日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)深淵をのぞく時、深(以下略

φ(=_=)<前回の雑記からまだ一週間も経ってはいませんが。

何というか、定期的に記事を埋めるといいますか自分の手で形にしたかったのです。
本当、作業場に通うようになってから一週間がホイホイと過ぎ去っていきます。やっと週末
かと思えば、え?もう週末?と思う時もあるし──。少なくとも時の早さの割には、自分が
したいと思っていたことは出来ていないなぁという印象ですね……。

ただまぁ、最近は吹っ切れつつあるのか、一昔ほど「創れない」ことに毎度乱高下するほど
激しく気落ちしたり、或いは創れてほっこりするという波ではなくなってきているような気
がします。詮無いのですよね。それこそこれが他人様を巻き込み、お金を伴うお仕事であれ
ば多少なりとも自分に鞭を打たなければいけませんが、そうでないのなら(いや実際そうで
なくとも)急いた所でその分能率が上がるって訳でもないですし……。
そもそも冷静に考えてみれば、大抵の人間にとって「創っていない」状態とは「普通」なの
ですよ。つい創作人の一人として、中毒な人間として視界が狭まってしまいますが、やっぱ
しっかりガッツリ詰められていない・起こって来ない内は無理しない方がいいなぁと。確か
に自分に付随するリソースは有限ではあるけれど、駄目そうだったら一回寝た方がいいです。
寧ろ他の事をしている内にふいっと浮かんでくることだって珍しくないのです_(¦3 ⌒゙)_

……と、自己弁護はこの辺りにしておいて。

前回(ユー録)の執筆からぼちぼち一週間が経とうとしています。例の如く、来週明けから
はまたもう一回、三題→サハラ~の執筆に掛かろうかなと予定している所です。

追記(2/15):インフルエンザに罹ってしまいました。早く治そうとは努めますが、確実に
予定よりも遅くなると思われます……。
どだい鈍行営業ですが、とりまこの雑記や週明けの
三題を繋ぎにでもしてゆるゆるとお待ちください。

来月で、このお仕事に行き始めて一年になります。

先日、なろうさんにて三題の累計ユニークが5000人を突破しました。

もっと他に、もっと色々新しい物語を書きたい。ツクりたい。

それでもキャパは限られているからね。
用心して用心して、長く自分を使ってゆく為にも身体は労わってゆかないといけないからね。
仕方ないねヾ(:3ノシヾ)ノシ


──今年の干支は猿。そんな猿をモチーフにした箴言(しんげん)として有名なのは、日光
東照宮にもある『見ざる・聞かざる・言わざる』ですよね。元ネタは漢文──仏教だったり
論語から来ているだったりと厳密な出所は諸説あるが──だそうです。

『とかく人は自分にとって都合の悪いことや他人の欠点を、見たり聞いたり口に出したりし
がちだが、そういうのは止めとけ』という戒め。

全くもってその通りだなぁと思います。
口は災い元などとも云いますし、こと今日びのインターネットが発達した現代、ほぼ毎月の
ように“炎上”案件が出てくる時勢を考えれば、僕らもぴたっと目耳口を塞いでしまった方
が良い瞬間瞬間なんてのはごまんとありますもの。

……何といいますかね。業の深い営みをしているなぁと自分でも思うのです。
特に専門家でもないのに、雑記のネタにとその時々に世に転がっている時事を引っ張ってき
ては自分の感情と照らし合わせ、それっぽく理屈を整えて文章にこしらえてみる──以前か
ら自覚していない訳ではなかったのですが、どれだけの他者が僕のそれを見て影響を受けて
いるのかなんて(いや少ないだろって意味で)分からないですが、これもまた虚しいものだ
なぁという感慨がここ暫くぽつぽつと。よく(広義での)マスコミの、我ら庶民への扇動っ
ぷりをけしからんと眉を顰める御仁は少なくないのですが、向こうだってカネモウケの為に
やっているんです。つまりそれだけ人々の注目を集める──僕らが訳知り顔で怒ったり笑っ
たりしてリアクションを取るから、何なりの紙を面買い求めるから、一向に駆逐される事が
ないのだよなと。
【スルー】する技術、心構え、忍耐力。
僕らもまた何処かの誰か、騒動の渦中にいる人達を苛む加害者なら、ただ徒に“正義感”を
持って臨むのではなく、寧ろくべられた火に各々が自制という名の水を掛けては通り過ぎて
いく群集であるべきではないのか? そもそもその火は、真っ当なプロセスでもってくべら
れたものなのか? “敵”とは誰なのか? そもそも僕らが誰かをそこまでして弾き出さね
ばならぬ積極的かつ正当な理由(正義)とは何なのか、存在するのか──??

時折こうして文面にしていますが、別に「僕が」「貴方が」義憤に駆られなくちゃいけない
なんて事はないんですよ。自分じゃなくても駆られる誰かがいる、何より自分じゃなくても
もっと有能でぴったりの専門知(ノウハウ)を持っている他人がいる──任せておけばいい
じゃないですか。下手に徒に“ガヤ”になっても、九割九部騒ぎの火を大きくするだけなの
です。そうして困るのは渦中の人ですし、そうして一方でガッツリそんな他人の不幸で儲け
ている人もまたいる。……癪でしょ? 以前にも言いましたが、義憤とは大よその場合「悪」
なのです。善意の悪なのです。義務のある人、力のある人だけが関わればまだ被害を少なく
火を消せたかもしれないのに、何の力にもならぬ外野がたむろしている事でそのレスキュー
に支障すら出てしまう……。こんな馬鹿な事がありますか。

僕の場合、福祉系というお仕事柄・自身の経験上、そんな思いはまま強く現れます。
──確かに、彼・彼女らは「助けて欲しい」と思っている。でも同時に、彼らにも自我はあ
って、自尊心もある。傷付いた心は尚更過敏で極端に振れがちで、接する人によってはしば
しば「何て我がままな」と逆に不快を味わうことだってあるかもしれない。……でもそんな
貴方の“怒り”を“正しさ”を、彼に彼女に押し返した時、貴方は少なくとも「救いの手」
なんかにはなれないんだ。相手の心を知らず、読まず、慮らず、自分の衝動を優先して事態
を“革めよう”としているんだ。……その点では、いわゆる世の炎上案件──困った何かと
いう大きな括りは、こうして例えに挙げたこのミクロな分野とも似ている。含有している。

助けたいなら、変えるな。変わって貰うんだ。
本当に大切なら、踏み込むだけが善意じゃない。時には触れずにいて離れていることだって
必要になる。最善であったり、往々にして次善であったりする。
「放っておいて」やれ。
誰かが関わらなくとも誰かが関わるだろうし、何も変わらない日々だって絶対に永遠ずっと
そのままなんて事はあり得ない。長丁場だってありうるけど──時が来れば変わらざるを得
なくなる。どうしたって周りが変わっていくんだから。時は残酷で、正直なのだから。

だから僕らが徒な“義憤”に囚われない為にも。その衝動が誰かを掻き乱さない為にも。

僕らは無闇やたらに他人の負を「見る」べきじゃない。それで肝心の自分が狂って、結果誰
かを傷付ける──その誰かがまた誰かをという悪循環を食い止める為にも、僕らは無闇やた
らに他人の負を「聞く」べきじゃない。耳に入れれば頭の中で暴れるんだから。
だから僕らは無闇やたらに、自分や他者らの抱える負を「口にする」べきじゃない。
それは他ならぬ、誰かが見てしまい、聞いてしまい、またクソッタレと口に出して怨嗟とし
てしまう原因ではないのか。(そしてこうした僕の文章も、その一つなのか)

……こうして「関わるな」「放っておけ」と言っていると、多分正義感やら慈善精神溢れる
人からは敵意をもって見られるのだろう。薄情者とか、卑怯者とか、社会の一員である自覚
が足りないとか。

だからもう一度繰り返しておく。専門性も覚悟も節度もない義憤は、悪だ。

もし善を成すのなら細微まで行き渡らねばならない。彼の“悪者”を叩いて叩いて再起不能
にして、後の事は知らぬ存ぜず。個人的にスッキリして忘れて往く。自分は“正しい”こと
をした心算でも、その実はターゲットの周辺を引っ掻き回しただけで、そこに在った彼らの
未来を潰し難易度ばかりを上げ、或いは甘えの構造を残して結局マイナスであったりする。
お互い、関わらなければそれまでのようにまぁ何とかなっていたものを、そのご大層な正義
の下にアンバランスにして叩き壊すのだ。
……どうせなら専門家がいい。善き専門家がいい。まぁ呪術的療法な回答を「信仰」してい
るような関係性になってしまえば、もう他の周りがそっと離れて隔離しておく方が次善の策
にはなってしまうけども。

そりゃあ僕だって色々思う所はある。何とかしたい、されて欲しいとは思う。

でも一方でそうされたくはない人達だっていようものなのだ。既得権益云々(を一概に“敵”
と認定してしまうことだって結構危ない)もそうだし、彼らとてその価値観セカイの中でし
か多分生きられないのだろうし。では滅べ? 自分の側にも返ってくるかもしれないのに。

結局そういうのは何処までいっても「俺達の都合」であって、そうでない「別のあいつら」
を切り捨てて、意識の上で無いものとして、場合によっては──「俺達」に対してどうして
も実害が及ぶと明らかな時──駆逐するのだ、ということだと思う。

それが本当に解っているのか? 覚悟があるか? 本当にそれでいいのか……??

優しさも正しさも、必ずしも万人に共通であり汎用的である訳ではない。
現実として分かり合えぬというのなら、そりゃあ徒に一つに群れようとするより、ある程度
個々に「棲み分け」てしっかり「弁える」べきだろうとは思うけれど。

僕自身はまだ、それが苦しい。
我が害ならば切り捨てて当然、と胸を張れるほど思い切りがよくない。

どうにも僕は未だ切り捨て切れなくて、一方で今既にそれが出来ている他人は「強い」なと
思うし、同時に「哀しい」なとも思う。本当に僕らはこの先──仕方なかろうとはいえ──
そういった種類のクレバーさのままで大丈夫なんだろうか? とも思う。

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  1. 2016/02/12(金) 21:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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