日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)思考する頭の内と外

遅くなりまして……φ_(:3 ⌒゙)_

いや、違うんですよ。
久しぶりに執筆明けの反動(疲労)がどーんと来て、週の後半から土日にかけて何度も昼寝
や仮眠を取ったり、気晴らしにと積んでいたゲームを消化していたり。
例の如く長編系の更新後は雑記でこうして近況を述べつつ、書き〆のワンセットという心算
だったのですが、ガス欠になったのか頭の中に中々文章が起こらなくてですね……。そんな
こんなで気付いてみればおよそ一週間後の雑記となってしまいました。申し訳ない。
                  前回、一週間~十日という大体のスパンをぶった切ってUPした影響もある?

という訳で、もう早先週の半ばの事となりましたが、サハラ~の十三章をUPしました。
7エピソード目前編です。書き溜めてあるプロットが今回のお話で一旦尽きることは前回の
雑記でも言及した所だと思いますが、それに加えてこのエピソードは作中でも重要な意味を
持つことになります。言ってしまえばシーズン2以降の布石って奴です。まぁどれだけお話
を広げ、何より畳み切れるのかが寧ろ肝要、物書きの技量というものですが……。ともかく
現状趣味ですし、精神衛生の為にも好きなように書いていきたいと思います。その上で読者
さんとwin-winになれれば儲けものって所ですかねえ。

関連してプロの……という訳ではないのですが、一方同じ物書きをやっている繋がりで現在
二件ほど文章の依頼(?)を受けています。一つは既に完了、もう一つは先方と相談しつつ
改稿を繰り返している最中です。
こんな一介の趣味人でも他人の役に立てるケースってのはあるもんだなぁと、内心少々感慨
深いような、こっ恥ずかしいような。ただ長いこと、一回ざざっと書いてUPしたらば次へ次
へという動きでやってきたせいか、何度もリテイクをしていると中々終わりませんね……。
やはり推敲とは必要だけども、疑心暗鬼の巣窟やで;

コレジャナイ、コレデイイノカ。

自分も結構な頻度で口にしている言い回しですが、ぴったりバッチリな「正解」なんてそも
そも無いんでしょうしね……。とにかく数をこなして、前に進んで、ぼんやりとパティーン
を造っていくしかないように思います。さりとてその枠に拘り過ぎても書き手としての自分
の寿命を視野を狭めかねないとも戒めます。

……嗚呼、気楽な商売だよ(笑)
予め内容が指定されている文書ならともかく、まぁこれまでさんざ空想を頭の中で捏ね回し
続けてこれたものだなぁと。
先日、自分の文体を好きだと言ってくれた方がいました。尤も本人を前にして多少おべっか
になっておられたのかもしれませんが。

体力気力が続く限り頑張りたいですね。

人間(ひと)一人が紡ぐ言葉に、本当に意味が在るというのなら。


……もし自分の文体を(ry の方がこの雑記を読んでいたら、こいつ厚意を袖にしてきやがっ
たと不快になられていたらすみません。
その、あまり褒められることに慣れてなくて。どうも昔から『天狗になるな』を強く自分に
課してきたあまり、自信を持つこと自体に何処か恐怖症であるような節があるのです。
(まぁそれは基本表面についてであって、やはり人間ですから所詮心の内ではしょーもない
プライドの一つや二つは拗れてこびり付いてはいるんでしょうけど)

ただですね。冒頭結びのような思考があるのは事実なのです。
当稿執筆の現在も、これまでの何度も、僕は言葉の力を全面的に信じてはこれなかった。

だってそうでしょう? ざっと世の中を見渡してみるに、世界は理性的な言葉よりも感情で、
合理的で合目的な理由よりもねちっこい関係性の中で成立する打算(根回し)で動いている。
尤もそれはそれで“合理的”なのだろうし、これらを一切パージすれば絶対に世の中は良く
なる訳ではないけれども、やっぱりいざ「言葉」というものを一つの軸に世の中を観てみれ
ば、いわば“悪目立ち”するケースの方がごまんと在る訳で……。
他人を援け励ます言葉よりも、他人貶め腐す言葉を今日の人々は好んでいるような気がする。
仮に他人を褒め称える言葉でも、その本質はそのAとは逆のA’を腐す為の言葉であったり。
援け励ます──優しさにエネルギーを振るよりも、貶め腐す──排斥に振っているケースが
本当に多くて、とかく誰もかれも言葉に「刃」を取り付けている輩が多過ぎる……。

今に始まったことではないとはいえ、ここ一月・半月・数日の間もそんな事例は尽きること
なく供給されます。メディアが種々の思想集団が市民達が、何処からともなく“炎上”案件
を持って来てはバンバンと巷に向かって画を叩く──。
別に放っておけばいいじゃないですか。大抵の場合は「他人」なんだから。少なくとも渦中
の人間に関わらなければならない“義務”は僕らにはないし、ましてや“裁き”を下す資格
なんてものも無い。……なのに他人びとは叩くんだ。口撃するんだ。一つ粗さえあれば寄っ
て集って非難──正義を笠に各々の鬱憤を乗せて好き放題言い、地位も名誉も果ては命すら
尽く奪い取る。本来は無関係な周辺の人間にまで火をくべていく。それでも終わらず、自殺
でもしようものなら、ケースによっては逃げだの卑怯だのと罵り続けるし、逆に「お通夜」
モードになって静かになっても時が経てば皆綺麗さっぱり忘れていく。何より性質が悪いの
は、そこで学ぶことをまるでせずに、延々と次から次へ“生贄”が提供され続けることだ。

これほど、世に蔓延っていて且つ「無駄」だと断じていいものはないと思うのです。
単純に考えても、世の中が持つエネルギーというのは限られているのに、その少なからずを
他人を口撃して腐して、足を引っ張ることに費やすことの何て無駄なことか。マイナスの為
にエネルギーを使うって何なのさ? 加えてそのダイナミズムに巻き込まれた者の少なから
ずがまた──(受けた)痛み憎しみを晴らす為にまた、同じようなことを手を変え品を変え
繰り返すのだと思うと。正義の皮を被っては私怨晴らし(ガスぬき)をするのだと思うと。
実際どっちが“悪”なんだよって思いませんか? 人々は有罪(クロ)だと一人を断罪する
けれど、もっとクロなのはあんた達の方じゃないか……。
常々『諍いは嫌いだ』と言っているのは、そんな不毛や欺瞞が蔓延っていると観てきて確信
しているからなんですよね。だからそういう構図を煽る自称ジャーナリストやら、批評家を
気取る連中ってのは好かんのです。こと特定の「問題」だけを「問題」に仕立て上げて声を
張り上げる徒党なんて。
諍いを作っているのは、彼らによる所が大きい。
(そりゃあ最終的には個々人のモラル、品格が防波堤になるか否かだし、連中にとっては金
になるから取り上げているだけさ? なのかもしれませんけど……)

……うーん。特に今回も書きながらだからか、思考がまだイマイチすっきりと纏まらない。
横道、何より僕の私怨、失礼します。
だから僕はずっと「言葉」に対して迷っているのですよね。つまり言葉の力をどれだけ情熱
を以って信じられるか? どれだけ算段(戦略)を以って活用できるか?
これは往々にして自分の癖なのでしょうが、どうも何か思考するにつけ、僕は両極端に陣営
を仮定しがちかなぁと思うのです。この話題だと具体的には、
『もっと自分も想いを表してゆくべきだ。黙り込めば結局声の大きい奴らが跋扈するばかり
の世の中になってしまう』と考えつつも、
『さりとて彼らと口撃を交えようものなら、他でもなく自分自身が“諍い”を作ることにな
ってしまう。闘うべきではない』とも考えて、結局しがない傍観者(観察者)であり続けて
いるという現状、といった所でしょうか。
加えて、ここ暫くぼやっと考えていて、付け加えるべき思考のメモが浮かんできました。
それは『どれだけ頭の中で僕なりの回答(こたえ)捏ね回していたって、頭の外は何も革わ
りやしない』です。まぁ当然っちゃあ当然なのですが、これ故にまた現在、態度はぐらりと
後者に傾きつつあるような気がします。

僕らは色んなことを考える。

いや、でも逆に色んなことを「考えたくない」人もいっぱいいるんだろうなぁ。上述のよう
にただそれだけ、頭の中のビルト&スクラップの繰り返しでは具体的に現実に何かが変わる
訳ではないのだから、日々の稼ぎには一銭の足しにもなりはしない。寧ろ有限な時間を割い
てしまう分、非効率的で害悪だとさえ考えるかもしれない。そこまで理屈付けをしなくても
「面倒臭い」「鬱陶しい」とパパッと条件反射のように忌避できるようになっているのかも
しれない。

小説だって、物語だってそう。
普段、それぞれのリアルを生き抜くことで手一杯になりがちな昨今において、ゆっくり腰を
据えて物語を読むことは手間でしかないのかもしれない。こと文字媒体なんて。それならば
まだ電車などの中で新書でも読んでいた方がまだ知識にプラスがあるかもしれない。
(まぁ新書ってのもピンキリで、大よそ筆者の主義主張を長々と注入した書物と括れるから、
その実あまり本質は変わらないような気もします)
そうやってぼうっと考えていると……思えてくるのです。
この営みに、小説に、言葉というものにはたしてどれだけ今日意味があるのか?
所詮人は自分に都合の良い・心地の良いものを選んで褒め称え、そうでないものを口撃し、
「一過性で消費型の正義」を使い捨てながら日々の感情を慰めていく。
ならばエンタメに徹するべきなのか? まだ書こうと生き残ろうとするなら次善策なのか。
合う人は合うのかもしれない。だけれど新書と同じく何かしら自分の中で必死に言語にエピ
ソードに具現化しようとして伝える、表して叫ぶような性質の言葉に、はたしてどれだけの
他人(にんげん)が好もうか。
勿論そういう人間だけじゃないし、信じたいけど、一面の悪を見てみな悪とみなすように、
一面の善を見てみな善とみなすこともまた極端な思考・経験に判断を下すパターンの筈だと
分かっている……。

結局また回答(こたえ)がぐるぐるしてるなあ。

“全部”を望むなんてのは、どだい無理な相談ってことなのだろうけど。


スポンサーサイト
  1. 2016/03/21(月) 23:30:00|
  2. 【雑記帳】
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「アンロック」 | ホーム | (企画)週刊三題「コンベア・ターム」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/708-0a8416ee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (141)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (83)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (24)
【企画処】 (315)
週刊三題 (305)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (303)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート