日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「一憶(いちおく)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:海、際どい、目的】


「国広! 海行こうぜ、海!」
 日も暮れバイトから帰ってきてようやく横になれると思っていたのに、ものの十分もしな
い内にそう騒々しく、アパートに上がり込んで来る奴がいた。菅谷。中学時代から友人──
もとい腐れ縁である。
「……何だよ、お前か。バイト明けなんだから寝させてくれよ」
「おう。だから来たんだよ。ぼちぼちシフト終わりだな~って思ってよ」
 確信犯じゃねぇか。
 渋々玄関先でそう応対し、しかしやけに笑顔でやって来るこの友を結局俺は無碍に追い返
せなかった。昔っから、こうして妙に憎めない奴なのだ。自分でも甘いなぁと思う。
「で? 海って?」
「ああ」
 とりあえず部屋に上げ、冷蔵庫の上に乗っけていたインスタントコーヒーの瓶を手に取り
つつ訊いてみる。当然ながらお構いなく~、の一言もない。元より俺達は、そんな堅苦しい
間柄ではないのだが。
「お前、明日明後日暇だったろ? だから一緒にどうかなと思って。足は出すからさ、行こ
うぜ」
「そりゃあバイトは休みだが……。随分と急だな。そんなに焦って行くものじゃねぇだろ」
「いいや!」
 ポットに残っていた湯でサッと二人分を淹れ、出してやる。
 すると菅谷は俺のそんな気の無い言葉に反して、ずいっといきなり身を乗り出してきた。
「いいか? 俺達が夏遊べるのはもう今年と、来年くらいしかねぇんだよ。三年の夏は就活
で皆そわそわし始めるし、四年なら尚更だ。お前、このまま年齢イコール彼女なし歴を積み
重ねるつもりか?」
 要するにそういう事であった。菅谷はある種の焦りを覚えていたらしい。夏休みに入って
数日、ただ漫然と休みに身を委ねているだけでは出会いは無いと。何より存分に遊べる時間
や期間はもう数えるほどしか無いんだと。
「……つまり俺に、お前のナンパに付き合えって事か」
「ああ。何だ、よく分かってるじゃねぇか」
「よくも何も、今回が初めてじゃねーだろ。何年お前のダチやってると思ってんだ」
 良くも悪くも変わらないな。俺は呆れたようにそう微笑(わら)うこいつを見ていたが、
内心はそれほど煙たくは思っていない。頭をボリボリと掻く。これまでそんな狙いが実を結
んだ事もないのに、言う通り時間は減っていく一方なのに、それでもこうして嬉々として今
を全力で生きられるその姿が羨ましい。
 ははは。菅谷は上機嫌に笑っていた。ブラックのコーヒーを飲みながら夜半のアパートの
一室で隣人らの迷惑も顧みずに愉しそうにしている。俺もちびちびとカップに口を付けた。
気だるさでベッドに沈み込んでしまえと思っていた心身が、気持ち覚醒してゆく気がする。
「任せとけ。お前の小柄で中性的な顔は、俺の鍛え抜かれた漢のボディを一層引き立ててく
れる。心配するな。お前の方に寄ってきた子は、俺が全力でフォローしてやっからよ?」
「女顔言うな。気にしてんだぞ、結構……。第一引き立てるっつーか、悪目立ちするのがい
つものパターンじゃねぇか」
 ぬん、ふん。俺よりもずっと大柄で言葉の通りラグビーで鍛えられた身体をここぞとばか
りにアピールする菅谷。
 だが、毎度当て馬にされるのも含め、その思惑が実を結んだことは今までない訳で。
 俺はそうぶつぶつツッコミを入れつつも、早々に真面目に話し合うのを諦め、押入れへと
這って行って中を探り始めた。海というなら、やっぱり必要な物がある。
「……しかし、海パンなんて持って来てたっけかなあ? つーか、行くなら行くでもうちょ
っと余裕をもって言ってくれよ」
「ああ、すまんすまん。だが大丈夫だ。ほれ、念の為お前の分の水着も用意しておいたぞ」
「準備がいいな。……っていうか、何でサイズ知ってる?」
「大体分かるだろ。女でもなし」
「あっそ……。まぁいいけど」
 持ち込んできた鞄の中からは、そうやって大小二人分の海パンが。
 妙な用意の良さに目を細めつつも、結局俺は、そのままずるずるとこいつに連れられ出掛
ける事になってしまった訳で……。


 翌日、そのまま部屋に泊まっていった菅谷が車を持ってくるのを待ち、俺達は国道沿いを
走って近くのビーチへと向かった。夏は本番、天候快晴、まさに海水浴日和だ。道路脇に広
がる切り開かれた山の斜面と遠巻きのビル群がサッと抜けて海原に変わった頃、半窓にした
車内には心地のよい潮風が流れ込んでくる。
 それだけならまだいい。だけども目的地に着いた頃には、皆考える事は同じなのか、浜は
海水浴客でごった返していた。
 ぽつんと嬉々と、海パン一丁の姿になった俺と菅谷は浜辺に立つ。
 正直言ってまだ気が重かった。泳ぎに涼みに来たのならまだしも、ここに来たのはこいつ
のナンパの為な訳で……。
 静かに眉を顰め、そっと口元鼻元に手を当てる。
 嗚呼、やっぱり何処もかしこも。別の意味で顔が熱くなる。
 だから俺は、あんまり来たくは──。
「はは。相変わらずお前は免疫ないのな」
「う、うるせぇな。仕方ないだろ。こればっかりは……」
「分かってる分かってる。別にお前が口説けなんて言っちゃいねーよ。長いこと男所帯だっ
たもんな。ま、面白いからいいけど」
「……」
 呵々と菅谷が笑う。そうだ、そうなのだ。俺ははっきり言って、異性が苦手だ。
 事務的なやり取りならまだ何とかなる。だがこう……此処みたいな、性的な気配が絡むと
どうにも緊張してならない。
 菅谷の言う通り、その原因は間違いなく俺の家庭環境にあると思う。
 俺の両親は幼い頃に離婚しており、自分は父に引き取られ、男で一つで育てられた。だか
らなのか、同年代の男子に比べると異性に慣れるのが遅れてしまって、こう未だに心臓が飛
び跳ねっ放しなのだ。その癖、父からは『女の子は絶対に泣かせちゃ駄目だぞ』と繰り返し
言い聞かせられてきた事もあり、どうにも完全に断ち切ってしまえずにもいる。まぁ大方、
自分の離婚(しっぱい)を踏まえて息子には同じ失敗をさせまいと願ってのことなのだろう
が……。
「よ~し。じゃあ早速、ハントと行きますか!」
 悶々。だけどもそんなこっちの気持ちも知らないで(知ってて触れないで)一方の菅谷は
既に臨戦態勢だった。ざっと辺りを見渡し、好みの女性を探している。……というかお前、
欲望丸出しだぞ。その表情(かお)。
「へいへい」
 意気揚々と歩き出すこの友について行く。
 結果は……うん。察してあげて欲しい。

「国広ぉ。俺はもう駄目だぁ~……」
 それから一時間ほど粘っただろうか。パラソル付きの休憩ポイントで菅谷は突っ伏し、俺
はその向かいに座って「はいはい」と何度も適当にその嘆きを受け流している。
 何というか、予想通り過ぎた。菅谷は筋肉アピールをしつつ目星をつけた女の子達を口説
こうとしていたが、正直それが逆効果になっていたと思う。
 有り体に言えば、怖がられていた。なので早々に逃げられるか、代わりに俺に話が振られ
もしたが、そもそも俺は苦手なのでやっぱり緊張してしまって……。
「つーかお前、毎回毎回パターンが同じなんだよ。ちっとは学べよ」
「うるせー……。お前の方がよく声掛けられてた癖に。ちっとは寄越せよ」
「寄越す寄越さないってもんじゃねーだろ。つか、フォロー云々はどうした……」
 結局、傍から見れば邪まな野郎二人、惨敗の図が出来上がっていた。
 まぁこんな感じになるだろうな、とは思っていたが、正直俺まで巻き込まれてそう見られ
るのはやっぱりとばっちり以外の何物でもないような気がする。
「──お? もしかして国広と、菅谷?」
 だから、ちょうどそんな時見知った顔に出会って、俺は数秒呼吸が止まっていたような心
地になった。
 パラソルの下にやって来たのは、水着姿の女子三人。パレオ姿のポニーテールと薄青のセ
パレートを着た短髪、そして黒ビキニの……巨乳。
「ぶっ?!」
 思わず口元鼻元を抑え、俺は慌てて顔を逸らしていた。やばい。なんつー破壊力だ。一方
で不貞腐れていた菅谷はむくりと顔を起こし、この見知った顔に気安く返事をする。
「おお。宇野と佐川に……小暮か。お前らも来てたんだな」
 同じ大学に通う仲良し三人組だった。尤も俺自身は講義や構内で何度か顔を合わせる程度
で、話をしたりするのも大抵は菅谷を挟んでの場合が殆どだったが。
 ポニーテールの勝気そうなのが宇野、短髪の真面目そうなのが佐川。
 そしてそんな二人に挟まれてもじもじとしている黒髪のセミロングの子が、小暮。
(……こいつ、いわゆる隠れって奴か。完全に油断した。こんな大胆なのを着るなんて想像
もしてなかった……)
 漫画みたいに鼻血が出そうだった。宇野辺りは割とイメージ通りだが、これは。
 その間にも菅谷はキャンパスにいる時と同じように彼女達と話している。現金な奴だ。今
の今まで空気が抜けたみたいになってたというのに。
「あはは。そっかー、奇遇ね。……やっぱ、ナンパしに来たの?」
「ぬっ……。そ、そうだよ。悪ぃか」
「別に悪くはないけど……ご愁傷様」
 宇野も佐川も、そういう意味では菅谷(こいつ)という人間を良く知っているようだ。異
性として浮付く訳でもなく、心から嘲笑する訳でもなく、素の自分を楽しんでいる。
「……国広君」
「っ!? は、はい!」
「ご、ごめんね? いきなり声掛けちゃって。そんなに、びっくりした?」
「あ、いや。そんな事は無いよ。同じ大学なんだし、来ててもおかしくはないし……」
 だから肝心の俺へのフォローはどうも等閑にされて、俺はちょこんと心配して覗き込んで
くる小暮にドキドキしっ放しだった。
 楚々として大人しい。小暮の普段の性格はそのままだが、如何せん今この場での格好が真
逆のように自己主張しているがために、男としてはどうしても意識してしまう。気付いてい
るのかいないのか、必死に取り繕おうとしている俺から、さも伝染したかのように彼女もま
たほうっと顔を赤く染めている。
「……」「……」
「おい、国広」
「う? うん?」
「何だよ、ぼーっとして。話聞いてなかったのか。ちょうどいいや、この面子で遊ぼうぜ?
夏は楽しまないとな」


 その後、小暮達三人を加え、俺達は日暮れまで思う存分遊び回った。
 海に入って泳ぎ、水掛け合戦をしたかと思うと、宇野と菅谷の遠泳対決が始まって結果は
彼女の圧勝に終わり、一休みした後は男女混合ビーチバレーで盛り上がった。ちなみに審判
役は佐川で、俺と小暮、菅谷と宇野という組み合わせ。……尤もこのスポーツマンコンビに
基本出不精と大人しいコンビが叶う筈もなく。
 日が傾き始め、他の海水浴客もぱらぱらと帰り支度を始めていた。そう言えば今回は日帰
りなのか、そうでなければ宿は取っているのかと菅谷に訊ねた所「まだ成果も出てないのに
帰れるかよ」且つ「宿? その辺に色々あるから大丈夫だろ」とのこと。まぁ最初の時点で
言わずもがなだが、相変わらず衝動的で計画性のない奴だなぁと思う。
 結局、宿は彼女達が取ったという所の空きを頼む事になった。
 菅谷はなら同じ部屋を……と言いかけたが、そこは友として鉄拳制裁していおいた。口説
きに来たんじゃねぇのか、お前は。それでもこいつの性格は彼女達も既知であって、話半分
で聞いており、幸い笑いの種に収まる程度で済んでくれたのだが。
「──」
 夏と思えないほど、夜風が心地いい。やっぱり海の近くだからだろうか?
 夜もたっぷり更けた頃、俺は一人宿から出て近所の埠頭の一角に座っていた。
「……ここに居たんだ」
「? あ、小暮……」
 そうして、どれだけぼんやりと時間が過ぎていっただろう。
 気付けばこちらに近付いて来る足音がして、振り返れば小暮が一人立っていた。
 もうあの際どい黒ビキニ姿ではない。紺と白の地味な寝間着だ。だけど、昼間を思い出す
と、どうにも落ち着かない。
「隣、いい?」
「あ、ああ」
 おずおずと言った様子で、小暮は隣に腰掛けてきた。微妙な距離感。心なしか講義で一緒
になった時よりも近いような気もするが……正直今はそんな部分に思考を回している余裕は
ない。
『……』
 暫くの間、俺達は黙り込んでいた。多分お互いに気恥ずかしくて、ただじっと時折の夜風
に身を委ねながら少しずつ少しずつ時が過ぎていくままになるしかない。
「そ、そのさ……。良かったのか? 急に俺や菅谷も一緒くたになっちまって。見た感じだ
と友達同士でって風にも見えたけど……」
「う、うん。それなら大丈夫。真矢も翼も楽しそうだったし、二人とも知らない人じゃない
から」
「……そっか」
 真矢、翼。宇野と佐川の名前だったか。正直そこまでしっかり記憶していない。菅谷に聞
けば確実だが、別にそこまで知らなきゃいけないものでもない。
(じゃあ……小暮は、何だっけ……?)
 だから、そんな事をぼやっと考えていたから、ついちゃんとした反応を返す事が遅れた。
 気付けば小暮がじっとこちらを見ていた。不安そうな、意を決して、だけども振り切れな
い躊躇いを背負っているような。思わず俺は言葉を失う──見惚れる。飾り気のない黒い髪
と瞳が、風呂の後の湿り気を伴って妙に艶かしさを備えている。
「国広君は……やっぱり私のこと、覚えてない?」
「え?」
「うう。やっぱりかぁ……。そのね? 忘れているかもしれないけど、私達、中学で一緒だ
ったんだよ?」
 突然、いや彼女からすればおそらく言おうと思っていた言葉。
 ばくぱく。小さく口を開けては目を見開く。中学で? この子と? 本人の口から予防線
を張られたのは気遣いなのだろうが、それが自分には却って申し訳なさを強めるような格好
になっている。
「……あの頃の私は、苛められてた。こんな性格だから反撃なんかできなくて、ただ私を気
に入らないって子達の嫌がらせを受けるがままになってた。……あの日もそうだよ? 机の
中から私の教科書とノートが全部抜き取られて隠されてて、どうしようって正直泣きそうだ
った」
「……」
「でも、国広君はそんな私に手を差し伸べてくれた。覚えてる? 授業が始まっても何一つ
出せなかった私を見て、あの頃隣の席だった国広君は机をくっつけて、私に教科書やシャー
ペンを貸してくれたの。ノートも、後ろから一枚破って、使えよって」
 辛い思い出の筈だ。なのに彼女はその時の事を、何とも嬉しそうに話すではないか。
 風呂上がりの熱ではない。ほうっと、その横顔が赤く染まっている。俺は正直言うと困惑
していた。自分を責めていた。覚えていない。それだけ自分にとっては些細な事だったのか
もしれない。
「……嬉しかった。誰も私に気付いて助けようなんてしなかったのに、国広君は何の躊躇い
もなく助けてくれたの。嬉しかった。手を差し伸べてくれる人は、絶対この世界の何処かに
いるんだって」
 微笑(わら)う。酷く繊細で、優しい笑みで。
 でもあの後、国広君ってばすぐに居眠りしちゃって……。くすくす笑っている彼女を、俺
は直視できなかった。視界に入っていてもしっかりと見えていなかった。
 違う。やっぱり覚えてはいないけど、そんな大それた心算なんて無かったんだ。
 ──多分、親父に押し込まれたように“女の子が泣いている”から、何とかしなければと
思っただけ……。
「……そんな事は。買い被り過ぎだよ。単に、その時の俺が空気を読めてなかったんだろ」
「でも救われた。あれから卒業まで、私は頑張れたから。結局苛め自体を止めさせるとか、
先生に打ち明けるとかそういう事は出来なかったけど、学年が変わって、高校に進んで環境
が変わったらそれも無くなった。真矢や翼──今日一緒の二人と、親友で出会えたのもちょ
うどその頃だよ」
 だから、貴方にはとても感謝している……。
 でも、一度口にしても尚、俺はその自分に向けられる好意の類を真正面から受け取れない
でいた。恥ずかしいのもある。だけど多分、その切欠が、俺と小暮とで全く違った重みであ
った事に──彼女の受け取ったその大きさに、自分が耐え難かったからというのが大きいの
だろう。
 俺は黙っていた。ぎゅっと唇を結んで押し黙った。
 心臓がバクバクと跳ね上がっている。違うんだ、そうじゃない。俺は、別にそんなつもり
でお前を「助けよう」なんて微塵も……。
「……ごめんね。急にこんな事話して、びっくりしてるんだろうなとは思うけど。だけど、
ちゃんと伝えたかったから」
 だからなのか、一旦彼女は苦笑するようにそう俺に言ってくれた。内心のどよめきを宥め
てくれるように俺に微笑み掛けてくれていた。
「それにね? 国広君はあの頃と変わってなかったから……」
「……?」
「覚えてる? 大学に入って最初の頃、テキスト販売があったでしょ? あの時私、うっか
り持ってくるお金を間違えちゃって……。五百円足りなかったの。そうしたら困ってる私の
後ろから、国広君が五百円玉を出してくれて、事なきを得て」
「ああ……」
 それなら覚えている。確かレジに並んでいる時、一つ前の女の子が半泣きになりながら財
布を一生懸命探っていたのだ。見てみればレジに表示されている値段と、実際に出してある
現金が違う。大体五百円ほど足りなかった。だから俺は、後ろも詰まってくるし、そのくら
いなら助け舟を出そうと思ったのだ。……まさか、それが中学の時の同級生だのと思いもし
なかったのだが。
「あの時も国広君は助けてくれた。ごめんなさいって私が謝っても、まぁ一回食わなくても
死にはしねぇよって笑ってくれて……。その時、気付いたの。あの時の男の子だって。支払
いをしてる時に出した学生証で確認もできたし」
「……ああ。そうだったな」
「貴方は変わってなかった。あの頃と一緒の、優しい男の子のまま……」
 これは、何と言えばいいのだろう?
 感動で? 潤んだ女の子の眼がじっと俺を見ている。だけどそれは悲しくて泣いたもので
はない。嬉しくて泣いたものだ。それくらいは俺でも分かる。
 だけど……同時に、果たして今日の出会いと今夜の二人っきりは、果たして全くの偶然に
起こったものなのだろうかとふと脳裏に過ぎったのだ。
 彼女がごくっと息を呑み、胸に手を当てて何か言い出そうとしている。
 俺は待った。昔の小さな出来事までは覚えていないけど、ここで逃げちゃいけない──こ
の子の必死を無碍にしちゃいけないと思った。
 そもそも、考えてみれば始めから妙だったのだ。
 割といつもの事だとはいえ、いきなり海に行こうとやって来た菅谷。日没後に、しかもそ
のまま俺の部屋に泊まっていたのは、もしかしなくても行かないという選択肢を潰す為だっ
たのではないか? ナンパの失敗は兎も角、あいつには全部判っていた? 今日このビーチ
に行けば、小暮達がいるということを。出くわして一緒になるということを。
 ……あいつは始めからそれを、俺と小暮が出会う状況を狙っていたんじゃないか?
「国広君」
 しん。夜闇の風が過ぎていき、やがて彼女は口を開き始めた。
 組み上がっていく疑問のパズル。俺は今この場の状況と併せ半ば確信する中で、それでも
俺になんかという気持ちで半信半疑だった。あいつらがグルだとして、実はドッキリでした
なんていうオチだってあるかもしれない。
『……』
 だけどこの小暮に、そんな演技が出来るだろうかとも思った。
 中学以降の空白期間、俺は彼女の事を殆どと言っていいほど知らない。大学で再開してか
らの四ヶ月程度の、ぼんやりとした印象でしか彼女を自分の中で定義していない。
 それでも俺は、受け止めようと思った。
 ただ一度の記憶。でも、この子にとってそれは永遠にも近く自身を励ましてくれたのだ。
 恐縮だが、自分の行為であって自分のものではないそれを、俺は彼女本人の前で否定する
事など出来ない。
「あれから、ずっと好きでした。私と……付き合ってください」
                                      (了)

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  1. 2015/09/01(火) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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