日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ビタータイム」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:過去、コーヒーカップ、恐怖】


 その日も仕事が終わる頃にはすっかり日が暮れ、祐介は会社を後にした。夜の街をかしま
しく照らす人工のネオン群、未だ着慣れぬこのスーツ。トン、と尚も昼の余熱が残っている
アスファルトの地面へと自らの靴音が沈む。
『──』
 ちょうど、その時だったのだ。祐介は自社ビルから出てすぐ、こちらを見ている見覚えの
ある人影に気付いた。
 女性だった。セミロングのふわっとした髪に、今夜は薄茶色のコートとジーンズを合わせ
て鞄を肩に引っ掛けている。祐介はその思わぬ登場に身を硬くした。だがしっかりばっちり
目が合ってしまった以上、無視する訳にもいかない。軽く手を上げて挨拶し、向こうも同じ
ようにそれに倣う。
 彼女の名は、沢子。
 彼の、元恋人だ。

「コーヒーでいいか? 砂糖とミルクは」
「うん。二個ずつね」
「了解。相変わらず甘党なんだな」
 さてはて、どうしてこうなってしまったのか。
 祐介は仕事帰りもそこそこに、彼女を自宅アパートに上げてしまっていた。元とはいえ勝
手を知った間柄でもあり、そう上着を脱ぎ、草臥れたワイシャツ姿で台所をごそごそと漁っ
ている祐介の声に、沢子は気安い感じで既にリビングに座って室内を見渡している。
 何で今更……。いや、そもそも如何やって俺ん家(ち)を?
 ポットのお湯を沸かし、簡単に粉のインスタントコーヒーを二人分淹れる。
 祐介はその実、かなり混乱していた。色々あって、主に自分の所為で関係を絶たざるを得
なくなって何年も経つのに、何故彼女は自分の前に姿を現したのだろう。
 まさか、ヨリを?
 だがそう一瞬でも思ってしまった自分を、祐介はぶん殴りたかった。今更かよ。うだうだ
未練がましくあるようなそんな男(じぶん)は、許せない。
「……ほいよ」
「ありがと」
 湯気が立つままにカップに入ったそれをリビングまで持って行き、沢子の前のテーブルへ
と置いてやる。
 辺りはすっかり夜だった。部屋の中だけが切り取られたように明るかった。
 ちびちび。祐介も彼女の向かいに座り、互いに何度かカップに口をつけて喉を潤す。
 待っているというよりは、まだ踏ん切りが付かないようにも見えた。
 こんな“危険”を犯しといて……。祐介は静かに眉間に皺を寄せながら、切り出す。
「それで? 何の用だよ。新しい部屋(こっち)の事は何も知らせてなかった筈だけど」
「うん。此処はバンド仲間君達から訊いたの。貴方に、報せておきたいことがあって」
「……」
 別れてから、部屋も全然違う場所に引っ越した。互いの連絡先もさる人物の立会いの下に
消去し、もう自分達が交わることなど無いと思っていた。
 なのに彼女は仲間(とも)らを訪ね歩いてでも、また自分に会おうとした。会いに来た。
もう一度、その報せるべきものの為に。
「私、結婚することになったの」
 カップを握る手が止まり、微かに震えた。
 静かに目を見開き、祐介は「……そうか」とただそれだけを言った。沢子はじっと、まる
で申し訳ないといった様子の眼でこちらを見ている。
「あいつとか?」
「うん、将司(まさし)さんと。式は十二月。今年中にって話になってね」
 そして最初の一言の時点で過ぎった予想が、的中する。
 彼女は答えて、両手の指を合わせて弄くりながら、視線をテーブルの上に落とした。
 将司さん。その名を聞いただけで、祐介は怒りと罪悪感と、そして内包するそんな感情こ
そが如何に自分が矮小な人間かを証明するものであるかを思い直し、沈痛するのである。

 元々祐介は、古くからのバンド仲間達とメジャーデビューを目指す、ミュージジャン崩れ
だった。沢子と出会ったのもそんな鳴かず飛ばずの音楽生活の中で出会った、束の間の気ま
ぐれであったのかもしれない。
 とにかく、お金が足りなかった。元より夢の途上にある人間というのはイコールそれで食
い扶持を稼いでいる訳ではないのだから時間もお金も乏しくて、ただ理想ばかりが膨らむ。
 なのでしばしば、彼は急な入用の時には彼女にお金を工面して貰う事があった。とはいえ
彼女もまた一介のOLであり、あまり面と向かって口には出さなかったが、苦しかったのは
間違いないだろう。
 そこに現れたのが田所将司。彼女と同じ職場で働く同僚で、二つ上の真面目な男だった。
 切欠は未だよく知らないままなのだが、どうも彼は自分達の関係を知り、大いに憤ったら
しい。以前より好意を抱いていた彼女に“悪い男”がくっ付いている──そう思った彼は、
ある時祐介の前に現れ、強く彼女から離れるようにと迫ったのだ。
 最初こそは祐介も何が起こったのか分からず、強気だった。
 突然何だ? あんた、一体誰だ……?
 しかし話をしていく中で徐々に相手の素性・持ち込んできた事情を知ると、祐介は確実に
劣勢に追い込まれていった。
 片や自称ミュージシャンのアルバイター、片や真面目に会社勤めをしている年上正社員。
 いわゆる世間的な力関係は、完全に田所の方が上だった。彼はかねてより目を掛けていた
後輩である沢子がお金に困っており、尚且つその原因が定職にも就かずふらふらしている駄
目彼氏にあると知り、居ても立っても居られなくなったようだったのだ。
 祐介自身、助けて貰ってばかりで何も沢子に返してあげられていない負い目があった。
 田所の、如何せん真面目過ぎるが、全身全霊で沢子を愛しているさまに気圧された。
 疑念が生まれたのだ。今自分は沢子の彼氏をやっているが、果たしてこの鳴かず飛ばずな
まま、彼女を握っていていいのだろうか? 他ならぬ自分の夢が、一番身近な女性(ひと)
を縛り付け、不幸にしているのではないか……? 恐れが、身体の隅々までを支配した。
 彼女も含め、自分達は話し合った。
 男同士、取っ組み合いの喧嘩になりそうな事もあった。
 だけど体格以上に圧倒的な“差”が、祐介の心を何度も何度も折っていった。田所は改め
て沢子に告白した。こんな男と一緒では貴方がボロボロになる。私と一緒に行きましょう。
私が、貴方を幸せにしてみせます、と……。
 結局二人は、良心の呵責と、客観的に突きつけられた相対的な不幸というものを否定し切
る事が出来なかった。祐介にとっては半ば奪われるようにして、沢子にとっては裏切りと打
算が混じった末であるかのようにして、二人は別れる事となった。田所と沢子はやがて付き
合い始め、徐々に二人は互いに連絡すら取り合わなく──合えなくなっていった。

「……そっか。でもいいのかよ? 嫁入り前に昔の男のとこにホイホイ上がって」
「取り合えず何か飲むかって言ったの、そっちだよ? ……仕方ないじゃない。近況一つ報
せようにも、連絡先が分からないんだもの」
 言って、沢子は残りのコーヒーを喉に通していた。場の時間が随分と経った、引き延ばさ
れていくようにすら感じられたが、実際はものの数分であり、僅かに熱さが落ち着いた程度
である。祐介は押し黙った。だから、それをわざわざ報せに来ようと思い立って来るのが、
向こうを刺激しかねないのではないのかと。
「あいつには、今日の事は?」
「ううん。話してない。言ったら怒るもの。だからパッと伝えるだけ伝えに行こうと思って
貴方の会社の前で待ってたんだ」
 祐介はきゅっと唇を結んだ。だったら……! だけど口には出さない。きっと彼女も解っ
た上で言っている。こうして行動に移している。
 やはり未だ彼にとっては、自分は彼女を誑かすダメ男であるらしい。
 客観的に見ればそれは事実だったのだろうが……悔しいし、どうやっても覆らない烙印を
押されたようで酷い閉塞感を味わってならない。
「ミュージシャン、諦めたんだね。その格好、あんまり似合わないなぁ」
「放っとけ。俺も自覚はしてるんだよ……。でも、仕方ねぇだろ……」
 彼女にしてみれば、少しでも場の空気を緩めようとも思ったのだろう。
 ふいっと沢子はこちらのスーツ姿を指し、くすくすと上品に苦笑してみせた。祐介も同じ
苦笑こそ返し、されど今し方過ぎっていた古傷に触れられたようで苦しい。
「あ。ご、ごめん……」
「……謝るなよ。全部ひっくるめてお互い先に進む。そう決めたことじゃねぇか」
 田所の出現と彼女との破局の後、彼はメジャーデビューの夢を諦めた。今は必死の就職活
動の末に何とか小さな会社の契約社員をやっており、仲間達とバンド活動をするのは互いに
予定が合った、時たまの休日に過ぎない。
 何処かで解ってはいたのだ。この夢は叶わないのだと。
 だけど、自分だけでは諦めが付かなかったのだ。プライドが邪魔してピリオドを打つ事が
出来なかったのだ。
 それでも、仲間達には感謝している。
 夢を諦めると告げた時、でも趣味として続けたいけどいいかと訊ねた時、彼らは笑ってそ
の折れた心を許してくれた。またやろうぜ! もうあの時既に、夢よりも各々の現実という
圧力(にちじょう)は迫っていたのかもしれないが、失ったものは最小限の被害で済んだの
だと思う。
 所詮はその程度だったのだ。温い覚悟だったのだ。
 所詮は、その程度の──。
「そっちは、どうだ? 仕事とかは上手くいってるか?」
「うん。色々ドジはしちゃうけど、何とか。将司さんもいるし、来年には退社する職場だか
ら、周りも気を遣ってくれてるみたいで……」
「ああ……」
 ほんわかとした苦笑い。
 気を遣ってくれてつつなのは解っていても、やはり祐介は辛かった。
 退社する。そう、来年にはもう、彼女は片桐ではなく田所になっているのだ。奪われた。
こちらから見ればそう言えるのかもしれないが、彼女自身の未来の為にも、自分はあの時彼
女を手放す決意をしてよかったんだと思う。よかったのだと言い聞かせる。

 半時間ほど互いの近況を話し合い、やがて沢子は暇することになった。
 立ち上がる。空になったカップを二つテーブルの上に置いたまま、祐介は玄関先で靴を履
く彼女をそのままの格好で見送った。新しい連絡先は──交換しない。
「じゃあ、また」
「また。じゃねぇよ。二度三度と来る気か? 俺をまたあいつにぶん殴らせたいのか」
「そ、そうじゃないけど……。癖というか何というか……」
「分かってるよ。さっさと帰ってやれ。お前は、お前の幸せだけ考えてりゃいい」
「……うん」
 ガチャリ。チェーンを外して扉を開ける。初秋の冷える風が室内へ入り込んできた。
 薄茶色のコートを抱きかかえ、彼女は務めて笑みを浮かべると歩き出す。
「沢子」
「? なぁに?」
「……もし、田所がお前を不幸にするような男になったら、報せろ。今度は俺が、あいつを
ぶっ飛ばしに行くから」
                                      (了)


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  1. 2015/09/20(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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