日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「毒人戦線」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:台風、家、正義】


「ねぇ。ちょっと聞いてよ」
 妻がそう話し掛けてくる時、九割九部はちょっとである事はなく、尚且つ益体の無い言葉
の雨霰を浴びせられると経験的に分かっている。
 だからこそ亮太郎は、至極面倒臭そうにぶすっと不機嫌な面をし、注ぎかけていた晩酌の
グラスの手を止めた。妻・和美はそんなこちらの不快などお構いなしと言わんばかりに居間
へとやって来て、座る。
「またやってくれたのよ、あの悪女」
「悪女……? ああ、例の面倒なパートか」
「そうよ。今度は吉村さん。若くて大人しい子だからって、言いたい放題──」
 和美はとあるコンビニチェーン傘下の食品工場で、パートとして働いている。
 子供達も成長し、付きっきりでなければならない年頃はとうに越えた。だからこそ少しで
も自身も働き、家計を助けようという動機は無碍にする筈もない……のだが。
「相変わらずプライドの高い完璧主義者でね。ちょっと吉村さんが無くなりかけてた食材を
ケースに足してあげただけで、クワッと怒鳴ったのよ。余計な事しないで! って。そした
ら彼女、もうすっかり怯えちゃって……。もう何回目よ? ギスギスしておっかなびっくり
で、おちおち仕事にも集中できやしない」
 知らんがな……。
 こうして愚痴が来る。勘弁してくれよと亮太郎は思っていた。
 どうせ喋らせなくても機嫌を悪くするし、喋ったら喋ったでその間生の感情が剥き出しに
なっているという点では変わらない。
 本当に勘弁してくれよ……。亮太郎は正直、毎度この類のやり取りが鬱陶しかった。
 自分だって毎日心も体もすり減らしながら働いてるんだ。苦労してるのは、不満があるの
は何もお前だけじゃないんだぞ。
 口ばかり達者で無能な社長、責任を被るのを嫌って何かとこっちにおっ被せてくる上司、
一人また一人と辞めていく同僚や若い連中……。
 何でも妻のパート先で、そんなとかく気性の荒い女性がいるのだそうだ。
 それ故些細な事で機嫌を悪くし、周りに当たる。だが本能的なのか分かってやっているの
か、仕事自体はデキるので、工場の上層部には愛想よく振る舞っているらしい。
(それが余計に和美を苛々させてるんだよなぁ……)
 だが亮太郎は、そんなケースがあると聞いてもさほど「義憤」には囚われなかった。こち
らの都合などお構いなしに愚痴としてぶつけられているからというのもあるが、そんな類の
人間など、世の中には掃いて捨てる程のさばっているからだ。
「……俺に言ったって何も変わらんぞ。酒の邪魔だ」
 だから早々に話を切り上げて、亮太郎は晩酌の続きと洒落込もうとした。グラスに冷蔵庫
で冷やしておいたビールが注がれる。掌に伝わる冷たさを感じたまま、ぺいっと傍に広げて
あった肴代わりの柿の種を口の中へと放り込む。
「何よ! こっちの気も知らないで!」
「ああ、知らん知らん。つーかカッカするな、落ち着けよ。お前も飲むか?」
 一旦喉を潤し、一呼吸置いてむくれる妻に亮太郎はそう言ってグラスを向けてやった。
 何だかんだで長年連れ添った夫婦だ。妙な恥じらいなど無い。むすーっと不満げな和美だ
ったが、それでも黙ってグラスを奪い取り、一気に残りのビールを飲み干していく。
「あ、おい。そんなに──」
「分かってるわよ。だから明日、皆で直接訴えに行くの」
「……皆?」
 酒の勢いも借り曰く、どうやら彼女は同僚のパート女性達と一緒に工場の正社員らに掛け
合うつもりらしい。
 混ぜっ返しやがって……。亮太郎は思った。だが一方でそれほどその悪女とやらに妻達も
堪忍袋の緒が切れたのだなと思い、何処でも仕事の最大の敵は人なのだなと辛くなる。
「あの悪女──風間さんとはもう一緒にやれないわ。辞めて貰う。最低でもうちのラインか
ら出て行って貰う」
「出てって……。そんなの、いちパートの集まりでどうにか出来るもんなのか? 話じゃあ
そのパートってのは仕事はデキるんだろ?」
「だからよ! あいつは猫被ってるの。社員さんの前でその化けの皮を剥がして、彼女がう
ちに居る事のデメリットを訴えるのよ!」
 どうやら妻は本気らしかった。ぽり、ぽり。柿の種を摘まみながら二杯目のビールを飲み
ながら、亮太郎はさいですかと成る丈その面倒事に対して距離を取ろうとする。
(追い出そうって訳か……)
 数の力で。だが亮太郎は、そんな妻らの目論見に対してやはり共感はできない。
 結局は厄介払いという事じゃないか。そうすんなりといくとは思えないが。
 何より、それは根本的な解決になっていない。自分達にとって邪魔だから排除する。では
仮にその風間とやらが妻らの勤める工場を出て行ったとして、その後同じようなトラブルを
起こさないという保証はあるのか?
 答えは限りなくノーだ。大方、その女はまた何処かで同じ衝突を繰り返す。
 その時にまた同じように追い出されるかはともかく、結局“悪”が消える事はなく、被害
者という誰かはまた何処かで生まれ続けるのではないか?
(……考えてないんだろうなあ)
 間違いなく、妻はそんな先の事まで考えていない。構いやしない。今この瞬間、自分達の
生産ラインという視界(コミュニティ)から消えてくれればそれで良いのだ。
 やっぱり女ってのは怖いなと思った。群れというものの糞っぷりを再認識した。
 加えて今回の直訴には自分達ではなく、あくまで田所さん──ラインの班長を矢面にする
らしい。処世術だといえば処世術だが、その変な所だけ火の粉を他人に被せて平然とするの
は最早「流石」だと思う。
(悪女、か)
 その女一人の性悪さと妻ら多数集団からの圧力。果たしてどちらがより“悪”で、どちら
がより“正しい”のだろう──。
「だからね。あなた」
「うん?」
「社員さんに訴えるメッセージ? みたいなものを考えて欲しいのよ。あなた普段からワー
プロ使ってるでしょ?」
「パソコンな。……いや、つーか何でだよ? 俺は関係ないだろーが」
「関係あるの! 私はそういうの分かんないから頼んでるんじゃない。あいつを追い出すの
に必要なのよ、分かるでしょ!?」
「……。はいはい」
 またヒステリックになった。ここでお前らのそれは正しいのか? などと問うのは余計に
自ら火の粉を浴びに行くようなものだと諦め、亮太郎は早々に生返事をしておいた。
 ぐびっと、グラスの酒を飲み干す。
 嗚呼、本当に人間ってのは面倒臭い。


 数日後。結局、亮太郎の書き起こした原稿は意味を成さなかった。
『ああ、あれね。社員さんを前にしたら緊張しちゃって……。結局自分の言葉で話したわ』
 徒労だよ!? 俺の睡眠時間返せよ!?
 翌日、仕事から帰って来た時にそう聞いて思わずガクッと転びそうになったが、何という
かもう一々目くじらを立てる気力も無かった。淡々と応対し、早い所やり過ごしてしまうに
限ると思っていた。
 実際、人事方面へと訴えたことで状況は変化したようだ。数の力という奴か。訴えを受け
て社員らが聞き取りをし、件の風間を呼び出し、話をしたらしい。
『嗚呼、憎らしい。あいつ何て言ったと思う? 分かりました。これからは皆さんと仲良く
できるように努力します、だって! キィィ~ッ!!』
 妻曰く、それが出来ないと判断したからあんな手段に訴えたというのに、上は甘過ぎると
言うのだ。結局風間は別の生産ラインへと異動になり、免職にまではならなかったらしい。
『何考えてんのかしら。また戻って来たら、絶対報復があるわよ? それくらい何で分から
ないのよ!』
 和美は不満らしかった。だったらもっと確実に追い落とせるまで準備を整えれば良かった
じゃないかと口にしそうだったが……正論で彼女の感情を逆撫でした所で無意味だ。
『そりゃ、会社からすれば仕事はできるんだ。訴え一つで簡単に切りたくはねぇだろ。ただ
でさえ今はブラック企業だの何だのって、回してる連中からすればやり難い世の中にはなっ
てきてるだろうしな』
『馬鹿よ、あの人達! 私達がどれだけ我慢してきたのかを全然分かってない!』
 はいはい。無難に相手の感情を受け流しておいて、しかしながら亮太郎は思ったものだ。
 ……何かに似ていると思えば、学校のいじめ対応そのものじゃないか。
 訴えがあっても当事者達を呼び出して話を聞き、加害側に「反省」させたという体でさっ
さと幕引きを図る。だが子供だって馬鹿じゃなく、それで大人しくなる筈が無い訳で、往々
にして寧ろいじめはエスカレートし、結果被害側の子が死ぬという最悪の結果さえもう珍し
くはなくなって。
 そりゃあ糞なままの筈だよ。亮太郎は思う。
 悪辣な無能は放っておいても淘汰される。だが悪辣な有能は、何時の世も手を替え品を替
えて生き延びてきた。結果としてそういう奴らがのさばり、子供の社会も大人の社会もその
被害者が生まれ続けるのだ。
 ……だが、ではそういう“悪”をただ排除すればそれでいいのかと自問する(とう)と、
やはり迷いがある。
 妻が最初、件の辛辣パートを辞めさせるんだと言った時、義憤よりもどうしようもなく虚
しさが胸を過ぎった。自分自身すっかり磨り減り、斜に構えるのが普通になってしまってい
るのも多分にあるのだろうけれど。
 全て個人に責任を押し付けていいのだろうか? 突き放してしまうだけでいいのか。
 そんな事を言ったらきっと妻には甘いと言われてしまうのだろうが……自分だって会社で
何人も見てきている。
 決して楽ではない職場、にも拘わらず安月給。だが直に文句など言ってしまえばネチネチ
と嫌がらせが待っているし、そうでなくとも労働は自分達を磨耗させながら行われる。
 三ヶ月前と先月、二人の若手が辞めていった。一人は過労で、一人は鬱だった。それでも
表向きの理由は“一身上の都合”である。
 毎月のように求人広告を出している人事部を見て、お前らは馬鹿かと思った。
 昔はともかく、今は知られているぞ。求人がひっきりなしに出ている会社というのは人の
出入りが多いということで、即ち仕事がキツいということを、その割り当てを上手くマネー
ジメント出来ない無能ですと白状しているようなものだろうと。
 なのに自分はずっと黙り込んできた。妻と子がいる。そんなのは方便で、結局は自分だけ
は現状の中での安牌に収まろう収まろうとしてきたのだ。辞めていった後輩達、或いは同僚
達にとっては自分はきっと“会社側(てき)”に映っていたのだろう。
『やったわ! あの悪女、とうとう出て行ったわ! また別のラインでトラブルを起こして
ね? やっと上が「駄目」だって判断したみたいなの。色々話をしたみたいだけど、自分が
厄介者だって言われてカチンと来たのね。自分から辞めますって! 上の人達も、切ったら
逆に訴えられるかもしれないって思ってたみたいよ?』
『……だろうな。理由なんて大抵保身(そんなもの)さ』
 だから、自分に妻たちの闘いをとやかく言う資格なんてそもそもなかったのだ。
 結局紆余曲折を経て、肝心の“敵”は彼女達の職場(コミュニティ)から吐き出されたよ
うだが、果たしてそれが正しかったのかは分からない。言及していい立場ではない。
『はあ……。本当、嵐みたいだったわ。これで本当に訴えてこなければいいんだけど……』
 先日の、妻の嬉々とした安堵の表情が今も脳裏に残っている。
 胸糞悪い。虚しくて辛い。
 俺が甘いだけなのか。本当の意味で痛い目に遭っていないからか。
 悪人とは、誰だ──?

(……うん?)
 昼休みに近くのうどん屋で安上がりのきつねうどんを掻き込み、いそいそとオフィスに戻
ろうとしていた亮太郎の視界に、ふとゆっくりと立ち上る薄い黒煙が見えた。
 ぼうっとしていた思考を一旦現実に引き戻す。道向こうのビル群からだ。火事だろうか?
「あ、先輩」
 そうして歩いていると、自社ビルの玄関前で一人のスーツ姿の青年が、同じくこの煙を見
上げるようにして立っていた。手には飲みかけの缶コーヒー。周りの通行人らも一人また一
人とスマホで動画を撮り出しているのを見ると、何だか自分達がいつも以上に酷く凡俗なよ
うに思えてくる。
「よう。あれ、どうしたんだ? 何処か火事か?」
「みたいですねえ。詳しくは分かりませんけど、何か放火みたいですよ? 女がコンビニに
火を点けた~って聞きましたけど」
                                      (了)

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  1. 2015/08/30(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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