日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)不毛を生きる僕らは

──如何したって疲れるけれど、この束の間の高揚感があるから止められない('、3_ヽ)_

暫くぶりです。先刻、サハラ~の八章をUPしました。4エピソード目後編、終了です。今回
でおよそ合計18万文字になりました。前章の更新から丸一ヶ月以上経ってしまいましたが、
変身ヒーローというちょっぴりのロマンと、だけどもしばしば抱える重い命題とを手に取り
ながら楽しんで頂ければなと思いますm(_ _)m

前回の雑記から十日ぶりですか。
何というか、まぁそういう過ごし方・スケジューリングをしているからなのだけど、予定の
執筆を大よそ消化し終わる頃には、その月はもう一週間ほどしか残っていないという……。
自宅(缶詰になって創作)と、作業場との往復。時々外出。
季節はどんどん、一見地味だけども確実に流れていきます。近所周り──特に山間に建って
いる作業場から見える庭先は、もうこれでもかというほど赤く赤く、或いは深い黄色の葉が
生い茂っています。
……秋だなあ。昼休みに腹ごなしに歩く外の空気が、少し暑い時もあるけど心地よい。
だけども、この一時もそう長くはなく、やがては物寂しく枯れ落ちてしまう──寒さが先に
立って感じられるようになるんだと思考するのは……それだけ(無駄に)自身も何度となく
過ごす四季を繰り返してきたからなのか。オッサン(´・ω・`)

お仕事して、家事をして、時々家族の愚痴やらも聞かされて。

もう恒例みたいな症状ですが、はてさて自分の創作には一体どれだけの意味があるのやら。
売れる・受けるという“他益”よりも自身の愉しみ・悦びを優先し、その癖しばしば作家と
いう生き方に中途半端に憧れだけは持っている。○○はしんどいなあ、××みたいな事には
為りたくないなあ。皮算用に美意識?だけはあって、だけどもちゃんとした「戦略」もろく
すっぽ取りたがらない日々。
……やっぱ駄目かなぁ? 原風景が「厭」では。反面教師的な「突きつける物語」では。
少なくともエンタメではない。勿論そうじゃない物語を好む層だっているにはいるんだろう
けど、どうしてもそういう層はディープで、ニッチで、シニカル(という印象)で。
大体古今東西『力こそパワー』なこの世界で、どれだけ言葉は、虚構の中の人間達の生き様
は、リアルの人々を援け、これらを変革する糧になり得るのだろう?
……詮の無いこと。
まぁ個人レベルの話に絞れば、時たまレスポンスが来るのを喜んで、ただこの営みをやって
いれば良いのかもしれないがφ(=_=)

先ずもって、他ならぬ自分が幸福でなければ。
そして出来る事なら、その為に必要だと嘯いて他人を足蹴にしないように。

確かにクソッタレな事が目立ちがちなこの世の中だけど、善良な他人などいないと嘯き、己
が善良たることを軽んじる態度が増え続ければ、問題はむしろ後退の一途となる筈だから。


切欠は先日、とあるブロガーさんがごちていた言葉でした。

色んな人がいて、色んな意見があって、それはいいのだけど、皆が皆自分だけが正しいと信
じて他(の意見を持つ)全員を攻撃している風景はディストピアだと。もうちょっとどうに
かならないものか? ならないかもしれないけど──大体、そんな感じの。
僕はその文面を見つけて暫し手を止めていました。
嗚呼、今日の世情に『厭』をもって臨んでいる人は僕だけじゃないんだな。程度の差はあれ
似たような想いを抱いている人は案外世の中には潜んでいるのかなぁ? などと。
……だけども、この方も続く文面で言及しているように、嘆いた所で多分自分達はこの自分
達の在り方を──もっと言うなれば“業”のような性質からは解放される事はないんだろう
なぁとも思うのです。詮無いんだよな、歯痒いけど。そう思うのです。

前段のように、いち物書きでありながら、僕個人は正直いわゆる「言葉の力」というものに
全幅の信頼を寄せている訳ではありません。そこまで純朴ではない、というか。
この世界は『力こそパワー』だ。
それは、どれだけ理想を唱えても、変わらない(変わってくれない)事実です。知性・理性
を標榜して何かおかしいという動きを止めようとする時でさえ、僕らは結局徒党=数の暴力
によって威示せざるを得ません。そして同調者がいる、数がいる。その現象以って自分達の
正当性を高らかに主張するのです。
……何が違うのだろう?
結局イデオロギーを持って“しまった”人間というのは、つまり「信じ込んでいる人」でも
ある訳で。正義の反対はまた別の正義、なんて話はよく云いますが、どれだけ“正しい”事
を綴って語ってみても、相手がそれを“正しくない”と信じているのだから前提として噛み
合う訳がないんです。まっさらにして、その上で話し合おうというコンセンサスが薄弱であ
るのなら、とにかく相手を打ち負かす事ばかりに注力されちゃいますからね。実際。

「論破」した所で、その他人が改心するパターンは限りなくゼロに近い(寧ろ頑なになる)

「嘲笑」して敵を貶め、味方同士で慰め、鼓舞し合う双方の構図は、醜い(美しくない)

特に僕はこの嘲笑というのがどうにも肌に合わない。合わなくなってきた気がする。
こういう政的なファクターに於いてもだけど、基本的に自分以外の他者や事象に対して哂い
飛ばすのが基本スタイルという人間は、僕は割と嫌いです。もっと言うならそれ「しか」し
ない、掻き乱すばかりの人間が嫌いです。
何と短く言葉に纏めればいいか……。闘争も厭わないネガティブニストよりは実害が出ない
分マシではあるけれど、行動力の伴わないシニカリストって、鬱陶しくないですか? HPに
ダメージを与えてくる訳じゃないけれど、じわじわ此方のMPばかり削ってくるような……。
更に何より、その閉じた美意識に囚われた(ように僕には思える)この手の人達は、世に蔓
延すればするほど、他の人々を同様の態度に“感染”させていく罪を背負っていると僕は考
えます。相手を哂い、貶すばかりの風景を見せ続ける事で、やがて他の多くに人々にとって
「議論」とは無意味だと思わせてしまうからです。
そういう意味では、右でも左でもラディカルな論客というのは、可能な限り絶滅して欲しい
部類であるのかもしれませんね。そもそも、どうせ互いの価値観に深い溝があると分かって
いる者同士なのに、延々相手を哂い、貶めて『勝った』と言い続ける・主張し続けている。
そりゃあ周りも辟易しますよ。彼らのような手合いに、その土俵である議論(=事象)に、
関わらないのが一番だと考えるようになりますよ。
……そうして、ペンでも剣でも、世の中は争いばかりになっていく。

再び件のブロガーさんの弁を拝借します。
『常に自分の側に正義があると考えるのではなく、理解できない相手側の正義にも一定の理
解を示すこと』
それが出来れば、理想なんですけどねぇ。苦労はしないんですけどねぇ。
当人もこの言葉の直後、現実的にそれは難しいと考えざるを得ないと続けています。僕らは
過去も現在も未来も、延々こうして不毛な場を掘り返し続けるしかないのでしょうか。

──不毛。少々脇道に逸れますが、それは何も言論だけの話ではないように思います。
例えばコンテンツ界隈。最初こそそれぞれの物語を、作品を持ち寄り、活気付いていた創作
の場も、やがて何時からか何処からかその“金のなる木”性を観てやってきた「商売人」が
その圧倒的な手を尽くして握り取り、目先の利益を繰り返し吸い取った挙句、結果その場に
敵意(アンチ)すら抱いた人々とこの商売人達の次の食指・移動の為に廃墟と化す──。
“焼畑農業”みたいだ。何処かでそんな事を言ったような記憶があります。
好き者が耕し、経営者が食い散らかして、荒れ果たす。
何だか妙な共通点を感じてしまいます。良かれと思って、自分達の正しさを思って動き回り
注ぎ回った挙句、大多数(と信じたい)の善良なる人々は、最早そこに魅力を感じない……。

百の理論より一の暴力。

そんな「どうせ」を体現してみせたかのようなあの秋葉原無差別殺傷から七年。言葉や理論、
知性が賢明に(だけども割としばしば的外れな)訴えを続けても、今も今だからこそ、世界
には多くの『力こそパワー』が満ちています。
昨月、この国でも物議を醸した安全保障関連法も然り。こうして振り返ってみるに、本当に
言葉だけで人が治まるケース・状態というのは、その実世界規模でも見ても寧ろ少数派です
らありはしないか? そう僕は思うのです。確かにちょっと考えれば「どうせ」だ。理性で
人間を市民たらしめるという概念が生まれたのは、ほんのここ二・三百年ぐらいなもので。
それ以前も以後も、手を替え品を替えしても、ヒトの背後には常に「力」があった──。

どうせ。
……だけども、やっぱり其処で全部やーめたと放り投げるべきではないのだろう。

知性というものは、何か訊ねられればすぐに○○と答えられる知識の過多ではなく、むしろ
解らないものを解らないと切り捨てて終わりにしない、向き合い続ける強さのことを言うの
だから(これもとある別の御仁の弁)
過多だけではない。けれど、捨てて終わりにしてしまえば、全てはそれこそ無意味に還る。
絶望したっていい。だけど一人で無理ならば、過去・現在・未来、もっと他人びとの蓄積で
以って臨んでいく余地くらいはある。ヒトが滅びぬ限りはこの先も。

その嘲笑に、絶望に、保身の理由に、他人を使うな。

全部一切を否定して消滅させてしまいたい──。その衝動を食い止めていられるのは、地味
で目立ち難いけれど、ふいっと何処かで出会う、善良なる人達がまだ其処にいるからだ。

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  1. 2015/10/22(木) 22:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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