日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「魔女駆り」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:魔女、冷酷、才能】


「──この前ね……。役人さんが家に来たの」
 自分があの日の事を喋りさえしなければ、このまま時は流れていくものと信じていた。
 ぼんやりと、だけど穏やかで何の変哲もないささやかな幸せが守られると信じていた。
 だからその日、幼馴染の少女がそう打ち明けてきた時、真央はまるで心臓が止まったかの
ような錯覚に襲われた。辺り一面の世界が、急にザワッと青いネガを被せたように震えなが
ら色褪せて見える。
「それって……“月功庁”の?」
 真央は訊ねる。おずおずと、違うと言ってくれと願いながら訊ねる。
 しかし彼女はコクンと小さく頷いていた。学校の帰り道、何時ものように自転車を押す彼
の傍らにちょこんと寄り添いながら、その神妙な面持ちを湛えた睫毛を伏せている。
「……。何で」
 だから彼は呪った。静かに深く、呪詛を吐くように呟きながら空を仰いだ。
 昼下がりの青空。もう一刻もすればその色は茜色を帯びて変わっていくだろう。
「何で、今になって……」
 くしゃくしゃになる顔を片手で覆いながら、空を仰いだ。
 其処には、二つ目の蒼い月が音もなく漂っている。

 ***

 事の発端は真央達が生まれるよりもずっと前──半世紀以上も昔に遡る。
 世界各地で、人々が見上げた空にとある異変を見つけたのだった。そしてそのニュースは
SNS等を通じて瞬く間に拡散され、程なくして世界中を騒がすものとなる。

『第二の月、出現!』

 画像も有志から提供されたものが出回り、速報として翌日の各紙面の一面を飾った。
 明らかにそれまでには無かった、もう一つの月。そして各国政府もこの市井から飛び出し
た騒ぎの真偽を確かめるべく、各々がその探査衛星で以って情報収集に乗り出す。
 ……結論から言うと、事実であった。
 但しその実態は、従来の「月」とは随分と性質が異なっていた。
 一つに、この第二の月は太陽から光を反射して輝いているのではなく、自らその蒼い光を
放っていたこと。もう一つはそこに月面のような岩盤はなく、木星や土星のように大部分が
何らかのガス成分群で構成されているらしいということ。
 とにかく全てが不詳であった。結局その主成分の正体は既存の科学技術では解明できなか
ったし、何より何故突然、地球の軌道上に現れたのか──或いは実は既に存在していたもの
の見つけられなかったのか──? 世界の権威ある専門家達は皆こぞって困惑し、首を横に
振ったのである。
 それでもこの“蒼い月”騒ぎは一旦下火になっていった。不可思議でこそあれ、当の月は
ただぽつんと空高く漂っているだけで、静かに光っているだけで、何をしてくるでもない。
学者の類は相変わらず頭を悩ませていたが、それでも自分達に特に害がないらしいと分かる
と世の多くの人々はあっさりとその興味を失っていった。そこにあるのが段々と当たり前に
なっていった。
 ……だがしかし、それからおよそ半年後、事態は急変する。
 またもや世界各地で異常が報告され始めたのだ。しかも今度はこの月ではなく、人間に。
 念じるだけで炎を生み出す者。
 触れたものを砂のように分解してしまう者。
 その身一つで音速を超える速さで走れるようになった者。
 いわゆる、異能であった。世界各地で、しかも何故か女性だけに、この奇妙な変化が確認
され始めたのだった。
 彼女らは総じて証言する。分からない。ただ気付いた時には使えるようになっていた。
 CG技術でも空想の世界でもない。まさに本物の異能者が次々と、年を追う毎に世界各地
で出現・報告される。
 原因はやはり不明だった。既存の科学はこの人類の異変に膝を折るばかりであった。
 それでも──何時しか人々は囁くようになる。これはきっと“蒼い月”の仕業だ。あの不
可思議な天体が、地上の女性達をおかしくしているのではないか?

『……魔女だ。これはきっと、あの月が彼女達を魔女に変えているんだ……!』

 誰が言い出したかは今となっては分からない。
 ただいつの間にか、その通称(よびな)は人々の間に広まっていた。
 現代に蘇った異能の血。
 “魔女”と。

 それから半世紀。一度聞く限りではにわかに信じ難いこれらの異変は、それまでの世界の
パワーバランスを仕組みを、大きく変えてしまう事になる。
 何せ現代科学では説明の付かない、それも利用次第では強力無比な武力となる存在がゴロ
ゴロと現れたのだ。これを時の為政者達が放って置かない訳がない。
 故に各国は、こぞってそんな国内の“魔女”らを保護する法律を定めた。言わずもがな、
保護というのは建前で、その実は異能が開花した彼女らを国家権力の管理下に置く為のもの
である。
 一般に、これら実務と行う省庁として新たに“月功庁”なる組織が設立されていった。
 英語ではBlue-Moon Agency──未だ因果関係は不明なままだが、公的にも一連の異変には
この“蒼い月”が関連していると認識されている。同庁は報告された“魔女”と接触、彼女
らと交渉を行い、政府のエージェントしての契約を結ぶ。仕事内容は主に凶悪化する事件の
解決、及び今やすっかり変貌した国家の安全保障の文字通り要となること。それは権力者が
渇望した力であり、当の“魔女”達自身にとっても「後ろ盾」を得られる選択である。
 ……考えてもみて欲しい。
 もし自分の身の回りに、世界を一変させるような異能の女がいる。
 果たしてそれが判った時、どれだけの他人(にんげん)が彼女らに対してそれまで通りの
付き合いが出来るのだろう──?

 ***

「由梨。お前、一体誰に喋った」
 長いようで短く、短いようで長い。
 たっぷりと昼下がりの天を仰いだままそう真央は間を置き、訊ねた。しかし彼女は──幼
馴染の少女は答えない。ただ唇を噤んで俯いているのを、彼はゆっくりと視線を上から下に
戻して見つめる。
「……多分、お母さん。役人さんと話してる感じからして、事前に連絡してたみたい」
「ッ!?」
 それを聞いて、真央は身体中が沸騰するかのようだった。怒りに震え、危うく怒声をぶち
撒けてしまいそうだった。
 この人でなし! いくら家が貧乏だからって、一人娘を売る心算か……!?
 自分も彼女も、あの事件以来誰にも話していないし、誰にも使っていない。
 まだ幼い頃の事だ。自分達は二人して、山の斜面がすぐ近くにある空き地で遊んでいた。
 詳しくはもう大分記憶がおぼろげになってしまって覚えていないけれど、確かその時、何
を思ったのか自分はその斜面──崖を登り始めたのだ。
 だが案の定、やがて足を滑らせた自分は……。

『真央くん……? ねぇ、真央くん……』

 身体という身体全部の中身がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような衝撃と、全身を貫いた
痛み。ただ覚えているのは、赤く狭まる視界の中でぼろぼろと涙を零しながら必死に自分の
名前を呼んでいた幼馴染の少女だ。
 ……思えば、あの時に彼女の“魔女”としての能力が開花したのだろう。
 ざっくりと言えば治癒能力。由梨の、幼馴染の血は、あらゆるものを治す力が宿る。
 お陰で自分は奇跡的にも軽症で済んだ。ややあって彼女の泣き声を聞いて駆けつけてくれ
たお巡りさんが、その後救急車やら何やらを呼んでくれて、当然ながらお袋達にこっ酷く叱
られたっけ。

『……二人とも、今日の事はもう誰にも喋っちゃ駄目だよ? おじさんとの約束だ』

 あの時はまだ運が良かった方なのかも知れない。多分だが、あの若いお巡りさんは由梨が
使った能力──“魔女”ではないかということに気付いていたのだろう。
 なのに周りには漏らさなかった。それをすれば幼いながらに彼女が国の管理下に置かれて
しまい、最悪その将来すら自由に決められない可能性があると容易に想像できたからだ。
 公僕としては職責を果たさなかった、のかもしれない。
 でも自分は、きっと由梨本人も感謝している。
 あの時事を大きくしなかったからこそ、自分達はこうして平穏無事な青春を送れる──筈
だった。
「そうだよな……。おばさんとおじさんだけは、知ってるもんな。お前の、力の事……」
 暫く二人は黙っていた。カラカラと、緩い坂道を下りる自転車の音だけがする。
「それで、どうするんだ?」
「う、うん。多分エージェントになるんだと思う。“魔女”さんは皆そうだから」
「そうじゃねぇよ、お前の意思を聞いてんだ。大体将来の夢はどうした? 前からも言って
たろ、卒業したら看護士になりたいって!」
 あくまでそうやってはぐらかす。
 真央はつい苛立ってしまい、そう立ち止まってから振り向き、この幼馴染に叫んでいた。
 ビクッと当の由梨は怯えて身を硬くしている。そこでようやく、真央は自分のしている事
に気付き、ぽつり「ごめん……」と消え入るような声で呟いて目を背けた。
『……』
 また、黙る。足はそれでも再び進み始めていた。
 じっとそこに佇むだけでは、気まずいままだ。だからという訳でもないが、二人はどちら
からという訳でもなく歩き出し、長く無言のままで秋口の下を進んでいく。
「仕方ないよ。だって、私は“魔女”だもん」
「……」
 それから最初に口を開いたのは由梨。でも真央は、その言葉だけは聞きたくなかった。
 何だよそれ。仕方ないって。
 俺は認めないぞ。だって俺はお前を、お前を……。
「それにね? 家が貧乏なのは知ってるでしょ。でももし国のエージェントになれば家計も
ずっと楽になると思うの。私の血で色んな人を助けられるなら、それこそ本望だし」
「……。でも……」
 それ以上に悪用しようという奴がわんさか出てくるんじゃないのか? 血を薬にして売れ
ばあっという間に億万長者だ。
 それを知って国が、あのグータラ親父が欲を掻かない筈がないと考えるのは……自分の邪
推が過ぎるのだろうか。
「真央君は優しいからね。分かってる。実際お父さんにも何度か怒鳴られた事があるんだ。
何でその力で俺の怪我を治してくれねぇんだって。……でも、仮にそれでお父さんの脚の怪
我が治っても、家族三人だった頃に戻れる訳でもないし。また荒れたお父さんに痛い目を遭
わされるお母さんは見たくないし。……ちゃんとお母さんとは話し合ったんだよ? 確かに
娘を売るって形にはなるけど、これが一番、私達が不自由なく暮らせる方法だって……」
「……違う」
 違う。真央はふるふると首を横に振った。
 そうじゃない。お前ん家の母子家庭(じじょう)ならとっくの昔から知ってる。今聞きた
いのは、言いたいのはそんな事じゃなくて──。
「何でそんな大事なこと……俺らに相談してくれなかったんだよ」
 だから由梨は、ふいっと静かに目を見開いて、驚いたようにこちらを見ていた。
 それはあたかも、選択肢にはあったのに、でもそれを選んではいけないと思っていたかの
ような……。
「真央、君?」
「そりゃあ俺は学生だし、滅茶苦茶金持ちでもねぇし。でも、お前んとこのしんどさは何度
か聞いて知ってるつもりだ。親父だって、お袋だって! 別にそこまで自分を“切り売り”
しなくてもよかっただろ!? 頼ってくれれば、おばさんごと、俺はッ……!」
「っ……!?」
 必死の呼び掛け。
 そんな自己犠牲は、全然美しくも何ともない。
 だから真央自身、すぐには自覚もしていなかった。
 それはほぼ、彼女への想いの吐露と同一であったこと。ぐらりと彼女の瞳の奥が涙──感
激に震えたのを見て、ようやく自分のぶちまけた言葉が何と取られるかということ。
「ま、真央君。それって──」
 しかし車輪は既に回り出していた。必死に伸ばした手が、もう目の前で彼女の心に届こう
としていたその時、カツンと二人の前方に黒スーツの一団が現れたのだった。
「……朝日奈由梨さん、ですね?」
「どうも。先日お伺いした月功庁の者です」
「実は取り急ぎお話ししたい事がございまして。ご同行……いただけますか?」
『──』
 頼んだ訳でもない。頼まれた訳でもない。
 だがその時真央は咄嗟に、怯える彼女を庇うように、前へ出ていた。
                                      (了)

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  1. 2015/12/14(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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