日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔10〕

「何なの!? 一体何なのよあいつは!? どいつもこいつも、私の邪魔ばっかりして!」
 その夜、晶は自宅の部屋で拭い切れない苛立ちを露わにしていた。
 月明かりの中喚き散らし、握った枕をベッドの上に叩き付ける。
 据わった眼をした彼女の脳裏には、今日の放課後に起こった“理不尽”が繰り返し繰り返
し再生されていた。
 ……これまでのように、部長(じぶん)に従わぬ部員らを“教育”する。
 自分にはその資格があると思った。責任があると思った。だから彼女がこのリアナイザか
ら現れた時、迷わず自分は願ったのだ。
「大体、何で貴女に通用する人間がいる訳? 話が違うじゃない!」
 故に彼女の苛立ちはややあって、これでもう何度目か、先程から傍らに控えている蒼白く
輝く鎧の女騎士に向けられる。
「そう言われてもな……。あの時も言ったろう。私も混乱していたんだ。しかし──」
 この鎧騎士──クリスタル・アウターは最初、そんな癇癪を起こす召喚主を何処か距離を
置くようにして眺め、そしてあくまで冷静に声色を落とすとそっと口元に手を当てる。
 晶はむっとしたその表情(かお)をこちらに向け、覗き込んできた。
 まさかとは思うんだが……。クリスタルはそう一度予防線を引きながら、言う。
「あれは、守護騎士(ヴァンガード)かもしれない」
「ヴァン……ガード?」
「アキラも聞いた事はないか? ここ最近、飛鳥崎に現れる怪人を片っ端から倒して回って
いるという人物の噂を」
「……それが、あの駆けつけてきた子だというの?」
 水晶のように光沢を放っているフルフェイスの兜。
 クリスタルは、その隙間から辛うじて見える紅い両目の光を湛えていた。兜の後頭部、後
ろ髪に相当する一房の金髪をふぁさりと揺らし、戸惑う晶に言葉なき首肯を返す。
 自分の手で彼女を召喚した時から、いわゆる常識など放り投げたつもりだったが……どう
やら世の中の不思議というのは思った以上に深いらしい。
 まさか、その正体が学園(うち)の生徒だったとは。世間は狭いというか、何とも運が悪
いというか。
「……とにかく、明日は学園を休むんだ。敵は私達を必死になって探している筈。策もなく
出向いては今日と同じ轍を踏む」
 だから次の瞬間、クリスタルの発した言葉に晶は思わず眉を顰めた。
 逃げだと直感した(おもった)からだ。正しいのは自分なのに、被害を被ったのは自分な
のに、何故その守護騎士(ヴァンガード)とやらに怯えなければならないのか。
「駄目よ! 大会だってそう遠くはないのよ? 部は、練習はどうするのよ!?」
「どのみち学園は騒ぎになっているぞ? いきなりの事とはいえ交戦してしまったんだ。大
人達が何もしない訳がない。そもそも、事件だという理由で部活自体、休止させられる可能
性だってある」
「それはっ……! それは、貴女があいつに一方的にやられたからでしょう? 何とかしな
さいよ。それでも願いを叶える怪人なの?」
「……無茶をいうな。そもそもにアキラ、お前の願いに合わせて私はこの姿形と能力を得た
んだぞ? 注いだリソースが違う。……正直言って、あれには勝てる気がしない」
 くわっとその不機嫌に拍車が掛かり、噛み付く晶。
 だが当のクリスタルはあくまで冷静で、自身の持つ力について客観的だった。
 睨み付けて眉間に皺が寄る晶。しかし彼女にとってはそんな言葉などただの言い訳で、怠
慢でしかなかった。
 その仰々しい姿は何の為?
 不満げに苛立つ彼女だったが、そんな直情とそこから湧く契約(ねがい)の独善ぶりを、
対するクリスタルが内心淡々と見透かしていた事などはつゆも知らない。
「ここは一度“彼ら”に知らせるべきだろう。その上で助力を仰ぐ。いいか、アキラ? 私
がいなければ、お前の望みは叶わないんだ」
「……。分かってるわよ……」
 最後は一つの案と、滔々とした説得に押し負け、渋々ながらも頷くしかなかった。
 自分の望み。そのフレーズを唇を結んだ口の中で、抑え宥めるようにしながら反復する。
「……はぁ」
 深く嘆息を吐き出し、晶はゆらりと部屋の中を見た。
 今日という日の終わり。月明かりが静かに照らす自室の明暗。クリスタルもまた、自身の
依り代たるリアナイザ──改造リアナイザを片手にしたままの彼女に倣い、じっと黙してこ
の部屋の中を眺めている。

 壁際の戸棚。
 そこには彼女と同じ、蒼白い輝きを放つ結晶片が、幾つも収められていたのだった。


 Episode-10.Gaps/君が私を許さぬのなら

 先日の破壊事件を受け、学園は急遽数日の休校措置を取った。
 妥当な判断だろう。そして片側の当事者である睦月達にとっても──あのアウターと召喚
主を追う時間を確保するという意味でも──それは都合が良かった。
 朝から襲われた当人である宙は、学園に呼び出されて事情聴取を受けている。
 尤も、先日海沙達に漏らしたように、本人は「だから何も覚えないんだってば~……」と
うんざりした様子ではあったが。
 休校となった数日を利用して、報せを受けた所轄の捜査員らは現場となった校舎裏を手分
けして調べていた。
 まるで銃を乱射でもされたかのような、蜂の巣状態になった地面。
 奇怪な。思いつつも彼らは何か手掛かりはないかと屈み、目を凝らす。無数に空いた穴に
指先を突っ込み、その原因となったものを──結晶片を白手袋の上に転がす。
「……何だこりゃ」
「石、かな? 随分とキラキラしてるけど」
「こっちにもあるぞー。多分この穴ぼこの原因はこれで確定っぽいな」
「だな。しかし何でこんな物が……」
 そんな時である。ふと校舎の向こうから、ざりざりと複数の足音が近付いて来るのが聞こ
えた。振り返ればいかつい揃いの、スーツ姿の男達。白鳥とその取り巻き達だった。所轄の
捜査員達はその姿を認めると慌てて立ち上がり、軽く頭を垂れて彼らを迎える。
「こ、これは警視」
「どうしてこちらへ……?」
「奇妙な事件があったと聞いたものでな。もしかしたらテロかもしれない。何せ此処は国立
の教育機関だ。ここからは我々が指揮を取る」
 おずおずと訊ねた彼らに、白鳥の態度は堂々としていて朗々だった。
 曰く一連の、飛鳥崎で散発する破壊活動──テロに関連しているかもしれないとのこと。
現場の指揮権は、そうして突然彼の手へと渡った。
(何で中央署が出張って来るんだよ。テロかもしれないっつっても、まだこのヤマがそうだ
と決まった訳じゃあ……)
(というか、一課の担当じゃないような……。外事課じゃねーの?)
 現場をぐるりと眺めるようにして通り過ぎていく白鳥達。返してみせた態度こそ所轄故、
従順を装っていたが、急な介入に末端の捜査官達の間には戸惑いが広がっていた。
(どうせ中央の一課が来るなら、兵(ひょう)さんが良かったな……)
(しっ……! 警視の前であの人の名前は出すなって。聞かれたら拙いぞ)
(だがまぁ仕方ねぇよ。確かこの前の進坊の事件で怪我して、入院中なんだろ?)
 ひそひそ。彼らは地面に屈んで実況見分の続きに取り掛かり、しかしその実はたと燻った
不満に眉を顰めている。
 破天荒だが、筧は多くの事件を解決したベテランで、後輩の面倒見も良かった。だが一方
でその性格から白鳥ら組織上層部と度々衝突しているという話は、飛鳥崎の刑事(デカ)達
の間では割と有名な語り草である。
「……」
 白鳥は、そんな末端の彼らの囁きをしっかり聞いてはこそいたが、特段その場で窘めよう
とはしなかった。
 肩越しにちらり、僅かに眼だけを向けて彼らの背中を見る。筧兵悟に度々突っ掛かれてい
るのは事実だ。だがそれを指摘されたからといってあからさまに怒り、その都度発言者を罰
するというのも、白鳥はくだらないと考えていた。時間の無駄で、凡庸なる者達と同じ目線
に立つ行為だという侮蔑があった。
 その間も書類を片手に、取り巻きの部下達が大よその経緯を報告してくる。
「……可及的速やかに。いつものように」
 白鳥は周りの捜査員らが気付かぬように、そうぽつりと、ごく自然な面持ちで言った。

 学園が休校になったのをこれ幸いと、睦月と皆人は翌日、ある場所へと向かっていた。
 今回のアウターの召喚主・法川晶の自宅である。
 素直に家に居ればよし、居なくても何かしら家族から情報を聞き出せればよし。
 宙の事は心配だが、今頃は海沙もついてくれているし、何より警察の取調べ中だ。ならば
出来るだけ早く改造リアナイザ(ことのげんきょう)と叩かねば。
 ──國子曰く、先日クラスへ宙を捜しにやって来た部員らを訪ねたが、時既に遅しだった
のか彼女らはすっかり人が変わってしまっていたという。
 どこか虚ろで狭まった視界のような。
 先日の懇願の事を問うてもまるで覚えておらず、ただ「練習があるから」「行かなきゃ」
とぶつぶつ呟きながら立ち去ってしまったのだという。
「それって……どういうこと?」
「さてな。だが、彼女らに何かあったのは間違いないようだ」
 そもそも一体あのアウターは何をしようとしていたのか?
 報告を聞いた時、睦月は頭に大きな疑問符を浮かべたものだが、一方で皆人は「ふむ」と
思案しながらデバイスを弄り、國子らに二・三何かを指示しているようだった。
「皆人、何してるの?」
「……ちょっとな」

「は~い。……あら? どちら様?」
 暫くして法川邸へと到着し、呼び鈴を押す。
 玄関先に出てきたのは、エプロンを引っ掛けたやや痩せめの女性だった。
 顔立ちも晶と何となく似ていた。おそらく母親だろう。二人は怪しまれぬよう丁寧に会釈
をして簡単に自己紹介すると、晶は何処かと訊ねた。
「ごめんなさいね。今はいないの。あの子なら今朝から出掛けてるわ。多分市民プールじゃ
ないかしら? 水着の袋も持っていたし」
「市民プール?」
「ええ。ほら、学園がこの前の乱射事件とかで休校になっちゃったでしょう? でもうちの
子、水泳部の部長で、大会も近いから。練習をしない訳にはいかないって……」
 そして返ってきた答えに、二人は顔を見合わせた。
 また水泳部か。どちらから言うでもなく、やはり今回の事件は部活がキーワードなのか。
「もしかして、晶のお友達? 見かけない顔だけど……」
「えっ。あ、いえ……」
「知人です。友人がその水泳部なので」
「ああ……」
「それで、他言は無用なのですが。その乱射事件で狙われたのが、部員らしいんですよ」
「!? 何ですって!?」
 口篭りかける睦月をフォローするように皆人が言葉を被せ、更に大きな情報をこの母親に
ぶつけていた。
 ちょっ……いいの?
 睦月はぎょっとしてそう親友の方を見てアイコンタクトを送ったが、ちらと視線を返す彼
の表情は落ち着いている。任せろ、という事か。
 改めて睦月は、皆人と共にこの晶の母親を見遣った。彼女は思わぬ所から思わぬ情報を聞
かされて、少なからず動揺しているようだ。
「……些細な事で構いません。教えてくださいませんか? 法川先輩に──水泳部に、最近
何か変わったことはありませんでしたか?」
 敢えて言わない。まさか相手も自分の娘が犯人だなどと夢にも思っていないだろう。
 誘導するように、皆人は訊ねていた。
 ぐらぐらと揺れている彼女の瞳。きゅっと唇を噛み締め、じっと一度記憶を呼び起こすよ
うに思案し、次の瞬間この母は答えていた。
「変わったこと……ではないかもしれないけど、気負ってはいるわね。二年になる時に部長
に選ばれて、皆を引っ張らなきゃっていつにも増してピリピリしていたわ」
 元から生真面目な子だから……。
 そう苦笑いする母の言葉は、何処となく哀しそうだった。
 おばさん……。睦月は思わずその心情に目を伏せそうになるが、皆人は落ち着き払い、た
だじっと彼女とその後ろで半開きになっている扉を見ている。
「それで……あの子と事件に何の関係が?」
「いえ。そこまでは。ただ、友人に関わる事なので、自分達もじっとはしていられなくて」
「……そう」
 彼女はふっと微笑みを作り、努めて笑おうとしているように見えた。
 それから二・三、睦月と皆人は幾つかのやり取り──特に件の市民プールの場所を聞き出
すと、再び丁寧に会釈してその場を辞す。
「市民プールか。法川先輩とアウタはーはそこに……。行くんだね?」
「ああ。だがその前に」
 そして踵を返して最初の路地裏に入ったその直後だった。指針が見えてきて意気込む睦月
に皆人ははたと片手でこれを制すと、それまで何もなかった空間にぱちんと指を鳴らして合
図を出し、そこから人影を──國子のコンシェル・朧丸を現させる。
「えっ? 朧丸……? って事は、陰山さん?」
「首尾はどうだ?」
『はい。この通り』
 思わず目を見開く睦月、動じる事なく訊ねている皆人。
 すると見れば、自身のコンシェル越しに答えた國子の──ステルス状態を解いた朧丸の掌
には一つ、蒼白く輝く大きな結晶が握られていたのだった。


 朧丸(もとい國子)が回収した結晶を司令室(コンソール)に持ち帰り、睦月達は香月ら
にその正体の解明を依頼した。
 様々な機器に繋がれた蒼白く輝く結晶。
 そこから読み取れるあらゆるデータがグラフになり、数字の羅列や表になり、香月のPC
画面上に長々と表示されていく。
「うーん……。この電気信号の蓄積は、おそらく記憶ね」
「記憶?」
「ええ。人間の記憶──脳内の情報というのは無数にやり取りされる電気信号だっていう話
は聞いた事があるでしょう? 詳しい原理はもっと突っ込んで解析してみないと断定できな
いけれど、この結晶はその電気信号、記憶を部分的に抽出したものだと見て間違いないわ」
「記憶を……抽出」
「なるほど、そういうからくりか。天ヶ洲が何も覚えていない原因も、これなんだな」
 香月らが慎重にこの電気信号を変換し、映像として復元したそれは、誰かが繁華街らしき
場所で“遊んで”いる様子であった。
 尤も記号情報だけで映像自体は鮮明さとは程遠い。電気と電気を繋ぐ線が辛うじて、睦月
らにこれを映像として音声として認識させてくれるといった程度である。
 國子曰く、この結晶は法川家──晶の自室から持ち出して来たものだという。
 室内には他にも、戸棚の中に同じようなものが大量に収められていた。分析通り、他のそ
れも同じように誰かの記憶を抜き出したものだとすれば、法川晶とそのアウターはターゲッ
トにした人物の記憶、遊び惚けている彼ら自身を片っ端から削ぎ落としている事になる。
「急に朧丸が出てきたと思えば……。そっか、僕らがおばさんと話している間に國子さんが
先輩の部屋を調べていたんだね」
「ああ。逆に本人がいれば確保するつもりだった。おそらく必死に逃げるだろうが、その時
はお前に力ずくでも戦って押さえて貰おうと考えていた」
「まぁ……そりゃあ、止めなきゃまた被害も増えるだろうけどさ……。何で言ってくれなか
ったの? 居場所を訊くよりも、アウターの能力を探るのが本当の目的だったなんて。僕っ
てそんなに信用ないかなぁ」
「……そうむくれるな。大体お前、腹芸ができるクチか?」
 うぐっ。線目な人の良い人相が、ぐうの音も出ない指摘に固まった。
 睦月はぽりぽりと頬を掻き、この中々どうして権謀術数巡らす親友(とも)の、平然とし
た表情(かお)の下にある底知れなさを思う。
 良くも悪くもこちらの性格をよく知っているからこそ、敢えて伝えなかったのだろう。
 そう考える事にした。実際事前に伝えられていたら、ちらちらと彼女の後ろばかりを気に
して怪しまれていたかもしれない。
「それにただアウターを倒しても、彼女の目的や動機が解明できていなければ第二・第三の
召喚を求める筈。俺達の目的は、あくまでアウターによる被害を防ぐことだからな」
 皆人は言い、そうふいっと半身を返して、睦月を含む司令室(コンソール)の職員一同を
見渡した。
 カタカタとキーボードを叩いていた香月ら研究部門の面々も顔上げる。それまで再生され
ていた断片的な映像と音声も、一旦オフにされる。
「今回のアウターの能力は結晶弾の精製、及びその結晶の中に対象の記憶を閉じ込めること
だと考えられるわ。事件の経緯から察するに、おそらくメインの能力は後者よ」
「でしょうね。それから法川晶の母から得た証言を踏まえれば、彼女の動機は、不真面目な
部員達の“矯正”──彼らを洗脳してでもチームを纏めようと願ったからだと考えられる」
「……それって、悪い事なのかな? それだけ部長として必死になってるって事じゃ」
「いや、悪だ。他人の意思を捻じ曲げてでも自分の都合を実現しようとする──その目的の
為にアウターという存在に手を出した。俺達対策チームからすれば、それだけでもう充分に
討伐対象だろう?」
 それに……。香月らと互いに意見を交換し、そこへふいっと素朴な疑問を差し挟んできた
睦月。親友(かれ)に皆人は、一度スッと目を細めて言葉を切ると言った。
「実際問題、天ヶ洲が襲われた。下手をすれば後遺症すら出るかもしれない真似を彼女達は
犯したんだ。許せるのか? お前は」
「──ッ!?」
 だから次の瞬間、彼の言葉に、睦月は思い出したように身体中が熱くなった。
 そうだよ。先輩は、僕の幼馴染に手を出したんだ。許せる訳……ないじゃないか。
 そうだよ。だからあの時、僕は後先も考えずに変身を──。
「……」
 ギュッと唇を結んで押し黙っている睦月。
 そんな親友(とも)の様子を、皆人はじっと気持ち遠巻きに眺めていた。目を細めたその
表情に陰を作っていた。
 それは後ろめたさの類。一度はその直情を叱責し、しかし今こうして再び戦意を刺激する
為にそんな友の心の闇を利用している……。
「何よりこのままアウターの力に頼り続ければ、彼女は奴の実体化に手を貸し、改造リアナ
イザにより一層蝕まれる事になる。そしていずれ実体化が完了してしまえば、もう用済みだ
と始末されてしまう可能性が高い」
 これまでの、ハウンド・アウターの一件のように。
 改めて睦月達は気を引き締めた。室長たる皆人を前に一斉にその目を見、指示を仰ぐ。
「睦月は件の市民プールへ向かってくれ。こちらで誘導する。彼女とアウターを誘き出し、
今度こそ叩き潰す。國子は念の為天ヶ洲についてやっていてくれ。青野も一緒の筈だが、も
しもの事もある。残りはそれぞれ定位置に。この休校中に、結晶使いのアウターを倒す!」
『──了解!』

 時を前後して、飛鳥崎公営プール。
 その一角では学園の女子水泳部が陣取り、部長たる晶と顧問の指導の下、一見すると一丸
となって練習に勤しんでいた。
 しかし……晶を除き、部員達や、或いは顧問の教諭のまでもその目は虚ろで思い詰め、何
処か鬼気迫ったような泳ぎを繰り返している。
 遊びに来ていた幼い子供達が遠巻きに怯えていた。しかし晶はそんな周りの様子など一向
に構う様子などない。
 そして何度目のタッチだったろう。とんとんと統制されたように潜り、泳ぎ切った部員達
が一通りメニューをこなしたのを確認して、競泳水着姿の晶は腰に手を当て、言う。
「じゃあ午前は一旦ここまで。昼休みにしましょう。一時間後、ここに集合」
『はい!』
 やはり一糸乱れぬ隊列でプールから上がっていく部員達。
 それらを横目に、彼女は何やら一人、気持ち早足でその場を立ち去っていく。

「──ですからぁ、本当に何も覚えてないんですってばぁ~……」
 学園の応接室。そこで宙は、朝から所轄の捜査員達から事情聴取を受けていた。
 しかしその成果は依然として芳しくない。当の彼女が、肝心の襲撃時のことを何一つ覚え
ていないと繰り返すからだ。
 捜査員達は、同席していた学園長や海沙はほとほと困り果てていた。
 曰く、放課後ゲーム仲間達とTAを遊んで彼らを見送った後、気付けば自分が保健室で寝
かされていたのだとのこと。
 海沙は事件当日、帰り道にその事を聞いて何となくこうなることは予想していたものの、
対する大人達は知らぬ存ぜずでは済ませてくれない。埒の明かなさに苛立ちを通り越して徒
労感漂う捜査員らとは対照的に、学園長の機嫌はどんどん降下していく。
「あれだけの被害があったんだぞ? 何も覚えていないなんて事などあるものか。一体いつ
まではぐらかす気だ! 私達を舐めているのか!?」
「いや、そんなつもりはないんですって~……。本当にすっぽり記憶がないんですよぉ」
「大体、ゲーム機の持ち込みも校則違反だぞ? そっちの方も然るべき対処をしなければな
らんが……今はそれよりも事件の方が先だ」
「それなんですがね、学園長。TAをやっていたという証言は一応他の者が裏を取りに行っ
ています。先日対戦したという男子生徒らを確保、話を聞いている所です」
「……ぬう。我が校は、国立の教育機関だぞ……」
 なので気付けば捜査員達が、この学園長を宥めるように話題を逸らしているという奇妙な
構図になっていた。それでも知らされたその話すら、厳格な学園像を胸に抱いて誉れとして
いるらしい彼には心好からぬものであったのだが。
 どうしたものか。そわそわと、不安げにこの宙(とも)をしばしば見遣っている海沙。
 宙自身も、少なからず戸惑っているようだった。たとえ一時ではあれ、自分が何処にいて
何をしていたのか、そんな当たり前の事が自分の意思に反して見当たらない。そのショック
が、尋問に涙目になるそのひょうきんさの裏に隠れているようにもみえる。
「──失礼するぞ」
 そんな時だった。ふと部屋の扉が軽くノックされ、直後黒スーツの一団が入ってきた。
 白鳥とその取り巻きの刑事達だった。所轄の、末端の捜査員らはその面子を見てにわかに
緊張し、慌てて表情を作り変えて敬礼する。
 ちらり。されど当の白鳥らは、そんな彼らの様子などさして重要でもないといった風に一
瞥するだけで、そのまま横を素通りして宙の対座へと陣取り出す。
「聴取は進んでいるか?」
「はっ。そ、それが、当人が憶えていないの一点張りでして……」
「ほう?」
『──っ?!』
 捜査員達の慌てる様子からも察せたが、この男らはこれまでの警察関係者とは別格の者達
のようだと宙や海沙は息を呑む。暫しじっと蛇に睨まれたようになり、しかしややあって彼
はスーツの胸元から警察手帳を取り出してみせる。
「飛鳥崎中央署の白鳥という。事情の深刻さに鑑み、今回の事件の指揮を執る事になった。
さて……もう一度聞かせて貰えるかな? 私は、あまり効率の悪い事は嫌いでね」
 そんな、有無を言わせぬ眼力。要するに多少脅してでも証言を引き出そうと腹だ。
 だが、そう言われても肝心の宙はやはり何も覚えていない。先程から必死に頭の中の記憶
を引っ張り出しては探しているのに、どの引き出しもまるでくり抜かれたかのように空っぽ
なのだ。
「う、うぁ……」
「本当に、犯人は見ていないんだな?」
「は、はひっ……」
「ほっ、本当です! ソラちゃんは何も悪くありません!」
 だから次の瞬間、自分ではなく海沙が声を荒げた事に、内心宙は驚いていた。
 相手の威圧感に喉が詰まった感じになりながらも、涙目になって必死に弁護してくれよう
としている親友(とも)の姿には、正直感激の念すらある。
「ソラちゃんは被害者です! 私達が駆けつけた時、ソラちゃんは物陰に倒れて気を失って
いました。でも周りには穴ぼこがいっぱい空いていて……覗いてみたら結晶みたいな、綺麗
な石がめり込んでて……。先に来てる刑事さん達も確認してる筈です。確かめてください。
私も何が何だか分からないですけど……ソラちゃんじゃありません! 信じてください!」
 海沙……。ようやくポツリ、宙がそんな親友(とも)の横顔を見遣って呟いていた。
 学園長や周りの捜査員らも驚いている。又聞き、これまでの様子から大人しい性格の子だ
とばかり思っていたのだが。
 取り巻きの一人が捜査員らに振り返り、目で合図する。その話は本当か? という質問だ
ろう。彼らは互いに顔を見合わせ、同僚達の話していたその一致を確認し、コクコクとこの
取り巻きに頷き返している。
「……少なくとも嘘を言っている訳ではないようですね」
 気持ち学園長への当てつけに。冷や汗の出ている彼を一瞥し、白鳥は立ち上がった。取り
巻き達もこれに倣い、一瞬場の空気が気持ち緩む感じがする。
「これは私の推測でしかありませんが、彼女は襲撃直後の衝撃をもろに受けたか、犯人に当
身でも喰らったのかもしれませんね。だから犯行──今回の破壊活動の実際を見てもいない
し、知る由もない」
「はあ……」
「ですが、そうだとすると犯人は何故その時、その場で辺りを蜂の巣にしたんでしょう? 
理由もですが、手段も現状さっぱり──」
「それを調べるのが我々の仕事ではないですか? 市民を、不安がらせないように」
 はいィ!! ぴしゃりと遮り、睨み返された白鳥の視線に、思わず口を挟んだ捜査員達が
竦み上がった。ぽかんと、宙達が一部始終を見ている。
「それでは、我々はこれで……。ご協力感謝します」
 そしてもう一度彼女らを一瞥した後、白鳥達はそのまま踵を返すと部屋を後にしていく。
「ご安心を。我々はいつでも善良なる市民の味方です」

(……む?)
 ちょうど、入れ替わりに近かった。白鳥達が応接室を出、ゼロ棟を出ようとしていた時、
そこには宙らの様子を見に来た國子が歩いて来ていた。
 向こうからやって来る男達──おそらく警察関係者を認め、静かに眉間に皺を寄せている
國子。その横を一瞬、一瞬だけちらと肩越しに底知れぬ眼で見つめた白鳥とその取り巻き達
が、特に言葉を交わす事もなく通り過ぎていく。
「ん~……っ。ああ~、終わった~っ!」
 そして応接室を訪れると、どうやら聴取はちょうど終了した所のようだった。
 時刻は昼。お腹も減ってきた頃だ。
 結局いい所は白鳥達に持っていかれ、学園長らの機嫌も取らされての骨折り損よろしくの
捜査員らが引き上げていく中、ある意味元気そうな宙と苦笑いの海沙、二人の学友を見つけ
て國子は声を掛ける。
「聴取、終わったようですね」
「おっ? 國っち」「陰山さん……」
「様子を見に来ました。どうですか、進展はありましたか?」
「うーん……全然。いくら聞かれたって綺麗さっぱり覚えてないもんは覚えてないんだって
ばさ~」
「そうだね。私もさっき一緒に刑事さん達にお話ししたんだけど、もしかしたら襲われた直
後に気絶したせいじゃないかって」
「……ふむ」
 國子のそれとない問い。それは実は守護騎士(ヴァンガード)のことや晶、アウターにつ
いて記憶が残っていないかという確認でもあったのだが。
 宙は、必死になってフォローしてくれた海沙(とも)の肩に、がしりと腕を回して笑って
いる。意図を悟って海沙は恥ずかしそうにしていた。
(刑事。さっきすれ違った方達ですか……)
 窓の外から渡り廊下を歩いていく後ろ姿が、まだ微かに見える。
 根拠はない。ただ國子は油断ならない者達だと感じたのだった。
「……ともかく、天ヶ洲さんの記憶が頼れないとなれば、彼らも別の目撃者を探すしかない
でしょうね」
「そうだねぇ」
「でも何でソラちゃんだったんだろう? 偶然なのかな? それともソラちゃんだと分かっ
てて襲ったのかな? もしそうだったら安心して学校にも来れないよ……」
「……それは私達の仕事ではありませんよ。青野さんも、あまり気に病まれませんように」
 だから本人以上に、心配で心配で思考が巡っている海沙を見て、國子は話題を逸らそうと
した。これ以上彼女らに、アウター絡みでの深入りはさせない為だ。
「う~ん……。でも案外怪物だったりしてね? ほら、最近何かと噂になってるしさー」
『──』
 なのにだ。なのに当の宙本人はそんな事を言って笑っている。
 海沙と國子は心なしか顔を引き攣らせていた。前者はそんな冗談を言っている場合じゃな
いだろうという唖然で、後者は言わずもがな、冷や汗である。
「あくまで噂、でしょう?」
「あはは。そりゃそうだよー、ネットなんて半分は作り話なんだから。……でももし海沙が
言うように、恨まれているかもしれない人間なら、いるんだろうけどね」
 え? 海沙当人が小さく戸惑う中、宙はそれまで手の中で転がしていたデバイスの画面を
見せてきた。女子水泳部のグループチャットだ。しかしその文面は彼女の端末からは閲覧で
きないように為っている。いわゆるブロック状態だ。
「へへ……。追い出されちった」
「お、追い出されたって……」
「まぁ仕方ないんじゃない? 結局あの後部には顔出せなかったしさー。聞いたよ? 部長
カンカンだったんだって?」
「うん。でも……」
「でもも何もないんだろうなあ、あの真面目っ娘さんは。そりゃ大会が近い上に休校にもな
れば堪忍袋の緒も切れるわさ」
 あははは。宙は笑っている。
 海沙は戸惑いを隠し切れずに國子を見ていた。ちらと見返し、しかし努めてその瞳は優し
く慰めるように。当人も汲み取ったのか、コクンと頷き返してくる。
「……ま、それにしてもごめんね。よく分かんないけど、色々心配掛けちゃって。國っちも
学園が休みになったのにわざわざ来てくれてさ?」
「そ、そんな。ソラちゃんが無事でいてくれたら、それで……」
「ええ。皆人様の命ですから」
 それに──。國子はだから正直、自分がここまで口を滑らせるとは思っていなかった。
 ここまで来て話題は逸らせたのかもしれない。だけどもたった四年、されど四年一緒に共
にいただけでこの自分という鉄の女はだいぶ“解かされて”いたようだ。
「友を助けるのに、理由など要りませんよ」
「陰山さん……」「國っち……」
「……。皆人様にとって、睦月さんとお二人は大切なご友人です。その大切な方々である貴
女達を放ってはおけません」
「……そっか」「ふふっ」
 わざとらしく咳払い。忠義を理由に理論立てて、補足をば。
 だが二人は笑っていた。これまで見た事もないくらいニヤニヤと、ほんのり照れたように
頬を赤く染めて上品に。
 國子は黙っていた。自分も、何だかんだで心配だったのだなと自覚する。
「とりあえず出よっか。学食は閉まってるし、何処かでお昼にしよ?」
「お。いいねー」
「了解しました。お供します」

「──」
「? どうかしましたか、警視?」
「……。いや、何でもない」
 三人連れ立って部屋を出て行く。
 そんな窓越しの姿を、階下の遠巻きから白鳥が見つめ返していた事には気付かずに。


 一旦更衣室に戻ってざっと濡れた身体を拭い、焦りと緊張を抱えながら着替えると、晶は
公営プールの敷地内のとある建物裏へと向かった。
 指定された時間、都合を合わせて知らせておいた場所。
 やや息を切らして来てみれば、そこには大よそ場違いの、神父風の黒服に身を包んだ男性
が待っていた。
 睦月達がH&D社へ潜入を試みた際、その追っ手として現れた四人の内の一人である。
「……。お待ちしていましたよ」
 クリスタルの話していた“蝕卓(ファミリー)”。
 晶はごくりと、肩越しに向けてくるその抜け目のない眼光に息を呑みながらもポケットに
突っ込んでいたリアナイザを取り出した。デバイスを入れ、引き金をひいて起動させる。
 ホログラムの光から飛び出すように、蒼白い鎧の女騎士──クリスタル・アウターが姿を
現した。フルフェイスの兜の奥で紅い眼が光り、そしてサッと片手を胸元に当てて流れるよ
うな所作で彼の前に跪く。
「わざわざ私達を呼び出すとは、大きく出たものですね」
「無礼は重々承知の上でございます。ですがどうしても、至急そちらにお伝えすべき情報が
ありまして……」
 晶はいつものように引き金を握ったまま、このやり取りを見ていた。
 何だか、面白くない。
 主は自分だというのに、彼女は真っ先に彼に向かって服従のポースを取ってみせた。
 彼女からざっくりと聞いたから知らない訳ではない。それだけこの神父服の男が自分達よ
りも遥かに強い力の持ち主である──彼女を上回る怪人だということの表れなのだが、それ
でもやはり面白くはない。
「分かっていますよ。守護騎士(ヴァンガード)でしょう? 貴女達が彼の正体を目撃した
と言ってきたからこそ、こうしてわざわざ出向いて来たのではないですか」
 こうして時間を取ってこそこそと彼と落ち合ったのは、他ならぬ先日のあの白い鎧戦士に
ついてだった。
 守護騎士(ヴァンガード)。巷で噂になっているという他称・飛鳥崎の守護者。
 その正体、変身の瞬間を自分達は見たからこそ、相棒(かのじょ)が先ずはその情報を伝
えておくべきだと主張したからこそ、自分は今こうしてこの得体の知れない男と相対してい
るのだから。
「それで……? 一体守護騎士(ヴァンガード)を名乗る者の正体とは誰なのです?」
 神父風の男はあくまで冷静に、しかし何処か急かすようにして眼鏡のブリッジを触り、瞳
の奥を光らせていた。
 クリスタルは畏まっている。晶はただその様子を見ているしかない。
 ははっ。胸に当てていた手をさっと晶──改造リアナイザに向け、彼女は言う。
「同年代の少年でした。誰かまでは分かりませんが。私の端末(ほんたい)のログをご覧に
なっていただければ、いずれその身元も判るものかと。ですのでどうか……」
「……」
 しかし神父風の男は、眼鏡のブリッジに指を当てたまま、すぐに反応する事はなかった。
 じっと。どうやら何かを考え、見定めているらしい。
 不安になって顔を上げたクリスタル。そんな同胞(かのじょ)に、彼はやはり相変わらず
淡々とした口調でもって言う。
「しかし貴女は一度彼に負けているのでしょう? 情報提供は感謝します。ですが弱き個体
の安堵を一々保証しておくほど、我々も暇ではないのですよ」
「そ、そんな……!」
 故にそう助力を拒絶された時、クリスタルは絶望と──焦燥すら覚えた。
 交渉は脆くも崩れ去ったのだった。……いや、態度こそ服従しているようでもその実、手
にした有力情報を梃子に自らの生き残りを企んでいると見透かされたからこそ、彼もまた切
り捨てようと判断したのかもしれない。
「私はあくまで、貴女達の持つ情報を受け取りに来たまでです」
 クリスタルは項垂れ、それを神父風の男は見下ろしていた。
 晶はリアナイザを握ったまま、この二人を交互に見比べ、不安に顔を曇らすしかない。
「……ですがまぁ、もう一度くらいはチャンスをあげましょう。ちょうどシンからも、使っ
てやれと預かっている物がありますし」
 遠くにプールを楽しむ人々の声と、水音が聞こえた。
 たっぷりと彼女達を見つめ、されど彼は、ゴソゴソとやがて自身の懐を探り始める。

「改造リアナイザの反応──アウターです! 南西に四百メートル!」
 公営プールに到着した睦月は、早速晶の姿を探すべく歩き回っていた。
 しかしなまじ人数が多く、広い。
 泳ぎに来た訳でもなく一体何をしているんだと次第に利用客達から怪しむ視線も向けられ
出し、気持ちが萎えかけていたその時……パンドラがはたと標的(ターゲット)の出現を察
知したのだった。
 人目を気にしている暇もなく、駆け出す。
 また誰かの記憶を奪おうとしているのだろうか? 或いは、もっと別の……?
 幾つかの疑問は過ぎったが、結局この時の睦月には程なくして瑣末な事になる。
 見つけたのだ。晶と、輝く鎧騎士のアウターを。そして何時ぞやに見た神父風の男を。
 デバイスを片手に睦月は慌てて近くの物陰に隠れていた。目を凝らすと、どうやら男は懐
に何やら手を伸ばしている。
『どうした?』
「法川先輩とあの時のアウターがいたよ。それと……厄介な奴が」
『はい。H&Dの工場に潜入した時、私達をボコボコにしてくれやがった奴の一人です!』
 インカム越しに問うて、返ってきた二人の言葉。
 皆人以下司令室(コンソール)の面々はにわかに身を強張らせた。あの時の記憶が蘇る。
 しかし何故? 何故おそらく幹部クラスと思われる彼が、こんな所に……?
『TRACE』
『READY』
 しかしそんな戸惑いも束の間、皆人達の沈黙を余所に睦月はEXリアナイザにデバイスを
挿入、変身を始めようとしていた。
『? おい、睦月──』
「今出なきゃ駄目だ。二人があいつに会ってるって事は、下手したらもう僕らのこと、喋っ
てるかもしれない」
 気付いて通信越しに皆人が止めに入る。だがにわかに殺気だった親友(とも)の言葉に、
司令室(コンソール)の面々は総毛立った。
 冷静でいて、直情。
 それは即ち自分達にとって、大切な人達が危険に晒されるかもしれないリスク。
 誰もが少しでも時既に遅しを想像していた。認証の電子音と同時、睦月はEXリアナイザ
を握った右手を大きく正面にかざす。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 うおォォォーッ!! そして直後、睦月は雄叫びを上げながら飛び出した。白亜の鎧を纏
ったその闖入者に、晶とクリスタル・アウター、そしてこの神父風の男が驚いて振り返る。
 彼女らと彼に割って入るように、睦月は拳を振った。
 だが神父風の男はこれをひらりと跳んでかわし、再び彼を庇うように割り込んでくるクリ
スタルの、動揺を隠せないファイティングポースを見遣る。
「追って来ましたか……。クリスタル、倒してみせなさい。見ていますよ?」
 一歩二歩、ゆっくりと後退する神父風の男と、またなの!? と悪態をつきながらそれで
もそそくさと逃げ始める事しかできない晶。
 睦月もとい守護騎士(ヴァンガード)とクリスタル・アウター。両者が向かい合った。彼
の右手には既にナックルモードが起動されており、握ったEXリアナイザの銃口を中心に球
体状のエネルギーが形成されていく。
「……っ!」
 先手はクリスタルだった。両手にそれぞれ力を込め、矢継ぎ早に結晶弾を放っていく。
 睦月はこれをナックルで捌きながら横断、辺りの木々や人気の少ない建屋を巻き込みなが
ら左に右に距離を詰めようとする。
『ARMS』
『SHIELD THE TURTLE』
 そして一直線上に並ぶタイミングの少し手前で武装を呼び出し、自分を隠すように楕円形
の盾を引っ下げると一気にこれへと突進、組み付きにかかる。
「せ……法川さん、もう止めてください! こんなやり方で作ったチームなんて本当のチー
ムなんかじゃない!」
 ガツンッ。盾ごとクリスタルを押し戻しながら、睦月は叫んだ。
 すぐには解らなかったのだろう。だがややあって、それが自分に対しての言葉だと悟った
晶がハッとなり、神父風の男の横で大きく目を見開く。
「私は──」
「耳を貸すな、アキラ! 何処の誰とも知らぬ人間に!」
 しかしクリスタルがこれを遮った。
 晶(かのじょ)が願ったものと、それに依り立って存在する自身の維持。大盾に正面至近
距離を封じられながらも、彼女もまた必死である。
 この召喚主がまたもやハッとなり、据わった眼でぶつぶつと呟き出すのを視界に映すと、
クリスタルはぐっと踏ん張った上で睦月に蹴りを放ち、一旦押し返した。
 ぐらりと数歩空く間合い。そこへクリスタルは両手から放った結晶弾を、放物線を描くよ
うにして空中へ投げ、左右前後から睦月を追い込むように攻撃する。
「──ッ!?」
 轟。着弾した無数の結晶弾が辺りの地面を穿ちながら分厚い破砕音を立てた。
 土埃が濛々と上がる。神父風の男が、晶が淡々とはらはらとしてその場に立ち、当のクリ
スタル自身もじっと目を凝らして撃退の如何を確認しようとする。
「……」
「なっ!?」
 だが結果から言えば、無傷だったのだ。土埃が晴れてきて全容が見えた瞬間、彼がいた筈
のそこには、網目状の表面をした分厚い巨大な金属球が鎮座していたのである。
「ふぃ~……。危なかった」
『でもへっちゃらでしたでしょ? ディフェンド・ザ・アルマジロ。動けなくなるのが弱点
ですけど、ああいう攻撃ならこれでばっちりです』
 ガション。金属球はどうやらスライド式に展開された全方位型の防御壁だったようだ。
 いつの間にか守護騎士(ヴァンガード)に備わった円筒状の背部パーツに左右から巻き上
げられて収納される。故に中の睦月は全くの無傷で、そうパンドラと軽く話をするくらいに
は余裕がある。
「な、何なの……? あいつ」
「くっ。次から次へと珍妙な装備を……。これでは埒が明かない」
『だったら諦めて倒されてよ~』
「そういう言い方は……。でもこうするしかないんだ。法川さん、目を覚まして! 貴女は
そいつらに利用されているだけなんだ!」
「う、五月蝿い! あんたに何が分かるっていうの!? そもそもあの時あんたが途中で邪
魔さえして来なければ、今頃天ヶ洲だってうちの戦力になっていたっていうのに……!」
 一歩進み出る。睦月はパンドラを窘めながら再度説得を試みた。
 身バレはもう遅かったかもしれない。だけど彼女自身は、まだ何とかなる筈だ。
『……手遅れ、か。リアナイザへの依存が相当強くなってきている』
 しかし訴えも虚しく、晶(かのじょ)から返ってきたのは逆恨みと言ってもいい憤りの弁
であった。通信越しに皆人が静かに首を横に振っている。こちらも遅かったというのか。
 駄目なのか……? 睦月はパワードスーツの中できゅっと唇を噛む。
「どうしました、クリスタル。貴女の力はその程度ですか?」
「……っ!」
 そこへ更に神父風の男の静かなプレッシャーが拍車を掛ける。クリスタルは身を震わせ、
両手から生み出す結晶をそれぞれ手矛型に変えた。りゃあァァァッ!! 半ば自棄クソじみ
た声を上げながら、今度はそのまま睦月と白兵戦を演じようとする。
「ぬわっ!? くっ……!」
「……そうだ、お前さえ。お前さえいなければ。何故我々の邪魔をする!? 人間ッ!」
 背中のパーツもあり、睦月はこれを両手の装甲を噛ませながらいなすので精一杯だった。
数手耐えしのぎ、慌ててこの武装を解除する。ずしりと、身体にそれまでに使った体力が持
っていかれたような気がした。
「うぅ。やっぱ重い」
『仕方ないですよ。ブラックカテゴリはパワーに特化している分、機動力が犠牲になってい
るんです』
 パンドラが事もなげに言った。クリスタルが引き続き双矛を引っ下げて突っ込んでくる。
 睦月は再びホログラム画面を操作していた。あの鎧、結晶のような硬さ。並の攻撃ではお
そらく決定的なダメージは与えられないだろう。そう相棒は言うが、やはりそのカテゴリの
特性を借りる他にはない。
『ARMS』
『HAMMER THE ELEPHANT』
 黒い光球が銃口から飛び出し、慌ててスピードを落とすクリスタルの眼前を折り返して睦
月の右腕に収まった。リアナイザを左手に持ち替え、腰のホルダーに収め、巻き上げ機と化
したその右腕からはずしりと重い鎖鉄球がぶら下がっている。
「せい……のっ!」
 ゆっくりと、段々加速をつけて振り回す。
 これがエレファント・コンシェル──ブラックカテゴリの武装の一つだった。
 破砕の一撃。半ば反射的にスピードを緩めてしまったクリスタルは、その中途半端な間合
いが故にこのぶん回しの殴打をもろに受けた。げはッ!? 蒼白く輝く装甲がたったの一撃
でひび割れて砕け散り、彼女をどうっと地面に吹き飛ばして立ち上がれなくする。
「う、嘘でしょ……?」
「う~ん……。流石にえぐいな、これ」
 大ダメージに悶えて酷く息を荒げている自身の使い魔に、晶は絶句していた。当の攻撃を
放った睦月は睦月で、想像以上に破壊力抜群のこの武装に若干引いている。
「……ここまでのようですね」
 だが、その直後だったのである。勝負ありとみて神父風の男がおもむろに動きした。一度
は懐に伸ばした手を再び弄り、そこから一枚のチップを──黒光りするPCパーツを思わせ
るそれを取り出し、晶の改造リアナイザに挿入させた。
「えっ? 何……?」
「シンからのプレゼントです。もとい、実験ですが」
 故に次の瞬間、睦月や通信越しの皆人達、当の晶本人までが驚愕した。黒光りするチップ
は瞬く間にこの改造リアナイザを黒いデジタル記号の光に包み、そして地面に転がっていた
クリスタルを苦しめ始めたのである。
「う……が、アァァァァーッ!!」
 光が絶叫する彼女を巻き込んで膨れ上がり、巨大化していった。突然の異変に狼狽する晶
も、まるでその手が固着されたかのように改造リアナイザから離れない。
『──ッ』
「これは……」
 変貌。圧倒的睥睨。
 そこにはかつての原型を留める事なく、巨大な蒼白い蜘蛛の化け物と化したクリスタルの
姿があったのだった。

「ヴォ……オォォォォーッ!!」
 轟く雄叫びを上げ、クリスタルの大蜘蛛はその鋭い針のような足を叩き付けた。
 狙いは守護騎士(ヴァンガード)。睦月の視界は一瞬にして舞い上がった土埃と衝撃波に
包まれ、その身体を激しく吹き飛ばされて転がされる。
 慌てて受け身を取り、起き上がった。土埃の上、見上げた頭上では大蜘蛛が再び攻撃を加
えようとキョロキョロこちらを捜しており、これは拙いと遠くへ遠くへと駆け出す。
『睦月、無事か!?』
「何とかね……。それにしたってアレは何なの? 滅茶苦茶だよ。さっきあいつが法川先輩
のリアナイザに何か細工をしてたみたいだけど……」
『ああ。こちらでも確認した。黒いチップ──のような物だ。今は解析している余裕はない
が、少なくとも物騒な代物である事は間違いない』
『……マスター、司令。あのアウター、暴走状態になってます。このままだと本人だけじゃ
なく、召喚主の方にも危険が……』
『そのようだな。睦月、至急市中の隊員達にも召集をかける。……やれるか?』
「やるしかないでしょ。あんな巨体に暴れ続けられたら、此処に来ているお客さん達が大勢
犠牲になる!」
 皆人とパンドラ、交互にやり取りするこの危機的状況。
 親友(とも)に問われ、睦月は即答した。言わずもがな。遠く林を挟んだ敷地の向こう側
から人々の悲鳴がぽつぽつと聞こえ始めていた。
 最初は何か新手のアトラクションだとでも思ったのだろう。しかし大蜘蛛がリアルに実際
にこのプールを破壊していると悟った瞬間、傍観は悲鳴に変わった。睦月はぎゅっと唇を噛
み締める。ズザザッと急ブレーキを踏みながら真後ろに方向転換し、見上げるこの巨大な敵
を見据える。
「……パンドラ。確か空を飛べるコンシェル、あったよね?」
『はい、ホワイトカテゴリです! この子のトレースを!』
 クリスタルの大蜘蛛がこちらに気付いた。パンドラにアシストされつつ、睦月はホログラ
ム画面でアクティブにされたそのコンシェルを一瞥し、引き金をひく。
『TRACE』
『WIND THE HAWK』
 銃口から飛び出した白い光球がぐすりと旋回し、落ちてきたのと、大蜘蛛が前足の切っ先
をこちらに叩き付けてきたのはほぼ同時の事だった。
 だが……睦月は文字通り飛んでいた。
 左右の肩口に焦茶色のカラーリング、全体として白。新たに纏い直した装甲の背からは鳥
を思わせる鋼の翼が生え、彼を大蜘蛛の頭上、空高くに飛翔させている。
 リアナイザの基本武装をシュートに。繰り出される三対の前足をその機動力で巧みにかわ
しながら、睦月は次々と、あちこちらか銃撃の雨を浴びせに掛かる。
「──」
「くっ……!」
 しかし巨大化し暴走したクリスタルには、これらはまるで効いていないようだった。
 ぱちくりと水晶のような複眼を向け、再度再三狙いを定めて鋭い脚を払ってくる。更に口
からは無数の結晶弾を吐き出し、慌ててかわす睦月の後方、公営プールの敷地内へと落ちて
いく。
「あは、ははは……。凄い、凄いわ! これなら、これならッ!!」
 その最中、睦月は確かに眼下に捉えていた。禍々しく黒いデジタル記号の渦にリアナイザ
を右手ごと呑まれながらも、晶はすっかり気が狂ったように笑い、暴れ回るクリスタルの大
蜘蛛を見上げている。
 病んだ目。その隣ではあの神父風の男が、淡々と酷く落ち着いた様子でこちらの戦いを眺
めていた。
(……先輩。貴女って人は……)
 失望にも似た怒り。睦月はパワードスーツの下でぎゅっと拳を握っていた。旋回を繰り返
す体勢を立て直し、一旦大蜘蛛の背後に回りながら訊ねる。
「埒が明かない。普通の攻撃じゃあの硬い身体は貫けないよ。やっぱりもっとパワーのある
攻撃をぶつけないと」
『でしたら、武装を選択した状態でチャージをコールしてください。EXリアナイザの武装
と同様、通常よりも威力のある一撃を放つ事ができます』
「……よし」
 ホログラム画面にタッチし、睦月は新たな武装を選択した。
 選んだのはパワーに特化したブラックカテゴリ。犀(ライノ)のコンシェル。
『マ、マスター。今の装甲──機動力重視のホワイトカテゴリでは、その子達とは相性が』
「……大丈夫。この高さなら、重力が味方してくれる」
『ARMS』
『DRILL THE RHINO』
 空中から空中に解き放たれた黒い光球は、左腕を掲げた睦月の腕に収まった。
 巨大で鋭いドリル状のアーム。睦月はぐわんと全身を使って上下逆さまになり、その刃先
を振り返ったクリスタルの大蜘蛛へと狙い定めた。
「チャージ!」
『MAXIMUM』
 直後、コールと共に胸元のコアが光り、パワードスーツの全身を伝って左腕のドリルに莫
大なエネルギーが注がれ始めた。螺旋の刃先もその力を受けて激しく振動、回転し、目標を
砕かんとけたたましい轟音を上げる。
「──っ」
 ダンッ! 空中を蹴るようにして睦月は飛び出した。飛行の加速度、上空から鋭角に急降
下する事で得られる重力の加速度。二つの力を利用して守護騎士(ヴァンガード)はこの巨
体に真っ向勝負を挑もうとしたのだ。
 大蜘蛛もくわっとその牙を持つ口を開けた。中からは無数の結晶弾が放たれ、突っ込んで
来る睦月を撃ち落そうとする。
 ガリ、ガリ、ガリガリガリッ!! だがそのことごとくを、睦月はその突き出したドリル
の回転で弾き飛ばし、粉微塵に砕いた。
 どんどん互いの距離が狭まっていく。地面が近くなる。クリスタルの大蜘蛛はそこまでき
てようやく本能で拙いと悟った。結晶弾による迎撃を諦め、ぶんと一本二本とその腕を全力
で振るって叩き落そうとする。
「う、おォォォォォォーッ!!」
 だがもう遅かったのだ。度重なる加速度のついた睦月の突撃はもう誰にも止められず、振
り抜かれたこの巨大な前足すら次々と砕き、貫通していく。
 晶が、神父風の男が、司令室(コンソール)の面々が見上げた。
 激突。はたして睦月の一撃はクリスタルの大蜘蛛を顔面から刺し貫き、その硬い巨体を内
部から砕いて爆発四散させたのである。
 轟。刹那、大量の土埃と衝撃波が辺りに舞った。
 晶と神父風の男もその余波を受けた者の例に漏れず、前者はもろに吹き飛ばされ、後者は
直前でサッと自分の前に手をかざし、一瞬にして辺りは埃まみれの視界不良になる。
「……っ、はぁっ! な、何とか、倒せた……」
 やがて晴れていく土埃、現場。
 睦月──守護騎士(ヴァンガード)はその只中に立っていた。
 辺りには蒼白い塵になって消滅していくクリスタル・アウターと思しき残骸が無数に散ら
ばっており、ややあって彼がそうして漏らした声に、皆人や香月以下司令室(コンソール)
の面々はぱぁっと安堵と共にハイタッチし合う。
「……」
 しかし彼はまだそこにいたのである。土埃が風に煽られて遠退いていく中、神父風の男は
全くの無傷でその場に立っていたのだった。
 気配を感じ、睦月はハッとして振り返る。こちらと同様、彼も始めはこちらをじっと見つ
めていたのだが、自身の後方の──埃まみれでぐったりと倒れ気を失っている晶を、先程の
衝撃で粉々になった改造リアナイザを見下ろすと小さく嘆息。一度眼鏡越しから睦月を睨み
返すと、そのまま踵を返してまだ燻る土埃の中へと消えていってしまう。
「あっ! ま、待て……!」
『待て睦月。今はいい。それよりも今は急いでその場を離れろ。人が来るぞ』
 慌てて追おうとした睦月だったが、それを他ならぬ皆人は止めた。
 曰くこれほどの戦闘、事件になった以上長居は無用であること。あの神父風の幹部とここ
で戦うメリットはない筈だということ。そして今回肝心の晶とそのアウターは撃破した──
目的は達したこと。
 睦月は疲労した身体と意識の中、逃げた彼の方向を見つめながら、しかし親友(とも)の
言い分も尤もだと思い、指示に従う事にした。
 晶の介抱と、あの幹部クラスに自分達の情報が漏れていないかどうか?
 破壊されたリアナイザの回収を含めた後始末は、國子以下到着するリアナイザ隊の面々に
任せる事となった。
「……。先輩……」
 文字通り拠り所であったものが砕かれ、ぐったりと気絶したままの晶。
 睦月は見ろした彼女に呟き、その身を抱え上げると、足早に場を後にしたのである。


 クリスタル・アウターの討伐から数日。
 人伝に聞いた所によると、学園の新生女子水泳部が望んだ最初の大会は、表彰台にも入賞
にも届かずの結果に終わったという。
 ここ数日、幾つかの憶測が生徒らの間で流れてはいたが、その主な原因は大会直前に負傷
欠場した部長だと云われている。かねてより彼女の牽引によってチーム作りが行われていた
同部にとって、その欠場は部員らのメンタルや士気に大きな影響を及ぼしたのだろうという
のが大よその見解だ。
 噂は流れる。時は流れる。
 大多数の人間にとってはただの話題の一つに過ぎない今回の事件も、やがては彼らの記憶
の中から忘れ去られていくのだろう。

『──水泳部を辞めた!?』
 だからその日の帰り道、宙からそう何気なしに打ち明けられた話題に、睦月と海沙は声を
揃えて驚いていた。
 ちょうど場所は道中の商店街。
 夕暮れの人通りが故に周囲の買い物客らの何人かが思わず反応し、振り返ってくる。
「うわっ!? びっくりした~……。え、何? そんなに驚くこと?」
 なのに当の宙本人は寧ろそんな二人の反応に驚き、あははと苦笑いを零していた。ばつが
悪いといった感じでぽりぽりと頬を掻き、周囲の眼が注がれ、そして捌けていくのを一瞥し
ながらそのまま二人に質問責めにされる。
「な、何で……? あんなに泳ぐのが好きだったのに」
「だからだよ。こりゃあもう、潮時なのかなぁと思ってさ?」
「……それって、もしかしなくても部長さん?」
「うん」
 曰く宙自身、前々から晶の熱血路線とは合わないと感じていたらしい。
 それでも在籍し続けたのは、学園に通ったまま泳げる環境があるからだ。中等部の頃から
一緒の友達がいたからだ。しかし今回の一件で部のグルチャから外され──自分以外の全員
が晶へと靡いたのを目の当たりにした事で、それももう限界だろうと判断したという。かね
てよりその性格の違いから、彼女に嫌われていたことも手伝って。
「別に責めるつもりはないけど、気の合う子達も結局部長に下っちゃった訳だし。ならそこ
までしてあそこに居続ける意味はないかなぁ~って。泳げる場所なら、何も学園だけじゃな
いしね?」
「で、でも……。それじゃあソラちゃんばっかりが損してるじゃない。本当に、いいの?」
「いいも何も、お互いの為ならそれがベストじゃない。我を張り続けたって、失うものの方
がきっと多いよ? いーのいーの。これはあたしの問題なんだから。だからあんたがそんな
泣きべそかく必要なんてないの。オーケイ?」
「う、うん……」
「……」
 あくまで親身に──些か同情し過ぎて心配してくる海沙(とも)に、されど宙はあっけら
かんとして笑っていた。ぽむと彼女の頭に手を当て、不敵な笑みを口元に浮かべながら優し
く撫でてやる。
 だがその一方で、睦月はじっと何も言わずに黙っていた。この幼馴染の語る言葉がはたし
て何処まで本意なのだろうと思った。
 ……正直を言うと、悔しかった。
 アウターも倒し、法川部長を改造リアナイザの呪縛から解き放ったというのに、これでは
戦いに勝って勝負に負けたようではないか。何より宙と法川部長、両者の溝は結局埋まる事
なくこうして別れようとしている。一体何の為の、戦いだったのだろう?

『──ごめんね。宙ちゃんの記憶、私達じゃ戻せそうにないわ』

 事件後、司令室(コンソール)で香月(はは)達が告げてきた言葉。
 曰く結晶化した記憶──電気信号を解析することは出来ても、それを再び本人の脳内に戻
すというのは物理的に困難なのだそうだ。
 だが実際問題、あの時の記憶を取り戻されてもメリットはない。当局による捜査もあの後
進展があったという話も聞かない。宙本人は意図してなのか語らないが、噂では事が大きく
なるのを嫌った学園長から口止めを頼まれたとも云われる。事実こうして自分は無事で、他
に被害者がいないのだからと、結局彼女は被害届を出さなかった。
 事件はこのままうやむやにされていくのだろう。
 だが内心、正直な所を言えば、何とも言えない徒労感や無力感がへばりついている。
「睦月ー、どったのー?」
「むー君……? どうしたの、ぼ~っとして?」
 気付けば先を行く幼馴染二人が、揃いきょとんとしてこちらを見ていた。
 睦月はハッと我に返る。何でもないよと作り笑いを浮かべ、気持ち小走りで彼女達に追い
つきながら胸の中のもやもやを意識の外へ外へと押し遣るよう努めた。
「ほら、急いだ急いだ」
「あのね? この前話したアイス売りのおじさんが来てるんだって」
 自らに降りかかった事件なのに、いつもと変わらぬように笑う快活な少女。
 そう付け加えてこちらに手を伸ばしてくる、控え目で大人しいながらも心優しい少女。
「……うん」
 睦月は差し伸ばされた手を取った。くいっと引っ張られ、夕暮れの商店街を歩く。確かに
今回の事件もまた、彼女ら幼馴染ズや多くの人々にとっては、一時を賑わす程度のニュース
でしかないのかもしれない。
(あんまり考え過ぎない方がいいのかな……? 僕は、この二人を守りたい……)
 陰のある線目の微笑は、差し込む茜に隠されて。
 守護騎士(ヴァンガード)こと睦月の戦いは、こうしてまた一つ、ピリオドを迎えるのだ
った。
                                  -Episode END-

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  1. 2015/12/10(木) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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