日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔70〕

 飛行艇の便を急ぎ予約し、ジーク達は一路梟響の街(アウルベルツ)のホームへと向かっ
ていた。他人も多い空の旅ではいつ“結社”に狙われるやもしれないとは考えたが、一旦は
大会中に刺客──と思しき者達も退けて抑止力も示してあるし、何より今はハロルド達の事
を思うと少しでも早く向こうに着きたかった。
 魔界(パンデモニム)から顕界(ミドガルド)へ。
 世界の層を越え、北方の大陸に着陸し、街へと続く街道を進む。
「ストーップ! ストップ、ストップ! 皆、あたしだよー!」
 それは、いよいよ街の中心部に入る寸前の事だった。
 郊外のまだ疎らな家屋。遠くに見えるのは、巨大な足場の骨組みと雨風を凌ぐ為のシート
に覆われつつも、時折ちらとその全体像が見える、目下最終調整の巨艇・ルフグラン号。
 ジーク達が乗る鋼車の列に、はたと何者かがそう言って立ち塞がったのだ。
「……レジーナさん?」
 いや、何者かではない。そこに立っていたのはレジーナと、エリウッド以下ルフグラン・
カンパニーの面々であったのだ。
 慌てて運転手に停まるように頼み、ジーク達は何事だと頭に疑問符を浮かべて次々に鋼車
から降りた。彼女達が、わたわたと大層焦ったようにこちらへ駆け寄ってくる。
「一体、どうしたんです?」
「あんたらもホーム(むこう)から聞いてねぇのか? 今あっちは大変な事に──」
「それが更にややこしい事になってるんだってば。何か少し前、酒場の方に史の騎士団のお
偉いさん方がやって来て、ついさっきには正義の剣(カリバー)まで来てさぁ……」
 ジークが、ダンが訊ね、こんな時間すら惜しいと言わんばかりに口を開こうとする。
 だがレジーナが次の瞬間放った言葉に、一同は思わず途切れ、目を丸くした。
 何……だって? にわかに緊迫した互いの表情(かお)を見合わせ、再びレジーナ達の方
を見る。少なくとも冗談などではない。この二年間、それ以前から一緒に力を合わせてきた
仲間なのだから。混乱している中、それでもホーム(むこう)の団員達が、何とか自分達に
事の急を知らせようとしたのだろう。
「……何か、あっちを出る前よりもややこしくなってねぇか?」
「それでハロルドは? リカルドさんは今どうなっているんです?」
 仲間達は各々に戸惑い、そしてこの急を要する事態を把握しようと努めた。
 レジーナら曰く、現在かねてよりホームに滞在していたセイオンと史の騎士団団長率いる
部隊、そこにヒュウガら率いる正義の剣(カリバー)の部隊までもが鉢合わせ、三つ巴の一
触即発の状況にあるという。
「うん。あたし達も導信だけ来たからよく分かんないんだけどさ? どうやら騎士団の方も
レナちゃんが目的っぽいのよねぇ……」
『……??』
 更にセイオン、史の騎士団まで。
 ヒュウガ達は十中八九、特務軍絡みの用事だろうが。はたしてジーク達は混乱していた。
 ダンが向こうの団員達から受けた報告によれば、セイオンの目的はレナで、その為に養父
であるハロルドとの接触を図ろうとしていた。それだけでも「何故」は膨らんでいるのに、
そこに史の騎士団──リカルドの本籍まで加わってくるとなると……。
「またレナか……。どうなってんだ?」
「やっぱりあれかなあ? セイオンが訊いてきたっていう、レナの《慈》が関係してる?」
「うう。そ、そう言われても……」
「……史の騎士団」
「クリシェンヌ教団、教皇直属の……」
 若干、頭からぷすぷす煙でも出てしまいそうだ。ステラも不安がる当のレナを優しく抱い
てやりながら、への字に唇を持ち上げて不満そうだった。
 サフレやアルス、そしてリュカ。博識な部類の仲間達が、ぶつぶつとこの新たな来訪者と
その意味について思考を巡らし──そして互いにハッと、何やら一つの考えに至ったかのよ
うに見える。
「だがまぁ、このままぼさっと突っ立ったままって訳にもいかねぇだろうよ。急ごう。何は
ともあれ実際に確かめてみない事にはどうにもならねえよ」
 一方でジークは一度ふるふると頭(かぶり)を振り、鋼車の列に戻り始めていた。
 踵を返し、肩越しに仲間達に振り返り、そう尤もなことを言う。皆も概ね同意であった。
「──それは」
「暫し待って貰わねば困るな」
 しかし、その直後だったのだ。ザリッと、車列に戻ろうとしたジークや見送ろうとしたレ
ジーナ達の背後──つまり街の方から、見知らぬ二人組が現れたのである。
「……何だ。てめぇら」
 嗅ぎ取ったのは、害意。ジーク達は半ば本能的に身構え、中には腰や背の得物に手を伸ば
した者もいた。
 隆々とした大柄の男と、これより一回りも二回りも小さく見える優男。
 二人は共に、肩や胸当てといった防具を伴う黒衣に身を包んでいた。更にその胸元にあし
らわれているのは、三柱円架のピン。
 何者かは言わずもがなだった。緊張が、高まる。
『……』
 史の騎士団、隊長格の神官騎士が二人。
 即ち先刻、リザ・マクスウェルが連れて来た、部下達だった。


 Tale-70.人身御供、蒼染の鳥(ブルートバード)

「でも一番の先約は俺達だ。……知ってるだろ?」
 冒険者クラン・ブルートバードの本拠(ホーム)。
 だが今ここには当の団員達をそっちのけで、三つの勢力が静かに火花を散らしている。
 一つは現七星が一人“青龍公”セイオン。
 一つはクリシェンヌ教団直属『史の騎士団』団長、リザ・マクスウェルとその部下達。
 一つは“正義の剣(カリバー)”司令官、ヒュウガ・サーディスとその部下達。
 団員達は、ハロルドやリカルドはじっと息を呑んで立ち尽くしていた。この酒場の中で彼
ら三者が睨み合っている。それも我らが仲間を──レナを狙って。
 店の出入口に陣取ったヒュウガが、例の如く飄々とした口調で言った。しかしその纏う雰
囲気はやはり尋常ではなく、残り二者を抜かせないのに充分だった。
「……“結社”ですか」
「ああ。彼らには大切な仕事をやって貰わなくてはならない。あんた達の所為で彼らが掻き
乱されてしまうのは、こっちにとっても不利益でね」
 彼がやや芝居かかって肩を竦める。
 リザは静かに目を細めていた。背後の部下達はいつでも排除に出られるよう構えているよ
うだった。彼女は暫し、この三兄妹(じゃまもの)達を見ていた。
(さて、どうしましょうか。七星の一人と正義の剣(カリバー)。一度に相手にするには流
石に骨が折れますが……)
 今この状況が何を意味するか、分からない彼女ではない。
 それでも彼女はややあって細めていた目を気持ち開き、部下の隊長格の内、男性二人へと
指示を出す。
「ヴェスタ隊長、ダーレン隊長。もうすぐ傍まで来ている筈です。先に彼女を“お迎え”に
上がってくれますか?」
「ええ」「承知」
 そしてこの二人──ヴェスタと呼ばれた優男と、ダーレンと呼ばれた大柄な男がそれぞれ
短く哂い、首肯すると部下達を連れて店から出て行く。ヒュウガは横を通り過ぎていく彼ら
を、自身レナ自体が目的ではない故にそのままにさせたが、すぐに妹達が傍らからひそりと
声を掛けてくる。
「ヒュウ兄」
「ああ。こっちは任せておけ。俺が許す」
「……了解」
 ちらとライナが横目に見、にやっとグレンが犬歯を見せて笑い、彼らの後を追って駆け出
していった。残った部下達はヒュウガの左右から、リザを取り囲もうとする。
 そこでようやく、団員達やリカルド隊の面々はハッと我に返ったようだ。
 もしかしなくてもレナちゃんが危ない? ハロルドさん(隊長)がこいつらに……?
 どちらに駆け出すかすら迷い、しかしレナに関してはグレンとライナが守ってくれるだろ
うと判断してか、彼らは結局ハロルド・リカルドの救助を優先しようと動く。
「ミュゼ」
 だが、その逡巡がミスだったのだ。
 次の瞬間、リザは残るもう一人の女性隊長格──ミュゼを小さく呼んだ。すると彼女は、
カチャリと左腕の袖から腕輪型の魔導具をずり上げてみせ、これを発動させる。
『くっ──?!』
 刹那、眩しい魔力の奔流が辺りを包む。
 団員やリカルド隊士達、ハロルド、リカルド、セイオンやヒュウガらも大きく仰け反り、
或いは静かに手で庇を作って其処に立っていた。
 ややあって光は止む。そして気付いた時には……辺りは酒場の中ではなく、無機質で何も
ない殺風景な平野ばかりが広がっていたのだった。
「空間結界……」
「閉じ込められた、か」
「くそっ、やられた! おいお前ら、聞こえるか? 無事か? 返事しろ!」
「落ち着きなよ。まぁ予想はできてた。部下をレナ君の下に向かわせた時点で」
「……」
 発動の瞬間、セイオンがハロルドを庇うように前に出、リカルドが焦りで顔を引き攣らせ
ながら、この結界の外に押し出されたであろう部下達に呼び掛けようとしていた。
 それでも一方で、ヒュウガは相変わらず飄々と落ち着き払っている。
 スッ。僅かだが腰の剣に手が伸びていた。それだけ目の前の相手──リザ・マクスウェル
とミュゼの殺気を気取っていたのだろう。
 ……やれやれ。予めこんな手を用意し、打ってきた時点でその心算だったろうに。
 竦めてみせるは同じ。
 そして彼女はさも残念だと言わんばかりに、同じくざらりと剣を抜く。
「一応訊いておきますが、私どもにエルリッシュ父娘(ふたり)を引き渡させてはくれませ
んか?」
「……もし、俺達が断ったら?」
「分かっておられるでしょうに」
 互いに剣を手に下げ、轟とオーラを練り上げる。セイオンがハロルドとリカルドを制して
下がりつつ、相手側のミュゼも同じようにリザから距離を取る。空間結界の維持に集中する
為だろう。
「ここで何があっても“誰も見てない”でしょう?」
 戦うのはリスキーだが。
 やや声音を上げて言い、彼女は一旦練り上げたそのオーラを解き放つ。
『──』『──』
 するとどうだろう。このオーラからまるで分裂したように現れたのは、ヒュウガとセイオ
ンに瓜二つの者達だった。
 ただ、その瞳は何処から虚ろげだ。まるで操り人形のような、魂(かんじんのもの)だけ
は欠けているような。
「……へえ。それが“映し身”か。思っていた以上に似てるなあ。まぁ、形を似せるだけな
らどうとでもなるけど」
 ヒュウガが笑い、轟と周囲の水分を巻き上げて奔流を作った。ヒュウガとセイオンに似た
二体がそれぞれ剣を抜いて身構える。五対五。頭数の上ではこれでイーブンだ。
 現出型《鏡》の色装。相手のオーラを写し取ったコピー人形を作り出す、リザの能力だ。
 それでもヒュウガは軽くしか驚かない。お互い武名が売れ、そっくりそのままでもないと
はいえ、ある程度どんな能力を持っているかを知っているからか。
 “映し身”のマクスウェル。
 確か、この神官騎士団長の異名は、そんなものだった筈。
「……。やりなさい」
「おっと!」
 コピー人形達は、そのままセイオンの後ろに庇われたハロルドとリカルドを狙って襲い掛
かった。しかしそれをヒュウガは割って入って止める。渦巻く弾丸となったオーラを含む水
が二人を追い払うように掃射し、しかしコピーの方のヒュウガもこれを同じようにして水弾
で相殺していく。或いはコピーの方のセイオンがこの弾丸の雨霰を縫い、ヒュウガに斬りか
かる。
「ほう、能力まで真似できるのか……。じゃあこいつらもあんたも、敵(しょうがい)って
事でいいね?」
「……」
 何処か嬉々として、この二体及びリザに猛攻を加え始めるヒュウガ。
 だがそんな両者の剣戟を、セイオンはまだ手を出さずに静観するように立っていた。背後
にはまだ充分に傷が癒えていないハロルドと、リカルドの兄弟がいる。
「……ほら見ろ。これが教団(やつら)だ。目的の為なら、奴らは手段を選ばない」
「そ、そんな事言ってる場合か!? ここは何とかして総隊長とミュゼ隊長をだな──」
 その兄弟(ふたり)は揉めていた。改めてハロルドはかつての組織(ふるす)が何も変わ
っていないと静かに不信感を露わにし、リカルドは現在進行形でそこに所属していることも
あって何とか間を取り持とう、状況を軟化させようと視線を行ったり来たりさせている。
「分からないのか? その総隊長達は、ここで俺達を始末する気だ。或いは戦闘不能にさせ
て、本山まで連れ帰る腹づもりなんだろう」
「ああ。いや、でも……」
 リカルドははっきりとした言葉を返せなかった。兄の峻烈な敵意が酷く苦しい。
 もう同じ筈だ。レナちゃんを守りたい。そして兄貴、あんたの事も助けたい。
 なのにきちんと言葉にならない。そもそもこちらを信用してくれない。何でだ? 何で元
に戻れないんだ? あの頃に戻れないんだ? 誤解なら、もう……。
「……ヒュウガ・サーディスに加勢する。先ずはこの結界を解かせなければ」
「っ、無茶いうな! そんなボロボロの身体でなんて無理だ! 大体今は取り上げられてて
究理偽典(セオロノミコン)だって無いんだろう!?」
 ハロルドが戦おうとする。当然、リカルドはそんな無茶を許す筈もなかった。
 ちらり。肩越しにセイオンがこちらの様子を見ている。咄嗟に取られた肩越しからこちら
を睨み返して、ハロルドが、しかし言われた万全でない旨には反論できず押し黙っている。
「意地、張らないでくれ。もう兄貴だけに背負わせはしねぇから!」
「……」
 その一方でヒュウガとリザ、及び《鏡》の人形達との交戦は続いていた。オーラを纏った
水が互いに打ち合い、霞むほどの剣閃が飛び交い、両者が激しく鍔迫り合いを続けている。
「血の気が多いという話は聞いていましたが……本当でしたね。解っているのですか? 私
達に刃を向けるということは、我らが教団を敵に回すということなのですよ?」
「ああ。でもその言葉、そっくり返すよ。俺達だって正義の剣(カリバー)だ」
 打ち合う、打ち合う、弾き返す。
 両者は互いのバックに立つ勢力の名をちらつかせ、脅すが、通用しない。元よりこうして
剣を交えた時点で、そんな段階(ステージ)はとうに越してしまっているのだ。
 距離を取り直してゆらりと剣を構え、ヒュウガは哂う。
「正義に絶対なんてない。いつも自分(てまえのつごう)を如何押し通すか、だろ?」

「──?」
 魔導学司校(アカデミー)構内。
 ふと何か妙な予感が肌を伝い、フィデロは半ば無意識の内に振り向いていた。
 視線は学院の外。しかし周りを行き交う他の学生の殆どは、フィデロが嗅ぎ取ったような
その違和感には気付いていないらしい。
「どうかしたかい、フィデロ?」
「ん? ああ……」
 そんな幼馴染の様子に、隣を歩いていたルイスもすぐに気付いたようだ。立ち止まって遠
くに目を遣ってしまっている彼に、振り返り小さく眉を寄せながら訊ねてくる。
「なあ。さっき音がしなかったか? 何つーか、力と力がぶつかった、みたいな」
「力……? さあ。特に注意してなかったから分からなかったけど」
 どれ。問い返されて、ルイスがその羽毛のような耳をそばだて始めた。
 目を瞑ってじっと意識を集中させる。フィデロが見守る。そんな二人の様子に、周りを往
く学生達の何人かが小さな怪訝を向けた。
「……確かに金属音、みたいなものが聞こえる。でもここからじゃ全然何の音かは分からな
いな。物音だけなら普段街の何処でだって起きるものだろう?」
「ああ。まぁ、そうなんだが……」
 流石は亜人系種族の五感である。少なくとも何かはきちんと捉えたようだ。しかし同様に
それ以上の事はこの場では判然としない。
 フィデロは周りの視線にちらと横目を遣りつつ、ぽりぽりと頬を掻いていた。
 気のせいならそれでいい。だが何故だろう? 妙に鋭くて、嫌な感じがする……。
「……なぁフィデロ。さっきお前が見ていた方向、蒼染の鳥(ブルートバード)の方だな」
「ん? そうだったか? 特に意識はしなかったが……」
「まぁ無理もないさ。今日はアルス君とお兄さん達が帰って来る予定だからな。あれだけ向
こうでもドタバタがあったし、心配になる気持ちは分からないでもないけど」
 推測。楽観。
 だが次の瞬間、そんなルイスの言葉を、話題を打ち切ろうとしていたさまを途絶えさせる
出来事が起こったのだ。
 ──魔導の気配。それも広範囲を、空間を捻じ曲げるかのような不快感。
 故にこの場の、とりわけ魔導に通じる人間達が集まっているフィデロ達には、それが空間
結界が発動されたものであるとすぐに分かった。──辛うじて残滓。されど残滓。通常この
手の魔導が日常的に使われる事は先ず無く、周りの学生達の少なからずがこの不意に連れて
来られた不穏に眉を顰めたり、辺りを忙しなく見渡し始めたりしている。
「おいおい……。どうなってんだ? こりゃあ」
「……不本意だが、こういう時のお前の勘は当たるからな。もしかしたらクランの方で何か
あったのかもしれない」
「ええ。ご名答ですわ」
 そしてその最中だったのである。はたと二人に向かって、投げ掛けられる声があった。
 振り向いてみれば、シンシアだった。しかもその後ろには普段も出入りしながら、身分柄
表立って構内を歩く事は少ないゲドとキース──彼女のお付きコンビもいる。
「……どういう意味だい? エイルフィードさん」
「今貴方が言った通りよ。ブルートバードのホームで厄介な事が起き始めてるわ。本当はあ
まり余所に触れ回るべきじゃないんだけど、貴方達はアルスの親友だしね……」
 普段の気難しさとはまた違った、神妙な面持ち。
 それだけでルイスとフィデロは事態がかなり急を要するものだと知った。キース。彼女が
部下の片割れを呼び、その彼が周りの者達の耳に拾われないよう、一同を近くの物陰へと誘
導してから続ける。
「実は数日前、ハロルドさんとリカルドさんが私闘した(ころしあった)」
「……。はっ?」「……」
「詳しい事情は調査中だ。だがどうもクラン内部も団員達と、リカルドさん配下の神官騎士
達とで対立し始めているらしい。険悪だ。それでも結果としては未遂。何故か偶然近くまで
来ていた“青龍公”が割って入って、戦う二人を止めてくれたみたいでな」
「……いやいやいや! ちょっと待ってくれ! 話が突然過ぎて訳分かんねぇよ!? あの
二人が喧嘩? 青龍公ゥ? 何で、何でまた──」
「落ち着け。声が大きいぞ、フィデロ。……事情は分かりませんが、僕達にそんな大事な話
をしに来たということは、何か変化があったんですね? それも悪い方に」
「ああ。そういうこった。つい四半刻ほど前、史の騎士団がホームを訪ねて来たんだ」
 思わず声を荒げる相棒の口を塞ぎつつ、ルイスが声色を抑えて問うた。そして再度キース
から返ってきた情報(ことば)に、二人は思わず目を丸くして顔を見合わせる。
「……本当ですか?」
「ああ。市中の部下が酒場ん中に入っていく所を見たから間違いない。おそらく余所の密偵
も、今頃それぞれ本国に報せてるだろうぜ」
「問題は史の騎士団、という点だな。知っての通り彼らはリカルド殿の元々の所属。しかも
兵を連れて訪ねて来たのが同騎士団長“映し身”のマクスウェルときた」
「おそらく、二人の私闘を聞きつけて捕らえに来たんでしょうね。共闘関係を揺るがす大事
件な訳だから」
『……』
 キースからゲド、そしてシンシアへ。
 継がれて語れるその報せに、ルイスとフィデロは只々唖然とし、深く眉間に皺を寄せるば
かりだった。
 ここまで話されれば自分達でも分かる。
 クラン・ブルートバードが危ない。場合によっては、教団という巨大な組織を敵に回す事
になるかもしれない。
「……やばいじゃねえかよ。アルスは──お兄さん達はどうしたんだよ?」
「まだこちらに帰って来る途中の筈だ。おそらく不在(それ)も折り込み済みでやって来た
んだろう。幸か不幸か、場には“青龍公”と、後から追いついてきた正義の剣(カリバー)
の連中もいるがな」
『……』
 他にもまだ来てるのか……。
 フィデロはぱくぱくと口を開き、しかし次の瞬間にはぎゅっと唇を結んだ。隣でルイスが
ちらとこの友の考えを見透かしたように、同時にそれは無謀だと眼が語っている。
「そういう訳だ。暫くはあちらに近付かぬようにしてくれ。皇子の友であるお主らには、先
んじて報せておくべきだろうという話になってな」
「今、キースからお父様を経由して、アウルベ伯に動いて貰っているわ。……いいこと? 
状況は既に学生のレベルを超えてるの。頼むから大人しくしていて。せめて、アルス達が戻
って来るまでは──」
「馬鹿野郎! じっとなんてしてられるか!」
 だが相棒のアイコンタクトも、事前に蓋をしに来たシンシア達の言葉も、フィデロには届
かなかったらしい。彼女の発言を遮り、フィデロが大急ぎでその場から駆け出そうとする。
 魔導具の指輪を嵌め、向いた方向は、酒場『蒼染の鳥』(バー・ブルートバード)……。
「ちょ……?! あ、貴方人の話聞いてた? 私達が下手を打てば状況はもっと悪く──」
「知るかよ、ンな事。それにお前の話じゃあ、それこそアルス達がそいつらとかち合っちま
うかもしれねぇじゃんかよ。放っとけるか。せめてこの事、知らせてやんねーと……!」
 半ば顔を引き攣らせて呆然としているシンシア。そんなさまをゲドは呵々と笑い、キース
はやれやれと肩を竦めて嘆息をついている。
「……エイルフィードさん。情報ありがとう。でもあいつにとっては、それは火に油を注ぐ
ようなものだよ?」
 こういう奴なんだよ、昔っから……。ルイスは小さく苦笑(わら)っていた。されど彼も
また物陰から身を起こし、こちらに「おい、早くしろ」と促してくるこの腐れ縁と共に歩い
て行こうとする。
 そうしてやっとシンシアがハッと我に返った。駆け出していく二人に向かって、彼女は甲
斐がないと何処かで解りつつも、叫ぶ。
「ま、待ちなさい! じゅ……授業はどうするの!?」
「はは、そうだねえ。でも」
「ダチのピンチだぞ? それ所なもんか!」


「……何だ。てめぇら」
 行くべき先へと立ちはだかるように現れたのは、三柱円架の黒衣に身を包んだ二人の神官
騎士だった。
 あの装束には見覚えがある。リカルド達と同じものだ。加えて左右へと、部下らしき同様
の格好をした者達がぞろぞろと現れ、展開する。
 その数、三十弱。
 鋼車に戻ろうとしたジークは、仲間達と共にこれを睨みながら向き直る。腰に背中に、既
に各々の得物にも手が伸びている。それだけ相手が明らかな害意を纏っている証拠だ。
「そこのお嬢さん──レナ・エルリッシュを引き渡して貰いたい」
「俺達が誰だか解るだろう? 無駄な抵抗は止めておくことだ」
 隊長格らしき二人、ヴェスタとダーレンが問いに答えず言った。
 一方的である。だが二人ともそれがさも当たり前で、任務であると言わんばかりだった。
ジークだけではない。ダンやステラ、エトナがむすっと唇を尖らせ、眉間に深く皺を刻んで
いた。皆を代表して、怯える鋼車の運転手らを後ろ手に遠ざけながらダンが前に出る。
「いきなりだな、おい。一応史の騎士団(あんたら)とは手を結んである筈だが」
「残念ですが、もう共闘関係など無理ですよ」
「ハロルド・エルリッシュも、リカルド・エルリッシュも、同じく確保します。今頃総隊長
らが押さえているでしょう」
 二人の名前、そして総隊長というフレーズに更なる緊張が走った。
 史の騎士団──クリシェンヌ教団。そのお偉いさんまでもが出張って来ているのか。
 血の気は一旦そこで退き直すかと思った。既にホームを押さえられてしまっているとした
ら状況は一層不利だ。辛うじて自分達と彼らを結んでいた拠り所も、どうやら先方の側から
ぶん投げてこようとしている。まるで全てハロルドの所為、とでも言いたげに。
「大体、何でレナなんだ? ハロルドさん達なんだ? やっぱレナの色装が」
「“聖女”クリシェンヌと同じだからですか?」
『──!?』
 だから次の瞬間、ジークが問いかけた言葉にリュカが更なる情報を乗せたことで、ジーク
達は勿論、当のレナ自身までもが思わず彼女へと目を見開いて振り向く。
『……』
 サフレやアルス、或いはクロム。
 尤も仲間達の中でも魔導や歴史に明るい者は、魔都(ラグナオーツ)で受けた件の報告と
帰路の途中で、薄々勘付いていたようだったが。
「……答える義務はありません」
 たっぷり間を置いて、ヴェスタがそれだけを答えた。
 表情は優男なそれから殆ど変わっていない。だがそんな言い方では、言外に肯定している
のも一緒である。
 レナの瞳がぐらぐらと大きく揺れていた。ステラやマルタ、エトナ。女性陣らを中心に仲
間達が渦中の彼女を見遣り、心配するが、今はそれ一本に掛かっている場面でもない。
「レナ……」
「レナさん……」
「……。ふん」
 動揺が、一同の動きを鈍らせていた。
 そしてそんな様子も意に介さず、ダーレンが怯えた表情の彼女へと手を伸ばす。
「止めろよ」
 パシンッ。だがそれを、他ならぬジークが止めていた。
 伸ばしてきた手を払い除けて、彼女を守るように前に立ったジーク。
 その顰められた面持ちは、静かな深い怒りに満ちている。
「ほう?」
 数拍驚き、しかしニタリとダーレンは嗤った。ギチギチとその一度は払い除けられた拳を
握り締め、持ち前の体躯でもって見下ろして言う。
「いいのか? 俺達に手を上げるという事が何を意味するか、理解しているのか?」
「そ、そうよ、ジーク。相手は教団直属の──」
「ごちゃごちゃ五月蝿ぇな。てめぇらは看板を背負ってねぇと喧嘩もできねぇのか」
 リュカが拙いと止めようとした。しかしジークの売り言葉に買い言葉は止まらない。
 ダーレンの眉間の皺、血管がみるみる内に浮き上がっていくのが分かった。間違いなくキ
レている。パキパキと拳を鳴らし、隣のヴェスタは静かに小さく肩を竦めていた。
「知るかよ、んな事。何の説明もなしにてめぇらに何の権利がある? ……ハロルドさんと
リカルドさんの件も、きっと何か理由があった筈だ」
 体格差に臆することなく、ジークが彼らを見上げる。睨み返す。
 ガチャリと腰の鞘を握って軽く傾け、言う。
「……レナは、渡さない!!」
 そして、それが合図(ゴング)だった。二人の内ダーレンも、言外に何処かで待ってまし
たと言わんばかりに大きく嗤い、拳を引く。慌てるレナ。ジークが剣の柄に手を掛け、同じ
くクロムが──かつて信仰に絶望した元信仰者として構えを取り、主への危機を察したオズ
までもがその掌の砲門を開こうとする。
「はい。無駄」
 だが……次の瞬間だったのだ。ジーク達は全員、そこからピタリと動けなくなってしまっ
たのだった。
 ヴェスタが白手袋の両手を、黒衣のポケットに突っ込んだまま哂っている。
 あたかもこうなる事を分かっていて、準備をしていたかのように。
「既に君達の“影”は掌握済みだ。最初に言ったろう? 無駄な抵抗だと」
「ぐっ……!?」
 見れば確かに、彼はジーク達から伸びる影を踏んでいた。更にそこにオーラの気配を感じ
て慌てて見氣を走らせると、そこには彼から広がるオーラが、まるで触手のように各々の影
を掴むようにしてうねっている。
「てめぇ……。まさか……」
「ああ。これが私の《影》の色装。影を晒した時点で、君達の敗北は決していたのだよ」
 ダンが皆が、必死にもがく。
 だがヴェスタが語るように既に影を掴まれたジーク達は一歩も動けなかった。更にそこへ
拳にオーラを込め、気合いの咆哮を放つダーレンが叫ぶ。
「ダーッ、シャァァイ!!」
「ぐぶっ!?」
 それは一瞬の出来事だったのだ。彼がオーラを込めた拳を一度ジークの方へ向け、引いて
やると、それまで一歩も自分で動けなかったジークの身体がぐわんと猛烈な勢いで引っ張ら
れたのだ。ダーレンはそんなジークを、さも釣り上げた魚を捉えるように全力で、殴る。
「ジーク君!」「ジーク!」「兄さん!」
「どういう事だ? ジークだけが、急に……」
「……ふん。どうだ?これが俺の《寄》の色装──オーラに引力を追加する。つまり今お前
達は自分からは動けないし、俺の拳からも逃れられないって事だよォ!」
 そしてもう一発、もう一発。引力で引き寄せ、殴って引き離し、ダーレンはジークを繰り
返し繰り返し殴打した。
 ジークの眼が白目になりかけて揺らいでいる。仲間達が、レナが叫んでいた。しかし彼女
らはヴェスタの《影》によって身動きすら取れない。
「……身の程知らずが。この俺達に、教団に歯向かうからだ。なぁ? 調子に乗ってんじゃ
ねえぞ。英・雄・クン?」
 くはっ──!? 数度目、ダーレンの拳がジークの腹にめり込む。
 やめて……。動けぬレナの目に涙が溢れた。
 何故?
 皆が苦しんでいる。皆が私の所為で、こんな目に遭っている。
(……どうして?)
 私が、聖女様と同じ?
 何故?
 何故、私が──。
「どっ……せいッ!!」
『っ!?』
「ぬぅッ?!」「ッ、しまった! 影が──」
 だがその時だったのだ。刹那、頭上から目にも留まらぬ速さで“電撃”が降ってきた。
 閃光。故に影はその光に引き剥がされる。
 思わずジーク達が眩しさに仰け反った。ダーレンもヴェスタも、左右を包囲していた部下
の神官騎士達も手で庇を作り、しかしその爆風じみた威力の前に吹き飛ばされる。
「……ふう。何とか間に合いましたかね、お兄さん?」
「アルス、無事!? た、助けに来ましたわよ!」
 そしてそこに立っていたのは臨戦態勢のフィデロとシンシア。両腕に電撃のエネルギーを
迸らせる迅雷手甲(ヴォティックス)と、自身の持ち霊・カルヴァーキスと融合した姿であ
る戦姫態(ヴァルキリーモード)。雷と炎、二つの力が両者の間に割って入る。
「痛つつ……。フィデロ……。それに……じゃじゃ馬女」
「シンシアです! シンシア・エイルフィード!」
「助けに来たって……。だ、駄目だよ! この人達は──」
「はん。分かってらあ」
「でも私達にだって、通す筋ってものはあるでしょう?」
 更に加勢に躍り出たのは、インパクトの瞬間炸裂する大剣と、強力な磁気に巻き上げられ
る神官騎士達の得物だった。
 正義の剣(カリバー)副司令グレン・サーディス及びライナ・サーディス。状況は思いも
しない形とメンバーによって一気に覆される。
「ちっ……。てめぇら、本気か?」
「厄介ですね。追い掛けて来ましたか。総隊長とミュゼ君は、一体……」
 部下達があちこちに倒れ伏した中で、ダーレンとヴェスタがのそりと起き上がっていた。
 黒衣が所々破れている。ダメージが無かった訳ではない。だが相手も相手で、この奇襲の
みで仕留められてはいなかったようだ。
 忌々しく、ぶつぶつと。状況の変化に、二人の隊長格はじっとこちらと距離と取り直して
身構える。
「正義の剣(カリバー)の……。あんたらも来てたのか」
「ああ、特務軍の件で諸々な。こっちのガキどもは途中で拾った」
「ホームはヒュウ兄や“青龍公”がいるからまぁ大丈夫でしょう。加勢するわ。そっちの非
戦闘員は下げて」
「お、おう」
 ダンの呟きにグレンとライナが、武器を魔法陣を構え描いて言った。──始まる。どうや
ら先程のフィデロの一撃で影自体が消え、ヴェスタの呪縛が解けたようだ。肝心のレナは勿
論、レジーナやエリウッド、運転手らをジーク達は急いで逃がし、構える。
「……後悔しますよ?」
「全く。嬢ちゃん一人連れて来るだけの筈が、こんな事に……」
 まだ動ける部下を叩き起こし、再びヴェスタとダーレンが襲い掛かった。それをグレンと
ライナ、及びフィデロとシンシアが迎え撃つ。
「おい学生コンビ! 足引っ張んなよ!」
「分かってますって!」
「それよりそっちの優男に気を付けてください。影、捕られますよ!」
 ぶつかる互いの剣戟、オーラ。
 実質四対二だが、それでもヴェスタとダーレンは粘っていた。見るにおそらく、フィデロ
の雷光がヴェスタの《影》を掻き消せているのが大きい。
『……』
 ジーク達が、レナが、その激戦のさまを唖然と眺めていた。
 思いがけぬ援軍が来てくれたものだ。一方で学友(とも)がそこに加わっている分、アル
スの表情はやはり複雑だったが。
(……どうして)
 だがこの場で、最も動揺し、恐怖していたのはレナであったろう。
 きゅっと胸元を、強く強く掻き抱いていた。
 聖女様と同じ──。本当にリュカさんのあの言葉が、自分が急に狙われ出した理由だとし
たら、お父さんやリカルド叔父さんはこの事を知っていたのだろうか?
(私の所為なの? 全部、私の所為なの? 私が、聖女様と同じ色装──魂だから……)
 目の前の現実が、戦いが、それ所ではなくて焦点が定まらずにハレーションする。
 痛いぐらいに鳴り響く心臓の音。その一打一打が、まるで自分を責め立てているかのよう
な錯覚すらある。
「──もう止めて」
「? レナ?」
 ジークが、ステラが、皆が自分を必死になって支え、庇ってくれる。
 だがそんな目の前の事実が、矢継ぎ早な出来事が、彼女の精神をズタズタにしていた。
「もう止めて! こんな戦い、必要ないのに!」
 親友(とも)が目を見開いている。リンファやイヨが思わず押し留めようとしている。
 それでもレナは叫んでいた。目的を通り越し、最早ただ戦っているように見える目の前の
争いに胸が引き裂かれそうになりながら。
「お願い、止めて! 教団でも何処でも行くから、これ以上酷いことしないで……!!」

「──急げ! 急げ急げ急げ!」
「おい、もっと魔導師を呼んで来い! 余所のクランからも掻き集めろ!」
 時を前後して、ブルートバードの本拠(ホーム)。
 当初は何とか内々で事を済ませようとしていた団員及びリカルド隊士達だったが、ミュゼ
が空間結界で自分達を遮断、内部へと消えてしまったことで事態は一気に急を要するものへ
と変わっていた。
 団員も隊士も、正義の剣(カリバー)の兵もない。
 結界の外に取り残された彼らは慌てふためき、何とかこの中からそれぞれの上司達を救い
出そうと手を組んでいた。酒場内はにわかに殺気立って騒がしくなり、そのやり取りや出て
は入っていく面々の物音は今やすっかり外にだだ漏れとなっている。
「くっ……。あの女、敢えて複雑な式を使ったな」
 中心にいるのはガラドルフ以下、魔導の心得がある者達だ。彼らは一列一心になって結界
のこちら側と向こう側の境界に触れ、何とかこの結界を解こうとしている。
 力ずくで壊すのはリスクがあり過ぎた。空間自体が捻じ切れて壊れ、最悪結界内の者達が
グチャグチャの挽肉になる。あの女騎士二人だけなら構わないが……クラン幹部とその弟、
それに七星の一角までもを道連れにする訳にはいかない。
 ガラドルフは珍しく脂汗を垂らしながら、憎々しげにごちた。
 こういう場合、結界を解く方法は一つだ。
 張られた結界を構成する、その構築色の「真逆」を打ち込んでやればいい。そうすれば術
式の効果は相殺され、綺麗に結界を剥ぎ取ることができる筈だ。
 ……しかし、それにはどうしても時間が掛かる。ただでさえ流動しがちな式の状態を正確
に捉えるには相当の技術がなければ不可能だ。何より“大盟約(コード)”が世に広まって
以来、普段魔導師は「既製品」な術式を使っている。その場その場に合わせて構築式を組み
上げる機会など、皆無に近い。
「た、隊長。無理ですよぉ」
「こんな高度な技、どれだけ頭数を揃えても……」
「口を動かす暇があれば手を動かせ。全面でなくともいい。一部でも掌握できれば、即座に
相殺用の式を打ち込める……!」
 部下達が、応援に引っ張り出されてきた魔導師らが弱音を吐いていた。
 しかしガラドルフは諦めない。正義の剣(カリバー)隊の術師達が息を呑みながら必死に
協力してくれている中、仲間達が見守る中、必死にその見氣でもって刻一刻と微調整される
術式に目を凝らしてメモを走らせている。
「──これは、一体何が起きているんです?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。酒場の扉が開けられ、クランの面々には聞き覚えのある
声がした。
 ルイス・ヴェルホーク。鷹系鳥翼族(ウィング・レイス)の少年で、アルスの学友。
 眉間に皺を寄せ、場にいた様々な勢力の面々を見渡しているルイス。半開きになった扉の
向こう、街の通りでは助けを求めにクランの面々が駆け出したのもあり、既に多くの住民や
野次馬が集まってこちらを見ている。
「む? お主は……」
「ルイス君ですよ。アルスの友達で学院生の」
「す、すまない。今はちょっと取り込み中なんだ」
「いや待て。この子も卵とはいえ魔導師なんだろう? 手伝って貰ったらどうだい?」
 邪魔をするなと言わんばかりに睨もうとしたガラドルフを、周りで心配そうに見守ってい
たアスレイや団員、リカルド隊士達が諭した。更にテンシンが思いつき、彼にも手伝って貰
おうと皆に提案する。
「……? もしかしてそこに在るのは空間結界、ですか」
「あ、ああ。そうなんだ」
「実はだな──」
 そしてややあって目敏く気付いたのを皮切りに、事情を聞かされる。
 ルイスはじっとこの結界の境目──ガラドルフらが横一列に並ぶそこを見ていた。
 するとどうだろう。彼は数拍迷ったような素振りを見せたが、次の瞬間、申し出てきたの
である。
「だったら僕に任せてください。僕なら、すぐに剥がせます」
「えっ……?」
「ほ、本当か!?」
「しかし、一体どうやって……」
「……」
 安堵と怪訝。それでも面々の大よその思いは藁にも縋るそれであったのだろう。
 ルイスは黙したまま、ガラドルフらの横まで進み出た。見氣で一度両眼にオーラを集中さ
せ、指で触れた空間にビリッと小さな反発が起こるのを確認する。
「皆さん、一旦離れてください。“こいつ”は乱暴者なので」
「? 何を──?」
 面々が言い、されど指示には従って此処から距離を取り始める。
 静かに深呼吸をし、ルイスはその全身にオーラを練り始めた。ガラドルフら、同じ魔導の
徒がそっと目を見張っている。まるで渦巻く風のようだった。彼がゆっくりと右掌に集めた
オーラは、まるで言葉なき不穏を湛えるようで……。
「──」
 触れる。刹那、辺りに猛烈な旋風が巻き起こった。
 いや、ただの風ではない。ルイスの掌から広がったオーラが結界の境、ハロルド達を閉じ
込めている向こう側との隔たりに触れた瞬間、場に作られた魔流(ストリーム)が突然荒れ
始めたのである。
 風圧。店内の備品が次々と飛び、団員達も一人また一人と吹き飛ばされる。
 そして堰を切ったように剥がれ始めたのだ。ルイスが自身のオーラと共に触れた部分から
順繰りに、内と外を隔て分けていた空間結界が鱗を剥がすように自壊していく。
「……何と。お主、まさかこれは」
「……」
 勘付かれたか。でも仕方ない。ルイスは内心心苦しさと、一方でやっと役に立てる事がで
きたという一抹の喜びも覚えていた。
 操作型《嵐》の色装。それがルイスの、この二年間で密かに習得した能力である。
 その効果は自身のオーラに触れた魔力を暴走、自壊させるというもの。撹乱者の性質。
 故にルイスは長らく、この能力をアルス達を含めた誰にも明かせなかった。友を案じ、自
分にもできる事をとエマに無理を言って修行をつけて貰った末の力だが、その性質上、今日
まで中々日の目を見ることはなかった。
『──っ!?』
「け、結界が……」
「ミュゼ!」
「も、申し訳ございません。きゅ、急に制御が効かなく……」
 だが一度発動、披露してしまえば効果は覿面であった。空間結界はものの一分も経たぬ内
に崩れ去り、中で戦い続けていたヒュウガとリザ達の姿を露わにした。
 外の皆も中の面々も、あまりの事に驚愕している。
 ひび割れ損われた魔導具の指輪を押さえながら、ミュゼが顔を顰めてよろめいていた。
 リザがヒュウガと鍔迫り合いをする中で彼女に肩越しで振り向き、自身の敷いた策が文字
通り壊されたのだと知る。
「や、やった!」「よく分かんねぇけどすげえ!」
「今がチャンスだ、ハロルドさんをこっちに!」
「隊長~! ご無事ですか~!?」
「せ、青龍公もこちらへ!」
 そしてその隙を突き、団員や隊士達が一斉にハロルド達の救助に向かった。店内は先の風
とヒュウガが結界内で舞わせていた水ですっかりぐちゃぐちゃになってしまったが、彼らが
無事であれば何てことはない。
「ほほう? どうやら思わぬ援軍が来てくれたみたいだねぇ」
「くっ……。貴方達、一体どうなるか分かって──」
 更に、その直後だったのである。
 劣勢に立たされたリザとミュゼに追い討ちを掛けるように、ばたばたと酒場へと踏み込ん
で来る者達があった。
 守備隊である。背後にはバラクら街の冒険者達もおり、どうやら彼らが領主に要請して兵
を連れてきたらしいと分かった。
「そこまでだっ、史の騎士団! 正義の剣(カリバー)!」
「伯爵様からの命である! この街で狼藉を働くのであれば、たとえ誰であろうとも許しは
しない! 貴様らを連行する!」
 バラク達の機転であった。同じ冒険者達の「力」で押し返そうとすれば、事態は更に複雑
になっていっただろう。そうはせず、少なくとも形式上は公権力による正式な執行によって
場を収める。かつての領主ルシアンでは出来なかった胆力だ。
「総隊長……」
「……。流石に、分が悪いですね」
 故にリザもその理解が早かった。守備隊とルシアン──この国この場所の最高責任者の名
を出された事で、ようやく彼女は剣を収めた。ヒュウガも数歩下がって剣をしまう。尤も彼
もまた、トラブルの片翼として同じく守備隊の面々にホールドされていったのだが。

「伯爵様からの命令であります! 史の騎士団、正義の剣(カリバー)ご両名。貴方達を詰
め所まで連行致します!」
 一方、時をほぼ同じくしてヴェスタやダーレン、グレン達もまた駆けつけた守備隊によっ
て拘束され、連れて行かれた。狼藉を犯したからだという。
 両成敗……だろうか。フィデロやシンシアがぽかんとし、更にその後ろで泣き喚くレナを
必死に押さえていたジーク達も、すぐには状況が飲み込めずに目を瞬いては互いに顔を見合
わせ、只々暫く立ち尽くすしかない。遠巻きに隠れていたレジーナやエリウッド、社員らや
運転手達も同じように少なからず困惑の表情をみせている。
「……。助かった、のか……?」
 ぐすん。
 そうしてまだ幾分、感極まって引き攣りが止まらないレナを皆で抱えてあげながら、一同
はようやく、実感の湧いてきた安堵に息を吐くのだった。


 駆けつけた街の守備隊らにより、リザ以下史の騎士団は連行された。
 今頃は市中狼藉という名目で事情聴取──尋問を受けていることだろう。その際に同じ場
に居合わせたセイオンと、及びヒュウガら正義の剣(カリバー)の面々も半ば巻き込まれる
ようにして連れて行かれたが、片方は実際に手を出した訳ではなく、片方は特務軍としての
来訪と証明があったため程なくして釈放された。
「──全ては教団から、この娘(こ)の未来を守る為だったんだ」
 そして彼らセイオンとヒュウガの二人を含め、ジーク達はやっとこさ帰還したホームにて
ハロルドのその重い口を開かせていた。
 傷付きくたびれ、俯いた表情(かお)。椅子に座って酷く疲労したような姿。
 彼はいよいよ隠し切れぬと観念し、皆にレナ出生の秘密の全てを打ち明けていた。
 かつて教団の司祭をしていた頃、レナの実の両親に不思議な力──のちの《慈》の色装の
兆候を相談され、詳しく調べた結果“聖女”クリシェンヌと全く同じオーラの持ち主である
と判明したこと。即ち彼女の生まれ変わりであること。そしていつかは教団に知られ、その
人生全てが彼らの思惑のままに縛られてしまわぬよう養女として預かり、遂には自らも共に
出奔したのだということ。
 かつて自分自身がそうだったように、ただ其処に生まれてきた、それだけの理由で苦しむ
子供を出したくないという強い願いが故に──。
「お父さん……」
「兄貴……」
 一度は落ち着いた当のレナが、またうるうると瞳を潤ませていた。事前に彼女の《慈》に
何か関わりがあるらしいとは知らされていたものの、思っていた以上のスケールの大きさに
他の仲間達は概して驚きのまま言葉を紡げずにいる。
「まったく。あれほど色装は学ぶなと言ったのに……。仕方ないな。さぁ、煮るなり焼くな
り好きにしてくれ。どうあれ、私はこのクランを乱した」
 吹っ切れた、というよりは自壊した(こわれた)ように思える。
 ハロルドは深く大きな嘆息をつき、そして一同を見た。バレてしまった以上もう覚悟の上
だとでも言わんばかりだ。
 ジークもアルスも、団員達もそこまで言われて、酷く躊躇った。ざわつき、互いに一体ど
すれば良いのか決めあぐねている。
「……」
「? 副団長?」
「ダ、ダンさん……?」
 だがそんな中で、誰よりも先に一人進み出る者がいた。ぶすっとした表情をしたダンだ。
 皆が戸惑い、声を掛けようとする中、彼は一人ゆっくりハロルドのすぐ目の前へと近付い
ていった。そして。
「──がっ?!」
 真っ直ぐにその顔面へとめり込んだ左ストレート。ハロルドは文字通り宙を舞って後方へ
と吹き飛び、テーブルを一つへし折りながら床に叩き付けられた。
 ジーク達が呆然としている。ハロルドの眼鏡が粉微塵になり、口から血を垂らしてぐった
りと倒れている。
「は……ハロルドさんー!?」
「だだだ、ダンさん!? 何やってんですか?!」
「……」
 ダンは暫く押し黙って見下ろしていた。シュウウ……と、振り抜いた拳にはその本気度を
物語る蒸気がにわかに立ち上っている。
「痛ぇだろ。でも俺達が──レナが味わった痛みはこんなモンじゃねぇぞ」
 ドスの利いた声でダンが言った。ガラリ……。粉砕されたテーブルからよろよろと身体を
起こし、ハロルドが焦点の合わぬ渋面で口の血を拭う。
 鉄拳。だがそれはただ単純な怒りではなかった。
 静かな怒り、哀しみとでもいうべき感情なのだろうか。思わず焦ったジーク達が察し、息
を呑んで見守る中、彼は続ける。
「何でもっと早く相談してくれなかった? 頼ってくれなかった? 仲間だろうが。頭の良
さそうな顔をしといてギリギリまで一人で背負い込みやがって……。俺達の事がそんなに信
用できなかったのかよ」
「……。私に、そんな資格はない」
 言って、ハロルドが自身の眼にオーラを集中させた。瞳の奥に文様が浮かぶ。
 見氣? いや違う。この二年間で成長したジーク達にはそれがただ練っただけのものでは
ないことくらいは分かった。ハロルドはもう一つ、大切なことを打ち明ける。
「超覚型《識》の色装──これが私の能力だ。オーラを観るだけで、相手の持つ色装を判別
する事ができる。……知っていたんだ。お前達の潜在能力も。もっと強くなれることも。だ
が私は今日まで黙ってきた。伝えなかった。その事で私の色装と、ひいてはレナの秘密に眼
を向けられるのが怖かった。私は……卑怯者だ」
 卑怯者だ。しかしその言葉は自虐というよりは、努めての決別に感じた。自ら急ぎ、彼ら
と距離を取ろうとしているように思えたからだ。
 偽っていた事への罪悪感。
 おそらくこれ以上、自分はクランには居られないのだと。
「……そうして、これからは私達から逃げようというのか?」
 だがハロルドのそんな言葉を、誰よりも真正面から掴み止めた者がいた。クロムである。
かつては“結社”の一員として殺し合った魔人(メア)の元僧侶が、はたと言い止められ息
を呑んだ彼をじっと見据えて言う。
「……やはりその心算か。貴方も私と同じだな。私と同様多くの失望に触れ、信仰というも
のに絶望し──諦めを抱えて今日まで生きてきたとみえる。……私もそうだった。真の信心
すら蹂躙する組織(かれら)に絶望し、憎み、故に“結社”への誘いに応じた」
 だが……。クロムは言う、それは間違った断定だと。クロム……。ジークやレナ、ステラ
などが驚きつつも、何処かこそばゆくて嬉しくて、苦い微笑みを向けていた。
「たとえ貴方一人で抜けようと、レナ殿を連れて抜けようと、貴方は既に多くの縁に包まれ
ている。その決断はこれらを引き裂き、痛めるだろう。それに……」
「?」
「これはある人物の受け売りだが。『自分の絶望を埋め合わせを他人でするんじゃない』。
貴方は、どうなんだ?」
「──」
 ハロルドが静かに目を見開いて押し黙る。それはかつて、大都消失事件の折、ダンが対峙
したクロムに向かって放った言葉だった。
 思い出したのだろう。当のダンが「むっ?」と片眉を上げていた。ジーク達も彼とクロム
を交互に見比べ、少なからずが頭に疑問符を浮かべている。
 クロムは、更に言い放った。
「貴方が守ろうと思ったものは、所詮貴方自身ではなかったのか。娘では、ないのか」
「──っ?!」
 刹那、苛烈な鬼気。
 だがそれも一瞬のこと。ハロルドは自らその一切を掻き消し、大きく脱力したかのように
項垂れてしまった。レナが胸をきゅっと掻き抱いてこの養父(ちち)を見ている。ジーク達
もまるで彼女に促すように、各々誰からともなくその横顔を見遣っていた。
「……私は。私は、このクランが好き。皆が好き。勿論、お父さんも」
 ぽつり。今度は彼女が打ち明ける番だった。瞳に涙が込み上げる。哀しい? 悲しい訳で
はないのに、胸が締め付けられるように痛くなる。
「だって、私も知らない私を知っていて、それでも投げ出さずにずっと傍に置いてくれてい
たんだもの。守ってくれてたんだもの。恨める訳、ないよ……」
「……」
 ぼろっ。零れる感情、吐き出す想い。そこに嘘偽りはない。聖女の魂を持って再びこの世
界に生まれ落ちた、聖なる少女の抱く願いであった。
「でも……。私が本当に聖女様と同じ色装を持ってる──生まれ変わりだとしても、私は私
だよ。私の生き方は、私が決めたい。皆と……一緒にいたい!」
『──』
 レナ……。レナちゃん……。
 涙もろい仲間の中には既に貰い泣きし始めている者もいた。にわかに場を覆う空気に、何
だか自分までこっ恥ずかしくなって頬を掻き出す者もいた。
 だが誰よりその言葉に驚愕し、絶望し、衝撃を受けていたのはハロルドだったのだろう。
 ふ、ふふふ……。自嘲(わら)っていた。ジーク達が一瞬怪訝に思うほど自嘲っていた。
「……そうか。そうだったんだな。何て事だ。この子の未来を守ろうとする余り、他ならぬ
私がこの子の意思(みらい)を閉ざしていたのか。そうだ。何て、何て馬鹿なことを……」
 自嘲が壊れたものから、何処か良い意味で吹っ切れ、穏やかなものになっていく。
 そこまで至って、ようやく一同は安堵した。
 繋がったのだ。本当の意味で、この父娘(おやこ)が。
「……ま、本人がそう言うなら仕方ねぇよな」
「だそうですよ? ハロルドさん。貴方が出ていく必要なんてないんです」
「? いや、しかし──」
「色装を黙ってたのを気にしてんのか? 何てこたぁねぇさ。実際今までずっと、お前のお
陰で俺達は何度も助けられてきたんだ。そうだろう、皆?」
 おうよ! 笑うダンの言葉に、団員一同が答えた。
 ハロルドが唖然としている。仲間達が笑っている。今回の件は、裏切りの筈なのに……。
「黙っていたというなら、私もだぞ? サンフェルノでの一件まで、イセルナ以外には本当
の出自は隠していただろう?」
「そもそも俺達だって、実は皇子だったしな」
「僕らの場合は、自分達ですら知らなかったけどね……」
「……」
 リンファに、ジークとアルス。そう言えば大きな秘密を抱えていた仲間は他にもいた。
 ぼうっとハロルドが皆を見渡している。その視線のどれ一つ、自分を責めようという意思
は感じ取れない。
「大体、うちはあちこちから訳ありが集まったクランじゃねえかよ。今更一つや二つ増えた
所で変わりゃしねーって。任せとけよ? これまでも何とかなってきたじゃねぇか。これか
らも……。その為の、二年だったと思うんだがな?」
「イセルナからも今回の件は預かってる。『きっと何か理由がある筈だ。許してあげて』と
言っていたよ。ただ弾き出して終わりじゃあ何も解決しない。それは僕らがこれまで、嫌と
いうほど味わってきた真実の筈だよ」
 だから、さっきの一発で終いだ──。ニカッとダンは犬歯を見せて嗤う。ジーク以下仲間
達も、その決定に異存はなかった。
 ガシガシ。ハロルドは気持ち逸らした視線のまま、乱れた髪を掴み、掻いている。
 そこへリカルドがそっと近付き、片膝を折った。
「……俺からもすまなかった。もっと上手く回れば、こんなに拗れはしなかったのに」
「……お前が謝る事はないさ。殺そうとしたんぞ、私は」
 赦されても事実は残る。だからこそハロルドは、結局この弟の顔を最後まで一対一で直視
できなかったのだろう。
 やれやれと、リカルドが苦笑してそっと立ち上がった。振り向いた目配せ。隊士らもただ
首肯し、壁際のセイオンとヒュウガも遠巻きに傍観したまま動かない。
「ハロルド」
 ダンが、皆を代表して改めて声を掛けた。そっとハロルドが顔を上げる。
 仲間達が笑っていた。レナちゃんの事は任せろ──。まるでそう言わんばかりにそれぞれ
が腕を捲くり、拳を握り、やる気に満ち溢れている。
「副団長──団長代理として頼む。もう一度、俺達に力を貸してくれ」
「……。分かった。私で、いいのなら」
 よぅっし! 仲間達が瞬間、互いにハイタッチして喜んでいた。ジークもエトナと、アル
ス達と一緒になってその中に加わっていた。
 ふっと自嘲(わら)う。ハロルドは気持ちまた俯いていた。粉々になってしまった眼鏡を
拾いつつ、そっと細めた瞳でこの喜色を全身に感じている。
「……すまない。ありがとう」
 レナが、涙を堪えるようにしながらパァッと微笑(わら)う。
 緊迫続きだったホームの酒場に、ようやく本来の温かさが戻ってきたような気がした。

 処は変わり、梟響の街(アウルベルツ)守備隊の詰め所。
 彼らに連行されたリザら史の騎士団、及びグレンとライナは、隊員達から事情を聴取され
ていた。別室からは、追加で連れて来られたみられるフィデロ・ルイス・シンシアの学院生
三人組が、報告を聞いて駆けつけたエマとバウロにこってりお説教されているさまが幾分か
漏れ聞こえている。
「……では、それは教団の総意だと?」
「ええ」
「我々はただ、与えられた任務に忠実であるだけです。ご理解、頂けますか」
『……』
 しかし、いざ命令通り彼女達を連行して来たはいいものの、守備隊員一同はこの狼藉者達
をどうしたものかと内心ほとほと困り果てていた。
 何せ片方は世界有数の宗教、その本山直属の騎士団長に、もう片方は統務院直属軍の副司
令ときたものだ。前者は畑が違うと言えば違うが、後者に至っては指揮系統的にもずっと上
の存在である訳で……。
(ど、どうしましょう? 隊長)
(わ、私に訊くな。法に基づいて粛々と……。経緯を掴んだら伯爵様の権限で街から出て行
って貰う事になるとは思うが……)
 ひそひそ。守備隊長と部下らが時折聴取の後ろで、囁き合いながら相談している。
 一応咎は向こうにある筈なのに、何でこの人達はさも「自分が正しい」を着て歩いている
かのように堂々としているんだ? 遥か高いお偉いさんってのは、皆こうなのか?
「……。こうして我々を連行した事といい、冒険者達を手勢に連れて来た事といい、まるで
クラン・ブルートバードを──ハロルド・エルリッシュやジーク・レノヴィンに肩入れして
いるかのようですね?」
「うっ」
「それは……」
 だからってあんたらの味方をする筈も無かろうよ。隊員一同は思った。
 領主ルシアンを筆頭に、この二年──いやそれ以前から街を護る者としての意識改革が進
められてきた同隊内とはいえ、やはり彼女らを相手にするには力不足だと思えた。実際さっ
きから、ぶらぶらと椅子に踏ん反り返っているグレンとライナが兄だけを行かせて此処に残
っているのは、自分達だけではこのリザ・マクスウェル及びその部下らを抑え切れやしない
と考えているからなのだろう。
「そうですか。そういう街ですか。よく覚えておきます」
「そうですねぇ。教皇様にも、よくよくご報告しなければなりますまい」
『……』
 ぐぬぬ。
 正直もう、誰でもいいから助けてくれと思っていた。
「おやおや、マクスウェル殿。貴女ともあろう方が脅しなどとは意外ですね」
 そんな時である。はたと幾つかの靴音が響き、一同のいた取調室の扉が開いた。
 入って来て開口一番、そう一見穏やかに笑みを作りつつも皮肉を投げたのは、他ならぬこ
の梟響の街(アウルベルツ)の若き領主・ルシアンだった。
 ちらとリザが、ミュゼ以下部下達が彼とその取り巻き達を見る。リザは鷹揚とした表情を
変える事なくそこに座っていた。きちんと眼を観ていなければ、そこに込められた威圧感な
ど知りようもないほどに。
「は、伯爵!?」
「どうしてこちらに……」
「お相手がお相手だ。挨拶の一つもなしではいけないだろう。それに私はこの街の領主とし
て、彼女らに然るべき対応を執らねばならない」
 にわかに起立しそうになる隊員達。しかしルシアンは苦笑しつつこれをサッと手で制して
いた。……フッと陰のある笑顔を浮かべてリザ達に向き直る。リザ達も、十中八九値踏みす
るようにじっと彼を上から下まで見つめ、ぴたとその表情に視線を定める。
「初めまして。梟響の街(アウルベルツ)領主、ルシアン・ヴェルドット・アウルベルと申
します。以後お見知りおきを。この度は緊急とはいえ、手荒な手段を取らざるを得ず、誠に
申し訳なく……」
「ああ、全くだ。いち地方貴族がどういうつもりだ? 俺達を敵に回すってんなら──」
「お止しなさい、ダーレン隊長。ここは私が引き受けます」
 ……了解。面子の中で一番血の気の多いダーレンの売り言葉を、リザはピシャと有無も言
わせずに制した。にこりと笑う。だがその秘めた迫力たるや。かつて保身で手一杯だった頃
のルシアンであれば、とうに恐怖に負けて逃げ出していた事だろう。
「アウルベ伯。どうやら貴方は部下達にも贔屓を教えているようですね。この状況をご理解
していらっしゃいますか? 我々と名こそ売れれどいち冒険者クラン。どちらにエネルギー
を傾けるべきか、賢明な貴方であれは分かる筈ですが」
「お言葉ですがマクスウェル殿。私の使命はこの街を、市民の安寧を守ることです。決して
この身分で贅を尽くす為ではありません。……彼らを守る為に託された権力(ちから)なの
ですよ。その為ならば、私はどんな相手であろうと闘います」
 それは獣姫襲来の折(あのとき)、ジークが叫んだ言葉だった。
 小さな街の、小さな価値観の中に囚われていたルシアンはあの時、自身の根本を激しく揺
さ振られ、戦慄した。
 ……だが今、それは何よりの幸運だったと彼は思っている。ただ漫然と受け継いだ、自分
には荷の重過ぎるとばかり感じていたもの達が、一転この身を賭しても守りたい・守らねば
ならない財産になった。使命になった。
 だから、答える(いう)。
 たとえどんな“嵐”が街を襲おうとも、自分は決して逃げずに民らと立ち向かうと。
『……』
 暫くの間、両者はその位置関係のまま、じっと互いを見つめては動かなかった。
 我慢比べ。そしてやがて先に動いたのは、フッと哂い、僅かに口元を緩めたリザだった。
 ふいっと一度軽く目を閉じて気持ち俯く。部下達が、守備隊やルシアンの取り巻き達が見
守る中、彼女はこの僅かなやり取りの間に何かを掴み取ったようだった。
「……そうですか。この街に“宗教”はあまり要らないのですね。いえ、既に在ると言うべ
きなのかしら」
 含んだ笑い。それは自らの負けを認めたのか、或いは自分達に与しないことへの婉曲な侮
蔑であったのか。
「……貴方がた教団とクラン・ブルートバードの共闘の件は存じ上げております。ですが、
それとこれとは話が別。私がいる内は、私の街で狼藉を働くことは見過ごせません。皆様に
はこれより、街から出て貰います。今回のことは陛下に委細報告しますのであしからず」
 ルシアンはくすりともせずに答えた。だが言うべきことはそれとは関係なく、しかし予め
用意していた手札は全て使い切るくらいの意志で。
「伯爵」
 だがそんな時である。別の取り巻き──官吏の一人が部屋の中へと駆けて来て、ルシアン
にひそひそと耳打ちをした。
 彼は少しばかり目を見開いた。「どうやらあちらから来てくれたようです」。振り返り言
って、この官吏に入って貰うようにと指示を出す。
「ああ何だ、あんたも来てたんだな」
「こ、こんにちは~……」
「……」「ど、どうも。総隊長……」
 現れたのはレナとハロルド、リカルド、そしてダンだった。曰く先刻の取っ組み合いに関
して、クランを代表して詫びに来たのだという。
 だがその内ダンと、何よりハロルドの眼は内心「不服」の二文字で満たされているようだ
った。それでも事態の悪化を防ぐ為にも、形だけでも頭を下げに行くべきと仲間達に説得さ
れたのだろう。彼らはリザ達に進み出て開口一番、ぺこりと頭を下げた。
「……その。お互い災難だった。うちの真面目馬鹿が背負い込んだばっかりに、どうもやや
こしい事になっちまって」
「いえいえ。彼女の存在が明らかになっただけでも、我々としては大きな慶びです。寧ろ今
日まで彼女を育ててくれた彼には、感謝しなければならないかもしれませんね」
 きっとお互い、相手への害意なり敵意はとうに悟っていたのだろう。それでもそこをぐっ
と堪えて体裁を整えるのが“大人”というものだ。……尤もハロルドと、背後のダーレンや
ミュゼが、それぞれを親の仇のように睨み合っていたのは如何ともし難い事実だったが。
「……あ、あのぅ」
「? どうか致しましたか、聖女様」
 するとおずおずと、レナがリザに声を掛ける。そしてそんなナチュラルに向けられる呼び
方に、思わずレナは顔を赤くして身を硬くしていた。
「せ、聖女……」
「違うのですか? あれから大分時間が経っています。当然、お養父(ちち)上より詳細は
聞き出されたと思ったのですが」
「あ、はい。話してくれは、したんですけど……」
 もじもじ。とはいえ、どれだけ言われてもレナ自身、あまり実感はなかった。
 それでも実際、その出自──同じである魂が故にこんな事が起きた。自分の所為だ。だっ
たら他でもない自分がこの問題にけじめをつけなくては。
「その、団長さん達は私を本山に連れて行く為に梟響の街(アウルベルツ)まで来たんです
よね?」
「ええ。その為の派遣ですから」
(こっちの留守とゴタゴタに乗じて、か……)
 仲間達が訥々ながら、本題に入り始めるレナを見ている。ダンは内心、しれっとそう開き
直るかの如く答えたリザに、やはりこの女は難物だと思った。
「や、やっぱり……。そ、その、お誘い大変恐縮ですが、私はブルートバードの一員です。
これまでも、これからも皆と一緒にいたいんです。だから、聖女様として教団の中でどうこ
うというのは……出来ません」
「……」
「で、でも、教皇様にお目通りくらいなら……。そ、それでどうでしょうか? ただ、先に
セイオン様からの用事を片付けてからになりますが」
「? “青龍公”の?」
「ディノグラート邸に娘が招待されているんだ。是非とも一度会って話がしたい、と」
「……なるほど。ディノグラード公爵──“勇者”ヨーハンが直々に、ですか」
 少なからず、リザ達は他ならぬ彼女自身からの提案に驚いたらしい。
 セイオンがあの場にいた時点でもしやとは思っていたが、やはり。流石に彼女ら教団も、
開祖と同じ時代を生きた英雄の名を出されるとあまり強くは出られないらしい。
「ですが、いいのですか? 正義の剣(カリバー)も来ていたでしょう? 特務軍はどうす
るのです?」
「それも後だ。“赤雨”からも了解は得てる。どのみち、イセルナとミアが魔都(むこう)
にまだいる以上、特務軍に正式編入する時期は延ばす他ねぇからな」
「……なるほど」
 だがそれは結局は譲歩案だ。ダーレンやヴェスタは、密かながらあまりいい表情(かお)
はしていなかった。それでもリザはそっと目を細め、思案する。ちらとミュゼを見、さもお
任せしますと目を瞑って頷いたのを確認すると、静かに微笑を繕って言う。
「承知しました。その約束、決してお忘れなきよう。但し……それにはこちらからも一つ、
条件があります」
「……条件?」
「何だよ?」
「その時まで、部下達をこの街に滞在させること。そのお話を受けたからには、我々も聖女
様の安全に力を尽くす義務があります。宜しいでしょうか?」
 ちえ、やっぱり喰えない女だ。ダンは思った。
 ちらと横目に見ればハロルドも同じように苦い表情をしている。分かってる。要するに監
視役ってことだ。それがもうリカルドだけじゃ不安ってことなんだろう……。
 どうするよ? ダン達はルシアンに視線を向け、ひそひそと相談し始めた。
 だが実際問題、断るリスクは大きい。教団の神官騎士を追い出した・追い出されたという
対外的な印象を考えれば、寧ろ受け入れる事で双方にメリットがある。
「……いいでしょう。私が許可します。ですが今回のようなことは、二度となきように」
「ええ。勿論です」
 程なくしてルシアンが答えた。リザと、ミュゼ以下部下達は流れるような所作でサッと片
手を胸に当て、小さく頭を垂れる。
「ご英断、感謝致します」

「新しい編成表です。イセルナから預かってきました」
「できればこんな総力戦、来ないに越した事はないんだけどね……」
「……了解。では、早速検めさせ貰うよ」
 再び、ブルートバード本拠(ホーム)。
 宿舎内の一室で、リンファやシフォン、ジークなどが不在のダンに代わって代表を務め、
ヒュウガと相対して座っていた。テーブルの上から差し出された大きめの茶封筒を手に取っ
て、彼は言う。
「ふむ……」
 そこにはこの二年間の修行・変化を受けた、新たなクランの部隊構成が記されていた。
 言わずもがな、対結社特務軍への正式編入を見越してのものである。

 零番隊(本隊)→団長:イセルナ・カートン
 一番隊(前衛)→隊長:ダン・マーフィ、副長:ミア・マーフィ
 二番隊(前衛)→隊長:ホウ・リンファ
 三番隊(前衛)→隊長:ジーク・レノヴィン、配属:オズワルドRC70580
 四番隊(前衛)→隊長:グノーシュ・オランド
 五番隊(前衛)→隊長:クロムエル・オルダイト、副長:ステラ・マーシェル
 六番隊(中衛)→隊長:シフォン・ユーティリア、副長:クレア・N・ユーティリア
 七番隊(中衛)→隊長:サフレ・ウィルハート(フォンテイン)、副長:マルタ
 八番隊(中衛)→隊長:リカルド・エリッシュ、配属:史の騎士団リカルド隊一同
 九番隊(中衛)→隊長:アスレイ・モレウル
 十番隊(中衛)→隊長:テンシン・カザマ
 十一番隊(後衛)→隊長:ハロルド・エルリッシュ、副長:レナ・エルリッシュ
 十二番隊(後衛)→隊長:リュカ・ヴァレンティノ
 十三番隊(後衛)→隊長:ガラドルフ・D・オズマン
 十四番隊(後衛)→隊長:レナジーナ・ルフグラン、副長:エリウッド・L・ハルトマン

「だいぶ大所帯になってきたねえ。ジーク・レノヴィン。とうとう君もいち隊長か」
「まぁな。いつまでもリンさんに守られるだけじゃいけねぇと思ってよ」
 暫く編成表を眺めた後、ヒュウガは満足そうに、何処か不気味なほど微笑を湛えてこれを
封筒にしまい直していた。ジークが事も無げに言う。一方で引き合いに出されたリンファは
まだ心配そうな横顔ではある。
「しかし悪いね。横で用事を済ませちゃって」
「……構わん。確約は取り付けた。俺の仕事はもう半分終わっている」
「そっか」
 ごそごそと椅子の傍に置いていた鞄を弄りながら、ヒュウガが壁際に背を預けていたセイ
オンに言う。しかしやはりというべきか、当の本人は淡々としていた。言葉の通り、既に来
訪の目的は大よそ済んでいるのだから、わざわざ邪魔に入ることもない。
「ま、当面は“蒼鳥”と“紅猫”の娘が退院してくるのを待って、その間にディグラード邸
への訪問を済ませておくとして……。ほい、これ。統務院の正式な任命状だ。こっちの目的
はこれを届ける事でね」
「……確かに。承りました」
「んー。別にそういうの、導信網(マギネット)で送ってきても良かったんじゃねぇの? 
わざわざ司令官のあんたが足を運ぶのは手間だろうに」
「いやいや、寧ろ逆なのさ。こういうのは変に技術に頼るより、直に渡した方がよっぽど確
実だ。導信網(マギネット)──データのみなら、敵性勢力が何とでも改ざんして市中の者
達を撹乱してしまう恐れもある」
 それに……。ヒュウガは一旦言葉を切って、そして声量を落として言った。
「俺達としても、そっちの方が都合が良かったしね」
「うん?」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
 返す手でジーク達に渡された、統務院からの任命状。
 書式も判も、間違いなく公的なものだ。リンファが代表して受け取る。その実ちょっと分
厚めな紙でしかないのに、掌から全身に伝わる感触は途轍もなく重いように感じられる。
「……志士十二聖ゆかりの武具の回収?」
「ああ。今回、特務軍に合流するのに当たって、君達には先ず十二聖が使っていた聖浄器を
集めて貰いたい。文字通り君達に与えられる“特務”だ。」
 シフォンとジークがその文面を覗き込んだ。そこには確かにそう書いてある。ヒュウガは
鷹揚に頷いた。そっと膝の上で腕を組み、彼は上層部から預かってきたと思われる任務の詳
細を話し始める。
「知っての通り“結社”は何故か世界各地の聖浄器を狙い、集めている。それが奴らの目的
とやらに必要なものらしいが……かといって少なからず王器も含まれるそれを見逃してやる
訳にもいかない。そこでだ。君達には先んじて十二聖達が使った聖浄器を回収していって貰
いたい。奴らも必死になって狙っている筈だ。まだ不明な点は多いが、少なくとも奴らの野
望を挫くには十分な手だと言える。相手が魔人(メア)達で占められている以上、有効な戦
力となることも間違いないだろうしね。決戦に──備えるんだ」
 最後の一フレース。ジーク達はごくりと息を呑んだ。
 やはり、最終的には……。解っていなかった訳ではなかったが、どうしても胸奥に暗澹と
した気持ちは残る。どれだけ一個一個の災いを払い除けようとも、元幹部を仲間にする事が
できて解り合う事ができても、世界と時の流れはきっと彼らを許さない。
「本来なら直接“結社”本体と、同調する反分子達を取り締まって貰いたいが……とってお
きである君達を、そんな数が多いだけのリスキーで不毛な戦いに投入したくないというのが
上の判断でね。ならば今まで通り、君達は君達なりに動いて貰おうとなった訳だ」
「……まぁ、そうしてくれるんなら有り難いが……」
「いいんですか? それではあまり私達が加わる意味が」
「いいのいいの。“外堀”を埋めるのはこっちに任せておいてくれよ。……いずれ本丸が目
の前に現れる日が来る。その時、俺達は奴らのことをもっともっと知っておかなくっちゃな
らない。本当の意味で、奴らを駆逐する為にも。そうだろう?」
『……』
 そこまで言われてしまえば、食い下がる必要もこともできなかった。互いにちらと顔を見
合わせてから、ジーク達は頷く。ヒュウガもよろしい、と言わんばかりにニッと口角を釣り
上げていた。もう一度、改めて壁際のセイオンを見遣ってから言う。
「決まりだ。具体的なルートは後日詰めていくとして、先ずは聖都(クロスティア)や導都
(ウィルホルム)──有名所なゆかりの地を洗っていくことをお勧めする。ともあれ、先ず
は“蒼鳥”達の復帰とディノグラード公への面会を済ませるといい。上には俺から日程を延
ばすよう伝えておく」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます」
「何、お安い御用さ。これからは友軍だ。元同業者のよしみもあるしね」
 さてと……。立ち上がったヒュウガから手を差し出され、リンファらがこれに応じて握手
を交わす。人伝には随分冷徹な人間と思えるが、一度味方(?)についてしまえばこれほど
心強い者はいないという事か。
(……ま、魔人(メア)にさえなってなきゃ、七星確実とか言われてたしなあ)
「ああ、それと」
 ジークがぼやっと思考を過ぎらせる。
 すると去り際、ヒュウガは軍服の上着を揺らしつつ、はたと肩越しに振り向いた。
 何だろう? ジーク達が視線を向けると、彼はそれまで繕っていた(みせていた)飄々と
したさまを、にわかに自身の奥へ潜めて言い残す。
「道中、くれぐれも気をつけなよ? 何も君達の敵は“結社”だけじゃない」


 それから、数日が過ぎた。
 魔都(ラグナオーツ)から帰還したのも束の間、旅支度を整え、ジーク達は一路セイオン
案内の下、天上層に在るディノグラード邸へと出発しようとしていた。
 場所は梟響の街(アウルベルツ)郊外にある導きの塔。
 アウルベ伯やクランの仲間達に見送られ、ジーク達は去り際の挨拶を交わしている。
「いいのか、シフォン? ついでに里帰りをしたっていいんだぞ?」
「いや、遠慮しておくよ。長老達に許された訳じゃないし、何より今はクランが大変な時期
だ。僕が抜ける訳にはいかない」
 明け方の森の中。まだ辺りの空気は少しひんやりとしている。ダンはもう一度問うたが、
対するシフォンにはその意思はないらしい。見送る仲間達と共に、彼はその側の中に立って
いた。
「……そっか。まぁ、無理強いはしないが」
 セイオンと共に天上層・古界(パンゲア)へ旅立つのは、以下の八人だ。
 先ず肝心要のレナ、養父たるハロルド。クランの代表としてダン、ジーク、ステラ。加え
てリュカとサフレ、及びマルタ。
 ステラは言わずもがな、親友(とも)であるレナが心配だから。一方でリュカ以下後者は
“生きた伝説”たるディノグラード・ヨーハンと直接会えると聞き、半ば知的好奇心を刺激
される形で今回の遠出に随伴を申し出てきたクチだ。
「すまないな。あちこちへ行かせてしまって」
「気にすんな。これでも副団長だしよ。それよか、イセルナとミア、あとリオさんが帰って
来たら宜しく言っといてくれや」
「ああ。任せておけ」
 少し苦笑いするリンファに、ダンは呵々と笑っていた。代わりに娘達が戻って来た際の出
迎えと体勢の立て直しを頼みつつ、歩き出す。
「気をつけてね。兄さん、皆さん」
「おう。そっちもな」
 傍らにふよふよとエトナを漂わせ、アルスが言う。ジークがひらひらと片手を振り、肩越
しにこちらをちらりと見て応えた。
 セイオンを先頭に導きの塔へと入っていく。以前はあれだけ揉めた衛門族(ガディア)達
も、かつての上司──竜族(ドラグネス)の貴族が連れて来たのであれば、これといって拒
むような事はしないらしい。寧ろ一同、軽く胸に手を当てて低頭さえしている。……正直を
言うと面白くなかったが、ここでまた揉め事を起こす必要もあるまい。

 ──史の騎士団団長リザ・マクスウェルは、ミュゼら部下の隊長達を街に残し、幾許かの
手勢と共に聖都(クロスティア)へ帰って行った。
 ──ヒュウガも、釈放され合流したグレン・ライナの二人や部下達と共に、用件は済んだ
と言って大都(バベルロート)の本部へと発った。
 ──イセルナとミア、リオが居残る魔都(ラグナオーツ)市内の病院には、じりっと密か
に迫る不穏な影がある。

「では、魔法陣の中から出ないでください。転送、開始します」
 セイオンを加えたジーク達九人は、塔を守る衛門族(ガディア)達によって転移装置の上
に誘われた。発動する機構、虹色にグラデーションする溢れる輝き。思わず宙を仰ぐ一行を
その光は包み、やがて彼らの姿を集束の音と共に掻き消し去る。

 魔力(マナ)の余韻。蒙と漂い、四散する塵。
 一行はいざ、古種族ら繁栄の地・古界(パンゲア)へと旅立つのだった。

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  1. 2016/02/05(金) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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