日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ミッシング」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:花、影、雑草】


 ──そもそも誰でもなく、真っ先に自分自身が消えてしまえば良かったんです。

 はい。結局、僕は要らない子だったんです。僕は別段僕でなければならない必要はなかっ
たんです。
 父は昔気質の大工でした。母はそれを裏方で支える主婦でした。
 僕は一人息子です。だから生まれた時から、父は僕に、自身のような屈強で腕のいい大工
になって欲しかったようでした。
 でも……ええ。見ての通り、僕はこんなに華奢で、お世辞にもそういう肉体労働に耐えら
れる身体じゃありません。まぁここ何年もの暮らしの所為というのもあるんですけど……基
本的に僕という人間は、そんな父の期待とは殆ど真逆に近い育ち方をしたんだと思います。
 そういう意味では、僕は母も裏切っていました。
 父よりも年下な事もあって、母は父ほど跡を継ぐということに拘っている感じではありま
せんでした。だけどもその分、母は僕を思うがままに育てたいという欲望にずっと支配され
ていたのだと思います。そのこと気付く事もなく、それが当然だと信じていました。
 僕がこんななりですから、父は僕がまだ幼い頃から度々外に連れ出して、あれやこれやと
身体を鍛えさせようとしました。
 町内会の草野球、スポーツジム、時には自分の仕事道具を見せて覚えさせようとしたり。
 でもやっぱり僕はそういうのは苦手で、いつもドジばかりしていました。球も取れなけれ
ば打てもしないし、トレーニング用のマシンの一回にも耐えられない。何より父が力尽くで
大工のイロハを教えて──押し付けてくるものだから、子供心に僕はその時が来る度に泣き
じゃくって嫌がった……らしいです。
 そんな時にいつも間に入ってくれたのが母でした。『貴弘が嫌がってるじゃない!』そう
言って父から僕を引き離し、くたくたの泥塗れになった僕を慰めてくれました。
 ……でも、母も同じなんです。
 父の思惑とは別に、母は僕に自分達よりも優秀であってくれと強く願っていました。自分
達よりもずっと賢くなって、良い学校に行って良い会社に入り、裕福(しあわせ)な人生を
送ることを期待していました。
 でも、それすら僕は出来なかった。
 年々不機嫌になる父から逃げるように部屋に篭もって、勉強して、だけど学校の成績はい
つも真ん中辺りに喰いつければいい方。やらなくちゃと思ってどれだけ机に向かっても、頭
に詰め込むその一方で数式や用語が頭でいっぱいになっては零れていく感じです。
『何で? 何でこんな事も出来ないの……?』
 父の時と同じように、母は僕に色んな手を尽くしました。
 たくさんの友達を作りなさい。あなた、いつも一人っきりじゃない。
 今度新しい家庭教師の先生が来るからね。成績、絶対上げるのよ?
 何くだらない本を読んでるの! そんな暇があったら公式の一つでも覚えなさい。参考書
だって高くないのよ──?
 ……物心ついた頃には、よく下の階で父と母が喧嘩をしているのを聞くのが当たり前にな
っていました。父はやっぱり僕に跡を継いで欲しくて、自分の仕事が年々大変になるばかり
で。母は思い通りの優等生にならない僕に苛立ちながら、そんな悩みに理解の一つも示して
くれない父に何度も食ってかかっていました。
『大体、お前が甘やかすからだ。俺の息子があんな軟弱な奴になる訳がない!』
『私の息子よ! 貴弘はもっと上に登り詰めるの。もっともっと、こんな暮らしじゃないエ
リートになるのよ!』
『こんな暮らしだぁ!? 職人を馬鹿にするな! 食わせて貰ってる分際で……!』
『言ったわね!? その食事を用意して、出してるのは何処の誰よ!? 洗濯も、掃除も、
何一つ自分でやろうとしない癖に!』
 勉強なんてする気が起きませんでした。いつまた二人が喧嘩をし始めるか分からなくて、
只々そんな時間が怖くて、何も手に付きませんでした。
 布団を頭から被って震えていたのを覚えています。成績も……その頃からどんどん下がっ
てついていけなくなりました。

 家にいても休まらない。学校にいたって、やっぱり。
 両親が喧嘩している時の映像が脳裏に焼き付いて、他人と話すのが怖くなりました。どれ
だけ何ともなく話し掛けてくる人も、陰ではきっと悪いことを言ってるんだ──僕の所為で
不機嫌になるんだと思うと、接することも怖くなって……。
 家にも居場所がありませんでした。学校でも、友達と言える子はいなくなりました。
 ……中学の頃には、ですかね。所詮それまでは地縁で何とか繋がっていられたようなもの
ですし、皆段々それぞれに仲良しのグループってものが出来てきます。僕は、そのどれにも
入れずに終わりました。そこに居ても居ないようなものでした。
 もう楽しくも何もなくなった勉強に授業に一日の大半を費やして、家に帰ります。
 きっとまたテストがあれば、成績は下がるんだろうなと思いました。実際にそうでした。
そして母はまた暫くとんでもなく不機嫌になります。そんな母に影響されて、父も普段以上
に感情を荒げる機会が増えます。
 だから、自分の部屋しかありませんでした。
 家にいる時も、大半は部屋のベッドに包まってじっとしていました。相変わらず両親が喧
嘩をしているなと感じても、感じないように努めてきました。一々意識してしまったら、止
めるにも止むのを待つにも地獄しかないですから。
 段々、部屋から出るのが怖くなりました。外に出ればあの二人が待っていると思うとどう
しても足が竦んで動けませんでした。学校になんて尚更です。ただ自分が貶められる為だけ
の場所に、今更勤勉に通ったところで何もいい事なんてないやって思って。
 ……はい。ひきこもり、です。中二の冬頃にはもう完全にそうなってたかな? 最初は担
任の先生も時々様子を見に来てたりしてたみたいですけど、壁越しに父と母が醜いほどに繕
って応対しているのを聞いて、馬鹿馬鹿しくなりました。ずっと拒んでいたら、その内先生
も僕の所には来なくなりました。
 ちょっと静かになりました。一日中暗くてお腹が鳴っているけど、自分がずっと楽になっ
た気がしました。まぁ今思えば、それは錯覚で、骨とか皮とか、余分なものがとことん削げ
落ちて身軽になったのを楽だと勘違いしていただけだったんだと思いますけど。
 何度か、母が『貴弘、お願いだから出て来て!』とドアを叩いて叫んでいました。
 何度か、父が『いい加減しろッ! どれだけ好き勝手をやれば気が済むんだ!』とドアを
叩いて怒鳴っていました。
 三ヶ月、半年。いや、もっと早く──本当は一月やそこいらかな。
 気が付けばそれが当たり前になっていました。僕はずっと部屋(そこ)にいて、偶に食事
を乗せたトレイが置かれて。
 嗚呼、それで何度かこっそり食べようとドアを開けた瞬間、父に無理やり引っ張り出され
掛けた事がありましたね。あれは最悪でした。体格なんてとっくの昔に負けている事は分か
っていたのに、それでも僕は必死に爪を立てて、噛み付いてまで反抗して……。それで父は
痛がって『この……屑野郎ッ!』と吐き捨ててました。もう駄目だなって思いました。

 僕が一人っ子じゃなかったら……。ええ、何度もそんな事は考えました。
 実際もっと僕が小さい頃に、父が僕がその期待ほどの丈夫な子じゃないって判った時、母
と二人目について話し合っていたらしいです。でもその頃はまだ、母は僕がやればできる子
なんだと信じていて、父とも随分冷めていましたから、そんな気はまるで無かったみたいで
すけど。
 中学はまぁ、義務教育なので一応形だけ卒業はしました。でもそれだけです。
 この期に及んで、母は何度も僕に通信教育でもいいから進学してくれとドア越しに訴えて
きました。でも僕はとうに僕の勉強は母の面子の為だと勘付いていましたし、とてもじゃな
いけどそんな余力は身体の何処にもなかったので、すぐには応じる事もありませんでした。
何年か後ですね。僕もようやく成長が追いついてきて、焦り出した頃に。
 ……でも、相変わらず僕は部屋から出る事が出来ませんでした。父も母も、諦めたのか、
徐々にそんな環境に慣れてしまったみたいです。
 僕は部屋から出ない──出させない。部屋に閉じ込めて、外から鍵を掛けて、二人は僕を
人目に触れないようにしました。そしていつものように父は大工仕事に精を出し、母はいつ
ものように工務店の事務と主婦業を続けます。
 ……何というか、そうでもしないとどうしようもないって感じだったんですよね。
 僕は僕で閉じ篭りっきりだし、父は仕事に、母は家事に没頭することで目の前の現実から
目を逸らしたかったんだと思います。元凶の僕が、もう今更言ったって仕方ないですけど。
 家を出る時も、帰って来る時も、父は終始不機嫌でした。
 折につけてご近所さんと話になると、僕は遠い学校に行っている──母はそう嘘をついて
いました。
 怖かったんだと思います。もう何処かで解っていたんだと思います。
 僕は“失敗作”だ。でもそれを周りに知られたくない。他ならぬ自分の面子がズタズタに
なるから。
 夜、父が乗り古したトラックのヘッドライトを点しながら帰ってくるのを二階の部屋の窓
から見ていました。昼間、暇があれば麦藁帽子を被って庭の草木を手入れしている母の姿が
ありました。
『ああ、もう。草が生え過ぎねえ。引いちゃわなきゃ』
『ふふ。綺麗に咲いたわ~。来年もう何本か増やそうかしら』
 だから多分、理解して、どんどん磨耗していったんだと……思います。
 僕は“失敗作”でした。父の望むような跡を継げる立派な大工にもそぐわず、母の望むよ
うな優秀なサラリーマンにもなれませんでした。
 僕が、僕である必要なんて二人には無かったんです。
 閉じ篭った部屋の中で、僕が延々読み耽っていたのは古典から始まって色々な文学。或い
は鎮静剤代わりに聴いていたクラッシックの音楽。
 母は通販でこれらを頼む僕に、何度もその好みを否定してきました。こんなものにお金ば
っかり使って……。うちの財布は無限じゃないのよ……?
 父などは時折、部屋に乗り込んできては破り捨てんばかりの勢いで詰りました。こんな無
駄な道楽なんぞに染まりおって。だからお前は駄目なんだ……。
 僕は“失敗作”です。
 母が言う所の、綺麗な花が咲くのを邪魔する雑草で、父が言う所の、手に職もつけずに遊
んでいる穀潰しです。
『……。引いちゃわなきゃ』
 要らないものは、間引かなきゃいけなかった。

 本当なら、もっと早くにこうすべきだった。何よりもっと僕がそうなるべきだった。
 なのに僕はそれすら出来なかったんです。弱いんです。考えて、何度も考えて考えて考え
尽くして、僕は弾かれたように立ち上がりました。
 部屋を出ました。全身が刷り込まれた恐怖で震えます。でもあの時は、それ以上に頭の中
でいっぱいになっていた衝動……のようなものが、僕を突き動かしていました。
 縁側から庭に出て、物置の中から鎌を取り出しました。母がよく草引きに使っているもの
です。僕はそれを握って、居間で昼寝をしていた母の下に向かいました。母は酷く驚いてい
ました。そりゃそうですよね、あれだけ必死に訴えても出て来なかった我が子が自分から、
それも鎌を片手にふらっと現れたんですから。
『貴、弘? どうしたの? 一体──』
 でも言葉はもう聞きません。はい。僕がやりました。鎌を振り返った母の胸に振り下ろし
て、悲鳴を上げたその中で暫く何度も何度も振り上げては振り下ろしを繰り返しました。
『やっ、止め……! 貴、ひっ、ろ……!』
『……』
 凄く呆気なかった。あれだけ僕に立ち塞がって、僕を自分の為だけに育て上げようとして
いた人が、あんなにも簡単に赤い肉の塊になったんですから。
 胸やら頭、腕、逃げられないように脚も。
 ざく、ざく、ざくざくざくざく。動かなくなりました。返り血でべっとりとした感触が全
身を突いていましたが、ぼうっとしてあまり気にはなりませんでした。
『……。引いちゃわなきゃ。要らないものは、引いちゃわなきゃ』
 僕は僕の為に、僕に立ち塞がるものを間引こうと思ったのかもしれません。
 復讐? なんでしょうかね。今もよく分かりません。ただあの時は、もうこれしかないっ
て思い詰めてたと思いますから……。
 それから、家の前に出ました。通り掛ったご近所さんが僕を見てギョッとしていました。
 嗚呼、この人は○○さん。そっちの人は××さん。よく母と立ち話をして、僕の部屋をそ
れとなく覗き込んでいた女性(ひと)達でした。
『──』
 間引きかなきゃと、思いました。僕がそうされたように、僕は僕にとって要らない人を、
片っ端から引いていこうって。
 ……はい。殺しました。手当たり次第、見かけた人に鎌を振り下ろしました。皆僕を哂っ
ている気がして。皆が皆、僕のことを幸野さん家の失敗作だと言ってるような気がして。
 ……はい。そうです。後は刑事さん達の知っている通りです。間引いて回っている僕を、
何処かの人達が飛び掛ってきて取り押さえました。……ちょっと、ホッとしたのかもしれま
せん。
 これで、終われる。何もかも終われる。
 ただ自分自身をそうできず、仕事に行っていた父をそうできなかったのが、残念と言えば
残念ですけど……。

 ***

「……」
 指向性のライトと心許ない電球だけの取調室で、彼を取り囲む刑事達はすぐに掛けてやる
べき、怒鳴りつけるべき言葉を見つけられず押し黙っていた。
 椅子には、一人の青年が座っている。
 その姿は酷く青白く、衰弱したかのように痩せ細り、服装もその歳月と犯行の血汚れ、取
り押さえられた際の影響でボロボロになっている。
 酷く幼稚、利己的な動機だと刑事達は思った。なのにそれを今ここで叱責する言葉が出て
来ない。情報によれば彼は長く自室に閉じ篭もり──閉じ込められ、いわゆるひきこもりの
生活を送っていたという。だとすればこの酷いみてくれも納得は出来るが、それにしても一
連の凶行を犯したというのにこの落ち着き具合。尋常ではない。
「……とりあえず、お前はとんでもない罪を犯した。分かるな?」
 リーダー格の刑事がずいと肘を寄せて言う。青年はコクと頷き、しかしそれ以上何か目立
ったリアクションを示す事もなかった。ぼうっと、抜け殻のようにそこに座っている。
 そもそも、これほどの酷い痩せぎすでまだ生きている方が不思議なくらいなのだ。
 尤も心の方は、とうに死んだも同然だったようだが……。
「それで、どうします?」
「どうするって……この通り調書作るっきゃないんじゃねぇか? 自供はしてる訳だし」
 困った表情。刑事達は互いに顔を見合わせた。
 だがこのまままごついていても埒が明かない。筆記役の同僚の様子を見る。とにかく少し
でも早く事件を“解決”に導かなければ。
「……ここまでやらかしたんだ、罪は償えよ。今更自殺(けっこう)なんてナシだからな」

 不要の烙印を押された青年は、やがてかくして壊れた。
 少なからぬ間違いがあった。だが彼らはきっと思うのだろう。事件の報を聞き、この凶行
に世の人々は当然とさえ考えるのだろう。

 ──こんな人間(はんざいしゃ)は、要らない。
                                      (了)

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  1. 2015/08/23(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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