日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「テンパランス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:灰色、依頼、憂鬱】


「署名?」
 すっかり日も落ちてようやく自宅に帰って来た鎌田に、そう妻が声を掛けてきた。
 また小言か。だが今夜のそれは普段、彼女があまり口にしないようなフレーズであったが
ため、ついスーツを脱ぎ、ワイシャツの襟を緩めながら顔を向けていたのである。
「ええ。昼ぐらいかしら。買い物の帰りに、ポストに突っ込んであってね……。多分、他の
部屋の人達の分もまだ差さったままなんじゃない?」
「そうなのか? よく見てなかったが……」
 妻曰く、気付けばエントランスの郵便受けに署名を促す文書が突き込まれていたようだ。
此処はアパートなので十中八九、虱潰しに数を確保しようという魂胆なのだろう。
「えっと、何々? 市長リコールのお願い……?」
 彼女に差し出されて、鎌田は渋々そこに書かれている文面に目を通した。気持ち顰めっ面
になったのは単に仕事の疲れだけではないのだろう。妙に現実離れした文句だった。読みこ
そすれど、その単語の意味をすぐに頭の中でイメージできない自分がいる。
「市長の解任のため署名をお願いします、ですって。あなたも早い内に書いておいてね」
「解任って……。市長が何かやらかしたのか?」
「……さあ?」
「さあって。大事なとこだろう、そこは」
 実に面倒臭そうに、妻が次いでそう用件とするところを伝えてくる。
 鎌田は思わずその表情を一層渋くした。事情もよく分からずホイホイと名前を貸して、判
を押せというのか。とはいえ、自分も何故解職請求(リコール)などということになったの
か知らないし、そもそも今の市長が何処の誰だったかも怪しい。
「私もざっとしか読んでないから分かんないわよ。でも来週には区長さんが回収しに来るっ
て話みたいだから、書いとかないといけないでしょ」
「雑な……。えーと? 違法献金? あー、ありがちだなあ」
 感情は二つあった。面倒事に巻き込まれるのは勘弁だという思いと、一方で安易な署名に
名を連ねる事への抵抗感──警戒心であった。
 案の定、ちゃんと読んでいない妻に代わって手にした書面の続きに目を通す。どうやら事
の発端は市長に違法献金の疑惑がかかったことに始まるらしい。
 割とどうでもよかった。正直言ってしまって酷く他人事だった。前者がむくっと自分の中
で膨れ、しかしすぐに頭の中で自分の名義を借りて彼を倒さんとするぼんやりと顔のぼやけ
たした人形(ひとがた)の群れがイメージされた。前者が萎み、後者が膨れ始めた。何て事
はない。これは正義感などではなく──厭気なのだろう。
「……なあ。これ、本当に書かなきゃ駄目か? 別に署名なんざしなくても議会(あっち)
はあっちで強請るネタにするんだろうし、放っておけば」
「そうもいかないでしょ? さっきも言ったじゃない。区長さんが集めに来るって。私達だ
け出さなかったら、絶対陰でコソコソ言われるわよ。中条さんとか、下谷さんとか……」
「……」
 妻は苛々し始めていた。鎌田はこう反応する(なる)ことは薄々分かっていたが、一言口
にするのを止められなかった。
 憎々しげに、ふるふると首を横に振って妻が不機嫌になっていく。
 馬鹿馬鹿しい。喉の奥でそんな語彙が引っ掛かり、しかし鎌田はもうすっかりこなれた感
触でもってこれを自分の中に呑み込み直す。

 ──お前には、自分の意思というものがないのか?
 鎌田は心底、改めてこの目の前の妻という女の浅はかさを思った。愚かだと、心の中で侮
蔑しさえしていた。
 動機が「周りがそうするから」とは。文面をざっとしか追っていなかったのもそうだが、
何故こんな面倒臭くなるであろう(おおげさな)ことに何となくで加担できてしまうのか。
 まぁ、詰まる所興味がないのだろう。だからそれよりも自分にとっては重要な──ご近所
との付き合い・今後の心証の為に目立たぬ動きであろうとする。
 沸々と、怒りすら覚えた。
 別に普段、自分も政治などには興味がある訳ではない。寧ろこの味気ない日々に汲々とし
ながら、時折酒の力を借りて同僚らと愚痴り合うだけのしがない商社マンである。どうせ自
分達の給料には微塵も貢献してくれない、寧ろ削り取ってくるだけの遠い世界のことだと認
識してきた。なのに今、自分はこの「普通」の態度で何も疑問を抱いていないようである妻
の姿を見て、何とも言葉にしがたないもやもやを抱えている。
 大体、その市長の不正とやらが、本当にあるのか? わざわざ皆で徒党を組んでまでクビ
にしなければいけないのか?
 俺は疲れてるんだ……。理由というか、源泉は十中八九そこに在ると思う。
 どうせ今回だって、この文面に書いてあるオンブ何とかっていう連中も、自分達の理想や
都合に合わないお偉いさんを引き摺り下ろすことを仕事にしているようなものなのだろう?
それをやっていることで、自分達が優越感に浸りたいだけなんだろう?
 ……余所でやってくれ。俺を巻き込むな。それが全てだ。市政(あっち)のニュースなど
殆ど取り入れていないので知らないが、仮にこのままなぁなぁで名義を貸して、大きな対立
に利用されるとなると面倒なのだ。もっと言えば癪なのだ。「ほら、こんなに私達に賛同し
てくれているんだ! 私達は正しい!」そうやって頭数に使われると思うと無性にイラッと
してしまう。
 ……というか、一軒一軒にこうした書類を放り込んでいくというのは、アリなのか?
 うろ覚えだが、確か選挙の時だと家一つ一つに投票してくれと頼みに行くのは法律違反だ
というのを何処かで聞いた記憶がある。まぁ違反の一つや二つ、こっそりやってバレないの
も政治家の能力の内なのかもしれないが……。それでも仮に違法だとして、後で責任を取ら
されるなんてことになるのも、面倒だ。
 何より、この署名が「正しい」のかが分からない。
 本当に市長はクビになるほどの汚職をしているのか? 話が盛られているなんていうオチ
ではないのだろうか? 議員同士のネガキャンだとしたら、やっぱり厭だぞ。巻き込まれる
し、誰も得をしない。というか、全く後ろ暗いこと無しに伸し上がっているお偉いさんなど
実際問題としてあり得ない気もするのだが……。
 ぐるぐる。思考が巡る。色んな場所に飛び火して、収拾がつかなくなってくる。
 はてさてどうしたものか。だが少なくとも、自分は今、流されるままに流されるままな妻
の言うままに署名するのがどうにも厭だったのだ。癪だったのだ。
 そういう色々を説明したいが、喉の奥まで出掛かってそれ以上進まない。
 分かっているんだ。そんなこと、小難しい理屈を話し始めたら──女はキレる。
 ……嗚呼、畜生。また苛々した顔になってやがる。
 こっちはクタクタだってのに、何でこんな事で一々煩わされなければならないんだ。無駄
に険悪にならなければならないんだ。
 だから、余計に厭なんだ。
 こんな紙切れ一つで、揉めなければいけないなんて──。

「あなた、何ぼ~っとしてるの? ほら、早く」
 手荒にバンバンと台所のテーブルを叩く音がする。妻が先程の書類をそこの広げて、自身
の名前を書いて判子を押そうとしていた。まだぼんやりと、悶々としている鎌田(おっと)
を見て、鈍間だと機嫌を悪くしているらしい。
「……後々面倒なだけだと思うんだがなあ」
「何が面倒なのよ。書かないで色々言われるんなら、書いちゃった方がいいに決まってるで
しょうが」
 書面の末尾には一枚に五人分、名前を書く部分の下線と押印のマークが印刷されていた。
鎌田はのそのそと歩いていき、ため息をつきながら妻に言う。するとやはりというべきか彼
女は、そんな彼の内心など知る由もなく、知ろうとする気もなく気忙に促している。
 その発想が納得いかないんだっての──。鎌田は思ったが、やはり出てくるのは嘆息、気
が向かないという意思を臭わすジェスチャーだけであった。
 ポリポリと後ろ髪を掻く。ワイシャツもすっかり草臥れていて、さっさと風呂に入って寝
てしまいたい。
「あーもー、辛気臭いわね! ただ名前書くだけでしょうが。何? 何が気に入らないの?
どうせくだらないプライドか何かなんでしょう?」
「っ、お前な……!」
 解かっている。でも分かりたくないんだ──。
 妻が苛立ち、先程よりも明確にこちらを侮蔑するような言葉を選ぶ。
 思わず鎌田は歯を噛み締めた。怒声が飛び出しそうで……だけども怒りも、拳もすぐさま
自分の方へ収めて自制する。
 だから、そうやってへそを曲げ続けてもメリットなんて無いだろうが──。
 大きく大きく、深呼吸をした。妻がむすっとした表情で、暗がりの中の電球の下でこちら
を見ている傍で一旦気持ちを落ち着けてから、鎌田はすくっと向かいに座って自身の名前を
紙に書き記す。
「はい。じゃあ明日明後日にでも区長さんに渡しとくからね。いいわね?」
「……ああ」
 奇を衒えば、これで自分は白か黒か、どちらかに傾かざるを得なくなったのだろう。
 何ともこの世の中とは、どっちでもないを許してくれない世界になったか。……心の内で
嘆いた所で、何か変わる訳でもなし。

 ただやはり、漠然と思う。
 こうやって何処ぞの誰か達が、権力者一人を引き摺り下ろすのに、どれだけの金や労力が
かかっているのやら。こっちは毎日毎日必死こいて働いて、それでも決して充分な額を得ら
れる訳じゃない。なのにあいつらは何かと口実をつけて、あっちからこっちからと削ぎ取っ
ては手前の腹を肥やすのだ。

 あの後、ちょっと記憶に残っていて市議会の動きとやらをニュースで見ていたが、どうや
ら案の定議会でも反市長側が市長を叩く格好のネタになっていたらしい。
 今風に言うといわゆる炎上という奴か。気付けば結構な騒ぎになって、最後には市長への
不信任決議まで可決される始末。……尤もあの場所にいた奴らの一体何人が、本当に石を投
げ付けるだけの資格があったのか。

 ただ少なくとも確かなのは、翌日には市長が議会を解散したということだ。
 そして出直し選挙の結果、市長と彼に近い議員達が、再選を果たしたということだ。
                                      (了)

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  1. 2016/02/28(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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