日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「イナイ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:おかしい、見えない、魔法】


 ただ刺激が欲しかった。最初の理由など単純で、しかし一度踏み込んでしまえば泥沼でし
かないような根本的な問いである。
 自分はおそらく「何者」にも為れない、為れるだけの何か突出した能力がある訳ではない
という自覚があった。ただ明確な何者かに為れない以上、名前の付かないその曖昧な者達の
ストックとして消費されるだけの事である。甘んじて受け入れる以外に現実的な路(みち)
を持たないのである。
 それが辛くて、だけどなるべく考えないようにして生きてきた。それが大よその人間にと
ってはごく普通の事で、無ければ必ず困る処世術(みのおきかた)であるからだ。
 でも……無駄に多感な年頃だからか、はたと時々こうして自分が果てしなく空虚であると
自覚する。どうせ自分一人くらい。人波の中にあって思考を過ぎらせずにはいられない。
(──うん?)
 だからその日、稲井は気が付いた。
 学校からの帰り道、特に目的もなく寄り道をしていた商店街のアーケードの下で、彼は何
気なく視線を遣ったその先に見慣れぬ店があるのを見つけたのだった。
(薬屋、か? こんな所にあったっけ……?)
 そこは通りの途中から十字路に掛かり、裏の路地──飲み屋が連なる区画に折れていくす
ぐ手前のスペース。幾つか通りを真っ直ぐ過ぎていく中で見かける店舗の端だ。
「……」
 酷くこぢんまりとした、急に時代が一昔二昔遡ったかのような佇まいがあった。
 おそらく商店街(ここ)が新しくなっていく中で取り残された古い店なのだろう。それな
ら何も此処だけの話じゃない。この商店街でも、余所の町でも、ふいっとこうして時代に取
り残されたかのような店が在るのは初めての事はなかったように思う。
 じろり。奥に居た、店主らしき老婆と目が合ってしまった。
 やばっ──。稲井は気付き、慌てて制服の胸元に顔を埋めて通り過ぎようとしたが、それ
でも時は既に遅く。ちらと僅かに横目にもう一度眼を向けてみれば、当の老婆本人はにんま
りと笑ってちょいちょい、明らかにこちらに向かって小さく手招きをしてきている。
(……仕方ねぇか)
 内心結構ぐるぐると迷ったが、結局彼はそっと半身返すと店の中へ入っていった。
 そこまで邪険に、冷たくあしらうのも何だか後味が悪い。それに、年寄り相手なら適当に
話を聞いてやっているふりをすればすぐに終わるだろうと軽く考えていた。
「いらっしゃい。何にするかの?」
「あ、いや、別に用がある訳じゃないんだが……」
 だから所狭しと棚が据えられた店内に足を踏み入れ、この老婆が話し掛けてきた時、稲井
はやっぱり止めといた方が良かったかなと思った。
 多分だが、この婆さん、ボケてはいない。
 してやられたなと思う。今日び普通はしない、避け合うようなアイコンタクトをしてきて
おいて、それでいて平然とこっちを客として迎えてくる体を取ってくるのだ。
 第一見れば、この店内は怪し過ぎる。
 小奇麗な陳列などとは程遠い古臭いパッケージの箱やら、蛙や蛇などをホルマリン漬けに
した瓶が平然と置いてあることやら。……必死に好意的に捉えてやれば、いわゆる漢方系の
薬屋なのかもしれない。
「死んどるのう」
「え?」
「お主、眼が死んどる。若い内から色々諦めてしもうとる顔じゃ」
「──っ」
 だから次の瞬間、殆ど不意打ちのように掛けられた老婆の言葉に、稲井は思わず顔を引き
攣らせて喉を詰まらせた。
 死んでる? 俺が?
 それでも一方で、必死にこれを否定しようとも思わなかった。そこまでムキになるほどの
気力が湧いて来なかったのは事実だ。
 じっと、老婆は奥のカウンターからこちらを見ている。ごくり……。稲井は暫く、まるで
全てを見透かされたような眼に射留められて動けなかった。
「……まだ若いんじゃから、もっと自分の思う通りに動けばええ。苛立てば怒ればええし、
哀しければ泣けばええ。理不尽なら訴えればええし、力も──」
「あんたに何が分かるんだよ!」
 だから、そう訥々と口を開く彼女に向かい、稲井は沸き立った感情そのままに叫んで割っ
て入っていたのである。
 しん。ざわ、ざわ……。
 店内に残響した自身の声が表す静けさと対比するように、背中の方から表の雑踏の音が不
意になだれ込んでくるかのように聞こえてくる。
 しかしそこにいる他人びとの誰一人として、彼の叫びを認識したものはいなかった。ただ
各々の時間と目的の為だけに店の前を通り過ぎ、その数多の無関心で以って彼という少年を
路傍の石のように蹴飛ばし、その事にすら気付かず去っていく。
 稲井は静かに、しかし確実にぐらぐらと大きく瞳を揺らしていた。そんなさまをじっと見
てから、老婆はふっと口元に弧を描いてからカウンターの内側を弄り出す。
「お前さんにこれをやろう。最初じゃから、お代は要らん。気に入ってくれればまた訪ねて
くれればええ」
 コトン。置かれたのは小さな小瓶だった。
 中にはくすんだ色をした白い錠剤が幾つか。ラベルは瓶の一部に小さくぺたりと貼ってあ
るだけの簡素なもので、しかし何処か外国の言葉なのか、稲井には何が書いてあるか分から
なかった。
「……何だよ、これ」
「有り体に言えば、透明人間になれる薬じゃよ。原理は多少違うがな。嘘だと思うなら自分
で試してみるとええ。この薬が効いておる間は誰もお前さんに気付く事はない。……その間
に存分に発散なされ。誰にも邪魔をされない経験を、今の内にのう」
「……」
 稲井は眉間に皺を寄せた。どう考えたって怪しい。
 だが少し興味はあった。薬の正体を聞いて、ふっと頭の中に過ぎった自分自身が幾つかあ
ったからだ。暫くじっと彼女と半ば睨み合う。されどやがて……彼はこの薬瓶をもぎ取ると
踵を返したのだった。まぁいい、タダでくれるっていうのなら貰うだけ貰っておこう。
「効き目は大体一粒で一時間ほどじゃ。一日二回が適量じゃぞ」
 その背中に向かって老婆は言う。聞いてはいたが、聞き流す。
「用法容量をよく守って使うんじゃぞい」

 ──だから実際、この錠剤を服用してみた時、稲井は我が目を疑った。興奮した。
 先ず自分の身体中をふよふよと淡い膜のようなものが覆っている。剥がそうとしても取れ
ず、言われたように一時間ほど経つとゆっくりと薄くなって消えていった。
 鏡に、自分の姿が映らない。
 正直一番最初は怖くなったが、これが透明人間という奴なのだろう。モノからも認識され
ないというのは驚いた。早速家族で試してみたが……誰も服用中の自分に気付かなかった。
 誰にも気付かれないし、邪魔されない。
 稲井は密かに自分の中でムクムクと様々な欲求が膨らんでいくのを感じた。
 やってみたい事は幾らでもある。その翌日から彼は興奮のままに行動を開始していた。
 一つ、試験前の問題を職員室に忍び込んで見ておくこと。
 服を脱がなくても透明になれるという事は、おそらく自分に付随するものは全部相手に見
えないのだと考えた。実際、メモとペンを片手に職員室に忍び込み、問題をメモしていった
が、この二つだけが周りに浮いて見えたという反応もない。──故にこの時の試験は自己最
高の成績を取れた。尤も分かったのは問題だけであって、そもそも自力で解けなかった問題
の分は失点した訳だが。
 一つ、前々から欲しかったゲームや漫画などを片っ端から漁った。
 こちらもやはり自分に付随する──触れているものは認識されないようで、彼はまんまと
目当ての品を手に入れる事ができた。念の為、クラスメート達にはひけらかさず、それでも
彼は存分にこれらを楽しむ事ができた。……万引き? 知っている。だが何だというのだ。
バレなければいい。稲井は嗤う自身を止められなかった。
 一つ、以前から自分に嫌がらせをしてきた同級生への復讐を実行した。
 向こうは何も見えていない、こちらに気付いていもいない。
 よくも散々、根暗だのオタクだの罵声を浴びせてきやがったな──最初の右ストレートは
面白いほど彼らの顔面にめり込み、歯が折れ、血を撒き散らして倒れる彼らを稲井は心の底
から哂いつつ殴り続けた。
 周りから悲鳴が上がっている。近場にいた女子がおろおろしている。
 そりゃそうだ。見た目には突然こいつらがひとりでにボロボロになっていくなんていう怪
奇現象が繰り広げられていたのだから。
 稲井はそれからも執拗にかつての苛めっ子らに報復し続けた。
 そして三ヶ月目。とうとう彼らは揃って学校を辞めてしまった。風の噂では恐れるが余り
別の街へ引っ越してしまったという。
 ざまぁみろ──。
 皆が噂に怯えるクラス教室の一角で、稲井は文庫本に表情(かお)を隠してほくそ笑む。

 ……しかしだ。その頃からだったか、徐々に稲井の身に異変が起こり始めていた。
 それはちょうど、彼は三瓶目を例の老婆から買い求めて半分ほど使い果たした時分であっ
たと思う。いつものようにクラスから隔絶されたようにテリトリーを張り、この日も孤高の
まま一日を過ごそうとしていた彼に、こんな言葉が降りかかったのだ。
「稲井……はいないか。次、犬飼~」
「えっ?」
 朝のホームルームで、そう担任が自分を見落としたのだ。
 何を言っている? 俺ならちゃんとここに座っているじゃないか。そりゃあ確かに席も後
ろの方で見え難かったかもしれないが……。
 それだけではない。そうやって欠席扱いされる日々は、この日から何度も何度も繰り返さ
れたのだから。
(どういう、事だ……?)
 まさか、俺があいつらを追い出した犯人だと分かって皆で共謀しているのか?
 仮定して、しかしあり得ないとすぐに脳内で掻き消した。同級生達だけならともかく、仮
にも教師がそんな陰湿なやり口に乗っかるとは考え難い。
 だが、状況は益々悪化する。
 やがて稲井は名前すら呼ばれなくなったのだ。
 朝のホームルーム、昼間の授業、昼休みや帰りのホームルーム。その全てにおいてまるで
皆が自分が“存在しない”かのように振る舞い続ける。
 訳が分からなかった。そうして稲井の中に生まれ始めたのは……恐怖だ。
 忘れ去れていく。自分がここにいるということが、誰にも認識されない。
(認識……。まさか……!?)
 ガサゴソと鞄を弄り、残り少なくなった三本目の瓶を見る。
 これは紛れもなく「一時的に」自分が周りから見えなくなるいわば魔法の薬だ。
 だがそれが、一時的というものが、気付かぬ内に永続してしまっていたとしたら……?
「──っ?!」
 全身に今まで味わった事のない寒気が走る。
 放課後の、談笑が教室のあちこちで繰り広げられている中、稲井は最早恥も外聞もなく確
かめずにはいられなかった。
 そうだ。思い出した。確か最初の時老婆には、一日二回が限度だと言われていた。
 だが自分はそんな事すっかり忘れていた。記憶が正しければ、漫画やゲームを漁っていた
頃にはもう、そういった回数などとうに超えて使っていた筈だ。
「……おい」
「それでね~、その店員がさ~」
「あはは。何それ、マジ受ける~!」
「お、おい」
「なぁ、ゲーセン行こうぜ」
「別にいいけどよ……。お前、部活は?」
「ばーか。フケるからだよ。だから誘ってんじゃん」
「お、おいってば!」
「いたいた。阿賀野~、ちょっと手伝ってくれるか?」
「あ、は~い」
 誰も……気付かない。すぐ傍まで近寄って声を掛けているのに、誰一人として自分がここ
にいるという事を認識していない。
(まさか、本当に……?)
 思わずガタガタと食い縛った歯が震え、稲井は転がるようにして学外へ飛び出す。
「おい、俺だ! 稲井将人だ! 気付いてくれ! 俺は、俺はここにいるんだよ!」
 叫ぶ。だがやはり誰も気付かなかった。視線すら一度も合う事なく、ただ通りを往く人々
は何食わぬ顔でそれぞれの日常を通り過ぎていく。
「ま、待って──」
 思わず手を伸ばした。なのにその手は……明らかにこの通行人に触れた筈なのに、するり
とすり抜けてアスファルトのゴツゴツした地面を掠める。
 ひく、ひく。稲井は引き攣った表情(かお)のまま自身のこの手をじっと見る。
 ぼんやりと透き通っていた。例の薬を飲んでいる時の、全身を包む淡い膜。それが、今は
全く飲んでいないというのにずっと自分という人間にぴたりと寄り添って離れない。
「ひっ──!?」
 まさか。本当に、俺は。
 稲井は辺りを見渡しながら再び駆け出した。目指す場所に向かって、わたわたと足をもつ
れさせながらも走っていた。
 あのババアだ。
 そもそもこんな事になったのはあのババアじゃないか。
 問い詰めてやる。問い詰めて、この薬を解く薬を貰えば──。
「えっ……?」
 なのに。なのに其処にはもう、あの老婆の店は無かった。
 アーケードの曲がり角に面する小さな店舗スペース。そこはあたかも以前からそうであっ
たかのように、ただの小奇麗な壁になってつるんとせり立っている。
「そ、そんな……」
 へたっと彼は力が抜けて膝をついていた。しかしもう路往く人々の誰一人、そんな彼の姿
を、存在そのものを認める者はいない。
「た……助けて──」
 泣き崩れた表情(かお)で以って、漏らす。
 しかしもう誰も、そんな彼の声を聞く者はいない。

 ***

(何だろ、あれ……?)
 小鳥遊はその日、大学の友人らと一緒に遊んだ後、ふと用事を思い出して近くのドラッグ
ストアに足を伸ばしていた。出掛ける前、父にアンプルが切れそうだからついでに買って来
てくれと頼まれていたのを思い出したからだ。
 だが、そうして日暮れ近くの店の前を通り掛った時、彼女はふと店の軒先で露店らしきも
のを開いている老婆を見つけたのだ。古臭いパッケージの箱だの、色んな動物のホルマリン
漬けなど、多分漢方系の行商人なのだろうと思われる。
(珍しいわね。薬屋の露店なんて初めてみた)
 周りの人々は気付いていない。或いは買い物を済ませたら、済ませなければならないから
他に目移りしている暇はないのだろうか。
 カツカツ。靴を鳴らしてその行き来の中を歩きながらも、彼女の足は少しずつ緩み始めて
いた。そうしていたその時、はたっと彼女はこの老婆と目が合う。
「──」
 ちょいちょい。
 すると口元にそっと弧を描いて嗤い、老婆はそうこちらに手招きをしてきたのだった。
                                      (了)

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  1. 2016/01/01(金) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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