日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-〔6〕

 彼と初めて出会ったのは、今から五年ほど前のことだ。
 その日も、私は『蒼染の鳥』の一角でゆったりと時を過ごしていた。
 クランの──放浪の末に腰を降ろす事のできたこの地の仲間達が、ギルドで明日の糧に目
星をつけて戻ってくるのを他の皆と待っていた。
「いででっ! は、離せ。離しやがれっ!」
「あ~もう、やかましい! ったく……ホントに尖ったガキだなぁお前」
 だがあの日は……もっと別なものまでが付いて来ていた。
 戻って来たイセルナやダン、そしてシフォン達。
 だがいつもと違っていたのは、クランの副団長たるダンが一人の見知らぬ少年を片手に摘
まんだまま、彼を手荷物よろしく連れていた点にあった。
「その子は……?」
「冒険者(どうぎょうしゃ)だよ。ギルドで見かけたからね」
「で、他の連中と言い争いになって喧嘩になってたんだ。それを俺達で止めて、とりあえず
場を収めたんだが、仕方ないんで連れてきた」
「肩入れした分ね。あのまま険悪な空気の中に放置しておく訳にもいかなかったし……」
「ま、大方成人の儀を済ませてすぐに飛び出してきた新米(ルーキー)ってとこだろ」
「……そうか」
 確かにこの少年を見る限り、年格好は十五、六。ダンやシフォンの言う通り、彼は冒険者
になって間もない新参者なのだろう。
 髪や瞳も自分と同じ黒色。女傑族(アマゾネス)だった。
 しかし、元より自分達は世間一般には荒くれ者の集まりと見なされている。
 多少の諍いなどこの業界では日常茶飯事なのだが……。
「でもね? ちょっとこの子、変わった物を持ってたのよ」
 そんな私の内心を見透かしたかのように言ったのは、イセルナだった。
 ダンに摘ままれ宙ぶらりんになり、じたばたと喚いているこの少年を静かに一瞥してから
そっと、先程からその手に抱えていた布包みを解いてみせる。
 それは──刀だった。
 この歳の少年が持つには如何せん大きく不相応に思える三本の太刀と、三本の小刀。
 彼はそんな自分の得物……所有物を取り上げられている事にも不満であったらしい。
「くそっ、離せよ! 返せよっ、それは俺の刀だ!」
「だ~っ! うるせぇな。ちったぁ大人しくしてろぃ。何も取って食いやしねぇよ」
「返せ! 返せよぉっ!!」
 イセルナが私にこの六本を見せた瞬間、より一層離せと喚いていた。
(これは、まさか……。いや、でも何故こんな少年が……?)
 しかしそんな少年の喚く声も、再び拳骨制裁を下すダンの声も、この時の私にはずっと意
識の遠くに聞こえていたような気がする。
 イセルナから受け取り、じっくりと検める。他の皆もぞろぞろと後ろから集まってくる。
 見た目は少し装飾の手が込んだ太刀。
 だが……間違いなかった。私の記憶があの日から完全に色褪せてしまっていなければ。
 しかし何故彼がこの六振りを持っているのか?
 内心もう行方知れずになってしまったと諦めていたのに……。
 あの方と共に、守り切れなかった筈の過去が何故、今になって……?
「……君。名前は何という?」
 訊ねない訳には、確かめない訳にはいかなかった。
 内心では心臓が動揺で激しく脈打っている。それでも私はできるだけこの気を荒げている
少年を刺激しないよう、彼の目線にまで屈み訊ねていた。
「何でてめぇらに名乗らなきゃい──ぎゃふっ!?」
「おいおい若造。言葉遣いには気をつけな? ……で、名前は? お前も坊主だのガキだの
って呼ばれるままじゃ嫌だろ」
 拗ねたようなむくれっ面。
 だがようやく自分が抵抗し切れないと悟ったようで、彼は三度喰らった拳骨の痛みに顔を
不機嫌にしながら、やがて口にする。
「……ジーク・レノヴィン」
「レノ、ヴィン……?」
 そして私は確信した。
 もっと調べてみないと詳しい事は分からないが、間違いなく目の前のこの少年は……彼は
あの方の関係者であるらしい。
 ぐるぐると脳内を駆け巡る動揺と思考と、あの日々の記憶と。
 私がこの少年・ジークが口にしたその名に硬直している間にも皆はわらわらと自分達の立
つ酒場の一角に集まり、彼を弄ってみたり質問攻めにしてみたりと好き放題を始めている。
「はいはい。皆、あまりルーキー君をいじめないように」
 イセルナがあくまで穏やかにポンポンと手を叩き、皆をあっという間に制止させた。
 伊達にこのクランの長をやっている訳ではない。ややあってしんと黙った皆を見渡してか
ら、彼女は問い掛ける。
「それで……どうしましょうか、この子?」
「どうするって。まぁ、またギルドに放り投げるのは拙いよなぁ。さっきコイツ自身が一悶
着起こしたばっかりだし」
「……少なくとも、とりあえずほとぼりが冷めるまではうちで預かるしかないかな?」
 少なからぬ戸惑い──おそらく先程までの張った気の荒さを見たからだろうが──を見せ
る面々。それでも、先刻よりカウンターの中から成り行きを見守っていたハロルドがそっと
放ったその一言に皆の大まかな方針が凝縮されていた。
 少年は、ジークは不満も言えずにダンに摘ままれ宙ぶらりんなまま黙り込んでいた。
(性格はまるで正反対だが……顔立ちは彼によく似ている)
 私も、そんな彼の姿を見つめながら思っていた。
「オーケー、分かった。じゃあ何処か適当に空き部屋を」
「待ってくれ」
 そして私は、皆に口を開いていた。
 場の皆の視線が、ジークの視線が私の下に集中する。
「何だ? お前は反対なのか?」
「いや……。そうではないが」
「じゃあ、なぁに?」
 ダンが眉根をくいっと上げて問う。
 そうだ。私はこの時もう、自ら離れるつもりなどなかった。
 次いでそれまでじっと皆を──いや、何となくだが私を注視していたイセルナが問う。
「……ああ」
 数奇な運命だと、自分でも哂いたくなる。
 だがここで逃げてはいられない。今度こそ……守り抜いてみせる。
「皆。一つ、私から提案があるのだが──」
 今の仲間とかつての自分と。
 重なって見えてくる現在と過去の姿に向き合いながら、私はそう切り出していた。


 Tale-6.君の声が聞こえる

「ジーク・レノヴィンだな?」
 物陰から姿を見せた金髪の青年は、得物に手を掛け身構えるジークとリンファにじっと視
線を向けていたかと思うと、開口一番そう確認するように呟いた。
 ひたすらに真っ直ぐな──いや、何処か“必死そう”にも見える眼差し。
 名を呼ばれ、思わずジークは怪訝と共に眉根を寄せる。
「念の為に確認するが。彼と面識は?」
「ないッスよ。仮に俺が覚えてないだけだったとしてもこんな現れ方はしないですし」
「……そうだな」
 互いに剣をいつでも抜けるようにしたまま、短くやり取りを交わす。
 ジークのその返答を聞いて、やはり只事ではなさそうだとリンファは思った。
 真意は何か。念の為、自分も記憶の中から目の前の青年の姿を探してみる。
(……。もしかして)
 そして脳裏の中にちらついたのは、アルスがこの街に来てすぐの頃。シフォンやミアと共
に彼に街を案内していた時の映像(ビジョン)だった。
 遠巻きではあったが、自分の記憶に間違いがなければ……彼はあの時、広場で観衆に囲ま
れ音楽を奏でていた吟遊詩人の片割れではないのか。
(だとすれもう一人は一体何処に? いや、そもそも何故ジークを……?)
 時折吹く風が、青年が首に巻いているロングスカーフをなびかせている。
 リンファが内心で疑問を重ねている横で、ジークは不信感を隠す事なく言っていた。
「一体何のつもりだ? こんなコソコソした真似しやがって」
「……始めから目的は一つだ。だが、中々君一人になる隙が見つからなくてな」
 青年は少し悔しそうに返していた。
 狙いは、ジークだった。しかしクランの集団生活をしている彼に全くの一人になる機会は
数えるほどしかないのである。
「悪い事は言わない。君の剣を、渡して貰おう」
 そして青年はそうはっきりとその要求を告げた。
 静かに目を細めて睨むリンファに、思わず頭に疑問符を浮かべるジーク。
「やなこった。こいつは大事な形見なんだよ。見も知らない奴にホイホイ渡せるかっての」
 だがすぐにジークははっきりと拒絶の意思を示していた。
 己の腰に下げた、父との繋がりを担保する六振り。ジークはぎゅっと二刀の柄を握る力を
強め、いつでも対応できるように青年を見据える。
「そうか……」
 すると青年は大きく息を吐いた。
 嘆息のような、決心のような。彼はそれまでぶらんと下げていた手をおもむろに持ち上げ
ると、その中指に嵌められている指輪に静かにマナを込める。
「なら、仕方ない」
 指輪──いや魔導具から光が弾けた。その中心から魔法陣が展開される。
 収束してゆく銀色の光の中、彼の手の中で形を成したのは一本の槍。
「──貫け、一繋ぎの槍(パイルドランス)!」
 そして青年がそのまま切っ先をジークに向けて呟いた次の瞬間、槍がまるで意思を持った
かのように猛烈な速さで伸び、襲い掛かってきたのである。
「ッ!?」
 速い。相手の手馴れた魔導具の展開もさる事ながら、スイッチを切り替えたように先手を
打ってきた青年の攻撃に、ジークは数拍の遅れを取ってしまう。
 迫る槍の刃。ジークは対応すべく二刀を抜き放ち──。
「ふっ……!」
 だがそれよりも速く、槍を防いでいたのはリンファだった。
 インパクトの瞬間に抜き放った長太刀と両腕に大量のマナを錬氣し、火花を散らさせなが
ら数十秒、伸び続け襲い掛かってくる槍をいなそうとする。
 そしてジークが驚いて硬直していた中、ややあって両者は弾かれた。
 勢いに押されて数歩下がるリンファが太刀を横へと薙ぎ払うと、そのいなしに流されるよ
うにして青年の放った槍が二人とはあらぬ方向へと飛んでいく。
 遥か後方、並木道を形成する等間隔に植えられた木々が、何本も槍にその幹を抉られ、貫
かれ次々に倒れていった。
 目を見張って思わずその光景に振り向くジーク。
 だが彼を庇うように前に立ったリンファの眼と太刀は変わらず青年に向いている。
「なるほど。これが君のその魔導具の特性か」
「……」
 彼女の呟きに、青年は黙っていた。
 伸縮自在の槍型の魔導具。それを縮めて再び手元に手繰り寄せながら、この間に割って入
ってきた女剣士の力量の高さを直感として感じ取る。
「マジかよ……。槍と剣じゃ、ただでさえリーチが違うってのに」
 向き直りながらジークは呟いた。
 魔導具使い──少なくとも錬氣以上のマナの扱いを修めている人物。
 正直あまり戦いたくない相手だった。魔導師相手なら詠唱の隙を突いて行動を封じられる
だろうが、基本的に魔導具使いに詠唱によるラグは存在しない。魔導を集中砲火されてしま
えば戦士の自分には打つ手はないのだ。
「……リンさん、早くホームに。皆に報せてきて下さい」
 だがジークは戦闘スタイルの違いを把握しながらも、次の瞬間にはそうリンファの背中に
声を掛けていた。
 奴の標的は自分(の刀)だ。
 ここに留まって応援までの時間を稼げれば、状況はぐっとこちらに有利に働く。
「いや。その言葉そっくり返すよ。ここは私が食い止める」
「何言ってるんですか!? あいつの狙いは俺なんですよ?」
「……だからこそだ。ホームまで君が戻れば簡単に手出しはできなくなるし、皆で確実に彼
を捕捉する事だってできる」
「でもっ……!」
 だが、リンファは振り向く事もなく淡々とその申し出を断わっていた。
 ジークは勿論渋った。考えている事が同じな分、尚の事彼女を一人捨て置く気にはなれな
かった。
「落ち着けジーク。力量でいえば、私の方が適任だ」
 それでも彼女は首を縦には振らない。
 口調こそ落ち着いていたが、ジークには不思議とむしろ彼女の方が意地になっているよう
にも思えた。
 確かにリンさんの方がずっと俺より強いです。
 でも、このままあなたを捨て置いて自分だけ逃げるなんて……できないッスよ。
「……」
 逡巡の末、ジークはそっとリンファの傍に並び立っていた。
 横目でそれを見て驚いた彼女だったが、すぐにやれやれといった感じで苦笑すると、共に
得物をぐぐっと構えて臨戦体勢を取る。
「あくまで抵抗するか……」
 槍をゆたりと構えていた青年は、そんな二刀と長太刀の戦意を前にして目を細めていた。
 あくまで冷静に。しかしその奥にはやはり滾る何かを閉じ込めて。
「ならば、力ずくで回収させて貰うまでだ」
 彼は再びその槍先を、ゆっくりと二人に向ける。

「うぃ~っす。今戻りました」
「疲れたぁ……」
 そして時を前後して。
 二人と別れた団員ら面々は一足先にホームに戻って来ていた。
 酒場の入口を開け、一同は店内に散在して一時を過ごしていた仲間達と暫しのやり取りを
交わしながらホッと一息をついていた。
「あ、皆さん。おかえりなさいです」
 そんな仲間達の集団の中に。
 何処となくぎこちない表情で向き直り、微笑を向けてくるアルスの姿があった。
「……あれ? アルス、何でここに?」
 だからこそ、一同はその姿を見た瞬間思わず怪訝を漏らしてしまっていた。
「? さっき学院から帰ってきたからですけど」
「え? ジークとリンさんが迎えに行った筈じゃあ……?」
「兄さんとリンファさんが、ですか? いいえ、来てませんよ?」
「へ……? おっかしいなぁ。俺ら途中で、リンさんにアルスを迎えに行くから先に帰って
てくれって言われたから、てっきり三人一緒だとばかり……」
「もしかして入れ違いになったのか?」
「うーん……。それも違うような。僕はいつも通り正門から学院を出て真っ直ぐ帰ってきた
ので、兄さん達が迎えに来ていたのなら見逃すとは思えませんし、入れ違いだとしても何処
かで会っている筈だと思うんですけど……」
「それもそうだなぁ」
「……? どうなってるんだ?」
 聞く限り、アルスは本当にジークとリンファには会っていないらしい。一同は互いに顔を
見合わせて訝しがった。
 話が噛み合っていない。では何故、彼女はあんな事を言ったのだろう……?
「……確か、今日はジェド商会での武器の試運用だったよね?」
「ええ。そうッス」
 するとそれまでのやり取りを聞いていたハロルドが、カウンターの中から皆に問うた。
 その手前ではダンとシフォンが酒と肴を突付きながら晩酌を始めており、少しずつ不穏な
気配のするその事態に振り向いてきている。
「ちなみに、帰りはどういうルートを通って来たんだい?」
「どういうって……アウルベ川の東から河川敷を伝ってこっちのストリートにですが」
 すると、内の一人が小首を傾げながら答えると、サッとハロルドの表情が変わった。
 いつもの微笑。だがそこには間違いなく真剣な気色が差し始めていて。
 僅かに眉根を上げたダンの隣で、シフォンもその違和感の正体に気付いたのか、面々に対
して「本当なのか?」と言わんばかりの眼差しを投げてくる。
 彼らは頭に疑問符を浮かべて戸惑った。
 何か、自分達は拙い事でもしでかしてしまったのだろうかと。
「おかしいね。それだと学院とはまるで違う道になるよ」
『えっ……?』
 だがそれ以上に、次にハロルドが口にした言葉への驚きの方が大きかった。
 思わず顔を見合わせる皆に、シフォンが顎に片手を当てながら続ける。
「無理もないけどね。魔導に縁のない者なら、いくらこの街に住んでいてもアカデミーの位
置までは知らないだろうし」
「しかし、それだとリンが言っていた事が怪しいな」
「うん。多分何かあったんだと思うよ。……皆を先に帰さないといけないだけの何かがね」
 団員らはそんな言葉にざわつき始めた。
 ジークに、リンさんに何かがあった? 自分達はそれに気付けずみすみす二人を……。
「……兄さんと、リンファさんが」
 アルスも、その中で静かに動揺していた。
 ゆらゆらと揺れる瞳の中に同じく、戸惑っている団員らの姿が映り込んでいる。
 だが、それも束の間だった。
 ざわつく皆の中で、ダンがはたと立ち上がると一斉にその視線が彼に集中する。
 晩酌を嗜む酒豪の面はなりを潜め、クランの副団長としての真剣な顔が皆に告げていた。
「お前ら。皆を呼べ、戦える準備をしろ。……きな臭い感じがしてきやがった」


 日没間近の河川敷が戦場になっていた。
 断続的に聞こえてくるのは、刃が地面を抉りながら何度も立てる轟音。
 次々と薄闇の中に舞い上がる土埃と、一見すると暴れ狂う蛇にも思える伸縮自在の槍。
 ジークとリンファは、青年からの猛攻の中にあった。
「くぅ……っ!」
 何度目か分からない槍先の突進がジークを襲う。
 ジークはそれをすんでの所で飛び退いてかわし、次いで間髪入れずに抉った地面から起き
上がり再度突っ込んでくるそれを二刀を防ぐ。
 それでも勢いは殺せず、ジークの身体は彼の意思とは正反対に槍先がうねる度に後ろへ後
ろへと追い遣られてしまう。
「破ッ!」
 その間に割って入ったのはリンファだった。
 錬氣を込めた斬撃で槍を叩き伏せると、ジークが距離を置き体勢を整える時間を稼ぐ。
 それでも青年は一繋ぎの槍を止める事はなかった。
 手元からぐいっと引っ張り上げ、鞭のようにしならせて起こすとリンファを弾き飛ばそう
とする。振られる槍先。それをリンファは太刀でいなしながら体勢を変え、身体を反転させ
ると、今度は攻勢に出るべく地面を蹴った。
「邪魔をするな!」
「そっちこそ、ジークには指一歩触れさせない!」
 二人の叫びが交わる。
 飛び掛かって来るリンファに、青年は自分自身を中心に渦を描くようにして槍を引き寄せ
ながらこれを防いだ。
 回転する度に槍先が彼女の長太刀とぶつかり火花を上げる。
 そしてその対処に足止めをされている隙に青年は槍を元の長さに縮め直すと、最後の一身
捻りと共にその切っ先を突き出した。
 突き、薙ぎ、そして払い合う。
 長太刀と槍の、入れ代わり立ち代わりの攻防が展開されていく。
(……どうする?)
 そんな二人の後方で、ジークは二刀を構えながらも内心戸惑っていた。
 相手は、人間だ。魔獣でもなければ人に害を及ぼしている魔人でもない。素性こそしれな
いが人間に間違いなかった。
 確かに相手は明確に自分を狙っている。それでも。
(そう易々と、人は殺れねぇ……)
 ジークの中にはそうはっきりと躊躇いが芽生えていた。錬氣を、本気を出して戦う事に迷
いを抱いていた。
 だがそんな中、その眉間に皺を寄せる目に青年の姿が映った。
 槍と長太刀がぶつかる中で、彼がリンファに向けて片手をスッと──魔導具らしき指輪を
嵌めた掌を向けようとしているのが映ったのである。
「リンさん、危ない!」
「ッ!?」
 次の瞬間、青年の片手を中心に黄色の魔法陣が展開され、そこからリンファに向けて一条
の電撃が放たれた。
 それを、彼女はジークが叫んだその声のお陰で辛うじてかわせていた。
 ジリッと雷の威力が彼女の右袖を掠めて服を散らす。薄闇の中に電撃が吸い込まれるよう
に消えていった。
「外したか」
「てめぇ、魔導を至近距離で……!」
 片腕を押さえて大きく飛び退くリンファ。
 だが今度はジークがその傍らを猛然と駆けていた。
「──迸る雷波(スパークウェイブ)!」
 青年はもう一度、その魔導具を行使してきた。
 飛んでくる直線型の電撃。だがジークはそれらに臆する様子もなく、大きく迂回するよう
にして──後方のリンファが巻き添えを食わないように──駆け続けてかわしていく。
 散発的に連発される電撃。 
 ジークは二刀と平行に身体を低くして駆けていった。
(躊躇っちゃ、失っちまう……)
 相手は魔獣ではなく人だ。だが少なくとも自分達を傷付けようとする者だ。
 戸惑いを頭の中から追い払うように、ジークは二刀を瞬時に逆刃になるように持ち替えて
いた。錬氣を、両腕と両脚に集中させていた。
「おぉぉぉっ!!」
 これなら、少なくとも即死はしない。
 ただこの場を何とか収める。ジークは叫びながら地面を蹴った。
 青年に向かって振り下ろされる二刀。だが……。
「──楯なる外衣(リフレスカーフ)」
 彼は冷静だった。
 中空から落ちてくる斬撃が二つ。それをしっかりと目に映しながらも、青年はそっと首に
巻いたスカーフのピンに指先を当てながら静かにマナを込める。
 するとどうだろう。突如としてそれまでただの装飾品だとばかり思っていた彼のスカーフ
がひとりでに巨大な布になって広がり、ジークの攻撃を受け止めたのだ。
「何っ!?」
「……僕の魔導具がこれだけだとは言ってないぞ?」
 それはまるでクッションに押し返されるように。
 驚くジークを、その二刀ごと振り払うようにして、青年は巨大化したスカーフ──防御の
魔導具を翻して弾き飛ばす。
 ジークは中空に投げ出された。体勢も崩れたままだった。
「平静を失った、君の負けだ」
 スカーフと共に身体を一回転させ、青年は槍先をジークに向けていた。
 それが何を意図するのか、ジークにも分かった。
「しまっ──」
 着地して受身を。いや、それも間に合わない。
 そして地面に叩きつけられそうになるその身を狙って、射出された槍が迫り──。
(……?)
 だが、切っ先はジークを貫かなかった。
 どさりと地面に倒れたその身体。覚悟した痛みと違い、ジークは思わず瞑ってしまってい
た目をゆっくりと開けてみる。
「──ッ!?」
 するとそこには。
「…………大丈夫か、ジーク」
 襲い掛かってきた槍先からジークを身を挺して守って、両者の間に割り込むように立って
いたリンファの姿があって。
 しかし利き腕をやられていた故にその威力を殺し切れず、脇腹にその刺突が直撃し真っ赤
な血を滲ませていたリンファの姿があって。
「リン、さん……?」
「……よかった。怪我は、無」
 脂汗をかきながら肩越しにジークを見遣ってフッと笑い、そしてぐらりと血を飛び散らせ
て崩れ落ちたリンファの姿があって。
(えっ……?)
 血飛沫が目に焼き付いた。
 彼女の身体から引き抜かれる槍先と、そこにこびり付いた血の赤が目に焼き付いた。
 どうっと、目の前で彼女が仰向けに倒れ込んでいた。
 苦痛を浮かべた、でも自分を庇えたことに安堵したかのような表情(かお)で。
「……」
 守れなかった。傷付けた。また、自分の所為で。
 同族を、自分をクランに迎え入れてくれた張本人を、頼れる姉貴分を。
「ア……ァァ──」
 全身を駆け巡る懐かしくも忌々しい狂気と共に。
 ジークの目の前が次の瞬間、真っ白に弾けた。

 ──気付いた時には、灰色の世界だった。
 少し気味が悪いくらいに静かで殺風景。
 ジークはややあって自分が丸腰で、且つ浅い水面の上に立っているらしいと分かる。
「……ここは」
 辺りを見渡してみる。
 透き通った水面は見渡す限り延々と広がっていた。そして灰色の空の中に溶けるように、
点々と無機質な搭にような、中小様々なサイズの構造体が建っているのが見えた。
 記憶を辿り直してみる。
 途端にズキリと痛んだ脳裏。一気に再生される映像(ビジョン)。
 そうだ。リンさんが俺を庇って、倒れて……。
「あらあら。こっちに来ちゃったんだ?」
 だがそんなジークの思考も沸騰するように駆け巡ろうとした焦りも、次の瞬間に聞こえて
きた声に掻き消されてしまっていた。
 思わずバッとその声のした方向へ振り返ってみる。
 するとジークの背後、少し離れた所に先程の構造体によく似た複数のオブジェの上に乗り
掛かるようにして、自分を見ている者達がいた。
「……何だお前ら? つーかここは何処なんだ?」
 ジークは怪訝を隠さなかった。それはきっと内心の動揺もあったのだろう。
 振り返ってみた先のオブジェの上。
 そこには何故か“ぼやけた霞”のような文字通りの人影がいた。ざっとその数、六体。
 あくまで表面の強気を崩さずに言うジークに、先程の──やんわりとした女性の声が先ず
応えていた。
「何って……いつも一緒にいるのにつれないわねぇ」
「おい。あまり余計な事を喋るな。我らは眠るように申し付けられているのだぞ?」
「……でも、こいつはボクらの側に入ってきた」
「緊急事態ですね」
「う、うむ。そうだな」
 声色は六人共違っていた。だが、あくまで聞いた感じだが、全員が女性のようにジークに
は聞こえた。
 中央に陣取るやや大きめの影。その隣一段下で小首を傾げているような影。その反対側で
更に一段下には淡々とした声色と真面目そうな声色の二つの影。
 ジークは頭に疑問符を浮かべていた。
 一緒にいる? 何を一体……?
「でも、外は今大変みたいですよ?」
「そーだぜ? このままじゃあコイツやられちまうんじゃねぇの?」
 だがその間も影達の会議(?)は続いていた。
 中央の影の左右に座っていた、手持ち無沙汰に立っていた残り二体の影が言う。
「そうだな……。そうなると確かに困る」
 そしてそのやり取りの末、六体の視線(そもそも目があるかも分からないので、感覚的な
判断だが)が一斉にジークに向けられる。
「な、何だよ……? と、取って喰ったって美味かねぇぞ」
 思わずジークは心持ち後退りをしていた。
 半ば無意識的、反射的に腰へと手を伸ばす。だがそこには一本の刀も下がっていない。
 更に脳裏に疑問符が掠めていった。
 もしかして、俺はこいつらに刀を取られたりしたんじゃ……?
「人の子よ」
 だがそんなジークの思案は、再び明後日の方向に飛ばされてしまった。
 中央に陣取る影が、ややあって何かを決心したようにそう重々しい声で語り掛けてくる。
「お前は、力が欲しいか?」
「え?」
 唐突な質問だった。思わず間抜けに聞き返してしまう。
「……力が欲しいのだろう? もう二度と、自分の所為で誰かを失わない為の」
「ッ!? お前……!」
 何故その事を。
 問い詰めようとしたジークだったが、結局それ以上の言葉が出なかった。
 実際に目に見えたわけではない。だが……何故かこの影達が、フッと微笑んだように見え
たのだ。
 すると虚を衝かれたようになったジークのすぐ傍らへと、左右に控えていた二人の影がス
トンと降りてくる。
「……?」
 気のせいだろうか。
 間近になったからなのかは分からないが、彼女達(?)二人の輪郭がより人らしい、少女
のようなそれになっているように見えた。
 二人を見比べ、眉根を寄せるジーク。
「力、欲しいんですよね?」
「特例だ。ちょっとの間、貸してやるよ」
 すると彼女達の言葉と共に。
 二人は蒼と紅の光となってジークの左右で輝き始める。

(……一体、何が起こっている?)
 青年は手繰り寄せた槍を握ったまま唖然としていた。
 対するは二人。一人は先程突き刺し戦闘不能にした女剣士。
 そしてもう一人は。
「……」
 両手にする二刀から膨大な蒼と紅の光を──マナを滾らせている青年。
 彼の標的たるジーク・レノヴィンその者だった。
 何が起こったのか分からなかった。
 ただ青年の目から映ったのは、自分が割って入った女剣士を倒した直後、彼が言葉になら
ない悲鳴のような、叫びのような狂った声色で仰け反り、次の瞬間その二刀から突如として
大量のマナが溢れて刀身を蒼と紅の光に染めたという事だけ。
「ジーク……。まさ、か……」
 リンファは地面に倒れ、血に塗れた脇腹を押さえたまま何事か呟いていた。
 だがジークはその言葉に反応がない。
 ただぶらりとマナの光を滾らせる二刀を手に下げたまま、俯き加減な前髪でその表情を隠
して立っている。
 間違いなく、異変。青年は眉間に皺を寄せて内心の動揺と戦っていた。
(マナの強さが跳ね上がった? それにこの感じ……魔導具? いや、だがさっきまでの戦
い方からして錬氣以外でマナを扱えるようには──)
 しかしそんな青年の困惑を余所に、ジークの逆転攻勢が始まっていた。
 同じく驚いて、倒れたまま見上げてくるリンファの横をジークはゆっくりと通り過ぎ、そ
して一気に地面を蹴る。
「くっ……!」
 青年は半ば反射的に槍を放っていた。
 だがジークは避けようともしなかった。ただゆらりと右手に握った紅い刀身を持ち上げ、
振り下ろした勢いのまま、襲い掛かってきた槍を一撃の下に地面にめり込ませたのだ。
「なっ……!?」
 驚いたのはリンファも、そして青年も同じだった。
 あれだけ苦戦していた筈の自分の得物をいとも容易く叩きのめす。
 青年は焦った。その間にも、ジークは再び地面を蹴って爆発的な速さで突撃してくる。
 急いで威力を殺され伏せた槍を手繰り寄せ、次の瞬間大振りに放たれたジークの斬撃を防
御する。
「ぐぅ……っ!?」
 ズシリと響く衝突音と重量感。
 明らかに重い。防いだ筈なのにビリビリと周りの空気が、両脚が悲鳴を上げていた。
 大きく弾かれ後退する青年。それでもジークの猛攻は止まらない。
 半ば獣じみた荒々しい叫びと共に、次々と襲い掛かってくる紅と蒼の軌跡。青年はそれら
を槍で後退しながら防ぐだけで精一杯になっていた。
(駄目だ。よく分からないが、今直接ぶつかったら押し負ける……!)
 突如として躊躇いのなくなった──いや、そんな意識すら見受けられない猛攻。
 青年は堪らず槍でジークを払い、僅かにできた隙を見て数度、槍の伸縮も利用して大きく
飛び退って距離を取り直す。
「迸る雷波(スパークウェイブ)!」
 遠距離からの雷撃。
 しかし変貌したジークにはそんな戦略など無意味だった。
 猛烈な速さで駆け、その結果虚空を過ぎる無数の雷撃。
 そして更に、左手に握った蒼く光る刀身を振るった瞬間、何とその蒼い斬撃がこちらに向
かって文字通り“飛んできた”のである。
「何……っ!?」
 飛ぶ斬撃。そんなフレーズが頭に過ぎりながらも、青年はすんでの所で身をかわしてそれ
を 何とか回避した。直後地面に直撃し大きく爆ぜる地面と土煙。思わず青年は片目を瞑って
その余波の前に動きを止めてしまう。
 しかしジークは迫っていた。
 ぐらつき動きを鈍らせたその一瞬の隙を狙うように、彼は叫び声を上げながら、立ち上る
土煙の中から二刀を振り上げて襲い掛かってきたのだった。
「……ッ!!」
 その力任せながら絶え間のない斬撃の嵐に、青年は堪らず槍で防御する。
 だがやはりそのパワーは圧倒的だった。
 少なくともただの錬氣ではない──自分と同じ、魔導具のそれだ。青年は何度も弾かれ、
押されながらも確信していた。
 隠し玉? いや、しかしこいつの今の状態はむしろ……。
「ぬんッ!!」
「ぐっ!?」
 だが青年の防御はいつまでも続かなかった。
 やがてその大量のマナで強化された紅と蒼の斬撃が、青年の槍を弾き飛ばしたのである。
 大きくぐらつき、体勢を崩す。あらぬ方向へ弾かれた槍が孤を描いて中空を飛んでいくの
が見える。
 ジークが、二刀を振り上げる姿が見えた。
(くっ……! 防御を……!)
 咄嗟に青年は再度スカーフの楯を展開していた。
 魔導の力で巨大化した布が、紅と蒼、二色の軌跡を残して振り下ろされる斬撃を受け止め
ようとする。
 だがしかし……今度は同じようにはいかなかった。
 バチバチと迸る火花。だが感触は間違いなく相手に押され続けているもので。
「そん、な。カーフでも防ぎ切れな──」
 そして次の瞬間、青年はクッション効果の限界を超えたスカーフと共にジークの二刀の直
撃を受けていた。
 最早防御する手立てはなかった。
 ただその狂気にも似たパワーを乗せた一撃を受け、青年は大きく後方へと吹き飛ばされる
しかなかった。
 ダメージが身体中に駆け巡って悲鳴を上げる。中空を低空飛行する空気の抵抗を感じる。
「がは……ッ!!」 
 その間、実質十数秒。
 それでも青年へのダメージは決定的だった。
 吹き飛ばされてゴロゴロとボロ雑巾のように地面に転がったその身。次いで遠くへ弾き飛
ばされてた槍が何度も回転した末に地面に突き刺さる。
「…………」
 ジークは大きく肩で息をついていた。
 振り降ろした二刀。その蒼と紅の刀身が戦いの決着を見届けたかのように輝きを失い、元
の金属な太刀へと収まっていく。
 そしてガクリと。ジークは崩れ落ちるようにその場に肩膝を突いて倒れ込んだのだった。
「が……ぁ? 何だ? か、身体が……重く……」
 大きく息を荒げながら戸惑う。
 ジークは突然身体中を襲ってきたダメージに苦痛の表情を隠せなかった。
 それでもジークは荒く息をつきながら、後方のリンファを──地面に伏したまま、驚愕の
表情で自分を見ている彼女を見遣っていた。
「当たり、前だ。素人がいきなり……そんなにマナを使ったんだ。反動が、来るのは当然の
事だろ……」
 そんな彼に、青年もまた別の意味でのダメージに喘ぎながら、途切れ途切れに口を開いて
いた。地面に何度も打ち付けられて汚れ、傷付いた身体。そこには最早ジークと交戦しよう
という余力は残されていなかった。
「……知らねぇよ。気付いたら、もう必死で……」
 ぼんやりとする意識の中で、ジークはつっけんどんに応える。
 俺は、リンさんを守れたのか? こいつに、勝ったのか?
 疲労が身体に警告を送る中、それでもジークはどうやら場を凌げたらしいとようやく理解
していた。よかった。これで後はリンさんを──。
「失敗カ」
 だが、それは本当の終わりではなかった。
 突然聞こえてきたのは、不気味な片言の声色。
 青年がそのダメージを受けた身体にも拘わらず辺りを見渡し、心なし狼狽し始めている。
ジークと、そしてリンファも彼に倣うようにしてその声がした方向に目を遣る。
「ヤハリ直々ニ遂行スベキダッタカ」
「使エナカッタナ」
 するとそこには、夜闇に溶けるような黒衣と仮面に全身を包んだ一団と、
「~っ! ~~っ!!」
 彼らに羽交い絞めにされてもがいている、一人の桃色の髪の少女が立っていた。

「……誰だ。てめぇら」
 緊張と焦りを見せる青年の先手を打つように、ジークは現れた一団に問うていた。
 眉根を寄せて睨む眼差し。そこには遠慮などは微塵もない。
 あからさまに正体を隠すようないでたち。上から目線。何よりも……か弱い少女を躊躇い
もなく人質にしているらしいその姿に、ジークの正義感は告げていた。
 ──こいつらは、敵だと。
「失敗シタナ。不履行ダ」
 だが黒衣の一団はそんなジークには目もくれない。
 淡々として、だが纏わり付くような声で彼らは青年を向き指弾しているようだった。彼ら
の手によって捕らえられている桃色の髪の少女が一層もがいている。
「ま、待て……。まだだ。まだ、やれる……」
「戯言ヲ。敗者ニ用ハナイ」
「ソレニ……貴様ハ要ラヌ事ヲシテクレタ」
 必死に何かを止めようとしている青年。だが黒衣の面々の口振りは、そんな彼を今まさに
切り捨てようとしている。
(要らぬ事? それって……)
 まだ満足に動いてくれない身体に鞭打ちながら、ジークは思った。
 そう言えばこの金髪も、狙いは俺の刀だった。
 あいつらは俺の、父さんと母さんの刀の何を知ってるってんだ……?
「ま、マスター!」
 するとそれまでもがいていた少女が、羽交い絞めにされていた黒衣の者から僅かだけ抜け
出し叫んでいた。
 マスター? ジークはその言い方に違和感を覚えたが、
「私の事は構いません。早くこいつらを──ぐっ!?」
「……ジットシテイロ」
「人質ハ黙ッテオケ」
 それも束の間、すぐに鳩尾を殴られて封じられ、再びがっしりと捕らえられてしまう。
「お前ら……よくもマルタに!」
 そんな黒衣の一団の仕打ちに、青年は弾かれたようにその名を──おそらくはこの少女の
名を叫んでいた。それでもジークから受けたダメージが尾を引いており、身体はろくに動か
す事ができないでいる。
「ダガ……モウ用済ミダ」
「貴様達モ、ジーク・レノヴィンモ、諸共ニ処分スル」
 そして黒衣の一団は、確かにそうジーク達に言ったのだった。
「待て、話が違う! こいつから刀を回収すればいいんじゃなかったのか!?」
 青年は再び叫んでいた。先程よりももっと大きく、強い口調で。
(……こいつ、まさか)
 事態が混線している。しかし何となくだが、彼の事情は呑み込めたように思う。
 やはりあの黒ずくめは敵だ。それも、こんな卑劣な手段を用いるような……。
 しかしそう頭では分かっていても、青年との戦いでお互いに消耗しているという事実に変
わりはなかった。
 一斉に自分達に向き直り、黒衣の袖口からガチャリと鉤爪を迫り出す一団。
 その前衛に守られるようにして、桃髪の少女・マルタを捕捉する後衛らが控えている。
(マズイな……)
 既に普段の姿に戻っていた二刀を構えながらも、ジークは内心で焦っていた。
 自分も、あの青年も今満足に戦えない。怪我をして倒れている──同じように緊張した様
子でこちらを見ているリンさんに任せるなんてもっとできない。
 どうする? 
 ジークがぎゅっと柄を握り締める。一歩また一歩と黒衣の集団が迫ってくる。
 だが、次の瞬間だった。
「目を瞑れ!」
 闇をつんざくように聞こえたのは、聞き覚えのある──シフォンの叫び声だった。
 仲間だ。反射的にジークもリンファも言われるがままに目を瞑る。
 するとそれとほぼ同時に黒衣の一団へと飛んできたのは、一本の矢だった。
 何のこれしきと思ったのだろう。内の一人がサッと鉤爪の片手を振るい、その矢を叩き落
とそうとする。
 それが火蓋を切る事になった。
『──ッ!?』
 その瞬間、突如として弾けた鏃が強烈な光となって辺りに放出される。
 閃光弾ならぬ閃光矢だった。
 不意を衝かれた黒衣の一味はバラバラに眩しさで立ち眩んで動きを止めた。
「──……」
 そんな中に、一人の人影が飛び込んできた。
 猫耳に尻尾。そして閃光対策らしいサングラス。
「あ、貴方は……?」
「大丈夫。多分、あなたの味方」
 それは他ならぬミアだった。
 まだ閃光矢の威力が効いている中、彼女はマルタを捕らえていた黒衣を錬氣で強化した飛
び蹴りで吹き飛ばすと、薄らと目を開けて何とか自分の姿を確認しようとするこの桃色髪の
少女にそれだけを告げて。
「ひゃっ……!?」
 お姫様抱っこ、そしてぐっと地面を蹴って跳ぶ。
「……ミアか?」
 着地したのは黒衣の一団から距離があるジークとリンファのすぐ傍。ミアは閃光の中心を
背後にして、サングラスをその場に投げ捨てていた。
 二人は徐々に慣れてきた、収束する閃光の中でゆっくりと目を開いて仲間の姿を、助け出
されたマルタの姿を確認する。
「ヌ……。何ガ、起キ」
 そしてその向こうでは大きな隙ができた黒衣の一団に次々と攻撃が叩き込まれていた。
 片言の不気味な声、悲鳴。それらが夜闇を揺るがすように重なり、こだまする。
「お待ちどうさま。リン、ジーク」
「何とか間に合ったみたいだな」
 黒衣の一団とジーク達。
 収まった閃光の後、その間に割って入るように陣取っていたのは、イセルナやダンを始め
としたクラン・ブルートバードの面々。ざっと見てもクランの総戦力に近い。
「団長、皆……」
「……ああ。ちょっと遅いくらいだけど……ね」
 ジークとリンファはそれぞれに苦笑し、安堵した。
 助けが来た。これで何とかなる。
 ミアがお姫様抱っこからマルタを降ろし、同時にクランの仲間達の中からレナとハロルド
ら支援隊の一部がこちらに駆けてくる。
「大丈夫ですか。ジークさん、リンファさん!」
「……リンファの方が重症かな。レナ、ジークの方は頼んだよ」
「はいっ」
 ジークにはレナ達、倒れているリンファにはハロルド達が手当ての任に就いた。
「慈しみ育む緑霊よ。汝、我が隣人の心氣の磨耗を補い給え。我は彼の者に豊かなる源を授
けんことを望む者……」
「慈しみ育む金霊よ。汝、我が隣人の病苦を除き治し給え。我は彼の者の健やかなる躯たる
ことを望む者……」
 同時に詠唱を始め、そっと相手の胸元へ傷口へ、その緑と金の魔法陣を展開しながらかざ
される二人の掌。
「盟約の下、我に示せ──精神の枝葉(サプライメント)」
「盟約の下、我に示せ──快癒の祈り(ファラム・ウィッシュ)」
 ホウッとジークの胸元を、リンファの傷口を二人の回復魔導が癒していった。
 それまで疲弊してろくに動かなかった身体に活力が戻る感覚と。
 槍に突かれてできた大きな傷口とそこからの出血が、止まり塞がっていく光景。
 暫しその経過を見つめながら術の展開に集中するエルリッシュ親子。
「はい……。おしまいです」
「うん。これで一応塞がった」
 そしてその治療が一段落するのを見て、傍らに控えた数人の支援隊の仲間らが回復剤を渡
してくれたり、傷口を清潔なガーゼと包帯で覆い始める。
「皆。その……」
「ああ、分かってるよ」
「気にすんな。要はこの黒ずくめをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
 ジークは若干の後ろめたさと共に告げようとしたが、既に仲間達は戦闘体勢の真っ只中で
あった。
「大丈夫。後は僕らが引き受けるよ」
 矢を番え直し、シフォンがフッと微笑んでくれてからゆっくりと構える。
 黒衣の一団もようやく自分達が奇襲されたと、人質も奪還されたと分かったようで、鉤爪
を構えて今にも飛び掛ろうとしている。
「──皆」「やっちまいな!!」
 そして次の瞬間、クランの長二人の声を合図に、仲間達は一斉に黒衣の一団へと襲い掛か
っていった。激突する両者。激しくお互いの武器がぶつかり合う。
「チッ……! こいつらも錬氣を」
「躊躇うな。数じゃ上なんだ。押せ、押せ!」
 戦闘経験が豊富な筈の自分達傭兵畑の冒険者の群れ。
 しかし黒衣の一味も負けてはいなかった。全身、鉤爪を備えた両腕にマナを滾らせ、彼ら
の攻撃を防ぎ、或いは反撃に転じようとする。
「皆、気をつけて! そいつら被造人(オートマタ)だよ!」
「それもこのマナ回路の構造……間違いなく戦闘特化型です!」
 するとそう皆から一歩離れて叫んでいたのは、エトナとアルスだった。
「お、お前ら。何ついて来て……」
「そっちこそ何襲われてるのさ? 皆心配したんだからね!」
「……大丈夫だよ。僕だって、仲間だもん」
「お前ら……」
 ジークは思わず視線を逸らして頭を掻いていた。
 レナや、ゆっくりと起き上がらせて貰っていたリンファが静かに微笑んでいる。
 やっぱり。まだまだ俺には力が足りない……。
 仲間達の力添えを心強く思いながらも、ジークの胸中にはそんな思いがざわめき立つ。
「オートマタか。って事は、何処ぞの使い魔連中ってことだな」
「だろうね。それもよほど性質の悪いらしい主を持つ……」
「今はそれよりも撃退よ。あまり深追いはしないで!」
 ダンが錬氣を込めた戦斧を振るって黒衣のオートマタ達を叩き伏せたかと思えば、間髪入
れずにイセルナの剣さばきやシフォンの矢が飛んでくる。
 形成は、逆転していると見て間違いなかった。
「……マルタ」
 ぽつりと、切実な心配の声。
 ジーク達が振り返ると、そこには大きく肩で息をした青年がこちらに向かって歩いてきて
いた。ボロボロになった服。それでもそんな外見など気にせず、彼はただ桃色髪の少女の身
を案じているようだった。
「マスター……。すみません、こんな事に」
「いや、いいんだ。全て僕の油断が招いた事態だ」
 ジーク達はそんな二人のやり取りを、少々ポカンとした目で見つめていた。
 やはり彼女はこいつの事をマスターと呼んでいる。一体この二人は何者なんだ……?
「……そうか。じゃあ君が、その被造人(かのじょ)の主なんだね?」
 だがその疑問は、同じくじっと様子を見ていたハロルドが解決してくれた。
 驚くジークやリンファ。
 本当に? あんな不気味な黒ずくめとこの女の子が同じオートマタだと?
 ハロルドと自分達を見比べるジークに、青年と桃色髪の少女・マルタは言った。
「はい。私はマスターの従者として、そのお世話をさせて貰っています。マルタです」
「……自己紹介が遅れた。僕はサフレ。フリーランスだが、一応君達と同じ冒険者だ」
 二人、金髪の青年・サフレとマルタはそのまま深々と頭を下げていた。
 巻き込んでしまって申し訳ないと。
「あ~……いいって。いい加減、大体の事情は把握できたし。リンさんも幸い命に別状は無
いみたいだから、半殺しにするのは許しておいてやる」
「そ、そうか」
 サフレは苦笑いを見せていた。先刻の戦闘もあり冗談も冗談に聞こえなかったのかもしれ
ない。すると彼はゆっくりと踵を返すと、未だ交戦を続けている面々の方へと向き直った。
「君達は休んでいてくれ。……落とし前は、自分で取る」
「落とし前って……。お前ボロボロだろ」
「大丈夫だ。マルタがいれば、まだまだ戦える」
「……?」
 ジーク達が頭に疑問符を浮かべる中、サフレはそう肩越しに微笑んで、マルタに目配せを
してみせた。すると彼女は心得たと言わんばかりに、嵌めていた指輪からハープ型の魔導具
を取り出してみせて。
「~~~♪」
 音色を、歌声を奏で始めた。
「綺麗……」
「ああ。本当にな……」
 マルタの奏でるハープの音色と歌声は、すぐにジーク達周りの皆を魅了していた。
 天使の歌声。そう形容しても憚られないような澄んだ優しい音色だった。
 だが、それらはただ聴く者を感心させるものではなく、
「何だ……この綺麗な声?」
「それに何だろう、よく分かんねぇけど……力が溢れてくる」
 実戦的な意味でも面々を大いにサポートしているらしかった。
 それなりに押し合い圧し合いを続けていた筈のクランの仲間達が、まるで回復魔導を受け
たかのように活気付き、どうっと黒衣の一団を押し遣り始める。
「何なんだ……?」
「これが、マルタの得意技さ」
 自身もまた身体中に力が沸き上がってくるのが分かる。
 ジークがその変化に疑問を示していると、サフレが地面に突き刺さったままの槍を回収し
て、その傷物になった全体にマナを注ぎ直し新品に再構築ながら言った。
「確かにマルタは戦闘用に作られたオートマタじゃない。だが、彼女の奏でる音色は周囲の
マナを、精霊を味方に付けて加護を引き出してくれる」
「……なるほど。一種の“古式詠唱”ですか」
 魔導に心得のあるハロルドやレナはそれで納得していたようだが、ジークやリンファには
まるでちんぷんかんぷんだった。
 それでも、彼女の音色が自分達の力になってくれるらしいという事は分かる。
「俺も、出るぜ」
「しかし……」
「いいんだよ。俺もこのままあいつらに好き勝手されたままいられやしねぇ」
「……。すまない」
 ジークが二刀を、サフレが槍を構えた。
 再び身体中に溢れるマナを錬氣に換えて、二人は地面を蹴って交戦する仲間達の下へと合
流する。
「貫けっ! 一繋ぎの槍(パイルドランス)!」
「うらぁッ!!」
 高速で伸びた槍の突きが一直線に敵を捉え、ジークの斬撃が彼らを一挙に薙いだ。
「復活したか。よし、お前ら。一気に叩きのめすぞ!」
『応ッ!!』
 状況は完全にこちらに傾いていた。
 力を得たブルートバートの面々とサフレが黒衣の一団を次々と突き崩す。そのずっと後方
ではマルタが演奏を続け、レナやハロルドの支援隊、アルスとエトナがそんな戦況を見守っ
ている。
「皆、下がれ!」
 サフレがジーク達に言って、また新たな魔導具を展開した。
 手首に嵌めた緩めのブレスレッド。そこに刻まれた呪文が彼自身のマナによって起動し、
その指差した中空に赤い魔法陣を出現させる。
 何かする気だ。ジーク達は黒衣の一団がそれを見上げ出すよりも早く、大きく飛び退いて
十分な距離を開けていた。
「弾けし灼火(スパイラルフレア)!」
 次の瞬間、魔法陣から巨大な炎球が出現し、弾けた。
 それはそのまま真下へと降り注ぐ無数の炎弾となって黒衣の一団を飲み込んでいく。
 上がる悲鳴。焼き尽くされ倒れ動けなくなる者。
 そして術式が終了した時、黒衣の一団はその兵力の大多数を失っていた。
「よぉし! とどめを──」
 だが威勢よく追撃を加えようとするジーク達を、
「ッ!? 止せ、退け!」
「皆、危ない!」
 ブルートとエトナの声を押し留めていた。
 思わず急停止する面々。
 するとどうだろう。黒衣の一人がその叫びとほぼ同時に、袖口から何か丸い球を地面に投
げ付けてきたのだった。
 次の瞬間、辺りに舞い上がるどす黒いオーラ。
「なっ!? これは……」
「やべぇ、瘴気だ!」
 それは魔導の素人ですら知覚できるほどの高濃度の瘴気。
 ジーク達、最前線の面々を中心に皆は大きく後退せざるを得なかった。
 濛々とその場で立ちこめる瘴気。その直撃から、
「大丈夫か!?」
「あ、あぁ……サンキュ。助かった」
 サフレが捕獲ロープよろしく伸ばしてきた槍の柄によって、ジーク達はごっそりと引き寄
せられて助け出される。
 暫し遠くに離れて目を凝らすジーク達。
 だがその瘴気の靄が視覚に薄れ始めた頃には、もう黒衣の一団の姿は綺麗さっぱり消えて
しまっていた。
「……チッ。逃げられたか」
「仕方ないわよ。一応、撃退するという目的は達成できたのだし」
「後味が残る結果だけどね……」
「──皆、下がるんだ。急いで浄化作業をするよ!」
 その後の時間はハロルドらにより浄化の魔導による後始末と、ややあって騒ぎを聞きつけ
駆けつけて来た守備隊からの事情聴取に費やす羽目になった。
 立て続けの襲撃騒動の現場となった河川敷。
 辺りはあちこちが破壊の跡に埋め尽くされていた。
 今は夜の暗がりで誤魔化せているが、陽が昇った後には人々は大いに驚くに違いない。
「……ふぅ。一段落、だな」
「えぇ。やっと」
 クランの代表として一番しつこく事情を聞かれていたイセルナとダンが、待機していた皆
の下に戻って来た。
 そこには兄らが心配でついて来てしまったアルスとエトナ。
 そして、少し離れた位置に今回の一端を担いだサフレとマルタがぽつねんと立っている。
「……だがまぁ、まだ俺達にとっちゃ終わってねぇわけで」
 ダンが、皆が二人を見ていた。
 覚悟の上だったのだろう。サフレは心持ちマルタを庇うように前に立ち、唇を真横に結ん
でジーク達一団を見つめ返している。
「これだけの事があったんだ。ジーク、リン。お前らはもういいのかもしれねぇが」
「ええ。分かってます」
「ああ……。だが、あまり酷な真似はしないでくれよ」
 当事者二人に一言入れ、ダンは「分かってるよ」と心なしかの嘆息をついた。
 そして団長であり友であるイセルナと、互いに顔を見合わせて頷くと、
「サフレ君にマルタちゃん……だったわね」
「悪ぃが少し、うちに顔貸して貰うぜ?」
 クランを統べる二人はそう彼らに言ったのだった。


 立て続けに起こった襲撃事件の後。
 ジーク達はサフレ、マルタの両名を連れてホームへと戻っていた。
 営業時間もとうに過ぎた、酒場『蒼染の鳥』店内。
 そのテーブル席の一角に隣り合って座る二人と対面する形で、イセルナら創立メンバーと
ジークが陣取り、団員らはその両者をぐるりと取り囲むように人垣を作っている。
「……つまり、オートマタの嬢ちゃんを助ける為にあの黒ずくめ連中からの──ジークの剣
を奪って来いっていう要求を呑んだ、と」
「はい……」
 ダン達は改めてサフレから事情を聞きだし、整理をしていた。
 項垂れ気味に膝の上に手を乗せ、言葉少なげに頷くサフレ。その傍らでは攫われていた当
人であるマルタが心苦しそうにこの主(マスター)の横顔を見つめている。
 そこまでして、この嬢ちゃんを助けなきゃいけないと思ったのか……。
 ダンは正直内心で唸っていた。
 使い魔を持った経験などないが、そういった存在を持つ術者とはもっと淡白な性分ではな
いのか? 勝手な推論ながらそう思う。確かに目の前の彼女はヒトと大差ない外見だ。旅の
相棒でもあるのなら情が移っているのも分からなくないが……。
「にしても、何であいつらと戦わなかったんだ? 俺やリンさんとあれだけやり合えるなら
十分渡り合えたろうに」
「……君は馬鹿か。自分の力を信じていない訳ではないが、一対複数人を相手に戦うなんて
分が悪過ぎる。それに……マルタが向こうに捕らわれていたんだ。力任せに解決しようとす
るのはリスクが大きい」
「バッ……!? だ、だからって俺らを狙うってのは──」
「マスターは優しい方ですから。私は、幸せ者です」
「……マルタ。そういう事は一々口にしなくていい」
「はい。マスター」
 そんな中でジークは疑問をぶつけていたが、あくまでサフレは冷静に言い返していた。
 一見ちぐはぐなような二人。しかしそんな主とジークを、マルタのぽわぽわとした微笑み
が中和する。
 サフレは小さくわざとらしい咳払いをし、自身の従者を窘めていた。
 それでも何だかいい雰囲気の二人。そんな様を見たジークもまた追求する事を止め、何故
か自身まで恥ずかしくなったように視線を逸らして頬を掻く。
(……案外、似てるのかもな。ジークもこいつも)
 ちらと僅かに眉根を寄せるジークを一瞥して。
 ダンはふと思考を切り替える。
 そう思うと、急にフッと心持ちが軽くなったような気がした。
 ちょいと馬鹿ではあるが、こういうのは嫌いじゃない──。
 相手がたとえ厳密にはヒトではなくとも、大切な誰かならば全力で守ろうとする……そん
な狭義心溢れる精神は。
「それにしても困ったわね。サフレ君はあくまでけしかけられた刺客で、あの黒ずくめに関
しては何も知らなかっただなんて……」
「ああ。そうだな」
 すると隣に座るイセルナがマイペースに呟き、ダンも頷き返して同意を示した。
 この二人をわざわざホームまで連れ帰ってきたのは、そもそもジークを狙ったあの黒衣の
一団についての手掛かりを探る為でもある。
「すみません、お力になれなくて。迷惑ばかり……」
「あ~いや、そう畏まるな。知らないもんはどうしようもねぇよ」
 マルタがサフレが再三に渡り謝罪をするが、ダンらはもう咎めるつもりはなかった。
 確かに迷惑を被ったのは事実だが、それだけ必死だったのだろう。現に彼女を取り戻した
後はこちらに加勢してくれた。
「でも驚いたね。ジークの剣が魔導具だったなんて」
「ジーク、リン。念のため確認するけど、確かなのよね?」
「ああ……間違いない。確かにこの目で見た」
「みたいッスね。何が何だか分からないまま終わってましたけど……」
 だからこそ話題は自然とサフレへの批難ではなく、そもそも狙われる理由となったジーク
の刀について及んでいく。
 当のジーク本人は皆目分からないといった具合でバツの悪い顔をしていたが、このまま素
通りできる問題ではない事は確かだった。傍に立てかけられた刀の一本をおもむろに手に取
りながら、シフォンが言う。
「おかしいよね。魔導具なら僕やイセルナ、ハロルド、魔導の心得のある皆がとっくに気付
いていた筈なんだけど」
「全くだ。何で今まで誰も気付かなかったんだよ? それなりに付き合い長いだろ、俺達」
 ダンは言ったが皆は頷けずに押し黙っていた。
 皆、気付けなかったのだ。クランの一員になってからずっと、ジークは魔導は使えない、
一介の剣士だとばかり思っていた。
「……これは、可能性なんだけどね」
 そんな中、ジーク本人もどう反応していいか分からずに黙っていると、ゆたりと口を開い
たのはハロルドだった。眼鏡のブリッジを押さえて視線をシフォンの握る刀に移し、
「おそらくジークの剣は、封印が施されていたのではないかと思うんだ。現に今は普段通り
のそれに戻っている。今回リンファ達が見たのは、一時的に解除されたものじゃないかな」
 皆が注目する中でそんな推測を口にする。
 ジークを含め、場の面々が沈黙していた。
 それは多くが魔導を扱えぬ故に圧倒されていたからではない。さらりと彼が口走った言葉
の通りだとすれば、それは……。
「封印? 俺の刀が……?」
「となると、少なくとも流通している普通の魔導具というわけではなさそうだね」
「だな。何でそんな物がってもあるが、どうして奴らが本人も知らないそんな事を知ってた
かってのも引っ掛かる」
 やはり今回の一件が単なる物盗りの類では済まないらしいという事だからあって。
 疑問符と不安が、場を覆い尽くそうとしていた。
「父さんと母さんの刀が、何で……」
 傍らに控えさせた愛刀らを手にして、そう一人呟くジーク。
 周りの団員らも、その人垣の中に埋もれていたアルスやエトナも、そしてじっとそんな彼
を見つめている手当てを受けた姿が痛々しいリンファも、それぞれが重い沈黙の中に浸る。
「……それは、追々調べればいいわ」
 だがそんな沈黙を解いたのは、イセルナだった。
 静かだが澄んだ力のある声。その団長の一声に皆の視線が一斉に注がれる。
「それよりも、これではっきりした事があるわね。今回の一件はまだ終わっていない。あの
黒ずくめの一団はまだ何処かで蠢いている筈よ」
 そして彼女は、そう言うと微笑を湛えた眼差しでサフレとマルタを見遣った。
「それで、貴方達はこれからどうするつもり?」
「え? 私達、ですか?」
「……そうですね。取ってある宿に戻るのは、危険かもしれません」
 マルタは小首を傾げていたが、サフレは彼女の言わんとする事に気付いたようだった。
 神妙な反省顔から真剣な顔つきに。
 ちらほらと互いを見比べている団員らの見守る中、彼は顎に手を当てて繋げる。
「奴らは僕らもまとめて“処分する”と言っていました。このまま真っ直ぐ宿に戻ったとし
ても、待ち伏せされて襲われるかもしれない」
「……さしずめ口封じって所か」
「あ~、確かにそういやそんな事言ってたっけ……」
 そんなやり取り。
 やっと危うい状況がまだ続きかねない事を理解し、マルタはあたふたと慌てている。
 そんな彼女をサフレはそっと手を握ってやる事で宥めていた。
 ──大丈夫。今度こそ、僕が守る。
 まるでそう言いたいかのように小さく頷いて。
「だからね? 私から提案があります」
「は、はい」「……何でしょう?」
「二人とも、うちのクランに入らない?」
 そして次の瞬間、イセルナがそう言うと面々は思わず驚きの声を重ねたのであった。
「イセルナ……。お前、何言ってんだ?」
「ふむ? 団長の方針なら従うけど、でも彼らは事情があったとはいえ、ジークやリンファ
を襲った張本人とその連れだよ。いいの?」
「だからこそよ」
 そんな皆に、イセルナはフッと笑っていた。
 今回の当事者、ジークとリンファに視線を向けて彼女は言う。
「さっきも言ったように、私達もサフレ君、マルタちゃんも今回黒ずくめの一団と敵対した
訳よね? そして狙いはジークの剣らしいという事も分かっている。向こうとしてはできる
限り余計な外野は始末したい筈よ」
「……だからむしろ、こいつらを取り込んで徒党を組んで対抗しようって事か。まぁ理屈は
分かるが、ジーク達がなぁ……。どうなんだ?」
「えぇ……俺は別にいいッスよ。確かにやり合いはしましたけど、事情も分かりましたし。
もう終わった事ですし。団長の決めたことなら、俺は従います」
「私も構わないよ。私自身、暫くは怪我で満足に戦えないだろうし、彼らなら充分穴埋めに
もなってくれるだろうと思う。実際に剣を交えたのだから保障する」
「そっか……。ならいいんだが」
 少し虚を衝かれた感じだったが、ダンもそして当事者であるジークもリンファも異存はな
かった。ダンはどうにも毒気を抜かれたようで少々目を瞬かせると、ぐるりと皆に「お前ら
もいいのか?」と意思を問い、各々の首肯を確認して取りつける。
「決まりね。それでいいかしら? サフレ君、マルタちゃん」
「……えっと」
「は、はい! ありがとうございます。お世話になりますっ!」
 そして改めてイセルナが問い掛け、戸惑うサフレに変わってマルタが感涙に瞳を潤ませな
がらぶんっと頭を下げていた。
 やや遅れてサフレも彼女に倣うように頭を下げ、承諾の意思を示す。
 ジーク達はホッと一息をついたように互いを見返していた。
「……よし。じゃあ新団員誕生か。ハロルド!」
「そう来ると思ったよ」
 そして切り替えが早いのもこの業界の者達の性質で。
 ダンが大きく深呼吸をして振り向くと、ハロルドは既にカウンターへと歩み寄り酒と肴の
準備を始めていた。
「さて皆。今夜は新団員歓迎の宴といこうか」
『うい~ッス!!』
 ハロルドが酒瓶を片手にそう言うと。
 場の団員達は訓練された兵隊よろしく歓喜の声で返事を重ねる。

 そして深夜の酒場で宴は始まった。
 とはいっても、むしろダンらは口実を作って酒を飲みたかっただけなのかもしれない。
 用意された酒と肴。それらを囲んで大いに語り、笑い、飲み食いする。
「~~~♪」
 その輪の中で、マルタがハープ片手に美しい音色を奏でていた。
 荒っぽい冒険者の中では些か繊細過ぎる曲調だったかもしれないが、戦いにもこうした休
息にも癒しを与えてくれる彼女の特技に、皆は惚れ惚れと聴き入り、宴の酒が進んでいく。
「……なに主役がぽつねんとしてんだよ」
 そんな宴席の中で、一人そんな相棒の姿をぼうっと眺めていたサフレに、酒瓶を片手にし
たジークが近付いて来た。
 少し驚いたような彼だったが、もう警戒するような謂れはない。
 一瞬視線を交じらせただけで彼はジークが隣に座るのをあっさりと許容する。
「飲めよ。和解の杯って事でさ。……飲めるよな? 年格好は俺に近いみたいだし」
「ああ。今年で十九になる。嗜む程度にはイケる口だ」
「それを聞いて安心した。まぁうちには酒豪が二人いるから、くれぐれも気を付けとけ?」
「……肝に銘じておく」
 ジークが卓上で重ねられたグラスから二人分を取り、酒を注いだ。
 小振りのグラスに満たされた酒が二杯。二人はそれぞれにその透明な杯を手に取り、
「ま、よろしくな」
「こちらこそ。マルタ共々、世話になる」
 カチンと静かに乾杯の音を鳴らす。
「……」
 そんな二人の後ろ姿を、銀髪な黒ローブの──クランの引き篭もり少女・ステラが物陰か
ら覗き込んでいた。
 何だか騒々しく皆が出て行ったと思ったら、どうも団員が増えたとかなんとか。
 アルスの事もあるのに、自分はどうしたらいいのだろう……?
 きゅっと物陰、裏口の戸を握り締めると彼女は緊張と不安で静かに震える。
「ステラ?」
 すると、ふとレナと共に給仕に回っていたミアがその姿に気付いてやって来た。
 重なった沢山の皿を、軽々と片手で持ち運んでいる。
「本当だ~。気になったんだ?」
 ビクリと身体を震わせるステラ。しかしそれでもレナとミア、友人二人は運んでいた食器
を流しの中に放り込むと二人してずいっと近寄ってくる。
「……うん。また団員が増えたんだって?」
「うん、そう。あそこでジークと飲んでいるのがサフレ。皆に囲まれてハープを弾いて歌っ
てるのがマルタ」
「そっか。じゃ、じゃあ私はこれで──」
「待って」
 だが立ち去ろうとするステラを、ミアははしっと掴んで止めた。
 レナが小首を傾げている中、彼女はおどおどしているステラを暫し見つめてから言う。
「……ステラも、混ざろう?」
「えっ」
「あ、いいね。折角の歓迎会だもん。無理強いはできないけど……」
 それが意地悪ではないことはよく分かっていた(もしかしたらミアは、以前のアルスの件
のお返しのつもりだったのかもしれないが)。
 だからこそ、ステラはあまり強く拒むことができずに押し黙ったままで、
「よし。行こう」
「う、あ? ちょ、ちょっと……!?」
「ふふっ。ゴーゴー」
 結局そのまま友人二人にエスコートされる格好となってしまう。
「お? ステラじゃねぇか。どうだ、お前も飲むか?」
「いきなりボクらの友達に酒を勧めないで」
「なっ……。ミア、そんな冷たい目で見なく」
「……」
「す、すんません……。自重します。ハイ」
 かといってダンら宴の中心、団員らはステラを見て畏まる事は敢えてしなかった。むしろ
顔を出してくれた事自体に素直に喜んでいるようでもあった。
 副団長の親馬鹿ぶりと力関係に、どっと団員らが酔いで赤くなった顔のまま大笑いする。
 ダン当人は不服そうだったが、かといって本気で怒っているわけもない。
「マルタちゃん。紹介するね」
「ボク達の友達の、ステラ」
「うっ。こ、こんばんは……」
 女子陣は女子陣で、負に中てられた少女と魔導により創られた少女が出会いを果たす。
「こんばんは。初めまして。……えぇとウィザードさん? でもこの感じ、魔人さん?」
「ッ!? いや、あの」
「……そうでしたか。よろしくお願いします」
「うん。あの、怖がらないの?」
「……? 私は別にステラさんから何かされた訳じゃないですよ? それにマスターにも日
頃から『他人を肩書で判断するな』と言われています。皆さんのお友達なら、きっと貴方も
いい人です」
 ステラは呆然としていた。
 冷静に考えればそうなのかもしれない。或いはオートマタであるからこそ、主たるサフレ
の言葉に忠実であるからなのかもしれない。
「……うん。ありが、とう」
 それでもステラには充分だった。
 ぼろりと、何かが一枚脱げたように涙が零れる。
「ふぇ!? ど、どうなさったんですか? 私、何かまたドジを……」
「ううん。何でもないんだよ。ステラちゃんはただ、嬉しかっただけ」
「……というかその言葉。普段からドジしてるって言っているようなものじゃ……?」
 彼女達は四人になっていた。
 また一つ、ブルートバードに絆が芽生え始める。

 だが一つだけ……例外がそこにはあった。
 ダンやイセルナら大半の団員達、ミアら新生女子グループ、そしてシフォンやリンファも
加わり飲んでいるジークとサフレの四人。それ以外の。
「…………」
 それは、アルスだった。
 歓迎の宴。皆が束の間の享楽を愉しむ中で、彼とその持ち霊たるエトナだけは、密かに店
の外、裏口から見える中庭を眺めてぼんやりとしていたのだ。
 店内で騒いでいる面々の声が意識に遠くを掠めている。
 兄さんも、リンファさんも無事だった。
 それでも……今の自分に、良い光は見えない。
 アルスは大きくため息をつき、あの日の事を思い出す。
『……いいぜ。俺がお前の指導教官になってやる』
『! 本当ですか!?』
『ああ』
 それは自分が所属ラボを決めようとし、ブレアの下を訪れた日の事だ。
 自分の過去の苦しみとそこから抱いた夢を、願いを聞き、確かに彼は自分を受け持ってく
れると言ってくれたのだ。
『俺もいい加減、窓際な研究生活には飽きてた所だしな』
 だが、彼はもう一つ自分達に告げたのだ。
 肩越しにじっと見据えた、冗談など一切通じない力強い眼。
『但し……。一つ、条件がある』
『条件、ですか?』
『そうだ。さしずめ、お前が俺に教えを請うに足る資格とでもいった所か』
 やや不安げに問い返す自分に、ブレアは言う。
 そしてその不安は……すぐに現実のものとなったのだった。
『──アルス・レノヴィン。お前の持ち霊・エトゥルリーナを契約解除しろ(すてろ)』
 淡々と、そんな条件(なんだい)を突きつけられると共に。

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  1. 2011/09/16(金) 20:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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