日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「書架より哀を込めて」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:本、役立たず、大学】


「文学部? あんた、一体どういうつもりよ!?」
 進学前に行われた模試。その結果シートを分捕られ、その日僕は母の逆鱗に触れた。
 成績が振るわなかったのは何時もの事、勿論の事。何より母はこのシートに書かれていた
志望先の一つに、大層機嫌を悪くしていた。
「またこんな金にならない所なんて選んで……。本ならあんた、普段から無駄なくらいに読
んでるでしょうが」
「……」
 嗚呼。やっぱりそう言うんだよな。
 曰く、金にならない。彼女的には学問の価値をほぼその一点に絞っている。いや、それぐ
らいでしか理解出来ないと言うべきなのか。
 僕は本が好きだった。母が言うように、自分は物心ついた頃から絵本に始まり、小説や漫
画、各種専門書を読み漁るのが長らくライフワークとなっている。
 僕らが生きるこの世界は……五月蝿過ぎる。
 だから気付けば入り浸っていた。
 空想の物語、夢物語。或いはフィクションなのだけど妙に現実とリンクする物語。一時的
な避難先として、耐え忍び再び向き合う為の糧として、自分なり“回答”を紡ぎ出す為の偉
大な材料としてこれらは僕にとって無くてはならないもの達だった。
 だから、本心を言えば将来は本に関わる仕事がしたかった。もっと言えば、本というもの
を読み解きながら暮らす事を許される、何かに埋もれて生きたかった。
 しかし母は父は、それを許さないだろう。世俗に染まり切り、その事につゆも疑問を感じ
ない・感じてはならない生き方を続けてきた大人(せんぱい)として、自分の──馬鹿馬鹿
しいがその隙間を突くような願望に共感する訳にはいかないのだから。
「法律──法学部にしなさい。弁護士とか、司法書士とか。あの辺なら食いっぱぐれも無い
でしょうし、それに法律に詳しいってかなりの武器になるでしょ? いい? 法学部にしな
さい。この大学にも、あったわよね?」
「……うん」
 だけど僕自身、かといってこの時そこまで母に反抗する術も甲斐も持っていなかったのも
また事実だ。
 心は十中八九拒否している。
 だけども僕は、強い口調で僕の進路を決めて掛かるその言葉を、跳ね除けるだけの強さを
持つ事が出来なかった。金にならないなんて事は、僕自身よく解っていたからだ。
「……っ」
「何で泣くの! 男らしくない。言い返せないもしない癖に……」
 詰られる。勿論こちらの“物分り”なんて斟酌などしてくれ筈もなく。
「ほら、書きなさい。……書くのよ!」
 その後、ひとりでに溢れてくる涙を溜めながら、僕は翌週に提出すべき進路調査票に言わ
れるがままのそれを書くしかなかった。


 僕らが生きるこの世界は、五月蝿過ぎる。
 だから僕は本を手に取った。一時でもその煩わしい現実から避難できる、次顔を上げた時
向き合う回答(ちから)を蓄える事もできる。
 だからよく考えていた。何故こうにも五月蝿いのだろう? こうにも僕らは飽きる事なく
繰り返すのだろう?
 母に夢見た暮らしを否定され、僕はどうにか自分の中でこれらを縫い直す必要があった。
 言い訳──解釈の変更という奴である。ポジティブに。この道を選んだちゃんとした理由
というものを言葉に起こして抱えていなければ、またすぐに内側から自分というものが崩れ
ていってしまうような気がした。
 回答(こたえ)を求めよう。ただ素人が読んだ知識だけで組み立てた解ではなく、長い時
間を掛けて積み上げられてきた理論──ある種の“真理”を自分のものに出来れば、少なく
とも此処に来た意味になるんじゃないかって。
 ……でも、結果から言えば、それは随分と高慢な態度だったのだろう。
 文学部ではなく法学部に入学を果たして二年。僕ははっきり言って挫折していた。その道
を見失ったと言っても間違いではなかった。
 単純に学問として難しい、僕程度の頭では把握し切れないものであった事もある。
 だがそれ以上に僕は法というものに幻想を、余分な期待を抱き過ぎていたのだろう。
 学べば学ぶほど分かってしまった。法とて所詮は不完全な人間が、完璧とは言えない議論
とプロセス、何より理論の外にある時々の思惑に引っ張られて作ったものだと。
 そこに僕が満足できるだけの正当性は無かった。よくて“回答”の一つが提示される程度
だった。そして何よりも……法は決して全ての諍い(うるささ)を解決してくれるものでは
ないという事実。むしろ法を盾に槍にした事で、却って人対人の関係が悪化する──彼らの
周辺から徐々に世界が五月蝿くなっていく場合が少なくないという事も学んだのだった。
「……」
 僕は挫折していた。小奇麗なだけのキャンパスにぽつんと座って、只々自分の弱さと甘さ
を悔やむ。
 講義も段々その取る数が減っていた。気が向かずに出席すら疎らになっていた。
 専ら読むのは参考書ではなく、小説だ。
 物語はいい。こんな時にでも──こんな時だからこそ、僕を避難させてくれる。
 嗚呼、その通りだよ。何処かの筆者や登場人物達(だれか)が、僕の気持ちを代弁してく
れる。他人が言葉にしてくれているから、僕は回答(それ)を片手に、或いはもう一度噛み
砕いて組み直して再び顔を上げる事ができる。
『──』
 また一齣、講義終了のチャイムが鳴る。ばらばらと、各棟から他の学生達が思い思いの格
好と足取りで出てくる。ちらとこちらを見遣ってくる者もいる。だがそれだけの事だ。果た
して観ているのはどちらだろう? 僕が観ているのか、その実観られているのか。本来なら
彼らそれぞれに現実の日々という名の物語がある筈なのだが、僕の目にはどの人間も似たよ
うな何かとしか映らない。
(……やっぱり駄目だ)
 古木のベンチから立ち上がる。色々な意味で、僕はもう。
 開いていた小説の頁に付箋を挟み、僕はようやく決心する。

 その月の末、僕は大学を中退した(やめた)。


「──ねぇ、聞いてるの!? いい加減ちゃんとした仕事に就きなさい!」
 大学を辞めて、勿論の事ながら母は激怒した。
 折角大金を叩いて行かせてやったのに……。でもだからこそ、意味を見出せないままその
お金を出し続けさせるのが不義だと思ったのだ。
 だから、中退してすぐ荷物を纏めて実家に戻って来た後、僕は求人広告を漁って一先ずの
職に就く事にした。理想はある。だがそれが届かない──他ならぬ自分の選択で益々遠くな
っていたのは理解していた。せめて投資して貰った分の金と、自分の本代くらいは、自力で
稼いで還元するのが筋だろうと思っていた。
「仕事なら……してるよ」
「アルバイトでしょう。あんた、そんなのでこの先生活していけると思ってるの? 勝手に
大学も辞めて、ふらっと帰って来たと思ったらそんな就職……。まだ若い内に私達のような
所に入り浸っちゃ駄目なのよ!」
 だがそれでも、母の不機嫌は治らない。工場ラインの勤務から帰って来た後、居間で一服
していた僕を母はこの日も飽きずにやって来ては責め立てた。
 中退した事実はもう変えられない。
 なのにまだこの人は、僕が正規雇用の、給料の高い専門職に就くものだと信じ込んでいる
らしい。
「止めとけ。言っても無駄だ。こいつにそんな堪え性なんざねぇよ」
 その一方で、この日非番の父は縁側に寝転がりながらそう実の息子を吐き捨てている。
 ぼりぼりと尻を掻いていた。梅雨明けの日差し、吹き抜ける気持ち程度の風に身を預けて
彼は肩越しにこちらを呆れた様子で見ている。
「そもそも俺は大学に遣らすなんて反対だったんだ。履歴書の箔を付ける以外に何がある?
大抵の奴は四年間遊び放題じゃねぇか、金の無駄だよ。卒業した時にさっさと働かせてりゃ
よかったんだ」
「何を言ってるの! 今は大卒とそうでないとじゃ給料が全然違うのよ? 少しでも高い方
がいいに決まってるじゃない。私もあなたも高校止まりだから、せめてこの子にはって」
「肩書きで食えてりゃ世話ねぇよ。大事なのはどんだけきっちり仕事したかだろうが」
 当人であろう僕を尻目に、父と母の喧嘩が始まろうとしていた。経験上このままだと両者
の(主に母の)怒りが自分の方へ矛先を向けてくるのは分かり切っているので、話は済んだ
と僕はそっとこの場を後にしようとする。
「ちょっと、何処行くの!? 話はまだ終わってないでしょ!」
「……」
 だがやはり経験上、こういう時の母は無駄に目敏い。
 結局忍び足で出て行こうとした僕はキッと睨みを利かされて呼び止められ、再びテーブル
の前に座らせられてしまう。
「そんなに弁護士が嫌だってなら、小説家は? あんた本も読んでるし、時々パソコンで何
か書いてるでしょ? この前だって大きな賞を取った人がいたじゃない。ええっと……川田
さんだっけ? あの人、あんたと同い年だそうじゃない。バーンと賞金でも獲りなさいよ」
 そしてまた、耳が痛い言葉を投げ付けられる。
 確かに何時からか、僕は小説を読むだけではなく書くようにもなった。だがあれは基本的
に得た着想を忘れないように、はっきりとしたものにする為に文章や物語──モデルケース
に起こしているのであって、果たしてちゃんと文学として体を成しているかは怪しい。仮に
成しているとしても、僕のような書き手は「自分の為」に書いている場合が多く、世間一般
でウケる、即ち金になる「他人の為」の文学・エンタメ小説とはある意味水と油のような関
係ですらある事も珍しくない。
「無茶言わないでよ……。あんなの、ごくごく一握りの人間だけだよ」
 だからそう、間違いなく呆れた声色で僕は返事をしていた。
 他人の受け売りだが、小説家になるというのは博打に似ている。そして“何者にもなれな
かった者が行き着く先”だとも云う。
 最初からひたすら錬磨していた人間ならもしかして、万が一でもあるかもしれないが、僕
のような半端者では先ず成し得まい。覚悟と技量、これまで積み上げてきたものが圧倒的に
違うからだ。
 確かに自分でも憧れた事はある。こんなに面白い物語を自分でも書けたら……。
 だが憧れは、夢はそのままではいずれ塵となって消えていくものだ。少なくともそれを実
現する為に腹を括り、具体的な階段を上っていかなければ結局己を縛る呪いにもなる。
 それに、そんな中途半端な己を正当化しようとする自分を、僕はよく知っている。
 川田氏が受賞したニュースなどとうに知っている。それ以外にも、過去あちこちの小説賞
やレーベルで色々な書き手がプロになったというという話は両手を使ってでも足りない。
 ……なのに、嫉妬と言い訳だけは人一倍だ。
 あの賞は今や落日だ、ネームバリューで部数を稼ぎたいだけ、どうせ来年になれば大半は
消えている。始めから居なかったかのように世間は忘れてしまう……。
 全ては己のくだらない自尊心(プライド)がそう思考させるのだ。
 同い年、同じ界隈を嗜む者。彼らだけが“成功”して自分だけが“成功”しないなんて事
を認められない。陰口を叩く事で、批評家を気取ってみせる事で自分を保っている。一方で
そんな自分が酷く醜いとも自覚している。でもその自己嫌悪すら、裏返せば自分が可愛いと
いう自尊心から来ている。醜い。延々と、ループする……。
「はあ。宝くじでも当たってくれれば、この家もリフォーム出来るのにねえ」
「……」
 居間を後にする。
 さて、この胸糞の悪さと不甲斐なさは、一度仮眠したくらいで紛らわせるだろうか。
                                      (了)

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  1. 2015/07/19(日) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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