日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「恩師」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:車、裏切り、才能】


 駒形逸郎、七十歳です。今は……無職です。
 ……はい。池君は、私が撥ねました。彼を亡き者に──画家としての生命を断とうとして
夜、レンタカーを引っ張ってきて。
 はい……。分かっています。こんな事、許されるものじゃなかったんです。
 すみません、すみません……。
 私は。私は──。

 今から、十三年ほど前になります。私はとある美大で教鞭を執っていました。
 はい。今はもう退職してしまっています。色々ありまして。……思えばあの頃の私は、教
壇に立つ事で自分を守っていたのかもしれません。
 プライド、ですよ。
 刑事さん達にはあまりり馴染みの無い感覚かもしれませんが、これでもアーティストの端
くれ、でしたから。だからこそ、私は池君が怖かった。羨ましくて、疎ましかった。自分で
もおかしくなっていたんだと思います。
 ……池君は、その年新しく入ってきた学生でした。
 ええ。少々大人し過ぎるきらいがありましたが、とても素直で良い子でした。何より、そ
の繊細な色彩は若いながら目を見張るものがありましてね……。私は彼の描く絵を見てすぐ
に直感しました。彼は、将来きっととんでもない巨匠になる、と。
 私は暇さえあれば、彼の指導をしていました。よく相談にも乗っていました。
 ……そうですね。弟子と師匠のような、関係だったのかもしれません。実際にお互いそう
いう事をはっきりと告げてなった関係でもなかったのですが。
 本当に良い子でした。私や他の教授が教えることも、同級生達の技術も、貪欲に吸収して
めきめきと腕を上げていきました。
 拒むということを知らなかったんです。感銘を受ければ、何のわだかまりも無くスッと自
分の中に吸収して、咀嚼して、自身の絵の中に昇華する……。近年稀にみる逸材でしたよ。
私が言うのも何ですが、画家を始め表現者という人種は大なり小なり、その心の中に屈折し
たものを抱えているものですから。そうでなければ、藝術(こ)の道を志そうだなんて中々
思いませんよ。
 だから、なのでしょうね。私は池君に頑張って欲しかった。いえ……彼が成功する事で、
師である私という画家が素晴らしいと証明したかったんだと思います。
 ……はい。結局私は、画家としてはそれほど大成しませんでした。それだけでは食っては
いけませんでした。ええ。ほんの一握りですよ、そんなのは。幸い私は伝手から美大の講師
を受けて、教授にまでなりましたが、世の画家(どうほう)はもっと苦しい筈ですよ。
 良く言えば、自分の破れた夢を彼に託していたのでしょう。
 悪く言えば、彼をダシにして、何とか自分の凡庸さを繕おうとしていたのでしょう。
 だから、勝っていくようになりました。美大という専門の環境でたっぷりとその勉強に勤
しみ、メキメキと力をつけていった彼に対する期待よりも、嫉妬の方が。
 多分私以外の教諭にも指南を請い始めて──まるで私から巣立っていくような素振りが何
処かにあって、そう感じるようになったのだと思います。実際、一年の頃は毎日のように私
の研究室に来ていたのに、二年三年となるにつれてその頻度は減っていきました。代わりに
他の教諭や、同級生の友人らと一緒にいる姿をよく見るようになりました。
 ……醜いですよね。ええ。私はそんな彼が眩しくて、忌々しかった。何故同じ画家を志し
た人間なのに、こうも違うんだ? と。
 彼が綺麗な白ならば、私は黒い近い灰色です。
 自身の力の限界、その間にもどんどん台頭していく他の画家志望達──挫折を繰り返す中
で私はすっかり荒んで、諦めてしまっていました。私の才覚と、画壇が認める才覚は違うん
だと。何度その差を呪ったか分かりませんが……それが不毛だという事だけは、理解してい
ました。結局妙な所だけ賢(さか)しらになって、自分を繕う技術ばかり身に付けて来たん
ですよ。
 忌々しさが、憎しみになりました。彼も、彼を取り囲んで笑う周りも、私にはその全てが
癪に障ってなりませんでした。
 未来の大画家、天才。皆がこぞって彼を持ち上げます。お前らも私と同じだろう? 彼を
賞賛してみせる事で自分にも眼があるんだと、そう主張したいんだろう? そんな事ばかり
考えるようになって、彼らも一緒くたに憎々しく思うようになりました。
 ……いえ、違いますね。そんな憎しみ──怒りすら、本当は本心を隠す為のポーズだった
んだろうと思います。
 ……怖かった。また一人、私を凌駕する才能が羽ばたいていく。それも元は私に色んな教
えを請い、頼ってくれた弟子ような存在だ。また、私は何者にも──確かな画家になれずに
取り残されていく。遠く小さな存在になっていく。……怖かった。彼の事を考えると、彼を
取り巻く黄色い声を耳にする度に、手が勝手に震えるようになりました。時々彼に負けじと
筆を執ろうとしましたが、それすらままならなくなったんです。
 描けない、浮かばない。
 私は私が心底信じられなくなりました。自分がこの道を選んだのは……間違いではなかっ
たか? 何度も後悔して、だけど何度やってもそれ以外の自分を想像できなくて、まるで彼
に微笑みかけられながら全身を一筋一筋引き裂かれていくような心地がしました。
 本当に、怖かった。
 このままあの子が大々的に画壇に出れば、私はもう、私ではいられなくなる……。

 十三年前のあの日です。ちょうど日暮れ頃から、一帯は結構本格的な雨でした。
 止めようかと思いましたが、私の中の悪魔がむしろ好都合だと言いました。雨と夜闇で視
界が悪ければ、こちらの正体に気付かれにくくなる……。
 あの日、私は早めに研究室を後にし、予め用意していたレンタカーに乗り込みました。
 雨の中待っていたのは、彼です。彼は紺の傘を差し、ちょうど路地の向こうから友人らと
別れる所でした。
 一人になるのを待ちました。そしてこちらの道に出てきた所を……アクセルを踏んで撥ね
たんです。
 最初は吹き飛ばされただけでした。今でも鮮明に覚えています。雨に濡れて、でもこちら
のライトの逆光で相手が誰なのかも分からない様子でただうろたえて、べたんと黒光りする
アスファルトの上に身体を転がしていました。
 ……はい。だから、アクセルを踏み込みました。
 彼のその右手を狙ってタイヤで押し潰して、走り去りました。バックミラーの中で彼が絶
叫してのたうち回っているのが見えましたが……舞い戻る勇気など残っていませんでした。

 その後、彼は通行人に発見されて病院に運ばれたようです。私も関係者の一人として連絡
を受け──だけど無視すれば怪しまれると思って、慌てた演技で駆けつけました。半分は本
当に、自分のやったことの結果がどうなったか、それが心配で落ち着いていられなかったの
もありますが。
 池君は、私の車によって右腕の肘から上を粉砕されていました。何時間も緊急の手術が行
われましたが、結局彼の右手は、その夜以来まともに動かなくなりました。
 ……画家として彼の生命を断つ。当初の目的は達成しました。
 だけど、やっぱり私は半端者です。自分でやっておいて、怖くて怖くて仕方なかった。何
も知らず疑わず、私を心配させまいと病室で苦笑いをしていた彼の顔は……今でも忘れられ
ません。
 利き腕を奪われて、その年彼は大学を中退しました。私も、自分のやった事を思い出して
しまうから、もうこれ以上私を凌駕する才能を見たくないから、それから三ヶ月ほどして早
期退職枠に志願して辞めました。絵も、それからは一層からっきしになりました。
 ……でもね、刑事さん。私は耐えられなかったんだ。こんな過ち、ずっと抱えたままで普
通に暮らせる訳なんてない!
 ……はい。最初に話した通り、個展があったんです。ええ、池君の個展です。
 あの子は筆を折らなかったんですよ。十三年、利き腕を失ってももう片方、左腕でそれと
同じレベルのタッチになるまで、きっと延々技を磨き続けていたんだ。
 それに……。
 私はあの絵を見て悟ったんです。
 あの絵は、あの頃と同じ、優しくて繊細な色で満ちていた。
 彼は、池君は、分かっていたんです。分かっていて、でも今日の今日まで何も言わず、た
だ自分の技を磨き直し続けた。再び画壇に立つレベルにまで戻って来た。
 私は……間違っていた。
 彼の右手を奪ったことだけじゃない。
 私は、私はっ! 蔑まれるよりも、ずっと強烈な咎めを……お、オォォォォ──ッ!!

 ***

 その日、街の郊外にある小さな集会場でとある遅咲きの画家の個展が行われた。
 名前は池聡(さとる)。かつて事故で利き手の自由を奪われ、それでも絵筆を執り続けた
不屈の人だ。
 そんな前評判──運営側のキャッチコピーも相まって、会場には存外多くの人々が立ち寄
り、壁面の各所に展示された絵画達をしげしげと鑑賞していた。
 特に彼の絵で注目すべきなのは、その繊細な色彩と優しいタッチである。
 作者の穏やかさ(ひととなり)を代弁するかのような。そう形容すると陳腐になるかもし
れないが、それだけ淡いながらもはっきりと観る者の心象に訴えかけてくる絵は、かつて逸
材と同胞達から賞賛されたその才覚の衰えなど感じさせない。
 更に会場の一番奥。集会場を入って真っ直ぐ正面には、一際大きな絵が飾られている。
『……』
 人々がそれを観ていた。
 絵は二重の構造になっている。絵の奥、後ろにはイーゼルの前に座る若い青年と彼を指導
していると思しき壮年の男性が少し透けて描かれており、絵の手前、下半分には逆にこの青
年が成長したと思しき男性がそっと微笑み、老いてロッキングチェアに座ったこの師に左手
を差し伸べるさまが描かれている。
 額の下に書かれた題名は<恩師>。
 そのたった一言ながら、充分過ぎる情報は、この絵を観る者にこの描かれた二人の歳月を
想わせるのに十分だった。繊細で優しい絵柄と色彩が、間違いなく彼らの時間がかけがえの
ないものであったことを匂わせてくれる。
「……!? っ……!」
 だがそんなギャラリーの中で、一人明らかに様子のおかしい者がいた。
 杖をつき、何処か平常以上にやつれた老人。駒形であった。
 彼はかつての教え子、そしてその画家生命を奪った相手が個展を開いたと聞き、恐れとあ
る種の強迫観念から今日この会場に足を運んでいたのだ。
「池、君……」
 肩が腕が、全身が震えている。咽び泣いている。
 流石に周囲の人々が彼の異変に気付き、ちらちらと視線を遣り始めていた。だが当の駒形
は既にもうそんな好奇・邪険の眼など意識の外にあり、ガタガタと震える身体を顔を手で覆
って押さえつつ、すっかり弱々しくなった声を漏らしていた。確信していた。

 ──これは、私だ。私と、池君を描いたものだ。
 まさか本当に全く気付いていないというのか? 君のその右手を奪ったのは、他ならぬ私
であるというのに。その若い才覚に嫉妬し、真っ直ぐな敬意をまさに裏切って君の画家とし
ての命を断ち切ろうとしたのに。
 なのにこうして君は再び舞台(ステージ)に立った。利き腕を奪われても、残る左手で研
鑽を続けて。
 池君。君は勘付かなかったのか? 段々付き合いが増え、周りが君の才能を認めて囃し立
てる中で、私が徐々に君を疎んじていったことを。そんな一方的で身勝手な感情の末に、君
を葬ろうと凶行に走ったことを。
 本当に知らないのか? それとも何処かで気付いているのか?
 なのに、なのにこんな絵を描く。
 あの頃と同じ、いやそれ以上に高められた優しく穏やかな絵。
 恩師。君は私を許すというのか? こんな我が身可愛さ故に弟子を叩き落した下衆を、君
はまだそうやって呼んでくれるのか?
 ……私は、大馬鹿者だ。
 ただ露見して侮蔑される、全身全霊の怒りをぶつけられた方がまだ良かった。
 なのに君はまるで私を許しているかのようだ。尚も手を差し伸べて、その白く綺麗な場所
から私を連れ出そうとする。

「あァ……。アァァーッ!!」
 人々がどよめき、困惑した。一体どうしたというのか?
 ざわざわ。小さな、小さな個展会場で。
 老人は、自身を一層枯らしてしまいそうなほどに号泣し、跪いていた。
                                      (了)

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  1. 2015/10/04(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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