日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔5〕

 集積都市の一つ、飛鳥崎。
 当代の科学技術の粋と人々の欲望を一心に集めたこの街は、たとえそれが夜闇に包まれよ
うとも人造の灯りを絶やす事なく働き続ける。
「……」
 だがそんな煌々と灯る街のさまを、酷く忌々しく見下ろす者がいた。
 とあるビルの屋上。眼下に広がっている広場(ターミナル)と延びていく線路群から察す
るに、其処はかなり大きな駅のようだ。
 確実に老いをその身に刻んでいる日焼けと皺塗れの肌。
 夜風になびいている灰色のシニアジャケット。
 ギチチッ……。彼は静かに歯軋りをし、ぶら下げた拳に力を込め、さも“仇”を見るかの
ようにこの街の風景を睨んでいる。
 ──嗚呼これが、これが奴らの望んだものか。
 忌々しい。反吐が出るほどの嫌悪感で自身が満ちていくのが分かる。
 集積都市。弱者を切り捨てても恥じる事のない、改めようともしないこの国の象徴──。
「やれ」
 壊さなければならない。
 彼は言った。するとヌッと、その横からもう一人の人影が姿をみせる。
 だが果たしてその者は人であったろうか。身体こそ隆々とした巨躯ではあるが、服は粗末
に破れたズボン以外は半裸で、何より四肢には明らかに枷と思われる戒めが半ば鎖を千切っ
た格好でぶら下がっている。表情(かお)は見えなかった。夜闇に隠れてしまっているのか
ただ僅かに顎を覆う銀鉄の拘束具が窺えるだけである。
 ググッ……。男の隣で、この大男がゆっくりと右腕を振りかぶった。
 するとどうだろう。夜闇で見え辛いが、元より丸太のようなそれはボコボコと歪な隆起を
始め、今にも破裂しそうなほどに巨大な無数のイボとなったのだ。そしてこれらを解き放つ
かのように大男が力一杯腕を振り抜くと同時、これら無数のイボ──肉塊は一斉に腕から撃
ち出され、眼下の駅前へと降り注ぐ。
「……?」
「何だ……?」
 故に通り掛かっていた人々の幾割かはこれに気付き、思わず頭上に目を凝らした。
 夜闇に紛れて何かは分からないが、何か黒い塊のようなものが降って来る……。
「ひっ!?」
「うわぁぁぁッ!!」
 だがそれは本来、悠長に眺めていていいものではなかったのだ。
 爆ぜた。これら肉塊は落下し地面やビル壁にぶつかった瞬間、さも起爆したかのように激
しく轟音と爆風を伴いながら炸裂していったのである。
 人々は逃げ惑った。一体何が起こったのかさえよく分からない。
 しかし次々に降り注ぎ、爆風に呑まれる目の前の光景、破壊される駅ビル群のさまを目の
当たりにして少なからぬ者は思った筈だ。先端科学とインフラの粋が集まったこの街で本来
起きてはならぬ事態が今起こっているのだと。
 テロが、起きたのだと。
「ふふふ……」
 ビルの屋上から、男は嗤いを漏らしながらこのさまを文字通り見下ろしていた。その横で
は大男が、今度は左・右と同じように腕を隆起させ、二撃・三撃目の肉塊を飛ばしている。
「いいぞいいぞ。もっと逃げ惑え、後悔しろ!」
 男はザッと大きく両腕を横へと広げる。
 それは力を誇示するように、或いはその狂気ですら足りぬと言わんばかりに。
「思い知るがいい! これがお前達の、偽りの繁栄に対する罰だ……!」
 爆ぜる街。
 だが彼の吐き出した怨嗟は、逃げ惑う人々の悲鳴に掻き消されるのだった。


 Episode-5.Vanguard/歪みを表す者

「──爆破テロ?」
 昼休み(いつものじかん)、学園の中庭(いつものばしょ)。
 何時もの面子と弁当を囲みながら、睦月はそう切り出してくる幼馴染の話に思わず箸を止
めると目を瞬いていた。
「あれ? 知らないの? 昨夜からあちこちでニュースになってるじゃん」
 本来なら尋常ではない報せなのに、宙(かのじょ)から語られるとつい軽い雑談レベルの
ように感じられてしまう。
 ちらと睦月は残りの三人の顔を見遣った。もう一人の幼馴染・海沙は思い出すのも怖いの
か既に不安でいっぱいな表情(かお)で眉を下げているし、皆人や國子に至っては呆れたと
言わんばかりの気難しい、ジト目のような視線すら返してきている。
「十時くらいだったかなあ? 千家谷(せんけだに)の駅が急に爆発してね? いっぱい怪
我人が出たみたいだよ。私もネットで見てたんだけど、何処の局も緊急速報って形で特番を
組んでたくらいだし」
「へぇ……。って、千家谷? 学園(うち)の最寄じゃないか」
「そうだよー。だからこれだけ皆が噂してるんだってば。あたしらは歩いて通える距離だか
ら何ともないけど、電車通学の子達は今朝大変だったみたいよー?」
 まるで我が事のように、海沙が落ちた声のトーンで言う。
 故に睦月は思っていた以上のリアルの深刻さに驚き、ひた隠そうとし、やはり飄々とした
口調のままの宙が継ぐのを横目で見ている。
「……そっか。大変な事になってたんだな……」
「てっきりむー君も知ってるとばかり……。あ、そうだ。三条君達は大丈夫だった? そっ
ちはいつも電車だったよね?」
「ああ。それなら問題ない。今朝は家の運転手が送ってくれた」
「事件が事件ですからね。皆人様の護衛として、是非もありません」
「……流石はセレブ」
「あはは……」
 どうやら親友も無事だったようだ。尤も今ここで一緒にお昼を食べているのだから、当た
り前と言えば当たり前なのだが。
 睦月は苦笑を貼り付けていた。
 それは何も、そのような非常時に彼らがしれっと冷静且つゴージャスな対応を取っていた
からだけではない。一晩中各メディアで大きく取り上げられたというのに、まるで知らなか
った自分が気まずかったからだ。
「ていうか、何で睦月は知らないのさ。仮にもコンシェルの権威の息子でしょ?」
「それとこれとは関係は……。いや、昨日はちょっと疲れが溜まってて、早めに寝ちゃった
から……」
 話せる筈もない。まさか彼女達の足元深くで、國子に鍛えて貰っていたなんて。
 改めてジト目を寄越してくる宙に、睦月は核心部分を避けるようにそう弁明していた。先
日からずっと、睦月は対アウター装備の唯一の装着者として、日夜司令室(コンソール)脇
の訓練スペースにて戦闘訓練を繰り返していたのだから。
「だ、大丈夫なの? 言ってくれれば今朝の分、私一人でどっちも作ってあげれたのに」
「そこまで深刻なものじゃないよ。本当、ちょっと疲れただけだから……」
『……』
 だから、だからこそ睦月は隠し通さなければならないと思っていた。
 海沙と宙。大切な、家族同然に育ってきたこの幼馴染達だけは、決して自分達の戦いに巻
き込んでしまう訳にはいかないのだと。
 柔らかく笑みを浮かべて慰める。
 そんな彼を、皆人と國子はそれぞれ弁当を突きながらもしっかりと見遣り、同じくじっと
口を噤んでいる。
「物騒に、なったよね」
 もきゅ……。箸で摘んだタコさんソーセージを頬張ってから、海沙は言った。
 そこには彼女の性格──大人しく目に見えた争いを好まないという気優しい性分が見え隠
れする。睦月達もそうだなと頷いていた。だが一方皆人は、かねての思考の癖からか、それ
もまたこの集積都市という街のデメリットなのだろうと淡々と考える。各種インフラが集中
するというその性格上、与えられるダメージの費用対効果は間違いなく大きいからだ。
「……そうだな。テロリストにとってはこれほど効率的に殺せる場所もないんだろうが」
「まぁねえ。全く、安心快適っていう触れ込みは何処へ行ったのやら」
 それでも尚、何処か皆が穏やかでいられる、深刻な空気に陥り切らないのは、やはりムー
ドメーカーたる宙の存在が大きいのだろうか。
 何時も通り真面目な皆人(とも)の呟きに、彼女はそう肩を竦めながら苦笑(わら)って
みせていた。睦月はそんな皆のさまを、気持ち何処か輪の外にいるような心地で見つめてし
まう。
(まさかとは思うけど……)
 内心、沸騰してきたが如き不安でどうにかなってしまいそうだった。
 一見する限りは中庭のあちこちで、何時も通り他の生徒達が昼食と談笑に花を咲かせてい
るし、周りを囲む校舎も見上げる空もとても穏やかだ。気を抜けば、つい今でもこの街で数
え切れない程の闇が蠢いているという事実を忘れてしまいそうになる。
「睦月。あんたも気を付けなさいよ?」
「え?」
 だから次の瞬間、ふいと真面目な瞳で見つめてきた宙に、睦月は思わず言葉を失う。
「え、じゃないわよ。ただでさえあんたは一度、危ない目に遭ってるんだからね?」
「……。うん」
 頷くしかない。心配そうな海沙や、平静を装う皆人達も、それぞれにこちらを見ていた。

 ごめん。海沙、宙。
 それでも、僕は……。

『──越境種(アウター)だと決め付けるにはまだ時期尚早だと思う』
 放課後の司令室(コンソール)。
 無数の監視カメラの画面にじっと目を開かせていた皆人(とも)に、睦月は抱き始めてい
たその懸念をぶつけたのだが、返って来たのはそんな未だ慎重な姿勢だった。
 彼はちらりとこちらを見遣ると、引き続きそのまま注意の多くを画面の方に向けたままで
言う。
『可能性が無い訳じゃない。だが俺達アウター対策チームは、あくまで業界への信用を守る
為に設立されたものだ。もし今回の爆破テロが本当に人間のテロリストによる犯行だったの
なら、それこそ完全に警察──公安の仕事だろう?』
『それは、そうだけど……』
 全くの正論であり、睦月はぐうの音も出なかった。
 室内では相変わらず、職員達が忙しなく飛鳥崎の今をチェックし続けている。どれだけ奴
らがこの街に侵食しているかは分からないが、少なくともその中で起こる事件全てに彼らが
関わっている訳ではないのである。
『……だがまぁ、俺も同じくまさかとは考えていた。既に人員を割いて情報収集をするよう
指示は出してある。現場の記録(ログ)がアウターを捉えていれば、俺達も心置きなく動け
るんだがな……』

「──」
 しかし、悠長に待ってなどいられなかった。
 司令室(コンソール)から抜け出し、睦月は一人現場となった千家谷駅前へと足を伸ばし
ていた。
 自分達の学園の最寄駅。
 昼間宙や海沙が話していた通り、此処は飛鳥崎の各地から生徒達が集まって来る登下校の
要とも言える場所である。
 たとえ自身が徒歩通学ではあっても、正直すぐ近くまで“悪意”の刃が迫ってくるような
心地がした。犯人は捕まっていないのだ。もし次に犯行を重ねるとして、その時彼女達が巻
き込まれないなどという保証など何処にも無いのだから。
(……確かめなくっちゃ)
 昨夜はかなりの騒ぎだったらしいというのに、駅前の様子は思いの外落ち着いているよう
にさえみえた。
 一見すると普段とさして変わらない。知っている記憶の通り人々は皆忙しなく改札から出
たり入ったりしているし、一方でそんな人波を遮るようにたむろしている若者グループの姿
もちらほらあったりもする。
 だがよく注意して周りを見てみれば、駅ビル群の方々に損傷を隠す為らしきブルーシート
が掛かっているし、頑丈なフェンス越しから見える線路上の一角では今も作業員達が黙々と
復旧作業に追われているのが見て取れる。
(……。あれは暫く時間が掛かりそうだな……)
 まるで抉り取られたかのような駅ビル群の痕跡。
 大きく変形し、熱でへしゃげてしまったらしいレールの一部。
 クレーンでその金属の成れの果てが回収されていくのを遠巻きに、睦月は次第に周りの雑
踏が妙にクリアに聞こえるような錯覚をみていた。
 一人一人の息遣い、足音。
 それらがフッと次々に消えてしまったかと思うと、場に水を打ったような静寂が走る。
 ……怖かった。同時に睦月の眼には母や海沙、宙、皆人、國子におじさん・おばさん達が
爆風で粉微塵になっていく姿(ビジョン)が映っていた。
 もしあれが学園で起きていたら? 住宅街で起きていたら?
 ギリギリッと密かに拳を握る。居ても立ってもいられなかった。
 確かめたかった。確かめずにはいられなかった。本当に今回の爆破事件は人の手のみによ
って行われた犯行なのか。それとも……アウターなのか。
「……」
 移動していくだけの人々では望み薄だろうと思い、睦月は少し駅前の路地を入っていく事
にした。広場前の通りと同じように、この辺りを遊び場にしている土地勘の濃い人間から話
を聞く為である。
 ややあって、路地裏の一角でTAをしている若者の一団を見つけた。背格好からして自分
より四つか五つ年上といった所だろうか。
「パンドラ。念の為確認するけど、あの人達は……」
『ええ。通常のリアナイザとコンシェルですね。アウターではありません』
 ひそひそと掌に握ったデバイス越しにパンドラと話し、確認を取る。
 そう簡単に見つかる訳もないか……。安堵と、しかし同時に何処か残念に思う気持ちも抱
えながら、睦月は意を決して彼らに話し掛けてみる事にする。
「……あの」
「うん?」「何だお前」
「えっと、その。少しお話を伺いたいんです。昨夜この辺りで爆発事件がありましたよね?
皆さんはその時の様子、見ていたりしませんか? 良ければ教えてください。直接にって訳
じゃないんですけど、友達が千家谷をよく利用しているものですから、心配で……」
 若者達は、正直言って面を食らっているようだった。
 いきなり何かと思えば。何で俺達に……?
 しかし運が良かったのか、どうやら基本的に彼らは丁寧に出てくる相手を嬉々として邪険
にするほど性悪ではなかったらしい。
「ほら、この辺って学園(コクガク)の玄関じゃん? あそこの連中もよく見かけるし」
「ああ……。そういや……」
「そっか。ダチ想いなんだな」
 そう内一人がこちらの背格好を見、訝しむ仲間達を説得してくれると、彼らはうーんと唸
りながらもやがて記憶を思い返しつつ話してくれたのだった。
「……確かに、昨夜も俺達は駅ビルの近くで遊んでたよ」
「ええと、十時くらいだったかなあ。急にドーンってでっかい爆発音がしてさ。慌てて上の
方を見たんだけど、瓦礫やら何やらがバラバラ落ちて来てて……」
「ありゃヤバかったぜ。あっという間にそこら辺の連中がパニックになってたしな」
「正直、俺達もやばいぞって話になってすぐに逃げたんだよなあ。最初こそデバイスで上の
方を撮ろうとしてた奴もいたけど、爆発があちこちで起き始めてそれ所じゃなくなったし」
 なー? そう彼らは互いに確認し合うようにして話してくれた。
 だが足りなかった。肝心の犯人についての情報も、アウターであるかどうかさえも。
「……全く、災難だったよなあ。俺達が言えた身じゃねぇけど、だからお前もあんま夜遊び
はしない方がいいぜ?」
「でもだからって通行規制は止めろよなあ。この辺回線が濃いからTAやり易いのに、他に
何処でやりゃいいんだよ……」
「警察もトロいよな。テロされた後で警備したって意味あんのかっつーの」
「そうそう。こちとら面子が一人病院送りにされたってのに……」
「!? それ、本当ですか?」
 だからつい話が個々の愚痴に流れていこうとする中、そう内一人が漏らした一言に睦月は
思わず食い付いていた。
 実際に事件の被害に遭った人物。それは即ちよりギリギリまで爆発の一部始終を見ていた
かもしれないということ。
「あ、ああ。ダチが一人な。落ちてきた瓦礫で怪我しちまって……」
 曰く爆発があった際、思わず野次馬根性でその様子を撮ろうとしていたが、その所為で崩
れてくる瓦礫を避けるのが遅れたのだという。
 睦月は見つけたと思った。差し出がましいとは承知の上だったが、それよりも事件の黒幕
を確かめなければという利己心(しょうどう)が勝っていた。
「あの……すみません。良ければその人の入院先、教えて貰えませんか?」


 彼らから聞いた飛鳥崎北市民病院は、商業施設が集中する西区との境付近にあった。
 改めて彼らに礼を言い、単身この病院へと足を運ぶ睦月。
 念の為デバイスにメモした病室番号とその被害者の名前を何度か確認しながら、睦月は院
内の案内板、エレベーターを経由していよいよ目的の病室へと辿り着く。
「開いてるぜ」
「……失礼します。林さんで、間違いありませんよね?」
 個室なその中には、左肩をぐるりと包帯で巻いた半裸の青年がベッドに座っていた。
 控え目にノックをしておずおずと顔を出す。当然ながら彼──林はぱちくりと目を瞬いて
怪訝な視線を遣ってくる。
「ああ、俺だが……。誰だお前?」
「あ、えっと。初めまして。僕は佐原といいます。岩田さん達から聞いて、林さんに昨夜の
爆破事件について詳しいお話を伺いたくて来ました」
「おお、お前がそうか。連絡なら受けてる。まぁこっち来いよ」
「はい。……失礼します」
 ぺこりと頭を下げ、睦月は後ろ手に扉を閉めながら林の傍に歩いていった。
 落ちてきた瓦礫で怪我をしたと聞いたのでどんな重症かと思っていたが、どうやら想像し
ていたよりはずっと元気そうである。
「しかしダチの為に、ねえ。確かに千家谷(あそこ)は学園(コクガク)の連中がよく来た
り出たりする所だけど、俺達素人が首突っ込んでいいような話じゃねぇと思うぞ? 痴漢や
万引きをとっ捕まえるのとは訳が違うんだしよ」
 まぁ、俺もあんま他人の事は言えねぇんだけど……。
 事件の直後、悠長にデバイスで撮影していたことを言っているのだろう。林は年上っぽく
苦言を呈しながらもそう一方で自嘲にも似た苦笑いを零していた。
「……」
 睦月は黙っている。分かっている、そんな事は。
 だけどもじっとしてはいられなかった。
 次に犯人が何処を狙うかは分からないのだ。アウターかもしれないのだ。昨夜のように奴
が学園に関連する場所を狙っているのなら、次に海沙や宙、皆人達が巻き込まれないという
保証は無い。
「……まぁいいや。あいつらには任せとけって返信(かえ)しちまったしな。俺なんかで良
ければ話してやるよ」
 だが唇を結んで立つ睦月に根負けした部分もあったのだろう。林はぽりぽりと頬を掻きな
がら、やがてぽつぽつと話し始めた。
「大体の事は岩田達から聞いてるんだよな? 時間とか、その辺りは」
「はい。十時くらい、でしたっけ」
「ああ。多分そのぐらいだったと思う。昨夜は俺達、サイヨービルの前でTAしてたんだ。
あの辺は回線が濃くってやり易いからさ。そうしてる最中だよ。何となく上を見たら、何か
塊みたいなものが降って来てるのが見えたんだ」
「……塊?」
「ああ、塊だ。何せ夜だからはっきりとは見えなかったんだけど、ゴツゴツしたようなのが
何個も降って来てるのが見えたんだ。爆発が起きたのは、そのすぐ後だよ」
 そう最初こそ親切に教えてくれていた彼だったが、流石に昨日の今日だからか、いざ実際
に証言していくにつれその表情は険しさを増しているように見える。
 ピシリ……。睦月は内心、後ろめたさ──自分の身勝手さが酷く醜く感じられた。
 考えてみれば当然の反応じゃないか。幸い大事には至らなかったとはいえ、心の方が何と
もない訳などないのだから。
「……? ちょっと待ってください。爆発って、ビルの中からじゃないんですか? その話
だとまるで、外から爆弾でもぶつけられたみたいな……」
「ああ。それは俺も妙だなーとは思ってるんだよ。そりゃあ実際何で爆発したのかは分かん
ねぇけど、テロリストって大体建物の中に仕掛けておいて爆発させるとか、自分に巻いて特
攻するとか、そういう感じじゃん?」
「ええ」
「でもあん時の記憶が正しけりゃ、あの爆発はそんな感じじゃなかったと思うんだよなあ。
タイミングからしてもあの塊みたいなのが爆弾か何かで、外から誰かがぶん投げたって考え
る方が辻褄が合うし……」
「……」
 そこまで半ば呟くにして言うと、林は眉根を顰めて目を瞑り、うーんと顎を擦りながら唸
っていた。睦月も言葉少なげに押し黙り、只々じっと彼がくれたこの情報から、改めて事件
の状況について整理してみようとする。
(爆弾を仕掛けるんじゃなくて、投げた? そんな狙いが不確実なやり方、本当に選ぶんだ
ろうか? 何が目的なんだろう? 単に侵入する手間を省いた? 確かに無差別に人を襲う
って意味じゃあ同じではあるけど……)
 だが次の瞬間、ブレイクスルーの一言は発せられたのである。
 そういえば……。ふいっと林が思い出したようにまた口を開いた。再び視線を上げてこち
らを見てきた睦月に、彼はぴっと人差し指を立てながら付け加えてくる。
「誰かが、で思い出したんだけど、ちょうどあの時、見たんだよ。向かいの別のビルの屋上
に人が立ってたんだよな」
「!? 本当ですか?」
「ああ、間違いない。夜だからか陰になってはっきりとは見えなかったんだけどさ。多分お
っさんだったと思うぜ? 手にリアナイザをぶら下げたおっさんだった」
 リアナイザ……。思わず、しかし何処かで予感していたかのように、睦月はじっと目を見
開いていた。
「……」
 まさか。やっぱり。
 幸か不幸か行き着いたその証言に、睦月はごくりと唾を飲む。

『──リアナイザを持った、中年?』
「うん。どう考えても不自然でしょ?」
 林から一通り話を聞き終わって部屋を辞し、睦月は病院を後にしていた。
 早速デバイスから司令室(コンソール)にいる筈の皆人に電話を掛ける。林から聞いた目
撃証言、その肝となる部分を聞くと、彼は通信の向こうでじっと眉根を寄せていた。
『そうだな。リアナイザ──TA(テイムアタック)のユーザーは基本的に若年層だ。そん
な歳の男性がただ所有しているだけとは考え難いな』
『それに彼を見たという状況が一番物語っています。昨夜の現場を見下ろすように立ってい
たという事は、やはり』
「うん。改造リアナイザ──アウターだと思う」
 病院を後にし、通りを歩きながら通話する。
 大丈夫だとは思うが、行き違う人々を警戒して気持ち声は抑え目に。
 林が撮ったという事件直後の写真は、流石に混乱の中でいう事もあってあまり鮮明に捉え
られてはいなかった。何より肝心のこのリアナイザを手にした男性の姿までは収めていなか
ったのである。
 睦月は改めて、予感を確信に変えて言った。
 状況からして間違いない。
 今回の爆破テロ事件、おそらくアウターだ。
『……というか睦月お前、何を勝手に動いてる? 出現していないから一度家に戻ると言っ
てきた時点まさかとは思ったが……俺の話を聞いていなかったのか?』
「それはごめん。でも……居ても立ってもいられなかったんだ。アウターであってもなくて
も、テロはたくさんの人達を巻き込む。次に海沙や宙がその一人にならないなんて保証、何
処にもないんだ。それに実際に何人も怪我をした人達がいる。許されるものじゃないよ」
『……』
 故にやや後回しに皆人は先立った行動を咎めたが、もう既に睦月の“正義感”はそのスイ
ッチをオンにしてしまって久しい。はっきりとそう言い切った親友に、皆人はデバイスの向
こうで皆人は静かに深い嘆息をつく。
『分かったよ。とりあえずその証言者の撮った写真とやらを、パンドラの記憶(ログ)から
こっちに送ってきてくれ。肝心の犯人が映っていないにしても、解析してみる価値はある』
「ありがとう。それと皆人。そっちでリアナイザを持っている人達が何処にいるか、追えた
りしないかな?」
『……難しいな。そもそもあれは出力用のハードであって、常時回線に繋がっている訳じゃ
ない。改造型の方も基本的には同じ筈だ』
『そうですねえ。起動している分だけなら、近くにいるかどうかは分かりますけど……』
「……そっか」
 ともかくアウターが絡んでいる可能性が出てきた以上、何もしない訳にはいかない。
 半ば根負けしたかのように皆人が言い、続いて睦月からの提案──直接犯人の目星をつけ
る作戦にもそう渋る返答を寄越した。睦月のデバイスの中で、パンドラがふよふよと浮きな
がらそう捕捉してくれる。
『とにかく一旦國子達をそっちに遣ろう。適当な所で合流してくれ。それとお前が聞いた、
その中年男性の特徴も教えてくれ。流石に情報量が少な過ぎるが、一応こちらで住民データ
を洗ってみよう』
「うん。宜しく頼むよ。それで、その人の特徴だけど──」
 だがちょうどそんな時だったのだ。早速睦月が林から聞いた、犯人と思しき男の特徴を伝
えようとした時、遠くから大きな爆発音がしたのである。
『どうした!? さっきの音は何だ、睦月?』
 電話の向こうで皆人がにわかに叫び始めた。周囲の職員達も、急ぎ慌てて目の前の監視映
像群をチェックし始めている。
「……爆発だ。また爆発が起きた! ここから見て南東……西國モールの方角だよ!」


 時を前後して、千家谷駅周辺。
 自分達の手には負えぬという所轄の要請により、筧ら中央署の面々は急ぎ準備を整えて現
場に駆けつけていた。
 ビル群のあちこちに掛けられたビニールシート。
 落下した瓦礫の撤去の為と思われる仮設の遮蔽壁。
 行き交う人々は一見すれば平静を取り戻しているように見えるが、その内実は決して安寧
ではなかろう。むしろ事件(テロ)が起こった事自体を忌々しく思い、自分は関係ないんだ
と、狭く限られた各々の日常の中へと積極的に埋没しようとしている節さえある。
「──知らないよ。何で俺がテロリストなんかと知り合いになるんだよ……」
「──別の人に訊いてください。私は無関係です。失礼、打ち合わせに遅れますので」
「──っていうかおじさん達警察でしょ? 何テロられてんのさー。昨夜終電出なくて大変
だったんだからね~?」
 昼前から早速、一課の面々が駅前を中心に聞き込みを重ねる。
 だが事件の内容が内容だからか、多くの市民は関わる事すら避けたがるようにして足早に
人ごみの中へと消えていった。
 チッ……。同僚達がそうした後ろ姿を見送りながら、静かに舌打ちをする。
 安心快適の集積都市。そんな触れ込みを目一杯享受はしたくとも、いざ厄介事が起きれば
対応は全てこちら側へ丸投げという訳だ。
「……目撃証言、中々集まりませんね」
「無理もないだろうな。駅ってのはその殆どが通り過ぎるだけの場所だ」
 正直そんな人々の態度に辟易しながらも、筧と由良は大通りから路地裏へ、より地元の人
間がいるであろうエリアへとその捜査範囲を広げていた。
 先日で暦も進んで五月になった。季節も人も、街も、確実に変わろうとしている。
(全く。次から次へと……)
 由良を連れながら、筧は何処かこちらに接触(エンカウント)するのを避けようとしてい
るかのような路地裏の空気を感じつつ歩いていた。その脳裏の思考を占めていくのは、只々
ここ最近頻発する事件への嘆きと、長年の経験が囁く嫌な予感ばかりである。
 ……確かに、この集積都市という街の性質上、人は数多く集まる。結果として犯罪が発生
する確率もまた上がるのはある意味宿命なのかもしれない。
 しかしだ。それにしたって多過ぎではないか?
 その実ただの体感であってくれればそれに越した事は無いのだが、生憎そんな錯覚程度で
収まるほど自分達の仕事は生温くない。
 筧は確かに感じていた。
 この街で起こる事件の少なからずが、どんどん激しく常識外れになっている事を。
(これが俗に言う、現代社会の歪みって奴なのかねえ……?)
 小さな嘆息。
 筧はそんな実感としてある、この街に潜むきな臭さを思いながらも、それでいて何か特段
手が打てる訳でもない自分を歯痒く思った。
 昼下がりなのに競い合うように建つビルは、進む自分達の路を薄暗くしている。
 どうやら昨夜から所轄を含めて警察が捜査・警戒している状態が裏目に出、人々の口を堅
く閉ざしてしまっているらしい。
「……お?」
 しかしそれでも二人は見つける事が出来た。路地裏の、少し広まった一角でTAをしてい
る若者達のグループと出くわしたのである。
「お前ら、ちょっといいか?」
「……? 何だよ、おっさん」
「ああ、ごめんね。自分達はこういう者なんだけど……。話を、聞かせてくれないかな?」
 それは他ならぬ岩田達だった。睦月に事件当夜の一部始終を話し、入院中の林を紹介した
当人達である。
 最初彼らはやや横柄に出た筧に遠慮のない警戒心を向けたが、すぐに由良が横で警察手帳
を広げてみせた事で態度が豹変した。慌ててTAのホログラムを切り、リアナイザを腰の後
ろに隠し、動揺した様子で気持ち大きく後退っている。
「け、警察!?」
「その……俺達、何かしましたっけ?」
「……そういう返しは止めといた方がいい。相手が性根の悪い刑事(デカ)だったら、そこ
から別件で捕ってくるぞ」
「えっと。君達ってこの辺りの人かな? もしよければ、昨夜起きた爆破事件について話を
訊きたいんだけど……」
 少しジト目になる筧をフォローするように、由良がなるべくやんわりとそう本題を切り出
してみせた。岩田達が目を瞬き、互いに顔を見合わせる。
「え、ええ」
「構いませんけど……」
 だから彼らは、再び口を開く事になった。
 自分達はこの辺りでよく遊んでおり、昨夜も駅ビルの近くでたむろしていたこと。
 時刻は夜の十時をちょっと過ぎた頃。爆音がしたかと思って空を見上げると、破壊された
瓦礫などが降り注いで来たさま。
 そして睦月の時のように流石に面と向かって不平不満をぶつける訳にもいかず、代わりに
あの一件で仲間が負傷して現在入院しているのだということも。
「大よそ所轄から上がって来た報告と一致してますね」
「ああ。だが話の通りだと、爆発は複数の場所から起こった事になるな」
 筧と由良はそれら証言を手帳にメモしながら、且つ徐々に形になってくる事件当夜の映像
を思い浮かべてみる。
 瓦礫は広範囲に渡って散らばっていた。同時に負傷者も多くの数に上る。
 これは一度捜査本部に持ち帰り、それぞれの証言と当時の位置関係をまとめてみる必要が
ありそうだ。
「ありがとよ。じゃあ最後に、その怪我をした友人の入院先を教えてくれ。そいつにも話を
聞きたい」
「ええ。北市民病院の三〇五号です、けど……」
「けど?」
「あ、いえ。まさか一日に二度も同じ話をする事になるなんてな~って思って……」
「? それはどういう──」
 だがそんな時だったのだ。岩田が苦笑いしながら呟いた言葉に筧が引っ掛かりを覚えた次
の瞬間、突如として周囲を揺るがす轟音が響いたのである。
「うおっ!?」
「な、何だぁ……?」
「ひょ、兵(ひょう)さん! 大変です、あれ!」
 驚き慌てふためく岩田達。一方で辺りを見渡し、由良が筧に叫んで遠くビル群の向こうを
指差す。
「黒煙……。チッ、第二の事件か」
「みたいですね。自分達も急ぎましょう!」
 方角はここから見て南南西。ちょうど西区の商業地帯辺り。
『本部から各位へ。爆発事件発生。場所は西区・西國ショッピングモール。付近の捜査員は
至急現場へ急行せよ』
 程なく筧が胸ポケットに引っ掛けていた無線機から、ノイズ交じりの命令が届く。

 遠巻きからの爆音と立ち上ってゆく黒煙を見た瞬間、睦月は殆ど衝動に駆られて地面を蹴
っていた。道行く人々は何事かと空を見上げ、惑い、その多くがまだ事態を理解していない
ように見える。
 あたかも彼らよりも速く速く、自分だけが時を脈打っているように感じられた。
 睦月はそんな彼らの間をすり抜け、ガードレールを跳び越えながら全速力で疾走する。
 これまでの戦いと、何よりここ暫くの國子との訓練により、どうやら自分が思っていた以
上に身体は動くようになっているようだ。
『睦月、一旦落ち着け! こちらでも映像で確認した。大事になるぞ。そんな人目につくよ
うな状況では──』
「また人が怪我するかもしれないんだよ!? 死ぬかもしれないんだよ!? 黙って見てな
んていられない! 奴らの仕業だったとしたら、尚更僕らの出番じゃないか!」
 職員達が、監視映像から西國モールに立ち上る黒煙をクローズアップする横で皆人は慌て
て親友(とも)を止めようとしていた。
 しかし睦月は留まらない。懐からインカムを取り出して付けながら、一つまた一つと戸惑
って立ち止まる人々や車の隙間を縫い、道路を区画をショートカットしていく。
『……國子達は間に合わないか。分かった、そのままモールへ向かってくれ。くれぐれもお
前の素性を見られないようにしてくれよ? 情報も何もなくぶっつけ本番だが、頼む』
「始めからそのつもりだよ。皆の避難はそっちに任せるから」
 そうして全力疾走で街を縦断した睦月は、暫くしてようやく目的の西國ショッピングモー
ルへと到着した。
 既に何度も爆発が起きているのだろう。駐車場からでもあちこちらから黒煙が上がってい
るのが確認できた。逃げ惑う人々の流れとは逆行して、睦月はぎゅっと唇を結ぶと単身その
内部へと入っていく。
「──何なんだ、何なんだよ!?」
「──つべこべ言わすに逃げろっ! ぼさっとしてたら殺されるぞ!」
「──いやぁ~ッ! 化け物ぉ~ッ!!」
 悲鳴。誰もそんな睦月を咎めようとはしなかった。
 各々に叫び、恐れ、苛立ち、彼らは我先にと出口へ向かって人波を作っていた。警備員達
も匙を投げ、そんな彼らの中に交じっているのが見える。
「……」
 中央のエスカレーターや階段ではこの人波とまともにぶつかってしまう。
 一旦睦月は横道に逸れて非常階段を使い、ぐるりと遠回りして中二階に登ると、再び空に
なった階段を駆け下りながらモールの中央広場らしき部分へと出る。
『マスター、いました! あそこです!』
 そして遂に……睦月は発見する。
 パンドラが逸早く気付き、画面の中から頭上を指差した。見上げればこの吹き抜けの広場
を上階から見下ろし、遠く逃げ惑っている人々や爆ぜて崩落した鉄骨などのあれこれをじっ
と眺めて立っている人影がある。
「……誰かな? わざわざ私達の下に舞い戻ってくる人間がいるとは」
 そこにいたのは二人の人物だった。
 一人は白髪が侵食するややオールバッグ気味の髪に、浅黒く日焼けし皺を刻んだ肌、随分
と着古したと思われる灰色のシニアジャケットを着た男性。
 おそらく彼だろう。市民病院で林が話していた謎の中年男性の特徴と多くが一致する。更
に確信を得たのがもう一人の方だ。
 囚人を思わせる顎の拘束具や千切れた手枷、足枷をぶら下げた半裸で巨漢の怪物。
 その赤い両眼や纏う殺気はどう考えても常人のそれではなく、この男性──召喚主が手に
下げたリアナイザに点る電源と同じくして、ぼうっとその瞳は半ば狂気に支配されて蠢いて
いる。
「……パンドラ。やっぱり」
『はい。アウターと、その召喚主と考えて間違いありません』
 ギチチッ。静かに肯定する相棒のその一言に、睦月は必死に怒りを抑えていた。
 あいつが、爆破テロの犯人。
 このまま放っておけば、いつまた同じ事を繰り返すかもしれない脅威……。
「あんたが……あんたがやったのか!? 昨夜も今日も、自分が何をやってるのか分かって
るのか!?」
「……君こそ正気か? 私達にたった一人で立ち向かうなどどうにかしている……」
 男は怪訝と、それと同じくらいの憐憫を向けているように見えた。
 ──殺れ、ボマー。
 そして彼は、そう小さく隣の巨漢のアウターに指示し、次の瞬間この巨体はだんっと躊躇
なく宙を舞った。アウターはそのまま重量に比例し、轟音を伴って睦月と同じ広場スペース
へと着地してくる。
 インカムの音とデバイス越しに、司令室(コンソール)の皆人や駆けつけて来ていた香月
達が息を呑んで見守っている。
「……少なくとも、あんたよりはマシだよ。テロリスト!」
『TRACE──READY』
 睦月はそっと懐からEXリアナイザを取り出した。パンドラを収めたデバイスをスライド
させた上蓋に挿入し、現れたホログラム画面から装着すべき力を選択する。
「変身ッ!」
『OPERATE THE PANDORA』
 そして叫ぶ。
 ノズル部分を左掌に押し付けて認証。彼の周りを、引き金をひいて射出された白亜の光球
とデジタル記号の輪が取り囲む。
「……何だ、あれは」
 男は上階のテラス部分から、思わず目を見開いて呟いていた。
 あの少年は一体……? だがそんな疑問が解決するよりも早く、彼とその闘争心に刺激さ
れた巨漢のアウターは直後互いに雄叫びを上げながらぶつかり合う。
「オァァァァッ! ガアッ、ガアッ!」
 体躯を活かし、アウターの側がその丸太のような分厚い両腕を振り回してきた。
 睦月はギリギリまで引きつけて逃げる、かわす。そうして銃撃の一発でも撃ち込みたい所
だったが、相手のその屈強で頑丈そうな身体を見て先ずは隙を見せない方を選んだ。
(見た目通りのパワータイプ、か。シュートやスラッシュじゃ厳しいかな。ここはナックル
で。大振りした所を全力で)
 判断を変え、直後突き出された拳をかわす。
 メゴォと左ストレートが背後のテナントの壁にめり込んでいた。金属の塊がまるで紙細工
のように大きく引っ張られてずるむけへしゃげ、腕を引き抜いたアウターがギロリと肩越し
にこちらを睨んでくる。
「……。オォォ……!」
 だが次の瞬間だったのだ。大きく跳んで一旦距離を取り直した睦月に向かい、この巨漢の
アウターはぐぐぐっと、その右腕にこぶが出来るほどの力を込め始めたのだ。
「っ?!」
 睦月が思わず目を見張る。司令室(コンソール)の皆人達が釘付けになる。
 その腕はボコボコとまるで沸騰するように歪に隆起し、そこから無数のイボ──ごつごつ
した肉塊を作り出す。
 そしてこの巨漢アウターは、その肉塊を弾き飛ばすかのようにぶんっと腕を振り払うと、
睦月に向かって文字通りこれらを投げ付けてきたのである。
「くっ……! シュート!」
『WEAPON CHANGE』
 ナックル、至近距離は後だ。飛び道具を撃ってきやがった。
 故に半ば反射的に、睦月はその武装を銃撃モードへと変えていた。
 距離がある。的も大きい。このまま撃ち落して、その隙に──。
「!? うあああッ!!」
 しかしそんな目論見は文字通り爆発四散したのである。飛んで来た肉塊を迎撃、睦月の銃
撃がこれらにヒットした次の瞬間、この肉塊達は最初の一発が爆ぜるのに連鎖して──即ち
誘爆して、次々にその爆風で睦月を巻き込んだのだった。
『睦月っ!』『睦月君!』
「……う、あ。な、何だ? いきなり……爆発?」
『気を付けてください、マスター! この反応、間違いありません。あのアウターから発生
した肉塊、どうやら爆薬になるみたいです!』
「ば、爆薬ぅ!? ……そうか。だから、昨夜の事件も外から……」
 パンドラがその正体に気付き、叫ぶ。
 睦月は少なからずダメージを受けながらも、それでも何とか立ち上がった。
 呟く。繋がった。やはり昨夜の爆破事件もこいつらの仕業だ。爆発が建物の中から起こら
なかったのも、あちこちに点々と被害があったのも、ああして爆発する肉塊を屋上からばら
撒いたからに違いない。
 このアウターが──“爆弾魔(ボマー)”のアウターがこちらに向き直る。
 何て物騒な奴だ。あんな攻撃をまともに受けたら、この姿でも無事じゃ済まない。
「……だったら」
 睦月は少し考え、再びホログラム画面を操作した。
 選択したのは白の──隼(ハヤブサ)のコンシェル。再び大きく腕に力を込めて肉塊爆弾
を放とうとするボマーを前に、睦月は逸早くその引き金をひく。
『ELEMENT』
『GUST THE FALCON』
 二度目の爆撃は、ただ徒にモールの内壁を吹き飛ばしただけだった。肉塊が飛んでくるよ
りも速く、胸に白い光球を宿した睦月が文字通り消えるように駆け出したからだ。
「む? 何だ。急に速く……」
 上階で男が驚いて必死に目を凝らしている。それだけ睦月の速さが急に目で追えなくなっ
てしまったのだ。
 ファルコン。
 疾風の力、高速移動の能力をパワードスーツに与えるコンシェルである。
(これで……!)
 撹乱するように縦横無尽に駆け回り、睦月はボマーの隙を窺った。やはり巨体ではこの速
度にはついて来れないのか、豪腕を振り回せはせど、どれもあさっての方向を打ち付けるに
留まっている。
「……ナックル!」
『WEAPON CHANGE』
 そして見極めた。大きく空振りしたボマーの一撃。その空いた脇腹へと、睦月は背後から
武装を切り替えつつ一気に迫ったのだ。リアナイザを中心に光球状の拳が形成され、渾身の
一撃がこのアウターを倒すべく叩き付けられる。
「──」
「っ……!?」
 だが、効いていなかったのだ。
 拳撃は確かに脇腹に入った。だがその巨大で分厚い身体は、通常時の睦月が放ちうる最大
のパワー攻撃すら受け付けなかったのである。
『そ、そんな。加速もついたナックルも効かないなんて……』
「……」
 パンドラの驚愕。しかしその直後、三度ボマーがぐぐっとその左腕に力を込め始めたのだ
った。
 ちょうど左脇腹に打撃を打ち込んだ睦月を、頭上から叩き付ける格好。
 ボコボコと隆起していくその至近距離の肉塊爆弾に、睦月は拙いと感じ、咄嗟にナックル
の攻撃兼防御の光球部分を自分の顔面に持っていく。
「がっ──!」
 裏拳よろしく。次の瞬間パワードスーツに身を包んだ睦月を、ボマーの至近距離からの爆
撃が直撃した。
 巨大な爆風と黒煙が二人を包む。司令室(コンソール)の一同が血の気が引いた思いでこ
の映像にかじり付く。
 どうっ。睦月は辛うじてナックルで攻撃をワンクッション出来たが、爆発の威力までは殺
し切れず、そのままゴロゴロと吹き飛ばされて地面を転がった。
 ボマーがそっと打ちつけた腕を引き抜く。メゴメゴと、真皮が露わになった表面があっと
いう間に元の硬い表皮に覆われて回復していく。
 男がゆっくりと中央階段から降りて来ようとしていた。最初こそ睦月の変身や自身のアウ
ターと交戦していた事に驚いていたが、ここに来て勝ち誇ったように哂い、言う。
「驚いたよ。まさかボマー対抗できる人間がいるなんてね。だが……何処の誰かは知らない
が、私のボマーの前ではやはり無力だったみたいだな」
 ボロボロになり、それでも何とか起き上がろうとする睦月。
 しかし受けたダメージは確実に中の人間を痛めつけており、出来るのはただふらふらにな
りながらも、合流する男とボマーの二人を睨み返すくらいのものだ。
『睦月、一旦退け! このままじゃ勝ち目はない! 逃げるんだ!』
「……ほう? それだけダメージを受けても、あくまで私達に挑もうとするか。……いいだ
ろう。望み通りにしてやる。共に滅んでしまえ。この忌々しい都市と共に!」
 インカム越しに皆人達の必死の声が響く。
 だが睦月は何も反応できず、ただそこによろめき立っているだけだった。男の前で四度腕
に力を込め、ボマーがボコボコと隆起した肉塊爆弾を放とうとしている。
(……駄目だ。動けない。今ここで逃げたら、後ろの人達が……)
 肩越しにそっと後ろを見遣る。睦月が立ち続けていのは、何もそのダメージの大きさだけ
ではなかったのだ。
 人々がいたからだった。ちょうど背後、ボマーが拳で打ち抜いた内壁の向こう遠巻きに、
まだ逃げ遅れた数名がこちらに気付いて腰を抜かしているのが見えていたのだ。
 今、自分が逃げちゃいけない。
 このまま奴の肉塊(ばくだん)があっちまで飛んで行ってしまったら、間違いなくあの人
達は死んでしまう……。
『睦月、睦月! どうした!? 応答しろ!』
『マスター! マスター! しっかりしてください! 早く、早く逃げて!』
 ぱんぱんに膨れ上がってボマーの腕に取り付いた肉塊爆弾は、シュウシュウと静かに蒸気
を上げながらその時を待っていた。
 殺れ──。男が言う。
 狂気のまま、赤く光る双眸で、ボマーは深呼吸するように大きく身を捻り、右腕を振り上
げると、そのままぶんっと振り抜いた腕から肉塊達を解き放つ。
『睦月!』『マスター!』
「……っ」
 仲間達が叫ぶ。睦月が立ち尽くしている。

 刹那、次の瞬間。
 ボマーの爆弾が、睦月に激突して爆ぜた。

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  1. 2015/07/16(木) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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