日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ゲエム」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:冷酷、遊び、携帯】


 それは、遠い幼い日に在ったであろう光景だ。

 小さな男の子は、或いは女の子はじっと地面を見ていた。初夏の少し汗ばむくらいの陽気
の下、水気を奪われて乾き始めているそれを──その一角に僅かに空いている穴を見つけ、
じっと観察している。
 どうやら蟻の巣穴のようだった。木陰の浅い芝生に隠れ、忙しなく働き蟻たちが出てきて
は入ったりを繰り返して黒い点々の往来を作っている。
 彼は、彼女はじっとこれを見つめた後、おもむろに背中のリュックから水の入ったペット
ボトルを取り出した。まだひんやりと冷たい。本来は自身の水分補給の為に持たされたもの
だが、この幼子はふいっと、とある“優しさ”をこの蟲達に発揮する。
『ん……? 何か外から音が……』
『つ、津波だ! 中に津波が流れ込んできた!』
『にっ、逃げろォ!』
『奥に急げ! 女王様を、せめて卵(こども)達だけは……!』
 彼に、彼女に見える訳ではない。ただこんなにカラカラになっているのだから、お水を分
けてあげようと思ったのだ。
 しかしその優しさは、事実としてこの小さき巣(コロニー)を無慈悲に水没させる。
 内部を忙しなく行き交っていた働き蟻達が異変に気付いた時には既に遅し、彼らにとって
はあまりに膨大過ぎる水量は瞬く間に巣の中を満たし、逃げ場を失ったコロニー内の住人全
てを窒息させる。
「……おー?」
 ぴしゃん。ペッドボトルに入っていた水が空っぽになった。
 巣穴がしっとりと濡れているのが分かる。それでもこの幼子は解っていない。
 ぷかぷかと、溢れた水の中に黒い点々がもがきながら、或いはその動きを止めてしまって
浮かんでいる。

 じりじりと太陽がその下に生きる者達を照らしている。
 水を張った田が道の左右に広がり、そこをランドセルを背負った子供達がわいわいと歩い
ている。時刻は朝、彼らにとってはまったりとした時間だ。するとふと、一人の男の子が田
の中をじっと屈んで覗き込み、えいやと杯のようにした掌をすくって持ち上げた。
「捕まえたー」
「あー。オタマジャクシ~?」
「可愛いー♪」
「……かわ、いい?」
「ねぇねぇ、どうするの?」
「うん。えへへ。これをね……」
 些細な事でもコロコロと表情を変える年頃だ。子供達はこの男の子の周りに集まり、掌の
中の水で何処か手狭になる一匹のオタマジャクシを見下ろしていた。
 内一人に促され、男の子は笑う。
 すると彼はその手をそっと近くの鉄板──溝と民家を挟む足場に持ってくると、ざばっと
オタマジャクシを水ごとそこへ解き放ったのだった。
『だっ……!? 熱い! 熱っ、熱い熱い熱い! 焼けるぅあぁァァーッ!!』
「……おー、カリカリになってく」
「今日お日様強いもんねぇ」
「おーい、急がないと遅れるぞー!」
「あ、うーん。今行くー」
 ジタン、バタン。あっという間に自らを守ってくれていた水が蒸発し、直後熱された金属
の足元が一匹の幼生(オタマジャクシ)を焦がした。
 叫びは届かない。気付いて貰える筈もない。ややあって彼らは興味を失い、年長少年の声
を受けてぱたぱたと走り去っていった。
『ぅ、ぁ……』
 乾いていく。大人になるまで大事に取っておいた身体の中の全てが、蒸発していく。
 誰も助けてくれなかった。ただ昼下がりになった頃には、小さな溝上の鉄板の上で、一匹
の干からびた黒い玉だったモノが遺されていただけだった。

 遊戯(ゲエム)なのである。
 彼らは遊びの中から楽しさを学び、試行錯誤を学び、或いは理不尽というものを知る。
 時代は流れてかつての玩具は精密になる。子供達は家の中で、外で一人一台以上にもなる
携帯ゲーム機を握り、齧りつき、そこにまた同年代の子らの輪ができる。
「よっ、ほっ。あっ! くそっ!」
「へへへ。無駄だよ~。そっちの動きはっ、お見通しっ」
 画面と画面をネットワークで繋ぎ、子供達が対戦していた。ファンシーなデザインの街中
を駆け抜けながら、赤や青のインクの詰まった銃で互いを撃ち合う。
 だが一方の子はだいぶ遊び尽くしているのか、もう一方の子を滅多打ちにしていた。撃た
れてノックバックするこの子のキャラクターの動きを完全に先読みし、潜って回り込んでは
立ち直る隙を与えない。
 はたしてこの子のキャラクターは、ライフを0にされて復活地点へリスポーンされた。
 しかしそうして再び動き始めた頃には時既に遅く、ワンゲームの時間制限が来てしまう。
「よーし。また俺の勝ち~」
「……」
「次誰やる? また俺でもいいけど、やっぱ代わった方がいいよな」
「……い」
「? うん?」
「ずるい!」
 その直後だったのだ。意気揚々と勝った方の子は周りの子らと次のゲームの面子を決めよ
うと話し始めていたが、散々に打ち負かされて俯き加減になっていたもう一方の子が、バッ
と半泣きになって顔を上げると、突然この対戦相手の子に組み付いていったのだった。
「だわっ!? や、止め」
「うるさいッ! ずるいんだよお前! 何回も何回もハメ殺ししやがって!!」
 所詮は子供だ。だが当人達は全力で必死であった。
 負かされた子の怒りが爆発し、公園の地面にこの相手を押し倒してマウントを取りながら
何度も何度も顔面を殴る。思わず悲鳴をあげていたこの子だったが、彼は湧き上がった激情
に身を任せて収まることはない。
「や、止めろって!」
「おいおい……。たかがゲームじゃんかー」
「ちょっと、誰か大人呼んで来て!」
「だ、か、らっ! 二人とも離れろって……!」

 争いは些細な切欠で始まることが多い。そして往々にして、被害を受ける側にとってのそ
れはただの言い掛かりだったり、自分にはどうしようもない属性であったりする。
『デブー、デブー』
『豚が学校に来てるんじゃねーよ!』
 その子は、最初は自らの容姿を馬鹿にされた。確かに同年代の他の子に比べてぽっちゃり
としていたし、よく食べていた。だけども他の子達よりも突出して背丈があった訳でもない
ので、彼らにとってはいわゆるデブというレッテルを貼るには充分だったのだろう。
 馬鹿にされて、痩せようと努力した事もあった。
 だけども中々体重は減らない。元より成長期真っ只中の子供に、減らせという方が難しい
話なのだが。それでも、何度か身体を壊してでも彼は痩せようとした。しかしそんな彼のさ
まを見ていじめっ子達はバイキン──新しいレッテル、口実を作り出すだけだった。
『貴方は貴方のままでいいの』
 一人グズグズと涙を拭う少年に、母親は言った。自身と同じ肥満の血筋を、内心申し訳な
くも思いながら。
『だったらもっと別の事で見返してやりなさい。そうね……例えば勉強とか』
 だからというのもある。学年の上がった少年は体型から苦手な運動を早々に諦め、学生の
本分である所の勉強に一心に取り組み始めた。
 元から真面目な性格ではあった。成績はぐんぐんと伸び、お互いの年齢と共に昔のような
いじめも徐々になりを潜めていった。
『──チッ。何でお前なんかに俺が負けなきゃいけねぇんだよ』
『うざい。消えろ。何でお前なんかが俺達と同じ空気を吸ってんだよ』
 なのに……学校が変わった時、またいじめは始まった。かつてよりも陰湿で、より悪意の
篭もったそれに。
 嫉妬であったのだろう。やっかみであったのだろう。
 理由なんてどうでもよかった。ただ相手の、機嫌の匙加減一つで攻撃の矛先はまるでスイ
ッチを切り替えるように変わっていった。
 少年は思う。この数年の自分──成績表の数字に一喜一憂していた自分の、何て馬鹿馬鹿
しいことか。勉強できるに越した事はない。でもそれが全てではないということを、自分は
認識するのが遅かったのではないか?
 どう足掻いても逃げられない、甲斐のない失望感。学年を上るにつれて難しくなっていく
勉強というもの。
 苛めに屈した訳ではない。屈したと認めたくはない。
 だけどもこの少年はやがて成績も下降し、笑う事もとんと少なくなり、学び舎や世の中す
らからも何時しか消えていってしまうことになる。

 ……埋没する。せめて大人になれば、こんな訳の分からない悪意なんて解ってくれて無く
なるのかなと思った。
 しかし、現実はそうではなかった。寧ろ大人になればなるほど、世の中に出て行けば行く
ほど、理不尽は至る所に溢れていた。
 論理とは、理屈とは平素大よそ人間にとって後付の正当化の為のものである。
 膝を突き合わせて話すことができれば、まだ知る余地はあったのだろうか? されどかく
して社会とは、如何に自分の感情──衝動や直情、都合を「全」へと押し付けることが出来
るかという闘争の場であると知る。
 何も考えないのなら、喰い潰されるだけだ。
 考えていても、慮らない他者(やつら)に押し潰されるだけだ。
 言っただろう。何でこんな事もできないんだ。まだいたのか、お前──容赦ない言葉の刃
はさも当たり前のように世の中に飛び交う。それでも少年だった、少女だった者達は、なる
べく上っ面だけは笑顔を浮かべ、波風を立てず、ただその怒りを憎しみを血反吐を吐きそう
になりながら日々文字通りその命を賭けて消化・排出し続けなければならない。
 かつて子供だった時のように。
 各々が蓄えた黒い感情──鬱憤は、はたしてぐるりと別の誰かの“失態”や“不道徳”へ
と向けられて発散される。
 潰せ。潰せ。潰せ。そう、他ならぬ自分が、潰れてしまわない内に。
 分かっている。そうしたらまた他の誰かが、追い詰められて血反吐を吐いて、黒い感情を
蓄えていくのだ。言い換えれば移し替えているだけなのだ。何処かでそれは、解っている。
掃除をするようにエントロピーをただ移し替えているだけだと。だけどそれがこの世の中と
いうものだと悟り、諦め、己が現状を観た時、君は思うだろう。
 ──嗚呼、移さなきゃ。

 上も下も、そういう本質はおそらく変わらない。世界規模で、変わらない。
 何をしようにも反対する勢力(もの)はいて、細かな話し合いよりもラディカルに人々を
煽った方がずっと楽に“味方”を増やすことはできる。
 数取りゲエム。民主主義。権利人権。
 でも別にそれは絶対無二の美しい方法などではなく、次善の次善の策であるということ。
歴史を紐解けば、単に『俺達に寄越せ』を如何理屈に包むかであった。
 こんな政治──世の中にしたい。いや、そんな世の中糞食らえだ。
 言葉を投げ合い、受け止めるのではなく、言罵を投げつけ、相手を倒そう倒そうとする。
 戦い(ゲエム)である。御上も下々も、畢竟気に入らないから、自分達に都合が悪いから
どんな手を使ってでも相手をぶっ潰そうとする。

 時にはそれは武力を以って。砲撃が刃が人という点数駒を減らし合ってゲエムする。
 かつてはもっとアナクロで、目に見えてその痛みが突きつけられてきた。
 でも現在(いま)は、前線に立つ者達の抱える痛みが減った訳ではないにせよ、トリガー
一つで何十何百というそれを爆風の中に焼き尽くすことができる。掃射された弾丸を喰わせ
て、穴だらけにすることができる。
 何て酷いことを。人は云う。悲惨であることは確かだが、さもそれ「だけ」が酷い所業だ
とのたまっているほどに。
 ……阿呆らしい。何処かで誰かが、誰か達がそんな理想論者を冷たい眼で見る。
 ずっと繰り返してきたじゃないか。溢れているじゃないか。幼き頃より、大人になっても
偉くなっても、俺達はずっと戦い(ゲエム)を手を変え品を変え繰り返してきた。今更そこ
だけを取り上げたって……何になる? 情報を積極的に集めている者であれば知っている。
どれも互いに連絡し合っているのだ。人の思惑が人を貶め、押し潰し、その痛みがまた新た
な悪意の源泉となる。
 別に武器を持とうが持つまいが、本質は同じではないか。
 この世は戦い(ゲエム)。
 どれだけ他人を国を天地を巻き込もうとも、畢竟恐ろしく個人的な──執念が集まって形
作られるゲエムなのだから。

「──あ~……また、潰し合っちまったかあ……」
 そこは白亜に艶めく神殿である。
 敷き詰められた石畳の広場にあって、洋法衣を纏った若き者達が、それぞれに宛がわれた
深い藍色の球を観察しながら悲喜こもごもにごちていた。
 ……とはいえ、彼らにさほど深刻なさまはない。球の中で多彩に色付く光点とその明滅を
見つめながら、ただ「また失敗だ」と小さく舌打ちをする程度である。
「だからさあ。被造物にそんなホイホイ自我を持たせちゃ駄目なんだって」
「もっと秩序に従順なアクターを配置した方がいいんじゃね?」
「だけどなあ……。それだと基本の評価点がどうしても低くなるじゃん?」
 洋法衣を揺らし、あーだこーだ。
 彼ら若き“神”達は思案する。議論する。
 ……とはいえ、そこに箱庭(せかい)を創造する責任感は第一には来ていない。“神”の
見習いとして、如何に良い評価を得られるか? その戦略ばかりを突き詰めていくゲエムで
しかなかったのだった。
「命を徒に創るというのは、あまり感心しませんね」
「ゼ、ゼオラ様!?」
「いえ。そ、その。これは……」
 するとひょっこり、広間から現れてこちらを見ろしてくる女性があった。
 神殿に属する、上級の神の一人である。若き“神”見習い達からゼオラと呼ばれた彼女は
くすりとも表情を一つ変えず、彼らの口篭る焦りをじっと暫く見下ろすと、そのまま静かに
踵を返して奥へと消えてしまう。
「創世にもリソースを消費するのです。試行錯誤を繰り返して自身の経験値を高めることは
止めませんが、リソースの多寡もまた査定対象であることを忘れないよう……」

 そうしてゼオラが神殿内の廊下を歩いていた時、ふと向こう側からこちらに向かって歩い
て来る神々の一団があった。
「やあ、ゼオラ。調子はどうだい?」
 赤髪の、一見すると軟派ないでたちをしている男神。彼は周りに若い女神達を侍らせなが
らそうゼオラに声を掛けてきた。
「まずまずといった所です。ごきげんよう、オーヴァ殿」
 あくまで同じ上級神の一人として礼節は忘れずに。ゼオラはすれ違いざま、そう最低限の
会釈をして通り過ぎていく。
 そんな、ある種事務的でつっけんどんな彼女にオーヴァは肩越しにその背中を見遣ってい
たが、程なくして興味をなくしたのか取り巻きの女神達にちょっかいを出され、そのまま通
路奥の曲がり角へと消えていってしまう。
(……ふしだらな。あんな男が次期主神の座を争う一人だなんて、許せません)
 黙して一人佇む。ゼオラは誰も見ていないのを確認すると静かに眉を顰め、そう心の中で
彼への敵意を露わにするのだった。
                                      (了)

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  1. 2016/03/06(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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