日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「レゾンデトール」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:神様、殺戮、才能】


 目覚めた時、彼女の目に映ったのは驚き、そして畏れてくる人間達の姿でした。
 彼女にこれという定まった名前はありません。人々はその信仰の差に応じて彼女の名を呼
びます。ですが総じて──彼女は“女神”と通称される事が大半でした。
 故に姿も、この形容に恥じぬものです。
 絹のように柔らかく長く、艶やかにウェーブする金色の髪。衣はヴェールを纏うような輝
くほどの純白で、豊かな胸ときめ細やかな肌、翡翠色の瞳をしたこの世のものとは思えない
ほどの美貌を備えています。
 誰に命じられた訳でもありません。ですが目覚めた時、彼女は人々から救いを求められて
いました。そしてその声に応じる事が当然の使命だと言わんばかりに、スッと胸奥が彼らの
言葉を引き受けます。
 ──怪我をしていた老人がいました。
 彼女がそっと近付きこの傷口に触れると、たちまちその赤黒い傷と腫れ上がっていた脚は
元通りとなり、彼は大いに喜び、感謝しました。
 ──病を抱えていた母親がいました。
 彼女がそっと近付きその胸元に手をかざすと、たちまちこの女性は長年患っていた痛みか
ら解放され、心配そうに見守っていた子らに久方ぶりの笑顔を返していました。
 ──畑が痩せて困り果てていた農夫がいました。
 彼女がそっとその畑に屈み、静かに吐息を吹きかけるとたちまち痩せ細っていた大地は活
力を取り戻し、以降何代にも渡り豊作に恵まれたといいます。
 即ち、癒しの女神でした。その輝く手は触れる者全てを癒し、優しき吐息は荒れ果てた全
てを素直な、在るべき姿へと促します。
 人々は歓喜しました。女神様が光臨されたと。
 人々は感謝しました。祈り続けた我々は間違っていなかったと。
 彼女は静かに微笑んでいました。しかしその心の内は戸惑いばかりで、されど一方で自ら
が力を振るえば目の前の人達が幸せに包まれる。その事がどうしようもなく嬉しかった。
 神はおられたのだ!
 人間達は、こと信仰に篤い老人達は繁くこの女神に手を合わせます。
 しかし当の彼女自身はまるで放り込まれるような現実に、幸福の輪が広がっていくこうし
た日々に、やがてある種の確信を抱くようになりました。
 神がいたではない。
 人がいたから、神が生まれたのだと。

 ですが穏やかな、己は何者かと戸惑う気持ちを大きく慰めてくれる日々はそう長く続きま
せんでした。彼女が力を示し、人々が敬い、その噂が人間達の間に広まっていけばいくほど
彼女の周りは騒々しく、物々しくなっていきました。
 これを叶えてくれ。
 それを治してくれ。
 あれに構わないでくれ。
 示しても示しても、彼女の下へやって来る人々の願いは減る事はありませんでした。寧ろ
増える一方です。だからこそ、彼女自身が──女神様が御疲れだと気付けば誰かが彼らの群
れを捌くようになり、更にそこから人々と彼女を仲立ちする「神官」と呼ばれる者達が群れ
を成すようになりました。
 少なくとも、女神自身はそのような仕組みを作れとは一言も頼んでいません。
 ですが気付けば人々の声はこの神官達のみを伝い、伝えられました。混乱が生じますと説
き伏せられ、人間達が作った大きな神殿(たてもの)に暮らすようになりました。
 不安でした。彼女は自分の中で、何か良くない事が起ころうとしているのではないか? 
そう事ある毎に勘繰るようになっていきました。
 程なくして、はたしてそれは的中します。
 神官達は人々を支配し、神官でない人々は支配されます。
 同じ人間達の中でも一つまた一つと差が生まれ、上が下を虐げる光景が当たり前になって
いきました。そして同様に、同じ序列の中にいる者同士ですら、虐げ虐げられ、恨み侮蔑し
蹴落とすようになっていきました。
 時には、それぞれに己が正しさを主張し、殺し合いさえ始める者達も現れました。
 女神(かのじょ)は自身を疑いました。
 かつて自分が手を差し出した──分け隔てなど考えもせずに差し出した者達が互いに殺し
合っている。びしゃ、びしゃと血飛沫が大地に飛び跳ねては染み込み、その赤く染まった凶
器を掲げて吼える彼らは、時にその姿のままで自分に微笑みかけるのです。
 ──女神様。敵を討ち滅ぼしました。
 彼女はどんどん分からなくなっていきました。怖くなっていきました。
 しかしもう、人々の輪へはあまりにも遠い。
 次第に、彼女は自らもよほどの事がない限り神殿から出ないようになりました。
 その微笑みは悲嘆に変わり、外から漏れ聞こえてくる人間達の笑い声は剣戟と軍靴の音に
変わりました。
 長い長い時が過ぎていきます。
 神官達による支配に亀裂が入り、打ち込まれ始めたのは、その頃でした。

 その青年は神官の出ではありません。ただ支配される側の、しかし見果てぬ理想に燃える
心善き人間でありました。
 彼はある日、神官と呼ばれる一部の者達によって支配され、虐げられて当然とされるこの
世界に戦いを挑みました。志を同じくする者達と語らい、支度をし、武器を取り、一斉に反
撃の狼煙を上げました。
 人々は彼を“英雄”と讃えました。しかし当然ながら支配者たる神官達がこの状況を好し
とする訳がありません。
 各地を転戦し、次々と勝利を収めていた彼らを叩き潰すべく、神官達は次々に大軍を送り
込みました。数は圧倒的に有利。何よりもその目的は(神官達にとり)支配されるべき人々
の連帯の輪を断ち切ること──そしてこの反分子達のリーダーである青年を捕らえ、惨刑に
晒す事でした。
 さしもの彼も、この猛攻によって危機に陥ります。
 ですが英雄と評された彼の取った道は、そのまま折れてしまうなどとは正反対の方向であ
ったのです。
 彼は僅かな手勢と共に神殿に夜襲を掛け、忍び込みました。
 そしてその奥で悲嘆に暮れ続けていた女神を見つけると、その手を差し出したのです。
『女神様、お迎えに上がりました。せめて貴女を、彼らの鎖から解き放ちます』
 この無謀とも思える彼の狙いにようやく気付いた神官達は狼狽します。
 彼女を失う訳にはいかない。
 彼女を失えば、全てを失う。

 英雄達は神殿から脱出し、ひたすら逃げました。しかしそれを逃すまいと、各地から召集
された大軍勢が彼らを怒涛の勢いで追い詰めていきます。
 長く忘れていたこと。自分達はあの女神の加護の下、ここまで豊かになった。
 その女神を、神官達が守っていた。
 もしその彼女が我々を見限ったら? 加護が消えたら?
 将校から一兵卒に至るまで、神官達の統べる国の下ったほぼ全ての者達は恐れました。彼
女を失えば、自分達はどうなってしまうのか。漠然とした、しかし圧倒的な絶望感を突きつ
けるその衝動は軍勢を鬼畜へと変えます。
 一人、また一人英雄の仲間達が討たれ、捕まり、減っていきました。
 それでも尚、追っ手の軍勢は膨れ上がっていきます。女神様、女神様。ただあるのは象徴
を失うことへの恐怖と、只管なる保身でした。
『──』
 故に、彼らは何も気付いていなかったのです。理解していなかったのです。
 絶望。それは何も彼ら人間達だけのものではなくて。
 女神は長く、深く絶望の中に暮らしていました。願いに塗れる者達、神官を名乗る者達。
気付けばかつての穏やかな日々は遠くに色褪せ、閉じ込められる。そしていざ自分が神殿を
離れようとした時、欲望に──本性に目をギラつかせて大挙し、迫る。
 女神と形容された彼女が、心の底から人間を憎んだ瞬間でした。
 その力は刹那、逆転します。全てを癒す力は全てを破壊し尽くす無類の光となり、大挙す
る大軍勢を一瞬にして焼き払いました。
 英雄とその仲間達は唖然としていました。金色の輝きを纏う女神が、まるで世界の終わり
を体現したかのような、そんなさま。
 ……ですが全てを焼き払ってしまった時、彼女ははらり、涙します。
 英雄と呼ばれた青年は確かにその横顔に見ました。美しき彼女は猛烈な罪悪感に駆られ、
壊れそうなほどの慟哭に身を震わせていたのです。
 殺してしまった。かつて助けた人の子らを。
 壊してしまった。地道に築いてきた関係を。
 されど暫し黙して、青年は言います。そっと女神に歩み寄り、跪き、言います。
『まだ終わってはいない。私達は、貴女を今もこうしてお慕いしている』

 罪滅ぼしでもあったのでしょう。神官達の世が滅んだ後、また一つ国が興りました。
 名は先の英雄の姓から取りました。彼とその末裔たる“王”を象徴に、神官達という一部
の者達ではなく、国に暮らす全ての人間が意思の決定に参加できる新しい国へと。
 先の戦の功績から、この英雄が王座に就きました。その傍らには──代々の“王”の補佐
には、いつもあの女神の姿があったといいます。
 失意や苦楽を乗り越えて、何時しかこの青年と女神は愛し合うようになりました。
 国民達は大いに祝福します。二人は子宝にも恵まれ、以降この子らやそのまた子といった
一族の“王”が人々の人々による統治を見守っていくことになります。
 穏やかな日々でした。
 神官達の世の時ほど急激ではないものの、新しい国は優しさとゆとりを信条に治められ、
徐々にその所属する国も増えていきます。
 長い長い、歳月が流れました。
 かつての英雄はその玉座を子らに譲り、妻たる女神はずっと彼に寄り添っていました。
 これでいい。彼女は思いました。
 これでいいのだろうか。同時に彼女は自問(とう)てもいました。

 ですが、転機は訪れます。穏やかな日々はまたしても永遠には続かなかったのです。
 それは老いでした。かつて英雄と持て囃され、名君と評された青年も、歳月を経るにつれ
て一人の命尽きかける老人となってしまったのです。
 なのに……対する彼女は全く老いていませんでした。
 かつて人々の前に願われ、生まれた(あらわれた)時の姿そのままに、神官達に祀り上げ
られ、この愛する人に罪を犯しながらも救われた時の姿そのままに、彼女は女神の名に相応
しくその輝く美貌を保ち続けていたのです。
 死ぬ事すらできませんでした。彼女は人間ではなく、神だったのです。人々に願われ、夢
想され、この世界に生まれ出てきた女神だったのです。
 気付いていた事ではありました。しかし彼女は老いゆく夫を見ては哀しみ、嘆きました。
母を祖母を心配そうに見遣る子や孫らに囲まれながら、しかし対する夫──英雄は頑なに妻
に自分をその力で治してくれ、若返らせてくれとは言いませんでした。させませんでした。
何故? 涙ながらに問うこの美しい妻に、彼は苦笑(わら)います。
『人は繋いでいかなきゃならない。ずっと同じ王がいたら、きっとこの国は滅びるだろう。
またあの時代を繰り返すのか? また対立する度に片方の者達を皆殺しにするとでもいうの
か? ……私はこれでいいと思っている。こんな自慢の妻と、子供達恵まれて、私は幸せだ
った』
 故に、女神(かのじょ)は決意します。
 程なく建国の王は崩御するだろう。しかし子らの補佐はもうこれ以上やらない。教えるべ
きこと、伝え広めるべきことはしっかりこの国に根付いた。後は皆で仲良く、穏やかに、こ
の国という庭で幸せに暮らして欲しい……。
『私に向かって皆で祈ってください。願えば、この願いもきっと叶うでしょう。私はこの人
と同じ墓の中で眠ろうと思います。ずっと、この人の傍にいたいんです』

 分け隔てなく救い、分け隔てて殺しもした女神。
 その存在理由(レゾンデトール)とは結局、ただ一人の──愛する人だったのでした。
                                      (了)

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  1. 2015/12/01(火) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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