日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「幻路(まぼろ)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:蜃気楼、地平線、残念】


 ひんやりと冷たく、そして視界がすこぶる悪い。
 どうやら自分は靄の中にいるようだ。ただぐるりと辺りを見渡してみれば、その広大さに
圧倒されるばかりである。
 静かに眉を顰め、目を細めた。辛うじて視界の届く足元には、頼りないながらも、地面の
大多数とは明らかに違った色の──言わば“道”のようなものが、背後からの靄から向こう
側へと延々延びているのが確認できる。
『……』
 何故だろう? 肌を刺す感覚はこんなにも冷たくて拒んでくるのに、妙に懐かしい。
 一度空(くう)を仰いだ。しかし案の定、視界一杯に映るのは只々見通しの効かない深い
靄ばかりである。
 小さくため息を吐きながら、視線を下ろした。しんと静まり返っている。此処は何処なの
だろうというこちらの疑問が浮かぶと、まるでそれを待っていたかのように変化が訪れた。
 声が聞こえた。靄の向こう側から、ごくごく自然に語らっている何者かの声がする。
 ハッとなって視線を向けたが、当然その先にあるのは深い靄だ。それで他の誰かがいると
確認できる訳でもない。
 声は文字通り霧散するように残響し、微かにそこに人影があったと思しき影形を視認させ
ながら消え失せる。……暫くそちらを見ていた。だが再び戻ってくるのは静寂。ひんやりと
したセカイの中でただ一人佇み、しかしそんな自分が何だか可笑しくなる。

 ──嗚呼、そうだ。何時だって自分達はこうだったじゃないか。

 此処は何処なのだろう? そうさっき自分は問うた。だけどその問いはきっと無意味なの
だろうと直感が告げる。まるで何かが降って来たかのように悟る事となる。

 ──此処が、全てだ。

 先も、これまでやって来た道すらもろくに見えない深い靄。これは自分達の生きる世界そ
のものではないかと思った。
 道ならある。足元をじっと見つめれば辛うじて淡白な藍。無尽蔵、四方八方に酷く平坦に
広がっているらしい石畳。そこに白く、とても心許なく延びているか細い道だ。
 きっと、自分達はその事実にすら気付かず此処を歩いているのだろう。或いは気付かない
ことこそが、上手に生きるということなのかもしれない。……きっとそうだ。
 だが少なくとも、自分は気付いてしまった。立ち止まってしまった。嗚呼この時点でもう
自分は何という脱落者か。
 そうして意識したからだろうか、気付けばあの靄の向こうの人影と、残響する声が四方八
方から聞こえ始めた。
 無数の生。
 きっとその殆どが、自分と直接関わることすらしない他者の群れ。
 さっきは誰かがいると確認しようとした。それで……自分は何を得たかったのか?
 安心? 何故その程度の事で安堵などできる。同じ靄にむけたセカイの中で、ただ自分以
外の誰かがいると分かったとしても、何一つ目の前に広がる事実は変わりはしないのに。
 無数の声。
 きっとその殆どは、自分のことなど気付かず、そして目の前に広がるこの靄の存在すら知
らない。知覚するという心の用意すら持ち合わせていない。
 ……でもそれが上手く生きるということなのだろう。気付かずに、ただ据えられた場所か
ら朽ちるその日まで歩き続ける。道の順路、長さ、目的など瑣末なものだ。
 ただ在るから己は在らしめられた。
 にも拘わらず、そこに疑問を差し挟み立ち止まった時点で、自分という一個はこの茫洋と
した靄(セカイ)の中に立ち尽くす事になる。

 ──道。
 自分が今踏み締めているそれは、きっと何処かへと続いている。

 そっと振り向いていた。当然ながらもう背後には既に深く靄が立ち込め、自分が辿って来
たであろう筈の“道”さえ今では視覚のメモリーにすら残らない。
 ……他人びとの声が聞こえる。
 彼らもまた、歩いているのだろう。少なからずは自らの意思ではなく、或いは誰かから期
待され、強制され、それが自身のそれだと言い聞かせて境をなくし、己の中に染み込ませて
判らなくしてしまった道を。
 ゆっくりと瞼を落とす。
 さて、自分はどうだったろうか? この道は、果たして心から自分が望み、受け入れた道
であったろうか?
 残る記憶を辿るに、結論から言えば否だ。……いや、それも結局今という結果を見た上で
の無い物ねだりでしかないのかもしれないが。
 そもそも、生まれ落ちた場所(スタートちてん)でさえ自分達は選ぶ事はできない。既に
この時点で大きな運がそれぞれを襲う。
 自分はどうだったろうか? 過ぎ去っていった時間を惜しんでも決して戻って来る事はな
いのだが、思えばもっと自分に「力」があれば。「知」があればと悔やんできただろう。
 家族という最小単位にして、しがらみ。
 世代を超えてそれは引き継がれる。いや、家とはその為にあるものか。
 だが少なくとも、その懸隔は自分達を大いに引き裂き、しかし離れ切れずにさせしめ、長
い歳月を苦しめ続けてきたと思う。ただ年長なだけで──月並みな言葉を借りれば人格など
正比例していない相手を、敬わなければならない。従わなければならない。その呪縛がどれ
だけかつての母を苦しめただろう。
 彼女の味方であって然るべき筈の父は、己の両親の僕だった。慰める所か、非を全て娶っ
た筈のこの母にのみ覆い被せ、生きてきた。
 ……だから自分には解らない。ようやくその義父母(げんきょう)が死に絶え、もう直接
貴女を虐げるものはいなくなったというのに、

『私は、義父さんを許したいと思う』

 棺の前でぽつりとそんな事を語った。
 ……何故だ? あの時も、今も、自分は解らない。奴らの存在がどれだけ貴女の人生を蹂
躙し、不可逆の進行をなさしめたか。なのに貴女はその所業を許すという。
 解らない。長らく、解らなかった。
 それから暫くしての事だ。嗚呼、自分は母の代わって憎しみを受け取ったのだなと。
 気付けば他人を疎んだ。母を父を、凡俗と心の中で蔑んで過ごした。自分なら、貴方達の
“失敗”を知っている自分なら、もっと上手く冷徹にやれると信じていた。
 ……それが愚かだったのだろう。
 結論から言えば、燃やし続けた材はボロボロの灰になる。
 気付けば自分は「憎むべき」他人や社会と折り合いを付ける事が出来ず、只々孤立する一
方だった。己の中で築き上げた立体のセカイ地図と目の前のそれがあまりにも違い過ぎて、
それでも姑息に繕い続けて、詰まる所まで詰まってしまった。

 ──“道”から、零れ落ちる。

 ただ一人で何が出来る? ただ一人で何が変えられる?
 凡庸で卑屈に内向く事しか出来なかった個は、圧倒的な現実(きぞん)の前に成す術など
ない。ただ立ち向かってコテンバンにされ、或いは立ち向かう気概すら事前にへし折られて
自壊するより他ない。
 おかしい……。その内に抱いた僅かな軋みは、時を経て最早復元不可能な亀裂へと至る。
 単純な事だった。
 断ち切らねばならぬ。誰かの私念はあくまでその誰かの私念でしかなく、これらに拠って
己を築こうなど所詮紛い物でしかなかったということだ。
 紛い物。それでは、自分を自分たらしめるのは、一体何か?
『……』
 背後に落としていた視線を、ゆっくり前に戻しながら静かに維持する。
 未だ靄の向こうでは、誰かの人影達が、ゆらゆらと蠢きながら耳障りの悪い声を立てて闊
歩していた。

 ──心を、殺すことだ。

 とはいえそれは己の死を指すのではない。例えば息を殺すように、湧き上がる感情を、特
に怒りを、自らが動く原動力にしないようしないよう努めることである。
 疑問を持たないことが上手く生きることだと嘯いた。それは立ち止まってしまった自分の
ような人間からの、彼らへの最大限の皮肉でもあり、同時に厳然たる真理でもある。
 単なる悲観ではない。
 ただ、事実としてセカイはそうして出来ている。
 元より出発点より違い過ぎる“道”だ。これらは無尽蔵に枝分かれし、か細く、そして茫
洋として全てを握り締めることは叶わない。……もう一度言う。叶わない。
 靄とは不可視とされた事で苛立つのではなく、余分な算段と比較をせぬ為の予防線なのだ
と理解する。
 自分はこの“道”を取り、進んでいる。
 だがあの人は別の、もっと確かで眩い“道”を進んでいる。
 そのような詮無い比較で心を掻き乱させぬ為のものだ。選んだ“道”はそれぞれに果てが
ある。一見どれだけ多くの人が選び、しっかりと安全に見える“道”でも、もしかしたらそ
の行き着く先は白と藍の区別すら付かない冷たい無なのかもしれない。勿論、今自分が進ん
でいるこの道がそのような果てなのかもしれない。

 ──心を、殺すことだ。

 自分は靄の向こうの誰かではなく、彼らには為れない。
 同様に靄の向こうの誰かは決して、自分には為れない。
 それでいいではないか。求めるべきものが、先が、自分達は得てして違い過ぎる。或いは
自身が持っていないものを、その誰かに過剰なまでに負わせようとする。
 何を隠そう、そうした私念を勝手に他人へと積み上げていくことが自分達の憎しみを増大
させるのに、いざ自分達で積み上げた図面のものが崩れた時、ヒトは癇癪を起こすのだ。
『……』
 静かに見渡す限りを、靄はその不明瞭で包んでいる。
 微かに覗く藍色の石畳は、きっと遥か遠くまで平坦に延び、無数の道を作るのだろう。
 靄の向こうで大きく小さく、蠢く人影達は、互いにこの手に届きそうで届かない。
(……。行くか)
 ひんやりと冷たく、そしてすこぶる悪い視界。
 酷く平坦に広がり覗く藍色の石畳と、頼りなさげに延びては枝分かれする道。
 カツリと。
 自分達は只々この霧中を、それぞれの速さで進んで往くしかない。
                                      (了)

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  1. 2016/01/03(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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