日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「冷たい縄」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:骸骨、廃人、荒ぶる】


 随分と久しぶりに表示されたその番号に、達平は思わず小さく目を見開いて固まった。
 実家からだった。
 こちらに住み始めてから数年、連絡を取る事も帰る事もしなかった故郷。いつもの調子な
ら面倒だと意識の表面でサッと捌き、出ずにやり過ごしたのだろう。
 だがその日、この時だけは、妙に何かに背中を押されるようにして彼は画面の着信ボタン
をタップしていたのだった。
「……もしもし?」
『もしもし? ああ、やっと出た。もうあんたったら、今まで全然出てくれないんだから。
偶には家に顔を出しなさいよね』
「へいへい。で、用件は? それだけなら切るぞ」
『ああ、待って待って。違うのよ。郁子のことでね』
「……? 郁子がどうかしたのか?」
 電話越しというのを全くと言っていいほど考慮しない母の声量。
 正直懐かしく、しかし同じくらい鬱陶しくも思えた達平だったが、次の瞬間彼女から口に
されたその名前を聞いて少し頭が冷える。
『あの子ね、街(そっち)に引っ越したのよ。一月くらい前かしらね……。でも私達じゃあ
気軽に行けないから、時々でいいからあんた、様子を見に行ってあげてくれないかしら? 
住所、教えるから』
「……」
 彼には五つ下の妹がいる。名を郁子という。
 母からの電話の用件は、その妹を折につけ気に掛けてやってくれというものだった。だが
達平自身、そんな頼みをされても困る、というのが正直な感想だった。地理的に近いからと
いう理由は仕方ないとして、自分達兄妹がそんな仲良しだった訳ではないのは両親とて気付
いていなかった訳ではなかろうに。
『達平?』
「……ああ、聞いてる。でも俺だって忙しいぞ? あんまり期待はするな」
 悶々とした感触が喉から胸の奥へとつっかえていくような。
 しかし断った所でまた電話が来るのだろうと思うと、ここで一々断ることの面倒臭さを思
うと、自分から話題をぶった切る事は骨だと思った。メモ帳を引っ張り出してきて、母から
その妹の新居の場所とやらを聞くことにする。

 ──正直言って、達平は郁子が苦手だった。偶にそんな事をごちると実の妹だろう、肉親
だろうと訳知り顔で微笑ましがられることもあったが、そういう手合いにはあまり突っ込ん
で話を続けないようにしている。
 肉親だからこそ、だ。
 自分でない者であるのなら他人でしかない。情があるから、余計にややこしくなる。
 妹は、物心ついた頃からとても大人しい子だった。そしてそれ以上に人見知りの激しい子
だったと記憶している。
 兄貴の惚気と言えばそれまでかもしれないが、いつも郁子は物陰に隠れたり、父の後ろに
隠れている姿ばかりが印象に残っている。それが心配で、何だか可愛いなと思った時期も、
不覚ながら自分にもあった。
 ……しかし成長するにつれて、妹はその気質が改善する所か、寧ろ悪化すらしていったの
ではないかと思う。
 少なくとも、自分にはあまり懐かれた記憶がない。じっと無愛想な表情(かお)でこちら
を見、必要最低限の返事しか返さない。そうやってずっと本を読んだり、一人遊びをして自
分の世界に籠もっているような陰気な子だった。
 思春期だから。そう言ってしまえばそうなのかもしれないけど、あれは割と重症だったよ
うに思う。
 両親もそれで随分揉めたようだ。医者に見て貰おうとする母を、父は世間体を気にして何
度も止め、喧嘩になっていた光景が記憶にある。そんな二人の姿を物陰から忌々しげに見て
いた自分の事を、当の本人は階段の上からじっと眉間に皺を寄せて見つめていて……。
 必然、自分達は兄妹でありながらどんどん疎遠になっていった。
 祖父母が家の中でまだ幅を利かせていた時でもある。家族仲はぎくしゃくし、それが日常
となり、当然自分と妹もまたその例に漏れないと、あの頃は何処かで思っていたのかもしれ
ない。だが今こうして、母からの電話を切欠に思い返してみれば──他でもない自分自身が
あの子から距離を置いていたのかもしれないと思う。
「……ここか」
 電車を数駅乗り継ぎ、線路の向こう側へと渡った先の小さなアパート。
 母が教えてくれた情報によると、妹は上京後、ここに住んでいるという。
 別に頼まれたことを義務感でもって遂行するという訳ではない。ただ一度くらい顔を出し
てみてもいいかと思っただけだ。
 ……当然だが、表札はない。本当にここで良かったんだろうかと思う。
 事前に電話の一本でも掛ければ良かったのだろうが、生憎あいつの番号など知らない。学
校を出てすぐ、自分はこちらに出て来て今日まで無心に働き続けてきた。無駄に心など持っ
てはやっていけないと、オトナの処世術にかこつけて言い聞かせてきたのだ。
 それから十年余り。実家とは勿論、妹となど連絡すら取ってこなかった。ぽっかりと空い
ていく益々の空白に、対面しないという選択肢の言い訳を放り投げ続けてきたのだ。
 はぁ。達平は扉の前で立ち尽くす。
 仕事帰りの、よれよれのスーツ姿のまま。時間的に余力があるこの日に何となく思い出し
来てしまったが、一体自分は会ってどうしようというのだろう。
 そもそも、妹は今部屋にいるのか──。
「……兄さん?」
 だから後ろの方からそう声を掛けられた時、彼は思わずビクッと身体を強張らせてしまっ
た。おずっと振り返ると、そこには口元にマフラーを巻き、軽くコートを着ている小柄な女
性が一人。
「……郁子?」
 妹だった。長い間合ってない事で見た目は随分変わって──おしゃれに、大人になってい
たが、それでも陰を纏っているような雰囲気とその小柄さは昔の面影が確かにある。
「何ですか? 此処の事は、何も伝えていない筈ですけど」

 母から頼まれてちらっと様子を見に来た事を伝えると、妹はそのデフォルトで不機嫌な顔
を更に気持ち顰めていた。
 余計な事を……。どうやらつっけんどんになったのは、何も自分に対してだけではなかっ
たらしい。流石に女の一人暮らしに上がる訳にもいかず、達平はその場で暫く、妹との再会
にかこつけて幾つか話をした。
 郁子は今、とある劇団に所属しているらしい。あの内気なお前が? 内心思ったが、口に
すれば間違いなく不機嫌になるのは分かり切っていたので黙っておく。今は幾つかバイトを
掛け持ちして最低限の収入を確保しながら、役者を目指して日々切磋琢磨しているらしい。
 正直、驚いた。まさか妹がそんな道に進んでいたとは。
 同時に、母がわざわざ自分に連絡を入れてきた理由も解った気がする。心配──反対だっ
たのだろう。少なくとも安定した収入とは相反する類の職業だ。あの時の母の話では、短大
を出た後暫くは地元の食品加工の工場で働いていたそうだ。大冒険だろう。乏しくも確実な
収入より、自身の夢を選んで飛び出して来たのだから。
 事実、演劇──自分の進んだ道について訊かれると、気持ち郁子は饒舌になった。
 どんな人間でも、訓練さえ積んでいけば、どんな人間にもなれる。
 それが快感なのだそうだ。なるほど。性格からして向いていないと思ったのは素人判断で
あって、寧ろそんな地の自分だからこそ、演技という第二第三の自分に憧れたのか。
 ……だからふと、では己はどうだろうと達平は思った。
 自分はサラリーマンだ。踏ん反り返る上司にこき使われ、取引先では何かしらにつけ文句
を打ち込まれる最前線に立つ一人。それでも職を失うのが、収入が無くなるのが怖いから、
これも仕方ないと何年も何年もこうして過ごしている。
「それが、普通じゃないの」
 少し夢(じぶん)を語り過ぎ、キュッと締め付け直すように無愛想に戻った妹がそう淡々
と言ってくる。
 確かにそうだ。普通、という言い方が果たして良い意味か悪い意味かは分からないが、自
分達はそうやって大多数の中に自身を埋没させながら生きていくしかない。彼女のようにそ
れを採らなかった人間は、確かに「好きなこと」を出来るのかもしれないが──まるでその
罰、対価であるかのように、特に下積みの時代であればあるほど多くの困難を伴う。
 妹は警戒しているようだった。母から頼まれて様子を見に来たという兄を、実の兄との再
会にもあまり喜色の欠片もなく応じているようだった。
 ただ、そんな反応になるのは達平自身、何となく予想はしていた。もう、昔っから、自分
達は別々の道を往って仲良しこよしなんてものとは卒業したのだ。大人なのだから、無駄に
ベタベタとくっ付くなんて、みっともない。
「……じゃあ俺は帰るわ。一応番号も渡しとく。時々、顔を見に来るからな」
「……別に要らない。母さんが心配性なだけ」
 自分の携帯番号を書いたメモ片を握らせ、されど郁子は淡々と、やっぱりぶっきらぼうだ
った。達平は苦笑する。だろうな。実際、何か大事でもなければまた足を運ぶような事は暇
はないだろうと思っていた。
 踵を返し、妹が部屋の中に入っていく。
 その背中には、やはり拭いきれない生来の陰が掛かっているように見えた。
「……」
 達平は暫し廊下の端で立ち止まり、見遣っていた。
 改めて心配になる。
 あの子に、役者なんて仕事、務まるのだろうか。

 それは、それから二年目の年末だった。
 あれから何度か、達平はしばしば妹の姿を目撃する。小柄なのは相変わらずだが、それで
も役者であろうとし、着飾り、少しでも相応しい人間たろうとする彼女が同じ劇団や役者の
仲間と思しき女性達と一緒に街の中を歩いているのを見かけたのだ。
 ……だが、それが少しずつおかしくなっていく。
 何というか、やつれていると思ったからだ。顔は笑顔を作っているようだったが、ただで
さえ華奢な身体は以前にも増してか細くなり、はたと遠巻きに目撃した折につけ、達平を不
安にさせた。
 仕事の合間を縫って、妹の所属している劇場に足を運んでみたこともある。
 そうして、女優仲間達から話を聞けるようにもなった。
 曰く、妹は痩せよう痩せようとしているとのこと。
 もっと明るく、美しくならなければならない。まるでそんな強迫観念に囚われて無茶をし
ているかのようだと。
 哂う娘(こ)もいた。一人ライバルが自滅すればそれはそれで自分の利益だからか。
 それでも、達平は動いた。何度も妹のアパートに足を運ぶようになった。
 少なくとも心配してくれる友人がいる。その子達の為にも、自分を痛めつけるような真似
だけはしちゃならない。
「──あんたに何が分かるのよ! 邪魔しないで!」
「──もっともっと、磨かなきゃいけないの! そうじゃなきゃ、私は……!」
「──五月蝿い五月蝿い五月蝿い! 今更兄貴風を吹かせるなッ!!」
 だが妹の部屋の扉を叩く度に、会う度に、彼女の態度は頑なになっていった。
 痩せこけて、目がギラついていた。夢を逃がすまいと必死になっているのが分かった。
 お前が潰れたら、元も子もないんだぞ!? 達平は必死に説得しようとした。
 同時にこんなやり取りに既診感があった。嗚呼、そうだ。昔の、無愛想でろくに仲良くで
きなかった子供の頃と一緒だ。
 悔しかった。見るも痛々しく骨と皮だけになっていくような妹に、自分は何も出来なかっ
たのだから。……いや、昔から自分は、この妹(きょうだい)の抱えた苦しみに何も理解を
示していなかったではないか。

 歳末である。時折雪がちらつき、街は忙しなく冬支度と正月の準備をしている。
 達平はそんな人々のさまを横目に、構うことなく駆け抜けていた。やや遅れて妹と親しか
った劇団仲間の女の子達がついて来る。
 妹が、顔を出さなくなった。携帯に連絡しても全く反応がない。
 まさかと思った。彼女達から相談を受け、最悪の光景ばかりが頭に過ぎった。
 丸々と肉付きのよい、人好きのするような容姿の子達だった。
 気付いていないのだろう。あの子にとっては、それが二重三重の苦しみだった筈だ。
 彼女達に届かない。なのに、彼女達はあくまで自分を自分達と同じ“仲間”だとして接し
てくれている──。
「郁子!」
 管理人から鍵を借り、アパートの部屋に飛び込んだ。新聞は何日分も郵便受けに突っ込ま
れたままで、中は電気一つ点かずに暗い。
 お、お兄さん! あそこ……!
 女の子達が逸早く気付き、リビングの一角を指差した。
 げっそりと青く痩せ細った郁子が──壁にぐったり背を預けて座っていた。
「郁子! おい、郁子! しっかりしろ!」
「……なきゃ」
「? 郁──」
「痩せなきゃ。痩セナキャ。もっと、モット、綺麗ナ、女優、サン……」
 女の子達は絶句していた。そしてようやく自分達こそが彼女の首に縄を掛けていたのだと
悟り、ある子は口元に手を当てて立ち尽くし、ある子は湧き上がる罪悪感に苛まれてその場
に崩れ落ちた。
「郁子……」
 妹を抱きかかえる。その身体は驚くほど軽く、スカスカだった。
 冷蔵庫は殆ど空っぽ。部屋の中も殺風景で、殆ど手付かずの美麗な服だけが幾つも、静か
にクローゼットに掛かったまま放置されていた。
 達平はぎゅっと唇を噛み締めた。他人事じゃない。この街が、ちらつかせてきた夢が、妹
自身がその身を滅ぼす方へ、滅ぼす方へと追い遣ってきたとすれば。
「……救急車を呼んでくれ」
 女の子達が慌ててスマホを弄り始める。
 部屋は、季節のそれを通り越して酷く冷たかった。
                                      (了)

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  1. 2015/11/22(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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