日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)飽和の先で創るもの

休日を利用して友人とパソ屋巡りなどをしてきました。こんにちは、長月です。
日頃から日々のタスクの少なからずをPCで行っている自分にとっては、ただPC関連機器が並
んでいるのを見て回るだけでも結構楽しいものなのです(^o^)
ゲームを含むCD店にも足を運び、基本的にインドアな行動が多い自分にとっても良い息抜き
になったかと思います。何よりも友人と語るのは楽しいですしね。
それにしても……と思います。
(今更何をと思われるかもしれませんが)店舗に並ぶ商品というのは本当に多いですね。
少し顔を出さないでいただけで色々と変わり、気付けば随分と進歩している。
商いとは大変だなぁと他人事みたいに諸々の思考が脳裏を掠めた休日でした。


店頭に並ぶ商品──即ち作られたものの多さに驚きつつ、ぼやっと思った事。
それは人間自体のキャパシティがさほど劇的に変わった訳ではないのに、商品というモノの
方が僕らを急かすように自身が“飽和”してでもディスプレイされ続けているということへ
の懸念、或いはもどかしさでありました。
PC関連機器にしろ、映画やゲーム作品にしろ、人間の使える時間はどう足掻いたとしても
1日24時間(実質はもっと少ない)です。なのにこうした商品という物量の方はそんな事情
などお構いなしに増え続け、種々のバージョンアップを喧々と謳い、我こそを手に取ってく
れとアピールしてくるのです。
それが商売だと言えばそうなのでしょうが、一介の創作人として僕は思ったのです。
『僕らは創り出すけれど、手に取る人達のことを本当に考えられているのだろうか?』と。
勿論、個々人が何を選び取りそれらにどれだけ時間を費やすかは基本的に自由ですし、個人
の責任になるのだろうとは思います(但し程度というものはありますが)
ですが……どうにもその建前を口実に、商品達はその物量で人間を緩慢に押し殺してにきて
いるのではないか? どうにもそんな考えに頭の中を駆け巡ってしまったのです。

日々新しいものが試みられ作られ、もし成果(収益)が十分に出なければやがて過去の遺物
として埋没し、淘汰されては消え去ってゆく。
ですが、実はこれは何も創作物に関してだけの事ではないのではないでしょうか。
即ち現実の僕らそのものです。
労働という形で自らを磨耗させつつ対価を受け取る。しかしその磨耗(力をいれた度合い)
と対価(レスポンス・評価)は往々にして対等ではあり得ず、やがては少なからぬ者が磨耗
のマイナスを回復できないまま「落ちて」いく──。

所謂「新陳代謝」という形で循環なら構わないのです。むしろ健全な姿に近い。
ですが……今の僕らが成す社会は、悲しいかなそうじゃない。
利権の味をしめた先達がいつまでも陣取り、割を食うのは後生ばかり。そう言われ久しい。
気付けば上は太りすぎて腐り、下は先細って崩れかけている。それでも彼らは席を譲る事は
ない。旧き場所を全てと思い込んで多くの人命とを天秤に掛けてすら死守しようとする。
(勿論、そうではない素晴らしい先達もおられる事にはおられるのですが。希少で……orz)
大事なことは、旧さを守る事ではない。……良いものを伝えてゆく事の筈です。
単に旧さを捨て新しきを作る事ではない。悪しきものを排除し良きものを育ててゆく事では
ないのでしょうか?

なのに、多くの場合その採るべき選択を僕らは間違っている。
旧いから悪だ。新しいから善だ。
違う。旧態を弾じられているのは、古さではなくそれに固執して他者を顧みないからだ。
新しいから脅威だ。旧いから守るべき伝統だ。
違う。ただ看板を掲げただけで、その中身を磨き続けなければ何事であっても腐っていく。
きっと、僕らのセカイは色んな意味で「飽和」しているのでしょう。
もっとネガティブに表現してもいいなら閉塞状態と言い換えられる。
だからこそ、適宜……いや積極的に取り替えてゆかなければならないのだと思うのです。
悪しきものを除いてゆき、良きものを増やし残してゆく。
そして何よりそれらを如何選り分けるのかは“特定一部”ではなく“全員”の意思で以って
行われていかなければならない筈なのです。
閉じられた情報と、偏った者達ではなく。開かれた情報と、より多くの眼によって。

時に(旧態拠りから)新しいもの・後発なものは、異端として弾かれます。
曰く「これまでの秩序が維持できなくなる」「人に悪影響しかない」などと。
ですが僕はこうしたもの──ざっくり一言で表現するなら“邁進”が必ずしも悪いものだと
は思えません。掻き乱す事が仮に悪だとしても、それよりも旧きに固執する程に寄り掛かっ
て(或いは安全な場所で冷笑を向けるだけで)何も変えようとしない方が、長い目で見れば
きっともっと僕らは痛手を被る。緩慢にであっても、衰退しかなくなってしまう。

存分にもがけばいい。僕たち個々人の意志で。
この「飽和」を迎えている今のセカイだからこそ、世の大勢(トレンド)──これも大抵の
場合、何某の一部の者らが流布している場合が多いのですが──に流されて鵜呑みにするの
ではなく、個々人の意志で選択し、情報を収集して(だからこそ開かれている必要がある)
いく力が求められている筈だと、僕は強く思うのです。
それがきっと、このセカイをより良い方向へ変えていく事になるだろうと信じて。
悪しき惰性に任せて留まらず、変えてゆける可能性を信じて歩を進めてゆくべく。

僕らは一体、何を選び取れるのでしょうか……? 
そして一体、何を創り出せるのでしょうか……?
貴方は、どうしますか?

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  1. 2011/09/10(土) 21:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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