越性だと謳って哂う。
……ふざけんな。誰に許しを貰って、他人一人を勝手に「決めて」やがる。
自分達だってそうではなかったのか? 十把一絡げに組織に、枠に、常識に当て嵌められ、
俺は(私は)違う!と心を震わせて叫んだのではなかったのか? だからこそ藝術というセ
カイに身を投じ、愛するようになったのではないのか?
……同じ事を繰り返しているじゃないか。「普通」を嫌って己自身を、存在意義を証明し続
けようとする余り、自分達の側が誰とも知らぬ他人びとを「凡俗」と一絡げに枠に押し込め
て当然としているじゃないか。
言ってしまえば経験の連鎖なのだろう。何処か遠い憎しみの記憶が繰り返すのだろう。でも
一端の藝術家ならば、その界隈に棲むと決めた人間ならば、ただ憎しみも冷笑もストレート
に吐き出すだけじゃあ捏ね繰り回すだけじゃあ「藝がない」。藝術として昇華させてみせろ。
それができるから優れている、世俗とは違う──高尚の高尚たるゆえんなのだろう?
……腹の中で見下しているだけならばはまだいい。
わざわざ口にするな。あたかも自分が優れているかのように踏み台にするな。
(それとも僕のこんな想いすら、結局は『押し付け』の一つに過ぎないのだろうか)

哂うな。

それはまごう事なき“悪役”の仕事だぞ。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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