日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「而獄(じごく)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:地獄、燃える、記憶】


 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……。

 木原はただまるで無心のように刃を突き立てていた。逆手に握ったペティナイフをこの憎
き男に向かって何度も何度も振り下ろしては、持ち上げる。
 これは“人間(ヒト)”ではない。ただの“獣(モノ)”だ。
 自分に言い聞かせる。そうれなければ、こんなにも冷静に人一人を殺せる筈もない。
 この男──人間扱いしてやる事すら生温いと思った。怒りが込み上げた。突き立てる度に
目の前のこれは「かはっ!」と血を混ぜた痰を吐いていたが、そんなまるで生き物であるか
のような反応をされる事すら癪に障った。
 お前は人間じゃない。同じ人間だなどと、認めない。
 お前は千聖(ちさと)を──妻を辱め、死なせた。お前が殺したようなものだ。
 許さない。絶対に、許さない。
 たとえ彼女が自分がこうなる事を望んでいなくても、こうせずにはいられなかった。お前
という獣がまだこうしてこの世界にのさばっている事がどうしても許せなかった。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……。

 やがて段々、この歳若い獣は赤い痰を吐く事も出来ず、動かなくなる。
 嗚呼、それでいい。お前は人間(ヒト)じゃない。ただの獣(モノ)だ。そのまま、何の
価値もない肉塊に成り下がっていればいい。
 木原は目をじっと見開き、地面に仰向けになったまま事切れた青年を見下ろしていた。
 ぽた。握ったペティナイフと右手にはたっぷりとこの獣の血が貼り付いている。伝っては
零れ落ち、夜のアスファルトの上へと密かな染みを作っていく。
「……」
 少しずつ、頭が明瞭になり、冷静さを取り戻していく。
 嗚呼、僕は人を殺したんだな……。
 だが何故だろう? まだ怒っているからか。それとも殺されて当然だと己を擁護している
自分がここにいるからか。
 その事実よりも、この男の血を浴びたこと、その感触が伝わる事の方がずっとリアルで、
不愉快極まりなかった。

 ***

『──被告人を、無期懲役に処す』
 この青年(けもの)を始末した後、木原はその足で最寄の警察署に自首した。
 全身に返り血を浴び、虚ろな眼で訊ねてきた彼に応対した署員らはギョッとしたが、それ
でも事件の始まりを聞いた事で彼らはにわかに慌しく動き出す。
 青年は夜の路地裏で、無数の刺し傷による出血多量で既に息絶えていた。刑事らはすぐに
木原を聴取し、すぐに自らの犯行であること、殺すつもりでナイフも持ち出し、あそこに向
かったことなどを自供したため、翌日には正式な逮捕状が請求されていた。
 下手な抵抗も、酌量も、要らなかった。
 この時点で木原にとってはもう全てが“終わった”のだ。愛する妻を見も知らぬチンピラ
に強姦され、仕事から帰ってくるまで助ける事も、気付く事すら出来なかった。部屋の隅で
怯え、ボロボロに亡き散らかした妻を見た時、それまでの平穏で平凡な日々が突然叩き壊さ
れたのだと悟った。泣きじゃくる彼女からようやく何があったのかを聞き取れた時、木原は
その身一つですら足りぬほどのこの世界というものを呪った。
 妻はその後、自ら命を絶っていた。あの男が付けた種が実を付けたと知ったからだ。
 その時怒りは明確に憎しみへと変わった。一人だけでなく、二人もの命を絶たなければな
らなかった、これ以上の辱めを夫に見せまいと文字通り命を賭して塞いだ妻を、木原は責め
ようなどとは思わなかった。
 ただ……犯人が憎い。木原は妻が事情を話してくれた時の断片的な情報を元に、仕事もそ
っちのけで、何日も何日も探し回った。もうこの辺りにはいないのかと諦めかけた時、街の
いわゆる不良達がそういう方面で鳴らしている男について話してくれたのだった。
 半ば確信に近かった。それでも言質を取らなければ、目的は果たせない。
 彼が住んでいるというアパートへの通り道である裏路地に潜み、その夜木原は男が帰って
来るのを待った。
 はたして当の男はのこのことやって来た。如何にも遊び人な、それでいて獣のような凶暴
性を秘めているような若い男だった。木原は立ち塞がるように現れ、名乗り、妻を犯したの
かと問うた。男は最初きょとんとしていたが「ああ、いたなそういや。あれは中々の上玉だ
ったぜ」と嗤った。そして「で? あんたは誰だ? 刑事(デカ)じゃねぇよな……?」と
遅過ぎる警戒をする。
「そんな悠長な事はしない。お前だと判れば充分だ」木原は一歩二歩と進み、ポケットに忍
ばせていたペティナイフを突き出した。それからは一方的な復讐(ぼうりょく)である。彼
は突然の攻撃に慌てた青年の足を一度払い、アスファルトの上に倒れたこの仇を只々無心に
憎しみのままに刺し続けて殺したのだ。
 ……願わくば、妻の事は他人に知られたくはなかった。
 しかし司法というのは、裁きという名目の為、無遠慮にその傷口に塩を塗り込んで責務と
する輩である。
 公判の過程で、木原の動機が、この被害者(せいねん)に強姦された末に自殺した妻の復
讐だと明らかにされた時、木原は法廷の場にいる全員を同じように殺してしまいたいという
衝動に駆られた。妻を一度ならず、二度までも辱めた。その一点で、彼にとってはあの男も
この国の司法も、等しく憎むべき存在だった。
 だがそれをしなかった──法廷で暴れなかったのは、自分についてくれた弁護士のささや
かながらの理解であったのだと思う。
 奥さんの事を掘り返される苦痛はよく分かる。でも抑えてくれ。知らなければ、誰も貴方
の無念を斟酌できないんだ……。
 木原は黙認という形で応えなかった。理由はどうあれ、自分は人殺しになったのだという
ことぐらいは理解している。
 妻は、向こうで怒っているだろうか? ぷくっと頬を膨らませて、ご機嫌ナナメになって
いるだろうか?
 だから裁判官がそう──死刑でなく、無期懲役の判断を告げてきた時、木原は内心貴方は
間違っているよと呟いていた。
 自分は、人殺しだ。理由がどうであろうと、その事実は変わらない。
 ……甘いのですね。彼は小さく呟いて自嘲した(わらった)。
 情などただ付随するだけで、所詮意見を割らせる雑音でしかないというのに。

 だから、これは幸運だと思ったのに。
 控訴もせず、収監されて暫く経った後、木原は自身の体調がどんどん悪化していく事に気
付いた。
 場所が場所だ、何かしら病気を患ったのだろう。しかし彼は本当にギリギリまでその不調
を周りに申告せず、待ち続けた。
 元よりあの青年(けもの)を始末したら、法の下に裁かれて死のうと思っていたのだ。
 なのに彼らはそれすら認めてくれなかった。ただ愛する人を失ったまま、意味のない現世
を生かされる。
 だから、これは自分にとって幸運だと思った。都合がいいと思った。
 どうと獄中で倒れる。看守達が慌てて駆けつけてくる。でも彼はもう意識は死んだ後の無
へと向かっていた。
 視界がどんどん狭まり、霞がかかっていく。
 全身に力が入らなくなって、自分がどんどん矮小になっていく心地がする。
 死ぬんだなと思った。看守達が何やら慌てているが……もういい、放っておいてくれ。
 これでよかった。
 もう自分は、やるべき事はやり切った。
 このまま燃え尽きて消えてしまっても、何の未練も──。
「オラオラァ! 寝ルンジャナイ! サボルナァ!」
「……」
 幸運だと思っていたのに。
 死んだ筈。そう思って気が付いた時には、木原は全く別の場所にいた。
 見上げるほど果ての見えない底なしの洞穴の中。轟々と燃え滾る炎の中に架けられた石橋
を、自分達ボロを着た人間達が大きな石材を背負いながら歩かされている。
 鞭を振るい、そうがなり立てているのは、人間ではなかった。
 あれは……鬼か。くすんだ赤や緑の身体に腰巻をつけ、その醜悪な顔面には鋭い牙と一本
や二本の角が生えている。
 ……そうか。自分は地獄に来たのか。落ちるなら此方だろうなとは思っていたが、まさか
本当にこんなテンプレ通りの世界だったとは。
 どうやら地獄に堕ちた人間は、こうして過酷な労役を強いられるらしい。何だかあの世だ
かこの世だか分からない。
 ただ木原は、苦痛に顔を歪める他の囚人達がどうにも“滑稽”に思えたのだ……。
「オイ、ソコノオ前」
「?」
「ドコヲ見テイル、オ前ダヨ」
「? はあ」
「随分ト余裕ソウダナ。憎ラシイ顔ヲシヤガッテ。モット運バセル石デモ増ヤソウカ」
 どうやらこの鬼達は、囚人達の中にあって平然としている木原が気に食わないらしい。
 ぞろぞろと彼の周りに木原が集まってきた。醜悪な顔がギロリと幾つもこちらに向けられ
て威圧される。
「……」
 だが、木原はなんだかそれすら“滑稽”であった。
 自分はもう死んでいるのだ。死んで消えてしまいたいと願った末にここに来たのだ。
 よくは分からないが、霊体を苛めたって何が痛いというのだろう? 何より妻があの男に
された事を思えば、こんなもの生易しいとさえ思えた。
(千聖……)
 だから気付く。そうか。君はこんな場所に僕が堕ちても、支えになってくれるんだね。
 鬼達はそうしてフッと嗤った木原に戸惑っていた。本来なら地獄の炎に巻かれて苦しまぬ
人間などいない筈だが、どうしてこんなにもこの男は平然としているのだろうか。
「オイ、ドウスル?」
「一応資材ノノルマニハ問題ナイガ……」
「ダガ罰ニハナランダロウ。バレタラ後デ上ニ怒ラレル……」
 しかしそんな時だったのだ。戸惑う鬼達を見つけたのか、向こうからふわりと、黒い襤褸
のコートを纏い、大鎌を担いだ人物がこちらにやって来たのだ。
 鬼達があわわと襟を正したように整列し始める。どうやら上の者、らしい。
「どうかしたか?」
「ハ、ハイ」
「コノ罪人ナノデスガ、ドウヤラココノ階層ノ責メ苦デハ動ジナイヨウデ……」
「ふむ……?」
 黒いコート、フードの下は骸骨ではなく、骸骨の半面であった。
 死神、だろうか。木原は思った。ぼうっと虚ろな眼でこちらを見てくる彼を見返し、周り
の囚人──生前の罪人らも不安げに固唾を呑んで見守っている。
「どれ」
 するとどうだろう。この死神風の男は、はたと木原の額をつんと指先で触れたのだった。
 そして暫く軽く目を瞑り、何か読み取るようにして「ふむふむ」と何度か頷いた後、この
男は告げるのである。
「……なるほど。道理で屈さぬ筈だ。少し借りるぞ? この男の、妻の記憶を削除する」
                                      (了)

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  1. 2015/12/06(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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