日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「アンロック」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:扉、才能、生贄】


『×××さん? ええ、素晴らしい方ですよ。彼女は私達を導いてくれるんです』
 彼女のことが話題に上った時、人々は大きく二つの反応を取ることが多い。
『×××? ああ。もう名前も聞きたくないや、あんな偽善者』
 称賛、或いは悪評という二極。
 始めの内は両者の均衡は保たれ、今も昔も少なからぬ無関心・表明しない層をその中間に
抱えていたものだ。尤も後年、これらは後者に傾くことになるのだが──それは結びに置い
ておくこととしよう。

 幼い頃から、彼女は突出した素質があった。
 それはいわば観察眼である。他人の言葉、動作、僅かな声色や表情の変化。それらを半ば
直感的に感じ取り、読み取り、相手が本当は何を思っているのかを見抜いてしまうという能
力であった。
 後年の彼女の随想曰く、思い返せば物心ついた頃にはその能力は存分に発揮されていたよ
うだ。自分を育ててくれる両親や祖父母、兄姉といった肉親は勿論、幼子の自分を愛でにや
って来る余所の大人達の頭の中すらも、彼女はその頃からぼやっと知りえていたという。
「無邪気だった」そう彼女は述懐している。
 即ち本人に邪心はないが、それ故に破壊力は容赦なかったのである。
 こと大人達のおべっかには、両親のストレスには敏感であった。幼いが故に上っ面だけの
言葉だと知れば一ミリも信用ならなかった。向けてくる笑顔の裏で苦しんでいると分かって
しまえば、子供心ながらに真っ直ぐに笑い返せなかった。
『お母さん。お父さんと喧嘩した?』
『おばちゃん、無理しなくていいよ。お母さんが嫌いなんでしょ?』
 無邪気だった。無垢だった。
 だから最初、はたと相手の裏にある歪みに気付き、気遣った時、彼らは大層驚いていたも
のだ。二度三度と繕った表情を思わずくしゃっと歪め、偽り直し、それでも何とか表向きの
“何ともない”を貫こうとする。
『な、何を言ってるの? ×××は気にしなくていいの!』
『なっ……!? そ、そんな事ないわよ? ねぇ?』
『え、ええ。ほらもう、お義姉さん(おばちゃん)を困らせるんじゃないの!』
 それが子供心に、彼女には不思議で不思議で仕方なかった。
 何で? どう見たって貴方(貴女)は無理をしているのに。相手だって何処となく分かっ
ているのに。なのにどうして隠そうとするのだろう?
 素質を持つ幼き日の彼女にとって、セカイはとても奇妙に見えた。とうに互いの関係性は
破綻しているのに、根っこなど元から無いのに、それでも必死に互いを繋いでいこうとする
さまは無駄の一言でしかなかった。滑稽にさえ見えた。
 つまり当初、彼女は解らなかったのだ。自覚していなかったのだ。
 自分が他人のはない才能を、眼を持っているのだということを。そしてその眼で以って徒
に語ることは、周りの人間を次々にギスギスさせていくのだということを。
『何で……? 何でそんなこと言うの!?』
『×××ちゃんの馬鹿! あんたなんか大っ嫌い!』
『五月蝿ぇな、何てことしてくれたんだ! 空気読めよ!』
『貴女何様なの!? 勝手に他人の事情に土足で入って来ないで!』
 家庭から保育園・幼稚園、そして学校。幼い彼女は新しくなった環境と出会った子供たち
大人たちに、次々とその看破(め)を投げかけては疎まれた。固く閉ざしていた鍵を勝手に
解かれ、扉を開けられ、彼らの怒りを何度となく買った。
「思えば、あの時から既にこうなる下地は出来ていたんでしょうね」後年、彼女は語る。
 自分の“観察”を告げれば、その度に疎まれた。怒りを買って周りが不幸になった。
 それがあくまでトリガーであって、原因は彼ら自身の中にあったと気付くにはまだ多くの
時間が彼女には必要だった。
 ──ああ、そっか……。私は要らない子なんだ。
 そして無邪気で明るかった少女は、何時しか俯き加減の寡黙な少女へと変わっていった。

『×××? ああ、そんな奴いたっけ?』
『昔は全然目立たない子だったけど、まさかあんな風になるなんてねえ……』
 学生時代のクラスメート達は、大よそ口を揃えてそう言う。
 語られるように、実際この頃の彼女はそれほど影の薄い女学生だった。まるで恐れている
かのように頑なに他人と眼を合わさず、暇さえあれば教室の片隅でじっと一人本を読んでい
るというくらいの印象──。根暗、地味子。だからこそ後年の彼女の盛衰を、かつての級友
達はどんな思いで見守っていたことか。
 言わずもがな、そんな暗い性格になってしまったのは、彼女自身が恐れたからだ。
 観察眼という名の才が消えた訳ではない。幼き日々以来努めて面に出さなかったが、彼女
は自分の持つ能力を理解して幾年が経っていた。闇雲に用いれば、それまで何とかバランス
を保っていた彼らの関係を壊してしまう──正直や真実よりも、建前と嘘がこのセカイを動
かしているし、保っているのだと、彼女はこの年頃特有の思考回路もあり、どこか達観した
風に皆を見ていた。
 ……それでも、全く彼女の中から他人への興味が失せてしまった訳ではない。
 いや、寧ろ自ら禁じれば禁じるほど、その観察眼は精度を増していくようだった。とかく
場数で他人を看破し語るよりも、心理や様々な知識を本から得ていくことで、彼女の中の引
き出しが格段に増していったという面が大きい。
 面と向かっては言わない。だがしばしば、彼女はその黒縁眼鏡越しにクラスメート達や教
師らの内心を解き明かして過ごす時間があった。
 ○○君は△△さんが好きで、でも面と向かっては言えない。その鬱屈を部活にぶつけて発
散している。だから時々、その衝動が勝ってチームプレイが出来ていない──。
 △△さんは◇◇君が好きらしい。でも彼はどうみたってワルである。真面目な自身とは真
逆の、色々なものから逸脱して生きているような姿に憧れて、それが好意とごちゃ混ぜにな
っているのだと思う。彼女自身がもっと外れなければ、この先もすっと似たような男ばかり
に惚れていく──。

 歳月は進んだ。数度の進学を経て、彼女はカウンセラーという道を目指すようになった。
『ねぇねぇ、貴女は何て名前?』
 切欠は高校時代、季節外れの転校生がクラスにやって来たことだった。
 自分とは違い、気さくで誰とでも仲良くなれる女の子。すぐ後ろの席自分にも初日早々か
ら話し掛けてきてくれた。
 ……でも、彼女はその観察眼(さいのう)で見抜いていた。
 この子は繕っている。出会いと別れを、おそらく転校を何度も経験して、その辛さと無意
味さを知っていると感じた。
 だから一目見て抱いた“違和感”の正体を、彼女はすぐに理解する事ができたのだった。
 似ている。だけど、自分とは全く逆といっていいやり方で、彼女は“今をやり過ごそう”
としている……。
 気付けば二人は、何かにつけて一緒にいるようになった。多分似た者同士だと、傷付きた
くないという強い願いを抱えて、全く逆の態度で繕うようになった同じ人間なのだと互いに
何処かで感じ取っていたのだろう。
 他の誰もいない空間で。屋上で、中庭で。
 少しずつ二人は互いに自分のこれまでを打ち明けられるほどの間柄になった。相手の内心
を抉ってしまうことで疎まれた過去、そしてはたして、どうせ別れるなら無愛想でいようと
しても、それだと険悪なままで出会いを繰り返すことになる。誰も幸せにならない。だった
ら自分が多少無理をしてでも、その少しの間を精一杯明るくしようと思った──。
『……×××ちゃん。私、好きな人が出来ちゃった』
 そして最中、試練は訪れる。この親友(とも)が彼女にそう自身も戸惑うほどの想いを打
ち明けてきたのである。
 彼女は言葉を選びに選んだ。その意中の人は地味にモテるし、何よりこの親友(とも)に
はまた両親の転勤話が持ち上がっていた頃だったのだから。
 彼女は迷った。親友(かのじょ)の恋を応援するべきか? しかし転校という結末が視界
にある中で、それは本当にベストな選択なのだろうかとも。
 それでも……彼女の心は大きく前者に傾いていた。親友の為に何かしてあげたかった。も
しこの彼女が現れなければ、自分の青春時代はもっと色褪せてモノクロのまま終わっていた
筈だったから。少しでも、恩返しがしたいと思った。
「思えばあれが私の、このお仕事を目指すことになった原点でしたね」後年、彼女はそうし
みじみとした面持ちで語っている。
 それまでただ自分を不幸にする、追い込むものでしかなかった観察眼(さいのう)を、彼
女はこの時初めて他人の為に──親友の為に駆使した。彼の本命は誰か? いたとして巻き
返せる方法はないか? 彼が心の中で求めてる異性像とは何か──。
 彼女はただ、アドバイスをしただけだという。略奪愛ではなく、親友(かのじょ)に自分
なりの魅力を磨いて彼にアタックしたらいい、後悔するならせめてやって後悔しよう。そう
話し合ったという。
 はたして結果は成功だった。特に明確な本命がいなかった彼は、飾ることなくありのまま
の自分で告白してきたこの彼女の想いを受け入れ、付き合うようになった。正式に転校が決
まり離れ離れになってしまっても、その後数年越しの恋愛を経て二人は結ばれたという。
 ずっと逃げていたんだ──この親友(とも)の背中を見て、彼女は気付いたのだそうだ。
この能力をただひた隠して生きるんじゃ勿体無い。ならばせめて、世の人の為に、困ってい
る人々の為に使っていこうと考え直したのだという。
 猛勉強の末、彼女は正式にカウンセラーや、後に精神科医の資格も取った。
 やはりというべきか、元々持っていた素質があり、磨かれ、彼女はその後自分のオフィス
を持つまでに腕利きの専門家として名を挙げていくことになる。その相手への優しさを決し
て忘れない眼差しは患者達の好評を博し、やがてメディアもそんな彼女に目を付け、コメン
テーターとしての依頼を持ちかけるようになった。
 色々しがらみはあっただろう。だけども彼女はあくまで「暴く」のではなく「諭す」こと
を心掛けた。
 それは言うまでもなく、自分の生きた経験によるものだ。ただ杓子定規に心の鍵を解き、
扉を開けても、他人は救われない。真実とは劇薬で、決定的に優しさに欠けるのだと身を以
って知っていたからだ。
 ただ取り上げられた“悪”を人々を代弁して叩くだけの人間にはなるまいとした。それが
人々の好感を呼び──同時にその清廉な心持ちは、少なからぬ人々のやっかみを誘った。
 理解して(わかって)いなかった訳ではない。
 それでも彼女は、あたかも聖人のように在る以外にもう道はなかったのである。

 ……だからこそ、一度転げ落ちれば容赦がないというのは世の常なのか。
 一見すると順風満帆だった彼女の日々に、突如として事件が起きた。彼女が所長を務める
カウンセリングオフィスに、不正会計の疑惑が持ち上がったのだ。
 結論から言えば、犯人は彼女が信頼し、長年一緒にオフィスを切り盛りしてきた側近だっ
た。メディアへの露出が増え、その知名度で大きく潤っていった同所収益の一部を、この側
近女性は密かに私的に流用し続けた上で、会計を誤魔化していたのだ。
 当然ながら、このニュースにマスコミは群がる。彼女はそんな中、早々に彼らの前に姿を
見せ、疑惑が本当だったことを認めると、深々と頭を下げて謝罪したのだった。
「この度は同オフィスの職員による不手際がありましたこと、心よりお詫び致します。皆様
を始め、関係各所には多大なるご迷惑を掛けてしまい、誠に申し訳なく──」
 焚かれるフラッシュ、各紙に踊る頭を垂れた彼女の姿。
 真相究明に協力的な彼女の対応もあり、この元側近は程なくして逮捕された。後に裁判に
よって有罪となり、業界からも社会からもフェードアウトしていくことになる。
『側近がやっていたことなのに、彼女は気付かなかったのか?』
『もしかしなくても分かってて見逃してたんじゃ?』
『失望した。結局こいつも金に目が眩んでおかしくなったんだな』
『そりゃ人間だしな。リアル聖人君子なんて有り得ないって』
『やっぱこいつ嫌いだわ。こんな事になっても善人ぶりやがって』
『自分は頭だけ下げておいて、このババアは尻尾切りってオチかね? やっぱ』
『×××クリニック、どうなるんだろう? 解散かなあ?』
『もうどうでもいい』
 様々な声が巷には挙がっていた。不正会計を尚も追及し、彼女の人格まで深く深く疑って
いく者達や、彼女のカウンセラーとしての技量を尚も信じ、こうした意見と方々で口論にな
ってしまう者達。そんなさまを見て「信者」と哂う者達もいれば、逸早く自身の興味の域か
ら取り外して日常に戻ろうとする者達もまた少なくなかった。
 ……真実を言えば、彼女はこの側近の不穏に少し前から気付いていた。だが内々で調べて
事を質そうとしていた前に一連の事情が明るみとなり、退路という退路を塞がれたのだ。
 尻尾切り。そう言われるだろうということくらい彼女とて分かっていた。だが他の真面目
に勤めてきてくれたスタッフ達を裏切らぬ為にも、他ならぬこの側近の為にも、彼女は覚悟
を決めて“真摯”に頭を下げる以外の選択肢を持たなかったのである。
 巷は自分という一人の人間を嬉々として叩いている。
 あれだけ目を付けて、持ち上げておいてと思わない訳ではなかったが、彼女はそこまでこ
の点に関しては怒ろうという気持ちにはならなかった。……ずっと繰り返されてきたことだ
からだ。人々の色んな鬱憤を、渦巻いたエネルギーを、次の段階(ステージ)に押し出すに
はその都度に生贄(たいぎめいぶん)が必要なのだ。
 自分を頼ってくれる患者達がいるのと同じく、自分を疎む他人びとが存在することも彼女
は分かっていた。即ちそれを嫉妬と呼ぶ。その実、自分は別に完全な人間などではないとい
うのに。
「苦渋の決断でしたが、やはり私達の仕事は信頼が第一です。そこに疑問の余地が出来てし
まった以上、今のままを続ける訳にはいかないという結論に達しました」
 騒動がまだ燻り続けていたある日、彼女は幾人かのスタッフらと共に会見を行った。これ
まで築き上げてきた、カウンセリングオフィスを閉鎖するという旨の発表だった。
 やはり「逃げ」だと陰口を叩かれようことは、分かり易過ぎるほど予測できていた。
 だが、どちらにせよ批判の口実を作られるのなら、せめて自分達は最後まで清く在ろうと
した。ただそれだけの事だった。
「これで……良かったんです」
 後年、すっかり年老いた彼女は語る。
 それははたして諦めの境地だったのか。実際、彼女が社会の表舞台から姿を消してしまっ
たその後は、人々はすっかり彼女のことなど忘れてしまったようだった。患者達に望まれ、
彼女が密かに、再び彼らの為に小さな医院を開いたことなど知る由もなく、今日も今日とて
人々はまた新しい獲物を見つけてはサンドバックにしている。

 潔さ、諦めの境地。
 だが一方で彼女はこうも漏らしていたのだという。踏ん切りがついたように微笑(わら)
っていた。

「変えようとしても駄目なんです。変われないし、ずっと続いてきたものですから」
                                      (了)

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  1. 2016/03/27(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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