日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「仲間外し」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:緑、秋、小学校】


 年季の入ったアスファルトの上に、褪せた赤や黄色が方々に散らされている。
 この日も年老いた彼は、日課であるこの公園での散歩に訪れていた。ゆたりゆたり、決し
てもう軽快とは言えなくなった足取りで、真四角にカーブする敷地内の道を緩く大回りして
歩いていく。
「……」
 平日の昼下がり。公園内に確認できる人影は本当に少なくて疎らだ。それが一層、面積は
中々広いのに閑散としているという印象を強くする。
 撫で付けた、心許ない量の白髪。
 溝が深く刻まれて久しい、皺くちゃの頬や額。
 季節は秋から冬。時折通り過ぎていく風は気付けばすっかり冷たくなって、その度に彼は
着込んだ灰色の上着を襟からぐっと被せ直さないといけない。

 ──昔は、こんな場所ではなかった。
 何も此処だけに限らないが、あの頃この辺り一帯は只々田んぼと、それらを囲むように幾
つもの畦道が交わって広がっていたものだ。
 季節折々に咲く色取り取り花、緑や枯れ葉色の色彩。
 自分も、他の子供達も、あの頃はそれが当たり前のように毎日を駆け回っていた。その横
で大人達は、汗を流しながら微笑んで見守ってくれながら、黙々と農作業に勤しむ。
 だがもしかしたら、あれらは結局自分の頭の中だけにある幻想だったのかもしれない。
 何だっけ。ああ、そう。ノスタルジイという奴だ。
 時代はどんどん変わっていくものだ。言葉では理解していた筈だった。なのにその時の流
れとやらは肝心の自分達を置き去りにして、あの頃の風景をどんどん壊しては作り変えてい
ってしまう。
 繰り返されて、最初はどんなものだったかは覚えていない。
 ただ、だからこそ、作りかえられる前のあの頃の田園風景ばかりが強く記憶に焼きついて
しまっているのだろうと思う。まるでしがみつくように。そうやって自分は、ずっとこの土
地で生きてきた。こんな姿になるまで歳月を過ごした。
 あの頃はよかった──そんな言葉を、感慨を繰り返すから、若い者達は逃げていってしま
ったのだろうか。
 息子達は皆、街の方へ出て行ってしまった。娘達も嫁に出て行った以上、もう今更、うち
に戻って来て世話をしてくれる訳でもない。
 あの頃はがむしゃらだった。自分は町工場で必死に腕を磨き、五人の子を看る妻の事など
優しく顧みてやることもしなかった。
 ……だからなのだろうか。彼女は子供達が皆独り立ちしたのを見届けるように倒れ、その
まま帰らぬ人となった。
 先に逝ってしまった──そう嘯くのは、やはり死人に鞭のような、彼女を束縛し続ける言
い方だったりするのだろうか。若い頃はとんと気付かず、考えもしなかったが、今こうして
じっと家に居、子供達もろくに帰って来ない連絡もないという状態に至り、ようやく自分は
あの子達に恨まれているのやもしれないと思うようになった。
 変わらないことは、悪なのか。
 子供達はどんどん街(さき)へ行ってしまった。
 一方で自分は、今もずっとこの田舎(ぶらく)に暮らし続けている。

(お……?)
 そうしていると、フェンス越しのグラウンドにぞろぞろとユニホーム姿の子供達が入って
いくのが見えた。
 背格好からして中学生くらいだろうか。どうやら野球部らしい。ただ雑に砂と土を敷いた
だけのそのだだっ広い地面の上で、彼らはややあって走り込んだり白球を投げあったりし始
める。
 彼はそれを、立ち止まって眺めていた。フェンスに遮られて自分の存在も声も、きっとあ
の子達には届かないのだろう。それでもよかった。少しでも此処を「使って」くれる誰かが
いるのを目撃する(みる)事が出来れば、この胸の空っぽさも少しは埋まるからだ。

 ──この一面の田畑が崩されると知った時「何故?」という戸惑いと、一抹の怒りが身体
の中でぐるぐると渦巻いたものだ。
 公園を作る。集落の人伝に聞いた所によれば、役場や業者達のそんな意向が実現したのだ
そうだ。正直を言うと、抵抗があった。確かにその頃にはこの辺りの田畑も大分人が離れ、
維持してくれる者がいなくなっていはいたが、だからといっておいそれと潰してしまってい
いものなのかと陰で眉を顰めたものだ。
 しかし、一介の老人の思いなど斟酌してくれる筈も無く、工事は滞りなく済まされた。
 当初はもっと色んな遊具を置いたり、箱物を作って人を集められるような場所にしたかっ
たらしい。だがもうこの頃には遊具というもの自体が「危ない」と言われてどんどん姿を消
していたし、何より余計に金も責任も掛かる。なので結局、多目的のグラウンドと駐車場、
そして気持ち程度の芝生で緑を確保という構成になった。
 でも自分にとっては……そんな差は瑣末ではあった。
 見知り馴染んだ風景がまた一つ、消えていく。
 その事実は変わらないし、申し訳程度に緑を添えられても逆に旧い人々(じぶんたち)が
小馬鹿に、蔑ろにされているようにしか思えなかった。
 散歩の途中、工事中の此処もよく見に来ていたものだ。
 ガリガリ、ゴゴゴ……。重機が地面を削り、緑を黒や茶色と掻き混ぜて台無しにしていく
さま。加えて彼らはそういったかつて在ったものを次々と大型トラックに乗せて何処かへ持
って行き、代わりに其処へ何も無かったかのようにアスファルト──黒いヤニの塊のような
足場で埋めていく。
 幸いなのは、昔から立っていた木々が残された事だ。
 当初はこれらもそのまま、計画の邪魔だとして引き抜かれる予定だったという。
 しかし春には花見、秋には紅葉と近隣住民を楽しませてきたこの古木らを、そんなあっさ
りと果てさせるのは忍びないと有志らが関係者に直談判したらしい。自分はそんなやり取り
があったとは知らなかった──後で聞いたぐらいだし、知っていてもその有志連合とやらに
加わっていたかも怪しいので、そんな誰かも判然とせぬ彼らに感謝しつつ、只々こうして散
歩がてらその下を噛み締めるように歩くだけである。

「……ふぅ」
 暫くそうしてぼうっとフェンスの向こうの野球少年らを眺めた後、彼は再び歩き出した。
ちょうどグラウンドの外周を突っ切るように並ぶ木々を頭上に、落ち葉だらけの地面の上を
進んでいく。
 以前は、この黒いアスファルトの地面が疎ましかった。あの頃の自然のままの土を返して
欲しかった。
 でも今ではすっかりこの感触にも慣れた。それは自分も“靡いてしまった”からなのか、
はたまた多少なりとも時代の変化とやらに追随する証なのか。
 かさ、かさ。足元には枯れた赤や褪せた黄色、幾つかの種類の落ち葉が散乱している。
 掃除をする人──管理人の類はいないのだろうか。そうは思っても、まぁ特にいないのだ
ろうなとも認識している。作るだけ作って、掘り返すだけ掘り返して埋めて、後は知らんぷ
りの放ったらかしだ。
 彼はおもむろに空を仰いだ。視界にこれら古木の一本が映る。
 初冬を迎え、古木はじっと冷たい風に吹かれながらそこに立っていた。枝いっぱいに蓄え
ていた筈の黄色い歯も日々少しずつ、痛んで虫が食い、風で一枚また一枚と落ちていき、や
がては幹と枝だけの寒々しい姿になるのだろう。
 少し胸が痛んだ。同情……というには可笑しな話だが、何だか自分と重ね合わせて見てし
まうからだ。尤も自分のそれとこの古木達は根本的に違う。自分はこのまま老いて朽ちるの
を待つだけだが、彼らはまた春になれば花を咲かす──再生する。
 だからそっと目を伏せた。風の感触だけが上着越しに伝わってくる。
 もう戻って来ることはないのだろう。願わくば、戻って来て欲しいが。
 それはおそらく叶わないのだろう。自分は此処で、いずれ朽ちる。時代が移り変わってこ
の場所が、在りし日々(かつて)を土に埋めて次の姿になっていったように。
 これがさだめなのだろう。そうして人も物も、その時代に合わせて“一つ”になる。
「──お~い、まだか~?」
「ん~……。もうちょっと~」
 ちょうどそんな時だったのである。ふと聞こえてきた声に、前方に視線を遣ると、そこに
別の古木の下で肩車をしている子供達の一団があった。
 あーでもない、こーでもない。
 大柄な子を下に小柄だか利発そうな子がこの古木の枝先に手を伸ばしている。
 先程の野球少年達に比べるとまだ幼い。小学生くらいだろうか。見れば彼らは伸ばした手
で下の──他の葉に遮られてまだ紅葉し切れていない薄緑の葉を千切っているようだった。
(……何だ?)
 よく分からない。だが彼はこの子供達がやっている事を見逃せなかった。
 老婆心という奴か。何もまだ落ちていない葉をこちらから落とす事はないじゃないか。
「おいおい、君達」
 だから彼は少し足を速め、この子達へと近付いた。一応いきなり叱って怖がらせないよう
に、慣れない苦笑いを作ってから呼び掛ける。
「何をしているんだい? 放っておいても葉っぱはちゃんと落ちるんだよ?」
 子供達はきょとんとしていた。肩車をしている・されている二人も含めてその小さな目を
丸くしてこちらを見てくる。
 だが少なくとも悪気があるようではない。大柄な少年の上で、肩車をされたその男の子は
次の瞬間ふわっと微笑みながら答えた。
「うん。だけどここの葉っぱさん達だけ緑で可哀想だから……。だから全部一緒にしてあげ
てたんだ」
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2015/12/20(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)一丸と、為らぬことに一丸で | ホーム | (書棚)感想:櫛木理宇『ホーンテッド・キャンパス』>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/672-65036191
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (149)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (87)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (339)
週刊三題 (329)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (319)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート