日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔72〕

 突如として巷に湧き起こった、現代の“聖女”の噂。
 嘘か真か? そもそも何処から……? 当然ながら第一報第二報を聞いた人々は驚き、戸
惑いを隠せなかったが、そんな当初の混乱を鎮めたのは他ならぬクリシェンヌ教団の現教皇
エイテルだった。
「冒険者クラン・ブルートバード所属、レナ・エルリッシュさんは間違いなく、我らが開祖
“聖女”クリシェンヌの生まれ変わりであります」
 異例ともいえる対応。開かれた記者会見。
 そこで彼女らはレナが《慈》──“聖女”クリシェンヌの生まれ変わりであることを公式
に認めた。また個々の魔力波長、魂の同一性について幾人かの魔導師がメディア各局で解説
を担ったこともこの肯定を後押しする結果となる。
 世界に、衝撃が走る。
 それは単に多くにとり馴染みの薄い知識への驚きだったり、魂というものの実在に対する
動揺だけではなかったのだろう。一方では迷走するこの時代に希望を灯す聖女再誕に沸き、
また一方ではそこから更に先の思考──このまま彼女をクラン・ブルートバード、“結社”
との戦いに巻き込ませて良いのかという疑問、義憤へと変わり始めて。
 エイテルらによる“火消し”は成功したかのように見えて、彼らを止められない。
 人々の困惑と揺さ振られた衝動はやがて大きな渦となり、世を騒がすだろう。
 酒場で、財友館で、街頭で。
 映像器の前で人々は立ち止まり、ざわざわと集まり、この報に釘付けになっていた。自ら
省みて思考する速度よりも速く、メディアが多くの情報を流し込んでくる。
 各国は大よそがまだ慎重に対応を選んでいる時期だった。一部の信仰の篤い国では早い段
階で再誕を歓迎する声明こそ出したが、何の脈絡もなく報じられ、教団がそれに乗り掛かっ
ている状況を鵜呑みにするほど王達は素直ではない。
 とある小さな村だった。
 薄曇りの空の下、質素な姿の夫婦が新聞を片手に呆然としていた。
 表情(かお)は見えない。ただ動揺に半開きの口元が、全身が震えていて、夫が妻を何と
か支えてやろうと、自身も戦慄きながらそっと肩に手を回している。

「──彼女がこの時代に、か」
 そして彼らもまた、そんな世の中のさまを観ていた。
 刻一刻と変化する中空の色彩が混ざり合い、却って殺風景を演出する中、一枚の大きな硝
子の円卓に座る七人はそう静かに事の次第を見つめていた。
「ただの偶然にしては出来過ぎているな。こちらに与せぬ魂(もの)達の差し金か」
「何、案ずる事はない。今の今まで何もしてこなかったんだ。今更何ができる?」
 影になって表情は見えない。だが彼女の再誕に疑心を抱く者がいる一方、鷹揚と構えて楽
観的な者もいた。
 七人。だがそんな彼らをまとめるように、芥子色のフードを目深に被った男は言う。
「だけども邪魔者になりうる事は確かだ。一応、警戒はしておこう」
 言って、彼はちらと自席上座の向かいに座る人物に目配せをする。するとこの者──白衣
を引っ掛けた女性は拝承といった様子ですっくと立ち上がった。
「悪いね。宜しく頼むよ」
 カツンカツン。
 そしてまるで頷くかのように口元に微笑を浮かべると、彼女は一人颯爽としてこの場から
歩き去るのだった。


 Tale-72.集結と叫びとそれぞれの善(ドグマ)

「……何が、どうなってる?」
 ディノグラード邸のリビング。映像器越しに映し出された出来事と情報に、ジークは只々
目を大きく見開いて立ち尽くしていた。
 それは場の仲間達も同様だ。必死に自分達に取り巻こうとする状況を把握しようとし、特
に当のレナに至っては見えない重力に今にも押し潰され、小さく小さく萎縮してしまってい
るようにも見える。
「ど、どうなってるの!? 一体何処から……?」
「リークか。それにしてはタイミングが良過ぎますね」
「ええ……」
 親友(とも)の動揺ぶりを肩越しに感じ、何としてあげればいいか戸惑うステラ。
 同じく彼女を支え、助けを求めるように視線を向けたマルタを一瞥し、サフレは気難しい
表情(かお)でリュカと顔を見合わせていた。
「おそらく、これは教団の自作自演よ。遅かれ早かれだけど、こんなに早く何ヶ所にも情報
が漏れるのは考え難い。私達じゃないんだから、そうなるともう一方しかないものね」
「そんなことして、何の得が……」
「既成事実、という奴だろう。これまで私達と教団の間だけでやり取りされていた“聖女”
の──レナに関する駆け引きを、一度公にすることで立て直したんだ」
「この前の当て付けって訳か。チッ、やってくれやがる」
「じゃあ梟響の街(アウルベルツ)に残ってた隊長達は……」
「ええ。こうなることも含めての布陣だったと考えていいでしょうね」
 ピースが繋がる。リュカの一瞥しながらの首肯を受けて、ダンは忌々しく舌打ちし、リカ
ルドは身内達の狡猾さに複雑な表情を漏らしていた。
「表向きはマスコミが嗅ぎ付けて騒ぎになり、それを教団が正式に認める──良くも悪くも
これで私達の退路は塞がれてしまったわ」
「そんな……。だってちゃんと、教皇様に会いに行くって、約束したのに……」
「口約束だけでは安心できずに脅しを掛けてきたという所か。あれだけ強引な手段に出てき
た割にはあっさり退いたと思ったが、やはり腹に一物あったな」
「レナちゃん、すまん。俺がついていながら……」
 どうやら教団(あいて)は、常にアドバンテージを握っていないと落ち着かないらしい。
 それは彼らがそれだけ、自らの権威の低下を憂い、焦っている証拠でもあった。尤もリカ
ルドやハロルドを除くジーク達はそんな相手の事情など知らない。只々出し抜かれたという
思いと、こうまでしてレナを苦しめて良しとするやり方に腹が立つだけである。
「拙いな……。俺達がこっちに来てる以上、ホームの皆が危ない」
「文字通りの人質か。もう少し慎重に戦力を分けておくべきだったかもしれないな」
「急いで戻ろう? 聖浄器云々なんて後回しだよ!」
「だな。先生さん、一度向こうに連絡を。シフォンやグノもいるし、最悪のパターンはない
と信じたいが……」
「ええ。すぐに」
 ダンに頼まれ、リュカが携行端末を取り出して操作し始めた。
 画面の向こうと今この室内でのざわめき。そんなジーク達のさまを、ヨーハンとセイオン
はそれぞれ神妙な面持ちで見守っている。

「──んしょ、っと……」
 そんな緊迫が汲々と張り詰めていたのは今朝方のこと。
 ジークは仲間達と共に一旦それぞれに宛がわれていた部屋に戻り、急いで出発の荷支度を
整えていた。昨日の今日で解いた旅荷がまた縛られて圧縮される忙しなさこそあったが、屋
敷内の持つ静けさが良くか悪くか、内心興奮していた心を宥めてくれた気もする。
(結局爺さんの聖浄器は後回しになっちまったな。止むのを待つ暇すらないなんて……)
 次から次へと。ジークは密かに、自分達に降りかかるトラブルの数々を呪いたかった。
 さりとて、そんなものは今更だった。自らが選んだ道だと今回も言い聞かせる。ヨーハン
の聖浄器回収が二度手間確定となったのもままならぬなとは思いつつも、そもそもまだ自分
達は正式に特務軍として動き出していないので、無理からぬことではある。
「……もう使われるべきではない、か」
 それよりも。ジークが気になっていたのはそのヨーハンが零していた言葉、態度だ。
 昨日の面会で彼が口にしたフレーズを小さく口ずさむ。
 君には分かっている筈だ──壁に立てかけてある六華をちらを見る。アルスから預かって
投げ掛けてみた質問も然り、やはりあの爺さんにはまだ含む所があるらしい。ぎゅっと旅荷
を結ぶ紐を引っ張り直し、ジークは暫くじっとそのまま一点を見つめて佇む。
『あ、あの……。ジークさん?』
 そんな時だった。ふとドアを遠慮がちにノックする音がし、レナの声が聞こえた。ジーク
は我に返ると膝立ちから立ち上がり、ドアノブに手をかけながら言う。
「おう。どうした? そっちは支度出来たのか?」
「は、はい。元々多くはなかったし、ステラちゃんやリュカさんが手伝ってくれたので」
 どうやら随分と気を遣われているらしい。女性陣らしいと言えばらしいか。
 彼女はドアを開けたジークに促されておずおずと中へと入って来、そして酷く申し訳なさ
そうに眉を下げたままで頭を垂れた。
「その、ごめんなさいっ! 私のせいで皆に迷惑ばかり……」
「気にすんな。別に俺達は責めやしねぇよ。大体、吹っかけてきたのは向こうだろ」
「それは、そうですけど……」
 思わず苦笑いが漏れる。だが彼女が真剣に悩んでいる──罪悪感を抱いているであろう事
は容易に見通せた。そういう娘(こ)だ。いつも彼女は、相手のことばかり心配し過ぎる。
(でも、今回ばかりは規模が違い過ぎるよ。私が“聖女”様だなんて、ジークさんはどう思
っているのか……)
 そのレナ自身は内心恐れていた。体内魔力(オド)の波長が、現教皇が如何に自分がそう
だと認めても自覚はないし、何より自分などには荷が大き過ぎる。
 もっと言えばそれ自体は二の次だった。出自のショックより、自分がそんな魂を受け継い
だ生まれ変わりだと、遠い人だと思われてジークに避けられてしまうことの方がよっぽど怖
くて怖くて仕方なかった。
「水臭ぇなあ。仲間だろ?」
 なのに……そのジークは笑っていた。ニッと八重歯を垣間見せ、こちらの消沈する気持ち
を優しく抱き上げてくれるように笑っている。
「ハロルドさんの件、忘れたか? 俺やアルスだって実は王族だった。リンさんもただの剣
士じゃなかったし、サフレも貴族の出だ。副団長じゃねぇけど、元々訳ありが集まってるん
だからさ? どーんと構えててくれよ。それに……俺自身もちゃんと恩返ししたいんだ。本
当の生まれが分かって“結社”との因縁も分かって、気付けばこんな遠い所まで来た。でも
皆恨み言一つ言わずに助けてくれた。俺達兄弟の味方であり続けてくれた」
 ゆっくりと、レナが言葉にならないまま彼を見上げている。ジークは笑っていた。それは
同時に自分自身の想いを確かめる作業でもあった。
「今度は俺の、俺達兄弟の番だ。奴らがどんな屁理屈を捏ねてこようが、お前は誰にも渡さ
ねえ。お前がクランに居たいって望むなら、俺は教団とでも何とでも戦ってやる」
「ジーク、さん……」
 揺らぐ瞳。見上げた顔、白い肌。
 レナはじーんと感動していた。そして次の瞬間にはボフンと、耳まで真っ赤になってガチ
ガチに固まってしまう。
「うん? どうした、レナ」
「あ、いえ……。その、そんな風に言われるなんて……嬉しくて……」
 もじもじ。思わず顔を逸らして指先でその綺麗な金髪をくるくると弄る。
 最初、ジークは彼女の意図する所が分からなかった。確かに臭い台詞だったかもしれない
が、これは偽りのない本心だ。
 ぱちくりと、今さっき自分が口を衝いて出した言葉を反芻する。
 仲間だ、恩返しがしたい。今度は自分達の番。
 お前は誰にも渡さない……。
「あっ、いや! そ、そういう訳じゃねぇからな!? こ、言葉のあやって奴で……。そう
いう意味では、全く……」
 だから気付いてしまった時、ジークはレナと同じように真っ赤になっていた。わたわたと
目の前で両手を忙しなく動かし、必死になって否定しようとする。
「……はい」
 ぽつり。小さくレナが呟いて、ちらとこちらを期せずして上目遣いで見上げている。
 それから暫くお互いに、二の句が継げなくなってしまっていた。ただにわかに火照った顔
が熱くて、むず痒くて、相手を直視できない。
(……あんにゃろう。エトナの奴め。妙なこと吹き込むから……)
 ジークはふと、出発前の夜を思い出していた。
「おーい、ジークいる~?」
 そんな最中の事だったのだ。はたと再びドアをノックする音が聞こえた。
 開いていることに気付いたのか、その主はそのままひょいっと顔を出す。ステラだった。
白みかかった銀髪を揺らし、部屋の中のジークとレナの姿を見て一瞬固まったが、それでも
敢えて何ともないを装って中へと入ってくる。
「ああ、レナもいたんだね……ちょうど良かった。それより二人とも、応接間に集まって?
リュカさんが至急皆を呼んで欲しいって」

「──リュ、リュカさん。もも、もう駄目です! 助けてくださぁい!」
 時を前後して、梟響の街(アウルベルツ)のホーム。
 導話の掛かってきた携行端末にすがりつくようにして、イヨが半泣きになり叫んでいた。
 ホーム酒場の中。周りではシフォンやグノーシュ、クロムやリカルド以下団員達がしきり
に外の物音に気を配りながらも、彼女のやり取りを見遣っている。
『イ、イヨさん落ち着いて。どうしたんです? 何があったんですか?』
「どうしたも何も……今こっちは大変なことになってるんですよぉ。この前の史の騎士団の
騒ぎの再来です。今朝から人が押しかけて来ていて、このままじゃ……!」
 導話の向こうでリュカが怪訝を零して焦っている。イヨ達は訴え、そしてまた再三の騒音
に身を強張らせ、内何人かの団員がそっと窓の外を覗き見た。
「何だ? レナちゃんはいないのか?」
「みたいだな。何か用事でジーク皇子達と遠出してるとかで」
「おーい、皆帰れ~! 本人がいないんじゃどうしようもねぇよ!」
「聖女様がいない?」「どういう事だ?」
「まさかブルートバード、この期に及んで閉じ込める気か……?」
「やっぱりそうか! だから荒くれどもは信用ならないんだ! 聖女様を解放しろーッ!」
「聖女様を、お前達の戦いに巻き込むなーッ!」
「だーっ、五月蝿ぇ! 何だよお前ら、ぞろぞろと。レナちゃんの苦労も知らないで」
「れ、レナちゃん……?」
「お前、聖女様に対して……!」
「知るかよ。聖女様だろうが何だろうが、あの子はこの街で暮らしてきた女の子だ。会見を
聞いてようやくホイホイやって来た奴らにあれこれ言われる筋合いは無いね」
「何だと……!」
「ちょっ。そこの方達、落ち着いて! 手錠を掛けられたいんですか!?」
「捌けて捌けて! そもそもこんなにたむろしてたら通行人の皆さんに迷惑ですよ! いい
から一旦、この場から離れてくださーい!」
 酒場『蒼染の鳥』(バー・ブルートバード)が面する表通りは、今朝のエイテルの会見後
からさもすし詰め状態の混雑となっていた。
 現代の“聖女”がいると聞いて顔を出してきた野次馬達、信仰心から彼女を一目見ようと
集まってきた近隣の信徒達。
 彼らの一部はその憧憬と共にクラン・ブルートバードが彼女を独占、特務軍という危険に
巻き込もうとしていると捉え、反戦デモ隊と化していた。更にそんな彼らに反発した街の住
民らが大挙して対抗し、あちこちで険悪なムードが漂っていた。
 飛び交うシュプレヒコール、罵声。それに対する駆けつけた守備隊らの奮闘とこの騒ぎを
冷ややかな目で見ている通りすがりの者達。いつぞやの三つ巴。
 はたして聖女再誕の報は、少なからぬ人々を様々な向きへと駆り立てていた。そんな膨大
な人の数に押され、イヨたちホーム内の団員達は迂闊に外に出ることもできない。
『うわ……。何これ……』
『あーあ。ものの見事に釣られてるなぁ、こりゃ』
 導信網(マギネット)で動画を検索したのだろう。導話の向こうでリュカがホームの現在
の様子を見て困惑していた。傍ではダンの呆れた声も聞こえる。連絡を取り合う為に彼女と
同席していたのだろう。
『で? 現状どうなってる? まさか徒党にぶち破られてやしないだろうな?』
「はい。そこまではまだ。伯爵が早めに守備隊の皆さんを出してくれたこともあって、暴発
だけは何とか防いでいる状態です」
「だが限界はあるだろうね。二度三度と押し寄せれば、正面衝突もあり得るかもしれない」
「喫緊の問題はアルス皇子とリンファ隊長ですね。今は学院ですが、これでは帰って来る事
もままなりません」
 そして同じくイヨの横で、シフォンとアスレイが付け加えた。うーむ……。導話の向こう
でダンが唸っている。つまり下手をすれば学院側にもこの混乱の余波が及ぶ可能性がある。
『まぁ学院長は結構アルス──自分とこの学生には味方してくれるから対応を取ってくれる
にしても、分断されてる状況は変わらねぇか。ミフネ女史。リンにもこの事は伝えてあるの
か? 最悪、あっちはあっちで逃げ隠れして貰わねぇと』
「はい。今他の侍従が。リンの事ですから、しっかりお守りしているとは思いますが……」
『そうか。こっちも急いで出発の準備はしてるんだが、如何せん遠いしなあ』
 ぼりぼりと後ろ髪を掻きながら、ダンは悩ましいといった感じでごちていた。導話の向こ
うはこちらと違って静かだ。お屋敷と聞いているから、多少の物音ではびくともしないので
はあろうが……。
『イセルナさんが戻って来ていればまた違ったのかもしれませんけど……。そちらにはまだ
戻って来ていないんですよね?』
「ええ。先日、退院して帰るという連絡は貰っているんですが、まだこちらに着いたという
連絡は……」
『そっか。仕方ねぇな。シフォン、グノ。イセルナ達が戻るまでリンと一緒に持ち堪えてて
くれ。俺達もなるべく早くそっちに着くようにするからよ。……くれぐれも外の連中には手
を出すなよ?』
「当たり前だ。一体表にどんだけの数がいると思ってる?」
「ああ、分かってる。レナの為にも、これ以上火に油を注ぐような真似はしないさ」
 結局彼らにできるのは、それぞれの場所にいる仲間達と連絡を取り合う──何が起こって
いるかを共有することだけだった。学院のアルスと一緒にいる筈のリンファへ、現在進行形
で地上(こちら)へ向かっている筈のイセルナ達へ、矢継ぎ早に通信を飛ばす。
「……んぅ?」
「あれは確か……」
『──』
 だがしかし、ちょうどそんな時だったのである。
 二人との導話を終えようとしていた中のイヨ達、その周りを囲む外の人ごみを遠巻きに避
けるように、ミュゼとダーレン、ヴェスタの隊長格・神官騎士三人組が、ホーム裏手の宿舎
へと続く路地に密かに入って行ったのだった。


「……むぅ」『……』
 大都(バベルロート)、統務院本部。
 中空に幾つものホログラム映像が各国の王達を映し、更に議事堂内にはこの日本部へ直参
していた議員達を含めての緊急会合が行われていた。
 各国の元首、統務院議員、錚々たる面々。
 だがそんな彼らの多くは一様にして悩ましげな、難しく苦虫を噛み潰したような顔をして
いた。対して登壇しているのは、終始飄々としているヒュウガ──正義の剣(カリバー)の
最高司令官である。王や議員達は唸っていた。忌々しく、彼に向かって批判の矛先を向けよ
うとしていた。
『どういう心算だ、サーディス!? 何の断りもなく史の騎士団に手を出すなど! 我々に
教団とも戦争をさせる気か!?』
「自分のした事が分かっているのか! お前ほどの肩書きを持つ者が剣を交えれば、最悪あ
のまま即全面戦争にだってなり得ていたのだぞ!?」
『幸いディノグラード公が緩衝材になってくれた、教団の側が仕掛けてきた騒ぎだった故に
引っ込みはついたものの……』
「何故あっさりと帰って来た? これではこちらも大損ではないか。せめて教団側の落ち度
をアピールしておけば……」
 王や議員達はめいめいに頭を抱えていた。今回にしろ地底武闘会(マスコリーダ)での一
件にしろ、特務軍が始動する前にトラブルが多過ぎる。
 だが肝心のヒュウガは何処吹く風といった様子だった。画面越しや議席から次々と飛んで
くる彼らの非難も、彼にとっては実に矮小で想定の範囲内過ぎるという訳か。
「……」
 そんな直属軍司令官の片割れを、同じくこの場に出席していたダグラスは渋い顔をしつつ
も見守っていた。隣には副官のエレンツァもいる。彼女もまた澄ました顔を保っているが、
はたして内心ではどんな風に思っていることか。
「……そう仰られましても。自分は命令通り動いただけです。クラン・ブルートバードに十
二聖の聖浄器回収の指令を伝える──その為に、遂行の障害となるために緊急の措置を取ら
ざるを得なかったというだけです。あそこですごすごと退けば、対結社特務軍は始まりから
躓いてしまいますし、何より我々の威厳も損われたと考えますが」
 うっ……。肩を竦めて朗々と語るヒュウガ。王や議員達はぐうの音も出ずに押し黙った。
 そうだ。どちらにせよ“何もしない”訳にはいかなかったのだ。あの時あの場所であの者
達と鉢合わせてしまった、元よりそれ自体が不運だったのだと。
(……よくああも開き直れるものだな。知っていて、発ったというのに)
 だが一方で、ダグラスは内心この片割れのしたたかさに閉口する他なかった。全員ではな
いが、王達の中にはこの男が、独自にブルートバードと史の騎士団──教団が好ましくない
接触をするだろうと察知していたことを知っていた者もいた。その上で自ら率先して諭そう
とはしなかったのだ。
 地底武闘会(マスコリーダ)での刺客騒ぎの時と同様である。
 彼らは常にリスクとリターンを天秤にかけ、しかしその本音は大きく個人的信条的な情動
に拠っている。
「それでも良いというのなら改めて剣を取りますよ。自分としては、徒に滞在し続けて教団
と皆さま方が直接対立するような状況を作りたくなかったのでありましてね」
『……』
 だからこそ、この男の採った立ち回り方は巧みだと思う。
 先ず教団という難物が不穏な動きをしていることを調べ上げた。その上で、彼らの行動を
前提としつつ、自分達が最も得をするであろう状況とは何か? それを作り上げるのに必要
なこととは何か? 分析した後に動いたのだから。
 思うに、それは教団の“力”を削ぐことだ。自分と同じく、彼もまた大なり小なり気付い
ていた筈だ。
 クリシェンヌ教団──世界最大の信者数を誇るマンモス組織。
 だがただ祈りを込めるだけでは現実は良くならない。この二年間、世界各地では“結社”
の国盗りが頻発していた。故にこの二年間、人々が縋るものは信仰ではなくより明瞭な武力
へと移っていった節がある。
 ……焦った筈だ。教団の、組織の威光が少しずつ失われていくことに内部の重鎮達は焦っ
た筈だ。総会(サミット)前の強気な攻勢が逆転している。綺麗な名目はいくらでも作れる
が、彼らがパワーバランスの主導権を取り戻そうと躍起になっていた事は想像に難くない。
 そこに現れたのが“聖女”だった。レナ・エルリッシュ──あのブルートバードに所属す
る少女だった。自身まだどういう経緯でその秘密が明らかになったのかは厳密に把握してい
ないが、この情報を知った教団が何も手を出さない筈はない。
「僭越ながら、寧ろチャンスだと自分は思いますよ? かの教団とはいえ、一人の少女を秘
密裏に連れ去ろうとしたのですから。皆さま方はカードを得たのです。ご存知のように教団
は十二聖の聖浄器の所在が明らかになっている数少ない勢力の一つ。どのみちあそこからも
回収しなければならないのなら、早い内に手を打っておいて損はないと考えます」
『むぅ……』
『それは、そうだが……』
 ダグラスはやはりか、と思った。やはりヒュウガは、この一件を利用して教団という難物
を攻略しようとしている。いや、正確にはクラン・ブルートバードを防波堤とし、より安全
に彼らと対峙しようとしている。
 その目論見があるからこそ退いたのだ。自分達が前面に出なければ、必然構図はレナ当人
を抱えるブルートバードと教団という二者になる。聖浄器回収という鎖(にん)を与えてお
けば、こちらが逐一促さずとも彼らはあの巨大な信仰の群れと闘ってくれるだろう。
『──』
 ダグラスはちらりと中空のホログラムを、議席の向こうに座る王や議員達を見た。
 多くはまだヒュウガの起こした“騒動”に目が向いたままになっている。しかしハウゼン
王やファルケン王、ウォルター議長にロゼッタ大統領、四大盟主や一部の王達は既に同じく
この事に気付いているように見受けられる。
『まったく。実に話題に事欠かない者達だな……』
『皇子に公子、元使徒に続いて偉人の生まれ変わり……頭が痛いです』
『はははは! 面白いじゃねぇか。とことん活躍して貰おうぜ? その為の抜擢、だろ?』
『皆お主ほど享楽的ではないではないよ。だが起こってしまったことは、明らかになってし
まったことは、もう二度と取り消せぬか……』
 嘆息、哄笑、冷静。ハウゼン以下四大国の元首達はそれぞれに追認せざるを得なかった。
それはそうですが……。他の王や議員達が尻込み、尚もその不安を噴かそうとする。
「……ええ。ええ。そうですか」
 だがちょうどそんな時だった。それまでじっと面々の会合を聞いていたエレンツァが、は
たと近付いて来た部下の一人に耳打ちされ、一旦一同の注意を自分に向けさせる。
「皆様、落ち着いてください。状況は今も刻一刻と移っていますよ」

「地図持って来ました~。これでいいですか?」
「ええ、ありがとう。ここに広げてください」
 時を前後して、魔都(ラグナオーツ)市内病院。
 ユリシズとの一件で負った怪我もすっかり癒え、イセルナとミア、そしてリオはいよいよ
退院という運びになっていた。いつでも出発できるよう既に荷物はまとめてあったが、それ
でも彼女達にはまだ確かめておくべきことがある。
 病院の警備兵に頼み、魔都(ラグナオーツ)周辺の地図を持ってきて貰った。病室のサイ
ドテーブルの上にこれを広げ、皆でこれを囲んで暫し眺める。
「近くにある導きの塔は……三つね」
「え? もしかして地上経由でお帰りになるつもりで?」
「うん。今のボク達が乗ったら、飛行艇が一つガラクタになるかもしれない」
 同席する警備兵、合わせて二名。彼らがそう呟いているイセルナにはて? と小さな疑問
符を浮かべて言った。彼女から引き継いでミアが言い、にわかにこの場がピンと緊張してい
ることに気付く。
 言わずもがな、再びの刺客──テロを警戒しての行動だった。
 ジーク達が帰って行った時は無かったが、先日退院が決まった自分達を亡き者にしようと
する一団が院内に侵入してきた。保守同盟(リストン)の手の者だ。幸い病み上がりでも軽
く捌ける程度の雑兵で済んだものの、再度その魔の手が飛行艇内で伸びてしまえば逃げ場は
ないし、最悪機体自体を落とされかねない。
 故にどうしても脳裏に過ぎるのは、皇国(トナン)内乱前の爆破テロであった。
「今回、飛行艇は使いません。導きの塔を経由して地上(ミドガルド)に出ようと考えてい
ます」
「尤もこの判断も向こうは予測済みではあるだろうがな。末端の連中はともかく、指示を出
した者達は俺達の行動を抑え込もうと考えている筈……」
 思い出した記憶で表情(かお)を歪めそうになり、しかし努めて気高く応じるイセルナ。
 リオもそっと腰の剣に手を添えながら、静かに目を細めていた。達人の気迫。この警備兵
達が思わず無言のままごくりと喉を鳴らした。
 地図によると、魔都(ラグナオーツ)近郊に建つ導きの塔は三つ。それぞれ北と東、南西
に一箇所ずつ記されている。
「で、でしたら、待ち伏せされている可能性が高いですよ?」
「ああ。最悪、薙ぎ払って押し通すしかないだろうな」
「でも不必要な戦いはなるべくしたくはありません。時間も奪われます。できるだけ早く、
且つ安全に皆と合流しなければいけませんし……」
 リオは既に斬る気満々でいたが、イセルナは正直あまり気が進まなかった。
 口に出した通り時間の無駄になるということもある。それにこちらを目の仇にしてくる者
達とはいえ、ただ場当たり的に傷つけ、殺めることが最上だとは思えない。
 早く、安全に。
 先日レナの出自がメディア各社にバレてしまった。加えて教皇エイテルがその報道を認め
たことで、彼女の秘密は単なる巷説から公然の事実と化した。流石に地底層(こちら)に伝
わる速度は少し遅れているらしいが、それも時間の問題だろう。急ぎホームの皆と合流しよ
うとしている理由を、ここで一から十まで口にする必要性はない。
(ダン達が戻って来るのを待っていては……遅いでしょうね。何とか抜け出さなくっちゃ。
今苦しんでいるレナちゃんの為にも)
 あーだこーだ。それから暫くイセルナ達は、この警備兵らに訊ねてどのルートを通るべき
か話し合った。
 曰く、此処から一番近いのは東の導きの塔だそうだ。
 しかし地図を読めば分かるそんな要素を、保守同盟(リストン)の刺客達が見逃す筈はな
いだろう。急ぐならばそれこそ多少押し通してでもだが、十中八九リスクを含むルートであ
ることには違いない。
「かといって遠い方を選ぶってのもね……」
「合理的ではない。そもそも、三つ全てに張られている可能性だってある」
「決めろ、イセルナ。どのみち俺達の行く手は絞られているんだ」
 ふわりと無言のままブルートも顕現して地図を覗き込んでいる。リオは多少じれったさを
抱いているようで、そうこちらに促してきた。イセルナはちらっと二人を一瞥し、そうねと
苦笑(わら)う。
 所要時間で決めていては逆効果か。ならば……。彼女は再び警備兵らに問う。
「では、衛門族(ガディア)の集落が無いのは何処ですか?」

 塀を隔て、遠く街の向こうから穏やかではない気配が伝わってくる気がする。
 梟響の街(アウルベルツ)学院内。アルスはエトナやリンファ、ルイス、フィデロ、シン
シアといったいつものメンバーと共に昼食を摂っていた。食堂内ではやはり聞き及んでいる
のか、他の生徒や職員達も何処かそわそわとして落ち着き切れていない。
「しっかし、予想以上に大事になってるな。家に帰れるのか?」
「そうだね……。少なくとも今日は何処か別で宿を取らないといけないかも」
 もきゅもきゅ、フィデロがハンバーグを口に含みながら言う。アルスは苦笑しながらつい
フォークを握る手が止まっていた。ルイスやシンシア達も、自分を気遣ってくれてあまり気
楽に話を振ろうとはしない。それが却って、互いの重い沈黙を生んでしまうのだと分かって
いても。
 先日の朝刊、ここ数日の報道でレナの出自──“聖女”の生まれ変わりであるという情報
が大々的に世界に伝わってしまった。その時点で既にホームへ覗きに来る人々はいたが、今
朝教皇エイテルが会見で一連の報道を認めたことで人々への伝播は加速度的に増した。
 自分達はそれでもいつものように、朝早い内に宿舎を出たので巻き込まれずに済んだが、
後で連絡を受けた所によるとホーム前は今現在進行形で野次馬や信者、反戦デモ隊と彼らに
反発する市民、騒ぎを収めようと出動した守備隊といった面々でごった返しているという。
 戻るにも戻れない。ちりちりと罪悪感のような感慨が後ろ髪を引いている。
 ……これでは自分だけが、逃げるように学院に来てしまったようではないか。
 元よりそれが学生としての本分ではあるにしても、やはり申し訳なさは否めない。
「不利が続くな……。イセルナもダンも、それぞれ向こうにいてすぐには戻って来れない。
シフォンやグノーシュ、クロム殿もいるし、素人相手に後れは取れらないとは思うが……」
「素人相手なら、ね」
「そうだな。お兄さん達が改めて出払ったこのタイミングでの報道──ただの偶然とは思え
ない」
「えっ? え……? 何の話だ?」
 シンシアやルイスが続いて呟いている中、フィデロだけはその意図する所を理解していな
かったようで、頭に大きな疑問符を浮かべていた。
 アルスは喉から出ようとした言葉を一度慎重になって引っ込め、しかしもう隠し通す必要
もないだろうと思って話し出す。
「あくまで推測だけどね。多分この騒動は意図的に引き起こされたものだよ。それも教団が
自分からリークして。もしかしたら嗅ぎ付けられたかもしれないけど、レナさんの生まれに
ついては僕らと彼らの間でしか知られていなかった筈だから」
「つーことは……あれか? 自作自演か?」
「うん。そうだとしたらこの状況も全て綺麗に説明がつく。レナさんを確実に自分達の手中
に収める為だと思う。駄目押しというか、意趣返しというか。神官騎士達を街に残していっ
たのも、いざとなればホームの皆をごっそり人質にするつもりだったからだよ」
 ぽかんとするフィデロ。ルイスやシンシア、リンファ達も少なからず険しい表情でこちら
を見、遅々として料理を口に運んだり手が止まったりしている。
 これは更に推測だ。教団からすれば、この二年という時間は“結社”による各国への反転
攻勢──統務院の「武」の力に圧倒された時間だったと思う。「心」だけでは暴走する時代
を止められず、以前に比べてその威光は少なからず削がれてしまったのではないかと思う。
 だからこそ、ハロルドとリカルドの私闘を契機とする“聖女”の出現を、彼らが見過ごす
筈はないと思うのだ。後々で聞いた話だが、統務院総会(サミット)の前には各国に王器を
守るよう親書を送った。彼らは彼らなりに災いに備えようとしたのだろう。たとえその動機
が純粋な正義感ではなく、組織としての是・保身にあったとしても。
「うーん……。何とかできねぇのかな?」
「難しいだろうな。今回に限った話でもないが、皆それぞれが自分達の“最善”の為に動い
ている。届かないさ。僕らが割って入っても、徒に騒ぎをややこしくするだけだ」
「それに、この前の一件で先生達にも随分絞られてしまいましたしね……。当面は守備隊の
皆さんに頑張って貰うしかないのではありません?」
「それは……。だ、だけどよぉ」
「……」
 友人達が話し合っていた。何か自分達にできないかと自問し(とい)、されど状況を変え
られる程の力も機会も持ち合わせていないことを嘆く。
 アルスは口を噤んでいた。食事も喉を通している場合ではなく、ただ余計な気遣いだけは
されまいと必死にポーカーフェイスを装う。
 歯痒さを抱いているのは自分も同じだ。ホームの皆がいつ動画で見たような人の波に押し
倒されるか知れないという以上に、騒ぎの中心であるレナに対して。
 似ているのだ。
 かつての、これまでの自分たち兄弟と、突如として明らかになった彼女の出自を重ねる。
 皇子と生まれ変わり。内容も程度も違うけれど、自分達もその出自、受け継いだ血筋によ
って今まで多くの困難に直面してきた。血を恥じる訳ではない。だがこの身分によって被っ
てきた、人々に向けられた視線と重圧はそう誰にも代われるものではない筈だ。
 そんな重荷が、今度は彼女に圧し掛かろうとしている。
 哀れであったし、辛かった。そして同時に、一方でそうして変わることのない世の人々に
対して、自分は心の何処かで「怒り」を感じている。これは表に出してはいけないものだ。
そう明瞭に認識している筈なのに、自分という一個の人間はその義憤を叩き返したくて堪ら
ないのだ。
 欲する(ねがう)。自分にも何かできることはないか?
 一連のリークが教団の自作自演ならば、彼らは必ず自分達に対し交渉の場を打診してくる
筈だ。外堀を埋めて有利な状況を作り、その上で彼女を差し出せ等と要求してくる筈だ。
 現代に再誕した“聖女”という大看板と、自分達の知りうる聖浄器の真実。
 だが兄さんはきっとレナさんを──仲間を見捨てない。真っ直ぐな人だから。たとえ教団
を敵に回してでも、彼は彼女の意思を守ろうとするだろう。
「……リンファさん」
 開口。そしてたっぷりと友人達のやり取りの中で沈黙を保った後、アルスははたと傍らに
控えていたリンファに言った。彼女が、フィデロ達がこちらを見遣っている。
「端末、貸して貰っていいですか?」
 覚悟なら出来ている。
 ……何でしょう? 彼女の神妙な声色に、彼はそうゆっくりと口を開いた。


 はたして、彼らは三人を待ち構えていた。
 魔都(ラグナオーツ)郊外、南西の谷間にある導きの塔。地上へ向けて出発したイセルナ
達を待っていたのは、リストン保守同盟からの刺客、その本隊らしき軍勢だった。
 ザラリ。剣を抜き銃を構え、顔下半分を覆面で覆った者達が殺気を放って展開している。
『……』
 充分に距離を取って、イセルナ達はこれと相対した。彼女の両脇でリオが、ミアが鞘から
太刀を抜きかけ、拳をもう片方の手で包み、睨み返している。
「結局こうなるのね」
「ああ。よほど俺達に倒されたいらしい」
「遠回りしている暇はない……押し通る。レナが助けを待ってる」
 最寄の塔では確実に張られているだろうと踏み、それでもせめて自分達以外に巻き添えを
食わないようにと考え、この南西の塔を選んだ。
 しかしそんなこちらの腐心は、彼らには全く届かなかったようだ。分散かそれとも同数の
兵力を配置しているのか。念の為にと他の二塔にも陽動用の人員を頼んで向かわせておいた
のだが、どうやらそれもあまり意味はなかったらしい。
「イセルナ・カートン、ミア・マーフィだな? そしてかの“剣聖”……」
「お前達は地上へは帰さん! 我々が始末してくれる!」
「全ては……在るべき世界の姿を取り戻す為に!」
 刺客達が駆け出してきた。雄叫びを上げてこちらに猛進して来る。
 戦うしかないのか。ここでようやくイセルナも腰の剣を抜いた。リオがゆらりと、ミアが
握り締めた両拳を構えて迎え撃とうとする。
「──えぶっ?!」
 だが次の瞬間だったのである。轟。刺客達の第一陣がこちらに飛び込んで来ようとしたそ
の寸前、突如として真上から何かが降ってきた。
 舞う土埃、地面に大きな陥没を作って白目を剥いて伸びている刺客の一人。
 イセルナ達は目を見張った。硬く結晶化した、この刺客に叩き付けられた右拳。竜のそれ
である巨大な翼。
 ディアモントだった。ディアモント・フーバー。地底武闘会(マスコリーダ)の本選にて
ジークと戦い、敗れた“金剛石”のディアモントである。
「あなたは……」
「よう。暫くぶりだな。加勢に来たぜ」
「加勢? 何で……?」
「何でってお前、そりゃあ助ける為だろうよ」
 驚くイセルナやミア。しかし対する当のディアモントは呵々と笑っていた。何故を問うて
くるミアに、一度はこの闖入に後退りした他の刺客達が襲い掛かってくるのを、まるで世間
話でもするかのように軽々といなし、次々とその《晶》の拳を叩き込みながら答える。
「一度正々堂々と拳を交えた相手はダチだ。ダチを助けるのに……理由が必要か?」
 ぱちくりと目を瞬き、そしてイセルナはフッと苦笑(わら)う。ミアも気難しそうな顔を
しつつも、敵ではないと分かって警戒は解いたようだ。すると直後「おぉぉぉッ!」と谷の
左右から武装した冒険者達が現れ、押し寄せる。
「我らクラン・クオーツパーティ、義あって助太刀する! こいつらは俺達に任せろ。あと
爺さん達もな」
「? 爺さん……?」
 更に加勢は続いた。次の瞬間、場に残っていた刺客達が一瞬にして目の前から消え失せ、
代わりに老齢の魔導師とハーフヘルムを被った少女が現れたのだった。
 アシモフと、彼によって作られた被造人(オートマタ)・キャメルだった。彼らもまた同
じく地底武闘会(マスコリーダ)の本選にてイセルナと戦い、敗れた者達である。
「……あの時の戦闘用オートマタか」
「お父さんとグノーシュおじさんを場外にした奴……」
「そう殺気を向けるでない。儂もお主らの加勢に来たんじゃ。そこの熱血馬鹿にしつこく誘
われての」
「はははは! その割には結構ノリノリだったように見えたが?」
「……勘違いするな。儂はただ、キャメルを負かした者がこんな所でまごつかれるなど癪に
障るだけじゃ」
 ハーフヘルムの片目に仕込んだ転座の法(リプレイス)を使ったのだろう。塔の前を固め
ていた刺客達はごっそりと遥か頭上の崖に移されていた。
 突然の事で何が起こったのか彼らは分からず、おろおろとしている。結果として場にいる
兵力は大幅に減らすことができた。ディアモントは笑いながら、自らのクランの部下達と共
にこの残存兵力を撃破しに掛かっている。
「行け、イセルナ・カートン。お主らの事情は大よそ聞き及んでいる。こやつらは儂らが片
付けておいてやろう」
「そういうこった。行け! 例の聖女ちゃんのこと、しっかり守ってやれよ!」
「……。ありがとう。恩に着るわ」
「言われなくても。……感謝する」
「行こう。時間が惜しい」
 アシモフの魔導と、盾と剣を構えたキャメルがこれに合流した。
 二人に促され、イセルナ達はそのまま急ぎ、塔の中へと駆け出していく。

「──責任者を集めてくれ。大事な話がある」
 突如として裏手からホームを訪れた、件の三人の神官騎士。その代表としてダーレンが、
そう警戒するイヨやシフォン以下団員達に告げた。
『こんにちは。初めまして……ですね。私は現クリシェンヌ教団教皇、エイテル・フォン・
ティアナです』
 通信を繋ぎ、ホーム宿舎内の会議室とジーク達のいるディノグラード邸を結ぶ。
 総じて顰めっ面な一同が顔を揃える中、中空のホログラム画面に現れたのは、他ならぬ教
皇エイテルだった。
「ああ、直接にはな。それで? 一体どういうつもりだ? こんな時にいけしゃあしゃあと
出て来やがって」
 だが誰よりも早く、皆の思いを代弁するようにジークは噛み付いた。教団だろうが何だろ
うが、場数を踏んできた彼の辞書に物怖じという言葉は無い。
 されど対するエイテルは変わらず落ち着いていて、微笑さえ見せていた。
 寧ろこちらの不躾に反応していたのは画面の端々で見切れていた周りの枢機卿達だろう。
貴様、教皇様に何という態度を……! そんな小言が聞こえてきそうな渋面がこちらからも
十二分に見て取れる。
「レナのこと、バラしたのはお前達だろ? 分かってんだ。何であいつの言葉を信じてやら
なかった? 会いに行くって、約束してただろうが」
『バラした? 一体何の話でしょうか? 私達とて今回の事態には心を痛めているのです。
誰かは存じませんが、聖女様の存在を徒に記事に書いて広めた……。既に起こっている混乱
は周知の通り。聖女様におきましてはさぞ驚かれ、戸惑われたものと……』
 単刀直入に詰め寄る。だがエイテルはあくまで白を切り、代わりにそうレナに向かって慰
みの言葉を掛けた。
 枢機卿達と共にそっと胸に手を当て、小さく低頭。
 ……白々しい。ジーク達は憎たらしく唇を尖らせ、眉間に皺を寄せて罵倒を呑み込んだ。
 あくまでリーク云々に関しては知らぬ存ぜずという心算か。尤も、そう出てくるであろう
ことは、既に予想がついていたが。
『今回こうして会談を設けさせていただいたのは他でもありません。この目下共通の懸案に
対し、皆さまに私どもから一つ提案をさせていただきたいのです』
「提案?」
『はい。今回の騒ぎ、聖女様の情報を然るべき時まで秘匿できなかった私どもの失態です。
ですので、信者以下市民の皆様の混乱は私どもが責任をもって収めましょう』
『その代わり、と言っては何ですが』
『クラン・ブルートバードの皆さまにおきましては“結社”と長く戦ってきた中で得た彼ら
の仔細、及び聖浄器について知り得ていることを全てお話いただければと……』
「──」
 そういう事か。エイテルの言葉を継ぎ、本題に切り込んできた枢機卿達からの要求を耳に
して、ジーク達はようやく彼女らの目的としている所を確信することができた。
 その場で、画面越しで。互いに顔を見合わせる。何よりも渦中にいるレナの、不安に歪ん
だ横顔をそっと見遣る。
 やはりその為の自作自演か。体勢を手直し、アドバンテージを取る為の。まだ公にされて
いない情報を掴み、他の勢力と差をつける為の。
 一方でジークは思った。何故こいつらはそこまでして「知る」ことに拘るのだろう?
 意趣返し、というだけでは大仰に過ぎる。やはりあの後リュカ姉やサフレが話していたよ
うに、教団という組織を維持する為か。……くだらない。そんな理由の為に女の子一人の心
をぐちゃぐちゃにしていいと思っているのか。聖女様。何て薄っぺらい。結局は手前らが手
前らの為に、体よく利用したいというだけじゃないか。
『以前親書にもしたためました通り、私どもは皆さまと対立したい訳ではないのです。ただ
この世界の謎を解き明かし、災いに備えたいのです。それが開祖クリシェンヌが我々に遺し
た遺志であり、使命なのです』
「……と、向こうさんは言っているようだが?」
「駄目だよ、ジーク! 乗っちゃ駄目!」
「そうだな……。これは交渉じゃない。脅迫だ」
「大層な使命感だ。感服するよ。でもそれは本当にレナの、目の前の女の子一人を散々に踏
み台にしてまで行うことかい?」
「……ヒトは変わらぬな」
「別に驚くことじゃない。あそこは昔からこういう集まりさ」
「教皇様……。俺は……」
 エイテルがあくまで平和的を装う。だがホーム宿舎とディノグラート邸、仲間達もとうに
堪忍袋の緒が切れていた。相手の権力も省みず次々にジークに向かって叫び、或いは冷笑と
嘆息、躊躇いの声が漏れる。
「……」
 しかしジークはそんな皆の言葉を聞きながらも、結局首を縦には振らなかった。
 静かに視線を向けている先はレナである。不安そうにこちらを見返し、それでもふるふる
と自分達を心配して首を横に振る仲間の少女である。
 確かにこれは交渉ではなく脅しだろう。生まれ変わりの件は公になった。ホームには現在
進行形でエイテルの息が掛かった部下達が居合わせている。
 小さく息を吐いた。言葉とは裏腹。願いは自分とて皆と同じだ。
 だからジークはすっくと画面の中のエイテルを見上げる。仲間を救う為に、口を開く。
「知ってること全部と言ってもな……。そもそもお前らがどこまで知ってるのかっていうの
もあるんだが……」
「ジーク!?」
『ま、待て。策略に──』
「俺の持ってるこいつ、六華も知っての通り聖浄器だ。母さんに託されてからずっと使って
きたから、俺なりにこいつらがどんなものかってのはぼんやりとだが分かってきた」
 腰に差した太刀・脇差、三対の剣。
 そっとその鞘に触れながらジークは語り始めた。ステラやシフォン、仲間達が慌てて制止
しようとするが聞く耳は持たない。枢機卿達が小さくほくそ笑んでいる。
 腹は今さっき括った。
 知っていること──昨日この館で、今後ろでじっと座って事の成り行きを観ているヨーハ
ンの言葉を思い出し、訥々と言葉にしていく。
「こいつらはただの道具じゃねえ。心を……魂を持った武器だ。はっきりそうだって聞いた
訳じゃねぇし、俺個人の見たイメージなんだが、どうもこいつらは望まぬ形で聖浄器になっ
たっぽいんだよな。化身っていうのかな。多分その辺りが“結社”がしつこくこいつらを狙
ってくる理由なんじゃねぇかと思うぜ。つーか歴史云々はそっちの方が詳しいだろ」
 喋っちまった……。仲間達が目を丸くして頭を抱え、或いは要求に屈したようにみえる彼
に唇を噛む。
「……それよかよ」
 だが、直後一同はそんなショックは前振りでしかなかった事を思い知らされる。
 一見馬鹿正直に打ち明けてしまったと思われた次の瞬間、ジークはギロリと画面の向こう
のエイテルや枢機卿達を睨んで言い放ったのである。
「自分達が何をしたか、分かってんだろうな? レナを泣かせた、苦しめた。ハロルドさん
とリカルドさん、兄弟の仲を危うく永遠に引き裂きかけた。うちの仲間達にも手を出した。
何一つ、許されるもんじゃねえ」

「……ッ!? おい、今すぐ会談を止めさせろ! 回線を切れ!」
「うん? いきなり何を言って──」
「ハッキングだ! 攻撃されてる! この通信、いつの間にかローカルネットからブロード
キャストにされてる! 世界中に発信されてるぞ!」
 一方その頃、教団本部でこの会談の通信を繋いでいた技術者の一人が気付いたのだった。
同席していた他の同僚らが頭に疑問符を浮かべる中、自身の制御卓(コンソール)に映った
警告の表示を見せつけて叫んでいる。
「ふふふ。今更気付いても無駄無駄。あたし達の技術力を舐めないでよね!」
 犯人はアルスだった。リンファから端末を借り、至急レジーナたち機巧技師らに協力を要
請していたのだ。造船現場に持ち込まれていた何台もの大型端末。それらを彼女らは即席で
繋ぎ、教団からジーク達に繋がっていた回線を密かに乗っ取っていたのである。
(……兄さん。僕は、僕らはその覚悟に応えるよ。だから全力でぶつかって。僕は僕のでき
ることで、兄さんをサポートする)

「何だと……? お前達、一体何をした!? 探せ、止めさせろ! くそっ、謀ったな!」
 程なくしてこの緊急事態は、会見の場にいたダーレンやヴェスタ、ミュゼら神官騎士達に
も伝わった。生来の気性を発揮し、部下達にクランの面々に怒鳴り散らすダーレン。だが当
然ながらアルスの半ば独断で取られたこの反撃を、仲間達は知らない。ただにわかに彼らが
慌てふためいていると分かって顔を見合わせている。
「落ち着きなさい。おそらく他のメンバーです。この場の者達の確保を。この時の為に私達
が待機していたのですから」
 そしてミュゼの指示で神官騎士達が武器を抜き、ホーム側の仲間達を捕らえようとする。
 シフォン、グノーシュ、クロム、リカルド及びイヨら。一同は身構えてあわや互いの得物
がぶつかりそうになったが──結果的にそれは起こらなかった。
「……間に合った」
「随分と騒々しいな」
「ミアちゃん! リオさん!」
「ただいま。……さて皆さん。私がいない間に随分と好き勝手してくれたようですね?」
「だ……」
「団長~ッ!!」
 半ばドアや窓をぶち抜いて割って入ってきたのはイセルナやミア、そしてリオ。刺客達の
妨害を跳ね除け、この混乱の只中まで帰って来た三人だった。
 二本の剣と、突き出して吹き飛ばした拳。
 仲間達に襲い掛かろうとした騎士達の剣を、彼女らは不敵な笑みと共に受け止めている。
『何……だと?』
『おい、それは本当か? 外に漏れているのか?』
『教皇様、一旦お退きください! このままでは全てが台無しです!』
「おい待てよ。逃げんのか? 俺の話はまだ終わってねえぞ」
 どうやら内々で繋いでいた回線が、知らぬ間に世界中の人々に知れる所となったらしい。
 ジークは殆ど直感的に理解していた。アルスだ。弟が、うちの頭の切れる弟が分断された
状況を逆手に取って上手くやってくれたらしい。
「よう、教皇さんよ。お偉いさん方よう。随分と喧嘩売ってくれたじゃねぇか」
 ずいと数歩進み出る。画面の向こうで枢機卿達が慌てふためいている。それでもエイテル
だけは、流石に浮かべた微笑を曇らせて眉間に皺を寄せていたが、じっと冷静にこちらを見
返していた。
「……あったまきた。下手に出てりゃあいい気になりやがって。そんなに手ぇ出したいんな
らこっちから出向いてやるよ。望み通りにな」
 枢機卿達が、少なからぬ団員達が、ぞっと引き攣った顔で固まっていた。
 ジ、ジーク?
 お前、何を……?
 言葉にならぬ言葉が、ホームの会議室にディノグラード邸に湧き上がっては漂っていく。
「レナの未来を取り戻しに行く。首揃えて待ってろ。ついでに……お前らの聖浄器もな」
 愕然。閉口。エイテルを指差すジーク。
『え……。えぇぇぇぇーッ?!』
 そして次の瞬間、敵味方を問わない叫びが、けたたましく場に満ち響いたのだった。

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  1. 2016/04/05(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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