日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔6〕

 時を前後して。彼らはじっと事の一部始終を見つめていた。
 窓も見当たらぬ薄暗い部屋。そこでも彼らが視覚を保っていられるのは、他ならぬ壁面に
ぶら下がったこの一部始終の映像が放つ光が故だ。
「ふぅむ……」
 映し出されていたのは、とある夜半の駅前だった。
 飛鳥崎北部の玄関口・千家谷。映像の中ではその駅舎や周辺のビル群が次々に爆発を吐き
出し、飛び散る火の粉と瓦礫に居合わせた人々が逃げ惑っているさまが記録されている。
『──』
 そして映像は更に、ついっとフォーカスされた。
 爆発現場。そのすぐ近くのビルの屋上で、筋骨隆々とした怪物を引き連れた男が何やら狂
ったように肩を震わせながら笑っている。
「……流石にこれは、やり過ぎよねえ」
 薄暗い室内。うちゴスロリ服を着た少女がそう開口一番、呆れ気味な感想を口にした。
 他の同席者達も、多くはその意見に同意だった。人数は七人。上座に立ってこの壁面の映
像の横に立っている白衣の男を含め、ぐるりと付けた事務テーブルにはそれぞれ三対──六
つの人影が座っている。
「ボマー、でしたか。彼を与えたのは?」
「ああ。俺だ」
 ローブのような、黒い衣を纏った眼鏡の男性が問い、如何にも不良といった感じの柄の悪
そうな青年が答えた。あまりにもしれっと、悪びれた様子のないその言い方に、他の面々か
ら無言の批判が飛んでくる。
「やはり貴方ですか……。もう少し相手を見極めてからにしてください。百歩譲ってあれが
“繰り手(ハンドラー)”の願いだとしても、街を──インフラを破壊されるのは我々とし
ても困るのですよ」
「んな事言われてもよぉ……。あの眼ならイケると思ったんだ。素質はあると、思ったんだ
がなあ」
 眼鏡の青年からの咎。あまり反省した様子でもない柄の悪そうな青年。
 面々は彼に目を遣りながらも、それでいて説教に加勢しようという様子でもなかった。
 薄く目を開けている、黒スーツの寡黙な青年。
 横柄に両腕を組んでじっとこの二人のさまを睥睨している男性。
 更にこの青年の隣席でボリボリと、同じくらい関心が薄そうにポテチの袋を脇に抱えて食
べ続けている肥満の大男。
 先のゴスロリ服の少女を含めて六人。こうして同じ場所に集まっていながらも、それでい
て彼らは積極的な絆(つながり)で此処に在るという風には見受けられない。
「それでも、程度の問題です」
 はぁ……。眼鏡の男性が半ば諦めたようにため息をつき、そっとそのブリッジを軽く押さ
えて気分や話題を切り替えていた。
 横柄な男と、ゴスロリ服の少女がそれぞれ無言の侮蔑や呆れと共に頷いている。
 一方で、当の柄の悪そうな青年はほじほじと耳の穴に小指を入れてマイペースに垢を取っ
ていた。そうかよ。辛うじて言葉の上っ面だけは従順で、だけどもふぅっと指先のそれを息
を吹きかけて片付けてしまうなど、彼が本当に反省しているかどうかは果てしなく怪しい。
「まぁまぁ。ここで僕らが喧嘩していても仕方ないよ。既に同胞の一人は託された。その行
く末がどうなろうとも、僕らは僕らでただその子らが育つのを守るだけさ」
 そんな時だった。壁面の映像横に立っていた白衣の男が口を開いた。
 気持ち撫で付けた薄めの金髪。頬は痩せ気味で、そう言って微笑(わら)う顔つきには何
処か底知れぬものすら感じられる。
 ヴゥゥゥン……。静かに、彼らの背後には巨大なサーバー機が並んでいた。
 部屋の奥、映像が流れている壁面の左右から延びる階段の上。映像からのそれには到底及
ばないが、これらは彼らが事件の一部始終を観、会話を交わしている間もじっとただ只管に
駆動し続けている。
「……さて、決を採るよ。彼の粛清に賛成な子は手を挙げて」
 そして促す。用いた言葉の不穏さとは裏腹に、この白衣の男は変わらず一見穏やかだ。
 一人、二人、三人──六人。結局彼を除く全員が手を挙げていた。
 うん。白衣の男はそれを確認して小さく頷き、遅れて自身もすいっと手を挙げて七人目の
賛成票と為る。
「決まりだね」
 全会一致。
 薄暗く仄暗く点る明かりの中、彼らは何時ものように動き出した。


 Episode-6.Vanguard/新たな都市伝説

『睦月!』
 画面の向こうが爆風でいっぱいになった瞬間、司令室(コンソール)の皆人達はその光景
をすぐには受け入れられず呆然としていた。濛々。酷くどす黒い煙が辺りに満ち、激しく破
壊されたモールの中で男とボマーが立っている。
「……ふん、こんなものか。しかしこの街は一体何があるか分から──ん?」
 勝ち誇ったように嗤おうとしたボマーの召喚主。
 だが次の瞬間、現れた目の前の光景に、彼のその呟きは途中で遮られてしまう事になる。
「ぅぅ……」
『睦月!?』
『よ、良かった。生きてたのね……』
 そこには睦月が立っていた。爆風によって煤けた白亜のパワードスーツを身に纏い、しか
しそれでも肉体が四散する事なく、ギリギリの所でその場に立ち続けている。
 皆人が、香月達が驚き、そして安堵した。直後すぐに何故無事だったのかも理解する。
 新たに武装を加えていたのだ。睦月はまるで背後遠方にいたであろう人々を庇うように肩
から緋色のマントを引っ掛け、身を守るようにそれを身体に巻いていたのだ。
『マスター、大丈夫ですか?』
「……うん。訓練の時に試してなかったから死んでたね……」
 RESIST THE PUMA──美獅(ピューマ)のサポートコンシェルである。
 彼は爆風に呑まれる直前、この耐熱能力を持つ衣を呼び出して纏い、自らその盾になった
のだ。事実その足元には彼を避けるように黒焦げの跡が広がり、背後には一切その炎禍は及
んでいない。
「っ……」
 だがそれは、必ずしも彼自身が無傷であるというロジックにはならない。
 ぐらり。次の瞬間、睦月は揺らぎ遠退き始める意識の中、思わず膝をついた。全身に重い
感触が圧し掛かる。爆風自体は防げても、身体に叩き込まれたダメージだけは防ぎ切れなか
ったのだ。
『マスター!? だ、大丈夫ですか! し、しっかりしてください!』
『睦月、今回は退け! これ以上はお前の身体がもたない!』
 リアナイザ越しに、通信越しに、パンドラや皆人らからそう指示(こえ)が飛んでくる。
でも……。睦月は静かに呼吸を荒げながら、じりっとボマーと男の方を見た。
 やはり向こうもこちらの様子を注視している。最初こそ男はこの直撃に耐えた事に驚いて
いたようだったが、それでも睦月が最早虫の息だと判ると更なる攻撃を命じようとした。手
をサッと振るい、ボマーに再び肉塊爆弾を作らせようとする。
「──む?」
 しかしそんな時だった。ふと彼らと睦月の耳に、遠巻きから幾つものサイレン音が届いた
のだった。穴の空いた壁越しに目を凝らしてみれば、確かにこちらへ向かって何台もの消防
車や警察車両が群れを成して走って来るのが見える。
「……時間を食い過ぎたか。仕方ない。ボマー、退くぞ」
 十中八九騒ぎを聞きつけての事だろう。同じ事を考えて、男はチッと小さく舌を打つと言
って踵を返し始めた。ま、待て……。追い縋り、しかしもうフラフラでとてもではないが戦
えない睦月の言葉などは完全に無視している。
「……」
 ぎろり。だがただ一度だけ、階段の上の向こう側へと立ち去る間際、彼は間違いなく睦月
を肩越しに睨んでいた。
 憎しみに支配された、黒く澱んだ瞳。
 ただ睦月とパンドラはその視線にも抗えないまま、程なくして姿を消していく彼らの背中
を見送る事しか出来ない。
「……逃げられちゃったね」
『そんなお身体で言う台詞じゃないですよぉ! 悔しいですけど……命拾いです』
『ああ。俺もパンドラと同感だ。睦月、お前達もすぐにそこから離れろ。当局が来る。顔が
バレない内に離脱するんだ』
「……うん」
 苦笑する睦月。だがそれが無理をした笑みだというのは皆痛いほどに分かっていた。
 パンドラが主を心配するように、そして己の力不足を悔いる。皆人も一度深呼吸をして乱
れた心を整え、そう急ぎ戻って来るように指示を出す。
 ふらふら。すっかりへしゃげた壁に手を当てながら、パワードスーツのままの睦月はゆっく
りと歩き出す。戦いは痛み分けに終わった。

 ……いや。
 辛うじて痛み分けに持ち込めた、というのが正しいのだろう。

「──おはよう、むー君」
 翌朝。海沙はいつものようにお隣の佐原家の前に立っていた。制服姿の、肩甲骨辺りまで
伸びた髪の先を半ば無意識に弄りながら、彼女はインターホン越しにそう呼び掛ける。
『おはよう。開いてるよ。入って』
 返ってきた幼馴染の声はいつも通りのように思えた。お邪魔しま~す……。海沙は控え目
な声色で呟くと玄関を開け、靴を脱ぎ、廊下を渡って早速台所へと向かう。
「おはよう、海沙」
 そこでは睦月が、既にエプロン姿で三人分の弁当を盛り付けていた。自身と海沙と、そし
て宙の分だ。微笑を返してくる幼馴染の少年。海沙もまた微笑みを返し、鞄を椅子の一つに
置くと早速彼に代わって今日の朝食の用意を始める。
「……」
「? どうしたの?」
「あ、うん……。何だかむー君、疲れてるみたいな気がして……」
 それからどれだけお互いに黙々と盛り付けと料理を続けていただろう。
 三人分の弁当を袋に詰め終えた頃、睦月はふとじ~っとこちらを見遣っている海沙の視線
に気が付いた。問えばはにかみ、そんな答えが返ってくる。
「……そう、かな? 確かに昨夜はちょっと寝るのが遅くなっちゃったけど……」
 はい、出来たよ。しかし睦月は何ともないと言わんばかりに、一瞬声を詰まらせてから彼
女と宙の分の弁当袋を差し出した。
「うーん、それでなのかなぁ? でも何というか……顔色が暗い、というか」
「……」
 海沙は受け取る。もう片方の手で朝食のハムエッグの皿を既に焼いてあったトーストの横
にぽんぽんと置いていき、慣れたように親友の分を合わせた弁当袋を鞄の中にそっとしまい
込む。
 内心海沙は心配だった。以前宙と膝を詰めて話した時のように、彼が自分達に内緒でまた
無理をしていないかと思ったからだ。
 目の前の幼馴染は微笑の人だ。だけどもそれは多分表向きのものであって、本当はもっと
色んな苦しみや痛みを抱えているのだと思う。笑み以外を殺しているような人だと思う。故
にあれ以来、折に触れては自分に言い聞かせて、彼に対し注意深くあろうとしている。
「むー君。もし困った事が相談してね? 私達が出来ることなら何でもするから」
「……。うん。ありがと」
 二人で朝食を摂り、戸締りをして家を出て道向かいの宙と合流すると、睦月達三人はいつ
ものように住宅街から河川敷を通り、ゆったりと学園に向かって歩き出した。春爛漫の陽気
も気付けば和らいで退場を始め、目に付く木々は次々と濃い緑色に模様替えを進めている。
「やっぱり同じ犯人なのかなぁ……? 昨日の西國モールの事件」
 河川敷の上。睦月と海沙の少し前を歩く宙は、そう鞄を持った両手を首の後ろに回すと、
くるっとこちらを振り返って言った。苦笑が二つ。大抵彼女との世間話は、こうしてその日
その日の巷の噂話である事が多い。
「二日連続だもんね。一昨日は千家谷で、昨日は西國かあ。北からぐるっと、時計とは逆回
り、なのかな?」
「どうだろう……。偶々近場だったからかもしれないし……」
 やはりというべきか、既に昨日のボマーとその召喚主の爆破テロは広く市民が知る所にな
っているようだ。怖いね……。親友に話を合わせながら、しかし生来の性格から不安げな海
沙の横顔を見、睦月は改めてあの時討ち取れなかった自身の無力を悔やむ。
「うーん、何が目的なんだろう? やっぱりテロなのかなぁ。この前の西区の殺人とは違っ
て今回はマジモンの爆発だし。ここまで来ると流石のあたしでも引くわぁ」
「あ、ははは……」
 噂話のネタにしたって、限度ってものがあるでしょうに。
 宙はそう本人的には至極真面目に言ったらしかった。それでも海沙が苦笑するように何処
か単にツッコミのようにしか聞こえないのは、良くも悪くも日頃の行いという事か。
 睦月は黙っていた。土と砂利の入り混じった道の上を歩く。
 テロなのは間違いないだろう。他ならぬ自分自身があの現場で犯人と──アウターと対峙
したのだから。
 だから余計に宙の言う目的(りゆう)が気になった。悪人だから。ただそれだけで持てる
力を振るうばかりでは、根本的な事が何一つ解決しないような気がして。
「犯行声明みたいなのも出てるとか聞かないしね。もしかしたら警察が知っててまだ公表し
ていないのかもしれないけど」
「それってメリットあるの? っていうか向こうは大々的に目立たせたい訳だから、警察に
送りつけるよりもネットに流すもんじゃないの? そういうのって」
「言われてみれば……。じゃあソラちゃんはそういうの見かけた?」
「うんにゃ。あたしもニュース見た時色々サーフィンしてみたけど、それらしい確定情報は
無かったねえ。便乗したデマの類はちらほらあったけどさぁ。睦月は?」
「……見てない。分からないよ。テロリストの考えなんて」
 だからつい、睦月は何処か突き放すような言葉を返してしまっていた。すぐハッとなって
顔を上げると、少々面を食らったかのように目を見開く二人の幼馴染の姿が映っている。
 正直、内心少し焦った。
 何故が気になる。だけど分からない、判らない。でもあの彼と自分との違い過ぎる価値観
への苛立ちを、彼女達にぶつけるなんてのは間違っている。
「ごめん……」
 思わず謝った。声色は沈み、唇を結ぶ。だがそんな彼の反応を、どうやら海沙と宙は義憤
の類として解釈してくれたらしい。
「まぁ、気にしないでよ。実際何処かぶっ飛んでるのは間違いないだろうしねぇ」
「そ、そうだよ。むー君が昨日の事件でそんなにいっぱい悩む事なんてないんだから」
「……そうかもね。でも、この街がきな臭くなったのは事実なのかなぁ」
 侘びと誤魔化しを含めて、苦笑(わら)う。
 睦月はマズったと話題を終わらせようとする気配の宙と、あくまで自分達が無関係である
筈だと慰めてくれる海沙を見遣っていた。
 ありがとう。やっぱり二人は、僕にとって大切な存在なんだ。
「ともかく、暫くは無闇に外出しない方がいいだろうね。またいつ何処で爆破されるか分か
らないし……」

「──手酷くやられたな」
 記憶は前日、ボマーとの戦いが辛うじて痛み分けに終わった直後に遡る。
 現場となった西國モールから離脱し、直後ようやく追いついて来た國子らリアナイザ隊の
面々に肩を貸して貰いながら、睦月は何とか司令室(コンソール)まで帰ってくる事ができ
ていた。慌て心配してくれていた香月(はは)らに迎えられ、早速傷の手当を受けている中
でそうカツンと、気持ちいつもより不機嫌面な──お冠な皆人が目の前に立つ。
「全く、無茶をする。一人で突っ走るからだ。捜査したいのなら先ず俺達に言え。気持ちは
分からんでもないが、お前に何かあったら俺はどう香月博士や天ヶ洲達に詫びればいい?」
 お前を失う訳には……いかないんだ。
 眉間に皺を寄せたまま親友(とも)は言う。はたしてそれは友を慮る気持ちが故だったの
か、唯一の装着者のロストという最悪の事態を指してなのか。それでも睦月は、母らに手足
や胴に包帯を巻かれながら「……ごめん」と、ただ短く謝る事しかできない。
「ともかく、現状を整理しましょう」
 そして香月が研究部門の皆を代表して、言った。
 責めるのも、落ち込むのも後だ。ともかく自分達はアウターによる災いを食い止めなけれ
ばならない。
「……そうですね。先ずは犯人について。一連の爆破事件は今回のアウターとその召喚主の
男によるものと考えて先ず間違いないでしょう。パンドラの映像ログと、睦月が聞いて来た
一件目でビルの屋上にいたという男の話。先ずはその両方が同一人物かどうかを解析しよう
と思います」
「問題はあのアウターをどう倒すかですね。睦月さんの攻撃がろくに通らない硬い皮膚に、
直撃すれば大ダメージ確定の肉塊爆弾。爆弾を切り離した直後であれば皮膚の下部が露わに
なっているようでしたが、それも任意に再生できるようですし」
「ええ。それに映像を見ていたけど、ライオンちゃんは火のコンシェルでしょ? ああいう
爆発を操るような敵とは相性が悪いと思うのよね……」
「それに睦月に止めを刺そうとしていた直前の、召喚主の言葉が気になります。“この忌々
しい都市と共に滅べ”──。もしかしたら彼は飛鳥崎の人間ではないのかもしれない」
 皆人から國子、香月、そして皆人と順繰りにそれぞれの方針と分析が飛び交った。
 思わず場の面々の表情が暗くなる。そう聞く限りでは、あの巨漢のアウターには打つ手が
無いように思えてくるからだ。
『とにかく、あの皮を何とかひっぺ返さない事には始まりませんよねぇ』
「……」
 パンドラがぼやく。しかしそんな中で、当の睦月はじっと顎に手を当てて何やら考え込ん
でいるようだった。
「睦月。ともかく今は身体を休めろ。犯人については俺達が数日中に調べておく。奴の目的
がテロ行為なら、また同じように現れる筈だ」
 皆から漏れる嘆息。
 やがてそれらをぐるりと眺めて、皆人は彼らにこの親友(とも)に、そう締めるように言
うのだった。


 ショッピングモールでの爆破テロから、数日が経っていた。
 当初はあれほどしつこくがなり立て、不安を煽っていたメディアも喉元過ぎれば熱さを忘
れると云う奴なのか、三日を過ぎた頃からぷつと特集を組む事すらなくなっていた。
 いや、それが民意というものなのかもしれない。
 実際道ゆく人々は間近で起こった事件から目を逸らすようにそれぞれの営みに回帰し、千
家谷駅や西國モールの爆破跡──急ピッチで復旧が進むブルーシートの奥などは覗こうとも
せずに只々足早に歩き去っていく。
 あれ以来、新たな爆発事件は起きていない。
 当局の警戒が厳しくなり、向こうとしてもより神経質になっているのか……。筧は大よそ
そんな半分正解で、しかし残り半分は思いもよらぬ不正解を持っている予想を立てて動いて
いた。
 場所は飛鳥崎北市民病院──先日、千家谷の路地裏で聞いた一件目の目撃者が入院してい
るという病院だ。筧は当初すぐにでも出向くつもりだったが、直後に西國モールで二件目の
事件が発生したため、今日まで手が空かなかったのだ。
「……」
 しかしようやくこうして病室に赴き、件の林青年から話を聞いて来たというのに、当の筧
は終始ぶすっと不機嫌面のままだ。
 病院の正面入口を出て整備された石畳と植え込みの中を歩く。そんな先輩に、例の如く同
行していた由良は内心先程からハラハラしっ放しだった。
「な、何だか益々訳が分からなくなっちゃいましたね。兵(ひょう)さん」
「……」
「リアナイザを持った中年、ですか。玩具で人殺しが出来るとは思えませんが……無駄足で
したかね?」
「……」
 だんまりと。隣を歩きながら由良は勘弁してくれよと思った。
 分かってはいる。単に拗ねている訳ではない。この人の事だから今もじっと情報という名
のピースを必死に繋ぎ合わせようとしているんだと知ってはいても、やはり真っ昼間から泣
く子も黙るような強面でのしのし歩く中年と一緒にいるというだけで、自分も何だか悪い事
をしている気分になる。
 実際、すれ違う人々の少なからずが何事かとこちらに目を見張ってくるのには何度も気付
いていた。そして直後、そんな彼らの全員が全員、厄介事は御免だと言わんばかりに慌てて
目を逸らしてゆくことも。
(はぁ、兵さん機嫌悪いなあ。仕方ないか。この前あんな事があったばかりだしなぁ……)

『──自分は反対です! いくら何でも性急過ぎる!』
 それは二件目の事件が起きた翌日の事だった。飛鳥崎中央署及び現場の所轄の刑事ら全員
が集められた合同捜査会議の場で、筧は上層部が下したとある判断に真っ向から噛み付いた
のだ。
『まだ具体的なホシも上がっていない内から“特安”指定なんて……。万一マークした人間
がシロだったら、取り返しのつかない事になるんですよ!?』
 特別治安案件──通称「特安」。
 こと年々凶悪化・常習化する犯罪において、基本生け捕りを念頭に容疑者を確保する警察
に許可される強権発動である。
 即ち、場合によってはその場で射殺しても構わない──。事前に対象の事件を指定し、裁
判所から専用の令状が発行されていることが前提条件となるが、確保時に尚も強く抵抗し、
犯行を継続せんとする“悪”を文字通り社会から駆逐する為の奥の手的制度でもある。
 それが、今回飛鳥崎を襲った爆破テロの犯人に対し適用される事になったのだ。筧は由良
が止める暇もなく、これに激しく反発し、ダンッと机に拳を叩きつけながら抗議していた。
『反対も何も、これは決定事項だ。まさか君は、飛鳥崎千五百万の市民の命よりも、彼らに
仇なす一人の命を優先しようという訳でもあるまい?』
 だが、会議室の最前列に陣取る上層部の面々は、筧のそんな言葉をさも一笑に付すように
して静かに睨みを利かせた。
 そういう訳では、ありませんが……。筧は言う。そういう事じゃない。ただそうやって誰
かを、自分達が易々と天秤に掛けていいのかと、そう言いたかった。
『筧警部補。我々は警察という、市民を悪から守る為の組織だ。君のスタンドプレーを放免
する為の場所じゃない。分かるね? 事実、前回と今回の爆破テロで少なくない死傷者が出
ているんだ。早急に犯人を確保し、これ以上の危険を排除する事が何よりも優先されるべき
ではないかな?』
『っ……』
 筧は握った拳に力を込めたまま、しかし再び手元の机に打ち付ける事はできなかった。
 この野郎……。内心、思う。もしかしなくても今回の指定は白鳥(こいつ)が裏で推した
のか? キャリア組の有力者である彼になら十分に可能だ。
 悪と断じれば、その命は切り捨てられて当然とする態度。
 やはり筧は、白鳥のそんな息をするように決めてかかる独善的な思想が大嫌いだった。
 甘いとか甘くないとか、そういう話じゃない。人間を何だと思ってやがる? 罪を犯した
人間にだって理由はあり、人生はあり、償いの方法だって一つではない筈だ。それを杓子定
規と憎しみばかりで抹消し続ければ、そもそもこの世の中が成り立たなくなってしまう。
 僅かな失敗も許さず、償う機会も与えられず、只々肥大化するばかりの排除される恐怖に
震える──。それが本当に人々の望む事か? 自分達の成すべき正義か? 違う。俺達はそ
んな権力を笠に着た殺戮代行業者なんかじゃない。少なくとも裁くのはこの組織ではなく、
法だ。恣意であってはいけないのだ。
(てめぇにとっては“悪人”を庇う部下(デカ)すら、要らないともで言いたいのか……)
 ゆっくり。筧は席に腰を下ろした。隣席では由良が「ま、拙いですよ。兵さん」と、周囲
から突き刺さる侮蔑の視線に表情(かお)を歪めている。
『……』
 大きく息を吸い、筧はどっかりと寧ろ睥睨し返すように殺気立って黙し始めた。
 それ故にざわざわと周りの刑事達が不快感を示してざわついていたが、こうした彼の突出
は今に始まった事ではないのか、やがて白鳥を含む上層部は改めて宣言するように言う。
『では、先に述べたように、今後今回の連続爆破テロ事件を“特安”として処理していく』
『令状はここあるが……分かっているな? 期限は七日だ。総員、全力でこのホシを見つけ
出せ。これ以上、この街を好き勝手にさせてはならん!』
『念の為、過去半年に起こった爆破事件の類もリストアップしろ。どんな些細な共通点でも
構わん。犯人に結び付く情報を片っ端から引っ張って来い!』
 押忍ッ!! 活を入れられて、場の刑事達が立ち上がった。筧と由良もその中に交じって
渋々と、悶々と捜査に向かう。
 ばたばた。
 何十人何百人ものエキスパート達が、この巨悪を捕らえるべく駆け出していく。

「……悪ぃな、由良」
 こちらの取りなし──気まずさを汲んでくれたのだろうか、暫くしてふと筧がそう眉根を
寄せていた眼を向けてきて言った。
 由良はホッとする。だがやはり彼の事は自分が一番解っていると自負しているので、返す
言葉や態度は総じて柔らかいものだ。
「いえ、お気になさらず。上の決定に違和感があったのは自分も同じでしたし」
「……お前も、そう思うか?」
「そりゃあもう。兵さんも言ってましたけど、慌て過ぎですよね。確かに飛鳥崎に──集積
都市を標的にテロが起こるなんて前代未聞ですけど、それにしたってきな臭いですよ。あれ
は真相の究明っていうよりは、さっさと面倒に蓋をしたいっていう感じでしたでしょう?」
 互いに肩を並べて歩いていく。由良の考えは、大よそ筧が先日から思考していたものと少
なからず一にしている部分を含む。彼は苦笑(わら)っていた。それでも……。ぽりぽりと
頭を掻きながら、もう一度この先輩の様子を窺って言う。
「まぁ流石に、今回は白鳥警視の言う通りなのかもしれませんね。悠長にしている内に第三
第四の事件が起きて、犠牲者が増えたら、それこそあちこちから非難轟々ですし。この現状
でテロ犯を擁護するというのは──」
「分かってる」
 半ば由良の言葉を遮り、ややあって筧はそう短く呟いていた。由良はピタッと声を止め、
この先輩にして相棒が怒っていないか冷静か、そのさまをつぶさに観察しようとしていた。
 ……分かっている。そんな事。
 だが筧は尚も割り切れないでいた。確かに奴がしでかしている事はそう簡単に許せるよう
な生易しいものじゃあない。しかし本当にテロなのか? ならば何故二件目にもなって未だ
犯行声明の類が出ていない? 巷では自分たち警察が隠蔽しているのだと噂する者もいるよ
うだが、何のメリットがあるというのだ。そもそもネットワーク技術の発達著しいこの時代
に於いて、隠し通せる秘密などというのは案外そう多くはないというのに……。
 由良の言う通り、上は早々に潰したいと思っている。収めてしまおうと考えている。
 それが市民を想ってのものならまだいいが、実際は十中八九奴ら自身の保身の為だ。結果
の大きさだけを見て、慌てて押し込めようとしている。この街に巣食い始めている異様なき
な臭さを、見てみぬふりをして……。
「……俺は、怨恨じゃないかと思ってる」
 ぽつと、暫くの沈黙の後に筧が言った。由良はきょとんとする。だがそれが今回の犯人に
ついてだと理解するのにそう時間は掛からなかった。
「……いつもの勘、ですか」
「ああ」
 由良は苦笑した。苦笑せざるを得なかった。
 とはいえ哂う訳ではない。実際、その長年の経験が導き出す判断がこれまで何度も署内に
横たわった“常識”を結果的に凌駕してきたし、そんな彼の超人ぶりに憧れて自分はこうし
て何年もコンビを組ませて貰っている。
 それでも……それでも。やはり結果を出す以外に、他人を納得させられるだけの材料を持
ち合わせなければ、どうしたって自分達は毎度厳しい立場に立たされるのだとも思う。
「そ、そう言えば林でしたっけ。妙な事言ってましたよねえ。『今度は刑事さんか』──だ
なんて」
 だから由良は、咄嗟にそう話題を別のものに変えようと試みた。つい先刻、病院で聞き出
した情報の一つである。
「ああ。学園(コクガク)の生徒がダチの為に犯人捜しをしてるっていうアレだろ? 素人
が無茶しやがる。もし見つけたら諦めさせてやらねぇと」
「ええ……」
 カツカツ、石畳に二人の足音が響く。
 どうやら話題は逸れたようだ。由良は内心ホッとし、相槌を打ちながらもやはりこの人は
根っこからのお人好しなんだなぁと思う。
「あとリアナイザ、だっけか。ええと……」
「TA(テイムアタック)っていう、コンシェル同士を戦わせるゲーム機ですよ。寸胴な拳
銃みたいな形をしてるんですけどね。それが?」
「いや、妙に気になってな。お前は玩具で人は殺せないと言ったが、あの兄(あん)ちゃん
の証言に嘘がなければ、事件のあったあの夜あの場所で、何の意味もなくそれを握って立っ
ていたというのは不可解な部分が多過ぎるだろう?」
「まぁ……そうですけど」
「一応調べてみるか。上も、どんな些細な情報でもホシと結び付くなら引っ張って来いと言
っていたしな……」
 ちょうど、そんな時だった。由良のデバイスに着信があり、慌てて彼が懐からそれを取り
出して通話に応じる。筧はそれを暫く横で見ていた。やがて通話は終わり、由良がデバイス
をしまいながら、彼に向かって言った。
「別の班が二件目の目撃者を捉まえたみたいです。これから任意で引っ張って、ホシのモン
タージュを作るそうですよ」
「引っ張るって……。あんまホシでもない奴をホイホイ連れて行ったらそいつが誤解されち
まうんじゃねえのか……? まぁいい。由良、もう一回掛けてくれ。そのモンタージュが出
来たら俺達にも送ってくれるように頼んでくれねぇか」
「あ、はい。分かりました」
 再び由良がデバイスを取り出して先程の同僚にコールする。
 植木の枝葉が青々と日の光を浴び、弾いていた。街は今日も何事もなかったかのように蠢
き、人々という歯車を噛み合せては回し続けている。
(歯車になれなかった、人間……)
 思う所はある。
 だがとにかく今は、人々を脅かす罪を止めるだけだ。

「睦月。身体は大丈夫なのか?」
「うん、お陰さまで。僕が休んでる間に奴が動かなくて本当に良かったよ」
 その日、睦月は皆人から呼び出しを受けて司令室(コンソール)に足を運んでいた。いつ
ものように地下に降り、扉を潜ってみれば、既に彼以下対策チームの面々が自分を待つよう
に出迎えてくれる。
 ……そうか。皆人は腕まくりをして笑ってみせる親友(とも)を、そうあくまで冷静に見
遣っていた。ちらと職員の一人に目配せをして制御卓を操作させる。すると正面のディスプ
レイには、とある中年男性の詳細なデータが現れる。
「召喚主の身元が判明した。井道渡、五十七歳。飛鳥崎ではなく、郊外の農業地区の住人の
ようだ。お陰で調べるのに少々手間取ってしまったがな」
 映し出されていたのはややオールバッグ気味の、白髪が進行している中年男性。
 農業地区の住人という事は農作業故にか。浅黒く日焼けし、皺を刻んだその人相は過去の
写真だからか未だ前向きな活力を宿しているようだったが、それは確かに睦月が西國モール
で対峙した男性その人であった。
 皆人曰く、一件目と二件目の現場から収集した映像ログからも同一人物と思しき者の姿と
ボマー・アウターの巨体が確認されたという。犯人についてはこれで確定だろう。
「それと、裏付けになるだろう情報がもう一つ。ここ二ヶ月の間に、井道の暮らしていた地
区とその近隣で合計七件、小火を含む火災絡みの事件が起きている事も確認した。おそらく
は井道が、予めボマーの能力を試運転していたものと考えられる」
「……っ」
 そんな話を聞きながら、睦月は歯痒くも憤りが胸を満たすのを抑えられなかった。
 不安、緊張。他の司令室(コンソール)の面々も大よそは同様である。敵は街の外からや
って来た人間で、しかも犯行を遂げる為に念入りなシミュレートを行っていた。もう、情状
酌量をしてやる余地は無い。
「どうやって改造リアナイザは手に入れたのかは分からん。だがスカラベの時のように、何
者かが意図的にこれらを与えて回っているのだとしたら、既に飛鳥崎の外──国中、いや、
海外にすら渡っているのかもしれないな」
「そうね。TA(テイムアタック)自体は海外でも広く遊ばれているゲームだから」
「……でも何で? 何でこの井道って人は、改造リアナイザに手を染めてまで飛鳥崎を狙う
んだろう? あんなに憎しみで濁った目……よほどの事がないとああはならないよ」
 皆人や香月が続けて語っている。そこに睦月は、そう一番肝心な疑問を投げ掛けた。
「ああ。それなんだがな。もう一つ、井道に関して掴んだ情報がある」
 スッ……。すると皆人が気持ちその目を細めて睦月を向いた。既に聞き及んでいるのか、
直後他の仲間達の表情が顰められ、曇る。
「半年ほど前だ。井道は、妻を亡くしている」

「──ああ、間違いない。井道さんだね。こりゃ」
 同僚から送付して貰ったモンタジュー写真を片手に、筧と由良はその頃飛鳥崎の北、郊外
に広がる農業地区の一角まで足を運んでいた。
 歩き回り、出くわした住人達に片っ端から聞き込みをする。するととある集落を訪れた時
点で、そう次々と彼らから写真の人物の正体が明らかになった。
「井道?」
「その方で間違いないんですね? 下のお名前は分かりますか?」
 由良に目配せし、筧は彼に急ぎメモを取らせた。
 井道渡。この集落で妻と細々と農家を営んでいた、ごくごく普通の男性──。
 農作業の道中だったのだろう。皆がほっかむりを被り、農具を布袋に詰め、誰しもが彼の
事をそう評した。疎らに点在する家屋、それらを上回る圧倒的な広さの田畑と濃い緑を湛え
た山々。集積都市ではないのだから当然だが、十数分道路を出ただけでこんなにも違うもの
かと筧は内心改めて心苦しい気持ちになる。
「その……刑事さん。井道さん、何か事件にでも巻き込まれたんですか?」
「え、ええ。その可能性も含めて、捜査をしている最中です」
「……ご心配なく。じきに事件も解決に向かうでしょう」
 だから、彼らがただ純粋にそう井道を心配してきた時、筧も由良もそう咄嗟に嘘をつかざ
るを得なかった。まさか飛鳥崎で起こり始めた爆弾テロの犯人かもしれないなど……こんな
穏やかで寂れた場所(せかい)の人間達には刺激が強過ぎる。
「そうですか。それは良かった」
「井道さん、ここ暫く元気なかったからなあ。無理もないわな。奥さんがあんな事になっち
まったから……」
「? 彼の奥さんが、何か?」
「あ、ええ。その……ね?」
「半年くらい前になるかなぁ? 急に奥さんが亡くなっちゃって……。まぁ、以前から心臓
を悪くしてはいたんだけど……」

『──ここからは俺の推測でしかないが……。井道渡の目的は、復讐だ』
 真相の断片を聞き終え、睦月と國子以下リアナイザ隊の面々は飛鳥崎の街を手分けして走
り回っていた。司令室(コンソール)で皆人から語られた推理。その時の一字一句が、睦月
の脳裏で繰り返し繰り返し赤色を灯しながら鐘を鳴らし続けている。
 曰く、急死した井道の妻は、彼に言わせれば殺されたのも同然だったという。
 皆人は言う。集積都市とそれ以外の地域では、インフラ整備の速度に大きな差がある。身
も蓋もなく言ってしまえば、集積都市以外の人や物は政策的に後回しにされているのだと。
 だから助からなかった。井道とその妻は、集積都市に住んでいない──救急の基地から離
れているという理由で以って、他の急患よりも後に回されたのだろうと。
 たらい回し。いや、それ以前の死。
 妻を喪った井道の怒りと哀しみは、まさに筆舌に尽くし難いものだったようだ。
『この街と共に滅べ──井道はそうお前に言っていたよな? もし俺の仮説が正しければ、
奴はとうに破滅の道を突き進んでいる』
 消防署から始まり、警察署へ。
 愛する人を喪った痛みを抱えながらも、当初井道は謝罪と、きちんとした説明を求めて駆
け回っていたらしい。だがその何処にも……彼に自分達の非を認める者はいなかった。
 末端なので分からない。
 上からの指示だから。
 マニュアル通りに動いただけ。自分に責任はない。
 加えて遂には、現地管轄の当局から使者がやって来たらしい。
 脅迫まがいの警告。
 これ以上我々を煩わせるならば、二度と真っ当な暮らしを送れなくなりますよ──?
 巨大な力の前に、区別の前に、井道は膝を折った。誰も、自分に味方してくれる者はいな
かった。
『……睦月。止められるか? 奴を』
「……できるかじゃない。やるんだ。僕らで、止める」
 通信越しに交わされたそんな僅かな問いと言葉。
 その微笑に陰を差し、抱いた決意を固め、睦月は飛鳥崎の大通りを駆け抜ける。


 私の家系は、国力強靭化改革の折にその流れに反抗した者達の血を引いている。
 先祖代々受け継いできた土地、育んできた文化と人々との繋がり。それは先祖達にとり、
たとえ国から切り捨てられてしまっても手放したくない大切なものだったのだろう。
 ……私もそうだった。子供達も皆成長して都会に出て行き、私は妻と二人、まつろわぬ者
の末裔ならば末裔らしく、慎ましやかに余生を過ごせさえすればいいと思っていた。この家
と田畑を、細々と守っていければと願った。
 だが、そんな僅かな願いすら歳月の流れは踏み躙る。
 十年ほど前だ。妻が激しい胸の痛みを訴え、病院に運ばれた。診断の結果、心臓が平均的
な同年代よりも弱っていると判った。あまり奥様に無理はさせないでください──共に田畑
を世話してきた、その時はにかんでいた笑顔の裏で妻が蝕まれていたのかと思うと後悔して
もし足りなかった。
 それからは妻には無理をさせず、半月から月に一度の通院が欠かせなくなった。
 しかし充分な医療を受ける為にはもっと街の方へと出向かなければならない。どうしても
出費が嵩む。これも国家にまつろわなかった者の取ったリスクかと、度々生まれ落ちた土地
の辺鄙さを呪ったものだ。
 それでも……それでも、妻との暮らしは穏やかだった。苦労はあったが、幸せだったと信
じている。なのに、なのにどうしてこうも天は私達に苦難を与え続けるのか。
 妻が倒れた。
 暫くぶりの激しい発作に倒れ、私の前で胸を掻き毟りながらのた打ち回った。
 処方されていた薬をいつも通り飲ませても改善する様子がない。
 私は酷く慌て、とにかく救急車を呼ぶべく電話をした。
 なのに私から住所を聞き、返って来た答えは『申し訳ございません。そちらへ到着するに
は九十分ほど掛かります』──。
 馬鹿かと思った。こんなにも苦しんでいるのに、命の危機だというのに。
 だが電話の向こうのオペレーターは淡々と妻の一大事を捌いていった。より近くを通って
いる車両、受け入れ可能な病院。だがそのどれもが、別の患者を乗せている、既に収容人数
は満杯だと言って決まらない。
 ……遅過ぎた。やっと救急車が家に着いた頃には、妻はもうとっくに意識を失ってピクリ
ともしなくなっていた。
 私は泣き叫んだ。妻を助けてください!
 だがやって来た救命士らは淡々と、何処か辟易したような表情(かお)で私を見遣ったの
を覚えている。さもこんな田舎に暮らしているからだ、そう迷惑がるかのような……。
 結局、妻はその夜帰らぬ人となった。搬送された時には、とうに心肺は停止していた。
 嗚咽した。
 嘆いた。
 血の涙が出るほどに恨んだ。
 何故? 何故だ? 何故妻は死ななければならなかった? もっと早く、もっと迅速に彼
らが動いていれば彼女は一命を取り留めたかもしれないのに。……街ではないからか? 私
達が、先祖が飛鳥崎に移らなかったからなのか?
 集積都市とは──国力強靭化計画とは、人の命すら選別して当然というものなのか……?

『──あんた、叶えてみたい願いはないか?』

 そんな頃だった。消防署にも警察にも、考えうるあらゆる機関に掛け合って妻の死が本当
に仕方なかったのか、それとも彼らのミスではなかったのか、その口で話してくれと駆け回
り、遂にはお上から脅しまで来て行き詰まっていた頃、私の所に見覚えのない粗野な風体の
男が現れたのだった。
 彼は言った。願え、欲しろ。その全てが力になると。言って、私に銃口のような奇妙な形
をした道具と端末を手渡してきた。
 曰く、リアナイザというものらしい。何でも端末に収めたプログラムを、現実の存在とし
て呼び出し、自分だけの使い魔として操れるというのだ。
 だたでさえ私は集積都市の、新時代の技術というものがよく分からない。
 そもそも憎き奴らの生み出した技術で私の願いを──妻の無念を晴らそうなど、手段と目
的が入れ替わってしまっているではないか。
 だが実際に、このリアナイザというものの引き金をひいてから……私の中で確かに変化し
ていくものがあった。
 現れたのは、蛇腹の配管をぐるぐる巻きにした、鉄板のような仮面をつけた怪物。
 彼は私に『オ前ノ願イハ何ダ? 何デモ一ツ叶エテヤル』と片言で訊ねてきた。
 願い。私の願い。
 何故あの時、素直に想いをぶちまけてしまったのかは分からない。だがそれほど、妻を殺
したあの街が憎かったのだろう。
 復讐だと答えた。妻を見殺しにしたあの飛鳥崎の人間全員に、その報いを味わわせてやり
たいと答えた。すると怪物は『了解シタ。契約ハ果タサレル』と私の額に手を当てると、次
の瞬間、四肢に千切れた枷をぶら下げた筋骨隆々の大男に変化したのだった。
 ──爆弾魔(ボマー)。
 この怪物が手に入れたらしい能力を見て、私は彼をそう名付けた。
 何と彼は、身体から自在に爆薬の塊である肉塊を作り出せる能力の持ち主だった。試しに
地区の出先機関に向けて撃たせてみたら、馬鹿馬鹿しいほどに激しく燃え上がり、爆発四散
したのを覚えている。
 いけると思った。何度か近隣の行政、箱物などを的にボマーの能力を見ている内に、この
力さえあれば復讐できると思った。飛鳥崎を、滅茶苦茶にできると思った。
 嗤った。笑った。目の前で燃え上がる奴らの支所を遠巻きに見上げながら、私は彼となら
何でもできるように思った。いける。他ならぬ飛鳥崎──集積都市が作り出した技術で以っ
てその全てを破壊すれば、どれだけ奴らに恐怖と絶望を与えられるだろう。
 故にある日──二ヵ月後、私は満を持してボマーと共に飛鳥崎へと向かった。
 最初に狙ったのは北の玄関口・千家谷。その次は近場でより人の集まる場所だろうと見込
んだショッピングモール。
 ……だが、そこで思わぬ障害に出会ってしまった。
 私と同じ──いや、似て非なるリアナイザ(もの)を持った少年。何と彼は自ら奇妙な鎧
を身に纏って、あろう事かボマーと直接戦い始めたのだ。結局ボマーの能力と硬い皮膚の前
に太刀打ちはできず、駆けつけた消防や警察によって引き分けとなったが……正直あんな伏
兵がいるなど想像だにしていなかった。
 一体彼は何者なんだ? ボマーと同じく、集積都市の技術か何かか?
 しかし私にそれを知る術はない。ただ確かだったのは、この過去二回の実行によって警察
どもが存外に早く街中に厳戒態勢を敷き始めたこと。
 拙い。このままでは、じわじわと飛鳥崎の人間達に罰を与えるという計画が不可能になっ
てしまうではないか。
「……」
 だからこそ私は、今此処にいる。街の東、市庁舎の建ち並ぶ行政の心臓部に来ている。
 人々は私の事など勿論知らず、黙々とアスファルトの上を行き交っている。
 嗚呼、忌々しい。お前達が、その与えられた恵まれしものに疑問すら抱かないお前達こそ
が、妻を殺したのだ。
(……もうすぐだ。浅子。もうすぐ、お前の無念を晴らしてやれる……)
 街の警戒ぶりからして、もう何度もボマーを暴れさせるのは難しいだろう。
 だから此処で。
 いっそ、この戦いで全て──。

「見つけたぞ、井道!」
 次の瞬間、聞き覚えのある叫び声を聞き、井道は思わず後ろを振り向いた。
 市庁舎前の広場。気が付けば、そこには息を切らせながらも必死の形相でこちらを睨んで
いる睦月の姿がある。
「君は……。またか……」
『司令の目星、大当たりでしたね』
『ああ。すぐに國子達も呼び寄せる。それまで耐えてくれ』
 だが井道もまた、その憎悪で濁った瞳で以って間合いのあるこの少年を見ていた。通信越
しにパンドラが皆人と話しているが、そんな声はもう彼の意識には一切入ってこない。
「私の名前を知っているという事は……調べたのだな」
 そして呟く。忌々しく、唾棄するかのように。
 睦月は黙っていた。ただ代わりにじっと、彼から目を離さないように身構えている。
 嗚呼、忌々しい。
 そうやって、何でもかんでも大義名分を作っては他人のプライバシーを穿り返す。倫理よ
りも先にそれが出来てしまう技術が罷り通り、その煽りを受けるのはいつだって自分達だ。
その癖要らないとなればいとも簡単に切り捨ててしまう……。
「もう止めてください! こんな事をしたって奥さんは戻ってきません。何故なんです? 
誰よりも大切な人を喪う痛みを知っている筈の貴方が、こんな事……」
「分かったような口を利くなッ! 偽善者が。あの時誰一人として、浅子に手を伸ばそうと
しなかった癖にッ……!」
 ざわ。二人のやり取りに、徐々に周囲の往来が気付き始めていた。
 何だろう? ちらちらと視線を遣ってくる者は少なくなかったが、それでも各々の用事が
優先であり、結局彼らはいつも通り、ただその場を通り過ぎていくだけだ。
「君が何者かは知らん。だが一度ならず二度までも……。どうやらよほど死にたいらしい」
 そして井道が懐から改造リアナイザを取り出した。幾人かが頭に疑問符を浮かべてちらと
それを見た次の瞬間、引き金をひかれたそれは再びボマー・アウターを召喚し、辺りに狂戦
士の咆哮がこだまする。
 突然の光景に、人々は一斉に悲鳴を上げた。驚き慄き、辺りは瞬く間にパニックになって
散り散りに逃げ始める。
 ボマーはそれを追撃するかのように左腕にぐぐっと力を込め、思いっ切り振り払いながら
肉塊爆弾を放った。次々に着弾し、辺りは一瞬にして爆風と黒煙に閉ざされる。人々の悲鳴
がこだまする。睦月もまた、その黒煙の中からゴロゴロと転がって回避し、咽ながらもこの
井道とそのアウターの姿を捉え続ける。
「何故そこまでして私の邪魔をする? 私と君は、何の繋がりも無い筈だろう? ……所詮
は君も、敵(このまちのじゅうにん)という事か」
「……守りたいからだ。あんたみたいな人を放っておけば、僕は僕の大切な人達を喪うかも
しれない。だから戦うんだ。そんなこと、させない為に」
 焦げ付いた石畳から起き上がり、睦月は訥々とそう言った。
 皆人ら司令室(コンソール)からの連絡を受け、國子ら街中に散っていたリアナイザ隊が
市庁舎区へ向かって走っている。ぴくり。井道が僅かに眉根を寄せた。
「……決めるよ。あんたは、僕の“敵”だ!」
『TRACE』
 宣言。
 睦月は懐から銀の──EXリアナイザを取り出し、パンドラごとデバイスを挿入して、現
れるホログラム画面をタッチする。
『READY』
「変、身ッ!」
『GUST THE FALCON』
 銃口を左の掌に押し当てて認証。次いで高くそれを掲げ、引き金をひいた直後宙に飛び出
した白い光球とデジタル記号の輪が彼を取り囲む。
 数拍の眩しさ、一度手で作った庇。睦月は電脳のパワードスーツを纏っていた。
 ただ今回は白亜ではなく、胸元の球(コア)は濃い白。全体の色合もそれに準じており、
両の太腿にはそれぞれ小振りの剣が差さっている。
「……。っ!」
 ゆっくりとリアナイザを腰のホルダに直し、睦月はそっと双小剣の柄に手を添えた。
 ボマーが左腕の硬皮を再生しながら身構える。
 だが次の瞬間、ボマーが次の体勢を整えるよりも早く、睦月は文字通り霞むような速さで
駆け出したのだった。
「グゥ!?」
「ボマー!?」
 バチンッと火花が散る。僅かに弾かれただけではあったが、ボマーはグラついた自身の身
体に驚いたようで、そう短い声を漏らした。
 井道が自身のリアナイザを握り、引き金をひいたまま、慌てて辺りに注意を配る。
 風を切り、一瞬一瞬だけ何かが──睦月が駆け過ぎていくのが分かった。高速移動で、こ
ちらを撹乱するつもりであるらしい。
(これは……。あの時の素早くなる能力か)
 ボマーも必死に喰らいつこうとしていた。ツーモーション・スリーモーションほど遅れた
拳打と隆起した肉塊で以って地面を叩き、何度も何度も爆裂の一撃を空振りさせる。
 黒煙は益々多く、酷くなっていった。
 人々の悲鳴や誘導するような叫び声が遠巻きに聞こえるが、それらは互いが互いを掻き消
すようにして皮肉にも迅速さを欠かせている。何よりも睦月とボマー自身は、この相手をど
う叩くかで必死になり、そこまで注意を向けられない。
「ヌ、オォォォッ!!」
 だからそこでアクシンデトが起きた。ボマーが振るった肉塊爆弾が割け回る睦月とはあさ
っての方向に飛び、爆ぜた黒煙の向こうで逃げ遅れた男性の頭上から鉄骨を落としたのだ。
「ッ!? 危ない!」
 慌てて睦月は彼に向かって飛び出した。戦いに視界が狭まっていた自分を戒めた。
 しかしそんな思考も一瞬の事。彼はその高速移動で瞬く間にこの男性の下へと到着し、鉄
骨が落ちてくる寸前にこれを抱えて回避すると、目を見開いて固まっている彼に向かって促
し言いつける。
「大丈夫ですか? さぁ、逃げて。急いでここから離れてください!」
「……。あ、ああ」
 わたわた。へっぴり腰で駆け出していく彼を見送り、再び睦月は黒煙の合間に立つボマー
を見た。ボコボコと膨れ上がっていく肉塊。しかし彼は臆せず、再び双小剣を引っ下げ、霞
むような速さでこれに飛び込んでいく。
「──」
 繰り返される爆風と黒煙。井道はじわじわと後退って距離を取りながら、それでも一見し
て有効打を与えられていない睦月を見て自分達の優位を確認していた。
 霞む速さで叩きにくる彼。
 だがその刃は硬いボマーの皮膚に弾かれ火花を散らし、その度に裏拳や蹴りなど、反撃の
爆発によって遠ざけられざるを得ない。
「無駄だ。君の力では私のボマーには勝てん。どれだけ素早かろうが、それは以前の戦いで
嫌というほど味わったろう?」
「……。それはどうかな?」
 何──? しかし井道が怪訝に眉を顰める中、それでも今回の睦月は心折れる様子すら見
受けられなかった。
 嫌な予感がする……。はたして彼のそれは程なくして的中した。ボマーの幾度目かの右腕
に込める動作に、睦月は大きく後ろに飛び退きながら二本の小剣を投げ付け、腰のホルダー
から取り出したリアナイザを操作したのである。
『ARMS』
『CHILLED THE RACCOON』
 右腕が誘爆しないように、そしてまだ再生していない左腕の拳や蹴りでこの飛んでくる双
小剣をボマーが叩き落している隙に、睦月は左手にもう一丁の銃を召喚していた。
 丸い銃身の青白い拳銃。
 直後、叩き落したモーションに続いてボマーが放ってきた肉塊爆弾を、睦月はまるで待っ
ていたかのように見据え──撃つ。
「なっ……!?」
「ガ……?」
 凍り付いていた。素早く連発されたその青いエネルギー弾は、確実にボマーの肉塊爆弾を
捉え、その一個一個を分厚い氷の中に閉じ込めてしまったのである。
 ゴロン。氷漬けになった肉塊爆弾が地面に転がった。井道も当のボマーも、これには驚き
の反応を禁じえない。
『よしっ! 上手くいった!』
「何とかね。……さぁ、これでお前は、爆弾を使い切った訳だが」
「っ!?」
 狸(ラクーン)コンシェルの武装銃を向ける。
 その一言に、逸早く井道は悟った。睦月はただ闇雲に自分達と打ち合っていた訳ではなか
ったのだ。待っていたのだ。全てはこの瞬間、ボマーの硬皮が“空っぽ”になる時を。
「ボマー! 再生しろ! 奴の狙いは皮膚の下だ!」
 叫ぶ。だがその時にはもう遅かったのだ。
 理解に数秒のラグを要し、肉塊爆弾や反撃で使い切った四肢や脇腹の硬皮を再生しようと
するボマー。しかし睦月はこの隙も逃さず、ホログラム画面を呼び出すと、再び新たな武装
を展開する。
『ARMS』
『FREEZE THE DOG』
 銃口から放たれた二個目の青い光球。
 睦月はそれが旋回して右手に収まる前に再びリアナイザを腰のホルダーに戻し、握られた
瞬間に照準をボマーに向けると、今度は襲い掛かる犬のような姿の冷気弾を発射し、急ぎ再
生しようとしたボマーの四肢や胴体を次々に凍らせていく。
「ガッ?! グァ……!?」
 それはちょうど、再生を阻むように張り付いた凍結。
 睦月の右手には蒼いリボルバー式の拳銃が握られていた。シュウシュウと銃口から冷気の
靄が残滓となって上っている。一方ボマーは地面ごと両脚を凍らされたのもあって、殆ど身
動きすらも封じられてしまっていた。
「ボマー、ボマー! くっ、そんな……!」
「……あれから色々考えたんだ。何とかこの硬い皮膚を剥がさなければならない。でも僕の
力押しじゃそれは難しい。だったら逆に自分から剥がした後から“再生させなければいい”
んだって」
『そこでブルーカテゴリの出番です。この子達は氷の力の持ったコンシェルですから』
 徐々に侵食されていく凍結、真皮が露わになったまま動けなくなったボマー。
 井道はじりじりっと後退し始めていた。形勢が逆転し、同時にこれを覆せる手立てを思い
つけない事を自覚していたからだ。
「スラッシュ……チャージ」
『WEAPON CHANGE』
『PUT ON THE HOLDER』
 二丁拳銃の召喚を解き、取り出した三度リアナイザに呟く。
 睦月はゆっくりとボマーと、井道の方へ近付いてきながら腰のホルダーにこれを収め、胸
元の球(コア)から身体全体に迸るエネルギーに為すがままにされている。
「ひっ──!」
 井道は逃げ出した。氷漬けのボマーの背後に隠れるようにして激しく後退し、瞬間睦月に
背を向けて一目散に黒煙の中を構わず逃げていく。
 そんなさまを目の端で捉えながら、それでも睦月はあくまで狙いを氷漬けのボマーに向け
ていた。
 井道は陰山さん達が追ってくれる。
 とにかく僕は、肝心のアウターを倒さないと……。
「ぬんッ!!」
 力が満ち、軽く駆け出した睦月はその抜き放ったエネルギー剣をボマーの脇腹へと斬り付
けた。氷もろとも、攻撃が通る。二度三度。四度、五度、六度。睦月は一心不乱に斬撃を打
ち込み続け、最後に深々とその刀身をボマーの身体に突き刺し、思いっ切り貫く。
 ビシッ……。斬り口から徐々に、氷漬けなボマーの身体に無数の亀裂が走り始めた。
 だが止めない。睦月は引き金をより強く強く握り、今回のテロ──復讐劇で犠牲になった
人々の顔と恐怖するその姿を脳裏に呼び起こし、出力を上げ続けてこの怪物を砕く。
 轟。そして遂にボマーは爆ぜた。内側から注ぎ込まれた大量の破壊力に耐え切れず、遂に
くぐもった断末魔の悲鳴を上げながら、怪物は無数の氷塊となって砕け散ったのだった。
「……」
 突き出した剣の構えのまま、睦月は立っていた。ゆらりと、刺し貫く標的(もの)のなく
なった空間に少しふらつく。
 氷塊に包まれたアウターの肉片が無に、電子に還っていく。ゴロン、ゴロンと抜け殻にな
った氷が幾つもアスファルトに転がり、未だ立ち上る黒煙の余熱に炙られていく。
 息が荒い。
 睦月はそのパワードスーツに身を包んだまま、ぼうっと戦いを繰り広げた白昼の市街地の
空を見上げる。

「はぁ、はぁ……ッ!!」
 一方井道は、黒煙と混乱する人々の中を抜け、独り路地裏の一角に逃げ込んでいた。
 激しく息が荒い。起こった出来事にまだ認識がついていかない。
 井道は暫し呼吸を整える事に集中し、それでも荒い息遣いはすぐに止まる訳ではなく、壁
に背を預けてじっと興奮気味に目を見開いていた。
「……まさか、ボマーがやられてしまうなんて。何なんだ、あの少年は? いや、まだだ。
まだこれが、リアナイザがあれば、もう一度ボマーを呼び出して──」
「残念。それがそうもいかなくなっちまったんだよなあ」
 しかしその時だったのである。誰にも見咎められなかった筈の自分の方へと、カツンカツ
ンと複数の足音が近付いて来たのだった。
 ハッとなって顔を上げる。そこには自分を取り囲む、六つの人影があった。
「全く……。色々面倒な事をやってくれちゃって」
「貴方は少し、やり過ぎました」
「繰り手(ハンドラー)・井道渡。貴様に……罰を与える」
 見下ろしてくる明らかな害意。いや、殺気。
 次の瞬間、うち威圧感を放つ黒スーツの男がそう、コキリと指を鳴らして──。


「ニュース、ニュース、大ニュ~スっ!!」
 翌朝。ホームルーム前のクラス教室での事だった。
 戦いを経てまだ残る眠気と共に、うとうとと早速船を漕ぎ始めていた睦月の下へ、そう宙
がデバイスを片手に大音量で叫びながら教室に戻って来る。
 何だろうと思った。ふわっ? と半ば寝惚け眼で叩き起こされ、クラスメート達と雑談し
ていた海沙も何事だろうと一斉にこちらを見遣ってくる。
「……何? 朝からそんな興奮して。ちょっと、眠いんだけど……」
「興奮もするよお。知ってるでしょ? 昨日の本町の爆破テロ。あれでとんでもない写真が
出てきたのよ!」
 最初はまたいつもの噂好きかと思っていた睦月だったが、彼女がそう切り出した内容に思
わず全身に緊張が走った。
 昨日の、本町の爆破事件。
 それは他でもない、自分が井道やボマー・アウターと戦った時のことだ。
「白昼堂々テロ犯が現れて爆弾をばら撒いたって話はもうマスコミも出てるけどさ? それ
でも被害が最小限に抑えられたのは運が良かったからでも、警察が頑張ったからでもないん
だよ。ヒーロー! 飛鳥崎に、正義の味方が現れたんだよっ!」
 じゃーん! 言って、宙はネットから見つけてきたと思われる、一枚の投稿写真を自身の
デバイスに映して見せてきた。海沙が、居合わせた他のクラスメート達もぞろぞろと集まっ
て来てはこれを囲んで画面を覗き込む。
(──なっ?!)
 それは濃く立ち上る黒煙の中、一人背を向けて立っている何者かの姿だった。
 写真全体を覆う煙と、撮影者とは距離があるからかはっきりとは見えない、だが黒煙の隙
間から幸か不幸か覗いたその姿は明らかに普通の服を着た人物ではない。まるでSF小説に
出てくる防護服のような──白いパワードスーツに身を包んだ何者かの姿だったのだ。
「……そ、宙。これ、何処で……?」
「ボヤッキーだよ。昨日の現場に偶然居合わせた人が、逃げる途中で撮ったんだって」
 しくった……。宙が妙に嬉しそうに答えるのを聞きながら、睦月は内心、思わず天を仰ぎ
たくなるほどの後悔を覚えていた。
 何逃げてる最中に短文投稿してるの……? その発言主・投稿主を呪ったが、こうして宙
に捕捉されているという事は、大よそ似た嗜好のネットユーザーには既にこの画像は出回っ
てしまっているのだろう。場所が場所だけに仕方なかったとはいえ、これは拙い。
「何これ? ……防護服?」
「随分と金属っぽいけど……」
「ちっが~う! パワードスーツよ、パワードスーツ! もうこの写真を見た皆はこの人の
話題で持ちきりよ。飛鳥崎を襲うピンチに彗星の如く現れたヒーロー、飛鳥崎を守る正義の
味方──“守護騎士(ヴァンガード)”ってね!」
 ううん? 小首を傾げる海沙らを遮り、宙は更にそんな事を口走った。
 守護騎士(ヴァンガード)……? 睦月を含め、場に集まった面々が口々にそのフレーズ
を呟いている。
「え、え~っと……。それってまさか、宙の命名?」
「ははは。流石に違うよぉ。スレに出てた名前。皆面白おかしく乗っかって、このヒーロー
さんをそう呼ぼうぜって話になってるんだよねぇ」
「ヒーロー……。ご当地のアレでも、ないんだよね……?」
「だと思うよ? 現状特に市やら警察がこの件について発表してる様子はないし。そもそも
知らなかったんじゃない? 近い内にマスコミも取り上げ始めるだろうけどさぁ」
「……」
 正直、小っ恥ずかしくて何も言えなかった。必死に耐えるので精一杯だった。
 幼馴染達とクラスメートらがやいのやいのと話を広げている。だがまさか「あ、それ僕の
だよ」などと言える筈もなく……。
「いやぁ、これは大スクープだよ。あたしもこれまで色んな都市伝説を調べてきたけど、ま
さかその誕生の瞬間に立ち会えるなんてねぇ……」
 大層な名前じゃないか。というか、どうにも尾ひれはひれが付いているじゃないか。
(大丈夫、なのかなぁ……?)
 もう苦笑(わら)うしかない。それだけあの場の皆が命に別状がなかったという意味で安
堵するよう、考えた方がいいのかもしれない。
「睦月」
 そうしていると、こっそり何時の間にか皆の中に交じっていた皆人が、國子を傍に控えさ
せてそう囁くように呟いてきた。睦月もハッと気付き、皆の注意が宙に逸れている事を確認
し、ひそひそと相談しようとする。
「何というか……拙い事になったね」
「そうだな。だがまぁ、場所が場所だったにも拘わらずこの程度で済んだのは運が良かった
のかもしれん」
 それに。皆人は一旦言葉を区切り、一度宙たちを見ていた。フッと、すると何処かいつも
よりも解けた表情で以って、言う。
「いいんじゃないか? 元々あれに通称なんて考えていなかった。呼び易くはなるな」
「み、皆人?!」
 ふふ。珍しく親友(とも)は笑っていた。いや、その実苦笑の類だったのだろうか。
 言って彼は、ポンと睦月の肩を叩いてくる。未だわいわいと騒いでいる皆の輪から離れ、
そっと一人自分の席へと歩いていく。
「……これで益々、身バレする訳にはいかなくなったな」
 暫く宙たちはこの正体不明のヒーローを話題にあれやこれやと話し込んでいたが、担任の
豊川先生が入って来たことでそれも止む。ぱたぱたと皆がそれぞれ席に着き、彼女のほんわ
かとした声色と共に朝のホームルームが始まる。
「──」
 だがその一方で、真面目な表情(かお)に戻った皆人は密かに机の陰で自身のデバイスを
操作していた。そこには淡々と、文字だけで書かれ列挙されたニュース速報が並んでいる。

『飛鳥崎本町二丁目 男性の遺体発見 爆破テロ犯か』

                                  -Episode END-

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  1. 2015/08/20(木) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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