日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔12〕

「八代、実はお前に訊いておきたい事があるんだけどさ……」
 それは文化部棟の廊下。皆人・睦月と物別れし、仁が一人踵を返していた時の事だった。
 物陰に隠れていた、先程の一部始終を聞かれていたらしいメンバーの一人。
 即ち期せずして人払いのような状況であったのだ。だからこそ、仁は意を決してその抱い
ていた疑問を問い質そうとする。
「どうもな、最近海沙さんをストーカーしている奴がいるっぽいんだよ。俺も話を聞いて自
分なりに調べようとはしたんだがな。……なぁ八代。お前じゃ、ないよな? 妙だとは思っ
てたんだ。お前の、海沙さんの写真は、あまりにも──」
 クローズ過ぎる。仁は仲間を疑いたくはないと思いながらも、質さずにはいられない。
 対する八代は黙っていた。こちらの戸惑いも、意を決した質問も、まるで磨耗した感情の
中に取り込んで無に返してしまうかのような。
「確かに俺達は彼女のファンだ。でも本人を怖がらせてまで、その姿を追うべきじゃない。
そうだろう?」
「……」
 だから仁は次の瞬間、八代の放った言葉に耳を疑った。嘘であってくれ──俺達は同じ人
を好きになった、だけど報われる筈もない“仲間”じゃないか。
「やっぱ勘付いてやがったか。あの時見かけてから、ずっとどうしてやろうかと考えてた」
「八代……?」
 自白。現した本性。
 仁の頭の中でそんなフレーズが鳴り響き、警告を鳴らす。だが一方でそんな目の前の現実
を認めたくないと、彼の視界は眩暈を起こすようにぐわりと歪んでいく。
「まさかお前。本当に……」
「……」
 そして八代は、懐からとある馴染みのある物を取り出した。
 リアナイザ。コンシェル同士を戦わせるゲーム・TA(テイムアタック)用の出力装置で
ある。その……筈だった。
「悪いが暫く寝てて貰うぜ。俺も忙しいんでな」
 やれ。彼が躊躇うことなく引き金をひく。するとそこから現れたのはギョロっとした眼、
くすんだ緑色の身体をした怪物──本来リアナイザのホログラム上でしか動けない筈のコン
シェルだったのだ。
「ひっ……!?」
 半ば反射的に、背を向けて逃げる。
 だが仁が次の瞬間味わったのは、背中に打ち込まれる、酷く熱い痛みで……。

(──んぅっ……?)
 はたして、それから一体どれだけの時間が経ってしまったのだろう。
 次に目を覚ました時、そこは何処か狭い場所のようだった。
 パッとイメージしたのは、少し大きめの用具入れ。全身が鈍く痛んでいる。あの時受けた
ダメージだろうか。仁はすぐに自分が、手足を縄で縛られ、口にガムテープを貼られている
事に気付いた。
 監禁、という奴だろうか。いよいよヤバい事になったな……。痛む傷で未だぼうっとする
意識の中、仁は只々失望と絶望に打ちひしがれる。
(まさか八代が……うちのメンバーが本当に犯人だったなんて……)
 それに、あのリアナイザは何だ? もし記憶が確かなら、自分はあの現れた化け物──緑
色のコンシェルに攻撃されたことになる。
 コンシェルが人間を襲う? まさか。そんな、馬鹿な事が……。
「っ──」
 いや、今はそんな戸惑いに意識を取られている場合ではない。
 ややあって仁はある可能性──八代があの化け物を使ってやってきた、やろうとしている
事に予想がついてしまったのだ。
 そういえば三条や佐原も、自分のリアナイザを疑っていた。そういう事なのか? にわか
には信じられないが、もし本当にそうなのだとしたら。
(……知らせないと)
 思い、必死にもがく。だがおそらく八代によってぐるぐる巻きにされた仁の身体は、うん
ともすんとも自由が効かない。
(何とかして、知らせないと……!)
 もがく。ある種の罪悪感とでもいうべき感情が、彼の全身を苛んでいた。

 急がなければ。
 このままじゃ……海沙さんが危ない。


 Episode-12.Emotion/持たざる者の矜持

 カメレオン・アウターとの交戦と、仁がシロだと判明してから二日が過ぎていた。
 それでも学園はいつも通りを演じ続けている。ちらっと、睦月と皆人は教室の片隅──仁
の席を時折見遣るが、今日もそこに彼の姿はない。
「大江君、今日もお休みだって」
「……そっか」
「参ったな。俺のミスで、こんな事に」
「皆人ばかりが悪いんじゃないよ。その、僕だって疑ってはいたんだし……」
 休み時間。何とも言えぬ表情で海沙が話しかけてくる。
 睦月の席に集まって。睦月と皆人は彼女のそれよりももっと深刻な風に、強い後ろめたさ
をもってこれに応えている。言わずもがな、当の仁と直接相対して──失敗したからだ。
「どうしちゃったんだろ。やっぱり僕らが詰め寄ったせいで来れなくなってるのかな」
「うーん……。ていうかさ、本当に大江が犯人じゃないの? 問い詰めたら逆ギレして雲隠
れって怪しさ満載だと思うんだけど」
 しかしその一方で宙は未だ懐疑的だ。後ろめたさからの心配を募らせる睦月に、彼女はそ
れみたことかと疑いの言葉を絶やさない。
「ソラちゃん……」
 尤も今回の大元である、当の海沙はといえば、この親友(とも)とは逆で相談から現在に
至るまでの経過を後悔している風に見えたが。
「一昨日にも話したろう? あの時、大江が犯人であるのは物理的に不可能なんだ。それこ
そ、瞬間移動でもしなければな」
 だから、皆人は改めて宙に釘を刺す。
 自らのミス、浅慮とはいえ、先日の囮作戦での状況において彼が実行犯とするには無理が
あった。勿論彼女達にはアウターの──おそらく今回の犯人であろうカメレオン・アウター
については言及しないし、疑問をもたれないように細心の注意を払う。
「それに、仮にあいつが今回の犯人なら、あの時俺達に気付かれた時点で逃げるべきだった
筈だ。なのに実際は、俺達の視線の先に──道向かいの物陰に突っ立っていた」
「まぁ、確かに自殺行為、だけど……」
 くるくる。もみあげ近くの髪を指先で弄りながら、ぶつくさと宙は呟いていた。
 それでも眼は不服を訴えている。では一体、犯人は誰だというのだ? まさか本当に、海
沙を襲おうとしたのは透明人間だったとでもいうのか……?
「と、とにかくさ。もう一度大江君に会えない事には始まらないよ」
「ああ。謝らないといけないこともそうだが、聞き出す必要がある。何故あの時、あの場所
に俺達と同様に居合わせて、そして逃げたのか? 犯人ではないにしても、何らかの事情を
抱えている可能性はある」
「う~ん……。でも、そう上手く捕まるかなあ?」
「そうだね。二人の話を聞いた限り、同好会の人達もきっと警戒してるだろうし……」
「……」
 宙が、海沙がそうぼやき、しょんぼりと苦笑していたそんな時だった。
 ガラリと、ふとそれまで席を外していた國子が教室の扉を開けて戻って来たのだ。クラス
メートの幾人かが半ば反射的に視線を遣るが、もう慣れっこだからか、それもすぐに止む。
彼女はそのまま如才ない歩みでこちらに近付いて来た。その手には……何やら印刷された紙
が一枚、握られている。
「あ、國っちおかえり~」
「あれ? 何処に行ってたんですか?」
「……少々調べ物を。皆人様、どうぞ」
「ああ」
 手渡され、皆人がそれを広げる。どうやらそれは何かのリストのようだった。
 ずらりと縦長の紙面に書き込まれた人名と、学年とクラスのセット。睦月が海沙が、宙が
そんな一覧を一度頭に疑問符を浮かべて覗き込んでいる。
「電脳研──M.M.Tのメンバーリストだ。大江が姿を見せない以上、先ずは外堀から攻
めていこうと思う。さっき言ったあいつが抱えているかもしれない事情も、同じ仲間達絡み
であると仮定していいだろうからな」
「そうだね……。ちゃんと話が出来れば、だけど」
 眉を下げて、睦月が気弱な声音を出す。皆人はそんな親友(とも)をちらと横目に見遣っ
ていた。彼に応える代わりに、誰にも気付かれない程の小声で國子に問う。
「……準備はどのくらいだ?」
「大方は。午前中には完了するとの事です」
「分かった。では予定通り、放課後に開始だ」

 時を前後して、学園の外。
 やはり街はいつものように平穏無事を装い続けているが、少なくとも彼らはそんな一見し
た日常はとうに侵食されて久しいのだと知っている。
「……」
 国立飛鳥崎学園──佐原睦月が現在通っている学校。
 やや遠巻きにその敷地を臨める通りの物陰に、筧はじっと息を潜めて佇んでいた。
 道行く人々は中々これに気付かない。いや、それぞれの用事、自らの生活を維持すること
に手一杯で、ぽつんと立つだけのこの中年男性一人に意識を向ける事すら無駄なのか。
「お疲れ様です。兵(ひょう)さん」
 そうしていると、筧の方へ一人の青年がやって来た。筧の部下で相棒の由良だ。手には途
中何処かで買って来たらしいコンビニの袋が下がっている。
 交わす言葉は最小限。筧は眼で彼と合図を取り合うと、袋を受け取って中身を出した。
 惣菜あんぱんとパックのコーヒー。差し入れだ。早速包装を開けて口に運ぶ筧だったが、
その視線は変わらず油断なくじっと学園の方を見ている。
「それで……何か掴めましたか?」
「いや。今の所は何も。どうやら普通に学校に来たみてぇだな。もしかしたらこっちの心算
以上に長丁場になるかもしれん」
「……。そうですか」
 筧と同じくサッと物陰に潜り込み、由良は学園の方を見遣り出す。
 即ち張り込みであった。
 進坊町で自分達が“怪物”と交戦し、入院する事になってしまったそれよりも前、ポート
ランドで期せずして助け揚げた少年。
 その時に撮っておいた写真を元に身元を調べた結果、彼は学園(コクガク)高等部二年・
佐原睦月だと判ったのだ。だからこそ筧は、こうして先日から佐原少年の自宅と、彼の通う
この学園を往復しながらその動向を二十四時間体制で監視していたのである。
 ……尤も、最初に下見に訪れた日の帰りが遅かったことを除けば、今日までこれといって
不審な動きは確認できていないのだが。

『佐原って……あの佐原ですか? 佐原香月博士の』
『あん? 何だ由良、知ってるのか』
『ええ。知ってるも何も、コンシェル開発の権威ですよ。多少なりともデバイスに凝ってる
人間なら、知らない人はいないんじゃないですかね? 一説には彼女の登場で、コンシェル
の技術は百年は早まったって言われてるくらいですし』
『……へぇ』
 門外漢なので、その辺りの知識は由良から仕入れた。
 佐原睦月。コンシェル開発の権威・佐原香月の一人息子。では父親は……? と調べてみ
たが、該当する情報は見つからなかった。どうもいわゆるシングルマザーという奴らしい。
まぁそれ自体は今日び特に珍しいケースでもないが……。
『──三条電機?』
『はい。春先までは同社の第七研究所(ラボ)に勤務していたようです。ですが』
『例の火災事故、か……』
 だが引っ掛かったのはそこではない。次いで明らかになった、彼女ら母子(おやこ)と繋
がり始めたこれまでの謎達のそれである。
 筧は思わず深く眉根を寄せた。これは偶然の一致などではない。
 実際、あの事件は表向き電気系統のトラブルによる火災として処理されたが、そうだとし
たらあれだけの規模の施設を丸々閉鎖してしまう理由が解らない。はっきり言ってしまえば
勘でしかないが、あの一件にはもっと別の事情が潜んでいると考えている。
 ……ポートランドなのだ。第七研究所(ラボ)の一件も、H&Dの東アジア支社も。
 実の息子が知らなかったとは考え難い。なのに佐原少年は母の「元」勤務地を訪れていた
ことになる。そしてあの日、自分はその一角でずぶ濡れになり倒れている彼を助けた……。
 もうただの偶然では済ませられない。
 散発する怪事件、その陰でちらつくリアナイザという代物。
 間違いない。
 彼は少なくとも「何か」を知っている──。

「部長達、カンカンでしたよ? 退院早々また好き勝手に動きやがってって」
 だが真正面から問い詰めてもあの少年は答えないだろう。逃げてしまうだろう。
 だから押さえる必要があった。決定的な場面を押さえ、その上で切り込む必要があった。
「……言わせとけ。どうせ箸が転んでもあいつらは文句を言うんだ。そんな暇がありゃあ少
しでも事件と向き合えってんだよ」
 眉を顰めていた筧の耳に、ややあってはたと、そう由良からの“伝言”が届いた。されど
筧は例の如くあまり聞く耳を持っていない。由良自身も、本気で彼を止めようとは思ってい
ないし、止められるとも思っていない。
(兵さん……)
 それでも由良は、ハラハラする内心までもを一切拭い去れている訳ではなかった。
 自分は彼ほど豪胆ではない。それでも彼について来ているのは、彼が自分に刑事(デカ)
としてのイロハを叩き込んでくれた師であり、尊敬する先輩であるからだ。
 ……だからこそ、心配の念は尽きない。
 貴方のその一見して我が道を往くようなスタイル──組織の体裁よりも何より市民を想う
その正義感が、警察という組織の中でいつまで保たれるのか? もし過去の実績を全て排除
してでも上が貴方を潰そうと思えば、それは容易な事なのだから。
「考えもクソなくただぼやっと街を廻った所で何も解決しねぇぜ。なら俺は、少しでも早く
街の皆が安心できる可能性に賭ける」
「……。ええ」
 その為に、この一連の謎を解くとば口となるであろう佐原少年を。
 じっと張り込みを続ける筧の眼には、一種の鬼気迫るほどの力が秘められているように感
じられた。想いは力だ。だがそれは必ずしも、誰かにとっての「正しさ」とイコールで結べ
はしないのかもしれないと由良は思う。
「俺も付き合います。昨夜、寝てないでしょう?」
「……ああ。すまんな」
 動きがあるとすれば放課後だろう。
 ただそうして、二人は只管じっとその時を待つ。


 そうして、睦月達が再び動き出したのははたして放課後だった。皆人からの指示で、一同
は大きく二手に分かれて行動を開始する。
 皆人は先日の件もあり、もう一度電脳研──M.M.Tの面々に会おうとしていた。当然
ながら向こうは、自分達の縄張り(テリトリ)に上がり込んで来た彼を快くは思わず警戒し
ていたが、事前に國子が手を回しておいてくれたお陰で会う約束自体は取りつけてある。
「何だよ……今度は呼び出しだなんて」
「大体の話は聞いてるぞ? 仁と大揉めしたんだろ?」
「何度も何の用だよ、一体俺達が何をしたってんだよ!?」
 校舎隅の空き教室。それでも呼び掛けに応じて集まってくれたのは全体の半分以下、十人
にも満たなかった。
 何より、この待ち合わせ場所に皆人がやって来た傍から、開口一番彼らは不信感をあらわ
にして隠さなかった。呼び出しておいて後からやって来たことは勿論、本来「格上」である
人間・同年代の御曹司という相手に対する敵愾心と、根の深い虚勢がそこにはある。
「いや……。何もしていなかったと判ったから、また会わなければ思ったんだ」
 本当に、すまなかった──。
 ピリピリしているM.M.Tのメンバー達。だが次の瞬間、皆人から飛び出たのは、そん
な淡々としながらもぴしりと折り目正しく下げれた頭と謝罪の弁だったのだ。
 メンバー達は目を瞬いた。戸惑い、互いの顔を見合わせていた。
 数秒。数秒その沈黙が空き教室中に漂っていた。そうして彼らが居た堪れなくなってきた
のを見計らい、皆人はそっと頭を上げ、胸元のタイを直してからちらと後ろを見る。
「その侘び、と言っては何なんだがな……。もういいぞ、入って来てくれ」
 だからメンバー達は驚愕した。更に皆人がそう促し、新たにこの空き教室に入って来たの
は、宙に付き添われた海沙だったのだ。
 肝心の仁がいないのと、こちらが疑いの眼で接すれば二の舞になるからと自制自制で気持
ち唇を結んだ宙。「お、お邪魔します~……」と、おずおずとしてこれに続く海沙。
「──み」
『み、海沙さん!?』
 パニックになったのはM.M.Tの側だ。何せ彼らをその集団として集めさせしめた最大
の理由たる本人がひょっこりと顔を出してきたのだ。動揺しない訳がない。
 確かに、皆人らは彼女の友人で幼馴染で、少し話を通せばこういう演出も可能ではある。
 だがそんな落ち着いた分析を出来ているメンバーは少なかった。ファンの性である。元よ
り異性との経験も少なく、ただ妄想とマイノリティの中に隠れ住むばかりであってきた彼ら
ヲタクにとって、こんな場面で挙動不審にならない方がおかしい。
「ななな、何で?」
「ほ、本当に来た……」
「せめてもの侘びだ。積もる話もあるから、肝心の本人も呼んできた」
「いや、そういうのは先に言ってくれよ!? お、俺達にだって心の準備が──」
「はいはい。そう気張りなさんな。つーか息が荒い。海沙は気が小さいんだから、あんまり
怖がらせないよーに。オーケー?」
『イ、イエッサー!!』
 流石にジト目の宙が、そんな彼らをはしっと制止する。
 メンバー達はようやく我に返り、思わずその場で直立不動になっていた。……あと宙は女
の子なので、この場合「イエスマム」辺りが正しい。
「……。話というのは他でもない、この青野に関してだ。どうも最近、青野を付け狙ってい
る奴がいるらしくてな」
『えっ──』
 そしてコホンと軽く咳払いをし、皆人は話し始めた。
 先日、他ならぬ海沙本人からストーカー被害を相談されたこと。相手は巧妙に姿を隠し、
自分達が彼女を使ったトラップの中へでもその魔手を伸ばそうとしたこと。そしてその陽動
作戦の最中、仁が現場を見ていたこと──。
「これ以上皆に負担は掛けられないと、俺が焦ってしまった所為だ。大江には本当に悪い事
をしてしまった。疑って申し訳ないと思っている」
「……。そんな事があったんだな」
「つーか、俺達に謝られてもな。肝心の本人はいねぇぜ? まぁ、伝えとくけど」
「ってか誰だよ? よりにもよって海沙さんを付け狙うなんて。羨──けしからん!」
 この場に居合わせたM.M.Tのメンバー達は、打ち明けられたその内容にそれぞれ驚き
や動揺、ファンが故の義憤などに駆られていたようだ。
 あはは……。当の海沙が苦笑している。皆人は併せて、当時の状況から仁があの物理的距
離を埋めて彼女への実行犯となるには無理があることも話した。なのに。
「……なのに、大江は逃げた。潔白の筈なのに俺達の姿を見て逃げ出したんだ。おかしいと
は思わないか?」
「ただ単純に気まずかった、とかだけならまだ分かるんだけどねー。でもそれってどのみち
自分の首を締める事になるじゃん?」
「だから、大江君には何か事情があったんじゃないかと思うんです。犯人ではないけど、何
か大事なことを知っているような気がして……」
「頼む。何でもいい、話してくれ。協力して欲しい。大江は、今何処にいる?」
 やはり当の海沙から懇願されたのが大きかったのだろう。継いで訊ねた皆人に、メンバー
達はふと神妙な表情(かお)になってちらっと互いの顔を見遣った。ごそごそと。何人かが
自身のデバイスを取り出し、再三といった様子で画面を確認している。
「それは……俺達の方が訊きたいくらいんだよなあ」
「同好会(うち)のグルチャにも全然反応がないんだよ。電話しても出ないしさ」
「……それは、いつ頃からだ?」
「え? あ、え~っと……」
「三日前の夜だよ。ちょうどあんたと佐原がうちに乗り込んできた理由を聞きたくて、他の
面子がチャットを送ったんだけど、無反応だったんだってさ」
「……三日」「それって……」
「……」
 メンバー達が記憶を手繰るようにして答える。海沙と宙は互いに顔を見合わせていた。
 皆人もじっと目を細めてその情報に思考をフル回転させている。
 つまり自分と睦月がカメレオンに襲われた日だ。そこから少なくとも日暮れまでに、彼の
身に何かが起こった──おそらく同じように狙われたとみて間違いないだろう。
「その。大江君、最近おかしな所はなかったですか? 何か、一人で悩んでいるとか、そう
いう……」
「おかしな所、ねえ」
「そう言われてもなあ。俺達基本、会の時くらいじゃないと顔合わせないし……」
 だからその思案の最中、海沙が──おそらく巻き込んでしまったという後ろめたさが故に
いつもよりも積極的になって訊ねている中で、皆人達は次の瞬間、決定的な証言を耳にする
事になる。
「そういえば、あの時一人だけ反応悪かったよなあ」
「? あの時って」
「ちょっ!? それは──」
「……。続けてくれ」
「あ、ああ。その……前に海沙さんの写真を撮ってきた奴がいてさ? あまりにも出来が良
かったもんだから、つい皆でテンション上がってたんだよ」
「私の、写真……?」
「もしかしてそれって隠し撮り? やっぱストーカーじゃない!」
「うぅっ……」
「そ、そうかもしれないですけどお。ぶ、ブロマイド……です」
「……。それで?」
「あ、ああ。だけどそん時、仁だけは俺達とは違って妙に渋い顔をしてたなーって。確かに
あれだけくっきりはっきりしたの、どうやって撮ったのか不思議ではあったけど」
「……なるほど。ありがとう、おそらくそれだ」
 再び眼光が鋭くなる友達思いの宙。
 メンバー達はつい口が滑り、責められて震えそうになったが、当の海沙本人は「私の写真
にそんな価値があるかなぁ……?」と大らかに苦笑い程度だ。二度三度、促されて最後まで
情報を話してくれたこのメンバーに珍しく礼を述べ、一方で皆人はここに至って核心に迫っ
た感触を確かにする。
「? それって?」
「さっき青野も言っていたろう? 大江が逃げたのはもっと別の理由がある筈だと。おそら
くそれが理由だ。……その話の写真、撮ったというのは何処のどいつだ?」
「ん? ああ」
「八代って奴だけど……」
 場にいるメンバー達が目を瞬き、互いの顔を見合わせてから答える。
 八代直也。
 奇しくもこの場に現れなかった、新参メンバーの一人である。

「──はいは~い。ったく、こっちは夜勤明けだってのに……」
 一方その頃、別行動を取っていた睦月と國子は仁の自宅を訪ねていた。
 やはり家の人は出払ってしまっているのだろうか?
 最初、しんとし試しにとチャイムを鳴らしてみても反応はなかったが、何度か押している
内に中から気だるい女性の声と足音がする。
「あいあい、どちら様?」
 玄関を開けてくれたのは、まさに“姐御”と形容するのがぴったりな、すらりとした長身
と男勝りな面持ちが特徴的な女性だった。背格好から二十代半ばといった所か。おそらく姉
だと思われる。
 服装はとことんラフなジャージの上下。もしかしたらお休み中だったのかもしれない。
「あ、あの。僕たち仁君のクラスの者です。先生からプリントを預かって来ました」
 訪問の体裁を整える為、豊川先生から預かってきた連絡書類などを添えて。
 放課後、学園から直接ここへやって来た二人の制服姿は、彼女の警戒心を解くには有効で
あったらしい。
「そっか。あいつの……。ありがとね。帰って来たら渡しとく」
「はい、お願いします。それで──」
「彼は今何処に? その言い方からすると出掛けているようですが」
 だが次の瞬間、二人が仁の所在について突っ込むと、彼女はまたあからさまに顔を顰めて
口を結んだ。尤も不快だというよりは、おいそれと口外できぬという用心に見えたが。
「……帰って来てないのよ。一昨日からね。いや、今日も含めたら三日か。まぁ前々からあ
たし達とも全然生活リズムが違うし、ふらっと何処かに遊びに行っちゃうから最初はあまり
気にしてなかったんだけどさ」
 この女性、仁の姉・智(とも)は、そう軽く改めて自己紹介も混ぜつつ口を開き始めた。
 顰めた表情は不安で、少なくとも実の弟に対する害意ではあり得ない。それでもどうした
らいいのか、彼女自身分かりあぐねているといった様子だった。
「何度か電話したんだけど返事もないしさ。実は今日も何も進展が無かったら警察に相談し
に行こうかって話になってたのよ……」
 でもこれ、ご近所さんには内緒だかんね?
 口元に一本指を立て、彼女は小声で言った。勿論睦月達も徒に口外するつもりはない。
「……そうだったんですね」
「ええ。ですが今日一日待たずとも、すぐにでも連絡すべきだと思います。……最近は物騒
ですから」
 ごくりと静かに息を呑む睦月。その隣で、國子がやや婉曲にこの一家の遅さを説く。
「……。家族だから、よ」
 故に、智はたっぷり間を置いて言った。そんな事、言われなくても分かっているとでも言
いたげに。
「あんた達、仁の友達?」
「えっ? はい、まあ」
「そっか。いやね? あんた達も同じクラスだから知ってるかなって思うけど、あいつって
オタクじゃない? 別に個人の趣味に文句は言わないけどさ。やっぱ飛鳥崎(ここ)はそう
いう“枠からはみ出す人間”ってのを嫌う街じゃない? 国の制度としてもさ。だからなの
かなぁ。気付いたらあいつ、自分からあたし達と距離を置くようになっちゃって」
『……』
 それは間違いなく心配であったと思う。家族の情だったと思う。
 不器用だが、このお姉さんは異端(マイノリティ)に進んでいった弟を今でも案じている
のだ。なのに近付き直す方法が分からなくて。向こうも詰めようとして来なくて。
「大丈夫です」
 だから睦月は微笑んだ(いった)。横で、國子が静かに目を瞬いてこちらを見ている。
「大江君には今、いっぱいの仲間がいますから」
 言わずもがな、それは電脳文化研究会であり、M.M.Tのことだ。
 しかし智(かのじょ)は当然ながらそこまでは知らない。だけども弟のクラスメートが目
の前でそう笑ってくれていることが、密かに嬉しかった。
「……そっか。あいつもあいつで、何とかやってるんだね」

 あまり長居して質問攻めしても怪しまれるだけなので、予定通り気持ち早めに立ち去る事
にする。
 睦月と國子は大江宅を後にすると、来た道を戻っていた。睦月は仁が姉──や、おそらく
家族にもちゃんと見て貰えているのだと分かって何だか安堵していたし、一方で國子は平素
の淡々とした寡黙さを崩さない。
 少なくとも、手掛かりらしい手掛かりはあまり得られなかった。
 ただ一点。どうやら仁は、先日のカメレオンの襲撃以来、人前から姿を消してしまったと
いう情報だけである。
『マスター、三条の坊ちゃんからお電話です』
「うん? ああ、ありがと」
 そうしていると、パンドラが皆人から掛かってきた電話を取り次いでくれた。睦月は上着
のポケットから彼女ごとデバイスを取り出し、応答する。
「……もしもし?」
『もしもし、俺だ。どうだ? そっちに大江はいたか?』
「ううん。お姉さんには会ったけど、三日前から帰って来てないんだって。ちょうどカメレ
オンのアウターと出くわした日と一緒だよ」
『そうか。やはりか……。國子も聞いてくれ』
「? うん」「はい」
 互いの成果を報告する。皆人から知らされたのは、M.M.Tのメンバーが証言した仁の
不可解な反応。海沙の精密なブロマイドと、それを撮ったという同会メンバーの存在。
『名前は八代直也。こちらの呼び出しにも来ていなかった。俺達は最初の段階で疑うべき相
手を間違っていたんだ。もし奴が今回の本当の召喚主ならば、今までの違和感全てに説明が
つく』
 カメレオン・アウターの透明化能力ならば、ギリギリまで海沙に接近した、より生身の彼
女の写真を撮ることができるだろう。
 実際にそのブロマイドとやらを見せて貰ったが……あまりにも近過ぎる。
 もしかしなくても、仁は同じように疑問を持ったのではないか? アウターの存在は知ら
なくとも、盗撮の真似をしなければ撮れない画を八代は激写しているのではないかと。あの
日囮作戦に出た自分達と居合わせたのは偶然ではなく、彼も彼なりに八代の犯行の瞬間を押
さえようとしていたのではないか? グループの代表として、一人の人間として。
『これから急ぎターゲットを八代直也に切り替える。もしかしたら、大江は……』
 電話の向こうの皆人が、一瞬強く唇を噛み締めたようにギュッと籠もった。
 静かに睦月は目を細めている。何も責めず、労わず、ただ彼の冷静なる指示を待った。
『八代を捜すぞ。青野と天ヶ洲は家の車で送らせた。俺は一旦、司令室(コンソール)の皆
と合流する』
「了解。僕らもすぐに追うよ。陰山さん、八代の家って分かる?」
 だが力強く頷いて電話を切ろうと横目を遣ったその時、対する國子は自身のデバイスを見
ては弄っていた。ちらと顔を上げる。すると予想に反し、彼女から返ってきた答えは──否
だった。
「……いえ。私達も一旦、司令室(コンソール)に向かいます」
「えっ? でもそれだと二度手間になるんじゃ……?」
 着替えか? 思ったが違う。彼女の眼は平素以上に油断のない眼光を湛えている。
「……睦月さんはお気付きでないかもしれませんが。現在、私達を尾行(つけ)て来ている
者達がいます」


「お見舞い、ですかね?」
「ああ。尤も上っ面だけだろうがな」
「えっ?」
「……よく見てみろ。紙一枚渡すのにあんなに話し込むか? 井戸端会議じゃあるまいし」
 昼下がり。とうとう動き出した佐原少年を追うべく、筧と由良は細心の注意を払いながら
距離を保ちつつ、尾行を続けていた。
 彼が級友と思しき少女と共に向かった先は、学園からぐるりと離れたとある民家。遠巻き
に観察している限りでは、どうやらそこの家人に届け物をしているように見える。
「由良、気を付けろ。あの少年、中々に捜査慣れしてる(ばかずをふんでる)」
「場数って……。ま、まさか」
 筧は気配を殺しながら、横目だに向けず言った。由良もこれまでの経緯から彼の言わんと
する所を読み取り、こちらへあちらへと何度も視線を泳がせながら逡巡している。
「……探偵ごっこにしちゃあ過ぎたモンだ。素人がやってりゃあいつか手痛い目に遭う」
 ぽつり。それは特に由良に向けた言葉ではなく。
 民家の玄関先を辞し、歩き出した佐原少年と少女。勿論その後を、筧と由良はこっそりと
追いかけていく。
 筧は思い出していた。以前、井道の事件の際に目撃者を“先回り”していたらしい一人の
少年。友人を守りたいからとその動機を話していたという彼もまた、そういえば学園の生徒
だったっけ。
 ……ここでもまた繋がってしまった。正直を言えば、出来れば繋がって欲しくないと思っ
ていたピースであったのだが。
 だが、こんな物好きな学園(コクガク)生は二人も三人もいないだろう。おそらくあの件
の探偵もどきXと佐原少年は同一人物だ。今、こうして目の前でその立ち回りを観察して、
刑事の勘がそうだと告げている。
(チッ。どいつこいつも。もうちょっと、俺達を信じてくれやしないかねえ……)
 そんな時だったのだ。密かに片方の奥歯に力を込めていたその矢先、由良がむっと目を細
めて前方の二人の異変に気付いた。
 住宅街を抜けていく緩やかな坂道。左側には軽く茂った遊歩道。
 その中にぽつんと立つ公衆トイレへと、彼らは二人して入っていく。
「兵さん、動きましたよ! 二人とも……男子トイレに。そういう趣味なんですかね?」
「それだけだったらまだマシかもな。追うぞ!」
 佐原少年と少女を追って、二人は遊歩道の中へと駆けていった。そうなるとどうしても草
木が擦れて音がしてしまうが仕方ない。二人は辺りを見渡し、二方向から先の公衆トイレへ
の突入を試みる。
「──っ! あれ? いない……」
「妙だな。確かにここに入っていくのを見た筈なんだが」
 物陰からいっせーのせっ、で。
 しかし男子トイレの中には外の風に紛れて舞い込んだらしい枯れ葉以外、誰の姿もなかっ
たのである。念の為にと隣の女子トイレも覗いてみたが、結果は変わらない。
 筧がじっと眉根を寄せた。由良が頭に疑問符を浮かべて突っ立っている。
 寸前で逃げられてしまったのだろうか? 彼がそう言おうとしていた。だが筧はその寸前
になって、巡らせていた視線・視界の中に、ふっと気になるものを見つけ、歩き出す。
「……兵さん?」
「見ろ、由良。この用具入れ、少し開いてる」
「そりゃあこんな管理の半端な所ですし、半開きくらい──」
 しかしこれが刑事の勘、筧の直感という奴だった。苦笑いする相棒を余所に、彼は意を決
して扉を開け放つと、そこには掃除用具に隠れて地下へと続く金属の梯子が延びていたので
ある。
「……兵さん。これは」
「勘付かれてたんだな。誘ってやがる」
 ここでようやく、筧は先行する足を止め、後ろの由良を見た。
 行くか? つまりはそういう事である。状況がただ尾(つ)けているだけではないと明ら
かになった以上、ここで彼を残してメッセンジャーとするのも手だ。
「勿論、行きます。兵さんだけに危ない橋は渡らせませんよ。……それに、俺もちょっとあ
の子に説教したくなってきました」
 だが当の由良は言う。
 故に筧は僅かに口角を釣り上げたが、次の瞬間、その視線と手は梯子へと伸びていた。

 一言で形容するならば、地下に広がっていたのは迷宮だった。
 内部に点々と灯りが取り付けられていて助かった。だがそれは裏を返せば、此処はやはり
何者かの息が掛かった場所だという事になる。
『……』
 二人は慎重に、しかし目指すべき方向がある訳でもなく暫くの間内部を彷徨った。
 勿論、密かにそのルートを壁型の扉の開閉で誘導し、これら様子をつぶさにモニター越し
に監視している皆人(もの)達がいるなどこの時はまだ知る由もない。
「む……?」
「何か、開けた場所に……」
 そうしてどれだけ歩いただろうか。やがて二人は妙にだたっ広い、幾つもの太い柱と高い
天井で密閉された空間へと辿り着いた。
 由良がキョロキョロと辺りを見渡し、筧を守ろうと一応の格闘の構えを取っている。一方
で当の筧は、じっと薄暗いこの場に目を細めて、此処に潜む者達の正体を見据えようとして
いる。
『──ようこそお待ちしておりました。飛鳥崎中央署捜査一課警部補・筧兵悟さん、同じく
巡査部長・由良信介さん』
 その直後だった。はたと室内の照明が点り、背後の進入路が壁ごとスライドして閉ざされ
ていった。頭上から降ってきたのは声。見ればずっと上に分厚いガラスのような展望スペー
スが設けられており、そこには黒コートや白衣、スーツ姿の一団が立ち並んでこちらを見下
ろしている。
「……随分と詳しく調べたもんだな。何だ、お前ら」
 あれは、ガキか? 遠いのとガラス越しではっきり見えないが、彼らの中央に立っている
のはまだ若い少年のように見える。尤も佐原少年にしては背丈があり過ぎるようだ。
 一方的に名も身分も読み上げられた動揺をこなれたように抑え、筧は問い返した。隣で由
良も目を細めて、そして静かに驚いている。
 ……ああ、分かってるよ。
 隣に立ってるあのねーちゃん。もしかして例の香月博士か?
『焦らずともじきに分かりますよ。その為に今日はここまで案内させて貰ったのですから。
なので、出来れば大人しくしていてくださるとありがたい』
「ふん。こんな真似して、はいそうですかってなると思うか?」
 再びの声。やはり主はあの中央の少年か。
 筧はあくまで強気の姿勢を崩さなかった。誰かは知らないが、相手は子供。現役の警察官
がビビってどうする。
 それに、この発言からしてやはり自分達は誘い出されたのだ。罠だったのだ。
「……ま、説教は後だ。それで? 一体目的は何だ?」
 だから筧は言う。頭上のガラス向かいの少年達に──皆人達に向かって問う。
『では単刀直入に訊きましょう。俺達と……手を組みませんか?』

『ひ……ああぁぁぁーッ!?』
 時を前後して、海沙と宙を送っていた車が突然何者かに襲撃されて横転していた。
 まるで、ワイヤーにでも引っ掛けられたかのような……。
 二人の叫びと、直後のズシンという轟音。無惨に大破し、きゅうと目を回している彼女達
の下へひたひたと、何者かがゆっくりと近寄ってくる気配がする。
「……」
 ガサゴソと間近で音がし、海沙が持ち上げられていった。
 するとどうだろう。まるでこの瞬間(とき)を待っていたかのように、車の──三条家の
運転手が、倒れ伏したその姿勢のままで自身のデバイス画面に表示されたアイコンの一つを
タップする。

『──出たぞ! 南城区に向かっている!』
 “用事”を済ませて地上に出ていた睦月と國子以下リアナイザ隊の面々は、はたと皆人か
ら届いた通信を受けると急ぎ駆け出していた。
 言わずもがな、アウターだ。司令室(コンソール)から奴の出現が観測されたのだった。
「……これで良いですか? 司令」
『ああ。危ない役目、よくやってくれた。今度の給金はしっかり色をつけさせておく』
 実はこの日海沙と宙を送った運転手は司令室(コンソール)の職員、つまりアウター対策
チームのメンバーだったのだ。
 それには理由がある。二人が乗り込む前、彼はこっそり発信器を取り付けていた。これで
たとえ道中カメレオンに襲われても、彼女らの──海沙の行方はばっちり追える訳だ。
 たとえ襲われても。
 全ては皆人の計算の内だった。自分も、睦月も彼女の傍にいない状況は奴にとってこれと
ない好機となるだろう。なまじ一度、自分達を口封じに襲いながら失敗しているのだ。少な
からず犯人は──八代は焦っている筈だ。この隙を、奴らが見逃す筈はない。
(本当に出やがった。皆人の読み通り、だけど……)
 最初、学園を出る前にこそっとこの作戦を聞かされた時、睦月はあまりよい顔はしなかっ
たし、出来なかった。
 何故なら他でもない二度目の囮作戦だからだ。海沙のあんな怯えた姿を、もう一度目の当
たりにすること前提で動くなんて心が痛んだ。
 それでも更に皆人は付け加える。何も追いかけているのは自分達だけじゃないと。
 曰く、H&D社潜入時に出会った筧刑事が、ここ数日自分を嗅ぎ回っているのだという。
 間違いなく怪しまれている。だから彼もまた振り切る必要があり、俺に一つ考えがあると
親友(とも)は言った。
 ……呑むしかなかった。この事件を少しでも早く解決する為にも、自分達の正体を暴かれ
る前に筧刑事を止める為にも。
「くっ……!」
 いや、それよりも集中すべきは目の前だ。
 急いで追いつかなければ。
 何よりも先ず、海沙を助けなければ。

 ──そこは街の片隅に在る、とある貸し倉庫群だった。似通った建ち格好のこじんまりと
した倉庫が点々と並び、周囲はがらんとして雑多な廃材などが積み上げられている。
「ふひひっ……」
 そこへ、透明化を解除してカメレオン・アウターが現れた。同じく彼の肩を取ってその恩
恵を受けていた召喚主・八代が、自身のリアナイザを片手にほくそ笑んでいる。
「……っ、むぐ……」
 合鍵を使って倉庫の一つを開け、中に囚われていた仁を露わにする。
 両手足を縛られ、口にガムテープをされ、背中が傷と共に大きく破れた姿。八代は彼が次
の瞬間、はたと目を見開いて必死にもがくのを哂いながら、べりっと乱暴にそのガムテープ
を剥がし取る。
「や、八代……。お前、お前何てことを……!」
 二人(と一体)の間。そこには気を失って眠る海沙が地面に寝かされていた。
 思わず自由になった口で仁は叫ぶ。だが八代はこちらをちらっと見遣っただけで笑ってす
らいた。まるで見せ付けるように、その腹に一発カメレオンに入れさせて黙らせ、彼はゆっ
りと海沙の足元まで近付いて息を荒げていく。
「真面目だなあ、お前は。目の前に海沙さんがいるんだぞ? 今ならやりたい放題だぞ? 
何とも思わないのか? できないね。俺は、もう我慢できない。もうずっと見ているだけな
んて沢山だ! 俺が……俺が海沙さんを汚す。俺が海沙さんの初めてになるんだ……!」
 はぁはぁ。八代はじゅるりと涎を拭いながら、鼻息の荒い、血走った眼でその手を伸ばそ
うとしていた。
 止め──叫びかけて、もう一発仁はカメレオンから一発を貰う。狭い貸し倉庫(小)の中
で叩き付けられて意識を手放しかける。
 ……そういう事だったのか。だからお前は。
 しかし今の自分には奴を止められない。手足を縛られて、あの時の緑色の化け物が下手に
抵抗をすれば殴る蹴るを繰り返す。
 血走った眼の八代。その手が気を失ったままの海沙の胸元へと。
 確かに俺は、彼女の何でもない。でもこんな穢され方、許せる訳がなかった。
 叫ぼうとする。飛び出そうとする。
 それでも殴られて、蹴られて、何て自分は──。
『ッ!?』
 だがまさにその瞬間だったのである。
 カシャリ。小さく、しかし間違いなくシャッター音がした。八代やカメレオンがその音に
敏感に目を見開いて振り向くと、そこにはハンディカメラを片手に國子が立っていた。その
隣には静かな怒気を孕んで、じっと睨むように睦月が立っている。
「観念してください。証拠はこの通り押さえました。もう逃げられませんよ」
「見つけたぞ、お前が八代だな? よくも海沙を……」
 更に後ろからは、ぞろぞろと見覚えのないワイシャツ姿の面々。
 リアナイザ隊だ。当然、八代はともかく仁が知っている筈もなく。
「さ、はら……」
「お前ら……。おい。カメレオン!」
 か細く睦月の名を呼ぶ仁。一方で八代はあからさまに舌打ちをし、リアナイザごと右手を
振ってアウターをけしかけた。ぎゅんと振り向き、飛びかかってくるくすんだ緑色の異形。
思わず仁が「危ない!」と叫びそうになるが……。
『──』
 刹那、左手に握り込んであったリアナイザを、國子が即座にこの中空のカメレオンへと照
準を合わし、朧丸を呼び出した。刀の一閃が宙を舞い、般若面の彼女のコンシェルはこれと
切り結んでどうっと地面に倒し、着地する。
「なっ……!? ま、まさか。お前らも」
「……どうなってんだ? 陰山のも、八代と同じ……」
 それぞれに驚く八代と仁。寸前で致命傷は避けたのか、カメレオンは地面に膝をつきなが
らググッと身をよじらせている。
 國子が促し、周囲を囲むリアナイザ隊の面々を動かし始めた。一方で睦月はその視線を八
代から仁に映し、そしてふいっと──妙に浮世離れしたように微笑みを向ける。
「もう大丈夫だからね。それと……疑ってごめん」
 だがそんな穏やかな表情も、再び八代に視線が向くと敵意のそれへと戻った。
 二人が目を丸くする。取り出したのは白いリアナイザ。デバイスを中にセットし、ホログ
ラム画面から例の操作を実行していく。
「八代直也……。お前は、僕の“敵”だ!」
『TRACE』『READY』
『OPERATE THE PANDORA』
 その異質なリアナイザを高く掲げ、銃口から光球が飛び出る。また彼の身体にはデジタル
記号の光輪が周回し、併せて彼を瞬く間に異質の──白亜のパワードスーツに身を包んだ戦
士へと変貌させる。
「ッ!?」
「え……。えぇェェェーッ?!」
 二人は驚愕していた。目の前に起きた事も勿論ながら、その姿が示す正体のは彼らもしば
しば耳にしてきたのだから。
「覚悟しろ、八代! 変態アウター!」
「っ……。ひ、怯むな! やれ!」
「ま、まさか。佐原が守護騎士(ヴァンガード)だったなんて……」
 切り結び始める睦月とカメレオン・アウター。先ずは互いに徒手拳闘の応酬を繰り返し、
相手のそれを交わしながら一撃二撃と睦月が着実に拳を蹴りを叩き込んでいく。
 その隙に、朧丸とリアナイザ隊が八代に迫った。しかし身の危険を悟った彼は、咄嗟にま
だ地面に寝ていた海沙を担ぎ上げ、人質として逃げ出し始める。
「ご無事ですか? 背中の傷が特に酷いですね……すぐに医務班を手配します」
「あ、ああ。……なぁ陰山。お前ら、一体何者なんだ? あの化け物も、八代も一体……」
 ならば追う者と救出する者。國子は前者を部下達に任せ、自身は倉庫(小)に縛りつけら
れていた仁を解きだした。
 助かった……。感謝しながらも、だが激しく戸惑っている仁。
 無理もないだろう。國子は背後で戦っている睦月とカメレオンを肩越しに一瞥し、言う。
「……私は皆人様の護衛役で、アウター対策チーム実働部門・リアナイザ隊隊長代理、陰山
國子です。睦月さんは我々と一緒に戦ってくれている最大にして唯一の戦力──仲間です」
 あくまで素っ気無く簡潔に答え、彼女は一度じっと仁を見た。
 何度か目を瞬き、仁はまだ唖然としている。すると國子は、数拍を空けると、今度は懐か
らまた新たなリアナイザを取り出して彼に差し出す。
「皆人様からです。疑ってすまないと」

「スラッシュ!」
『WEAPON CHANGE』
 武装を切り替え、睦月は猛然と攻める。
 元々透明化するくらいしか大きな能力を持っていなかったのかもしれない。カメレオンは
この猛攻にただ押され、何度も身体から火花を噴いて仰け反った。
 背後、仁や國子の更に向こうでは、海沙を抱き寄せて盾にする八代がリアナイザ隊とその
コンシェル達に囲まれて必死の形相をしている。
「畜生……どいつもこいつも邪魔しやがって……。おい、カメレオン! 何ぼさっとしてや
がる!? 早く俺達を守れ!」
 グヌヌとふらついた身体にそう激怒され、カメレオンは八代の方を見遣った。そうはさせ
ないと睦月は更に剣状のエネルギーを振りかざして迫るが、カメレオンは今度ばかりは大き
く跳躍してこれをかわし、空中から八代──リアナイザ隊の面々、ひいては彼が抱える海沙
へとその舌の一撃を伸ばす。
「海沙!」「海沙さん!」
 故にそれはほぼ同時だった。睦月が飛び出し、これを救おうとしたように、仁もまた咄嗟
に返して貰ったばかりのリアナイザの引き金をひいていたのである。
「──ギュッ!?」
 はたして……その舌は弾かれる。
 仁は次の瞬間、我が目を疑った。自分の目の前で、カメレオンの攻撃をその大きな盾で防
御した白甲冑のコンシェルが立っていたのだから。
「……。本物になった」
 グレートデューク。仁がTAで愛用している、防御特化型のコンシェルだ。
「え? 大江君のコンシェルが……?」
『ああ。あのリアナイザ、調律されてますね。どうやら坊ちゃん、返す前に正規品を改造さ
せてたみたいです』
 思わず立ち止まっていた睦月に、パンドラが言う。
 なるほど、そういう事か。これも彼の作戦の内なのだろうか。少し迷った。
 でも、少なくとも彼は敵じゃない。同じ女性(ひと)を守ろうとしている──仲間だ。
「か、陰山……?」
「我々からのプレゼントです。その力を悪用しないことを切に願います」
 それが“償い”にもなるでしょうから──。最後に呟いた國子の言葉に、仁はハッとなっ
ていた。
 まだ状況が飲み込み切れない。
 だが今の自分なら、佐原達と一緒に、海沙さんを守れる……。
「っ、大江ぇぇ!!」
「──! 八代ォォ!!」
 ガシンッ! 再びカメレオンとデュークの爪先と盾がぶつかった。されど体格の大きさと
自重の差なのか、程なくして盾ごとぐいぐい、デュークの方がこれを押し返していく。
「もう止めろ、八代。お前の企みはもう失敗してる! 大人しく罪を認めてそのコンシェル
を戻すんだ」
「五月蝿ぇ! ここでもリーダー気取りか、ああ!?」
「人として、だっ! 分かんねぇのか。俺達はオタクで、非モテで……。ただでさえ汚点を
出したら駄目なんだよ。ひっそりやらなきゃいけないんだ。そもそも、本当に手を出したら
ただの犯罪だろうが!」
 叫ぶ。再び分厚い盾で弾き返し、仰け反った所をもう片方の手に握る突撃槍(ランス)で
突こうとする。
 だがカメレオン──を操る八代はそのラグを見逃さなかった。今度はその舌をこの槍へと
伸ばして巻き付け、攻撃の手を封じたのだ。
「五月蝿い、五月蝿い五月蝿い五月蝿い! 何で俺達だけなんだ!? 何で俺達ばっかりが
我慢しなきゃならねぇんだ!? 俺達にだって好きなものがあるのに、何で俺達ばっかりが
好きだって言っちゃいけねぇんだよ?!」
 そしておそらく、これが八代(かれ)の動機であった。心の叫びだった。
 睦月が國子が、リアナイザ隊の面々がはたと目を開いて押し黙る。
 だから手に取ってしまったのだろう。その歪んだ想いに、つけ入れられて。
 ……馬鹿野郎。そして仁はただ、この変貌してしまった仲間(とも)に吐き捨てる。
「グェッ!?」
 しかし吐露も虚しく、デュークの槍を封じるカメレオンの舌を、朧丸が霞む斬撃で以って
斬り捨てた。デュークがよろよろと自由になる。カメレオンが、あの時と同じように激痛に
悶えて地面に転がる。
「……だからといって、貴方がやったことが正当化される訳ではありませんよ? 学友を恐
怖に陥れた罪、しっかりと償って貰います」

 ***

『──これが、貴方がたの知りたかった“真実”の全てです』
 その頃、司令室(コンソール)横のトレーニングスペース。
 事前に睦月と國子を使って筧・由良両名を誘導しておいた皆人は、リアルタイムでこの戦
いの一部始終を中空のホログラム映像として見せていた。
 あんぐりと口を開けている由良。時間を追うごとに眉間の皺が深くなる筧。
 二人は目の前に現れたそれに中々二の句を継ぐ事ができない。只々、突然目の前に飛び込
んできた情報──曰く真実の数々に脳がショートし、整理・認識という作業をサボタージュ
している。
 彼、司令室(コンソール)室長・三条皆人は言う。
 この街に、国に、或いは世界に向けて侵食しつつある脅威、越境種(アウター)。
 この電脳の怪物に現代の武器・兵器は通用せず、唯一立ち向かえるのは調律を施したコン
シェル達と、佐原睦月が装着する対アウター用装甲、通称・守護騎士(ヴァンガード)だけ
なのだと。
 にわかには信じられなかった。
 だが実際、自分達をここまで誘った組織力、この地下基地。何よりもあのパワードスーツ
の少年に自分達は何度も救われている。
 筧はギリッと唇を噛んだ。脂汗をかき、隣で由良がどうしたものかとこちらを困った顔で
見遣ってきている。
(……何処の御伽噺だよ、こりゃあ)
 性質の悪い冗談だ。
 しかしそれを否定し切ってくれる材料は、もう此処には無い。
『貴方はあいつの──親友の命の恩人です。出来れば手荒な真似はしたくない。ですから、
俺達と手を組みませんか? 警察関係者が身内にいればこの先アウター退治はもっとやり易
くなりますし、何より貴方がたの知りたい情報を、こちらは幾らでも用意できる。悪い話で
は……ないと思いますが』
 遠く頭上、ガラス越しからの再三の皆人の声。
 だが筧は答えなった。ひょ、兵さん……。一方で由良はすっかり気持ち腰を抜かしたよう
に弱気になってしまっている。
『……』
 沈黙が流れた。映し出された画面に、守護騎士(ヴァンガード)こと睦月が仲間達とくす
んだ緑色の──カメレオン型の怪物を追い込んでいくさま、音声だけが聞こえる。
「……。嫌だね」
「えっ?」
『嫌? 断るというのですか』
「ああ」
 そしてたっぷりと間を置いて、返したのはノー。隣の由良が、ガラスの向こうの皆人達が
それぞれ驚き、目を細め、その返答に多かれ少なかれの意外を漏らしている。
「な、何言ってんですか!? こ、この状況で逆らって何されるか……」
「それだよ。いいか、若いの。交渉ってのはもっと“対等”な席でやるもんだ。まぁその実
下で足を蹴り合ってるなんてのはざらだがな……。図に乗るなよ。こういうのは“脅迫”っ
て呼ぶんだ」
 それに……。変わらずガラスの向こうから見下ろしてくる皆人に向かって、筧は続けた。
彼に負けず劣らず、一切の恩情もくれてやらぬほどの鋭い眼で言う。
「どれだけ“正義”を語ろうが、てめぇらのやってる事は非合法なんだよ。手を組め? 何
を寝惚けたこと言ってやがる。──刑事(デカ)を、舐めんじゃねぇよ」
 仮に相手がその辺のチンピラだったら、とっくに竦み上がっていたことだろう。
 青褪める由良。しかしガラス向こうの皆人達は、あたかも拒まれるのも想定の内と言わん
ばかりに平静として彼らを見下ろし続けている。
『……。そうですか』
 故に、次の瞬間だった。深くため息をついたように皆人は呟き、スッと小さく指先で何か
の指示を送った。筧らがそれに気付いた時にはもう遅かったのである。
 刹那、それまで何もなかった背後に空間に突如として武装したリアナイザ隊員らが現れ、
一斉にその銃口を二人に──引き金をひいてこれを撃ち放ったのだ。
『……残念です』
 それこそ本当に“予め姿を消していた”かのような。
 かわす暇もなく、かわし切れず、ぐらりと昏倒してその場に倒れ込んだ由良と筧。
 そんな二人を、この皆人の指示で動くリアナイザ隊達が粛々と“回収”し始める。

 ***

「ニ、ニゲ──」
 カメレオン・アウターは、やはり自分では敵わないと逃走を図り始めた。残る力を振り絞
って跳躍し、隊員らに取り囲まれている八代を、海沙ごと抱えて透明化し始める。
「逃がすかっ!」
 しかし一度戦い、見た能力である。このまま二度も逃がしはしない。
 睦月はホログラム画面を操作し、新たな武装を呼び出した。國子も“同期”して朧丸の太
刀を一旦腰の鞘に収めて構え、仁も二人のさまを見てこれに倣う。
『ARMS』
『SCOPE THE OWL』
 銃口から白い光球が飛び出し、睦月の手足ではなく、その右目を覆うように装着された。
 はたしてそれは──探査鏡。目を通すレンズの内部では早速熱源探知が始まり、複数個の
デジタルの輪が重なり、透明化したカメレオンの姿を克明に炙り出す。
「……そこだっ!」
『ARMS』
『STICKY THE SPIDER』
 更に追加される武装。今度はその狙い定めた銃口へと新たにロングバレルの銃口が装着さ
れ、先程の探査鏡(スコープ)を通してそのまま一気に引き金がひかれる。
「ンギャッ?!」
 銃弾──ではなかった。言うなれば粘液のようなものだったのだ。
 狙いを定め、確実にヒットさせたねばねば。宙を跳ぼうとしていた矢先のカメレオンは、
そのまま無様に地面に引き戻され、八代も気を失ったままの海沙も同じくどべっと周囲へと
転がり落ちた。粘つく弾薬が、その身動きを急速に封じる。
『よ~し、確保~!』
「とどめです。いきますよ、大江さん」
「え? お、おう……」
 パンドラがホログラム上でガッツポーズを取っていた。
 睦月が「チャージ」のコール。即ち必殺の一撃の準備をする。國子も仁も左右に並び、彼
にならってそれぞれが構える。抜刀の体勢から太刀が紅く光り出し、仁のデュークも正面に
突き出した槍が金色に輝きながら、甲冑全体へとその力を伝えていく。
「ふんっ!」
 腰のホルダーから十二分にエネルギーを蓄えたEXリアナイザはナックルモード。カメレ
オンの正面に飛んできて網状に広がったのは、大きなエネルギー球。
「一刀、必滅……」
「……八代。もう、これで……」
「っ、せいやァァーッ!!」
 睦月が跳んだ。その光の網へ目掛けて、雄叫びを上げながら蹴りを放つ。
 國子が抜いた。朧丸と一体となったその巨大な斬撃は赤い刃となり、襲い掛かる。
 仁がリアナイザに一層の力を込めた。デュークの必殺技──高エネルギーに身を包んだ渾
身の突撃が二人のそれと重なる。
 この間僅か数秒。茜色の蹴りがカメレオンの胸元に吸い込まれ、紅い斬撃がそれを下支え
するように横一文字に叩き込まれ、更にこの二つの裂傷をこじ開けるようにデュークの突撃
が炸裂する。
「ガッ……、アアァァッ?!」
 轟っとひび割れ膨張して、遂にカメレオン・アウターは砕け散った。その爆風で粘着弾の
一部が地面から剥がれ、八代をそのリアナイザ共々したたかに壁に打ち付けて破損、白目を
剥いて気絶させる。
 もう大丈夫の筈だった。三人同時攻撃の残滓がゆっくりと消えてゆき、ややあってすぐに
リアナイザ隊の面々が何はともあれ海沙へと駆け寄って介抱。こちらに振り向き小さくサム
ズアップしてくれたことからも、大事には至らずに済んだらしい。
『……』
 変身を解き、大きく安堵の息をつく。
 慇懃に軽く頭を垂れる國子と、まだぼうっと心ここにあらずといった様子で息を荒げて立
っている仁。
 二人に振り返って、睦月は只々静かに微笑う。


 後日、國子が収めた写真が決め手となり、八代直也は警察へ連行された。
 勿論アウター云々の情報は明かしていない。明かした所で作り話だと哂うだろうし、何よ
りもあの時点で既に誘拐と暴行未遂──立派な犯罪だ。
「ねぇ、皆人」
「うん?」
「結局筧さん達は、僕達のこと黙っててくれるのかな?」
「……いいや、黙らせた。彼が拒否したからな。仕方なかった」
 えっ? 学園の屋上で二人、ただぼうっと風に吹かれていた際に聞いた言葉。
 そうか、失敗だったか。任せておけとは言われたから自分は戦いに集中したけれど……。
「黙らせたって、どういう事? 何か弱みを?」
「……そんな手で折れてくれるような弱い人間なら幾分楽だったかもな。睦月。お前が青野
にやったのと同じ方法だよ」
 カメレオン・アウター撃破後、問題となったのは海沙だった。
 仁には相応の口止めをする。だが実際にアウターに襲われ、囮とはいえ取り返しのつかな
い事態寸前まで追い詰められた彼女だ。何もなかった、などという説明は通じまい。今回の
事件は彼女から相談を持ちかけてきたのだ。その性格からも、有耶無耶なまま区切りとはし
難いものと考える。
『睦月。ビートル・コンシェルを使って。こういう時の為の子よ。……あまり、乱用させた
くはないんだけどね』
 司令室(コンソール)の通信からそう、香月が指示を飛ばしてきた。
 オレンジカテゴリ、昆虫系コンシェルの一つ。その能力は──精神操作。
 睦月は無言で眉間に皺を寄せたが、他に方法がある筈もなかった。
 海沙の記憶を……。思わずEXリアナイザを握る手が躊躇ったが、これも彼女の為だと自
分に言い聞かせ、ホログラム画面の中のパンドラが頷くのに背中を押されつつ、コンシェル
を召喚する。
『ARMS』
『REMOTE THE BEETLE』
 それは掌の中に収まるほどの、小さな拳銃だった。
 但しその中に装填されているのは弾丸ではない。微小な蟲型の、打ち込んだ相手の体内に
付着する小さなチップだ。記憶操作はこれらチップを受信器のようにして行う。打ち込まれ
た瞬間さえ見ていなければ、先ず気付かれる可能性はない。
「……ごめんね。海沙」
 そっと地面に寝かされた彼女へと、銃口を向ける。
 目立たせぬなら頭、髪の中がいい。皆が見守る中、躊躇いながらも、睦月はぴたりとその
照準を合わせた。
 刹那、引き金。
 パンッと小さな音がし、彼女の頭部へとチップが打ち込まれた。

「──スラッシュ!」
『PUT ON THE HOLDER』
 大分ボロボロになったカエル型のアウターが、でっぷりとその身体を揺らして最後の抵抗
をせんと襲い掛かってくる。守護騎士(ヴァンガード)のパワードスーツに身を包んだ睦月
は、これに真正面から対峙し、腰のホルダーにEXリアナイザを収めて必殺の体勢を取ろう
としていた。
「そうは」
「させねぇぜっ!」
 そのチャージの隙を狙ってくるカエル型──フロッグ・アウター。
 しかし次の瞬間、睦月を庇うようにして幾体ものコンシェル達が間に割って入った。
 内一体は仁のコンシェル、グレートデューク。更にこの甲冑騎士の大盾にフロッグの攻撃
が防がれたのと同時、残りの剣や斧、ナイフなどを握った他のコンシェル達が右から左から
と次々にこの怪物へとすれ違いざまに攻撃をしかける。
 何度も火花が散った。フロッグは小刻みに声を上げ、よろよろと大きく仰け反った。
「──っ、これでッ!!」
 同時、睦月が駆け出す。エネルギーに包まれた剣状の銃口は唸りを上げ、待ってましたと
言わんばかりにひょいと左右に退いたデューク達の前を過ぎていく。
 一撃、二撃、三撃。
 左右の横撫でからすくい上げるようにフィニッシュ。
 茜色の軌跡が中空に残留しては消え、気持ち浮き上がったフロッグの身体を急激にひび割
らせた後、爆発四散させた。
 ふぅ……。スラッシュモードを解いて肩の力を抜く睦月。
 そこへ「イェーイ!」とハイテンションでやって来るのは、仁とその仲間達──電脳文化
研究会もといM.M.Tのメンバー達だった。
「……」
 他にも数名、リアナイザ隊はいる。
 だが本職(?)でこの任に就いているからか、或いは年齢の問題か、これまでもそうだっ
たように彼らはそんな個々の感情を露わにした事はない。
「やったな、佐原!」
「流石はチーフ。また今回もばっさりアウターを倒しちまった」
「……。ねぇ大江君、皆。本当に、いいの?」
「うん?」
「いや、その、対策チームの一員として戦うってこと」
 ああ……。睦月が仁達に振り返り、改めてそう控え目に問い返したこと。
 だがそんな問いなど無粋であったかのようだ。彼らはちらと互いに顔を見合わせ、それぞ
れの調律リアナイザとコンシェルを掲げ、ニカッと快活に笑う。
「ああ。勿論さ」
「一人より二人、二人より三人ってね」
「微力ながら、これからもお手伝いしますぜ? ……俺達の、けじめでさあ」
 睦月は言葉なき苦笑いを禁じえない。
 けじめ。そう、彼らは八代の一件──自分たちM.M.Tからストーカー犯を出してしま
ったことから電脳研を解散してしまったのだ。そして一連への償いとして、睦月達と共に戦
ってくれると誓ってくれた。

『ふぁ、ファンとかそういうのは、やっぱり恥ずかしいけど……』
『お友達、なら……』

 そんな彼らなりの自浄に、当初海沙は随分気を揉んだようである。
 しかしビートルチップによって攫われた前後の記憶が消され、且つ犯人が捕まったとだけ
聞かされていた彼女は、結局彼らへ敵意よりも憐憫を覚えたらしい。
 うぉぉぉぉーッ!? 故にその時のM.M.T一同の喜びっぷりったら。
 中には恥も外聞もなく男泣きする者まで現れた。「……現金ねえ」宙はそうジト目を向け
ては彼らを見、親友(とも)の優し過ぎさに呆れたものだが。

『ま……何気にVRやネットには詳しい連中だからな。味方にしておいて損はないだろう』
『青野や天ヶ洲、街の人々を守る為には、どうしたって人手が要る』

 皆人曰く、事件を通じてアウターの存在を知ってしまった以上、自分達の取るべき処置は
記憶を消すか仲間に引き入れるかのどちらかだったという。
 そして今回、彼は後者を選んだ。本人はこの人数の記憶をこの先追加で操作し続けるのは
骨が折れるしリスキーだと弁明していたが、睦月は内心、おそらくそれが彼なりの仁達への
“お詫び”だったのだろうと考えている。

「大丈夫だ。任せてくれ」
「俺達も、海沙さんを守ります!」
「……。あはは……」
 どんと胸を張ってみせる仁達。パワードスーツの面の下から、睦月は苦笑いを零す。
 だが不思議なことに、睦月は内心、決して悪い気分にはなれなかったのである。
                                  -Episode END-

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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