日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔8〕

「……な、何なんだ? あいつは……?」
 目の前で変身した肥満の大男は、見上げるほど巨大なアウターになっていた。
 巨大で分厚い顎。大樽のようなその身体。
 だが何よりも睦月達の視線を捉えて離さなかったのは、唾液をぼたぼたと垂らしながら開
かれた、その奥底すら見えぬ口である。顔面の半分以上を占めるそれは、ずらり上下に恐ろ
しく分厚く頑丈そうな歯を並べて自分達を“喰う”気満々でいた。
『全員今すぐ逃げろ! 作戦は中止だ!』
 この敵の出現──潜入に気付かれてしまった事態に、司令室(コンソール)で作戦の成否
を待っていた皆人らが叫ぶ。慌てて“同期”を解き、意識を倉庫群に戻した隊員の一人から
飛んできた報告に、一同の表情がにわかに緊張と焦燥で歪み始める。
『……やはり、H&D社(あそこ)が敵の──』
『第二班と三班はすぐにポートランドへ! 睦月と國子達を回収する!』
 再び“同期”し、戻って来たこの隊員から撤退命令を聞く。
 勿論、これを受けて睦月達は慌てて逃げ出そうとした。まさかサーモグラフでもなく匂い
でこちらの存在がバレるとは予想もしていなかった。こうなった以上、最早ダズルや朧丸の
ステルス能力は意味を成さない。
「くっ……! こんな……」
「ど、同期を? しかし、それでは睦月さんが──」
 しかし巨漢のアウターはこの見えぬ睦月達(しんにゅうしゃ)を逃がさなかった。
 次の瞬間、迫ってきたのは、その巨体には似合わぬ猛烈な速さの突進。
 視界一杯に大きく開かれた口と大顎が見えた。一瞬、体感時間がぐんとスローになる。
 轟。巨漢の大顎がそれまで睦月達の立っていた床に突き刺さった。吹き飛ばされて方々に
一同は転がり、負ったダメージで迷彩効果が解けてしまう。
「あっ、ぐぅ……!」
「……嘘だろ? 床に、穴が……」
「皆さん。無事……ですか?」
 舞い上がる大量の粉塵と煙。睦月達はボロボロになりながらも互いによろめき、立ち上が
り、仲間の無事を確認しようとする。
 起き上がったこの巨漢のアウターを中心に、硬いコンクリ敷きである筈の地面がざっくり
と抉られたように無くなっていた。
「ひー、ふー、みー……ホントだ。何時の間にやら団体さんのお出ましだ」
 そしてそんな様子を、もう一人の荒くれ風の男がステルスの解けた睦月達を視認し、フッ
と邪悪にほくそ笑みながら眺めている。
「……くっ」
 転がった地面に、ぐぐっと手をつく睦月。
 H&D社への潜入調査は、今まさに最大のピンチを迎えた。


 Episode-8.Seven/家族達(かれら)の肖像

「おい、グラトニー。あんま設備を壊すなよ? 後で小言を言われるのは俺なんだからよ」
 少しずつ散っていく粉塵と煙。変貌した巨漢な相棒の後ろで、そう荒くれ風の男は場の空
気とは一線を画すように言っていた。
 よろよろと、睦月達が痛む身体を押しながら立ち上がる。さっきの一撃ですっかり皆が分
散されてしまった。退路が、少なからず遠退いて塞がれうる格好。
「分かってるよぉ~。すぐに、終わらせるゥ」
 グラトニー。そしてさっき呼ばれていた後ろの男はグリード。
 多分本名ではないのだろう。睦月は思った。コードネームか何かか……?
 そうしていると、再びこの巨漢のアウターが襲い掛かってきた。巨大な口をいっぱいに開
け、リアナイザ隊の一人を喰らおうと。睦月は咄嗟に地面を蹴って、これを助けた。直後そ
の背後にあった壁が齧り取られ、見るも無惨にひび割れて崩れる。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません。余りの事に、つい……」
 周りを見れば、同じく戸惑っている仲間達が大半を占めているようだ。一度“同期”を解
いて皆人に報告し、撤退命令を受けたのだが、そうなると唯一この場で即座退却が出来ない
人物が現れる事になる。
(……僕が隙を作るしかない、か)
 ボリボリとコンクリの壁を咀嚼してこちらを振り向いた巨漢のアウターに、睦月はEXリ
アナイザをそっと構えながら対峙した。
 即時退却出来ないのは、唯一生身で此処に来ている自分だ。
 だがもしその事が皆の退却を妨げているなら、自分は強引に背中を押してでも彼らを此処
から逃がさなければならない。
「僕が時間を稼ぎます! 皆、早く逃げるんだ!」
 うぉぉぉぉッ!! そして國子達が止めるよりも速く、睦月は一人この巨漢のアウターに
向かって駆け出していた。
 だらりと口元から垂れた涎。振り下ろされた豪腕を避けながら、睦月はEXリアナイザに
コールする。
「シュート!」
『WEAPON CHANGE』
 ……しかし、意を決して放たれた睦月のエネルギー弾は、直後ザッとこちらを向いたこの
巨漢のアウターの口の中へと吸い込まれていったのだ。
 ごくん。頬を膨らませた後、ほぼ咀嚼もせずに飲み込まれる音。
「なっ……!?」
「た、食べたぁ!?」
 するとどうだろう。次の瞬間、このアウターは急に身体中に更なるエネルギーを迸らせ、
噛み締めた口から蒸気を噴き出して嬉々とする。
「ンむ? 旨い……旨いぞ、コレ。力が漲ル。もっと、もっと寄越せェ!!」
『ひぃっ!?』
 またもや大口を開けて突っ込んでくる巨漢のアウター。睦月達は予想外の反応に驚愕しな
がらも、これを必死に駆け、跳んで逃げた。ガリゴリゴリッと、やはり豆腐でもすくうよう
にコンクリ敷きの床がいとも容易く齧り取られる。
「む、無茶苦茶だ。攻撃を食べるなんて……」
『多分、あれがあいつの能力なんだと思います。マスターもとにかく逃げてください! 奴
らつらの発してるエネルギー質量、尋常じゃないです! 今まで戦ってきたアウターとは桁
違いの強さですよ!』
 リアナイザ越しにパンドラが叫んでいる。実感と実数と、強敵である事はかくも無慈悲に
証明されて──。
「……陰山さん、皆さんと一緒に逃げてください。召喚さえ切ってしまえば奴らもすぐには
追って来れない筈です。時間が足りないのなら、僕が作ります」
「ですが……。それでは貴方が一人、逃げ遅れる事になる」
「全滅したら今回の作戦が無意味になるんでしょう? だったら一人でも逃げて、この情報
を持ち帰らなきゃ」
「……。なるほど。そういう目的(わけ)か」
 だがそう必死に逃げ、間合いを取りながら國子らを説得してた最中、それまで様子見を続
けていた荒くれ風の男が動いた。ぽつり。そう何か合点がいったように呟きながら、彼は右
手をコキコキと鳴らしつつ、ゆっくりとこちらに歩き出してくる。
『──』
 そして消えたのだ。次の瞬間、荒くれ風の男は霞むような速さで姿を消し、気付いた時に
は周囲で逃げ惑い、後退りする隊員らに次々と触れている。
 やや遅れて気付いた感触。何ともない自分に思わず手を触れて確かめようとする面々。
 しかしその直後、くいっとこの荒くれ風の男が彼らに向かって片手をかざした瞬間、異変
は起こる。
「……お、おい。何で武器を俺に」
「わ、分からない。か、身体が勝手に……!」
 にわかに、それぞれのコンシェルと“同期”した隊員達が同士討ちを始めたのだ。
 レーザー剣が仲間の身体を切り裂いたかと思えば、別の隊員の銃撃が他の仲間の身体を蜂
の巣にする。まるでこの荒くれの合図に答えるかのように、惑い狂って(おどらされて)。
「何をしている!? いきなりどうしたんだ!?」
「わっ、分かりません!」
「急にこちらで制御が、効かなく……なって!」
 隊長代理・國子が慌ててこの状況を確認しようとする。傍目から見ればとち狂ったように
しか見えない隊員達を止めようとする。
 しかし彼らは皆、受け答えこそ正気ではあった。なのにその身体は──“同期”したコン
シェル同士は、お互いを潰し合って止めない。
「……まさかあいつは、他人を操る事ができるのか? だから先程から、従業員達も全くこ
ちらに気付かずに……」
 國子の驚愕と、呟き。
 そんな彼女と睦月に向かって、当の荒くれ風の男が口角を吊り上げて嗤っていた。操られ
次々に相討ち、ダメージ過多によって消滅していく隊員のコンシェル達を追撃するように噛
み千切りながら、巨漢のアウターが少しご機嫌ななめな様子で言う。
「グリードぉ。邪魔すんなよォ~。こいつらは俺が食うのに~」
「小せぇ事言うなよ。気が変わった。俺も混ぜろ」
 そしてこの荒くれ風の男も、金色の奔流とデジタル記号のモザイクに包まれ、次の瞬間も
う一人のアウターへと変身した。メカニカルな、されど野盗を思わせるようなモフ付きの服
着と、身のこなしを重視した姿からざらりと腰の短剣を抜く。
「他の連中とは明らかに違う、俺達に対抗できる鎧姿(パワードスーツ)──お前が噂にな
ってる“守護騎士(ヴァンガード)”だな? ははっ、今日はツイてるぜ! 大口の獲物に
俺が一番乗りだ!」
 特に特殊な能力が乗った短剣ではない。
 しかしこの野盗風のアウターが操る剣捌きは、その加速と同様、目にも留まらぬ速さで繰
り出された。相対した睦月と國子──守護騎士(ヴァンガード)と朧丸も、ただこれに防戦
一方にならざるを得ない。
「っ……。やっぱり、お前達が……」
「あん? そっちこそ如何なんだよ? 何度も何度も俺達の邪魔をして、さっ!」
 かわそうとして、でも切り付けられて。
 装甲から何度も火花が散る中で辛うじて吐き出した言葉に、このアウターはただ好戦的だ
った。何度目かの一閃が睦月を、國子を切り付けて弾き飛ばし、直後こちらに向かって鋭い
左の掌底が飛んでくる。
「ぐっ……!?」
 咄嗟に交差させて防御した腕。右腕がその衝撃で酷く軋んだ。
 弾き飛ばされ、自分を守ってくれようとした朧丸の太刀を、このアウターは軽々と短剣一
本でいなし、肘鉄で吹き飛ばしてこちらに近付いてくる。
「陰山さん!」
「おいおい。他人の心配をしてる……場合か?」
 ついっ。そして次の瞬間、この野盗風のアウターがかざした手の指を動かすのに合わせ、
睦月の右手が自分の意志とは関係なく身体にEXリアナイザの銃口を押し当てた。
 間に合わない──。右手の指はやはり自分の意志とは関係なく引き金をひき、睦月自身に
散々銃撃を浴びせ、その場に倒れ込ませる。
「……お? 右手だけしか動かなかったな。なるほど。その鎧、俺の能力(ちから)にもあ
る程度耐性があるんだな……」
 ぶつぶつ。野盗風の彼は一人妙な納得をして頬を掻きつつ、しかし嬉しそうだった。必死
に自身の右手を押さえる睦月に再び短剣を引っ下げ突撃し、二撃・三撃と刃を加えていく。
「む、睦月、さん……っ」
 朧丸越しの國子は、ぼうっとダメージの大きさ故に霞む視界の中、この絶望的な状況を見
渡して尚、どうすべきかと考えていた。
 隊員達は、ほぼ半数があの妙な力によって操られ、自滅。残る者も二人・三人を残して皆
巨漢のアウターに襲われ、コンシェルごと砕け散ってしまった。
 睦月は、追い詰められている。野盗風のアウターと、更に合流した巨漢のアウターがのし
のし後方から。圧倒的な力の差に、為す術もない。
「に、逃げるんだ……。貴女、だけでも……」
 首を掴まれ、ギリギリと持ち上げられる睦月。
 だが彼は尚も、視界の隅にいる國子に必死にそう促している。
「でも……!」
「貴女を失ったら、僕は皆人(あいつ)に何て言えばいいんだっ!」
「──ッ!?」
 スラッシュ!
 そしてそう、何時の間にか左手に持ち替えていたEXリアナイザに向かって叫び、睦月は
思いっきり引き金をひいていた。
 迫り出す剣状のエネルギー。
 それをぶんと、密着した体勢だからこそ、この野盗風のアウターの首筋に向かって振り抜
こうとして……。
『──!?』
 しかし食べられていた。後ろから跳び上がった巨漢のアウターが、結果的にこの相棒を助
けるようにEXリアナイザのエネルギー剣を食い千切っていたのである。
 パワードスーツ越しのランプ眼から目を見開く睦月。
 お? あまり焦った様子もなくこの失敗した反撃を横目に見ている野盗風のアウター。
 ぐわん。食い千切ったエネルギーを喉の奥に放り込みつつ、二人に割って入ったこの巨漢
のアウターの裏拳が睦月を猛烈な勢いで地面に叩き付ける。
「ガァ……ッ!?」
「睦月さん!」
 持ち上げられていた真下に大きな陥没を作り、されど尚も有り余った衝撃が睦月の身体を
バウンドさせる。
 ぐったりと睦月はそのまま倒れ、動けなくなっていた。インパクトの瞬間そっと手を放し
ていた野盗風のアウターと、もしゃもしゃとへし折ったエネルギー剣の残りを咀嚼している
巨漢のアウターとの目が合う。
「……逃げ、て」
「む、睦月さ──」
「逃げ、て……」
 それでも、そんな満身創痍になっても、尚も彼は自分の身を案じてくれる。
 國子──朧丸達残り数名は逡巡を、しかしやっとその意を汲んで撤退した。同期を解き、
それと同時にコンシェルの召喚も解いてサァッと姿を消したのだ。
「逃がしたか。ま、面(つら)は見た。じきにヤるさ。それよりも……」
 野盗風のアウターがちらと視線を下へと遣る。見た事もないパワードスーツの何者かが自
分の足元で、尚も身体を引き摺ってもがいている。
「ねぇ、食べていい?」
「駄目だ。一応生け捕りにしとかねぇとな。色々聞き出す事もあるし」
 だから二人のアウターは、この時睦月が取ろうとしていた行動に気付くのが遅れた。まだ
自由が利かない右手ではなく左手で、床に転がるEXリアナイザのホログラムを呼び出し、
パンドラが『ま、マスター!』とおろおろする中で新たに一つの武装を選択する。
『ARMS』
『LIGHTNING THE MOUSE』
 何とかひいた引き金から黄色い光球が飛び出し、彼の両脚に薄い鉄板のような靴底を装着
させた。二人が眉を顰めて、頭に疑問符を浮かべてそれを見遣る。
 睦月の倒れ込んでいた方向は、相変わらず虚ろな目で、何も気付かないように作業を続け
ている従業員達と生産ラインとは逆の方向。
 先刻、睦月達がここへ侵入した際の、通路が見える方向。
「──っ!」
 そして刹那、ぐぐっと身体を起こしたかと思った次の瞬間、睦月の姿は消えたのだ。二人
の足元に、この通路に向かって延びた二本の電流の名残を残し、一瞬にして。
「? あれェ? あの美味しい奴、何処ォ?」
「……。ちっ、逃げやがったか」

『マ、マスター。だ、大丈夫ですか?』
「何とか、ね。ギリギリって感じだけど……」
 それから、どれだけの時間が経っただろう。
 雷迅(ライトニング)と迷彩(ダズル)のサポートコンシェルを駆使して、睦月は何とか
H&D社の生産プラントから脱出する事ができた。
 ホログラム越しに、パンドラがそうやや緩めに両拳を握り、そわそわと心配している。
 パワードスーツの変身は解かなかった。返事こそ苦笑を交えたものの、これまで経験した
事のないダメージを負った今、変身を解けば、生身の自分がどうなるか分からない。
 昼間でありながら人気の無い、ポートランドの一角を歩く。しかしその自身の一歩一歩が
鉛のように重かった。右手の不自由は取れていた。どうやら視界からいなくなってしまえば
発動しない能力らしい。
 本当に限界寸前だった。咄嗟の判断で通路側へ逃げていなければ、きっとあそこでやられ
てしまっていただろう。
『……すまない、睦月君。私の責任だ。これほど強力なアウターが行き来しているとは想定
もしていなかった』
 生産プラントから離れた事で、再開していた司令室(コンソール)との通信。
 インカム越しに皆継の消沈した声色が聞こえる。
 いえ……。睦月は応える。その実、受け答えするだけの余裕すらない。
 皆継と、他の加盟企業の幹部達が入れ替わり立ち代わり色々話していたが、もうあまり頭
には入って来なかった。記憶にあるのは、何度も必死になって自分の名を呼ぶ香月(はは)
と、あくまで冷静に同室を指揮し、気丈に最善手を打とうとする親友(みなと)の発する言
葉だけだった。
『おそらく、その二人が改造リアナイザを流通させていた犯人だろう。スカラベの一件で得
た証言と一致する。少なくとも、一連の事件に大きく関わっている者達の一員とみて間違い
なさそうだ』
 曰く、先に離脱した國子以下リアナイザ隊は、すぐに駆けつけた別班達によって回収され
たという。しかし彼女らの受けたダメージは大きく、その大半がまだ意識を取り戻していな
い状況なのだそうだ。“同期”は自身のコンシェルを我が身のように操作できる反面、その
性質が同化に等しいがために、いざ大きなダメージを負ってしまえばこのようなリスクを被
る事になる。
『……つまり、幹部みたいな存在だったんでしょうか?』
「多分ね。こんなに強いアウター、初めてだし……」
『俺も睦月と同意見だ。受け取ったデータから観ても、この尋常でないエネルギー出力なら
ば合点がいく』
 痛手だった。暫くはまともに実働部隊は機能しないだろう。
 パンドラの呟きに、睦月と皆人も肯定を示す。失ったもの傷付いたものは多いが、これで
H&D社(かれら)が限りなくクロである事が証明された。
『……すまなかった。こんな無茶をさせて』
「謝らないでよ。危険なのは分かってて承知したんだ。僕も、すぐに戻る」
「──いやいや、そうは問屋が卸さねぇよ?」
 しかし、まさにそんな時だったのだ。傷付いた身体を引き摺り、睦月がこのままポートラ
ンドを出て迎えを待とうとしていたその矢先、再び聞いてはならぬ声を聞いたのだ。
「よう。何処いくんだ?」
「フヒヒっ。もっと、もっと喰わせろォ!」
「……」
「ほう? これが例の守護騎士(ヴァンガード)……」
 はたと区画の路地裏から睦月の前に現れたのは、あの荒くれ風の男と、丸々と太った巨漢
の男──人間態のグリードとグラトニー。
 更に背後からは同じく、ジト目でこちらを見つめるゴスロリ服の少女と、静かにパワード
スーツ姿の睦月を観察する黒衣の眼鏡男性の二人が現れ、退路を塞いだ。
『どうした? 何があった!?』
「……拙い事になった」
『あ、あいつらが、仲間を連れて追って来たんですよ~!』
 パンドラの、両頬を押さえて叫ぶ悲鳴に、司令室(コンソール)の一同から血の気が引い
た。囲まれている。睦月は腰のホルダーに引っ掛けていたEXリアナイザを抜き、じりっと
前後を見返しながら、ピンチと疲弊に荒く肩で息をしている。
 すぐ傍には水路が流れていた。コンクリで固められ、申し訳程度のフェンスが建てられた
排水用のそれである。
「……全く。面倒事を増やさないでよねぇ」
「んな事言われてもよぉ。忍び込んで来たのはこいつだぜ?」
「貴方達が手間取るからですよ。先に逃げたという者達も含め、早急に始末しなくては」
 このゴスロリ服の少女が忌々しく、ねちねちと責めるように言い、次いで黒衣の男も一見
物腰穏やかながら、そう冷淡と眼鏡のブリッジを触っている。
『こ、こうなったら“アレ”を。で、でも、それじゃあマスターのお身体が……』
 四対一。この二人もおそらく同じ幹部クラスなのだろう。惨敗した傍から、ここで真正面
から戦うなどという選択は既に睦月にはなかった。
 ……逃げるしかない。
 再び、靴底に装備したままのライトニングを──。
「んっ」
 だが次の瞬間だった。実に面倒臭そうに、ゴスロリ服の少女がパチンと指を鳴らしたその
直後、残り三人を除く辺り一帯がモノクロの世界に閉じ込められたのだ。
 睦月が、パンドラが停まっている。
 すぐ下を流れる水が、風に流れゆく薄雲が、空を飛ぶ鳥が。
 全てが停まっていた。まるでこのモノクロに塗り潰されずに済んだグリード以下他の三人
だけが同じくそこに平然と立っており、ゆらりと残像を描きながら、彼女は微動だにしない
睦月の傍を通り過ぎるとその周囲に針や歯車──時計の部品を思わせる大小無数の投剣や鋸
を中空に呼び出し、固定する。
「……一丁前に逃げようとするんじゃないわよ。面倒臭い」
 そして再び指が鳴らされた次の瞬間、世界は動き出した。
 睦月がパンドラが、自分達に起こった事を理解する暇もなく、この針型の投剣や歯車型の
鋸は次々に襲い掛かり、はたして守護騎士(ヴァンガード)は激しい火花を散らしてこの追
い討ちを一身に浴びるがままになった。
 睦月ッ!! 司令室(コンソール)にいた皆人達さえも、この一瞬で何が起きたのか分か
らず、ただ画面の向こうで激しく身体を跳ねさせる彼に悲鳴を上げる事しかできない。
「ぐっ……ガァァァァーッ!!」
 されど一つ、運命の悪戯があった。再三の大ダメージに激しくよろめいた睦月は、あろう
事か側方のフェンスへと傾き、ぶつかったのである。
 あっ……。グリード達が気付いた時にはもう遅かった。彼はダメージの勢いのまま、この
フェンスにぶち当たり、そのままへしゃげて壊れたそれと共にあっという間に用水路の中へ
と落ちていったのである。
「……あーれま。落ちちまった」
「落ちたねェ」
「……」
「スロース」
「し、仕方ないでしょ! こんな所まで逃げて来たあいつが悪いのよ! あーもう、手間ば
っかり! 何でそっちによろめくかなぁ!?」
 大きな水音の後。再びしんと何事もなかったかのように収まった場。
 四人はこのぶち抜かれた金網の下を覗き込み、元凶──ゴスロリ服の少女を見遣った。当
の彼女は顔を真っ赤にしながら、ぎゅっと胸元の継ぎ接ぎだらけのテディベアを抱え、半ば
ヤケクソ気味に叫んでいる。
「食べたかっタ……」
「仕方ない。もう少し人手を割きましょう。尤も無事では済まないでしょうがね」
 そんな彼女にはあまり興味なさそうに、ぼうっと涎の垂れた口元を掻くグラトニー。
 そして黒衣の男が、そう眼鏡の奥を光らせ、やれやれと小さく嘆息をつきながら一足先に
踵を返す。

「──……っ、ぁ……」
 それから睦月は、抗う力もなく用水路を流され続けた。
 辛うじて握り締めていたのは、沈みゆく水の中で、ほぼ本能的に自分の胸元に抱え続けた
パンドラ──彼女の宿ったEXリアナイザ。
 銀色のそれは既に沈黙していた。故障。そんなフレーズも、朦朧とした意識の睦月にはも
う想起する事すら出来ない。
 どうっ。ようやく水辺に上がり、半分身体を浸したままその場に倒れ込んだ。同時にデジ
タル記号の光輪が彼を包み、その姿を人間・佐原睦月に戻す。寄せては返す不透明な水が、
べたべたと彼の身体を次々に濡らした。
「……うん?」
 それから、またどれだけの時間が経った頃だろう。
 人工の岸辺に倒れ伏して動かなくなった睦月を頭上の道路から見つけ、そのコートを翻し
て、一人の男が──筧兵悟が、慌ててこちらへと駆け下り始めたのは。


 時を前後して、司令室(コンソール)。
 一同は突如ロストした睦月の反応を捜すべく、人員総出の大わらわに陥っていた。
 帰還するとの連絡の直後、聞こえてきた何者か達の声。
 慌ててEXリアナイザとパンドラに回線を繋いで映像を出したものの、次の瞬間には睦月
は雨霰とダメージを受け、水の中──らしき場所へと飛び込んでしまった。
「そっちはどうだ?」
「駄目だ、通じない!」
「カンフル剤急げ! またバイタルが下がった!」
 制御卓にかじり付く面々はありとあらゆる通信網を経由し、反応の消えた睦月とパンドラ
の行方を捜していた。一方で白衣姿の医療要員と研究部門の一部は、同期によるダメージの
共有によって未だ目を覚まさないリアナイザ隊員達に繋がる計器の一挙手一投足に、右へ左
への賢明な治療を続けている。
「……申し訳ございません。私達がついていながら」
「自分達だけ、先に逃げて来てしまいました」
「このまま睦月君が見つからなかったら、俺達は──」
「……先に逃げろと言ったのはその睦月なんだろう? ログを持ち帰れと。ならその悔やみ
はあいつの意志を踏み躙るものだ。……馬鹿だからな。自分を犠牲にしてでも、誰かを助け
ようとする。そんな奴だ」
 事務用の固いソファに腰掛け、國子以下何とか生還した三人が自責の念に駆られている。
 だが壁面のディスプレイ群を見つめたままの皆人は、そう静かに、有無を言わさぬような
声色でこれを遮る。
 司令……。この隊員達、制御卓でキーボードを叩く職員など周囲の幾人かがちらと彼の気
持ち上向きの横顔を見遣っていた。
 聞きようによっては非情とも取れる発言。
 だが、國子やその幾人かは、そんな彼の拳がギリギリと密かに軋むほど握り締められてい
たのを見逃さなかった。
「直前の映像から、睦月はおそらく用水路に落ちたものと思われる」
「そう言われましても……。ポートランド(あそこ)には一体どれだけ同じような箇所があ
るんです?」
「最後に反応があった付近から、水路の流れを計算しなきゃ駄目ですね」
「人を遣れれば一番いいんですけど……」
「すぐには無理だ。奴らもきっと睦月を捜しているだろう。生産プラントから離脱したとは
いえ、向こうは今敵の陣地だと言っていい。ただでさえ激減してしまったこちらの兵力を、
そんな危険度の高まった場所に無策のまま送り返すのは自殺行為だ」
 あれやこれや。皆人や司令室(コンソール)の職員、映像越しの皆継達がお互いに今取れ
うる最善の手を探っていた。壁面のディスプレイ上には早速ポートランド全域の水路図が呼
び出され、睦月と最後に通信した地点から幾つか、その落下箇所の予測を立てて計算を走ら
せ始めている。
『……しかし佐原博士。睦月君は水の中で無理だとして、パンドラ・コンシェルまでもが応
答不能というのはあり得るのかな? アウター達との戦いに備えて、対衝撃も防水も、あれ
には可能な限り強化が施されていた筈だが……』
「はい。それに関してでしたら、一つだけ。パンドラ及びEX(エクステンド)リアナイザ
は、機密保持の為に一定以上のダメージを受けると、自動的にそのシステムの殆どをロック
状態にするプログラムが組み込まれています。直前の様子からも、その発動条件に足るほど
のダメージであったことはほぼ確定と言っていいでしょう」
 更に、映像越しに問うてきた皆継に、ちらと目を遣ってから香月が答えた。
 その目は息子の危機に泣き腫らし、真っ赤になりつつあったが、それでも彼女は目の前の
デスクトップPCと向き合いながら気丈に振る舞い続けている。
「現在、遠隔から挙動履歴を照会しています。もしそうだとすれば、パンドラに向けてシグ
ナルを送っても反応は見込めません。装置の方──EX(エクステンド)リアナイザの位置
情報から探らなければ、二人の現在地を特定するのは困難です。……流されても、あの子が
リアナイザを手放していなければの話、ですが」
『……』
 皆継や國子、場の少なからぬ面々がそんな彼女の言葉を聞いて暗くなり、押し黙った。
 激しく叩かれるキーボードの音。
 それでも只々、香月は母として対策チームの一員として、この画面上を流れてゆく無尽蔵
な数値の羅列と闘い続ける。祈りと代えるように没頭する。
(お願い、睦月。無事でいて……!)

 ポートランドが、飛鳥崎の街が、日没につれて闇の中に溶けてゆく。
 手負いとなった睦月は、実は密かにそんな只中に内包されていた。
 街の中央からやや南に逸れた小さなアパートの二階。彼は未だに目を覚ます事もなく、静
かにこの部屋に敷かれた布団に寝かされている。
「──うんしょ、っと……」
 そこに、睦月のおでこに新しい濡れタオルを乗せ、優しく介抱してやっている者がいた。
 由良である。彼は夕刻、筧に──この部屋の主に呼び出され、こうして見も知らぬ少年の
世話をしていた。そこへ当の筧が、二人分のコーヒーを淹れて持って来る。
「すまんな。こんな時間に呼び出しちまって」
「いいえ。まぁそれはいいんですが……」
 ほこほこと湯気の立つカップを受け取り、苦笑しながら応える由良。
 だがちらりと、このまだ若い刑事の遣った視線は、紛れもなくこの眠ったままの睦月の顔
へと向けられていた。
「何者なんでしょうね? この子」
 当然の疑問。その呟きに筧もまた「うむ……」と声を漏らすだけで明確な回答を持ち合わ
せていなかった。何せ突然の事で、筧自身もあまり状況がよく分かっていない。
「水路の縁に倒れてた。……それ以外、確実に言えるものは何もねぇんだよ」
 この日、筧は思う所あって一課の皆とは別行動を取っていた。
 尤もそれは今回に始まった事ではなく、普段コンビを組んでいる由良すらもまぁ何時もの
事だとこの先輩が為すがままにしていたのだが、突然掛かってきた電話越しに告げられたの
は『行き倒れてるガキを見つけた。とりあえず部屋に連れて帰って来たんだが、勝手が分か
らん。悪いんだが手伝いに来てくれねぇか?』という旨。
 慌て、焦り、それでも由良は課の面々に気付かれぬように抜け出した。
 そして彼のアパートまでやって来てみれば……何故かずぶ濡れの少年が一人、畳の上に寝
転ばされているではないか。
 正直言って、想定の斜め上。
 何やってんですか!? 開口一番、由良はそう上がった部屋の入口で思わず声に出してし
まったものだ。
「……本当、あんまり無茶しないでくださいよ? ただでさえこの前の爆弾魔の──井道の
件で、兵(ひょう)さんはまだ上に睨まれてるんですから」
「分かってるよ。しかし参ったな……」
 後輩(あいぼう)の小言は何時ものように華麗にスルー。
 ポリポリと筧は半ば無意識にうなじの髪先を掻き、さてどうしたものかと思案した。
 そもそもこの少年は誰なのか?
 今自分達は、そんな一番肝心で取っ掛かりな事柄すら確認できていない。
 というのも若いからだ。免許証もなくば、休日故か学生証の一つも持っていない。代わり
に持っていた彼のデバイスから情報を探ろうとしたが、どっぷり排水に浸かってしまってい
たためかうんともすんとも言わない。
 ……壊れてしまったのだろうか?
 だが、それでも唯一の、それ以上に怪しい物品がある。
 大よそ一般人は持ち歩かないであろう小型受信器と繋がった小さなインカムと、何よりも
妙な形をした白いリアナイザ。
 尤もどちらともデバイスと同様、あちこち弄ってもまるで動かなかったが、それでも筧は
内心思わぬ収穫だとも思っていた。
 先の──これまで飛鳥崎で発生している幾つもの怪事件。
 筧はその核心に、このリアナイザと呼ばれるツールが関係しているのではないかと睨み始
めていた。自身IT技術は専門外だが、ならばその製造・販売元であるH&D社について調
べれば何か分かる筈──そう思ってこの日一日ポートランドを歩き回っていたのである。
 そこで偶然見つけたのが、この少年。それも件のリアナイザを持ったままの。
 これを逃がす手はないと思った。だからこそ、自身の打算を棚に置いてもこうして部屋に
連れ帰り、一連の謎の手掛かりを探るつもりだったのだ。
「怪我もしてますし、柄の悪い連中にでも絡まれたんですかね?」
「ポートランドでか? あそこはそもそも、学者やら技術者でもなきゃ先ず行こうなんて思
わない場所だぞ?」
 うーむ……。返された言葉に由良が唸った。
 それでも兵さんは居たんじゃないですかとややあって反論されたが、独自捜査だよと筧は
これをかわしてしらばっくれた。
 場所だけじゃない。
 問題なのは、気になるのは、ただふらっと訪れただけとは思えないその所持品にある。
「ま、こいつが目を覚ましたらその辺も分かるさ。たっぷりと、話を聞くつもりだよ」
 とりあえず顔写真だけは撮っておいたので、黙秘されても足で何とか稼げるだろう。
 筧は一度深くため息をつき、未だ眠っているこの睦月(しょうねん)を見遣る。

『──……』
 夜が更けていく。ネオン煌く街の奥底に潜むかのように、幾つもの眼が不気味に光を宿し
て蠢いていた。
 人ならざる越境種達(かれら)を率いるのは、黒衣の、眼鏡を掛けた男。
 生産プラント郊外にて、睦月とパンドラを追い詰めたあの四人の内の一人である。
『──ごめんね。睦月に新しいラボを見せてあげてたら遅くなっちゃった。今日はこのまま
こっちで泊まっていくわ』
『はい。了解です』
『りょーかい。親子水入らず、楽しんでくださいね♪』
 そんな蠢く影などつゆも知らず、通信アプリ上で海沙と宙は香月からそうメッセージを受
け取っていた。
 彼女らが電脳の怪物と戦っているなど考えもせず、ただ文面だけで届いたその言葉に一切
の疑いを持たず、朗らかな応答を返していく。そんな当の本人が今、険しい目付きでPCに
張り付き続けているなど、二人は知る由もない。

「……しかし、良かったんですかね?」
「うん?」
 暫しぼうっと看病の横で佇んでいた筧と由良。
 すると思い出したようにフッと、由良が彼に向いて口を開いた。苦笑い。既に言い逃れな
ど出来ようものではないと理解はしているが、言っておきたくなる。
「溺れてたこの子を助けた。事情は分かりましたけど、家に連れて帰るよりも先ずは救急車
を呼ぶべきだったんじゃないですか?」
「降って湧いた手掛かりだぞ、他人に任せてられるか。明日には連れてくさ。それに……」
「それに?」
 たっぷりと一呼吸。
 筧は静かにスッと目を細めて、言う。
「……このヤマはもう、常識(ふつう)の枠ン中でやろうとしても駄目な気がするしな」


 睦月の目を覚ましたのは、翌朝部屋に差し込んできた日の光だった。
「んっ……」
 瞼の裏を通し越してやって来る刺激。
 手で庇を作る思考もなく、ただゆっくりと眩しさに眉を顰めながら目を開いた睦月は、そ
の古びた天井が見覚えのないものだと気付く。
(……。此処は……?)
 ぼうっとした全身の感覚と思考。
 そして少しずつ睦月は、今自分の置かれている状況を思い出していく。
「──ッ!」
 そうだ。自分はあの時アウター達にやられたんだ。
 H&D社の生産プラントに潜入して、だけどそこに運悪く居合わせてしまった強力な──
おそらく幹部クラスのアウターに襲われ、一度は辛くも脱出しながら追いつかれた。更に援
軍まで連れられて、気付いた時には攻撃を雨霰と受けて水の中に落ちたのだ。
 加えて……睦月ははたとその枕元に自身のデバイスとEXリアナイザ、インカムが一纏め
にして置かれている事にも気付く。
 拙い。気付かれた……?!
 見た感じ、ここは普通のアパートの一室のようだが、だからこそ無関係な人を巻き込む訳
にはいかなかった。
 丁寧に身体のあちこちに巻かれた包帯。皮膚に感じる赤チンの沁み。
 おそらくこの部屋の主は何処かで自分を見つけ、親切にも助けてくれたのだと思われる。
 でも、だからこそ、あまり長居をしてはいけないと思った。
 現状を確認しよう。
 急ぎ、この場所から──。
「んぅ……? おう。目ぇ覚めたか」
 だがしかし、ちょうどそんな時だった。睦月が慌てて辺りを見渡し、動き出そうとしたそ
の物音に気付き、少し遠めから一人の男性の声がする。
 筧だった。どうやら昨夜はソファで眠ったらしい。
 着崩したワイシャツとばさついた髪、まだ少し眠気の残る眼でこちらを見遣りながら、彼
は其処からのそっと起き上がって近付いて来る。
「……っ!? ま──あぐッ!?」
「おいおい、無茶すんな。あんなに傷だらけだったんだ。そんなにビビるなよ。何も取って
食いやしねえから」
「……」
 だから睦月は慌てて逃げようとした。しかし戦いで受けたダメージは確実にその身体を蝕
んでおり、すぐに奔った痛みで動けなくなる。
 筧は苦笑いし、そう宥めるように話し掛けていた。
 片目を痛みを堪えて瞑りながら、睦月は暫しじっとこれを見返し、黙る。
「昨日は大変だったんだぜ? 何となく水路の方を見たら、お前さんが半分水に浸かって倒
れてやがる。病院より近いから……こうして家まで連れて来たんだ。驚かせて悪かったな」
「い、いえ……。その……ありがとう、ございました」
「礼には及ばねぇよ。当然の事をしたまでだ。俺は筧兵悟。それで? お前さんは一体何処
の誰だ? 何であんな所で、ぶっ倒れてた?」
「……」
 言われ慣れているのか、この筧と名乗る中年男性は何の気なしにそう嗤っていた。だが次
の瞬間、語ったそれまでの経緯から当然抱いたと思われる疑問に、睦月は口を噤まざるを得
なかったのである。
「やっぱ、言いたくはねぇ、か……」
 それでも予想はしていたかのように。ふぅと小さく息を吐いて一言。
 筧はこちらに屈んでいた身体を起こし、そっと踵を返した。その動作の中で、彼はちらっ
と枕元に置かれているこのデバイスや白いリアナイザ、インカムに目を遣っている。
「ま、いいがよ。でも……素人が危ねぇ事に首突っ込むんじゃねぇぞ? おっちゃんからの
アドバイスだ」
 気になる。問い詰めたい。
 だがそれを彼は大人として、ぐっと堪え含んだように思えた。睦月は代わりに放たれたそ
んな言葉にも返す台詞が見当たらず、ただじっと小さく唇を噛んで押し黙っている。
「……。とりあえず、飯食うか? 昨夜から何も食ってねぇだろ」

 それから暫くして、二人はテーブルを挟んで朝食を摂り始めた。
 とはいえ、そう大層なものではない。少々焼き過ぎたトーストに固まり切っていない玉子
焼きと、炙った市販のベーコンを乗せただけの漢の料理である。
 もしゃ。それでも疲労と空腹の身体には充分だった。暫く睦月は黙々と、この見知らぬ恩
人が作ってくれた食事を腹の中に送り込む。
「……あの。筧さんは、この部屋にはお一人で?」
「ああ。今は一人だ。昔は嫁さんと娘もいたんだがな。出て行っちまった」
「えっ? あ。す、すみません」
「気にするな。殆ど俺の所為みたいなもんだしな。昔っから仕事ばっかりで全然あいつらに
構ってやれなかった」
 思わず謝りつつも、そっと上目遣いで様子を窺う。
 その実は彼以外にも、自分やパンドラの事を知った者がいないかを確かめる為だった。
 だがその遠回しに放った質問は、この親切な小父さんの過去(ふるきず)を抉る類であっ
たらしい。フッと哂い、もしゃもしゃとトーストを齧りながら、彼は何処か遠い風景を眺め
ているように思えた。
「お仕事は……何をなさっているんですか?」
「んー。他人のトラブルに割って入る仕事、かな」
 しかし一方的に質問してくる睦月に、若干警戒し始めたのだろう。筧はそう返答をぼかし
つつ、ついっと抜け目ない射抜くような鋭い眼差しを向けた。
 トラブルに、割って入る……。探偵さんかな?
 睦月はぼやっと想像しつつ、されど目の前の眼光に思わずごくりと息を呑む。こういうの
は皆人(とも)の仕事なのだが、もし当たらずといえども遠からずなら益々宜しくない状況
ではある。
(……だけど、年上の男の人とご飯を食べるなんて凄い久しぶりだな。見た感じ冴島さんよ
りも一回り二回りは上だし、僕に父さんがいればこんな感じだったんだろうか……)
 そんな中、ふと過ぎった情景。
 何だか気恥ずかしくなった。口の中のトーストを慌てて飲み込み、生温かいコーヒー牛乳
に手をつけて流し込む。
「そういや、怪我はどうだ? 食って落ち着いたら一回病院に連れてってやろうと思うが」
「あ、いえ……お構いなく。それに筧さんもお仕事があるでしょうし」
「今日は日曜だろ。確かに休日平日なんざ関係ねぇがよ。信頼できる後輩にフォローは頼ん
である。昨夜お前の手当をしてくれたのもそいつだ。……それに、俺は元々干されてるよう
なモンだからな。奴らは奴らで俺なしでも回してるさ」
 だから、また話を本筋に戻されかけて睦月は慌てた。親切心なのか、追求心なのか。少な
くともそんな公的な場所を一緒に利用しようとすれば身元などすぐにバレてしまう。
 代わりに睦月は問い返して話題を逸らそうとした。されどすぐに小さく笑われ、身構えの
外からもう一人の関わったらしい人物が出てきてしまう。自嘲。連なって語った彼の面持ち
からは、何処か諦めと、それでも捨て切れない矜持──のようなものが感じられる。
(後輩さん……俺なしでも回す……。探偵さんじゃないのか? 弁護士さん? どこか事務
所に所属してる人なのかな? どちらにしても、ちょっと強面だけど……)
 睦月は内心、悩み始めていた。
 自分を助けてくれた、ここまで親切にしてくれた人に、あまりだんまりを続けてしまうの
は不義理なように思えてきたからだ。
 とはいえ、話す訳にはいかない。守護騎士(ヴァンガード)の情報は秘匿されなければな
らない。自分がそうだと名乗る訳にはいかない。
 さっき枕元を見遣った時、パンドラ──デバイスやEXリアナイザは電源が落ち、沈黙し
ていた。
 ……せめて、この人が席を外してくれれば。
 少なくともあれから一晩は経っている事になる。そうすれば、何とか皆人達にも連絡を取
る事ができるかもしれないのだが……。
「──む?」
 ちょうどそんな時だった。ふと筧の懐からバイブレーションだけの着信音が鳴り出し、彼
がデバイスを取り出して電話に出始めたのだ。
「どうした? ああ、ああ……まただと? 分かった。すぐ行くから持ちこたえろ」
 彼は咄嗟に自分からデバイスを離して応答していたようだったが、睦月は半ば反射的にこ
の通話の内容に耳を澄ませていた。
『大変な事になりました。またテロです! 進坊(しんぼう)の商店街! 今他の警官達と
一緒なんですが、あいつら滅茶苦茶です。防ぎ切れません! 急ぎ、応援を──』
 ガタッ。通話を切り、筧は洗い物もそこそこに褪黒のスーツを羽織ると身支度を始めた。
ぐいっと残りのコーヒー牛乳を飲み干し、睦月に振り向くと告げる。
「悪い、急用が入った。俺は出掛けてくるけど、安静にしてろよ……?」
 そのままバタバタとアパートを後にしていった筧。カチリと外から鍵が閉まった音が嫌に
耳に響いたが、程なくして睦月はこの好機を逃す手はないと思い直した。テーブルから布団
の方に戻り、枕元に置いたままになっていたデバイスを手に取る。
「パンドラ! パンドラ! 聞こえる? 僕だよ、睦月だよ。起きて! ……。やっぱり壊
れちゃったんだろうか……」
 真っ黒な画面。睦月は呼び掛けたが、半分諦めかけていた。
 しかしである。その直後、ふいっとひとりでにデバイスの電源が入った。起動画面のアニ
メーションが流れ、待ち受けのメイン画面から銀髪のおさげと金属の六翼を持った電脳の少
女が姿を現す。
 睦月は目を丸くした。よく分からないが、自分の声に反応するようになっているのか。
 やがてパンドラはそっとその閉じていた瞳を開き、ぱちくりと数秒、ぼうっと虚ろな目を
見せた後、応える。
『……あっ、マスター! ええっと、私達どうなったんですっけ? ……映像ログを確認。
ああ、そうです。確か脱出途中に強力なアウター達に襲われて……』
「うん。それから大分流されて、親切なおじさんに助けられたんだ。今さっき急用で出て行
っちゃったけど……。それよりパンドラ、大丈夫なの? さっきまで全然反応しなかったし
水路に落ちてリアナイザから何からずぶ濡れになっちゃった筈だけど……」
『ああ、その点ならご安心を。EXリアナイザは戦いに備えて衝撃にも水にもとことん強く
作られていますから。デバイスがその中に挿入されたままなら平気です。さっきまで電源が
落ちていたのは──緊急ロックが働いていたからですね。奴らにボコボコにされて、対アウ
ター用装甲がダメージ限界を突破したのでしょう』
「ええと……? とりあえず無事そうでよかったよ。パンドラ、とにかく一度皆人達に連絡
しよう。きっと心配してる」
 そしてそう、幾つかやり取りを交わし、睦月はパンドラに司令室(コンソール)へコール
するよう頼んだ。了解です。彼女が電話帳からその番号を指定し、数回呼び出し音が鳴る。
『──睦月!? 睦月なのか? 大丈夫か、今何処にいる!?』
「あ、皆人。うん、僕達なら何とか。親切な人が助けてくれたみたい。……ごめんね、心配
掛けて」
『いや……お前が無事だったなら何だっていい。すぐにそちらの位置を確認する』
『睦月? 睦月? 大丈夫なのね? 怪我はどのくらい? 動ける? 嗚呼、良かった……
本当に良かった……』
「ごめんね。母さんも。その親切な人に手当もして貰ってる。まだあちこち痛むけど、もう
命に別状はないよ」
『そう、そうなの? 嗚呼、良かった。一時はどうなる事かと……』
『……申し訳ありません、睦月さん。貴方を助け切れず』
『私達からも謝らせてくれ。危険を承知とはいえ、君にはあまりに無茶をさせ過ぎた』
「いいんですよ、もう済んだ事です。お気を病まないでください。それよりも、そっちで確
かめて欲しい事があるんです。さっき、僕を助けてくれたおじさんが電話で、またテロが起
きてるから応援に来てくれって言われてて……」
『!? 分かった。すぐに調べる』
 続いて國子らリアナイザ隊と、皆継からの謝罪。
 しかし睦月は彼女を責め立てようなどとは思わなかった。そんな暇だってなかった。早速
筧が先刻電話で話していた断片を伝え、照会を頼んだ。もしかして……。睦月には既にある
種の予感があったのだ。
『──ああ。ビンゴだ、睦月』
 そして程なくして、デバイス越しに皆人が応答する。
『少し前だ。街でアウターらしき者達が暴れ始めた』

「出て来いよォ、守護騎士(ヴァンガード)ォーッ!!」
 皆人曰く、アウターが現れたのは街の南西、進坊町の商店街。
 逃げ惑う人々の中、更に厄介なのはその者が名指しで睦月を呼んでいることだという。
『待つんだ睦月。これは敵の罠だぞ!』
『そうよ! それに、万全じゃない状態の貴方をこれ以上戦わせられないわ』
 その報を聞き、睦月は身体を引き摺ってでも現場に向かおうとした。当然その無茶を通信
越しの皆人や香月は止めようとする。
「だからって……じゃあ他に誰が戦うっていうのさ? それでも行く。僕が戦う。こうして
いる間にも、関係のない人達が傷付いてるんだ」
 しかし睦月は聞かなかった。既にEXリアナイザや、水没で壊れてしまったインカムを手
に取り、アパートの扉の前で靴を穿き始めている。
『睦月……』
 実際問題、アウター対策チームに十分な兵力は残っていなかった。先日のH&D社への潜
入で、実働部門であるリアナイザ隊は半壊に近い大打撃を受けたのだから。
『……分かった。だが無理はするな。そちらにまだ動ける隊員達を送る。人々の救助は任せ
てくれ。……やってくれるか?』
「勿論!」
 ガチャリ。
 アパートの扉を開け、睦月はデバイスを片手に街へと踏み出す。

「おいおい、何て手応えのねぇ奴らだ。これじゃあ本番前の肩慣らしにもなりゃしねぇ!」
 時を前後して、進坊町の商店街。
 本来休日で賑わっていた筈のこの小奇麗な通りは、突如現れたアウターによって見るも無
惨な破壊と殺傷の現場となってしまった。
 ギラリ。その巨大な刃に映るのは、切り刻まれた家屋やアスファルトの地面、ぐったりと
倒れ怪我を負った人々。そして応戦虚しく敗れた警官達。
 両手が長大な鉈のようになったアウターだった。
 切り裂き魔(リッパー)とも言えばいいだろうか。彼は呵々とその力を余す事なく示し、
気を失った通行人の一人を手荒く蹴飛ばしてうろうろと歩いていた。
「……全く、粗野な奴だ。我々は然るべき時までは公に顔を出すべきではないというのに」
 更に、そんなリッパーの横でもう一人のアウターが嘆息気味にごちている。
 一見紳士的な、しかし明らかに異形の姿。触手と網目のついた茶褐色の覆面をし、その四
肢には無数の“節”がある。
 百足を髣髴とさせるアウターだった。センチピードと言った所か。
 彼はぐるりと、リッパーが暴れ回った周囲の惨状を、しかし怒る事もなく淡々と見渡して
いる。その中で辛うじて意識のあった警官が、ボロボロに倒れ伏したまま拳銃を放とうとし
ていたが、センチピードはこれを目敏く見つけると一瞬で伸びたその右腕、拳を叩き込んで
気絶させる。
 元に縮む時も高速で。
 見上げた空は、地上の惨状を知ってや知らずか灰色ががり始めている。
「然るべき、ねえ。でも奴を捜せと言ってきたのは“蝕卓(うえ)”の連中だぜ? なら多
少暴れてもいいじゃねえか。それにちんたら捜してたら、あいつらに一回やられたっていう
怪我も治っちまう」
「ふむ……」
 リッパーの反論に、センピチードはすぐには応じず口元に手を当て押し黙っていた。
 しかしそれは彼の意見に追従するものではなさそうだ。ちらちらと、この間にも反撃や新
たな動きが無いかを警戒しているような。元より彼はこの同胞の大胆過ぎるおびき寄せ作戦
に、苦言を呈して引っ込めさせる為に顔を出したのだから。
「……だが肝心の守護騎士(ヴァンガード)は姿を現さないようだが? そもそも負傷中の
敵がのこのこやって来るものかね」
「ごちゃごちゃ五月蝿ぇなあ。来て貰わなきゃ困るんだよ。万全だろうがなかろうが、奴を
ぶっ倒せば俺が“あの席”に着けるかもしれねぇんだ!」
 指摘と、開き直り。
 やれやれ……。センチピードはこの同胞(リッパー)の血の気の多さに呆れていた。自分
達は人の闇に生きる者。もっと賢く、暗躍してこそであろうに。
「──見つけたぞ! アウター!!」
 だが程なくして、この作戦は成功したのである。
 ざりっと駆けて来た一人の手負いの少年。その見開かれた両の瞳にはめらめらと燃えるよ
うな闘志が宿り、その右手にはメタリックな──銀を弾く特殊なリアナイザがある。
「お? ほら、来たじゃんか。わざわざ俺達にぶっ殺されによう」
「所詮は結果論だ。しかしふむ……正体はほんの少年であったか」
 意気揚々、冷々淡々。
 両手の大鉈、ぐわんと伸び始めた両腕。
 身構えるこの二体のアウターと相対して、睦月はリアナイザのホログラムを呼び出した。
画面の中でパンドラが「ファイト、オーッ!」と鼓舞する中、周りで倒れ伏した人々を横目
にその義憤は更に火をくべ、彼を再び守護騎士(ヴァンガード)へと変身させる。
『TRACE』『READY』
「変身ッ!」
『OPERATE THE PANDORA』
 デジタル記号の輪と白い光球が睦月を囲み、飛びつき、彼を白亜の鎧姿に変えた。そのま
ま雄叫びを上げながら突っ込んでくる彼に、リッパーとセンチピードの二人は前衛後衛に分
かれて迎撃する。
 リッパーはその両腕の鉈と、目にも留まらぬ速さで睦月を撹乱し、すれ違いざまに何度も
何度も斬り付けた。装甲に火花が散る。シュート? スラッシュ? 判断に迷うその間にも
強襲は繰り返され、睦月は殆ど何もできないままふらふらになる。
 更にその後方からセンチピードが追い討ちを掛けた。伸ばした多節の両腕を鞭のようにし
ならせ、右から左からと睦月を散々に打ちつけていく。
「ぐっ……、がぁッ……!!」
『ま、マスター! や、やっぱり無茶だったんだぁ~……!』
「おいおい……。やけに弱ぇじゃねえか。これが俺達の“敵”だって?」
「彼らによって負傷したと言ったろう。おそらく満足には戦えまい。一気に叩き潰すぞ」
 大きくふらつき、吹き飛ばされた身体。アウター達の声と、すぐ傍で半泣きになっている
パンドラの声。
 睦月はそれでも、持ちうる力を振り絞って立ち上がった。
 すぐ傍には、周囲には、不幸にもこの商店街を通り掛かって巻き込まれてしまった人々や
果敢に立ち向かったと思しき警官達が倒れている。
「……」
 負ける訳にはいかない。戦えるのは自分だけなんだ。
 飛鳥崎を、大切な人達を傷付けるあいつらを、僕が……。
「ヒャッハー! これで終いだ、死ねぇッ!!」
 そして次の瞬間、リッパーが両手にエネルギーを滾らせ、一対の飛ぶ斬撃を放つ。
 ゆっくりと持ち上がった右手のリアナイザ。
 迫る破壊の光量に、倒れた警官達の横顔が──。
「よーし、命中! これで俺も“蝕卓(ファミリー)”の一員、に……?」
 爆音。だがこれで仕留めたと確信した筈のリッパーとセンチピードの目に、次の瞬間あり
得ない光景が映っていた。
 攻撃は確かに直撃した。
 なのにあいつは、守護騎士(ヴァンガード)は、左手をかざした格好のまま立っている。
「……助かったよ。これで僕は、もう少し全力で戦える」
 よくよく目を凝らして見てみれば、その左手には何やら腕輪型の装備が追加されていた。
 バチバチッ。先程のリッパーの斬撃と思しきエネルギーの残滓が、その腕輪を中心に小さ
な電流を生みながら音を立てている。
 ぽかんと当のリッパーはまだ理解していないようだった。代わりにセンチピードが、ふと
ある推測にぶち当たって半ば絶望したかのような面持ちになる。
「まさか……」
『そう。そのまさか。この栗鼠(スクエル)の武装は、相手の攻撃をエネルギーに変換する
帯電(チャージ)の能力。そっちの鉈男さんの撃って来た攻撃、全部マスターの回復に充て
させて貰いました』
 そんな……。センチピードが、その攻撃を放ってしまったリッパーが、それぞれ気持ち後
退ってざりっと瓦礫と斬痕の石畳を鳴らした。ふふんとパンドラがホログラムの中で慎まし
やかな胸を張り、そっと睦月はその俯きがちだった顔を上げる。
「……ここからが、本番だ!」
「くっ──!」
 焦り、今度は先にセンチピードの鞭の腕が襲い掛かる。
 だが全身の傷から解放された睦月の、守護騎士(ヴァンガード)の反応速度の前には、そ
の程度の攻撃など容易いものだった。大きくうねるこの二本の隙間を身を捩って掻い潜り、
途中でナックルモードの光球を楯代わりにしていなし、懐の空いたこのアウターへと迫る。
「にゃろう!」
 そこに、中空に跳び上がったリッパーが割って入るように襲い掛かった。両手と一体化し
た一対の鉈を、落下の勢いともども振り下ろしてこれを切り裂こうとする。
『邪魔──』
「だあ!」
 しかし睦月はこれもあっさりと捌いてみせた。頭上から攻撃してくるのを先んじて把握し
た上でセンチピードの腕を踏み台にし、中空からリッパーを、地上のセンチピードもろとも
渾身の一発で殴り付けて地面に大きな陥没を刻んだのだ。
 ぐほっ……!? 片方の鉈がひび割れ、センチピードが金色の血を吐き出してアスファル
トの上を大きく跳ねる。
 二人は少なからぬダメージを受け、地面の上に転がっていた。だが大きく肩で息をしなが
ら起き上がろうとするその合間を逃さず、睦月は更に駄目押しの一手を加える。
『ARMS』
『MAGNET THE GOAT』
 引き金をひき、銃口から射出された黄色の光球は旋回しながら睦月の左手に吸い込まれ、
大きな凹の字型の拳具となった。
 いや……ただ殴る為の武器ではない。その凹の字全体は分厚く重厚な磁石となっていた。
 次の瞬間、この武装はリッパーの鉈の手やセンチピードの金属質な腕の節目をその磁力で
掌握。彼らを背後の鉄製のゲートに張り付けると、身動きを封じたのだ。
「ぬぅッ!?」
「か、身体が……動か──」
 そしてこの武装を消し、睦月はその面貌のランプ眼を光らせた。再びホログラム画面から
武装を選択し、更に必殺の一撃の為のコールも加え、この戦いに終止符を打つ。
『ARMS』
『EDGE THE LIZARD』
『LIGHTNING THE MOUSE』
「……スラッシュ。チャージ」
『PUT ON THE HOLDER』
 光球から落ちたモザイク。左手には曲刀(シミター)と、両脚の裏にはあの電流迸る鉄板
状の靴底。
 更に右手のEXリアナイザを、睦月は腰のホルダーに装填した。装甲を、身体中をエネル
ギーの奔流が駆け巡り、アウター達が必死にもがく中、やがてその力は完了音と共に最高潮
を迎える。
「ふっ──!」
 電流を纏い、猛然と駆け出したその身体。両手には光溢れる曲刀と、剣撃モードに変わっ
たリアナイザの刃状のエネルギー。
「せいやぁァァーッ!!」
 次の瞬間、睦月はリッパーとアウターをすれ違いざまに切り裂いていた。彼らをその与え
られた磁力でもって繋ぎ止めていたゲートも一緒に横真っ二つにされ、この襲撃騒ぎを起こ
した二体のアウターはひび割れながら、断末魔の叫び声を上げながら爆発四散する。
「……。ふぅ」
 バチッ。まだ電流が身体に残る中、睦月は大きく過滑走した末に止まった。
 駆け出した地点からここまで、まっすぐに焼け焦げた一対の轍の跡。その途中に今斬った
商店街の「ようこそ」のゲートが大きな瓦礫となってゴゥンゴゥンと倒れ込んでいる。
「……ちょっとやり過ぎたかな?」
『かも、しれませんねえ。でもまぁ、あいつらのやらかした規模に比べれば大人しいモンで
すよ。結果オーライ結果オーライ』
 そんな相棒(パンドラ)の言葉に、守護騎士(ヴァンガード)姿のまま睦月は苦笑する。
(──あれ、は……?)
 瓦礫と黒煙燻る惨劇の現場。
 そこに混じり、後輩の求めに応じて駆けつけたものの、力及ばず倒れていた筧がぼやっと
沈みゆく意識の中でこちらを見ていたことを、この時睦月は知らずに。


「じゃあ、行って来ます」
 週明けの明朝。香月は睦月と海沙、宙、青野・天ヶ洲両家の面々に見送られて再びラボへ
と戻ろうとしていた。
 コロコロと引いていく手荷物の詰まったキャリーバッグ。静かに微笑み、海沙達が手を振
ってくれるのを優しく肩越しに見遣っている。
 ……尤も、再び向かうその場所とはすぐ近所の、地下司令室(コンソール)の一角に増築
された彼女ら研究部門の詰め所なのだが。
「行ってらっしゃいです。……また寂しくなるなぁ」
「何言ってんのさ。一昨日だってVERSE(=バース。昨今普及している通信アプリ)で
話したじゃん。繋がる事ならいつだって出来るよ」
 ちょっとしんみりした海沙(しんゆう)の肩を、宙がそうがしりと取って嗤い、慰めてや
っている。
 睦月はそれをちらと横目にしながら、皆と一緒に母を見送っていた。彼ら三人はこれから
一・二時間もすればに学園に登校するため、既に制服姿である。
「……」
 幼馴染(かのじょ)達は知らない。この週末、自分達が激しい戦いの最中にいた事を。
 小父さん達(かれら)は知らない。この週末、自分が一時再起不能の重症だった事を。

『──睦月ッ! 睦月、睦月、睦月!』
 リッパー・センチピード両アウターの討伐を終え、司令室(コンソール)に帰還した時、
真っ先に自分の名を呼び抱きついてきたのは、他ならぬボロボロと涙を流す母だった。
『……ごめん。心配を掛けて……』
 内心、正直を言えば気恥ずかしかったが、それだけ心配させてしまった結果なのだと特に
抵抗する事もなくその感触を受け入れた。気付けば背丈は同じくらいになり、包まれたその
温もりが身体全体に届かないことに月日の流れ──遠くに来たという時間を感じる。母の腕
越しに見た皆人たち司令室(コンソール)の仲間達の中には、ほろほろと感銘と安堵の入り
混じった雫を目に蓄えていた者もいた。
 ……だがしかし、当の睦月はその瞬間、静かに峻烈に己を罰していた。
 思ってしまったからだ。
 こんなにも自分を心配してくれる人達がいる。こんなにも、自分の為に涙を流してくれる
人達がいる。
 自覚してしまったのだ。母や友人達に迷惑を掛けた罪悪感。だがそれよりも大きく、たと
え己が戦い傷付いても、彼らに必要とされた事を喜んでしまった自分がいる──。その事実
が自身の宿す醜悪さを意識させ、ただこの一時ですら全力で慰められてはならぬと自罰する
原動力となったのだ。

『でも……素人が危ねぇ事に首突っ込むんじゃねぇぞ? おっちゃんからのアドバイスだ』

 守護騎士(ヴァンガード)。飛鳥崎を守る正義の味方。……本当にそうなのだろうか?
 自分はもっと、“悪”ではないのか──。

 そうしてじっと気持ち俯き加減で佇んでいると、やがて香月(はは)の姿は路地の向こう
に消えて見えなくなった。海沙や宙達も、そこまできてようやく振っていた手を止め、寂し
くも心晴れやかな面持ちで振り向き、互いをニコニコと微笑みながら見合っている。
「よし。香月さんも見送ったし、これで一安心だな。どうだい? 折角だから今日は皆家で
食っていかないか?」
「あら? いいんですか?」
「ええ、勿論。普段はうちの子が、海沙ちゃんや睦月君にお世話になってばかりだもの」
「……なら、お言葉に甘えようか」
「はいは~い。それでは四名様ご案内~」
「ふふ。……もう少し遅く出るのなら、おばさまも一緒だったんだけど……」
 それとなく母に当てこすられた当の宙が、そうおどけてみせながら皆を自宅兼店舗内へと
案内し始めた。
 ぞろぞろ。まだ朝靄が辺りに漂っている中、海沙や定之の後ろをついていく形で睦月は言
葉少なく、未だあの時の光景が脳裏のキャンバスからこびり付いて離れない。

「──結局、また奴によって同胞達が倒されてしまった、か……」
「ちっ。せめてあの面の下が分かってりゃあ、こう手こずる事も無かったんだが」
「おそらくは仲間が私達よりも先に回収したんでしょうね。そうでなきゃあんなボロボロの
状態で逃げ切るなんて不可能だもの」
「……。またあの旨い弾、食いたいなァ……」
 一方そんな頃、薄暗いとある一室に件のアウター達が集まり、ごちていた。ゴゥンゴゥン
と背後では巨大なサーバー機が電源を点して駆動し、この場の僅かな明かりとなって彼らの
影を映している。
「まぁ、今回は正式な宣戦布告といった感じだろうね。逃がしたのは残念だけど、これで僕
らの敵は組織的な者達だと考えていい。そうなると、ある程度の目星くらいはつく」
 すると円卓の周りで思い思い座り、立つ六人に向かい、薄い金髪の白衣の男はそう一段上
のサーバー区画の手すりから気持ち身を乗り出して口を開いた。
 黒衣の眼鏡男がそっと、ブリッジに指をやって瞳の奥を光らせている。荒くれの男はふん
すと仁王立ちして鼻息を鳴らし、それまでじっと黙っていた黒スーツの青年は壁に背を預け
たまま、ちらりと彼らを見遣るだけだ。
「守護騎士(ヴァンガード)。しかしまぁ、その排除は追々実行するとして……」
 にたり。白衣の男は更に続けた。暗がりに溶けるように、残り六人の視線が一斉にこの怪
しき人物へと集中する。
「──そろそろ揃えたい所だね。最後の、席(ひとり)を」
 吐息と共に。やがて彼はそう確かに漏らした。
 然り。
 そして闇に紛れるこの六人も、その呟きに対し、総じて静かに首肯するのであった。
                                  -Episode END-

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  1. 2015/10/22(木) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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