日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)僕らと欲望と経験値

残暑は嫌だとぼやけば、今度は台風が団体さんでやって来てるじゃないですか<(^o^)>
僕のせいではありませんよ? ええ……。こんにちは、長月です。
先日、連載の六章をUPしました。現在確定させている分のプロットから換算すればちょうど
折り返しとなります。そして物語もより大きく変動していく展開を迎えます。
キャラクタ達共々、愉しみ考え、貴方の一助になれば幸いです。

それにしても……気付けば自分は、何かしら創ったり創っていないと不安というビョーキの
ような状態にある気がしてなりません; 連載のペースが早かったのもそれが一因にあるの
かもしれないと思うのですよね。勿論、読者さんがいるのだといういい意味での緊張感・責
任感があったからというのも言わずもがなではありますが。
それに加え、もっともっと創りたいという欲望が自分をチクチクと突付いています。
正直言ってこれらへの戸惑いが強いのです。
思えばこれまでの人生は、節制──無闇に欲しがらない事で荒波を立てずに来た部分が少な
からずだったのですから……。


という訳で、今回は欲望についてのお話です。
以前にも語った気がするのですが、どうにも僕は「欲」を「あまりよろしくないもの」とし
て見てきた経緯があるように思います。
物欲、食欲、承認欲求……等々。人と人が何か事態を拗らせる場合、そこには大抵どちらか
ないし互いの「我欲」が張っているからとも見て取れるからです。だからこそ、無用な欲で
自分を物品で飾り、誰かに躍らせられるよりも、もっと堅実に誠実にいこう。長らくそんな
風に思っていたのかもしれませんね。

ですが、そんな思いも創作を嗜み、それらを皆さんに外に晒し出してからというものそうし
た節制的な線引きが揺らいできている気がするのです。
つまりは「もっと創りたい」「もっと読んで欲しい」という顕示欲であったり、創作活動に
伴う環境を改良したいが為の「○○があればなぁ……」という物欲であったりするのです。
その度に、僕は自分自身に「自惚れるな」「本当に必要か?」と言い聞かせてみるのですが
どうにも以前に比べて抑え切れていないように思われます。
それらが、先述した欲望への戸惑いに繋がっているのでしょう。
しかしそんな中で思うのです。──本当に欲望は概して悪いものなのか。僕はラディカルに
蓋をしてしまってはいないだろうか。そんな事を。

欲しがらない。それは言い換えれば何かをしないという事でもあります。
その解釈の変換を以ってすれば、実の所当然の思索の成り行きだったとも言えるのです。
「欲」を自戒しややもすれば禁じる。
それは、抑制的に何かをしないことにほぼイコールであり、それだけで可能性を、それらを
した事による経験を放棄した事になる。……だからこそ、僕には経験値が足りない。そんな
ある種の焦りが廻り回って僕を突付くのでしょう。
『やってに後悔することと、やらずに後悔することの間に優劣は本当にあるのか?』
先日、そんな疑問をツイッタ上で見かけました。
そしてその疑問にリプを返した時、僕はこんな解答を寄せたのです。

──確かに後悔するという点では「失敗」かもしれない。
でも両者の間に大きな違いを作るのは、そこに“経験値”が生まれたかどうかにあると思う
のです。何かをしなければ0ですが、すれば1にも10にもなる。そこにどんな意味を見出
すかは自分自身の解釈次第ではあるけれど……。

正直な思いでした。自身、禁欲を課していたが故に──いえ、物事に対し臆病な自分をそう
正当化していたが故に、僕は生きてきた歳月の割には他人に比べてあまり多くの(実際的)
経験を積んできていないように思えてならなかった……。
それは豆腐なカラダという物理的要因もありますが、それでも経験値の差というものに僕は
確かに焦りを覚えている。だからこそ、その問い掛けを見つけた時、僕は自身のこれまでを
振り返りつつそう反応を寄せていたのでしょう。

欲望が過ぎれば、身を滅ぼす。それは事実です(お金絡みの類はが顕著な例ですね)
でも欲望が──したいという思いを蔑ろにしてまえば、僕らは何もできなくなる。何よりも
有限である人生という時間を無為に過ごしてしまう事になりかねない(個人的実感と共に)
人生はどれだけ(長く)生きたかではなく、如何生きたかで価値が決まる。
だとすれば、もっと僕らは欲望を──経験値を重ねる事に正直でもいいのかな?と考える事
もできるのではないでしょうか。
徒らに欲しがり、周りを掻き乱すことを是とはしませんが、僕ら一人一人が良く在れる為に
はもっと色んな事を知り、考え、取り入れるべきだと思うのです。
ただでさえ、今のご時世は誰かが「こうです」と言っても実はあくどい思惑で満ちている事
が少なくなく、個人自身で自分がどう在るかを決めていくべき本質の中にあるのですから。
そういう意味でも、僕らはただ周囲の惰性に任せる事なく、自ら欲して経験していく方が長
い目で見ても己に人に資するのではないかと……そう思うのです。

結局の所は、何事も適度なバランスの上である事が肝要なのでしょうね。
何かを誰かを(物質的にだったり精神的にだったり)手中にせんとする欲望も。
人が邁進する事は、セカイにとっては害悪かもしれない。
でも……それでも人は考え思い、何かをせずにはいられない生き物なのだとも思うのです。
きっとそれが、不完全であり続ける自分達へのせめてもの補償行為なのだろうから。

この身体も、手にした物も、いずれは朽ちてゆくさだめでも。
抱き著した思いはきっと何処かで生き続けてくれると信じて。

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  1. 2011/09/19(月) 13:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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