日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「命の総量」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:砂時計、罠、増える】


 出張先の東南アジアで、奇妙なものを見つけた。
「オニイサン、オニイサン。イイモノアルヨ」
 そう大きな島ではなかった筈だ。ただ船の乗り継ぎの為に降り立ち、出航までの時間を潰
そうと何となしにぶらついていた最中の事だった。
「……?」
 坂田はそんな、路地の隅から掛けられた片言に思わず眉を潜めると、ゆっくりとこの声の
主の方へと振り返った。
 見れば粗末な木や藁葺きの屋根・柱が並ぶその一角に、ニコニコと確かにこちらを見て微
笑んでいる皺くちゃの老婆がいる。
 地元の人間だろうか? だがその店構えはともかく、坂田はそこに置かれていた品物を見
ると内心はたと心を奪われる。
(これは……砂時計か?)
 粗末な屋台とは対照的に、老婆の前に置かれていたのは、あたかも彫刻かと見間違うほど
繊細に作られた砂時計であった。
 太陽と月、それぞれを仰ぐ人の姿がそれぞれ左右上下に反転して掘られている。
 そんな調度品の一つにでもなりそうな彫刻を枠として、澄んだ硝子の中に詰められた砂は
淡い翠のグラデーションを彩ってとても綺麗だ。
「これ、お婆さんが作ったんですか?」
 暫し考え、疎らな人波の中に立ちながら、坂田はこの老婆に訊ねてみた。なるべくゆっく
り話してみたつもりだが反応が薄かったので、スマホを取り出して音声認識式の翻訳アプリ
に活躍して貰う事にする。
『そうです。私達が作りました』
 帰ってきた現地語を幾つかの言語で試して、ようやくそれらしい翻訳が帰ってくる。
 へぇ……。坂田は気持ち品台を覗き込むようにしてこの緻密な彫刻の砂時計を眺めた。
「土産に一つ持って帰ろうかな……。お婆さん。これ、一つ幾らです?」
 また何度かスマホを片手にやり取りをして、支払いを済ませた。てっきり観光客向けの高
級品かと思っていたが、案外安値でびっくりした。
 加え、自分の名前と生年月日を付属の小さな金属プレートに刻んでくれるという粋なサー
ビス付きだ。決まった時間しか図れない筈の砂時計には珍しく、くびれ部分を外枠のリング
の絞り具合で微調整する事もできるらしい。プレートも、このリングの一点にぶら下がるよ
うにしてくっ付いている。
「マイドー、アリ。オニイサン。Ini adalah hidup Anda」
「ん? ああ……」
 ぴっちりした紙袋に入れて貰い、立ち去ろうとする。すると老婆は感謝の笑みと、どうや
ら現地の言葉で何やら喋っていた。
 ひらひらと手を振る。坂田は微笑み返しながら港へと踵を返し、そして何となくスマホの
画面を見てその翻訳された文面を見る。

“それは貴方の命です”


「──よいしょっ、と……」
 滞在中の細かな出来事はすっかり忘れていた。
 帰国し、慣れ親しんだ自宅に戻って来た坂田は、下ろした鞄の中から次々に持って行って
いた・持って帰って来た荷物を取り出すと整理を始める。
(……これは)
 そうして、気付く。
 小さな紙袋に入れられた、彫刻の木枠に守られたあの砂時計だった。
 ぷらんと、現地語らしい自分の名前と生年月日が刻まれた小さい金属プレートが取り出し
た振動で揺れ動く。調整用のリングは最大まで絞られているようだ。
「……そういや、何となく買ってみたんだっけ」
 これだけ独特な彫刻が施してあれば、ちょっとしたインテリアにもなるだろう。
 近くのテーブルに置く。見れば中の砂は、中途半端に落ちており、大よそ半分ほどが底に
溜まってしまっている。
 他の客が以前にでも弄っていたのだろう。
 坂田はそう思い、半ば無意識の内にリングを緩め──。
「うっ?!」
 その瞬間だった。まるで身体がじりじりと蒸発していくように、全身が鈍く小さな痛みを
伴い始めたのだ。
 思わず胸元を押さえて蹲る。出しっ放しだった他の荷物が肘に当たり、ガラガラと音を立
てて崩れて転がった。
「あ、あなた、どうしたの!?」
 そこへちょうど妻が駆けつけてきた。物音に気付いて様子を覗いたのだろう。片手には料
理の途中だったのかおたまが握られたままだ。
「わ、分からん。だが、何だか急に胸が……」
 そして動揺の中、坂田は奇しくもその視界にこの砂時計を見た。サラサラと翠色の砂が少
しずつ底側へと落ちていっている。
(まさか……)
 Ini adalah hidup Anda──それは貴方の命です。あの去り際、老婆に言われた一言。
 その時は単なる冗談としか思っていなかった。だが今実際に砂時計を動かした直後に胸が
苦しくなり、加えて普通の砂時計では珍しいこのプレートの意味も彼は悟る。
(名前と生年月日……そういう事か……?)
 にわかには信じられない。だが実際に原因不明の痛みが自らを撃っている。
 坂田は肩を抱き寄せてくる妻にも構わず、慌てて砂時計に手を伸ばした。くびれ部分を囲
むこのリングを絞り直し、砂が流れ落ちていくのを食い止める。
「──っ。はぁ、はぁっ……!」
 するとどうだろう。それまで自分を襲っていた胸の痛みが、急に楽になってみるみる内に
消えていったのだ。
 間違いない。本当にそうなのか。
 この砂時計はもう、俺の命と……。
「……あなた?」
「……大丈夫。ちょっと、胸焼けがしただけだ」
 あまりに深刻な表情(かお)をしていたのだろう。妻が心配そうに、そして様子がおかし
い夫を訝しむようにこちらを見ている。
 坂田は思わずそう平静を装ってみせていた。要らぬ心配を掛けたくないというのと、何よ
り信じて貰えないだろうという予測があったからだ。
(しかしあの婆さんが呟いた通り、この砂が俺の寿命と一致しているのだとしたら……)
 だから暫しじっとこの砂時計を見つめて、坂田は思った。
 落ち切れば“尽きる”のであれば、その逆の事をすれば……。
「……」
 一度深く深呼吸をして意識を集中させ、頭の中でイメージする。
 よし。意を決して、坂田は再びこの砂時計を掴んだ。
「? あなたそれ──」
 妻がようやく気付き、訊ねてくるが今はそれに答えている余裕はない。
 彼は先ず改めてリングを緩めた。当然、また砂が落ち始め、胸が苦しくなる。
 それでも手は休めなかった。枠ごと坂田はこれを持ち上げて一度水平にし、片方──砂が
落ちていた方とは別の側に中身を寄せ直すと、リングを再びしっかりと絞め直してこれを垂
直に置いたのである。
 くるんとプレートが、リング上に一点で留められたまま半回転して揺れる。
 即ち砂の全てが、くびれ部分を隔たせたリングを蓋として上側に残存する形だ。
 胸の痛みは数秒の事だった。これでリングさえ緩めなければ、もう二度とあのような危機
を迎える事はない。
「……あ、ああ、あなた。か、顔っ……!!」
「?」
 だが異変は次の瞬間起こったのである。ホッと安堵の息をついた坂田に、はたと妻が驚愕
したように顔を引き攣らせてぷるぷると指を差してきたのだ。
「俺の顔に、何か──」
 そして何となしに居間(へや)の一角に下がっている鏡に目を遣り……絶句した。
 これは誰だ?
 鏡には、現在進行形でどんどん若返っていく自分の顔が姿が映り込んでいて……。
「くっ──!」
 だから半ば反射的だった。彼はまた砂時計に手を伸ばし、そのリングを気持ち緩めたので
ある。
 案の定、あり得ない若返りは次の瞬間止まった。流れていく砂を見て、鏡の中の自分が元
の壮年に戻るまでリングに触れる手越しに微調整を繰り返す。
「あ、危なかった……。今度は若返りか。まさか全くのゼロになると、俺は赤ん坊になるの
か……」
「あな、た? さっきから一体何なの? 何なの、その砂時計……?」
 妻が慄いていた。無理もなかろう。咄嗟の機転で元に戻ったとはいえ、夫がつい先刻まで
出会った頃の若かりし姿に見えていたのだから。
「ああ……。実はな……」
 まだ動揺してはいるだろうが、仕方ない。
 坂田は再び半分ほどが落ちた砂時計を横目に居住まいを正すと、彼女にあの島であった出
来事を打ち明けようと──。
「? あら、電話」
 だがそんな時だったのだ。間が悪いというか何というか、ちょうど彼が口を開こうとした
次の瞬間、居間の隅に置かれた電話がけたたましく着信を告げたのだ。
 とりあえず、出るわね? 妻が何とか意識(スイッチ)を切り替え、向かっていく。猶予
が出来たと考えるべきだろうか。坂田もそっと胸元を押さえ、激しく脈打つ己をここぞとば
かりに落ち着けようと試みる。
「……。あなた」
「うん?」
「大変よ。美作のお義姉さんが亡くなったって……」

「──じゃあな、婆さん」
「ありがとね~♪」
「アイアイ。ドーモ、アリガトゴザマシータ」
 その老婆は商いをしている。先日はとある小さな島で、今日は別の島で。
 また一人、自分達の呪具を買っていった観光客がいた。カップルらしい若い日本人の男女
の連れだ。
「Ini adalah hidup Anda」
 それは貴方の命だ。真名と生まれ落ちた星さえ分かれば、貴方がたはもうそこから逃れる
事が出来ない。
「……Itu Dia Akan bagaimana menjadi?(あの彼は如何なったのでしょうねぇ?)」
 直接見届ければ一番だが、大抵はこうして彼らがもがき、滅びるのを夢想するのが自分達
の愉しみだ。

 命の総量は変えられない──変えてはならない。
 誰かの零れ落ちていくそれが増えれば、他の誰かのそれが減っていく。
 誰かがそれを零れ落ちぬよう蓋をすれば、他の誰かのそれが尽きるまで落ちていく。
                                      (了)

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  1. 2015/07/12(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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