日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「往き場」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:墓場、昼、時流】


 その瞬間、頭の中の世界は吹き飛んだ。
 月並みな表現かもしれないが、どれだけイメージを捏ね回してみたって、自分達は圧倒的
な現実(リアル)には勝てないんだなと痛感する。

 街に一人移り住んでから、もうそろそろ十年近くが経つ。
 結局定職にも留まれず、色んな仕事を点々とした俺の行き着いた先は、特殊清掃業──名
は仰々しいが、要するに死人とその現場の後片付けを担う者達だった。
 全く知らない訳ではなかった。だけれど普通よりも日当が良いという、ただその一点だけ
で連絡し、人手が足りないからという身も蓋もない事情だけで採用が決まった。何日かの研
修を済ませた後、向こう三ヶ月は試用期間となる。
「──うっぷ……!?」
 吐きそうになった。
 いよいよ現場へ一員として駆り出されたその日、俺は五感に飛び込んできたその情報全て
に全身が抉られるような心地がした。
 もう死体は無い。警察が回収を済ませた後なのだろう。
 だが腐敗の進みゆく肉塊(こじん)が遺した諸々の脂は、確実にベッドの上に人型と思し
き痕跡を残している。
 散乱し、放置されたままの生活の跡。
 未だ室内に閉じ込められた正体不明の悪臭。
 こんな環境で無反応でいろという方がおかしいのである。なのに、今回の作業に同行した
先輩達は自分のように腹を抱えるでもなく、言葉少なげにげしげしと中へと上がっていく。
「……ま、慣れろっていう方が酷だわな」
「お前、今回が初めてなんだったな。なら今日は俺達のサポートをメインに回ってくれ。見
て覚えろ」
 全身をくまなく包む白い防護服、分厚いゴーグル越しに先輩達が通り過ぎながら言った。
 死んでいる。そう思った。だけど多分、そうでもしなければこんな仕事は続けられないの
だろうと知識の方だけで理解した心算でいた。
 黄色に青。大きめの箱の中へ、先輩達が慣れた手付きで部屋の中の諸々を回収し、室内を
片付けていく。確か黄色は捨てるもの、青は持ち帰るものだと憶している。故人が生前使っ
ていたような一品物はこちらの判断で廃棄してしまう訳にはいかない。遺族と、現場の管理
者と相談し、その後の処理を別途決めていく形だ。
 俺はこれら箱の取っ手を握り、先輩達の後ろをてくてくと歩き待って、時間を過ごした。
 一体どれくらい時間が流れているのだろう? そんな平時の体感すら順調に狂っていく。
ぼた、ぼた。血や脂が纏わりついたゴミは右手の黄色の箱に、そうではなく明らかにゴミと
は言い切れなさそうなものは、先輩達が少しためつすがめつしてから左手の青い箱に投げ込
まれていく。そして大よそ取り除けた傍から、別のメンバーが丁寧にモップ掛けをする。
「……」
 何て暗いんだろう。
 物理的なことではない。何というか、気分的な暗さだ。
 部屋の中には静かに昼下がりの日差しが差し込んで来ている。日に照らされた一条の視界
の中に可視化された埃が舞って、ゆっくりと漂っている。蒙とありとあらゆる不潔がこの一
室に凝縮されているような心地さえした。ぼた、ぼた。がしゃん。左右の手に伝わる、ゴミ
が放り込まれる衝撃に身体が鈍い悲鳴を上げつつ、俺はぼうっと考える。
 詳しい話はあまり聞かされない。要らぬ情報を取り込み、気持ちが引っ張られてしまえば
たとえ先輩達でも精神が満足のまま戻って来れなくなるのかもしれない。
 孤独死らしい。それだけは事前に聞いた。大体、ここに案内してくれた神経質そうな大家
自身が頼んでもいないのにそう恨み節を吐きつけてきたのだから。
 周りを見渡しても、PCやコンポといったハイテク機器は殆どと言っていいほど無い。
 代わりに存在感を放つのは、もう何世代も前のテレビだ。後は周りに、着ては脱いでを繰
り返して積み上げられたらしい服や、小さなシンクの中でギチギチに詰まった汚れた食器達
が在る。
 どんな人だったのだろう? 散らかっている服や雑誌の種類などからして、男性であった
のはほぼ間違いないようだが。
 この人はこの部屋でどれだけの時間を過ごして、一体どんな想いでどんな最期を迎えたの
だろう? 何故そんな終わり方でなければならなかったのだろう?
「おい。黄色満タンになりかけてるぞ。換えて来い」
「あ、はい……」
 言われてハッと気付く。見れば確かに右手の箱は汚れた、何かも良く分からないもの達で
溢れそうになっていた。一旦青い箱をその場に置き、これを両手で抱えて取り急ぎ部屋の外
へと持っていく。
 部屋の外、アパートの廊下には既にうちの作業員達が敷いたビニールシートが他の部屋と
そこに隣接する空間を隔てている。
 俺は同じく箱にシートを被せ、階下の車で待機していた先輩達にこの満タンの箱を託す。
黄色い、色んな死に染まったそれはすぐに密閉型の──ごみ収集車のようなトラックの中に
放り込まれ、彼らからさっさと作業に戻れと促される。俺はぎこちなく会釈し、再び階段を
上がってあの部屋に戻って行った。
「換えて来ました」
「おう。そこ置いといてくれや」
 廊下に積み上げてある黄色の空箱を一つ取り、作業する先輩達のすぐ後ろに設置する。
 防護服姿の先輩達は、黙々と作業を進めていた。
 真っ白なその外観がどんどん汚れている。赤に黒、茶色にくすんだ黄色……この小さな部
屋にこれほどこびり付く色があるのかと思うと、また吐き気が上って来そうになった。
「今西。こっちも頼む」
「は、はい……」
 だから回収箱を取り替える為に外に出る時が、束の間のインターバルであり、しかし気休
め程度の回復だった。
 今度は青い箱。同じように二台目の、青い箱用のトラックに満タンになったこれを託し、
また階段を登って新しい箱と共に部屋の中に戻る。
 本当、キツい仕事だ。
 まだ新米だからというのもあるのだろうが、延々一度も出ずに中で作業している先輩達は
本当に凄まじい精神力だなと思う。
「箱はもういい。お前も手伝え。大体は片付いたから、後は全員で細かいモンを拾ってく」
「……分かりました」
 フシュフシュと防護服越しに息をしながら、先輩達に交じって最後の仕上げに掛かった。
 先輩の言う通り大方のゴミや遺品は片付いたようだ。後は細々としたものを片付け、部屋
の原状を可能な限り回復する作業となる。
 ずらりと横並びなり、俺は先輩達に挟まれる格好でこの作業に臨んだ。もうダイレクトな
死の跡は大分取り除かれたというのに、それでも全身が心が、早速音を上げ始めている。
「……。しんどいなら休憩しろよ」
「そうしたいのは山々なんですが……あまり出入りし過ぎるともう戻って来れなくなるよう
な気がして……」
 先輩の一人が、そう苦笑する自分に気持ち、ゴーグルの奥で目を見開いた気がした。
 真面目なんだな。ぽつりと、確かにそう呟かれたのが聞こえた。それがちょっぴり意外で
何処か誇らしく、でもすぐにそんな高揚など目の前を包む死の残滓が持っていってしまう。
「あんま、ホトケさんに深入りすんな。寿命が縮むぞ」
 冷え冷えとしたように言い切る。寿命とは、おそらくこの職業人としての、だろうか。
 嗚呼やっぱり。だから同時に確信した。先輩達だって辛いんだ。なるべく心を磨耗させな
いように共感を殺し、この誰かがやらなきゃいけない仕事に従事している。
(……誰かが、やらなきゃいけない……)
 メディアで取り上げられるようになったのはここ数年の事だが、間違いなく人の死という
ものは、老いというものは、過去何百年何千年とあちこちに在ってその度に誰かしらに処理
されてきた筈のものだ。
 脳裏にこんなイメージが過ぎる。直接見た・関わったという記憶はないが、寂れた田園を
ボロのような旗を掲げながらゆっくりと歩いていく一団。チン、チンと寂しく鈴が鳴り、彼
らは担ぐその棺桶を墓地へと誘っていく。
 この部屋の住人は孤独死らしい。年老いて、こんな街の片隅で頼る者もおらず、息絶えて
も数日気付いてやれる他者もいなかった。
 ……彼の子は、何処にいるのだろう? 息子は、娘は、妻はいなかったのか?
 もう先に死んでいるのかもしれない。だけどこんな父の状況を、子は見てみぬふりをして
いたのか。
 ……何を今更。そんな光景など、今この時代には溢れている。
 家族は主にその子らの成長につれて分断し、住処は極限まで個々になっていく。何より自
身の生計を立てるので精一杯だった。親の面倒まで看て、かつ変わらぬ収入と健康と維持し
ていこうとすれば、再び集うことはリスクしかない。しか見えない。
 何て事はないのだ。自分だってもうずっとそうやって生きてきたじゃないか。
 兄や妹がいる。何とかなるだろう。そもそも考える事自体を避けてきた。これ以上現実に
面倒事を背負い込みたくない。
 俺は、俺達は悪くない。もうリスクでしかないんだから。
 そう言い訳して、時代の流れだと嘯いて、自分達は互いに孤独に、生活の為の生活を繰り
返してきた。
 多分、この故人も遺骨の引き取り手すらいないのだろう。供養という行為も、今この時代
に生きる自分達には負担ばかり先に思い描く。祈ることで救われるなど絵空事だと、経験と
諦観と、憎しみで以って知っているからだ。そんな営みに、手間に、俺達は時間を掛けてい
る暇はない。永代供養──という名の責任放棄は時代の必然だとも言える。
「よし。もっぺんモップ掛け頼む」
「了解」
 すっかり物が排除された室内を、改めて防護服姿の先輩が薬剤を浸したモップで拭って回
り、念入りにそこに死があった事を無かったことにする。見せないようにと望まれる。
 此処は……彼の墓だ。
 間違いなく彼はここで亡くなった。そしてその生きた残骸が大よそ全て廃棄されるなら、
魂の拠り所は何処に居を求めればいいのだろう? 非科学的か。死ねば平等にただの肉塊に
還るのみ。では、何処かで聞いたことのある“魂の質量”とは? 死後、その肉体から消失
するという、科学では説明のつかない減少した分とは? 墓もなく、守る人もなく、もし次
の生があったとしても、どうせこのような時代が続くのなら、自分達は再びこの世界に生ま
れたいと願うのだろうか? まぁそもそも、次も人間に生まれるなんて保証は何処にもない
のだけれど……。
 隠して、押し付けて、棄てる。
 死は本能的に忌み嫌われるから、なんて言えば有り体過ぎるし、どうにも気障ったらしい
けど、ではどうすればいいんだろう……?

 その日の、初めての作業が終わった。
 現場から事務所に戻って来た後、先輩の一人にこの仕事は続けられそうかと訊ねられた。
作業中、慣れろなんて酷だとか無理せず休めと言ってくれた壮年のベテランさんだ。
 まだ分かりません。俺は言った。確かに精神的にしんどいし、もっと日当を貰ってもいい
くらいだとそう頭の端で思考が過ぎっていても、何故かその場ですぐに「逃げて」いいやと
いう気にはなれなかった。
 仕事の前と後、臭いには過ぎるくらい気を遣え。先輩にアドバイスを受けた。
 何せ自分達が扱っているのは正真正銘、ダイレクトな人の死だ。たとえ遺体が既に回収さ
れてしまっているケースでも、その残り香はしっかり俺達にへばりつく。人が人の死を忌む
本能を持つ限り、そんな臭いを垂れ流したまま人前に出たら誰も幸せなんてなれない、と。
 当たり前といえば当たり前の配慮。
 俺はまるで怯えるようにアパートに帰り、繰り返し繰り返し手を洗った。風呂場に飛び込
み、何度も何度も身体を洗った。
 脳裏に矢継ぎ早に蘇る。死の痕跡、臭い、忌む人々の赤い無数の眼。気付けば俺は狂った
ように洗い続けていた。まるで俺が殺したかのような生温い重圧感だった。

『──あら、宗太。久しぶりじゃない。どうしたの?』
 だからその夜……俺は久しぶりに電話をしていた。
 聞き慣れた筈の、だけど電話越しにも分かる以前よりもずっと衰えた感じのする母の声。
 何だか嬉しそうに、でも何でもない風に装うのが聞くにも明らかだった。
 携帯を持つ手が震えている。止まらない。頬を少しだけ冷たいものが伝っているのをやや
遅れて自覚した。声が、喉の奥が詰まったようにすぐに出ない。それでも俺は、もう長い事
思い出しもしないで過ごした彼・彼女のことを想って言ったのだ。
「……ああ。まぁ、特に用事がある訳でもないんだけどさ……。その、そっちはどうだ?
お袋も親父も……元気でやってるか?」
                                      (了)


スポンサーサイト
  1. 2015/10/18(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(長編)サハラ・セレクタブル〔8〕 | ホーム | (遊戯)制作記録 その9 【ユー録】>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/651-c8d37c03
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (150)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (88)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (344)
週刊三題 (334)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (323)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート