日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔68〕

 天上(たかき)から地上(ひくき)へ。
 足元から頭上へと駆け抜けていく突風の感触と、投げ出された浮遊感。暫しじっと目を瞑
っていたセイオンがそっと瞼を開いて大地に足を着けた時、目の前には夜闇に溶ける地上の
風景が広がっていた。
 地上層・顕界(ミドガルド)。九つある世界の内、最もヒトに満ち、活気ある場所だ。
 かつての十二聖が一人“勇者”ヨーハンこと、ディノグラード家の大爺様。
 セイオンは自分を呼び出した彼の頼みを受け、こうして同本家の在る古界(パンゲア)か
ら遥々こちらにまで降り立っていた。
 夜風が少し寒い。
 あちらに比べて四季がはっきりしている顕界(ミドガルド)だが、それでも秋口の冷えは
世界共通のようだ。背後には古びた構造物──導きの塔がある。セイオンは数歩それを隠す
ように繁茂する林を抜け、夜に埋もれた遠くの街の灯を見つめた。
(あれが梟響の街(アウルベルツ)か……)
 なだらかな丘陵の中に、どんと囲われた城壁。
 確かこの辺りの街道が交わる、交易の要所だったと事前の調べで読んだ。今は暗くて分か
らないが、昼間は四方から緑を喰い進むように道が延びて来ているのだろう。
 点々と。街には疎らに灯りが点っている他は、特に変わった所は観られない。
 一晩明けてから来ればよかったか……。セイオンは思ったが、ここまで来てしまった手前
また古界(パンゲア)に引き返すのも手間だ。街に入るだけ入って、朝まで宿なり何なりで
時間を潰せばいい。
 それにしても……と、彼は思う。
 大爺様の言葉通りなら、これはある意味重大なミッションだ。しかしこの事実をはたして
クラン・ブルートバードは何処まで知っているのだろう?
 皇国(トナン)内乱に会った際、そんな素振りは無かった。
 知らないのか? もしかしなくても黙っている?
 ハロルド・エルリッシュ。身寄りのない彼女を養女として引き取ったという幹部の一人。
 さてどうしたものか。当人はレノヴィン兄弟らと共に地底武闘会(マスコリーダ)に出場
している。数日もすれば戻って来るだろうが、果たして留守を預かっている養父(かれ)が
何処まで話を通してくれることか……。
(……うん?)
 そんな時だった。ふとセイオンは風に乗って流れてきた気配──殺気に類するそれを瞬間
的に感じ取り、眉を潜めて振り向いた。
 遠い。だがこのすっかりと更けた夜闇の向こうに、間違いなく何者かが戦意を滾らせた事
実がある。
「──」
 到底目視できる筈もない。
 だがセイオンは、その場で殺気の流れてきた方向──街の中ではなく郊外の闇の中に視線
を向け、じっと己が両目にオーラを込める。
(戦っている? こんな時間に……? それに、あの二人は……)
 その距離薬十三大往(ディリロ)(=十三キロメートル)。だがセイオンには今そこで起
ころうとしている出来事が手に取るように見えていた。
 超覚型《天》の色装。視覚の精度を何百何千倍にも高めることに長けた、いわば千里眼の
ような能力である。
 セイオンはオーラを宿した眼で逸早くこの夜闇に紛れた事件を察知し、同時に様々な怒涛
が起こるであろうことを脳裏に描いていた。ギリッと歯を噛み締め、唇をやや吊り上げ、そ
の背中から竜族の翼を広げさせる。
(何故かは分からんが……止めなければ)
 飛翔。
 そして次の瞬間、セイオンは両翼を揺らして跳び上がり、この遠く闇に紛れた現場へと飛
び去っていったのだった。


 Tale-68.家族と仲間と、兄弟(ふたり)の未来

 トナン王宮中庭の一角。
 そこでコーダスは城の兵士達に囲まれ、のんびりと佇んでいた。
 右手には訓練用の木刀が一本。周りの兵士達も木刀や長物代わりの木杖など、それぞれに
得物を持ってじりっと戸惑ったように身構えている。
「……その。本当に宜しいのですか?」
「自分達が陛下の相手など……」
「まぁまぁ、そう遠慮しないで。やっとナダさんからも許可が降りたんだ。リハビリの一環
だと思って付き合ってくれると嬉しい」
 二年前はまだ車椅子から立つ事もままならなかったコーダスの身体。
 しかし王宮医務長ナダ以下面々の懸命な治療もあって、彼はここ二年で杖などを持たずに
歩き回れるまでに回復していた。
 とはいえ、まだ頬や腕には一度痩せ細った名残が見え隠れする。
 この日はちょうど、ナダから許しが出たのをいい事に、中庭で訓練をしていた兵士達に飛
び入り参加しようとしていたのだった。
「まぁ、そういう事でしたら……」
 兵士達が互いに顔を見合わせつつ、ゆっくりと頷き出す。
 それでも誰かが、率先して彼に得物を打ち込もうという動きは鈍かった。それは入り婿な
がらも彼が正式な国王であり、尚且つ病み上がりに近い身の上であることの遠慮からだ。
「じゃあ、いくよ」
 だが彼らは、その躊躇いすら後悔することになる。
 コーダスは微笑みながら言い、しかし次の瞬間ゴウッと大きく膨れる上がるようなオーラ
を練り始めたのだ。
 兵士とはいえ、錬氣の心得はある。
 本当にこの方は病み上がりか……? 見る見る内に、練り始めたオーラは大きく大きく彼
の全身を覆っていく。
「──」
 そして、更に一瞬その揺らぎが大人しくなったかと思うと、オーラがまるで吹き抜ける風
のように広がった。兵士達は一瞬何が起こったのか分からなかったが、彼を取り囲んでいた
一番外側の兵士らがその正体に気付く。
「これは……力場?」
 そうだ。よく目を凝らさないとすぐに視覚から消えてしまうが、確かにそこには彼を中心
とするオーラの半球(ドーム)が出来上がっていた。
 兵士らの何割かが既にその領域内に入っている。くいくいと、コーダスが促すように左の
手で小さく手招きをしている。
「……。では陛下、参ります!」
 それに武人としての誇りが刺激されたのだろう。何人かの兵士らがそれぞれの得物を握り
締め、地面を蹴った。木刀五本と木杖三本──八人分の攻撃が一気に彼へと襲い掛かる。
「──」
 だが次の瞬間、一同は己が目を疑った。確かに四方から迫ったこの仲間達の攻撃。それら
が全て紙一重の受け流しと身体捌きであっさりとかわされてしまったのである。
 思わずよろけて隙だらけになる最初の八人。あだっ!? でっ……!? そこへ霞むよう
に速い、コーダスの木刀が一発ずつ打ち込まれる。
「どうした? もっといっぺんに来てくれてもいいんだよ」
「ぬぅ……」
「な、何をこれしき……!」
 そして残りの兵士達が一挙に次々と襲い掛かった。決して凡庸ではないやや低めから水平
を描いて斬り上げられる一閃を、先ずコーダスは木刀の腹で綺麗に受け流した。更に反対側
から突き出される木杖を脇見もせずにサッ半歩引いて回避し、最初の兵士と激突させる。そ
れからも次々と一撃を振るってくる彼らを、コーダスは流れるような動作でいなし、背後な
ど視界外からの攻撃もまるで見えているかのように完全にタイミングを合わせて身を捌き、
前後で彼らを激突、無力化させていく。
「な、何だこりゃあ……?」
「四方八方から攻めてるってのに、全然当たらない……」
「まるで、陛下の周りに壁でもあるみたいな……」
 場にいた大半の兵士達が、ぜぇぜぇと息を荒げて周りに転がっていた。皆、トナンの戦士
として勤勉に修行を積んできた者達である。なのにそれが全く、このコーダス・レノヴィン
という男には届きそうで届かない。
「……なるほど。これが“凪剣”ですか」
 するとそんな一部始終を眺めていたサジが、ぽんぽんと賛辞の拍手をしながらこちらへ歩
き出してきた。ナギケン……。場の面々もその名前を聞き、ようやく相手が何をしたのかを
悟りだす。
「ああ。そんな呼ばれ方をしてるみたいですね。正直仰々しくて恥ずかしいけど……」
「はは。何を仰います。女王陛下──当時のシノ様を、その身一つで守り抜いた剣技ではあ
りませんか」
 当のコーダスははにかんでいたが、サジの応じた言葉は全くの本心だった。
 “凪剣”のコーダス。こと防戦においては右に出る者のいない迎撃無双の剣──。
「実際に目にしたのはこれが初めてです。どうやら力場を展開していたようですが……もし
かしてそれが陛下の?」
「ええ。超覚型《空(くう)》の色装。……ってセドやアイナちゃんは言ってたっけ。見て
の通り自分の周りに察知できる範囲を増やす能力です」
 おお……。通りでと兵士達は唸り、苦笑(わら)っていた。
 そりゃあ攻撃も届かないはずだ。つまりあのオーラの広がり、力場に踏み込んだ瞬間、彼
にはたとえその手足が届かない位置であっても、攻撃してくるさまが手に取るようにバレて
しまっているのだ。後は間合いに入った瞬間、その剣技で以って迎え撃てばいい。
「陛下。もし宜しければ、私ともお手合わせ願えませんか?」
 だからこそ、次の瞬間そうにこやかにサジが言ったため、兵士達は思わずどよめいた。
 正気か。自分達があれだけ徹底的に打ち返されたというのに……。だが当のサジ本人は目
の前の強者との出会いに悦ぶかのように、胸に手を当てて返事を待っている。
「ええ、いいですよ。まぁ……お手柔らかに」
「恐縮です。ユイ、預かってくれ」
「あ、はい……」
 そうして、期せずして国王と近衛隊長の模擬戦が実現した。サジは兵士の一人から長めの
木杖を受け取り、代わりに傍で控えていた副隊長(むすめ)に厚布で巻かれた自身の得物を
──印導の槍(スティグマランス)を預けてコーダスと向き合って立つ。……ぎゅっと、そ
んな隊長(ちち)を、対するユイは何処か悔しそうに唇を噛みながら見守っている。
「で、では……試合開始!」
 兵士の一人がコールをした瞬間、両者は同時に動いた。
 コーダスは再び練ったオーラで力場を作りつつ、正眼の構え。サジはそれを見氣で視認し
ながらも、ぐんと木杖を脇に抱えながら突き出そうとする。
「──っ!?」
 ガシャン。するとどうだろう。まるで硝子を打ち破るかのように、木杖がコーダスの凪剣
の外壁を破壊したのだ。コーダスが思わず目を丸くする。それでも引き続き迫ってくるサジ
の一撃を、彼は落ち着いて木刀の腹で横にいなし、ぐっと押し合い圧し合いとなって鍔迫り
合う。
「危ない危ない……。それが、サジ殿の色装ですか」
「ええ。《砕》の色装──相手のオーラを分解する、操作型の一種です。ただ、有効範囲が
狭いのが難点、ですがっ!」
 バチンと弾き合い、サジは言った。見れば確かに木杖には彼のオーラが伝わっており、ゆ
らゆらと魔力(マナ)の灯が点っている。
 同じようにはいかない。すぐにコーダスも判断したのだろう。次の一打からは、両者とも
が攻勢に転じた。サジは力場であれ何であれ、オーラを部位破壊する。だからこそ彼は今度
はそれが砕かれる瞬間を合図とし、繰り出される突きの連打を次々といなし、受け止め、反
撃を打とうとする。
 兵士達も、ごくりと固唾を呑んで見守っていた。自分達では二発目のなかったその攻撃と
迎撃の応酬を、半ば何処か遠い世界(レベル)の出来事のように見守る。
「……っ、……!?」
「ふっ──!」
 そうして、はたして決着はついた。サジの突いた一撃を受け流さず、敢えて入り込みなが
ら肉薄し、且つこの木杖を自身を隠す死角にしてコーダスが下から上へとすくい上げるよう
に鋭い一閃を放とうとしたのだ。対するサジも咄嗟に反応する。手元を半分返して木杖を彼
と水平に持っていき、更に手前にこれを立て直すことでコーダスの顔面に杖の柄先部分を弾
き出すような格好。
『……』
 ぴたり。コーダスはサジの顔面ぎりぎりに切っ先を、サジはコーダスの喉元に柄先を。
 引き分けのようだった。たっぷり数拍、二人はその体勢のまま固まっていたが、やがてふ
っと微笑(わら)うと構えを解き、互いの健闘を讃えるようにどちらからともなくその手を
差し出して握り合う。
 おおおっ……! 兵士達がその見事な一戦に興奮していた。ユイも、そんな二人の友情を
見つめ、しかしまだ父のように色装を使いこなせてない自分を思い、そっと唇を結ぶ。
「これは参った。流石は近衛隊長さんだ」
「いえいえ。私などまだまだ……。かの凪剣、しかと味わわせていただきました」
 目の前の近衛隊長。コーダスは言葉の通り、彼に惜しみない賛辞を送る。臣下の手前もあ
るのだろうが、その一方で当の彼は謙遜していても。
(……やっぱり昔に比べると衰えたな。速さも、広さも。これでは子供達の力になろうとし
ても却って足手まとい、か……)
 省みる。
 だがちょうどその時だったのだ。シノが、廊下の方から何人かの衛兵を伴いながらこちら
に顔を出してきたのである。
「コーダス、サジさん、ユイちゃん。ジークとアルスの試合、始まるみたいよ。皆で一緒に
観ましょう?」
「! ああ。すぐ行くよ」
「いよいよ決勝戦ですか……。お二人とも、頑張っておいでだ」
「……。この前のような、乱入者が出なければいいのですけど……」
 コーダスが汗を拭いながら応える。
 サジ・ユイ父娘(おやこ)以下兵士達も、その胸中は期待と不安で半々だった。

『開戦の……ゴングっ!!』
 ドラが鳴らされた直後、二人は動き出した。
 地底武闘会(マスコリーダ)決勝戦。リング上のジークは、すぐさま右手の蒼桜にオーラ
を込め、刀身が蒼く光るのもそこそこに飛ぶ斬撃を放つ。
 それを、アルスとエトナは予想していたかのように動いていた。
 アルスは既に最初の詠唱を始めており、代わりにエトナが、この相棒を足元からバネ状に
巻きつけたゴムの木で支え、彼を撃ち出すようにして回避させる。
 方向は右側。ジークから見れば左手──追撃の蒼桜を放つにはどうしても半身を返さなけ
ればならないポジショニングだ。二度目のゴムの木が、二人を逃がす。二撃三撃目の蒼桜が
これにやや遅れて吸い込まれ、轟と激しい炸裂音と共に中空へと散る。
(なるほど、ゴムの樹か。やっぱそう簡単には取らせてくれねぇか)
(相変わらず凄い威力だ。踏み込まれたら……終わる)
 それでも双方は、何処か嬉しそうな、気難しそうな表情をみせていた。
 次弾の蒼桜を溜めながら、ジークはフッとほくそ笑んでいる。エトナの援護を受け、弾き
出された勢いでリングの上を飛びながら、アルスは確認する。
「盟約の下、我に示せ──時の車輪(クロックアップ)!」
 詠唱が完了した。紺色の魔法陣がアルスの身体を通り抜け、その移動力は通常の倍以上に
加速される。
 ぐるりと旋回するように、着地しながら彼は更に呪文を唱え続けた。そんな弟にジークが
蒼桜で次々に迎撃を試みる。開始早々、二人の戦いは息もつかせぬ展開をみせていた。
(……白菊と蒼桜、予想通りだ。反魔導(アンチスペル)と遠距離攻撃が可能な剣。魔導師
と戦う場合において、これ以上最善な六華の組み合わせはない。対策は、練ってある)
(……な~んて事でも考えてるんだろうな。だがまぁ、あいつと頭の使い合いっこをしても
俺に勝ち目はねぇだろう。とにかく、俺は俺の戦い方で相手をぶっ倒すだけだ)
 しかしその実、水面下で交わされているのは読み合い。
 弟・アルスは兄がこの変則の二刀流を使うことを予め想定していたし、兄・ジークもそれ
は重々承知の上でこの決勝に臨んでいた。
 濛。蒼桜がリングを穿った石埃の中から加速状態のアルスが飛び出していく。
 その掌には既に次の詠唱が、緑色の魔法陣がサッと地面にかざした瞬間に現れる。
「盟約の下、我に示せ──怪樹の種弾(シードバレット)!」
 足元から、ぐねぐねとうねる巨大な花が迫り出してきた。そしてこの花が自身の花弁らを
捩るように砲塔状に変えると、そこから無数の種が高速で連射される。
「ぬんっ!」
 しかしジークは、それを見氣も併せて捉え、巧みに二刀で叩き落しながら防いでいた。
 蒼桜の刃にぶち当たった種は真っ二つにされ、白菊に触れた種は急速に破壊力を失う。
 それでも弾数だけは多く、ジークの周りに、弾かれた方々に、種は足元の石畳へと次々に
めり込んでいく。
「アルス、エトナ! こんなもんか? お前らの本気ってのはよぉ!」
「……言うじゃない」
「挑発には乗らないよ。エトナ、引き続きサポートを。怪樹の種弾(シードバレット)──
連撃強化(プラス)!」

 決勝戦というだけあって、戦いは最初からハイレベルであるようだ。
 ジークがリング上で吼えている。だがアルスはこれには答えず、ただ先ほどの怪樹を更に
十本二十本と兄を囲むようにして出現させている。《花》の色装だ。
「……中々、一撃が入りませんね」
「そりゃそうだろう。同じクランの仲間で、何よりこの世でたった二人の兄弟だ。多分外野
で観てる俺達よりずっと、あいつらは互いのやり方を知り尽くしてる」
 観客席の一角で、仲間達もこれを見守っていた。そわそわと胸元に手を当てレナは心配そ
うに、出来れば早く終わって無事であって欲しいと願うように呟くが、ダンや他の皆はまだ
余裕をもって観戦しているようにみえる。
「ジークは《爆》のオーラ量で押していくパワータイプ、アルス君は持ち前の頭脳と《花》
の特性を使い分けるテクニックタイプ。ある意味、対極な戦闘スタイルだ」
「でも剣士と魔導師じゃあ圧倒的にジークの有利じゃない? 懐に入って一発叩かれれば終
わりなんだし」
「基本的にはね。でも、あの子がそれを解っていない筈はないわ。ジークが白菊を出してき
て動揺もしなかった所を見ると、事前にあの装備で攻めて来ることは予想してたみたい」
「な、なるほど……」
「だがディアモント戦でジーク様も学んでいる筈だ。長期戦になれば自分が不利になる。こ
の二年修行をしてきたとはいえ、やはり魔導師相手では導力勝負は分が悪いからな」
「敢えてパワーで早々に押し切る作戦か。いいね。漢はそうでなくっちゃな」
「オーラ量ハ、オ二人トモマダ余裕ガアルヨウデス。消費回数ハアルス殿ガ先ヲイッテイマ
スガ、マスターノ一撃ハコレヲ簡単ニ上回ッテシマイマスシ……」
「何だかジークも笑ってるし、まだ様子見なのかなぁ?」
「……。様子見、か」
 仲間達が口々に呟いていた。問うて問われて答えていた。
 オズが言い、クレアがう~んと口元を押さえて思案している。
 それらをリオは一瞥だにせず、ただじっと眼下の試合に目を細めている。

「ちっ……。馬鹿の一つ覚えみたいに……」
 アルスの《花》の色装が、何十本もの怪樹を出現させていた。
 次から次へと、種の弾丸が飛んでくる。それをジークは即座に撃ち落し、蒼桜の斬撃を飛
ばして怪樹(おおもと)を破壊。しかし肝心のアルスにまでは攻撃は届かず、更にまだ加速
の効果が続いている彼の攻勢はジークの手数を越えて衰えない。
「怪樹の種弾(シードバレット)!」
「怪樹の種弾(シードバレット)っ!」
「怪樹の種弾(シードバレット)ッ!」
 故に、やがてジークは訝しみ始めた。
 次々と立ち位置を変え、その度に連撃強化(プラス)された怪樹の種弾が雨霰のように撃
ち込まれてくる。
 範囲強化(ラージ)では駄目なのか? 囲って撃てば、何処かからかダメージは通るので
はと思うのだが。それよりも強化のキャパシティを連撃(プラス)に回し、自身の防壁とし
ながら戦っているのには、何か理由が?
(……あいつ、何か企んでやがるな)
 だからはたして、そんな浮かんだ読みは当たったのである。
 何百、何千発目の種弾。それらをまたジークが二刀で撃ち落した時、ちょうどアルス達は
ぐるりと自分の遠巻き外周を一周し終わっていたのである。
 嫌な予感がする。ジークは思った。
 そしてアルスはそんな兄の横顔を見据えように、だんっと相棒と共に、足元の石畳に手を
つけて叫んだのだ。
「これで──」
「終わりだ~っ!」
 轟。次の瞬間、ジークの足元から無数の──それこそ怪樹だけではない、様々な植物が牙
を剥いて襲い掛かってきたのだった。
 魄魔導。しかし単一の術式ではない。棘だらけの樹触、鉄球のような巨大な実、見るから
に食虫植物ですと言わんばかりのグロテスクな大花。それらが一斉に足元を突き破って襲い
掛かってきたのだ。
「……そうか。種の連発は、こいつらを仕込む為のものだったのか」
「ご名答。だから逃がさないよ? 駄目押しの、一発っ!」
「盟約の下、我に示せ──岩砲の台(ロックカノン)!」
 迫る多数の植物軍団。そこへ更に、正面からアルスが岩石の大砲を放って退路を塞ぐ。
 おぉぉ……! 観客達が興奮していた。実況役が叫んでいた。
「──」
 だが、当のジークは微塵も臆さない。
 蒼桜を肩に担ぎ、左手の白菊をゆっくり大きく掲げると、吼える。
「白菊……三分咲ッ!」
 轟。それは視界を塗り潰す白い光だった。ジークは《爆》で強化した白菊の刃とオーラを
振り下ろすと、そのまま足元のリングへと突き刺した。
 するとどうだろう。その破壊力にリングがひび割れ、光が溢れただけに留まらず、寸前に
まで迫っていた植物軍団も岩の砲弾も、一挙に塵のように掻き消されてしまったのである。
『…………』
 会場の皆が唖然としていた。あれほどの大技が、たった一刺しの短刀で文字通りに無に還
ってしまったからだ。
 反魔導(アンチスペル)……。樹の欠片がはらはらと散るリングの上でアルスが呟いた。
 駄目だったか~……。その傍らでエトナがぽりぽりと髪を掻きつつ、この途轍もない量の
オーラを纏って四散させていったジークを見遣る。
「正直びっくりしたぜ。こういうやり方も出来るんだなあ。だが俺には、白菊(こいつ)が
ついてる。範囲が小さいってのも、こう《爆》を使ってやれば補えるしな」
 ジークは笑っていた。
 苦笑いのような、弟の健闘を讃える、優しさのような。
「……遠慮しなくていいよ。言ってた通り、全力で来て。僕だって強くなりたいんだ。守ら
れるだけの仲間じゃなくて、守ることのできる魔導師に」
 僕だって、その為の二年間だったんだ──。
 だがアルスが言い、ぎこちない笑いのジークの表情がぴしりと止まった。
 守る魔導師。会場に気持ち反響するその言葉に、観客席のブレアが無言のまま眉間に皺を
寄せている。
「……そうだったな。俺もお前も、あの日からずっと願っていたんだもんな」
 それは、自分達だけに分かること。
 幼い頃、故郷を襲った魔獣の群れ。自分達のせいで死なせてしまったマーロウさんと、今
でこそ取り戻せたものの、行方知れずになってしまった父。
 ジークは一歩二歩と歩いて、大きく深呼吸をした。
 ぐん。蒼桜の剣先で魔流(ストリーム)を手繰り寄せ、それを慣れたように自らの身体へ
と受け入れる。
 一瞬、注ぎ込まれるエネルギーの多さにその身体が跳ねた。増大したオーラが靄となる。
 接続開始(コネクト)。大都消失事件の折、魔人(メア)すら退けた諸刃の強化術。
「悪かったな。じゃあぼちぼち……ギアを上げてくぞ」


 時はジーク達の決勝戦から四日前に遡る。
 夜の梟響の街(アウルベルツ)。一人ホームの酒場で飲んでいたハロルドは、はたと現れ
た弟・リカルドに連れ出され、街の郊外──人気のない平原の一角に立っていた。
 月は朧。人々は寝静まり、およそこれから自分達に起こることを知る者はいるまい。
「──それで? こんな時間に何の用だ」
「とぼけるなよ。さっきの眼といい、もう俺が言おうとしてる事の目星はついてるんだろ」
 見上げた空からそっと視線を逸らし、しかし彼を見ずにハロルドが問う。
 やや語気を強めて。すかさずリカルドは言い返し、たっぷりと間を置いてから切り出す。
「単刀直入に訊きたい。レナちゃんは……“一体何者”だ?」
 そこでリカルドは、肩越しに振り向いた兄の眼が先ほどと同じ殺気を孕んだのを見逃さな
かった。
 いや……同じ、と言うには甘過ぎる。
 更に苛烈だった。口にこそ出さないが、その射殺すような眼鏡の奥の瞳はまさに鬼気迫る
という表現に相応しい。
 一瞬、それだけで心が折れそうになった。自分の中の直感の部分が、すぐに止めて逃げ去
れと警鐘を鳴らしている。
 それでも、リカルドは退かなかった。退けなかった。
 今しかない。ずっと疑問に思い、しかし今日まで問い質せなかったこと。
 自身が威圧されているのを明確に自覚しながらも、それでも彼はぎゅっと唇を噛み締めて
から言った。
「あんたは知ってる筈なんだ。把握してるぜ? 二年前、ジーク・レノヴィン達が帰って来
てすぐの頃、こっそり“剣聖”に会ってただろ? 俺もその時その報告だけじゃ何も繋がっ
てこなかった。でもその後、色装の修行が始まった。レナちゃんもそれに参加したいって訴
えて──あんたと大喧嘩になったんだ。そこで理解したんだよ。何故かは分からないが、兄
貴にはレナちゃんが色装を学ぶと困る何かがある、ってな」
「……」
「普段クールに止まってるあんたが珍しく酒を煽ってたのも気になった。まぁダンさん辺り
は気を良くして飲んで、勘付かなかったみたいだけど」
 肩越しから覗く殺気の眼。リカルドは途中そんな閑話を挟みつつ、じりっじりっと黙秘す
る兄へと迫っていった。
 間違いない。もう無かった事にはできない。
 リカルドは抱いていた仮説が正しかったのを確かめるかのように、押す。
「《慈》の色装──」
「……っ」
「レナちゃんに開花した特性だ。分類は操作型。自身のオーラを相手のオーラに同化させる
事の出来る性質……。一見地味だが、要するに万能のマナ輸血能力だ。これほど回復魔導の
使い手にとって相性のいい能力はない」
「……」
「それに、だ。俺の記憶が正しければこの色装は……“聖女”クリシェンヌが持っていたも
のと同じ色装だった筈なんだよ」
 ザリッ。土を掠り、ハロルドがその鋭い殺気の眼のままこちらに向き直った。
 リカルドは一旦言葉を切る。可能性。そうであっては欲しくないという、個人かつ希望的
な観測。それでも自分は問わねばならない。クリシェンヌ教団直下『史の騎士団』の部隊長
として、何よりあの子の義叔父(かぞく)として。
「教えてくれ。兄貴がレナちゃんを連れていったのは、その所為なのか? 兄貴はあの頃に
もう、この事を知ってたっていうのか……?」
 それはリカルドにとり、切実な問いだった筈だ。
 当時遊び人であったものの、兄が引き取ってきた彼女は、間違いなく自分達エルリッシュ
家の一員であった。愛されていた。血縁の有無など関係なく。なのに突然彼女と共に自分達
の前から姿を消し、教団司祭という身分も放棄した兄に、彼はどうしてもその理由を問い質
さずにはいられなかったのだ。
 今までは団長イセルナ以下、他の幹部やレノヴィン達がいて近付けなかった。
 だが今なら、彼女達が地底武闘会(マスコリーダ)出場で留守にしている今ならば絶好の
チャンスだ。
 蓄えてきた怒りと信じたい気持ち。二つの感情が何年も何年も入り混じり、最早プラスア
ルファになって、彼は今この瞬間、こうして問うている。ぶつけている。
「……まさかお前が、よりにもよって史の騎士団に入るとは思わなかった。あそこは教団内
でも特に開祖や旧時代の情報に明るい。……やはり、知り過ぎたか」
 なのに。
 ハロルドはゆっくりと口を開き始めた。だがそこに譲歩という気配はない。ただ問い詰め
られた事による緊迫と固まった何某か決意が在り、その放つ殺気を、躊躇いが掃われた確固
たるものへと変えてみせるばかりである。
「兄、貴……?」
 じりっ。思わずリカルドが気持ち後退った。
 それでも対するハロルドは、そっと懐から一冊の魔導書を──本型の魔導具を取り出して
いた。そして身の回りの暗闇を、押し弾くかの如き濛々としたオーラを纏い始めながら、重
く重く呟くのである。
「お前には……消えて貰う」

「──っ!?」
 兄が取り出したその魔導書と言葉をみて、リカルドは半ば反射的に大きく飛び退き、距離
を取った。
 “究理偽典(セオロノミコン)”。
 術者の詠唱を補助する、自律学習型の強力な魔導具である。
(兄貴……本当に、本気で……?)
 躊躇いの数拍。だが対する当のハロルドは瞳の奥の殺気を消さず、開き捲れていく頁に合
わせて金色の魔法陣を展開する。
 光の矢、槍、鎖。連射される聖魔導たちだ。
「二重速(トワイスクロック)ッ!」
 咄嗟の判断で、リカルドはその背中に彫った調刻霊装(アクセリオ)を発動する。
 ガクンと全身に目に見えぬ負荷が掛かり、その一方で世界がスローモーションに映る。
 常人よりも倍速で動けるようなった身体に鞭打ち、彼はすんでの所でこの光撃の雨霰を回
避した。
「止めてくれ、兄貴! 俺はあんたと戦う為にここに来たんじゃない!」
 必死の思いだった。自分はただ兄が自分達の下から消え去った理由が知りたかった。長年
わだかまっていたその疑念と不信、屈折した胸中が、レナちゃんの為という一点において和
解できるかもしれないと、そう淡い期待を抱いたからだった。
 しかし、ハロルドは答えない。倍速になった弟をややワンテンポ遅れて視線で追い縋り、
尚も究理偽典(セオロノミコン)の支援を受けた高速発動を繰り返している。
 ……だからリカルドは困惑していた。これほど強い、実際に牙を向けるほどの拒否反応を
示すとまでは思わなかった。だから一方で、それは裏を返せば、自分の抱いた仮説が正しか
ったという証明になる。
 レナちゃんの《慈》は確かに、かつて聖女クリシェンヌが操ったものと同系の力だ。
 だがそれだけか? 兄がここまで自分に害意を──口封じを図ろうとするからにはもっと
深い理由がある筈だ。
 ……まさか。
 まさか色装だけではなく、波長も……?
「そうなのか。そういう事なのか、兄貴?」
 姿が霞み、また現れる。兄からの光撃を必死にかわしながら、リカルドは再び確認しよう
とした。
 個々人の色装とはその魂の性質とほぼイコールである。
 だからこそ、系統こそ似通う場合はあれ、基本的に全く同じ色装というものはこの世に二
つとして存在しない。
 例外があるとすれば……生まれ変わりだ。色装の波長──魂が同一である場合なら、過去
生きた何者かと全く同じ色装をもって生まれ落ちうる。
 教団や魔導学司(アカデミア)には、その膨大なデータが記憶されている。数多ある色装
の銘を正確に把握・特定出来るのも、この積み上げられてきた情報があってこそのものだ。
 そしてそれは《慈》の色装に対しても例外ではない。何せかの志士十二聖の一人が持って
いた性質、能力なのだから……。
「──レナちゃんは、クリシェンヌの生まれ変わりなのか……?」
 顰めて、問う。
 しかしハロルドは答えなかった。ただ手にした究理偽典(セオロノミコン)から更なる量
のオーラが溢れ、光の矢や槍、鎖による怒涛は一層激しさを増す。
「っ……!」
 頬を鎖が掠めた。倍速で駆け抜け、リカルドは悟らざるを得ない。理解する他ない。
(と、とにかく、この攻撃を止めないと……。ノミコンを、破壊すれば……)
 身体に掛ける術式を三重速(サティスクロック)に。
 リカルドは先程よりもどんどん精度を上げていく光撃から逃げながら、腰のホルスターか
ら拳銃を抜き取った。
 ──聖印弾。特殊な呪文を組み込んだこの弾丸は、被弾者が内包する瘴気と反応し、急速
にこれを膨張させる。
 本来は魔獣に対し高い殺傷能力を持つ自分達神官兵の切り札だが、これほど大量に魔導を
連発しているノミコンに当てる事が出来れば、周囲に排出される使用済み魔力(しょうき)
ごとその炸裂に巻き込むことも可能な筈だ。
 ハンマーを起こし、弾倉を回す。高速と夜闇を駆け巡る光弾の雨の中、兄の魔導にラグが
出来る瞬間を狙う。
「……」
 だが、放たれた聖印弾は、いとも容易く無数の光撃によって叩き落された。
 ちらり。上がった土埃越しにハロルドがこちらを見ている。一瞬魔導の雨霰が止み、リカ
ルドも一瞬まるでその視線に囚われたかのように、互いに一直線上に立つ。
「レナを、連れ帰るつもりか?」
「そんなつもりで訊いたんじゃない」
「……信用できんな」
 そして再び始まる怒涛の光撃。リカルドは必死でかわすも、頬や二の腕、脚などあちこち
が掠って血に染まっていく。
「……。あの子は、生まれながらに平坦にはいられない運命を背負った子だった」
 攻勢自体は止まない。だがハロルドはオーラを込めた究理偽典(セオロノミコン)を片手
にしながら、ぽつぽつと語り始めていた。その眼鏡の奥の瞳は、あたかも己の決意を引き締
め直さんかとする頑ななものだ。
「まだ私が教団本部の司祭だったある夜のことだ。夜遅く、一組の若い夫婦がやって来た。
二人が懺悔室で打ち明けてきたその不安に、恐れに……私は正直戦慄したよ。何せ彼らの生
まれて間もない娘──レナが触れた者の怪我や病がことごとく治ってしまうと言ってきたの
だからね。私は告解が終わるを見計らい、二人から詳しい話を聞いた。間違いなく……幼い
が故の色装の乱発だった。そしてそんな芸当ができるのは、私の知っている限りあの《慈》
の色装以外にはあり得ない」
「……」
「彼らに許可を取り、その赤子の、レナのオーラを詳しく検めた。……不安は的中していた
よ。あの子は間違いなく聖女クリシェンヌと全く同一の波長を備えていた。正真正銘の、生
まれ変わりだった。だから私は後日二人に全てを話し、彼女を引き取る事にしたんだ」
「やっぱり、なのか。でも何故? 何故レナちゃんをそこまで?」
「分からないか? あの子は聖女の生まれ変わりだ。それを教団上層部が知ればどうなる?
間違いなく奴らはあの子を大々的に祀り上げるだろう。聖女の再臨として、徹底的に利用す
る筈だ。……耐えられなかった。そこに生まれた。ただそれだけで、大人達の身勝手の為に
未来を潰される子供を、私はもう見たくない」
「……」
 三倍速の世界の中、リカルドの瞳は揺れる。
 だから、レナちゃんを自分の手元に置こうとしたのか? 教団傘下の自治領では、いずれ
彼女の能力は露見する。だからこそ周囲に知られる前に、たとえ実の親と引き離す事になっ
ても、兄はあの子を守ろうとしたと……?
「もし可能なら、あの子の色装を封じる方法が欲しかった。だがどれだけ文献を調べても、
そのような記述は見当たらない。その間にも魔導の教授が始まる年齢が近付いていた。この
ままではどのみちレナの色装は見破られる。だから、そうなる前に私はレナを連れて教団を
出たんだ。……私自身も、かねてより教団を見限ってはいたからな。信仰を盾に私腹を肥や
し、信仰を方便に権力争いに汲々とする──醜悪の集まりに堕ちて久しい連中の中で登り詰
めたいなど、望んでいなかった。イセルナ達と出会ったのは……その暫く後の事になる」
「……」
 昔から、何処か達観したような兄ではあった。だが当時は、それは彼の優秀さの裏返しだ
とばかり思っていた。
 リカルドはそんなかつての決め付けを大いに悔いていた。自分は、この兄の心を何一つ解
っていなかったんじゃないか?
 それに……。霞むような速さで光撃をかわし、しかしノミコンを狙った聖印弾がことごと
く撃ち落される中で、彼は想う。
「俺達を残していくことに、後ろめたさはなかったのか?」
「恨まれるであろう事は承知の上だ。それに教団に知られる可能性が出た以上、もう実の弟
でも容赦はしない。ホームに居るだろう、お前の部下達も──」
「そうじゃねえッ!!」
 クワッと。次の瞬間リカルドは叫んでいた。
 聖印弾を込めた弾倉は空になって、残像と共に硝煙を上げている。その横顔は同情から憤
りへと爆発した想いを抱え、袖口に潜ませていたサバイバルナイフが一挙に詰めた距離から
ハロルドを襲う。
「そこじゃねぇよ! ……何で頼ってくれなかった? 何で相談してくれなかった? レナ
ちゃんを助けたいってなら、俺が連れ出せば良かっただろうが! 遊び人だった俺なら、家
を出て行っても親父達の面子は兄貴ほど傷付きやしなかったろうが!」
 俺は出来損ないだから──。リカルドは最後にぽつりと、そう掠れるような声で呟く。
 ぐらり。究理偽典(セオロノミコン)の張る金色の障壁に守られながら、ハロルドは僅か
に眼鏡の奥の瞳を見開いていた。
 見開いていた。だがそれも束の間、その奥に灯る黒き炎は再燃し、再び多数の光撃が自身
に喰らいつくリカルドを引き剥がす。
「……お前は、何も解っていない」
 出来損ないか……。疎まれていたのは私の方だ。
 私はただ、お前が奔放だから矢面に立たされていただけだ。
 先祖代々がそうしてきたように、教団の要職に就いて富と名声を維持する。ただそれだけ
の、それだけの両親の期待だけを遂行するマシーンだった。
 出来損ないなのは私の方だ。そんな他人の身勝手に、抗う事すらしなかった。
 お前は愛されていたよ。虚栄の為の道具でしかなかった私と違い、お前は手が掛かるから
こそ、放っておけない“我が子”たり得たんだ……。
「その力は、私が出奔したからこそ身につけざるを得なかった付け焼き刃だろう? あの頃
のお前に何が出来た? どれだけ力があった? 知られればお終いだ。その中であの子を、
レナをお前は守れたのか? ……自惚れるなよ。お前に、教団(やつら)は倒せない」
「うるせぇッ!!」
 轟。更にその数を増す光の矢と槍、鎖に光線。
 リカルドはかわし切れずにボロボロになりながら、それでも吼えていた。光撃が節々を掠
めていくのも構わず、再びナイフを引っ下げて突撃しようとする。
「あんたこそ……何も分かっちゃいねぇ! 何でもっと信用しない!? 何でもっと他人に
頼ろうとしないんだ! あんたはブルートバードで、一体何を学んできたんだよッ!?」
 激情のままの吐露。だがそんな一撃を、やはりハロルドは究理偽典(セオロノミコン)が
張る障壁で防いだ。訴える言葉も、もう彼の瞳に揺らぎの一つももたらさない。
「っ──!?」
 ぐんっ。そして光の鎖が、肉薄するリカルドの脇腹を抉っていった。
 苦痛に顔を顰め、彼は大きく飛び退く。三倍の速度だというのに、向こうはまるで普通と
変わらぬ様子でこちらの攻撃を撥ね除け続けている。
(……無理なのか? どれだけ鍛えても、俺はあんたに届かないのか……?)
 憧れと嫉妬が入り混じった兄への気持ち。常に前を往く兄に、いなくなってから慌てて追
い付こうとしたのに、やっと届いたかと思えば彼はもうとうに遠く別のものを見ている。
 正直、勝てる気がしない。事実彼はもう、三重速(サティスクロック)の動きにも完全に
ついて来ている。
(……やるしか、ないか)
 するとリカルドは大きく肩で深呼吸をした。全身にたっぷりとオーラを練り、それをおも
むろに身体の中へと押し込めると、はたと掌に現れた小さな濁り黒の光球を振り下ろすよう
にして地面に叩き付ける。
(調刻霊装(アクセリオ)──四重速(フォルスクロック)!)
 瞬間、周囲は濃いモノクロの、酷く緩慢な世界になった。
 叩き付けた光球を中心に、二人を巻き込むようにしてそのモノクロ世界は大きくドーム状
に広がっていく。
 ハロルドは究理偽典(セオロノミコン)を開いたまま、ゆっくりと動きを停めていた。
 その間にリカルドは、更に痛む身体に激しく鞭打って加速し、この鈍く澱んだセカイの中
を疾走する。
 ──操作型《滞》の色装。これが、リカルドの能力だ。
 周囲の魔流(ストリーム)を遮断し、力の供給源を断つ特性。意地と頑なを象徴する色。
 欠点を挙げるとすれば、この能力には敵味方の区別がないことだ。故にリカルドも、この
力場を発生させている間は一切外部の魔力(マナ)を取り込めない状態になる。
 だから直前、大きく取り込んでいたのだ。一呼吸、力を断たれた相手を仕留めるのに必要
な力を身体に抱え込み、この分からず屋に一撃を叩き込む為の。
(これで……終わらせる!)
 対応できる筈などなかった。相手は魔導師だ。優秀であればあるほど、その力の源を断た
れてしまえば何も出来なくなる──。
「……盟約の下、我に示せ」
 だが、その“筈”はいとも容易く覆されたのだ。
 振り出されたナイフがハロルドの横っ腹に届く。その寸前に彼はギロリとこちらを睨み、
四倍速で動いている筈の相手の顔面に確かに掌をかざして詠唱を完成させたのだ。
「ぐぁッ!?」
 刹那、無数の光の鎖が迫るリカルドの身体を貫いた。腕や脚、掌から胸のあちこち。突然
のことに彼は驚愕で顔を引き攣らせ、同時に全身に奔った激痛で吐血をする。
「磔刑の光鎖(ゴルダ・パニッシャ)」
 中空に打ち付けられた格好になり、同時彼の張っていた《滞》の力場が砕け散った。
 伸ばしていたハロルドの手が、消える金の魔法陣と共にゆっくりと下ろされる。
 再び戻ってきた本来の夜闇。眼鏡越しに彼はこの文字通り磔刑の如く魔導に囚われた弟を
一瞥し、パタンと究理偽典(セオロノミコン)の頁を閉じる。
「……何、で。初見で俺の色装に対応するなんて、不可能の筈……」
「レナの色装を検めた、と言っただろう? ……軽率だったな。奥の手というものは、先に
出した方が負けなんだよ」
 そして、ハロルドはそっと眼鏡を外す。そこにはオーラを纏わせた眼球があった。
 まさか……。リカルドが全身から、口から血を流しながら呟く。
 そうだ。ハロルドは言った。カチャリと再び眼鏡を掛け直し、それまで秘匿していた自身
の能力を打ち明ける。
「超覚型《識》の色装。この眼は検査器に頼らずとも、相手のオーラの波長を読み取れる。
まぁ能力自体は読み取るだけで、照らし合わせるデータが無いと意味を成さないがな。幸い
それなら教団にいた頃にたんまりと頭に叩き込むことは出来た。勿論、お前を含めたクラン
全員の色装も把握済みだ。魔力(マナ)の酸欠、それに備えた集氣──兆候さえ見逃さなけ
れば、後はお前自身の行動パターンから攻撃してくる角度を予測して待っていればいい」
 そん、な……。
 ごぼっごぼっと血を吐きながら、リカルドは絶望したかのように顔をくしゃくしゃに顰め
ていた。光鎖先端の刃先が、幾つも彼の身体を貫いてめり込んでいる。彼はそれでも必死に
言葉を紡ぎ出し、この兄にまた一つ疑問をぶつける。
「……何故だ?」
「うん?」
「何故だ。何でこんな能力、今まで隠してた? 全部知ってたのか。イセルナさん達がまだ
まだ強くなれる事も、それぞれの色装がどんなものになるのかも……」
「……詳らかにしていたとしてどうなる。こんな力を持っていて、始めから全部見透かされ
ていて、信頼も何もあるものか」
 酷く冷めた目つきだった。気力を振り絞って問うた言葉にも、ハロルドはとうに回答し終
わったことと言わんばかりに視線すら合わさず、逸らしてそうぽつりと呟くだけだ。
「……。お喋りはそろそろ終わりにしよう。死体の後片付けというのは、人が思う以上に骨
が折れるものだからな」
 スイッ。更に何本もの光の鎖が切っ先を向けながら持ち上がってきた。
 逃げ出せない。身体のあちこちが既にこの魔導に貫かれてまともに動かせやしない。
 ハロルドの腕がゆっくりと上がる。鎖達がギュルギュルと音を立てながら飛び込む前動作
をする。リカルドは終わりを覚悟した。隊の部下達、両親。教団の知り合い達の顔が脳裏に
浮かんだ。
 ……いや、何よりもクラン・ブルートバードの。
 間諜である自分を易々と受け入れてくれた団長イセルナ以下、レノヴィン兄弟とクラン所
属の仲間達を。
 ごめん。レナちゃん。
 結局俺は、何一つ……。
『──』
 だがまさにその時だったのである。はたと、今止めを刺そうとしていたハロルドの背後か
ら、突然大きく影になる気配と巨大な鉤爪のような手が現れたのだ。
 並々ならぬ覇気。思わずハロルドが振り返る。
 するとこの巨大な手はそのままハロルドを顔面ごと地面に叩き付け、圧し掛かって完全に
動きを封じてしまう。その事で術が解け、リカルドもようやく光鎖から解放された。どうっ
と地面を転がり、改めて衝撃と身体中を貫かれた出血で咽返る。
「ぐっ……!?」
「げほっ、がほっ! ……あ、あんたは」
「……」
 そこにいたのは、セイオンだった。
 竜族(ドラグネス)きっての戦士、七星が一人。そんな彼が竜の鉤爪と翼を生やした竜人
態となり、細めた目のままでじっと足元のハロルドを押さえ込んでいる。
「やれやれ。相変わらずトラブルには事欠かないようだな、君達は」


『おぉっと! ジーク選手、何やら技を発動! 反撃開始かー!?』
 濛々とその絶対量が増したジークのオーラに、アルスは気持ちじりじりっと後退った。
 蒼桜をぶらりと手に下げて、兄がゆっくり一歩また一歩と近付いて来る。
 実況役のアナウンサーの煽り声が感覚の外側に在る。ぐっと身構え、アルスが唇を僅かに
開いた瞬間、ジークが霞むような速さで地面を蹴った。
「ぐっ……!」
 一瞬で。蒼桜の一閃が自分のすぐ目の前まで迫っていた。アルスは咄嗟にこれを障壁を張
って防御する。
 されど押し留められたのは一瞬。魔力(マナ)を集めて板にしただけの防壁はあっさりと
そのパワーの前に砕かれ、蒼い軌跡は再びアルスの胴を薙ごうと迫る。
 それを、相棒(エトナ)の樹手が妨げた。ジークの視界横からこの一撃を叩き込み、彼を
弾き飛ばしながら彼女が言う。
「アルス、早く次の詠唱を!」
 うん……。頷き、アルスは切れかけながらも効力が残る時の車輪(クロックアップ)の加
速で大きく飛び退くと呪文を唱え始めた。ジークがすぐにノックバックから復帰し、追い縋
って来る。
「盟約の下、我に示せ──時の大輪(クロックライズ)っ!」
 上位互換の加速呪文。身体に掛かる負荷は更に大きくなるが、その体感時間はこれまでよ
りもずっとスローモーションとなり、強化されたジークの身体能力を捌けるほどの視認能力
を生む。
 二重三重の紺の魔法陣が交わりながらアルスの身体を通り抜け、彼は深く屈んだ体勢から
更に距離と取り直した。ジークがようやく加速が上書きされた事に気付く。されど表情はそ
れほど驚きはなく、蒼桜と──白菊の蒼と白の光をそれぞれの刀身に輝かせ、そうはさせる
かと肉薄。接近戦に持ち込もうとする。
 髪先やローブ。致命傷ではないものの、アルスは少しずつ少しずつ、その切っ先に捉えら
れようとしていた。……特に白菊だ。この白いオーラが危ない。少しでもまともにこれに触
れてしまえば、この加速状態は一気に反魔導(アンチスペル)によって解除されてしまう。
「っ、エトナ!」
「分かってる。引き離さなきゃどーにもなんないよ!」
 相棒(エトナ)が放つ樹手の鞭が雨霰とジークを襲い、しかし直撃には至らない。
 ジークは素早く身を捌きながらこれらを掻い潜り、時に白菊で樹手そのものを叩き切って
塵に還し、そうはさせぬと迫るのだ。
 コォォ……。蒼桜がまた蒼く蒼く輝く。
 来る。振りかぶられ、放たれた飛ぶ斬撃。だがそれをアルスは敢えてギリギリまで引きつ
けると、その威力の余波を利用して大きく跳び退いたのだった。
「盟約の下、我に示せ──群成す意糸(ファル・ウィンヴル)!」
 そして両の五指から橙色の魔法陣と共に呼び出したのは、例の無数の魔力(マナ)の糸。
 アルスは中空のまま瞬く間にそれらを巨大なメス状に編み込み、兄の背後から延びるこの
魔力(ストリーム)の束を切断したのである。
「!? しまっ……」
 瞬間、目に見えてごっそりと霧散するオーラ。そして思わず足を止めて肩越しに振り返っ
たその隙をまさに待っていたかと言わんばかりに、アルスのメスとエトナの樹手達が一挙に
彼へと迫った。
 ドゴッ。咄嗟の二刀で防ぎ切れない脇腹へと、二撃三撃と樹手の連打が叩き込まれる。
 思わずジークの目が白を剥いた。だがそれでも全身に込めた力は二刀は、振り下ろされた
魔力(マナ)のメスを弾き返し、吹き飛ばされたその身体をぐっと踏ん張って何とかリング
内へと押し留める。
『入ったー! 兄弟による激しい攻防! アルス選手、ジーク選手に渾身の一発をお見舞い
したー!』
 実況役のアナウンサーが叫ぶ。観客達が再三に渡って沸き立つ。
 ジークはぎちっと唇を噛み締め、再びオーラを練り込もうとした。
 ……接続開始(コネクト)の攻略法も、対応済みか。
 参ったな。これじゃあ迂闊に強化しても食い破られちまう。だとすれば《爆》との併せ技
も慎重にならざるを得ない。
「──」
 だがこの時だけは、そんな数拍の思考が裏目に出た。はたと気付いた時には、フッと自分
の両側から巨大な影が迫っていたからである。
「盟約の下、我に示せ──噛撃する大地(グランドバイト)!」
 アルスの墳魔導だった。ジークの両側から、分割された分厚い岩が迫り出し、そのまま彼
を勢いよく挟んでしまったのだった。
 ざわっ……。観客達がその一撃に目を丸くする。実況役のアナウンサーも『こ、これは強
烈ゥ~ッ! ジーク選手、岩の中に閉じ込められたーッ!』と身を乗り出して叫んでいる。
 仲間達が眉を潜め、そわそわと胸に手を当て、見守っている。
 だがリオやクロムは逸早くそれに気付いていた。ビシッ。ジークを閉じ込めた筈の大岩が
少しずつ、全体に加速度的にひび割れを起こしていく。
「ぬ……おぉぉぉぉーッ!!」
 何と弾き返したのだ。ジークは《爆》のオーラで、自身を押さえ込もうとしたこの墳魔導
を力ずくで押し返したのだった。
『や、破りました! ジーク選手、絶対絶命のピンチを何と力ずくで押し破ったァ!』
「……ほ、ホントに弾いちゃった。どんだけパワーあんのよ……」
「兄さんだからね。こんなものじゃあ、ないよ」
 ずんっ。滾らせたオーラを纏い、ジークは再び前に踏み出した。
 構えた二刀。対峙するアルス(とエトナ)。
 残念だったな。蒼桜を振りかぶり、ジークは試合を決めようとして──。
「……っ!? 何だ? 力、が……」
 しかし、ちょうどそんな時だったのだ。突如はたっと彼の全身から力が抜け、ジークは思
わずガクリと膝をついた。蒼桜が、白菊が手から零れ落ちた。身体中のオーラがどんどん消
えていく。
 一体、何が……?
「掛かったね。自分の身体、よく見てみてよ」
「? 何……?」
 確信して、アルスが言った。ジークが眉根を寄せて改めて自分の身体を検めてみる。
 するとどうだろう。そこにはあちこちにぶくぶくと現在進行形で膨れ、成長していく種が
くっ付いていた。更にそれらは見る見るうちに発芽して伸び、ジークの全身に巻き付きなが
ら蔦で覆っていく。
「吸精の蔓(ドレインヴァイン)だよ。さっきの岩に連撃(プラス)しておいたんだ。これ
で兄さんは力を出せば出すほど、その力を吸い取られる事になる」
 ……なるほど。その為のあの墳魔導だった訳か。
 ジークは奪われる力に耐えながら、苦笑する。全身に巻き付いた蔦は、そうしている間に
も彼の魔力(マナ)を吸収しては成長していく。
 更にアルスは中空に呪文(ルーン)を書き付け、使い魔──隣人たち(スピリッツ)を呼
び出した。彼らはわらわらと効果の切れた白菊と蒼桜に組み付き、これらをジークから奪い
取る。そして慌てて取り戻そうともがき始めた兄を前に、アルスは続けた。
「兄さんはパワーファイターだ。その同じ土俵で戦ったって、僕に勝ち目はない。だから僕
らは初めから、如何にしてその力を削ぐかを考えていたんだ」
 曰く、自分と兄では全く能力の性質も、戦い方も違うと解っていた。
 だからこそ、自分は自分が出来る精一杯のやり方で勝ちにいこうと思った。非力な分、手
数と速さ、そして知恵を総動員しなければ勝てない相手だと重々承知していたから……。
「……やっぱ、お前はすげぇな。お前だってちゃーんと成長してるんだ」
 観客達や実況役のアナウンサー、仲間達が見守る中、しかしそんな状況でもジークは苦々
しくも笑っていた。賛辞だった。自分をこうまで追い詰めてくる、たった一人の弟への惜し
みない賛辞である。
 でも──。ジークはゆっくりと起き上がりながら呟いた。ズムム……。尚も吸精の蔓は彼
の魔力(マナ)を吸い取っていたが、それでもジークは嗤っていた。
「だからこそ、俺も簡単には負けてはやれねぇんだよ!」
 轟ッ。刹那ジークはこの状況下にあって、更にオーラを滾らせたのだ。
 まさに《爆》。瞬間的に込めた大量のオーラは、膨張する勢いそのままに全身のヴァイン
を引き剥がしに掛かる。
「ちょっ!? まだ動けるの?!」
「そう言ってるじゃないか。エトナ、援護を!」
 これに驚いたのはエトナとアルスだ。
 相棒の驚愕に、アルスはすぐさま迎撃体勢を整える。加速状態のままで大きく飛び退き、
エトナに樹手の攻撃をして貰いながら、次の──最後の詠唱に取り掛かる。
 ジークは駆け出していた。新たに腰の紅梅を抜き放つと、怯える隣人たち(スピリッツ)
を跳び越え、ヴァインをオーラで弾き剥がしつつ、水平に持ち上げたその刀身を紅い輝きに
染めていく。
 アルスは焦り、眉間に皺を寄せていた。
 草花が、彼の足元から迫り出しより集まる。右手と緑色の魔法陣に収束し、巨大な植物の
鞭となってこの樹手の群れを掻い潜ってくる兄を迎え撃つ。
「盟約の下、我に示せ──大樹の腕(ガイアブランチ)!」
「どっ……せいッ!」
 両者兄弟、互いの渾身の一撃がぶつかった。
 必死・嬉々。
 会場全体にその力の余波が迸る中、二人はそれぞれの表情で叫び、吼える。

 紅い光剣と緑の腕(かいな)。二人の放った力が互いに押し合い圧し合いを繰り返した。
 周囲を囲む観客達、実況役のアナウンサーや係員。そして仲間達が息を呑み、この力の余
波に煽られながらも皆が戦いの成り行きを見守っていた。
 そうして……どれだけの間、拮抗が続いただろう。
 二人はお互いに相手の力に耐え切れず、大きく弾かれた。そしてそのまま、激しく霧散し
たオーラの中を貫き、どうっとそれぞれ観客席の壁に叩き付けられる。
 衝撃で身体が跳ね、二人は同時に地面に転がり落ちた。
 ざわっ……。にわかにしんと鎮まったリング上の戦いに、一同は思わず戸惑いの声を漏ら
して顔を見合わせる。
『こ、これは……よ、予想外の結末です! 何とジーク選手にアルス選手、双方とも同時に
リングアウトーッ!』
 実況役のアナウンサーもその一人で、やや遅れて集音器(マイク)を取って叫んでいた。
 しかしこれは地底武闘会(マスコリーダ)の決勝。そんな半端な、肩透かしを喰らったよ
うな結果など誰も望んではいない。
 観客達のざわめきは、やがて不満の声となって場内に響いた。アナウンサーと、周りに控
えていた係員達もそんな場の空気の移り変わりに戸惑う。
『……えー、皆さま。暫くお待ちください。これより本部にて映像による判定を行います。
ルール上、先にリング外の壁面に接触した方が敗者という事になります』
 そんな放送が、コロセウム中に流された。
 観客達が、何より仲間達が、その協議の始まった結果を待ち、不安と期待でそわそわと場
に留まり続ける。
 レナが胸元に手を当てて泣き出しそうな表情(かお)になっていた。ステラも落ち着かな
いのは同じでポリポリと頬を掻き、他の面々も互いに顔を見合わせながら、その時を待つ。
『長らくお待たせしました。二画面に分かれていますが、この映像をご覧ください。両選手
がリングアウトした瞬間を捉えた映像です』
 そうして、どれだけの時間が経っただろう。
 再び実況役のアナウンサーが集音器(マイク)を取り、会場の面々に告げた。同時背後に
そびえる壁面に掛かった巨大映像器に、左右に分かれた記録映像が映し出される。
 ジークとアルスが、互いに押し合いに耐え切れず吹き飛ばされた瞬間だった。
 リング外、それぞれが観客席の壁面にぶち当たり、濛々と土埃が立った。一回見ただけで
はまだ分からない。
 二回目、三回目。スローモーション。
 左右の画面が拡大され、コマ送りされ、二人の衝突したタイミングをより詳細に映す。
 ──その差、一・二秒。
 そう。そんなほんの僅かな差で、ジークの方が先に壁に触れているのが確認できたのだ。
『ご覧になられましたでしょうか? 精査の結果、先にリングアウト──場外壁面に接触し
たのはジーク選手と結論付けられました。故に勝者は、本年の地底武闘会(マスコリーダ)
優勝者は──アルス・レノヴィン選手ですっ!』
 お、オォォォッ……!! その刹那、会場は一挙に沸き上がった。
 はち切れんばかりの大歓声。そんな皆の大音量に、リング外に座り込んでいたジークが、
アルスが互いの顔を見てぽかんとしている。
「あ、ははは……。やった! やったよアルス! 私達勝ったんだ!」
「そう……みたいだね。そうか。僕が……。何か嘘みたいだな……」
 観客席の仲間達は、ステラやクレアなど女性陣は、瞬間パァッと明るい顔になって互いに
ハイタッチをしていた。ダンやリンファは思わぬ結果に「ほう」と唸り、師であるブレアは
未だ戸惑っているアルスを見下ろして小さく苦笑いを零している。
「……やられちまったかぁ。はは。そうかそうか。遂にあいつも、こんなに──」
 半ば自嘲のような。
 だがジークは何処か嬉しそうに苦笑(わら)って、どうっとその場に仰向けになった。
 観客達の大音量が降り注いでくる。遠くその一角に仲間達の姿がある。
 負けたのに、晴れ晴れとした気持ちだった。心地のよい倦怠感が全身を覆っている。

「──ほう、こりゃあ予想外の結末だな。兄弟対決……アルスに軍配か」
 そしてこの一部始終は勿論、配信された世界中を駆け巡る。
 打金の街(エイルヴァロ)のセド達やトナン王宮のシノ達、学院のユーディ研究室や各国
の王らへ。或いは病室からこの試合を見ていたイセルナとミアも、安堵の息と共に互いの顔
を見合わせて笑い合う。
 土埃を払い、傷を押して、ジークとアルス、エトナは再びリング上に招かれた。先の審判
や係員、そして取り巻きを連れて現れたウルに金装飾された優勝杯を手渡され、アルスは頬
を気持ち赤く染めながらこれを抱える。
 がしり。傷汚れのまま兄(ジーク)が、そんな弟の肩をしっかりと抱いていた。続いてエ
トナも、彼の反対側からそんな親愛のスキンシップに倣う。
 実況役のアナウンサーが略式の表彰式を取り仕切り、観客達は惜しみない拍手を彼らに送
っていた。リオが、そんな一角で皆に視線で追われながら立ち上がり、踵を返す。
「……迎えに行こう。これで、修行は終わりだ」

 一方その頃、梟響の街(アウルベルツ)のホームに滞在していたセイオンは、未だ困惑か
ら抜け出せない団員と騎士達に自らの来訪の目的を話し始めていた。開かれた口に、その言
葉に、彼らの目が驚きで一斉に見開かれる。

 一方その頃、コロセウム構内の一角でウゲツは通信を取っていた。
 相手は上司であるダグラス、及びエレンツァだ。彼は部下達と共に任務の完了を告げ、そ
の通信の向こう、部屋の扉に背を預けていたヒュウガが「ようやくこの戦いも本番か」と呟
いた声を聞く。ダグラスはちらとそんなもう片翼の長を見遣った。解っている。だがそれは
内心、あまり来て欲しくなかった未来へのとば口でもある。

『──』
 時を前後して。しかし其処が何処なのかは見て取れない。
 殺風景な、それでいて一枚板の大きな円卓の上に何者からが座っていた。
 数は七人。その中で上座に着いた芥子色のフードを被った男が、パチンと目の前のチェス
盤に半透明の駒を一つ、持ち上げて進める。

 束の間の栄誉とモラトリアム。
 だがそれは決して彼らに対する持続した安寧などではなく、寧ろ激しさを増すこれからの
戦いへの序曲に過ぎなかったのである──。

                   《育まれし日々(グロウ・ヒストリア)編:了》

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  1. 2015/10/08(木) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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