日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「教鞭」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:冷酷、携帯、大学】


「──このように、現在の判例では以上の四つ要件を満たしている場合、違法な処分と判断
されている」
 カンカンと小気味良く擦られるチョークの音、蝉の音が聞こえ始めた梅雨明けの日差し。
 石田はこの日も講義室の一つで、学生達を前に授業を行っていた。K大学の講師。それが
彼の現在の職業である。
「これは、論理構築の面からも当然列挙されるべきものだが、言い方を変えれば一度下され
た行政の判断を安易に覆しては業務一般に差支えが出る、という予防線とも取れる。これを
市民不在の運用と捉えるか、あくまで円滑な秩序を優先するべきだと考えるかは個々人の判
断に委ねる所ではあるが……」
 黒板にそう簡単なメモ書きのように要点をまとめ、石田は喋りつつ振り返った。
 等間隔に据え付けの長机と椅子が並んだ、こざっぱりとした講義室。長年使われてきたせ
いで床のタイルは所々が剥がれ、窓からは少々眩しく暑いくらいの光が差し込む。
 ばさり。時折カーテンが揺れていた。日を遮るよりも風に押され、窓側に座る学生の眉を
顰めさせている。
 尤も、今日もやはりというべきか、出席率は悪かった。
 空いた席が目立つ。学生達は点々とバラけてそれぞれ席に座っているし、そうでない場合
は大方が友人同士といった関係なのだろう。こちらの講釈など半ば聞き流してこっちを見て
いないし、板書を取っている者など一部のまめな学生だけだ。大半は机の陰に隠してスマホ
を弄っているらしく、或いは堂々と突っ伏して眠ってしまっている者もいる。
「……」
 石田は内心苛立ち、そして嘆息していた。
 確かにもう今に始まった光景ではない。他の講師・教授達のそれの時も大なり小なりこう
したさまは当たり前のようにあるとも聞く。
 それでも、石田はやはり気持ちがいい訳がなかった。黒縁の薄眼鏡のブリッジをそっと指
で支えてズレを直しつつ、彼らに対する苛立ち──が在るのは認めつつも、同時にそうした
感情すら日ごとに磨耗して無くなっていくかのような心地を覚えてならなかった。
「……。しかし、暑いな」
 静かに呼吸を整え、教卓に置いていたペットボトルのお茶を一口。
 同じく広げていた講義用の資料(ノート)に、確かめるように目を落としつつ、彼はふと
声色の硬さを気持ち緩めて呟く。
「アイスが食べたいな。個人的にはバニラより抹茶がいい」
 するとどうだろう。一部の学生達はそんな、一見授業とは無関係なぼやきを聞くや否や、
ササッと一斉にメモを取り始めた。
 或いはスマホを弄っている学生達も、机の陰でカチカチと指の動きを早めた。何かしらの
機能にメモを書いているのか、或いは仲間内のチャットにこの言葉を伝えているのか。
 ──石田という講師に対する周りの評は、いわゆる堅物の一言に尽きる。
 それに加え、意地悪だと言われることもしばしばあった。それは彼が採っている、とある
講義中の方針を理由とするものである。
 石田はかねてより快く思っていなかった。わざわざ大金を払って(払わせて)大学に通っ
ているというのに、本分の勉強にはまるで真剣にならず、バイトや遊びに明け暮れる。尤も
前者は、それだけ昔に比べて個々の経済事情が逼迫しているのだと思いたいが──やはりこ
うも毎度露骨にルーズな態度で臨まれると甲斐がないというものだ。
 いや……一応講義に出てくるのならまだいい。
 石田にとってもっと内心度し難いのは、それすらしない学生達である。何が忙しいのかは
知らないが、履修しておいてろくに受けにも来ず、試験やレポートの時──評価点に関わる
時だけはちらっと存在を示してくるような手合い。
 石田は歯痒く、悔しかった。
 奥底に澱んだ記憶。“真面目”に出て来てくれている者達が、馬鹿みたいではないか。

『よう、石田。そろそろノート見せてくれよ』

 学生時代。石田はこの時から堅物というか真面目で、そして強く出られない性格だった。
 今もよく覚えている。普段は居場所さえよく知らないチャラい同級生達が、試験前などに
なると姿を見せて、そう頼んで(ようきゅうして)くるのだ。
 最初はあまりよく考えていなかった。寧ろ自分の書いたものを見られるこっ恥ずかしさの
方が勝っていて、でも困っている他人に手を差し伸べられることがちょっと嬉しかったりも
した。
 ……だが、そんなものは所詮自分の自己満足だったのだと思う。向こうはこっちがノーと
言わないのをいい事に、都合よく利用していたに過ぎない。自分達はろくに“真面目”に講
義を受けていないにも拘わらず、要点だけは他人から掻っ攫ったノートを読んで把握し、単
位だけはちゃっかりと取っていく──狡賢いというか、良くも悪くも要領が良いというか。
 だから思ったものだ。本当に世の中は不平等だと。
 こちらが必死になって講義に出て、ノートを取り、勉強を欠かさなかったのに試験では点
数が足りなかった。なのに彼らは皆(ギリギリも含めて)赤点の向こうを越えていった。
 理不尽だった。逆恨みだということは解っている。だけども、遊び惚けている者ばかりが
得をして楽をするなんて、許せなかった。

『何でだよ、今までは貸してくれてたじゃねぇか』
『ゴチャゴチャ言わずに出せよ! 小せぇ野郎だな!』

 だから、その理不尽に不平等に気付いてからは無心を断ろうとしたが、逆に彼らの不機嫌
を買ってしまった。遅過ぎたのだ。始めからいい顔などしなければよかった。力ずくで鞄を
奪われ、ノートを奪われ、残ったのは赤点の前後でフラつく成績と頬の傷ばかりだった。

「……さて、次の判例を見てみよう。八十六ページだ」
 許せなかった。あいつらも、自分自身の甘さも。
 コホンと小さくわざとらしい咳払いをして、石田は脱線した講義を元に戻す。
 これが彼なりの方策だった。真面目に講義に出ず、他人の上前を撥ねたり仲間内でリーク
し合うことで得るような単位・点数をどうにかして挫かせられないか?
 一つに出席点の占める割合を三割にした。
 一つに中間レポートと学期末試験の占める割合を残りの三割プラス四割とした。だがそれ
でも出ない奴は出ないし、後者にのみ集中して単位を取っていく者だっている。
 だから石田は、こうして時折講義中にそれとなく「キーワード」をちりばめるようにして
いた。好きな食べ物だったり、飼っていたペットの名前だったり。年度・学期によって傾向
は変えたが、そうした、講義に出ていなければ知りえない情報を毎度試験問題の最後に追加
している。

「設問五:教官が今年食べたアイスの味を覚えている限り記入せよ(点数上乗せ五点~)」

 例えばこんな感じで。ただテキストの中を丸覚えするだけではなく、ちゃんと講義に出て
真面目に勉強してくれた学生達に、せめてもの救済措置をと思って設けたものだ。こうすれ
ばたとえ本領の点数が足りなくとも、こちらである程度下駄を履かせることができる。
『何だこれ……。知るかよ、そんなこと……』
『畜生、石田の奴め。見かけによらずせこいことしやがる』
『アイス……。そ、そこまで板書してないんだけど……』
 尤も、これは賛否両論あるとは予め分かっていたことだった。出席にルーズな学生達をあ
る意味で締め出せはするが、一方でこんな問題が出ると知らなければ“真面目”な学生とて
困惑するだろう。ならば本領の設問群で本領を発揮すればいいにしても。
 それに……今ではもう何度も同じ手は食わなくなってきた。
 彼がこうした意地悪問題を混ぜてくると学生達の間に知れた現在、少なくとも仲間の一人
が講義を録音なり何なりしておけば「対策」は取れてしまうからだ。
 良かれと思った方策が、却って良い学生にも悪い学生にも要らぬ駆け引きを強いてしまっ
たという悔いがある。さりとてまっさらに“真面目”な授業をやっていても、やはり一番楽
をするのはまめな学生よりも要領だけはいい学生になる。

「石田先生。もう少し、学生達と打ち解けてあげてみては?」
 更に周囲はそこはかとなく石田に辛く当たった。講義棟のロビー、自動販売機の前で一人
缶コーヒーを買って休憩を取っていると、壮年の教授とばったり出くわした。一応付き合い
で軽く世話話をしていたのだが、そうしている中ではたと彼にそんな事を言われたのだ。
「私の耳にも入っているよ。何でもクイズみたいな問題を試験に混ぜて意地悪をしていると
かで。あまり……学生達の評判はよくないみたいだねぇ」
「……」
 ははは、と苦笑(わら)っている。だが石田は缶コーヒーを口に持っていきながら、じっ
とこの教授の表情を静かに観察していた。
 知っている。そして面と向かって一々言ってくる事じゃあない。
 前から薄々思ってはいたが、この人は人畜無害のように見えて案外意地悪い。
「来年、再任の判断だろう? 特に講師は講義の中身が大きく影響する。そりゃあ私達は研
究者であって、本来的には教育者ではないがね」
 教授もまた自販機から飲み物を買った。缶おしるこだった。にやにや、ヘラヘラと笑いな
がらプルタブを開け、妙に小気味良く喉を鳴らして飲んでいる。
 石田は努めて黙っていた。……嫌味か、圧力か。
 確かに自分は今年で五年目になる。来年は任期切れで、大学側から再任がなければめでた
く職を失うことになる。准教のポストが空けば滑り込んで箔をつけたい、そもそも不器用で
も学問をしたいからこの道を続けてきたのであって、彼の言わんとすることは一理あること
はあるのだが……。
「きちんとした講義をしているつもり、なのですが」
「ああ、分かってる。ただ悲しいかな、それだけじゃあ今の若い子はついて来てくれないん
だよ。もっとユーモアも交えなきゃねえ」
「……」
 それも話術という奴なのだろう。ただ石田はどうもそういう方面に疎かった。自分の性分
が大きいのだろうが、未だに“ふざけた”体というのが苦手なのである。
「ま、もっと肩の力を抜きたまえよ」
 ははっ。教授はポンとこちらの肩を叩いて去って行った。
 もどかしかった。強烈ではないにせよ、承服し難いと思った。
 ……そろそろ、次の就職先を探した方がいいのかもしれない。

 講義室に、キャンパスに注ぐ日の光は益々強くなる一方だった。
 七月、夏休みも間近。石田は宛がわれた部屋で一人何十人分という解答用紙の採点作業を
行っていた。
 早いもので、今年の前期日程もその殆どが消化された。彼の受け持つ講義も先日期末試験
が実施され、これまでの出席状況とレポートを踏まえ、個々人の単位認定が決まる。
「……」
 正直言って、レポートや試験の実施は面倒臭い。問題を作るのもあるが、何よりこうして
採点作業をやるという後の手間があるからだ。他の講師や准教授・教授らもその少なからず
が、最後の試験一発勝負という「楽」な方式を取っている。
 それでも、石田は色々と考えてしまう。真面目に受けてくれた学生のこと、とかく楽をし
て勉学以外に勤しんでいる学生のこと。個々に理由なり事情はあるにしても、やはり教える
身としては前者を応援したいと思う。後者よりも、彼らを。
 ただ、そんな考えは結局、自分自身の過去の経験──ある種の私怨から来ているのだろう
というのはとうに考えついていた。だからこそ、そこまで学生達の授業態度に拘るのは得策
ではないかもしれないし、何より自身の昇進に悪評が付きかねない。
 ……なのに、今期もまた試験問題の最後に例の設問を付け加えた。真面目に答えてくれて
いる学生もいれば、空白のままの学生も少なくない。妙に自信満々にビシリと羅列してある
解答用紙を手繰ってみれば……なるほど、肝心の他の設問は空白だらけだ。
(また、か)
 ガイダンスの時にも点数配分については話しているのに。あくまでこの最後の設問は救済
措置であって、自分が講義中に話した「キーワード」を全部書いたとしても、肝心の講義内
容をちゃんとものにできていなければ赤点を越えられはしないというのに。
 ペケ、ペケ、マル、ペケ。
 嘆息を漏らしながらも、堪えながらも、石田は黙々と赤ペンを走らせていた。時々手が止
まるのは記述式の問題。これもまた重要なフレーズを捻り出せていなければ撥ねていくしか
ない。設えた平等と結果の不平等が視界の中で、頭の中でぐらぐらとちらつく。
 はたしてこのままでいいのだろうか? ぼやっと石田は思った。
 はたしてこのままでいいのだろうか? 堅物で意地悪な講師と評を付けられたままで。
 この前、教授が暗に諭してきたように、こういう細工などせずにもっと学生達にとって心
地の良い講義をできるように心掛けるべきなのだろうか。だがやはり、それでも自分の中の
堅物が否と言う。『大学はゆりかごじゃない。それぞれの意思で勉強する場だ』
 尤も、それも結局は自分個人の経験──拘り、私怨の成せる想いだ。やはり多くの学生達
にとって、此処はモラトリアムな通過点なのだろうか。さほど学問というものに強く惹かれ
るでもなく、ただそこそこにやり過ごすだけの場所なのだろうか。
 ペケ、マル、マル、ペケ、ペケ、ペケ。
 心──内面の思考と手元作業とが静かに分離していく。
 良くも悪くも要領よく。他人を巧く使ってでも立ち回る、その意味では彼らもまたこの先
に一つの学びを吸収していると言えなくもないが……。
(うん?)
 ちょうど、そんな時だったのだ。自分の中の硬い殻が軋んで剥がれようとしている時、石
田はふと解答用紙の一つにはみ出した記述を見つけた。……いや、違う。これは意図して書
かれたものだ。一旦赤ペンの手を止めて、そっと目を細める。

『前期日程、上半期の間ありがとうございました』

 それだけである。例の設問の解答欄の外にそうしてちょろっと、おそらく自分に向けて書
いたのであろうメッセージが添え書きされていたのだった。
 数度目を瞬く。石田は少し考えていた。
 ただ純粋にお疲れ様の挨拶か? それとも労う言葉で、少しでも点を貰おうという打算が
働いていたのか?
 だが程なくして、彼はそんな邪推を止めようと思った。一つの事実として例の解答欄には
幾つか、うろ覚えになりながらも解答が書かれていた。他の設問にもちらほら不備があり、
お世辞にも優秀とは言い切れない感じだった。
 でも……何だか嬉しかった。本当に用紙越しからその言葉を掛けられているようで、硬く
凝っていた自分の中の何かが、小さなほんの小さな熱量で解されたような気がしたのだ。
「──」
 蝉の音が鳴っている。窓を半開きにしていてもまだ少し汗ばむ。
 殊更、私情を向け合いはしない。
 だが石田は次の瞬間、キュッとその最後の解答欄に赤マルを付けたのだった。
                                      (了)

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  1. 2016/04/01(金) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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