日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「オーバーパルス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:雷、主人公、悪】


 違和感を自覚したのは、記憶に残る限り物心がついた頃だった。
 それまで隼人にとっては普通の事だった。ちょっと力を込めれば誰よりも速く、誰よりも
強くなれたし、そして翌日辺りになると身体が半分千切れたような鈍痛を訴えるのだ。
 普通の事だと思っていた。頑張れば、その気になれば。
 だけどやがてこの少年は気付いてしまう。この“力”を使えば使うほど、その度に周りの
子達が唖然とし、振るわれた子はたかが子供の腕力程度の怪我では済まずに。
 徐々に、彼は幼くして周りから避けられ始めた。最初はその事すら、彼自身理解していな
かったのだが。
「や、やだ……」
「ハヤト君と一緒は、怖い……」
 当時の保母達も随分困った表情(かお)をしていたっけ。隼人は思う。
 駆けっこ、虫取り、そして喧嘩。
 誰よりも速く、誰よりも見据えて、誰よりも強く。
 無自覚だったからこそ、容赦というものが存在しなかった。だからこそ、周りの子供達は
そんな“力”に溢れる彼が恐ろしく感じられた。
「うちの子が、一体何を……?」
 故に時折、隼人の母は父は、園側から呼び出される事があった。
 両親は実に困惑している。家では純朴で、確かに危なっかしい所もあるけど、家族想いの
いい子だとばかり思っている。だがそんな二人の心からの疑問符に、だからこそ呼び出した
当の園長はくしゃと、その本来は人が好いのであろうその顔の皺を顰めて苦笑(わら)って
いる。
「ええ、隼人君は何も悪気があってやっているのではないと分かっています。職員達にも素
直で、いい子なんですがね……」
 きゃいきゃい。部屋の外、グラウンドで遊んでいる子供達の声が聞こえる。園長はそこで
一旦言葉を切ると、たっぷりと間を置いてから告げた。
「大変申し上げ難いのですが……あの子は普通じゃない。一度専門の機関で詳しく調べて貰
うことを強くお勧めします」

 両親は見ていた筈で、だけど考えもしてこなかったのだ。
 あの子は元気に走り回る。時々、目を離した隙に予想外に遠い所まで行っているなんて事
があった。
 あの子は自分達に指差す。蝉さんがいるよ。その場からでは全然見えなかったが、ゆっく
りとその樹まで近付いてみると、確かに一匹の蝉が忙しなく鳴いていた。
 あの子は時折訴えた。身体が痛い。アパート(いえ)では限界がある分、園(むこう)で
はたんまりと遊び、駆け回っているからなのだろう。その程度にしか認識していなかった。
 なのにある日ついに、我慢の限界といった様子で園長から告げられた。あの子は只者では
ない。自分達では面倒を見切れないと。
 家に居る。少し退屈そうな我が子を横目にし、両親は困り果てた。
 あの子が何をしたというのだろう? 園長からの話ではあまり要領を得ない。ただまるで
未知への恐れ──のようなものを感じた。
 最初は園を再び訪ね、詳しい話を訊こうとした。園長や一部のベテラン職員は苦笑して愛
想こそ維持せど、明らかに彼らを厄介払いしたそうな気配が滲み出ていた。だからこそ今度
は相手を変え、より我が子と親しかった若手の保育士や、園の子達を掴まえては訊いて回っ
たのだ。
「その……何といいますか、他の子より明らかに身体能力が高い時があるんです。私達大人
でも叶わないくらい。本人にあまり自覚はないんですけど……」
「それで、段々他の子も怖がり始めたんです。多分、うちの園長に呼び出されたのも、他の
親御さんからクレームがあったんではないかと……」
 結局、もうその園には居られなかった。まだちゃんと証言をしてくれただけマシだったの
かもしれない。
 両親は隼人(わがこ)を連れてとぼとぼと帰り道を往った。当の本人は両親にそれぞれ手
を取られ、上機嫌にぶらぶらと揺られている。
「──にわかには信じ難いのですが、どうやらお子さんは通常よりも生体信号を強く発する
事ができる体質のようです」
 だから退園し、悩み、あちこちの病院をたらい回しにされた挙句辿り着いたその事実に、
二人は目を見開いて息を呑むしかなかった。
 もう何度目かも分からなくなった我が子の精密検査。
 酷く動揺し、そして緊張した医師曰く、この子はいわば特異体質だというのだ。
 身体を動かすのは全身を駆け巡る無数の電気信号。
 その強さが、彼の場合、常人のそれよりもしばしば大きく発されている事が確認されたの
だという。訴えにあった症状──歳不相応の身体能力の正体は、過負荷のリスクを追いなが
らも全身のリミッターすら外す、その生体電流にあるのだと。
 母は愕然としていた。この子は、普通じゃない?
 父は動揺していた。この子が、特異体質?
 当の息子・まだ幼き隼人はちょこんと、彼らの話をよく理解できずにこちらを見上げて座
っていた。ぶらぶらと足を揺らし、少し退屈そうにし始めている。
「この子は、隼人は……どうなるんですか?」
「……最悪の場合、この力を引き出し過ぎて文字通り身体を破壊してしまうでしょう。とに
かく大人しくさせてください。無理をさせず、興奮させず。今後の経過次第ですが、本人が
意識してしまえば、実際の負荷に関係なく信号は多大に流れます」
 壊、れる。
 母は思わず顔を覆って泣き出し、それを父が慌てて支えた。
 隼人少年はぽかんとしている。お母さん、大丈夫──? 指の間でふるふると、怯えたよ
うにこちらをみていた彼女の眼が、今でも彼の記憶にはしかと刻み込まれている。

 それからだ。両親の、隼人(むすこ)に対する態度が明らかにおかしくなり始めたのは。
 初め、両親はとにかく彼に家から出るな、他人様にバレるなと念を押した。勿論その意味
をまだ押さなかった隼人が理解できる筈もなかった。
 だから、時折その“力”が露わになる。学校に遅れそうになると猛スピードで駆け、遠く
に飛んで行ってしまった幼子の風船を凄まじい跳躍で取り返し、差し出す。
 初めは善意ばかりでその“力”を使っていた。しかしやがてそれら一件が知られていく内
に、子供や周囲の大人達が異端の眼で自分を見てくるようになり、何よりそれが耳に入る度
に母に詰られ、父に罵声と暴力を振るわれるようになり、これが“異常”なのだと知った。
 しかし意識的に抑えようにも、既に噂は町内に広まってしまっている。
 何度か、似たような失敗をして引越しと転校を繰り返した。そしてその度に自分と両親、
何より両親同士の仲はどんどん悪くなっていった。
 そして三回目である。遂に両親は決定的な大喧嘩の末、離婚へと突き進んだ。母は父に自
分達を理解してくれないと不満を漏らし、父は自分の仕事にも風評被害が出ている、被害者
は俺だと反論して罵った。
 ──嗚呼、俺のせいなのか。
 父がそうして家を出て行き、母が慣れぬパートとストレスでどんどん荒んでいく中、隼人
は理解していた。身体も心も成長し、自分の“力”が他人には無いものだと知った上で、そ
の持ってしまった性質を呪った。
 母とかち合えばどうせ喧嘩になるから。だがそれは結局、逃げという名の方便だったのか
もしれない。十七になったこの頃の隼人は、学校にも溶け込めずろくに出ず、巷の不良達に
交じって滅多に家に帰らない日々を過ごしていた。
 どうせ家に居たって恨み節ばかり吐かれる。
 どうせ家に居たって喧嘩くらいしかする事がない。
 端的に言えばぐれていた。幸い“力”なら有り余るほどのこの身に備わっている。確かに
使えば使うほど後日自分に痛みが跳ね返ってくるデメリットこそあれ、一度発動してしまえ
ば誰も彼の素早さには勝てなかったし、相手の拳も凶器も酷く遅く見えたし、その一撃でど
んな屈強な相手もぶちのめせた。
「……ったく、またお前か。来栖。いいから来い、またみっちり絞ってやる」
「痛ぇーなあ! 離せよ! お前は俺の親父でも何でもねぇだろうが!」
 喧嘩喧嘩の日々だった。
 学業はそこそこに、夜の路地裏でグループ同士の抗争に明け暮れる。隼人はその“力”で
もって幾つかのグループを束ねるリーダーになっていた。
 それでも、時折そんな彼らの前に現れては補導し、根気強く「説教」を繰り返す物好きな
男がいた。
 名を駒形という。中年のいち所轄の刑事だ。
 どうやら彼自身、隼人の生い立ちとその特殊な体質については何処からか聞き及んでいた
らしい。だからこそ、強面で通すそのスタイルは維持せど、隼人らには妙に親身に接するよ
うな所があった。何となくそんな態度を感じ取っていたからこそ、彼らはそんな彼とは腐れ
縁のような攻防を続けていた。
「またお袋さんが泣くぞ? いい加減落ち着いて安心させてやれ」
「てめぇには関係ねえよ。……俺は、あんなのを母親なんて認めない」

 事件が起こったのは、そんな年の冬だった。木枯らしの残る、肌寒くて妙に落ち着かない
日暮れ後の闇だった。
(──うん?)
 隼人は数日ぶりに自宅に帰ろうとしていた。遊ぶ金が底を尽きかけており、そろそろ例の
如く母から無心、もとい巻き上げようと考えていた矢先の事だったのだ。
 大通りからも外れた寂れた二階建てのアパート。
 何時もならこんな時間にはとうに、昼間以上に閑散としているこの路地が、この夜だけは
けたたましい程に騒がしかった。
 思わず目を凝らす。辺りには何やら赤いサイレンを光らせる救急車、パトカーが数台、そ
して野次馬らしき者達があちこちに固まって姦しくしている。
 面倒臭ぇ……。
 しかしそう思わず舌打ちして通り過ぎようとしたその直後、隼人は彼らが目を向けている
所のそれを見て動きを止める。
 ブルーシートを被せられていたこのアパートの二階の一室。
 それは他ならぬ、自分の家だったからである。
「お、おい。一体何があった?」
「うん? ああ、強盗らしい。女の人が一人殺されたってよ」
「物騒よねえ。こんな歳末の忙しない時に」
「──」
 答えてくれた野次馬の長口上もそこそこに、隼人は駆け出していた。
 まさか。警官達の制止を振り切り、階段を駆け上がる。
 するとちょうど、そこでは担架に載せられた何者かが捜査関係者によって部屋から運び出
されようとしている所だった。
 ちょっと君、何者かね? 一人偉そうな壮年男性が呼びかけたが、隼人はもう意識にすら
入っていない。押しのけ駆け寄り、シートで隠されていたその顔を確認する。
「……お袋?」
 だから、そう彼が唖然としながら呟いた時、周りの面々が目を見開いて身を固くした。
 君、彼女の息子さんかい? 呼び掛けられて肩を取られて、だけどその事に数拍気付く事
すら出来ず、彼は暫しぼうっとその場に立ち尽くす。
「……。遅かったか」
 そんな時だった。同じく遅れて階段を駆け上がり、こちらにやって来る者がいた。
 駒形だった。他にも同僚らしき刑事も数人一緒に来ている。
 ゆっくり。隼人は目を見開いたまま彼らへと振り向き、そして無言に──涙していた。
「お前らの集会場にいなかったから、もしかしてと思ったんだが……すまん」
「は、はは。何でおめぇが謝るんだよ。ざまぁねぇじゃねえか。こいつも、とうとう……」
 言いかけて、ちらっと再びもう目覚めない母の顔を見る。
 酷くやつれていた。殺されたからか、或いは元よりそんな変貌が続いていたからか。
 いや、知っている。後者だ。父と別れて、何度も転職と転居を繰り返してどんどん生活は
辛くなっていった。その穏やかな性質は一変し、顔を合わせば恨み言ばかり。
 ……それが何よりも辛かった。だから逃げたのだ。
 もう叶わないと解っている。だが脳裏に、古いフィルムのようにコマ送りで再生されるあ
の頃の母の、父の微笑みが焼き付いて離れないのだ。
 なのに、次の瞬間には薄暗い診療室で医者に告げられ、絶望する顔。
 なのに、自分の前で何度も何度も喧嘩し、自分をまるで化け物を見るかのように睨む眼。
 自分のせいなのか? 自分が、こんな化け物に生まれてしまったがために。
 願ってはいけないのか? また笑っていて欲しいと。少なくとも自分が目の前にいなけれ
ば、顔を合わせなければ、目撃せず(みず)にいられた。暴れていれば、少しだけ忘れる事
ができた。それが何の解決にもならず、ただの逃げである事などとうに理解していながら。
 なのに、今度はこれだ。
「……何勝手に、死んでやがんだよ……」
 がくっと全身から崩れ落ちるように力が抜けた。そんな隼人を駒形が慌てて支え、彼の胸
元に少年が顔を埋める格好になる。
「来栖。お前、泣いて──」
「何でだよ」
「来栖?」
「……何でだよ。俺さえいなけりゃいいって思ってたのに、今度はいなきゃいけなかったの
か? 強盗だ? 何処のどいつだよ。そんな奴、俺に掛かれば一発で、一発で……ッ!!」
 ギュっと駒形の胸元を握り、隼人は言葉を詰まらせていた。駒形は言葉を多く尽くさなか
ったが、この時自分のスーツがじわじわと濡れていくのを確かに感じていた。
 場の大人達が何とも言えずに押し黙り、立ち尽くしていた。古ぼけた廊下の蛍光灯だけが
息絶えたこの母親の顔を照らしている。
「来栖……」
 無知は罪ではない。それを恥とせぬことを除けば。
 無力は罪ではない。それを悔やまぬことを除けば。
 ただ選択を誤ったのだ。
 真っ直ぐに、向き合わなかったのだ。

 ***

 それから、実に七年の歳月が流れた。
 時の流れは確実に人を、物事を変えてゆき、どんどん彼らの中の記憶を風化させて置き去
りにしていく。ただ良し悪しなど頓着する事すら意識になく、前へ前へと進んでいく。
「ははははははは! 死ね、死ね、死ね、死ね、死んじまえ! 全部、ぶっ壊してやる!」
 だが変わらないものはある。普遍的な価値、絆、そしてあらゆる醜悪。それはどれだけ時
代が変わろうとも決して駆逐されることはない。
 その日、市中で無差別ひき逃げ通り魔事件が勃発していた。世に絶望し、己の無力に絶望
し、全てを壊してしまえと憎しみに囚われた一人の男が引き起こした暴走だった。
 この凶行は、程なくして地元の警察本部に伝えられた。至急幹部達が集められ、情報収集
と共に迅速な犯人確保の指示が飛ぶ。
「何を悠長な……。事態は急を要します、銃撃の許可を!」
「駄目だ! 現場にはまだ多くの市民が取り残されている。もし彼らに当たったらどうする
つもりなんだ!?」
 しかしその一方で、幹部達自身の足並みは揃わない。現場から叩き上がった者の「今」を
訴える意見と、当初からエリートコースを歩んできた者の「後」の憂いがはたして今回の一
件においてもぶつかっていたからだ。
「いざという時に責任を負うのが私達の仕事でしょう!?」
「こうしている間にも、犠牲者は増え続けているんですよ!」
「……ならん。大体車中にいる犯人に撃って届くものか」
「至急、車両を集めろ。四方から取り囲んで動きを止めさせる」
「っ!」
「ですが……!」
「──」
 そんな喧々諤々の中、さもそんな同胞達を静かに哂うように煙草を吹かす者がいた。
 あれから七年。以前よりも白髪に占領された面積の増した駒形である。
「……駒形君。ここは禁煙だぞ」
「分かってますよ。あと、一ついいですかね?」
「? 何だ」
「既に自分の部下が現場に向かってます。じきに犯人は確保できますので、その議論は必要
ないかと」
「は?」「何を──」
「……まさか。君は“あれ”を出したのか?」
「そんな話、聞いとらんぞ! 大体あれはまだ組織でも極秘の──」
「直接の指揮官は自分です。……何か問題でも?」
 うぐっ……。駒形のあくまで落ち着いた理詰めに、場の面々が唇を噛んだ。
 忌々しげな眼。しかし彼はそんな面々の視線など既に慣れっこなのか、お構いなしに携帯
に番号を掛け、呼びかける。
「もしもし、俺だ。ホシは見えるか?」
『ええ。今四丁目の通りを南に下りて行きました。状況、開始します』
 それだけ。用件だけを伝え合うと、すぐに電話は切れた。
 立っている。近場のビルの上から、一人の男が──ミリタリージャケット姿の隼人が走り
去っていく通り魔の車を見つめている。
 踵を返し、急ぎこの雑居ビルを降りた。一方で会議室ではすぐに映像の手配がされ、彼の
携帯するカメラを通した現場周辺の映像が映り始める。
「? 妙に映像がブレているな」
「おい。彼に調整をし直すように……」
「大丈夫ですよ。今ちょうど“走っている”所のようなので」
 暴走車は場に居合わせた通行人達を撥ね、慌てて急ブレーキで避ける他の車両らの中を我
が物顔で走り抜け、凶行を続けていた。人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、後方からパトカー達
もこの次々に立ち往生する車両に足止めを食らい、中々追いつけないでいる。
「ひゃはははは! 止まらねぇぞ、止まらねぇぞ。皆全部、ぶっ殺してやらぁ!」
 しかしである。ふと次の瞬間、道のど真ん中で、こちらに向かって立つ一人の人影を彼は
目の当たりにしたのだった。
 隼人である。被っていた同色の帽子の鍔を気持ち持ち上げ、しかし真っ直ぐに向かって来
るこの暴走車を、彼はまるで避けようともしない。
「何だぁ? ははっ! 馬鹿が。てめぇもこのまま轢き殺してやらぁ!!」
 故にそれはこの犯人の闘争心に更なる火を点けた。減速する事もなく、むしろアクセルを
踏み込んで加速し、彼はこの見も知らぬ青年がぐちゃぐちゃになるのを脳裏でイメージして
絶頂を迎えようとした。
「──らぁ?」
 筈だったのだ。
 なのに、なのに動かない。ぶつかる! そう思った間合いに入った次の瞬間、何とこの車
はまるで壁にぶち当たったかのように動かなくなったのだ。更にギュルギュルと、徐々に前
輪が空回りしたように浮き始める。犯人は、素っ頓狂な声を上げて目を丸くする。
「……」
 何故なら、受け止めていたからだ。隼人はその身体にバチバチと電気の奔流のようなもの
を纏いながら、この鉄の塊を片手でキャッチ。更にもう片方の手で下から抱え込み、ゆっく
りと車体を持ち上げ始めていたのである。
「……ったく、こんな滅茶苦茶にしやがって。レンタカー会社の人、大損だぞ」
 ひっ!? 犯人が普通ではあり得ない目の前の光景に慄き、アクセルを踏む足もハンドル
を取る手も緩めていた。
 せーのッ! 隼人が息をつき直し、いよいよ大きく車体を持ち上げる。
 本来ならば不可能な膂力。しかし彼の──常人を遥かに超えた生体電流は、容易にそんな
世間一般でいう所の限界を飛び越した。
「ひぎゃァッ?!」
 通行人達も唖然とする。ぽーんと、猛スピードで突進してきた筈の暴走車は、かくしてこ
の青年の投擲によってすぐ近くの標識に叩きつけられ、動かなくなった。
 文字通り大破した車。そこから犯人が這う這うの体になって転がり出てくる。
「おい」
「ひっ──!?」
 だがそんな逃走を見逃す筈なく、隼人は気付けば彼のすぐ目の前に立っていた。
 バチッ。一瞬また放電のようなものが彼に纏っていたような気がした。しかし犯人はそん
な変調よりも、目の前で自分を止めてみせたこの青年への恐怖ばかりに支配されている。
「よーく、歯ァ食い縛れ」
「へっ?」
 そして持ち上げられた拳。犯人はその意図を理解するよりも速く、まるで射出されたかの
ような霞むパンチを顔面に叩き込まれ、遂にぴくりとも動かなくなった。
「……。話には聞いていたが……」
「何という青年だ……」
「駒形君。あれが、君の秘蔵っ子かね?」
「ええ」
 映像越しに見た光景。ものの一分で片付いてしまった事件の一部始終。
 幹部達は円卓を囲みながら、しかしその視線は一斉にこの青年の上司・駒形に向けられて
問い掛ける。
「まぁ、腐れ縁って奴ですがね。俺は犯罪者を捕まえ、出来る事なら更生させたい。あいつ
は自分の力を他人の為に使えるようになりたい、もう一度やり直したい。そうやって互いの
利害が一致して、今があるんです」
 市中。人々はざわめいていた。何が起きたのかよく解らなかった。
 ちらり。はらりと落ちていた帽子を拾い、隼人はそんな好奇と戸惑いの眼を避けるように
これを目深に被った。ジャケットのポケットに両手を突っ込み、そのままようやく追いつい
て来たパトカー達に後を任せ、路地の向こうに消えていく。
「彼の名は来栖隼人。コードネームは──“過電脈(オーバーパルス)”です」
                                      (了)

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  1. 2015/10/25(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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