日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)争いを思う@9・11

既にご存知かと思いますが、今日という日付は特別な日です。
一つは、世界を震撼させたNY世界貿易センタービルへの飛行機の突撃、あの米国9・11同時多
発テロから十年の節目となる日。
一つは、この国で起きた東日本大震災からちょうど半年が経つ日。
これらは共に、今も尚根本的な──いや現実的な終息の目処すらつかないまま、その禍根を
燻らせ続けています(テロの連鎖、復興や放射能被害など)
思えばあれから十年、あれから半年の月日が経ったのですね。
歳月だけが過ぎていっても僕らヒトはどうにも苦難の渦の中から抜け出せないようです。
先ずは何よりも、災いにより苦しむ全ての人々に一介の若輩者が祈りを捧げたく思います。


虚しく……やるせない。
どうしてかくにもこの世界は争いが、醜態の為政者が絶えないのか。
どうして本来人を安寧させしむ信仰を要因に、血を血で洗わねばならないのか。
どうして数え切れぬほどの生命が犠牲となり、多くの人々が苦しむ中でも尚、彼らは自身の
利益しか考えない保身とお粗末な言動を繰り返すのか。
何よりも、何故僕らがそんなラディカルで横暴な力に振り回されなければならないのか。

事件が、事故が起きたあの日も僕も一介の市民として衝撃を受けたものです。
遠い遠い何処か。それでもその後の暗雲を想像させるには難くなかった。現に今も尚、共に
これらの惨事はその出口を見出せずに迷走を続けています。
いや……むしろ徐々に記憶が風化して忘れられていくのが、それ以上に憎しみだけが抽出さ
れる様になっていくのが、僕のは恐ろしくて堪らないと思うのです。
「理由は忘れた。だがこいつらは倒さないと」
そんな争いなんて……意味がないではありませんか。いや争い自体に意味などあるのか。
元より「正義」の反対は「悪」ではない。ただ「別の正義」があるだけなのに。
それになのに、僕らは誰かを悪者にしたがる。そんな悪癖は中々治ってくれそうにない。
相手を「許す」という事を覚えない人々がどれだけ多いことか……。少なからず僕も。
共存とは、所詮叶わぬ幻想なのでしょうか?
精々“棲み分ける”程度が限界なのでしょうか?(そうした形ですら争いは絶えませんが)

思うに、どちらにも共通する事はやはり「保身」や「固執」が物事を拗れさせ良からぬ方向
へと捻じ曲げてゆく源泉になっているのではないかということです。
自分達の信仰(正義)を認めない、別な世界観を持つ者らを異端の輩として敵視し排除し、
或いはそんな彼らをパワーバランス的に利用して禍根だけを残す卑怯さ。
自分達の立場、利権にばかり執着するが為に、もっと守るべき筈の多くの命の喪失やその周
辺の人々が受ける痛みを無視してしまう。そんな非道ぶり。

……我を持つなとは言いません。
ですが、我しか持たない人間は間違いなく周りに災いの種を撒くでしょう。
それは市民レベルでも、民族・宗教レベルでも、国家レベルでも同じである筈です。
つまり──『他人に資すること』
自分だけではなく、もっと他の誰かに身近な人に、少しでも幸福を。その為の糧を。
それは一介の物書きとして僕が(理想論に近いですが)目指し願う所でもあります。
自己満足で終わらせない。誰かと共有できる絆を。受け入れてくれるかは不確定だけど。
それでもいい。創り続けている。
一過性な娯楽でもいい。思索の切欠でもいい。
もし誰かを豊かにする一助を創り出せるなら、僕ら創作人はどれだけ意味を持てるか、幸福
なことか。与えて与えられて。VS(対立)ではなくて、With(共に)やEach(互いに)を。
そんな関係性になればそこに「保身」や「固執」が出る幕は……きっと無くなっていく。

奪われた、失った。その憎しみは否定できない。
だけどではやり返してもいいのか? ……非情かもしれないけど、ノーだと思う。
取り返せるモノは回復できても、大抵は互いにできた「溝」は中々埋まらないだろうから。
個人間でも、市民と政治家の間でも、国と国の間でも。
平和の為に武力を取る。それはやっぱり……根本的じゃないんじゃないかなって。
でも彼らは言うのでしょう。
「だって敵がいるから。丸腰になったらやられるに決まってる」
「このまま好き勝手にやられて、泣き寝入りしたままで終わるなんて許せない」
それでも、やめて欲しい……。僕はそう思うのです。
それは頭の中での話であり、感情ありきの話であり、まだ起きてないことです。
その言葉が「正しい」と思っていても、相手だって自身が「正しい」と思っている。
複数の眼があるんだって事を忘れてしまうと、やっぱりそこに火種ができてしまうのだろう
と思うのです。一つの眼というのも、やっぱり突き詰めれば「固執」なのですから。
悪循環は、何処かで断ち切らねば。何処かで誰かが止めなければ。
少なくとも「敵」を倒せば全て丸く収まるというほどこのセカイは簡単には出来ていない。
だからこそ無闇に戦う事は、事態を悪化させるだけとなりがちで……。
……でも、やっぱり白黒つけたがるのが人間なのでしょうね。
しかしそれは危ない二分法でもあるのです。
人を不用意に分類する──特定の尺度で決め付けてしまう事は、往々にして危うい。
もっと曖昧なものを、違うものを許せる“緩さ”がもっと広く在ればいいのに……。
でも現実はそうではないから。
もう、僕ら個々人が自分の中にそんな良い意味でのグレーさを創る他ないと思うのです。

『己を愛するが如く、その隣人を愛せよ』

この言葉が、いつか異教徒(ざっくりと解釈すれば自分にとっての『外』の者達)も含めた
現実にならん事を切に願いながら。節目の日にそんな祈りを込めて。

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  1. 2011/09/11(日) 15:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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