日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「リヴェンジャー」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:過去、雨、裏切り】


「……こいつあ酷ぇな」
 また新しい被害者が出たとの報告を受け、丸岡は同僚の刑事達と至急現場へと向かった。
 場所は街の北西、入り組んだ市街地の奥まった路地裏の一角。
 既に鑑識が動き始めていた。警戒中の警察官に軽く挨拶をしてやりながら、黄色い非常線
を潜って中へと入っていき、その光景にはたして絶句する。
 また年若い青年だった。
 そんな彼が、両手足を手錠と背後の配管に繋がれ、口にはガムテープが貼られている。ぐ
ったりと項垂れて動かないその身体には無数の刺し傷が赤黒い染みを作っており、何よりも
目を引くのは──その男性器が切断されていた、という点だ。
「うぇっぷ……」
「ああ、股がキュンとする……」
「マルさん。これってもしかしなくても」
「だろうな。四人目だ」
 そんな凄惨な被害者のさまに思わず吐き気を催したり、同じ男性として思わず股間を押さ
えて身を竦ませたり。
 暫くこの遺体を見ていて、同僚の一人がそう丸岡に問うてきた。彼は頷く。実はと言うと
この手の殺人事件は何も今回が初めてではない。
 ──最初の被害者は今から半年ほど前だ。街の北東にある路地裏で、同じように四肢と口
を塞がれてめった刺しにされた挙句、男性器を切り落とされて絶命していた青年が発見され
たのだ。署はその尋常ではない殺害方法から、程なくして捜査本部を立ち上げ、多くの人員
を投入して犯人を追っているのだが……未だにその身元も、足取りも思うようには発見でき
ていないのが現状だ。
 皆でそっと、この被害者に手を合わせて運び出して貰う。
 死因はほぼ股間のあれだろうが……後は司法解剖の結果を待とう。鑑識が十二分に写真も
撮った。人払いをしていあるとはいえ、これ以上この青年を恥に晒す必然性もないだろう。
「……しかしあれですね。これでまたマスコミ辺りから突き上げが来ますよ。四人目の犠牲
者が出て、警察は何をしてるんだって」
「言わせとけ。俺達がどうしようが、難癖をつけるのが奴らの仕事だろ。……どうせ目立つ
特徴ばかり取り上げておいて、事件の本質なんざ見ようとはしねぇんだ」
 若手の同僚が若干辟易してごちるのを、丸岡は鼻で哂いながら踵を返し始めていた。
 一々気にしていたら出来る仕事も務まらないというのもあるが、少なくとも彼自身は、彼
らの騒ぎ立てる言葉と眼には、誠が籠もっていないと常々感じていた。
「? それはどういう──」
 この同僚が、頭に疑問符を浮かべて、軽く眉間に皺を寄せて訊き返してきた。
 だが丸岡は答えない。皆よりも先んじて現場を背にしながら、言う。
「一旦戻るぞ。手掛かり(ピース)の中身を詳しく調べなきゃいかん」

 現場検証を済ませ、署に戻って来た頃には、日はすっかり暮れてしまっていた。
 それでも丸岡達にきちきちと決まった休みやシフトは無い。課の会議室には煌々と照明が
点けられ、今回を含めた一連の事件の被害者達の写真を貼ったホワイトボードを前に課長以
下面々が難しい表情(かお)をして立ったり座ったりしている。
「身元判明しました。高遠保、二十四歳フリーター。七年前に前科あり。当時の友人達とひ
ったくりグループをやっていたようです。ただ現在の所、これまでの三人との直接的な接点
は見受けられません」
 資料を読み上げながら、刑事の一人が報告していた。
 ふむ……。年配の課長が青い顎鬚を擦りながら、この新しく貼り付けられた四人目の被害
者とこれまでの被害者の写真、書き込まれた情報を見比べて小さく唸っている。
「接点はないが、共通項はあるな。どれも皆、前科持ちの若い男、か……」
「となると、怨恨の線で間違いないでしょうね」
「だろうなあ。そうでもなきゃあんな殺り方はしねぇよ」
「でしょうけど……。でも何でまたアレをちょん切っちゃうんですかねぇ……」
 見えてくるものがある。だが一方でまだ見えてこないものも少なくなかった。
 それは犯人は一体どんな人物か? という大前提に始まり、何故このファクターの人物ば
かりを狙うのか? 男性器を切り落とすのか?
 そもそも、前科持ちという情報をどうやって手に入れているのか──。
「ホシは女性でしょうかね? 昔、男に散々な目に遭わされたとか。相手を拘束した上で殺
害しているのも、非力だからと考えれば……」
「いや、拘束するまでに腕っ節が要るだろ。薬で眠らせた、とかならともかく」
「どうだっけ? 解剖で薬物反応って出てたっけか?」
「いえ……。多分無かったと思います」
「ふーむ。まだ男か女かを決めてしまうには早い気がするな。そもそも単独犯ではないのか
もしれない。あらゆる可能性を含めて捜査を続行せねばならん」
「……」
 同僚達が次々に議論を戦わせている。それをやんわりと、しかし取り仕切るのは忘れぬよ
うに、それらを課長が纏めている。
 だが一方で丸岡は終始押し黙っていた。じっとホワイトボードの情報を見、テーブルの下
に忍ばせた自身の手帳を身、頭の中で黙々とパズルのピースを試す眇めつ組み立てようとし
ては崩し直している。
「丸岡。お前の意見は?」
「……自分は単独犯だと思います。少なくとも実行犯は。怨恨と一口に言っても、抱く感情
はそれぞれ微妙に違う筈です。仮に複数人で犯行に及んでいるとしたら、これまでの四人の
ホトケさんに対して、何かしら共通項から外れたものがある方が自然です。ですが自分達が
視た限り、ホシはどの犯行もきっちり杓子定規なまでに統一した殺り方を通してる」
「なるほど……」
「つまりそれだけ、犯人はこの手の被害者達に執着しているって事ですか」
 それでも課長に意見を求められて、丸岡は気難しい表情のまま答えた。
 あくまで自身の勘である。だがそれを努めて論理的に組み立て、尚且つ彼自身がベテラン
の域に達する刑事であったため、仲間達からの信頼は決して低くはないのだ。
 コクリ。年下の同僚の問いにも丸岡は小さく首肯した。
 再び面々がホワイトボードや各々の手帳、互いに見合わせた表情(かお)などでじっと考
え込む沈黙、ざわめきが続いた。
 被害者の顔写真と名前、年齢、職業、死亡推定日時。
 ざっとそれらを見渡した後、丸岡は一人席を立とうとする。
「うん? どうした?」
「……ちょっと調べ物を。じき戻ります」


 四件目の事件から数日が経とうとしていた。案の定、マスコミは連日この“異常”な事件
を取り上げ、そして訳知り顔でコメンテーターなどを通じて自分達を批判して〆る、という
茶番を繰り返している。
 尤も、丸岡自身はそんな外野の事はどうでもよかった。異常じゃない事件などそもそも存
在しないっていうのに。
(……いない、か)
 その日、彼は一人とあるアパートの一室を訊ねていた。
 何の変哲もない集合住宅の三階である。丸岡にとっては何度か訪れた事のあるその玄関扉
は、今ではすっかりしょげかえって冷たくなってしまったようにも感じられる。
「あら、どちら様?」
 そうして一人扉を見上げて立っていると、近所の住民だろうか、廊下に箒と塵取りを持っ
た中年女性が出てきて、少々驚いたように声を掛けてきた。
 丸岡は振り向く。あまり印象に──記憶に残っていない。だがさっき階の向こうの部屋か
ら出てきたという事は、ここの住民でおそらく間違いないのだろう。
「こちらの住民の方ですか?」
「ええ。三〇八の笹本です」
「そうですか。あの……こちらの部屋なんですが」
「え? 早瀬さん? お知り合いですか? なら居ないと思いますよ。普段から何処かしら
へ出歩いていつ戻って来るかも分からないですから。それに……あまり関わらない方がいい
でしょうし」
「……」
 随分とお喋りなご婦人だ。丸岡は僅かに眉を寄せただけだったが、内心腸が煮えくるよう
な思いを抱えていた。
 面識がある人物でなくてよかった。そうだったとしたら、この時点で既に怪しまれてしま
うのだろうし。

 ──この部屋の、三〇五号室の住人を丸岡はよく知っている。
 名を早瀬という。自分より一回りほど若いが、一年ほど前までは相棒として共に多くの事
件に関わっていた男だ。
 しかしそんな相棒も、とある事件を切欠に職を辞してしまった。この部屋で夫の帰りを待
ってた妻が……殺されてしまったからだ。
 今でも鮮明に記憶に残っている。あの時の早瀬の号泣と、後悔と怨嗟の叫びは決して他人
には受け止め切れない。
 まだ結婚して三年目の仲の良い夫婦だった。少々控え目で押しに弱い所はあったが、家庭
的なよくできた嫁さんだったと記憶している。
 それにあの頃、彼女のお腹の中には新しい命が宿っていたのだ。
 聞いていた話だと三ヶ月。まだ確実ではないが、男の子だろうという話だった。
 相棒の、妻と子の話をしていた時の幸せそうな表情(かお)ったら。すっかり関係が冷え
ていた自分とは対照的で、何だかこっちまで恥ずかしくなったものだ。
 それを……あの男はぶち壊した。一年ほど前のあの日、早瀬不在のこの部屋に、若い男が
乱暴目的で忍び込んで来た。
 相手は妊婦である。元より抵抗され難いと高を括っていたのだろうか。
 だがどれだけ生来控え目な性格でも、母親である。彼女は自身とお腹の中の子を必死に守
ろうとした。──それが奴の逆鱗に触れたのだ。男は逆上して力ずくで彼女を犯し、更に泣
き叫ぶ彼女を殴る蹴るの暴行を振るった末に……死亡させたのだった。
 二人分。
 この若い男は二人もの尊い命を奪ったのだ。そして早瀬から──最も大事なものを永久に
奪い去った。男は程なくして捕まったが、二度と彼女達が戻って来ることはない。
 あまりに痛々しかった。日に日に憔悴する相棒を自分は見ていられなかった。
 進言しようかと思っていた。だがその矢先、相棒は自ら刑事の職を辞した。
 理由は一身上の都合。
 しかし内情を知っている自分達は、その本当の訳を──こんな精神状態で仕事なんて出来
る筈もないと分かっていた……心算だった。
 そうしてその後の様子も中々掴めないまま、半年ほどが経った頃だった。
 この管内で、若い前科持ちの男性ばかりが殺害される事件が起こり始めたのは。

「──では、早瀬さんはまだ此処を引き払ってはないんですね?」
「ええ。普通なら思い出してしまって辛い筈なんですけどねぇ。でも仲の良いご夫婦だった
から……。まだ踏ん切りがつかないんでしょうねぇ」
 この隣人の女性がよくもまぁぺちゃくちゃと話してくれる。
 自分がその早瀬と交友のあった人間だと知っていたら、ここまで口が軽くはならなかった
のかもしれないが。丸岡はじっと耐えていた。あいつの魂が哂われているような気がした。
「そうですか。ではまた改めて来てみます。ありがとうございました」
 最後に自分が刑事だと伝えて“意趣返し”をしてやった上で、丸岡はその場を去った。
 警察手帳を見せられた時の彼女の表情(かお)は──傑作だった。
(……そうか。お前はまだ此処にいるんだな)
 やっぱりそうなのか。
 丸岡の疑念は、確信に変わる。


 それから数日、丸岡は街中を虱潰しに歩き回った。
 文字通りの単独行動。犯人確保に躍起になっていた上からは何度か小言を言われたが、そ
の目的は同じで且つ同僚達からの信頼もあり、結局ある程度の自由は黙認されていた。
 しかし、その間にも犠牲は二人増えてしまった。
 どちらも若い、前科持ちの男性だ。やはり路地裏といった人気の少ない場所で四肢と口を
縛られて塞がれ、滅多刺しにされた挙句男性器を切り取られて絶命している。
 いつまで続けるんだ、早瀬……? 丸岡は内心焦り、そして苛立ちながら雲隠れする彼の
姿を捜し求め続けた。
 街の北東から始まった一連の事件。
 それから今まで──六人の犠牲者が発見された箇所を地図上で結んでいれば、その形は大
よそではありながら自分達の署を中心とした円を描く。
 この事に気付いた同僚は他にも何人かいたが、それを「挑発」ではなく「責め」であると
認識している者はいなかった。
 ……これは、あいつからのメッセージだよ。丸岡は当初から直感にも似た確信があった。
 あいつは、早瀬は全てその現場を計算して殺っている。そして気付いた自分達に訴えてい
るのだ。……法は、警察は、香織を救ってくれないと。
 あいつは憤っていた。髪を掻き毟り、悩んでいた。
 当事者だとして捜査陣から外され、時折しか情報が届けられない早瀬にとって、逮捕され
た男──まだ十九歳の少年が、極刑になる可能性が良くて五分五分だろうと聞かされた時、
その絶望はどれだけ深かったろう。
『何でだ! あいつは香織を……生まれてくる前の赤ん坊までも殺しんたぞ!?』
 元より正義感が強く、突っ走る所のある相棒であったが、あの時の激昂ぶりは尋常ではな
かった。直後自分や同僚達に必死に宥められ、大人しくなったと思っていたが……もしかし
たら既に、その時からあいつは考えていたのかもしれない。復讐という修羅の道を。
(……馬鹿野郎が)
 この数日間、丸岡は市中を歩き通しだった。
 しかし肝心要であるかつての相棒は見つからない。なのにまるでこちらの動きを読んでい
るかのように、彼は更に二人の若者を手に掛けたのだ。
 日はすっかり暮れてしまっている。丸岡は募る苛立ちと共に上着のポケットに両手を突っ
込んだまま、心の中でそう吐き捨てた。
 だがぽつぽつと、直後、雨が降り始めた。いつしか煌々と点っていた街中のネオンも心持
ち霞んで見えてしまう。
「……ちっ」
 忌々しげに空を見上げると、丸岡は足早に通りから近くの路地裏へ入った。
 何処でもいい。深くは考えなかったが、一先ず軒の下に避難しようと思った。
 しかし、その選択だったのだ。とある古びた店の、シャッターの閉まった軒下で雫を払い
始めたその最中、丸岡は目の当たりにする事になる。
「──」
 居たのだった。間違いなく早瀬が、血の滴るコンバットナイフを片手に、路地の向かい側
で手足と樋(とい)を手錠で繋がれ口をガムテープで塞がれて血塗れになり、激痛に悶え泣
いてた青年と向かい合って。
 早瀬……。丸岡が口に零す前に、向こうがこちら側に気付いた。
 じっと肩越しにこちらを見ている。死んだ魚の眼のような、酷く濁り感情の磨耗した姿で
あった。
「よりによってマルさんか。お天道さんも、最後に性の悪い鉢合わせを仕組んでくれる」
「……全くだ。ナイフを離せ。その兄ちゃんは、まだ死んでないな?」
「ああ、じわじわ嬲り殺している最中だったんだよ。マルさんならもう全部気付いてるだろ
うと思うけど」
 雨に濡れる事も急激に気にならなくなった。それよりも今は、この期せずして見つけた元
相棒と、その凶行を少しでも止めなければならない。
「ああ。これがお前の復讐だって事も、お前が俺達にだけ分かるようにそれとなく手掛かり
を残しながら犯行を重ねていた事も」
 ターゲットが総じて若者──それも前科持ちの青年だったのも、復讐の為。
 ターゲットが拘束された上で無数に刺されていたのも、復讐の為。
 ターゲットの男性器が切り落とされていたのも、復讐の為。
 全てはあの事件を通し、復讐鬼に成り果てた早瀬の犯行だったのだ。どれだけ残忍な事件
を、殺人を起こしても、未成年であればその処罰は「応報」よりも「更生」を前提とする。
 だが早瀬は──大切な人を奪われた当事者にとってみれば、そこに如何なる減点も無い。
奪われた事実は何一つ変わらず、ただ絶対的にその喪失が彼らを蝕んでいくだけだ。
「おそらくあのガキは何年かすれば出所する。何食わぬ顔でこの社会で息を潜めて生きてい
くんだ。……それが俺には許せない。あいつらは悪だ。やり直しなんてさせちゃいけない。
世の中の大半だってそんな事は望んじゃいない。滅ぼすんだ。平和な暮らしをぶち壊すあい
つらを、全部──」
「馬鹿野郎! それが同じ事だってのに何故気付かない!? お前、今の自分の顔見てるの
か? 死んでるぞ。魂が死んでる。お前は……誰よりも刑事であることを誇りにしていたっ
ていうのに……」
 淡々と、すっかり死滅しかかった表情(かお)で語る、打ち明ける早瀬。
 丸岡はそんな言葉を遮るように叫んでいた。雨がざぁざぁと強さを増していく。
 分かっている、そんなこと。どれだけこちらが綺麗事を並べたって、実際に奪われて失っ
てした人間にそんな言葉は届かないってことくらい。
 でも叫ばずにはいられなかった。かつての相棒だからこそ、怒らなければならなかった。
「ああ。俺は刑事失格だろうな。だから辞めたんだ。この計画が頭に浮かんで離れなくなっ
た時から、俺はもう刑事じゃなくなっちまった」
「早瀬……」
 やっぱりそうだったんだな。フッと自嘲(わら)う、変わり果てた相棒に、丸岡は思わず
すぐさま二の句を継ぐ事が出来ない。
「そうだよな。お前なら──元内部の人間なら、管内の少年事件を予めリストアップするの
は容易い。おかしいとは思ってたんだ。共通項が見つかったとはいえ、前科持ちなんてレア
な情報、外部の素人が持ち出すのは難しいからな」
 残念だよ。丸岡は言った。早瀬は黙っている。
 分かってるんだよな? これは“裏切り”なんだぜ?
 警察官として、俺の相棒として、何よりも一人の人間として。
「……同じ轍なんだぞ。そうやって自分の恨みに任せて他人を殺めていったら。あの男とお
前は一緒になっちまうんだぞ」
「ああ、分かってる。でも俺はそうする事を選んだ。選ばざるを得なかった。……何時かは
捕まるとは分かってた」
「……馬鹿野郎」
 ギュッ。ナイフを握り締め、拳を握り締め、二人は雨の中向かい合った。じりじりっと互
いに距離を詰め、やがて殆ど同時に地面を蹴って相手に襲い掛かる。
『っ──!』
 突き出されるナイフ。丸岡は両手でその腕ごとを押さえて横に倒し、しかし同時に早瀬も
崩されようとする身体のベクトルを利用し、鋭い蹴りを丸岡の右頬に打ち込む。
 ギシギシ……。互いに訓練された殴打が胸に頬に入り、苦痛に顔を顰めた。右の肘鉄で蹴
りを跳ね除け、ナイフの手を警戒し、二人は激しく揉み合いを繰り返す。
「ん、ぐぅっ!」
「は、ははッ……!」
 押し合い圧し合いの攻防だった。最初こそ痩せぎすの長身で一回り若い早瀬が、小太りの
丸岡を押していたものの、そこはベテランとしての場数の差が、最後はこの修羅に堕ちた相
棒を上回る。
 どうっ。雨で濡れ続けるアスファルトの地面に早瀬を叩きつけ、丸岡は激しく息を切らし
ながらマウント、両の後ろ手を取ってナイフを遠くに放り投げた。
「……はは。負けたか。やっぱマルさんは強いや」
「見え透いた嘘をつくんじゃねぇよ。お前、わざと手ェ抜いただろ」
 締め上げる。関節を決められて痛い筈なのに、ずぶ濡れになった早瀬はまるで壊れた玩具
のように笑っていた。いや、とうにそんな肉体的な痛みなど通り越したのだ。……かつての
誇りすら投げ棄てても妻子の復讐を果たす。自ら壊れていく道を彼は選んだのだから。
「……本当に馬鹿野郎だよ。お前は」
 口元に垂れた血を拭う。
 その選択(よわさ)を、自分は平然とは詰れない。
 同じく強まる一方の雨に打たれる丸岡は、そう叫びを呟きに絞り尽くして啼くのだった。
                                      (了)

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  1. 2016/01/10(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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