日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「所有すること」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:猫、真、廃人】


 彼は所謂、不適合者のレッテルを貼られている。
 まだ働き盛りの頃、彼は運転するバイクで事故を起こし、自身も右半身を粉砕骨折する重
傷を負ったのだ。
 生来彼は活力に満ち、外交的な性格だった。
 だからこそ、その苦しみは多大なものとなって彼に圧し掛かった。満足に動かせない右の
手足は彼の活動領域を文字通り狭くし、彼にこれまで味わった事のない苦痛と屈辱を与える
のには充分だった。
 ……そう、屈辱だ。事故では相手方も怪我こそしたが、彼ほど重傷ではなかった。にも拘
わらず向こうは殊更己の被害を主張し、相場以上の賠償金を要求してきたのだ。
 ふざけんな! 散々なのはこっちだ──。
 しかし妻の取り成しもあり、彼はその要求額の多くを払う結果となっても早く交渉を終わ
らせる道を選んだ。とにかく自身も混乱の只中にあったので、それが何よりも最善の道だと
言い聞かせる他なかったのだ。
 だが結果的にその選択は、他ならぬ彼自身を追い詰める一因になったのだろう。
 満足に動かなくなった半身故に仕事も失い、されど度重なる手術の費用や月々相手方から
執拗に催促される賠償金の支払い。出てゆく一方の彼と妻子の家計は、日に日に目に見えて
先細り、火の車である事は明らかだった。
 何より……彼自身度し難かったのは、以前のような活動ができぬという現実、そんな理想
と食い違う自分への怒りだった。故に彼は、次第にそれまで社交にて発散していた大量の感
情を──動けぬ身という状況に甘んじて──妻や子、近しい人間達に向ける事が多くなって
いった。酒に溺れるようになり、鬱屈した思いからしばしば拳を振るう事も珍しくなくなっ
ていった。
 だからある日、妻に『実家に帰らせていただきます』と記入済みの離婚届を突きつけられ
たのは無理からぬ事だった。
 驚き、されど「許さん」と怒る彼。しかし妻の心にはもう彼はなく、貧乏と暴力に愛想を
尽かしてとうとう彼女は二人の子を連れて家を出て行ってしまった。
 そうして一人、また一人と彼の下から味方(ひと)が去っていく。
 堕落したその変質に辟易した者もいただろう、金にまつわるトラブルに辟易した者もいた
だろう。気付けば彼の手元には一銭の金も残らず、人もおらず、遂には家賃の滞納・差し押
さえによって住む家さえ失った。

 彼は俗にいうホームレスにまで堕ちたのだ。
 全ては、その弱さを認められなかった点にある。
 失ったものに尚も縋り続け、捨て切れず、今尽くすべき努力と誠意を怠った。いわばその
報いとでも言うべき末路である。
 しかし遅過ぎたのだ。
 彼自身がその事にようやく自覚を持ち、心から後悔するようになった時には。

(……腹減ったなぁ)
 右足を引き摺りながら、昼下がりの都会の雑踏を歩く。
 無宿の人となってから数年、彼はその日もぼうっと当てもなく街の片隅を彷徨っていた。
 とはいえ、長い事洗えてもいない古着に身を包み、ぼさぼさの垢だらけの身体で往来のど
真ん中を闊歩するだけの胆力は流石に無い。世も世で、そんな真似には十中八九寛容ではな
いだろう。
 ボランティアの炊き出しは三日前──週末に済んだ。それでも人間とは貪欲なもので、気
付けばまたこうして空腹に頭がぼうっとなっている。
 一昔は飲食店やコンビニの廃棄品を譲り受ける事で随分飢えを凌げたそうだが、昨今では
そんな“有効活用”すら禁止する流れになって久しい。衛生面、物流面。口実(りゆう)は
色々あるのだろうが、要するに社会の枠から外れた人間を組み込むような秩序は汚い、とで
も考えるお偉いさんが増えたのだろう。
 実際、そういう締め出しは色んな方面で増えていると“先輩”達からしばしば聞く。
 やれファーストフードも食べられなくなった──身なりを理由に入店拒否されるとか、犯
罪の温床になるだの何だのと雨風を凌げるネットカフェへの出入りにも身分証明が必要にな
ったりで門戸が狭くなっている。加えてこれまで大口の稼ぎであった廃品回収も、今では専
門の業者があちこちで生まれ、自分達は蚊帳の外だとも。
(仕方ねぇ。空っぽにしちまうのは後先が怖いんだが……)
 辛抱と生理現象の狭間に長く立たされ、結局彼はふらっと目に付いたコンビニに立ち寄る
事にした。ちらと店内の客らがこちらを見遣った、ような気がする。ああ、どうせ俺はこん
な身なりですよ、と先ず思考してしまうのは最早この階層に流れ着いた者の宿命とすら言っ
てしまっていいのかもしれない。
「あざ~っした~」
 チャラチャラした歳若いバイト店員に送り出され、成る丈安い味付けパンを一袋だけぶら
下げて店を出る。
 あんなのでも職には就いてるんだよな……。
 だがあいつだって待遇も何も、十二分という訳ではないのだろう。
 如何しても湧く嫉妬の類に言い訳を塗りたくって初期消火し、いつものように路地裏に引
っ込んで包装を開ける。
 しかし此処だからと言って安心はできない。建物内の関係者に咎められたらアウトだし、
中にはこの身なりだからという理由で通報してくる若造だっている。いつでも河川敷の寝床
に戻れるように、身軽にはしておく。
(……ん?)
 もきゅもきゅ。そうして食べ始めていると、ふとアスファルトの地面がぽつぽつと濡れ始
めていくのに気付いた。見上げれば空は今にも崩れそうな鈍色の曇天をぶら下げ、静かに雨
粒を地上に落としつつある。
 即ち雨宿りに他人が来るかもしれないという事。
 その事で今此処に自分が居辛くなるだろうという事。
「こいつあ……。早いとこ寝床に戻った方がいいかもしれん」
 だがそんな時だったのだ。ふともう一口と味付けパンを口に運ぼうとした時、彼はいつの
間にかじっと自分を見ている者の存在に気付いたのだった。
「……。何だ? お前、腹減ってるのか?」
 猫だった。白と茶色の斑、身体は元々そういう種類なのか比較的小さい。
 見れば猫はつぶらな瞳で、じぃっと彼の味付けパンを一心に見つめていた。確かによく見
れば毛並みは何日も歩き回ったのか乱れているし、元気も大分失われているような印象を受
ける。
「……ちょっとだけだぞ」
 何となく根負けして、彼は味付けパンの一部を千切って放り投げてやった。途端に猫はこ
れに飛びついてはむはむと噛み締めている。
「俺みたいなおっさんに集るたぁ、随分な根性してるじゃねえか。もしかしてお前、野良な
のか?」
 だが猫はそんな問いに答える筈もなく、ひょいっと顔を上げてさも二口目・三口目をねだ
るような眼差しを向けてくる。
 もうやらねぇよ……。そう彼はむすっとして残りを一気に食べようとし──しかし途中で
妙な後ろめたさを覚え、結局全体の五分の一ほどをこの猫にくれてやる事となる。
「……ナ~♪」
 だからなのか、食べたら立ち去ればいいものを、この猫はそうはせずに小さく喉を鳴らし
てより彼の方へと近付いて来た。
 随分と人懐っこい、ごますりの上手い猫だな──。彼はそんな強かさと自身の甘さに一度
ジト目になったが、それでも無碍にする事はできず、何となく近付いて来たそのままこの猫
をひょいと抱きかかえてやる。
「ふーむ……やっぱ痩せ気味か。見てくれの割には軽いか? ん? つーかお前、よく見た
ら首輪してるじゃねぇか」
 故に気付いた。ばさついた体毛ですぐには気付かなかったが、どうやらこの猫、何処かの
家の飼い猫のようである。
「参ったな。お前のご主人様は何処にいるんだ? 俺の飯、やり損じゃねぇか……」

 思い出していた。
 そういえば昔、娘が犬を飼いたいと随分粘って駄々を捏ねてきた事があったっけ。
 小型犬ならいざ知らず、あの頃住んでいた家は借家で、普通のアパートだった。動き回る
ようなペットを飼う事は難しい。第一世話は? 躾はちゃんとやれるのか? と聞いてムキ
になっていた辺り、要求は撥ね付けておいて正解だったのかもしれない。
「ナ~……」
 なのに、あれから十数年も経ってから、こうして自分が似たような真似をしているとは。
 結局彼は、そのままあの時の猫を寝床に連れ帰った。当の猫の方も一度食事を恵んでくれ
た相手ならまぁ良しとでも思ったのか、特に抵抗する事もなくついて来る。週末の炊き出し
や菓子パンを分け合ったり、素人細工で釣った魚を焼いて食うなんて事もした。
「おいおい。そんなじゃれつくなって……。無駄にエネルギー消費したらまた腹減るぞ」
 言いながらも、段ボールやブルーシートでこしらえた粗末の寝床の上で、彼はふっと解け
た苦笑を浮かべていた。仰向けの腹の上に、猫がもぞもぞと丸くなって鳴いている。
 ──本来の飼い主を探そう。それは思わなかった訳でもない。
 別に直接当人に届ける義務はないのだ。警察なり何処ぞの動物病院なり、然るべき所に預
けてしまえば後はどうとでもなる。
 だが、出来なかった。ここ数日出来ないでいた。
 それは単純に億劫だったという理由もあるが、何よりこんな身分となった自分が見つけま
したと名乗り出て、相手方が見つかって、そこに自分は立ち続けられるのだろうかと怖かっ
た。下手をすれば自分がこの子を攫ったなどとあらぬ疑いをかけられるかもしれない。
 等々。そんな思考をする内に、ずるずるとこの迷い猫との共同生活が続くようになった。
本来は勿論、首輪がしてあるのだから届けてやるべきなのだが、中々どうして腰が重い。
 ネットカフェでこの首輪の番号を調べれば分かるか……? そんな事も考えたが、先ず自
分が入店できるか怪しい。第一その間この子はどうするのだ。
「……」
 どうするのだ。自問しておいて、何て可笑しい事か。
 どうだい、また流されている。何時ぞやと同じ、甘さと弱さを恥じないでのうのうと生き
ているではないか。……変わっちゃいない。何も、成長しちゃいない。
「ナ~?」
 ピクン。耳をそばだて、猫がそう密かに自嘲する彼を見上げた。
 彼は苦笑(わら)う。自分がどうにも情けないのに、同時にこの子に癒されていると自覚
してしまっているのだ。
 橋桁から覗く空は薄雲の晴れ。すぐ雨には降られそうにはない。
「……飯、買いに行くか? この前の廃品回収で、懐に余裕もできてるし」

 だが──それが彼の変わる境目であり、別れの時でもあったのだ。
 そうふらりと河川敷の寝床から街中へと繰り出し、人ごみの外枠を通ってコンビニを目指
していく彼。
「お願いします! チロを、チロを知りませんか!?」
 彼はその途中で見つけたのだった。親子と思しき女性と小さな男の子。その二人が懸命な
声色と表情で、道行く人々に写真入りのチラシを配っている。
「……」
 誰かが受け取り損ねて、或いは捨てて、風に煽られて足元に転がってきたその一枚を拾い
上げる。間違いなかった。印刷されていた「探しています」の写真に写る猫は、十中八九今
自分が抱きかかえているこの猫だと。
「ナ~?」
「しっ……!」
 こちらを見上げて鳴きそうになる猫。それを半ば塞ぎ止めて彼は急ぎその場を離れる。路
地裏へ駆けて隠れ、暫しにわかにざわついた心臓の鼓動を整えるべく壁に背を預ける。
「……何だよ。やっぱちゃんと、ご主人様はいるんじゃねぇか……」
 まだ耳にはあの母子の必死の呼び掛けが届いている。そのまさに探し猫(もの)を腕の中
に抱えながら、彼は目まぐるしく思考した。
 何を躊躇うことがある? 本来の飼い主があそこにいるんだ。このまま差し出せばいい。
 何を馬鹿な事を言っている? そのなりで目の前に現れて、素直に受け取ってくれると思
うのか? 面倒を負う事は目に見えているぞ?
 それでも、正しい道だ。きちんと話せば分かる筈だ。この猫と、あの母子を泣かせたまま
お前は“また”自分の都合ばかりを言い張るというのか?
 五月蝿い。五月蝿い、五月蝿い! だったら始めから拾わなければよかったじゃないか。
こんな中途半端に、らしくもなく、移っておいて──。
「……」
「ナァ?」
 静かに歯を噛み締め、息を吐き出す。
 腕の中の猫(とうにん)の呑気さを敢えて見ないようにしつつ、彼は表通りとは逆方向に
足を引き摺って歩き出した。
 とは言っても逃げ去る訳ではない。考え、決めたのだ。
 あの男の子に返そう。だが、直接渡すのはやはり避けたい……。
「!? チロ!」
「えっ? あっ、本当……」
 かくして数分後、母子は探していた“家族”と再会する事になる。必死に写真入りのチラ
シまで作って情報提供を呼びかけていたその後方から、ふいっと当のチロ本人がてこてこと
歩いて来たのだから。
「チロ、探したんだよ!? もうっ、何処行ってたのさ……?」
 ぎゅっと男の子が駆け寄り、抱き締めた。ナ~? 当の本人は相変わらず抱かれてもマイ
ペースな様子を崩さない。ざわざわ。往来の人々がこちらを見ている。母親が我が子の横で
頭を下げながら「ご迷惑をお掛けしました」と謝っている。そんな一連のさまを、近くの物
陰に隠れていた彼はじっと見ていた。
「……」
 踵を返す。これでいい。そう言い聞かせて。
 要するに簡単な事だ。あの母子らの近くまで裏手に回り、そっと放ってやればいい。
 案の定、思いの外あっさりと当の猫(ほんにん)は本来の飼い主の下へ戻って行った。
 おいおい、随分と薄情じゃねぇか……。往来の流れとは大よそ逆を行きながら、彼は密か
に静かに口元に自嘲(わら)いを浮かべている。

 街の中心部を抜け、また河川敷の寝床に戻って来た。
 茫々と生えたままの草木と荒れたままの砂利土。彼だけでなく、この辺りは公共の運動場
がある訳でもないため、他にも“同業者”が点々と居を構えて久しいエリアだ。
「……ふぅ」
 とすん。段ボールとブルーシートの粗末な寝床に戻って来て座り、彼は一息をついた。
 これで良かったんだ。何て事はない。自分はただ、正しい事をしたまでだ。今まで通り、
淡々と細々と一人で生きていくだけのことなんだ。
「……。っ、うぅ……!」
 はらり。ぼた、ぼた。
 情けないと思った。自覚した瞬間(とき)にはもう遅かった。
 独り。それが解消されて、また元の鞘に戻って。それがこんなにも苦しいなんて。
「畜生っ……!」
 詰まるような声で啼いた。
 何時の間にか空は、そっと灰色を拡げつつあった。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2015/08/02(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔66〕 | ホーム | (雑記)幸福だとのたまうと死ぬ病>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/622-a3b01fd0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (144)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (84)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (26)
【企画処】 (325)
週刊三題 (315)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (309)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート