日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「サクラ・ホログラム」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:入学式、幻、桜】


 季節は春。あらゆるものが始まり、そして旧きものが静かに退場していく時節である。
 天候は快晴。風は気付けばすっかり温かさを孕み、それまで着込んでいた服も一枚脱ぎ捨
てなければじわりと汗ばむほど。
「はぁ、はぁ……っ!」
 だがこの日、少年はそんな穏やかな移ろいとは別の意味で汗を掻いていた。
 有り体に言ってしまえば遅刻である。今日は彼にとって高校生活最初の日であるにも拘わ
らず、見事に寝坊してしまったのだ。
 まだ真新しい制服が手足の稼動を地味に邪魔しつつ、且つそれらを刻み込んで気持ち強引
に慣らしながら敷地を駆ける。
 しかし焦れば焦るほど、そもそもまだ学内に詳しくなかった事で、この時少年はすっかり
冷静さを失い、向かうべき場所を見失っていた。
 有り体に言えば、迷子になっていたのである。
「ま、参ったな。このままじゃ式に……ん?」
 白い清潔感あるずらりとした壁面が、この時ばかりは自分を小馬鹿にしているような。
 一度足が止まり、少年は息を切らせながら辺りを見渡していた。
 片方は高く建ち並ぶ校舎らしきもの。片方は等間隔に飢えられた桜や幾つもの植木。
「──?」
 そこで気付いてしまったのだった。
 ふわふわと風が、花弁が舞うこの桜の樹の下に、一人の少女がぽつんと立っていたのを。
「あ、あの。ちょっといいですか?」
「……。えっ? 私?」
 この時、少年はただちょうど良かったとばかり思っていた。
 身に纏っているのは自分と同じこの高校の制服。見た感じの楚々とした落ち着き払った佇
まいから察するに、一つ二つ先輩の誰かなのだろう。
 彼女は声を掛けられた事に驚いたようで、目を見開き第一声、そう確認してきた。
 はい、そうですよ。彼はおかしな人だなぁと思う反面、綺麗な人だなぁとぼんやり男の性
が刺激されていることも意識の片隅で自覚する。
「すみません。その、道を訊きたくて。講堂ってどう行けばいいんでしょうか?」
「……ああ。もしかして君、新入生? 入学式ね? それなら反対方向よ。ここに来るまで
に横道に石畳があったと思うのだけど、そこを道なりにいけばいいわ」
「えっ? 反対……。あはは、過ぎちゃってたのかー。す、すみません。ありがとうござい
ました」
「いえいえ。それより急がないと始まっちゃうわよ?」
 用件を告げると、彼女はフッと優しく微笑みながら答えてくれた。どうやら全然見当違い
の方向に自分は走って行ってしまいそうになっていたらしい。互いに苦笑いを返すと、少年
は踵を返しながらコクリと頭を下げ、礼を述べて来た道を戻ろうとする。
「……あの。えっと」
「?」
「その、また今度お礼をさせてください。僕は一年の浅井孝っていいます。貴女の……先輩
のお名前は」
 だけどふと思い出しように、彼はそう自ら名乗り、問う。
「……。百地よ」
「百地先輩ですね。ありがとうございます、それではまた!」
「ええ……。また」
 彼女は少し逡巡したようだが、答えた。やっと親切なお姉さんAから百地先輩という固有
名詞になった。まだまだ制服に着られた感のある小柄な少年が、にこっと笑って再び地面を
蹴った。こちらに向かって手を振りながら、改めて来た道を戻っていく。

「──先輩~! お弁当、一緒に食べましょう」
 少年・浅井は、現代の若者にしてみればかなり礼儀正しい、素直な男の子であった。
 大抵の場合、一度の道案内でこれほど縁を深めることはなかっただろう。だが彼はそんな
今日びの“冷淡(ふつう)”を跳び越えてはしばしば、彼女の下を訪れた。
 知っているのは名前だけ。後は、あの美麗に咲き乱れる桜の下にいたということ。
 案の定と言うべきか、百地は彼が出向くといつもそこに一人ぽつんと立って待ってくれて
いた。静かに風に吹かれている事が大半だったが、時には近くのベンチに腰掛け、じっと文
庫本を読んでいた事もあった。
 入学式には幸い、遅刻せずに済んだ。一番最初はその礼の為に訪れた孝だったが、彼女が
特に咎めることもないのをいい事に、気付けば折につけ足繁くこの桜の下へ通うようになっ
ていた。
 風に吹かれて、その長い髪をそっと押さえて、目を細めた彼女は彼を出迎える。
 正直な所を言えば、少し哀しそうな表情(かお)をしていた。それでも孝は本人が口に出
さないことに甘え、自身どんどん彼女に惹かれていることを免罪符に、この通いと交流を選
択し続けた。
「相変わらず、浅井君は器用よね……。自分で作ってるんだっけ?」
「はい。昔から父も母も仕事で忙しいので……。大体の事は自分で出来ないと」
「……そっか。今日もおかず、貰っていい?」
「どうぞ。いつか先輩の料理も食べてみたいなぁ」
「あ、あんまり期待しない方がいいわよ? 私、結構ずぼらだから……」
 毎日のように持ち込む弁当。一方で百地は学食で買ってきたと思しき惣菜パン。
 特に昼休みと放課後。二人はこのようにおかずを取替えっこしつつ、ゆったりと静かな時
間を過ごす事が多かった。

 しかし──いや、本当はもっと早く、異変は起こっていた。
 入学から季節が一つ変わり、桜が桃色から明るい緑に変わっていった頃、孝はクラスメー
ト達や他の先輩、先生達から総じて頭に疑問符を浮かべて問われ始めたのだ。
「なぁ浅井。お前、いつも一人で何やってんだ?」
「……百地? そんな人いたっけ? 上の学年はちっと分からんなぁ」
「浅井。その、言い難いんだがな。あまり危ない奴とは交際するな。お前は優秀な生徒だ。
あまり遊びに現を抜かして成績を下げると、お前自身が後悔する事になるぞ」
「百地……? そんな事より、この前の提出課題、やっておけよ。来週の頭には出して貰う
からな」
 何故か、誰一人として彼女の事を知らない。ある程度詳しい筈の中堅以上の教師にそれと
なく訊いてみても、妙に態度を頑なにして説教されるというケースがままある。
 そこで孝は、ようやく自分が校内で孤立し始めていることに気付いた。
 クラスと授業と、先輩のいる桜の樹との往復。
 どうやらクラスメートや他の生徒達からは、見知らぬ不良と交際していると噂が立ってい
るらしい。勿論そんな事はないと反論したのだが、一度烙印──疑いの眼を掛けられてしま
えばそれを払拭するのは難しい。
 誰も知らないのだ。こうこうこんな、綺麗で優しい先輩がいるんだと。
 でも誰もその話をまともに受けてくれない。そんな人、見た事ないぞ? いいか、浅井?
二次嫁はヲタ仲間(みうち)だけにしとけ。つーかその人、本当にここの生徒か──? 話
をする機会がある度に、必死に弁明する度に、孝の言葉は無碍に空を切る。
 更にそんな不安を証明するように、当の百地ともすんなり出会えなくなっていた。
 いつもの桜の樹。だがそこに彼女の姿はない。出会える日よりも、出会えない日の方が次
第に多くなっていた。
 出会った当初、風に舞う桃色の花弁は消え失せ、ただ代わりにサワサワと揺れる木漏れ日
の緑だけが見上げる瞳に注いだ。
 ……何でだろう? 孝は思った。どういう事だろう? 不安が渦巻き、不定形の怪物のよ
うに自分の中で今か今かと襲い掛かってくる隙を狙っているかのような心地だった。
 下心がなかった、訳ではない。
 確かに綺麗な人だな、お近づきになりたいなと思わなかった訳ではない。
 でも最初は、ごく偶然に出会っただけだ。見知らぬ人だけど、同じ制服を着ているから大
丈夫だろうと思って声を掛けてみたのだ。
 道は教えてくれた。一つの恩がある。そこを梃子に付きまとった──のかもしれない。
 だけどもそれだけで、たったそれだけでここまで自分が悪者にされているこの状況がどう
にも納得できない。一体彼らは何なんだ? 彼女が何だって、いうんだ。
(……百地、先輩)
 そう言えばと彼は思う。
 自分はまだ、先輩のことを殆ど知らない。

 幾つもの季節が流れた。初夏は焼け付くような猛暑に変わり、その熱気が抜けたかと思え
ば急に足早に寒くなる。かつての暑さを忘れて一枚また一枚と服を着込み、制服の春服が冬
服となって久しく、慣れ親しんで当たり前になった頃、徐々にまた春が歩いて来る。
 そんな繰り返しが、二度ほどあった。
 相変わらず彼女とはどんどん会えなくなる一方で、孝は流されるがままに他周囲の者達と
の付き合いに軸足を移していかざるを得なかった。……むしろ本来はこれが学園生活という
ものであったのだ。そう言い聞かすが、その都度ちらりとあの綺麗な先輩の微笑みが脳裏を
過ぎって消えてくれない。
 偶にあの桜の樹の下で彼女と出会えた時、孝は訊こうとも訊けず時間を浪費するばかりに
なっていた。怖かったのだ。徐々に溜まってゆく色んな“何故”をぶつけた時、一体何が起
こってしまうのかを。
 だから孝は一人、動き出した。図書館の記録に、勤続の長い教師らに根気強くぶつかり、
何故こんな事になってしまったのか、その理由を読み解こうとしたのである。

「──久しぶりですね。先輩」
 蕾が芽吹き始める季節だった。
 かつては身体も小さく、如何にも少年といった感じの孝だったが、暫くぶりに百地と対面
を果たしたその姿は今やすっかり最上級生である。
「……久しぶり、浅井君。早いものね。もう貴方も卒業なんて」
 物寂しい桜の樹。姿を見せた百地は変わらぬ──全く変わらぬままでそこにいた。
 言葉の一節一節がちくりと心に小さな棘を刺す。胸元に掻き抱いた卒業証書の筒を、孝は
ぎゅっと強く握り直して哀しげにこの“先輩”を見ている。
「はい。なのに貴女は今でもこの高校にいる。……留年を続けでもしない限り、本来は有り
得ない状況です」
 孝はそこまで言い、口篭った。放ってしまえば本当に終わってしまう。それはきっと彼女
も解っている筈だ。だけども当の本人は、まるでその瞬間(とき)を待っているかのようだ
った。
「……結論から訊きます。貴女はとうに、この世の人間ではないんですね」
「ええ。全部、調べたんだ?」
「はい。最初はまさかと思ったんですけどね。クラスの友達はそんな先輩知らないって言う
し、先生達も貴女の話をするとまるで避けるように話題を変えた。僕がまだ二年の段階では
一個上だと言い聞かせていたんですが……もう疑いようもない」
 はらり。言って孝は懐から一枚の紙切れを取り出してみせた。やや古くなったの、何者か
達の写真のようだった。
 そこには数名の、この学校の制服を着た女子達の姿が映っている。
 仲良しグループという奴か。その中には確かに、百地の姿があった。
「百地蓮美さん。十二年前、この学校に通っていた当時二年生の女子生徒です。ですが二年
生になったばかりの春、自動車事故で帰らぬ人となった」
「……」
 彼女は──百地蓮美は黙っている。ちらと後ろを向いた、彼がその背後を見遣ったフェン
ス眼下のつづら折りの登り坂。そこはこの学校の正門へと続く唯一最大のルートだ。
「貴女は、幽霊なんですね。まだ待っていた筈の学校生活が恋しくて、ずっとこの樹の下で
僕たち後輩の姿をずっと観ていた」
「……ええ。だってあんまりじゃない。私だってこれからいっぱい勉強して、遊んで、恋を
して……大人になっていく筈だったのよ。そんな未来を、あの日あのスピードを出し過ぎた
車が奪ったの」
 十二年前、百地蓮美は死んだ。だがこの事件はあまり大きく報道はされず、加えそれを幸
いとした関係者達によって可能な限り内々に処理。やがて人々の記憶の中からも風化してい
く事になる。
「犯人は、当時の教諭だったそうですね。だから合点がいきました。学校自体が貴女の事件
を掘り起こしたくなかったんだ」
「でしょうね」
「……恨んでは、いないんですか?」
「いないと言えば嘘になるけど……それでどうなるの? 確かに幽霊(わたしたち)は人間
一人呪い殺す事くらい簡単に出来るみたいだけど、それで私が生き返れる訳じゃない。大体
そんな事したって“犠牲者”が増えるだけですもの。冨野──私を轢いた先生にも娘さんが
いてね? 今でも随分苦労しているみたい。報いなら……十分受けているわ」
「……」
 復讐を促す為ではない。とはいえ孝は、そう妙に割り切ってしまっている彼女にすぐさま
二の句を掛けてやる事が出来なかった。
 少なくとも、やはり怨霊などではなかったのだ。分かっていた。そんな事は最初から。
 もし彼女が、憎しみに支配された彷徨える魂ならば──あの日あの時親切に自分に講堂へ
の道を教えてくれる筈はないのだから。
「正直ね、びっくりしたの。貴方が入学してきた一番最初のあの日、いつものように生徒達
を観ていたら急に離しかけて来たんだもの。思わず応えちゃった。幸いあの時は、私の正体
に気付いていなかったようだしね」
「先輩……」
「嬉しかった。またもう一度、学校生活を送れる日が来るなんて。……でも、そんなのは本
来やっちゃいけない事だったの。私は幽霊、もうこの世にはいない筈の存在。ごめんね。私
の所為で貴方にはいっぱい迷惑を掛けちゃった。本当ならもっと、ちゃんと生きているお友
達といっぱい学んで、遊んで、もしかしたら好きな子が出来ていたかもしれないのに」
 それは、言わないでくれ。彼は思った。ぎゅっと唇を噛み締める。
 多分、向こうも気付いていたのだろう。だから自ら姿を現さぬよう現さぬよう息を潜めて
いてくれたのだ。……それを自分は、真相を知らなかったとはいえ、しつこくも追い求めて
しまった。
「そんなに自分を否定しないでください。僕、楽しかったですよ。この三年間。先輩と出会
えたことも含めて、全部」
「浅井君……」
 サァッ。まだ冷たさを孕む初春の風が二人の間を吹き抜けた。服が、髪がなびく。そこに
生者と死者の区別はなく。
 暫くの間、二人はじっと互いを見つめ合っていた。
 今日この日、真実を知って打ち明けたこの日。これが最後となるであろう。少年は次なる
世界(フィールド)へと旅立ち、少女はただそれを見送るだけである。
「……本当にごめんね。でも私も、貴方に出会えて良かった」
「……僕もです。安心してください。僕らは、生きますから」
 フッ。彼女ははにかんだ。その目にはらりと雫を湛え、微笑みながら次の瞬間、冷たい空
に溶けるように薄くなっていく。
 ありがとう。間際、そう言葉だけが脳裏に届き、響いた。
 ある種の甘美な声。孝はぎゅっと唇を結び、潤む瞳を細め、ただそれを受け止める。
「──こちらこそ、ありがとうです」
 独りごちる。
 それから暫く、彼は俯き加減からついと仰いだ顔を前髪で隠すと、この蕾の樹を眺め続け
たのだった。
                                      (了)

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  1. 2015/11/01(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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