日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「橋愁」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:橋、綺麗、幼女】


 私は、この風景を見ている。
 遠くから後ろにかけて、川が流れている。幅は中々に広いが、これといって特別に澄んで
いる訳でも、何か珍しいものがある訳でもない。
 そこに、一本の橋が架かっている。
 私はそんな場所の一角に立って風景を見ている。山肌迫る道路から折れてくる左手と、新
旧の民家・店舗が入り交ざる町の大通りへと続く右手。川が隔てる両側を、この橋はずっと
昔から繋ぎ続けてきた。
 がっしりとしたコンクリートの土台が水面の底へ打ち込まれ、幅広の通り道をただ只管に
支えている。交差する二車線の両側──即ち川の上流と下流にそれぞれ赤と灰色のレンガを
敷いた歩道が、同じくゆったりと取られている。道路に飛び出さぬように、或いは人と車の
境目を明示するように。板敷きのベンチと小さな花壇とが規則正しく点々と交互に並べられ
ていた。一方でその向かい、欄干の列には一部点々と何ヶ所か、半月型に膨れたスペースが
設けられている。流れゆく川を覗き、或いは遠くの景色を眺め、また或いは連れ添った相手
との時間を過ごす為にと造られた意匠だ。

 私は、この風景を愛している。
 私はずっと、この人の手で作られた架け橋の上に立っていた。
 朝。忙しなく仕事へ向かう車が列を成し、信号機という無機物に捌かれながら止まっては
進み、止まっては進みながら右手の方へと折れていく。歩道も歩道で、自転車通学の学生達
が一生懸命になってペダルを漕いで通り過ぎていく姿が。思わず微笑み、つい「頑張れ」と
応援したくなってしまう。
 昼。行き交っていた忙しなさはなりを潜め、代わりにゆったりとした時間が流れる。
 晴れていれば尚の事好ましい。穏やかに注ぐ日の光の下、手押し車を押しながらゆっくり
と歩いていくご婦人がいる。穏やかに風がそよぐ中、きゃいきゃいと笑いながら駆けてゆく
子供達の姿がある。或いは初々しい男女が、はたと半月型のスペースで立ち止まり、暫し風
に吹かれて幸せな記憶を蓄積している。
 だから……夜は少し物寂しい。朝のように車は、人は通るけれど、すっかり暗くなって窓
からはその姿を覗くことは難しく、しかし少なからず彼らは総じて疲れてしまっているよう
に思える。ヘッドライト、テールライト。自然ではない赤かったり橙だったりする光が闇色
の中をずぶりと突き砕いては進み、されど走り去ればそこはまた闇色に戻る。何より歩道を
往ってくれる人の子はどうしても多くない。時代の流れもあろう。もっと此処が都会の中で
あればもっと違ったのかもしれないが、夜更けにわざわざ出歩く用事を持つ子らはさほど多
くはないとみえる。

 ずっと、繰り返してきた。
 そんな日々を漫然と、だけどもそれ以外に生き方を知らず、私はそんな人々の営みと共に
歩んできたつもりだ。
 ……もう半世紀近くほど前になるか。あの頃はまだこの川が人々を隔て、川自体も今より
ずっと天に応じて牙を剥くことも珍しくない荒御霊であった。
 しかし、人はその畏れを畏れのままでは終わらせない。
 呪術によるセカイは当代においても随分と駆逐され、彼らはより合理的で、確実な豊かさ
を求めた。川とて同じで、その知技を以ってすれば克服できると信じた。
 大規模な工事が始まった。
 どこから呼び込んできたのだろう? 人は少なからぬ労力と時間を投じ、この辺り一帯を
自分達の望む姿へと変えていった。
 川が荒ぶるのなら灰色の枠の中に押し込め、河にしよう。
 山が立ち塞がり、最短の道を阻むのならば切り拓こう。
 隔たれ、こちらとあちらを結ぶ道が無いのならば架けてしまおう。敷こう。
 そうして……私は此処に立ち始めた。真新しい石畳、アスファルトの黒が雨風と太陽に曝
されて少しずつ褪せていくそのつぶさをじっと傍で見つめていた。見下ろしていた。振り返
れば昨日の事のようだが、それでも過ぎ去った歳月は決して短いものではない。

 苦労を重ね、人の子らは頑丈な渡しを手に入れた。
 人が渡っていく。荷車が渡っていく。牛が、馬が家畜達が連れられていく。
 積み上がる日々につれ、そんな彼らの装いも変わってきた。似たり寄ったりのだぼついた
国民服は、やはり似たり寄ったりの洋服・スーツに替わり、人の足よりも車輪が道を何度も
踏み締めては左へ右へ、右へ左へと折れていった。
 ガタコト。細かな振動が私を心地良くしてくれる。タンタン。あまりに小さな歩みの力は
されど私に妙な安堵を届けて止まない。……嗚呼、私は愛しているのだな。そう自覚できた
のはそれから大分経ってからのことだった。これほど豊かな思いを刻めるようになるまでに
は、私自身多くのものを学び取らねばならなかったのだろう。
 人の都合で、勝手の為に、此処に立つようになった。目覚めた時、此処にいる以外の選択
肢すら無かった。
 はて、本当の最初の最初の頃は、彼らを憎んでいただろうか? そう考えることすらでき
ぬほどだったろうか? ただぼうっと、彼らのあるがままを観ていたような気がする。私が
此処にいる意味も、彼らが此処を駆け抜けて往った行方も理由も定かではなく、ただ無数に
内包された物語の一端を目撃する。想像力が私を愉しませるようになったのは、やはり随分
と後年になってからだろう。慌しく出勤していく彼らにエールを送り、のそのそと石畳の上
を進んでいくご婦人をはらはらとして見守り、水面を見下ろす母子や恋人達をそっと背後か
ら眺めては、その行く末を祈るようになった。

 私は、この風景を愛していた。
 私は、この日々を愛していた。
 だけども……そんな歳月も無限ではないのだと私は知っている。ガタゴト、タンタン。彼
らが敷かれたその上を行き交う度、日の光や雨風が注ぐ度、私もまた確実に老いに向かって
いたのだ。
 確かに、それは何も今に始まった事ではない。これまでも何度か彼らが集まり、痛んだ肌
を骨を継ぎ接ぎ、挿げ替えたりして労わってくれた。だが、それももう何度も通じなくなる
だろう。自分の軋みは自分自身が一番よく分かっている。加え時代が進むことで、人は他人
により厳しくなった。より確実で、安全で、誠実であるように求めていった。
 はたして自らのそれは如何にと問われることを避けんが為に。だが今もう彼らのそんな背
反を謗っても何にもならぬだろう。いずれ自ら気付き、悔い改めてくれるならそれでいい。
 ただ私は休まなければならないのだ。休まなければならないらしい。
 人の子らの声に耳を傾ける。行き交う者、防具を被り渋面のまま言葉を交わす者達。その
多くが私に迫る期限を知っているようだった。或いは、既に彼らの中でこの情報が共有され
始めていたのだと解釈するべきか。

 ……とにかく、私はもうあまり此処に長くは居られない。
 近い内に私は四肢を抜き取られ、肌を根こそぎ剥がされていくだろう。この奇妙に同居す
る意識──俗に言う自我というものは薄らとなって消えゆき、私の後にまたこの川を渡す為
の者が敷かれる筈だ。
 ……惜しくない、と言えば嘘にはなる。
 だけども一つだけ、安堵したとは思う。私が壊れてしまう前に、彼らがこの足元の流水に
呑まれて命危うくなる事が起こる前に消えるのならばよかった。

 私は、この風景を愛している。
 即ち、私はきっと、この風景を構成する人々を愛していた。
 彼らの暦で一ヶ月。私はいなくなる。
 でもどうか。どうか私の後に続く御霊に願いたい。痛いだろうが、見向きもしてくれない
だろうが、看ていてやってくれ。あれでも彼らは必死に日々を生きている。たとえ荒ぶる魂
一つで百も千も甲斐なく失われていく塵屑でも。

 私の代わりに見守っていてくれ。それらは少なからずが、醜く取るに足らぬものかもしれ
ないが。
 それでも、見出してくれると嬉しい。
 どれだけ大なる世界が黒かろうと、そこにはたと小さな白がある。闇色の中に、不意に煌
く光が潜んでいる。美しいものが在る。
 見つけてくれ。そしてそれを、目一杯愛してくれ。
 小さくても構わない。所詮狭き眼差しであっても構わない。
 ただその魂が、一時(ひととき)でも微笑む瞬間(ひま)さえ在れば──。

 ***

「……?」
 日が暮れようとしている。
 母に手を引かれながら、その幼い少女はふいっと感覚の端に引っ掛かるものを覚えて橋の
歩道の一角を見遣った。
 男の人が立っていた。背格好はやや小柄。中年よりもやや若いが、まるで何処かの作業着
のようなだぼっと古びた上下に身を包んでいる。
 ついっ。目深に被っていた揃いの帽子の唾を触り、小さく面を上げた彼と目が合った。向
こうも彼女と同じく、こちらに気付いた事に少なからず驚いていたようだったが、それでも
次の瞬間にはニコリと、とても穏やかで優しい微笑みを向けてくれる。
「ママー、おじさんがいる~」
「え? ……誰もいないじゃない。それよりもほら、早くお家に帰るわよ。急がないと真っ
暗になっちゃう」
 幼子がちょいちょいと母親の袖を引っ張る。だが対する母は、ムッとした警戒の眼で橋の
上を見渡したが、そこに自分達以外の歩行者を認めることはできない。
 いたって目を合わしちゃいけません──。そう定型句で説き伏せ、彼女は我が子をずいず
いと引っ張って歩いていく。幼子はそれでも橋を渡り切り、大通りの方へ消えていく直前ま
で、この半月型のスペースの一角に立つ男性をじっと見つめていた。
『……』
 微笑(わら)う。古びた作業着──国民服を着た彼はただ佇んでいた。口元に描く小さな
弧。もう一度目深に帽子を被り直し、彼はかつて愛した者達が包んでいたものと同じこの姿
が、やはりとうに時代遅れであるのだなと再確認する。

 吐息。とても小さく。
 夕暮れの茜から日没の闇、町の街灯に点け変わるその最中で、彼はさらさらと光る粒子と
なると静かに消え失せていった。
                                      (了)

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  1. 2016/03/01(火) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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