日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔65〕

 会場にいた者達全員の視界に、抱えきれないほどの紅(ひかり)が満ちた。
 轟。ジークが上空から振り下ろした一撃は、まさしく文字通りリング上のライバル達を呑
みこみ、薙ぎ払う。
『……』
 やがて強い強い紅(まぶしさ)が晴れ、観客達は絶句した。
 リングは、その表面がまるで巨大な爪にでも引き裂かれたかのように深く抉れ、その周り
には累々と選手達が倒れていた。
 白目を剥き、焼け焦げたように。
 直前までジークと打ち合っていたハリー・ブレイドもその例に漏れない。ジークの放つそ
の桁違いの威力に逃げようとしていたのか、その身体はリング外の地面に転がっている。
「……」
 ストン。脚をオーラで覆って強化しながら、ジークが独り着地した。二刀、紅梅に滾らせ
ていたオーラは既に解かれ、彼は自身が放ったその結果のさまを静かな深呼吸をつきながら
ぐるりと眺めている。
『……きょ、強烈ゥゥ!! なな何とジーク選手、上空からの大技で、残るライバル達を文
字通り一網打尽にしてしまったーっ!』
 ハッと我に返った実況役のアナウンサーがここぞと叫び、次いで会場の観客達もようやく
何が起こったのか──彼がたったの一撃で勝負を決めてしまった事実を理解し、興奮のまま
総立ち(スタンディングオベーション)を起こす。

「ははは。こりゃまた派手にやったなあ」
 そんな一部始終を、本棟地下の選手控え室にいた仲間達もまた、映像器越しにしかと目撃
していた。呵々と、ダンがその筆頭宜しく上機嫌になって笑っている。
「良かった……。兄さん、これで本選ですね」
「ミアちゃんに続いて二人目だね。さて、何人くらい僕らは枠に入れるだろう……?」
「早速潰し合いになってしまったものね。私達の組み合わせだともっと激しくなりそうよ」
「しゃーねぇさ。むしろよかった。もし綺麗に一人ずつ各ブロックにってなってたら、それ
こそラポーネのオッサンから要らぬ贔屓(はいりょ)を受けたとか何とか、疑って掛かられ
てたろうしな」
 アルスやシフォン、イセルナが言う。だが応えるダンは存外思慮深かった。周囲の他の選
手達はまだ映像器を見上げて唖然としていたり、震えている。面倒見がいい分、その性格の
分、彼個人としても遠回しなしがらみは嫌うのだろう。
(つ、次は僕達か。だ、大丈夫かな……?)
 見せつけられた戦い(もの)がものだけに、アルスは密かに緊張でガチガチに硬くなって
いた。それを目の端で捉えた相棒(エトナ)がぽんぽんと肩を叩いて励ましている。
「前半戦が終了しましたー。リングの保守・復旧作業が済み次第後半戦に入りますので、第
五から第八ブロックの選手の皆さんは移動をお願いしまーす!」
 そうしていると、上階から降りてきた係員がそう一同に呼び掛けてきた。アルス達が、そ
れまで震え動揺していた選手達が、ハッとなって一斉にこの彼女へと顔を向ける。
「……いよいよね」
「おう。ジークやミアだけにいい格好はさせられねぇぜ」
 サァッとマントを翻すイセルナ、ポキポキと握り拳を鳴らすダン、後半ブロック組の面々
がにわかに闘気を纏い出す。
 歩き出す、獲物を担ぐ。
 ダン、グノーシュ、アルスとエトナ、リンファ、シフォン、そして……イセルナ。
『……』
 腰に差した愛用のサーベル。一瞬半透明で姿を見せつつ、また消える相棒・ブルート。
 面々、クランの大人達が歩き出した。
 地底武闘会(マスコリーダ)、その予選後半戦が迫る。


 Tale-65.凛として力(こころ)咲く

「あ、来た来た。ジークさ~ん、ミアちゃ~ん、サフレさ~ん!」
 予選前半ブロックが終わり、リオ達観戦組は一度本棟ロビーに戻って彼らが戻って来るの
を待っていた。やがて逸早くレナが、奥よりやって来るジーク達三人に気付き、手を振りな
がら声を掛ける。
「……よう」
 何だかばつの悪い感じで、しかし苦笑の中にもフッと優しい気色を漏らしたジーク。
 その左右には変わらず寡黙なミアと、右手や頭に包帯を巻いたサフレの姿がある。
「マ、マスター。ご無事ですか!? お怪我は……」
「大丈夫だ。試合の後、すぐに医務班から治療を受けた。じき回復する」
 リオ達観戦組の九人とジーク達出場組三人、合わせて十二人がこうして合流した。
 ミアとの真剣勝負(しあい)でダメージを負ったサフレをマルタは先ずはとにかくと心配
していたが、本人の言葉通り治療は迅速だったようだ。ミアがちらと周りを見ている。先程
レナが思い切り自分達の名を叫んだ事で構内の人々からは注目の的になっていたが、騒ぎに
ならないよう、それとなく構内の警備員らが注意を払ってくれているようである。
 暫しジーク達は、互いの健闘と再会に頬を綻ばせていた。
 無事で良かったです……。確かに最悪死ぬかもしれないとは言われていたが、目の前で涙
ぐまれて安堵されると、申し訳なく思う。
 ジークは苦笑(わら)って──やはり自覚というものには疎かったが──ついそう涙目で
胸を撫で下ろすレナの頭を、綺麗な金髪をぽむぽむと撫でてしまう。
「でも……早速、一人脱落しちゃいましたねぇ」
「そうね。でも仕方ないわよ。所属ブロックが被った以上、本選に出られるのは一人なんだ
から」
 そして一しきり語らって、クレアが言う。
 言わずもがなミアとサフレの事だ。ジーク達がそうだなと頷き、唇を結び、或いは既にも
う先の事を考え始める。
「ですねえ。後半戦は前半よりも一層、潰し合いになってしまいます。えーっと、後半戦の
組み合わせは……」
 言いながら、イヨが天井から下がっている映像器をチェックしつつ自身の携行端末にメモ
を残し始めていた。皆もつられて見上げる。そこにはリングの復旧作業が終わり次第、後半
戦が開始される旨のアナウンスも流れていた。残るメンバー達が振り分けられたブロックは
以下の通りである。

 第五ブロック(北棟):ダン、グノーシュ
 第六ブロック(東棟):アルス及びエトナ、リンファ、シフォン
 第八ブロック(西棟):イセルナ

「結構被っちゃったね」
「ふーむ。これで本選に出られるのは最大で五人、か……」
「……お父さんが心配。グノーシュおじさんと、暴れそう」
「否定できないのが何とも。俺達の中じゃ一番、こういうの楽しむタイプだしなぁ……」
「……結果を出せればいい。とにかく、今の内に見極め担当を決めるぞ」
 思うこと、考えることは仲間達それぞれだった。ステラやブレア、ミアの呟きに同意する
ジークなどを横目にしつつ、それでもリオは淡々と一同を取りまとめて言う。
 話し合いの結果、第五ブロックにはクロムとミア、ステラ。第六ブロックにはブレア及び
リュカ、ジーク、イヨ、クレア、レナが。第八ブロックにはリオとサフレ、マルタがそれぞ
れ見届けと応援に向かう事になった。
『何してんのさ? ほら、早くジークと同じ所に行きなよ』
 その途中、はてさて誰の試合を観に行こうかと迷っていたレナに、そうステラが文字通り
背中を押し、彼女が顔を赤くして慌てふためくという一幕もあったのだが……。
「よし。じゃあ後半戦はこういう振り分けで。アルスの方は俺が診とくから安心してくれ。
まぁ言われなくてもあいつの試合は是が非でも観るつもりだったけどな」
「ああ。だが、教え子だからといって甘くしないように。リンファとシフォンも、同じく」
「分かってるよ~。というか、多分あんたの心配は杞憂だと思うぜ?」
 天下の“剣聖”を相手にしても、ブレアは砕けた口調のタメ口だった。
 クロムが静かに目を瞑っている。ロビーの人々の物音を聞いているのだろうか? 時刻は
正午を差そうとしていた。見れば構内の人々も、やがて始まる後半戦に備えてぱらぱらと散
って行っているように見える。
「じゃ、先に飯食っちまおうぜ。どうせリングはぶっ壊れてるんだから、まだ始まるまで結
構時間掛かるだろうし」
「壊した本人が言ってれば世話ないわね……」
「あ、あの。でもそれだとイセルナさん達はどうなるんですか? まだ皆さん控え室にいる
筈ですよね?」
「ああ、それなら心配ない。あっちには幾つか売店がある。各自で摂っている筈だよ」
「……膨れて動きが鈍ると嫌だから、ボクは食べなかったけど」
「ほへえ。案外至れり尽くせりなんですね……」
 わいわい。ジーク達もまた、移動し始めた。
 途中レナがふと疑問に思って訊ねるが、先刻まで出場していた三人達曰く、その辺りの対
応はきちんと取ってあるらしい。伊達にウルが“興行”と言っていただけの事はある。
 賑わいある武祭の会場は、一時(いっとき)また別の意味で繁盛していた。
 地下の選手控え室で本棟外の周りで、様々な露店がこの折を狙い、食欲をそそる匂いを漂
わせている。
「──」
 だがこの時ジーク達は知る由もなかった。
 “フードを被った男”がそっと自分達を遠巻きに眺め、踵を返したのを。

 無数の魔流(ストリーム)が刻一刻と虹色に変化し、縦横無尽に奔っていくその仄暗い天
地は底すら見えない、静謐な空間。
 地底武闘会(マスコリーダ)の様子はリアルタイムに世界中へと配信されているが、それ
は何も世俗の者達だけに留まらない。これまで幾度となくジーク達と戦ってきた“結社”達
も同じく、当たり前のように回線に干渉してこれら映像にじっと目を凝らしていた。
「ほう。どうやら彼らも色装を覚えたようだな。ククク、次会う時が楽しみだ」
「余裕ぶっこいてる場合か? あいつら、徹底的に俺達とやり合う気だぞ。……クソッタレ
が。あんな目はもう大都(バベルロート)の時で充分だってのに……」
「そうね。“剣聖”が稽古をつけ始めた、その時点で只事じゃないのは分かってたけど」
 中空に浮かぶ淡紫の光球──“教主”を擁きながらその眼下で、ずらり左右に控える使徒
達が忌々しく、或いは嬉々として口を開いている。
 映像はちょうど、ジークがその《爆》の一撃で試合を終わらせたさまを映していた。
 宙に浮かぶ四角い映像(ビジョン)いっぱいに紅い光が満ち、やがて大きく抉り取られた
石畳のリングと累々の戦士達、そこに降り立ち深く息をついているジークの姿に変わる。
「ん~、凄まじい成長速度だネェ。師が良かったノカ、それだけ本人の潜在能力が高いもの
だったノカ……」
『両方だろう。若干後者の比重が大きいといった所か。……宜しくないな。七星の一角が護
るが故に迂闊に攻め込めなかったとはいえ、やはりもっと早く始末しておくべきだったか』
 ルギスが眼鏡を光らせて引き攣った笑いを浮かべる中、ぽつと“教主”が言った。
 もっと早く──。言わずもがな、二年前を指すのだろう。
 セシルとヒルダ、ヘルゼルがそれぞれ目を瞑ったまま眉間に皺を寄せ、或いはついっと遠
くを見るようにして視線を逸らしていた。
 監獄島(ギルニロック)でジーク達を殺しそびれた事を思い出しているのだろう。特に改
めての追求は口にされなかったが、三人とも少なからずの緊張をごくと喉に溜め込む。
『……』
 光球ゆえにどう見ているかは判然としない。
 だが“教主”自身は暫しじっと彼らを、部下達を見ていた。
 しかし責めない。最早それは今更であったし、何より自分達が目指すべきは大命成就──
“大盟約(コード)”の消滅による「救世」である。そう判断し、レノヴィン一派の排除を
二の次としたのは他ならぬ自分自身だ。
 大会に潜り込ませた刺客達は、少なからずやられた。
 やはりもう信徒クラスでは太刀打ちできないか。尤も内心、始めから期待などしていなか
ったのだが。
『……それよりも、現在の作戦進捗はどうなっている? 聖浄器の奪還の件、予定よりも遅
れているようだが?』
「はい、それなのですがネェ。新生・正義の盾(イージス)や正義の剣(カリバー)らの抵
抗が想定以上に強く……。落としはしたものの、遅れてやって来た彼らに反撃を喰らい壊滅
した部隊も現在二百に迫ろうとしておりマス、ハイ」
「我らに太刀打ちできるレベルの者は限られておるのですがな。如何せん我らの身体は一つ
である故。随時ジーヴァと共に出撃はしておるのですが……」
「なので、信徒達には陥落よりも奪取を優先させています。聖浄器(もくひょう)を確保し
次第、こちらに転送する(おくる)よう厳命している最中です」
『……“第三極”は?』
「引き続き、間者を動員して内幕を探らせています。ですが中々奴も狡猾に隠れているよう
ですね。少なくとも彼らの中に──彼らを従えて地盤を固めているのは間違いないですが」
「ですがこっちも如何せん、ただそのままぶっ潰す訳にはいかない連中ですからね。頼みも
していないのに我々を支持してくれる、稀有な者達です。統務院を突き崩す為にも、いざと
いう時の肉壁(ほけん)としても、出来る事なら“全摘出”は避けたい……」
『うむ。奴を始末できさえすればそれいいからな。だが場合によっては、それも積極的に選
択肢に加えねばらなくなるだろう』
 はっ……。ルギスやヴァハロ、ジーヴァ、フェニリアやセシルが各々に回答しつつ、そう
恭しく頭を垂れた。
 沈黙。気持ち“教主”がそっと空を仰いだように見えた。
 場の使徒達がやがて面を上げて、やはりじっと彼が発する次の言葉を待っている。
『あまり猶予はない。急げ。彼の話ではここ二年、観測値が想定よりも悪化しているのだそ
うだ。これは忌忌しき状態だ。出来るだけ早く、我らが大命を最終段階まで持っていかねば
ならない』
「はい。そうなると……レノヴィン達が特務軍に合流するのは、面倒ですね」
『そうだな。大会後の奴らの動きには留意せねばなるまい』
 ふいっと、改めて“教主”の光球が使徒達を見下ろした。
 分厚い硝子のような点々と浮かぶ足場の上で、彼らはその指示を待ち構えるように見る。
『大会に併せ“奴”も一つ手を打ったそうだ。だがもう少し……こちらも、刺客を増やした
方がよいかもしれぬ』


『皆さまお待たせしました! 後半戦、開始ですっ!』
 結局各リングの復旧作業には午前を丸々、大きく越えて掛かったようだ。
 大抵の人々が昼休憩も済ませた十四大刻(ディクロ)。
 コロセウムの四方四つの会場は、再び満員の観客達で溢れ返っている。
『さあ、それでは早速入場して貰いましょう! 第五から第八ブロックの選手達です!』
 おぉぉぉ──ッ!! 既に観客達のボルテージは上がり調子だ。
 各リングで実況役のアナウンサーが叫び、地下からの扉が口を開くと、続々と予選後半の
選手達がやって来る。
『──』
 北棟・第五ブロック。剛の者達に交じり、得物を担いだダンとグノーシュが嗤っていた。
 東棟・第六ブロック。やはり目を引くのは、第二皇子アルスとその仲間達か。
 南棟・第七ブロック。唯一ブルートバードの面子がいない中、各々が静かな殺気を纏う。
 西棟・第八ブロック。歴戦の戦士達の中にあって、イセルナの存在感は静かで鋭利だ。
「いよいよだね」
 一方でリオ達観戦組も、既にスタンバイ完了済だ。
 順にクロム班・ブレア班・リオ班に分かれ、仲間達がしっかり見える位置に陣取る。第五
ブロックで試合開始の時を待つステラも、じっと目を閉じ座っているクロムの横でそう若干
緊張気味に呟いている。
「……?」
 ふと、同じく同席するミアが何者かの視線を感じた。すぐさま眉間に皺を寄せつつ、その
主を人まみれの観客席の中から探す。
「? ミア、どったの?」
「……。ううん、何でもない」
 気のせいか……?
 されどこちらの様子に気付いたステラに声を掛けられ、どうせこんな大人数の中からそれ
を見つけ出すのは困難だと思い直し、程なくしてミアは警戒心を脇に置いた。
『既に前半戦を観戦の方もいらっしゃるでしょうが、念の為。本日第一日目は予選──各ブ
ロック毎によるバトルロイヤル方式となっております。ダウンから三十細刻(セークロ)が
経つか、リング外に出てしまった時点でその選手は失格となります!』
『さてさて、後半戦は一体どのような戦いが繰り広げられるのでしょうか? 前半第四ブロ
ックではジーク・レノヴィン選手の強烈な一撃がありましたが、こちらでもクラン・ブルー
トバードは台風の目になるのか? はたまたもっと別のスターが生まれるのでしょうか?』
 互いに映像と声を中継し合い、アナウンサー達が直前まで興奮を煽っている。
 観客達は目を輝かせ、今か今かとその時を待っていた。
 映像越しに彼ら四人が目配せを。各リングの上では既に選手達がスタンバイを。
 大会本部からの通信(しじ)が飛ぶ。一斉に、四人のアナウンサー達が叫んだ。
『それでは、選手各位、準備は宜しいでしょうか?』
『大会一日目、予選後半戦──開始(スタート)ッ!』
 ゴゥン……ッ! そして実況席横の係員達が、大きなドラを鳴らしてその開戦の火蓋を切
って落とした。刹那、観客達の沸き上がる声に呑まれながら、選手達が一斉に地面を蹴って
互いにぶつかり合っていく。
「グノ。それじゃあ、打ち合わせ通りに」
「ああ。“たくさんぶっ飛ばした方が本選に出る(かち)”な!」
 勿論その中には、ダンとグノーシュも交じっていた。戦斧と幅広剣。それぞれ得物を振り
被りながら、怒号轟く戦塵の中へと突っ込んでいく。
『──色装!』
 その、次の瞬間だった。二人が全身にオーラを滾らせたその直後、それぞれの身体が突然
燃え盛る炎と迸る雷に包まれたのだ。
「なっ?!」
「“紅猫”と……“狼軍”!」
 にわかに眩しくなった視界に思わず振り向く。
 だが次のタイミングには、この足を止めてしまった戦士達はそのまま駆け抜けていく二人
の猛攻の前にあっという間に沈んでしまう。
「あぢっ、あぢぢ……ッ!?」
「燃え……燃えてる!!」
「あばばば……。身体、が、痺れ……」
 どうどうと次々に倒れていく最初の犠牲者達。何を隠そう、これが二人の色装だった。
 オーラを火炎に変える《炎》の色装と、オーラを雷撃に変える《雷》の色装。どちらも典
型的な変化型である。
 だが、典型的──単純である故に明快、故に強い。
 まさしく疾走する凶器となったダンとグノーシュを前に、これにまともな一撃を入れられ
る者はいなかった。
 剣に槍に。果敢にも錬氣を纏って挑みかかる者達こそいたが、それも炎と雷のオーラに阻
まれ、気付けば鋭い一閃の下に切り伏せられている。
「くそっ!」
「吹き飛ばしてやる!」
 銃使いと魔導師が十数人、二人と止めようと一斉に攻撃を撃ち込んできた。銃弾と水や風
の魔導が四方八方から飛んで来る。
「邪魔だっ!」
「どけぇーッ!」
 しかし銃弾はやはりダンの《炎》に呑まれて溶け、グノーシュの《雷》に叩き落された。
撃ち込まれた魔導も水ですらあっという間に消火できずに蒸発し、荒れ狂って舞う雷撃は多
少の風などものともせずに掻き消してしまう。
『うぎゃァァァーッ!!』
「ひぃっ!? だ、駄目だ、全然通ってねえ!」
「逃げろォー! 間合いに入っちまったらお終いだぞ!」

「……やっぱりこうなった」
 端的に言うならば、炎と雷を纏った男達による鬼ごっこ。
 観客席の一角でそんな父と小父(おじ)の戦いぶりを観ながら、ミアは心なしジト目でこ
の戦況に対して呟いていた。
「何かもう、他の人達が可哀相になってくるよね……」
「色装をモノにしているかどうかで見れば合格だがな。かといって、あまりその能力を過信
していると思いもかけない目に遭うぞ」
 リングの上では、変化させたオーラを纏った二人が混戦する他の選手達の中へと突っ込ん
でいき、これを互いに千切っては投げ千切っては投げしていた。
 どうやら二人の間で、撃破数に応じてどちらが本選に進むかを決める算段のようだ。
 娘(ミア)はやれやれと額を押さえて頭を振っている。確かに無闇な潰し合いをするより
はマシだが、あの二人をして自分達ブルートバードがあたかも戦闘狂集団のように思われて
しまうのも困る。
「──何だ。もう掛かって来ないのか? ほれ、俺達を取れば名も挙がるぞ?」
「ダン、もう駄目っぽいぞ。完全の他の連中、引け腰になってやがる」
 だからか、ある程度戦況を引っ掻き回し続けていると、わざわざ二人に向かっていく者達
は出なくなってしまった。
 一応それぞれオーラを纏ったまま、二人は戦斧を幅広剣を肩に担いでポンポンと軽く叩き
ながら周囲を見渡す。
「あんな事言ってるけど……どうする?」
「馬っ鹿。無理に決まってるだろ。あの尋常じゃないオーラ、どうやって破れってんだよ」
「とりあえず距離を取ろう。もう他の奴も、確実な奴からヤりに掛かってる」
 他の選手達は、一方でそうヒソヒソと相談しつつも、もう一方では既にダンとグノーシュ
から離れ、比較的安全(?)な一騎打ちや集団戦に移っていた。
 う~む……。ジト目になってダンが唸っている。グノーシュも、はてさてどうしたものか
と顎を擦っていた。
「……どうする? これ」
「どうするも何も、相手にその気が無いのに問答無用ってのもなあ。まぁ本選に出る為には
どのみち潰さなきゃいけねぇけど……」
 ちらり。背後周囲で消し炭よろしく倒れている選手達を二人は見つめた。
 ひい、ふー……。数えてみるが、はて? こいつはどっちが倒した奴だっけ……?
『……』
 倒れたライバル達を見て、遠巻きに警戒するライバル達を見る。
 するとダンとグノーシュは、互いに顔を見合わせるとニッと嗤い合った。
「仕方ねえな。じゃあ」
「先にどっちかを決めますか」
 轟。更に巨大な炎のオーラが、ダンとその握る戦斧を中心に渦巻き出す。
 轟。迸る雷のオーラは一層激しくなり、ザワッと顕現した持ち霊(ジヴォルフ)達もそん
なグノーシュの色装に影響されているのか、より大きく強く輝く雷獣に進化している。
 この余波でまた他の戦士達が巻き込まれ出す。
 直接かち合うのが手間になってきたのなら、ついで位でちょうどいい。
 ひぃぃ……! 彼らが悲鳴を上げている。
 ダンとグノーシュは、そのまま互いの得物とオーラを思い切りぶつけ合おうとし──。
『──っ?!』
 だが、次の瞬間だったのである。ダンとグノーシュを中心としたこの選手一団が二人の力
に呑まれそうになったその時、突然彼らは残像を残して消えうせ、気付けばその足はストン
とリング外へと出てしまっていたのだった。
「あ、あれ?」
「え? 俺達、さっきまで、戦って……」
 肩透かしと驚きと。しかしダン達一同は、すぐに今起こった事が単なるアクシンデトでは
ないと知ることになる。
 悲鳴が聞こえたのだった。次の瞬間、リング上に残っていたまだ若干の戦士達が、そこへ
地面を蹴って駆けた一人の人物によって一閃されたのを見たのだった。
「──」
 どさどさと倒れた彼ら。その中で冷淡とも言えるほど静かに佇んでいる一人の戦士。
 見てみれば未だ歳若い少女のようだった。中型の剣と盾を持ち、片目を覆い隠すような形
のハーフヘルムを被っている。
『おおお!? これは、これは一体どういう事だ? 一瞬にして三百人近くの選手が突然の
リングアウト! 残っていた選手達もあっという間に倒されてしまったー!』
 ざわざわ……。実況役のアナウンサーは勿論、ミアらを含めた観客達が混乱している。
 それだけ一瞬の事だったのだ。ほんの一瞬、ダンとグノーシュの直接対決に目を奪われて
いたその僅かな間に、このハーフヘルムの少女は大逆転を演じてみせたのだった。
「クロム。これって……」
「……ああ。おそらく転移魔導の一種だ。転座の法(リプレイス)か」
 しかし、詠唱している様子は無かったが……。確認するように問うてくるステラ、そして
ミアに応えながら、クロムはじっと思案していた。
『ええと──。しょ、勝負ありです! まさかまさかの大逆転から勝利を掴み取ったのは、
ハーフヘルムの少女戦士・キャメル選手です!』
 そして、弾かれたような歓声と、未だ事態を把握し切れていない者達の戸惑い。
 予選後半戦の一つ。
 謎多きまま、北棟・第五ブロックは、まさかのダン・グノーシュ両名の脱落という結末で
幕を閉じたのだった。

 時を前後して。コロセウム正面ゲート。
 後半戦がいよいよ始まろうかとしていたその時、そこではとある一悶着が起こっていた。
「貴方がたを通す訳にはいきません。一体何が目的ですか」
「何がって言われてもねえ。皇子達の応援に……と言っても信じて貰えないんだろう?」
 当然です。経路を塞ぐように警備兵が数人、この不審者らを食い止めていた。
 先頭に立つのは長い布包みを背負った私服姿の青年が一人と、連れらしき者達が数名。
「……参ったな」
 それは、他ならぬウゲツだった。
 セラ・ウゲツ。かつて監獄島の一つギルニロックで副署長を務めていた人物だ。
 だが二年前、そこに収監されていた元使徒クロムを巡り、ジーク達と共に“結社”を撃退
した功績を買われ、その後新生・正義の盾(イージス)の副長官右席へと抜擢された。背後
に控え、戸惑っているのはその部下達である。
 ぽりぽりと頬を掻き、さてどうしたものかとウゲツは考える。
 確かに皇子達の応援という名目は、半分は本当で半分は嘘だ。その実は統務院の権限が及
ばない魔界(パンデモニム)へと出掛けた彼らを監視し、もしもの事があれば手を貸すよう
にと長官(ダグラス)から密命を受けたからだ。
 なので、あくまで軍服には身を包まず、一般人という体で。
 しかし署長と共に『四陣』抜擢された自分は、存外人々に顔を覚えられてしまっているら
しい。実際今こうして警備兵に見咎められ、入場すら果たせないでいる。
「あそこ、何かあったのか? 妙に物々しいけど……」
「さぁ?」
「ああ。何でも正義の盾(イージス)が来てるらしいぜ」
「正義の盾(イージス)? って事は統務院? 何で? 何で地上の奴らが俺達の祭りを邪
魔するんだよ?」
「知るかよ……。でもやっぱアレかな? 今年はジーク皇子とアルス皇子が出場し(で)て
るじゃん? あいつらも気を遣ってるんじゃねーの?」
 でも、だからって……。ウゲツの耳に、そう遠巻きに話している一般客らの声が届いた。
 大よその所は巷でも既にお見通しか。まぁこれまで散々報道されてきたのだから仕方ない
と言えば仕方ない。だがそれ以上に、彼らが統務院というだけで半ば反射的に警戒心を表し
ているのが、ウゲツには心苦しかった。
(やはりかつての武力衝突が禍根を残しているんだな……)
 その当時はまだ生まれてもいないが、軍人として世界政府の一員として最低限の教養くら
いは身につけているつもりだ。
 だとすれば警備兵(かれ)らの警戒ぶりも解る。特に此処は長らく宿現族(イマジン)達
の縄張りだ。
 歴史的な背景と種族としての性質(スクラム)。
 その双方が合わさり、独立独歩な気概に拍車が掛かっているのは言うまでもなかろう。
「右席、どうしますか?」
「このままでは……」
「ああ。だが手荒な真似は止めてくれよ? そこは厳命されているからね」
 最低限はと連れて来た部下達が指示を仰いでくる。
 それでもウゲツは踏ん切りがつかなかった。国際問題になりかねない以上、力ずくで押し
通る訳にもいかない。
 さて、どうしたものか……。
「何をしている? お前達」
 だがちょうどそんな時だったのだ。遠く本棟の奥から漏れ聞こえてくる観客達のざわめき
を背景に、ウル・ラポーネ──現在の地底武闘会(マスコリーダ)の興行主が取り巻きらと
共に姿を見せたのだ。
「お、オーナー!?」
「どうして此方に……」
「他の警備班から連絡が来た。正義の盾(イージス)の若造がのこのこやって来たとな」
 カツンカツンと靴音を鳴らし、慌てて敬礼するこの兵らの前を通り過ぎ、見遣る。
 ごくりとウゲツは唾を飲んだ。
 “首領(ドン)”ラポーネ。
 大会の興行主にして、四魔長の筆頭的存在……。
「ほう。本当に『四陣』の新入りの方か。お前がそうか」
「……はい。この度は混乱を招いてしまい申し訳ありません。ただ我々は、貴方がたの興行
を邪魔する訳でも、万魔連合(グリモワール)に干渉するつもりでもございません」
「分かっとるよ。先日通達だけは来た。ジーク・レノヴィン達の警護だろう?」
 睥睨される威圧感に踏ん張りながら、ウゲツは丁寧に答えた。
 ふん。されどウルは相変わらず粗野な含み笑いを返す。通達だけ──その言葉尻からは受
け取りはしたが、歓迎はしていないというニュアンスが読み取れる。
「尤も、あまり心配は要らぬように思うがね。道中、配信映像はチェックしていただろう?
並みの使い手じゃあどのみち返り討ちだよ」
「ええ……」
 その点に関しては激しく同意する。
 本当、この二年で目覚しく成長されたものだ。
「まぁいい」
 そしてふいっと、ウルがテンガロンハットを目深に被り直しながら踵を返した。ちらと肩
越しにこちらを見ながら、周りを固める取り巻き達を引き連れて言う。
「立ち話も何だ。ついて来い」

『大会一日目、予選後半戦──開始(スタート)ッ!』
 映像越しに中継し合い、四人の実況役の声が重なって響く。
 東棟・第六ブロック。アルスとエトナ、リンファ及びシフォンが所属する組。数百名。
 開戦を告げるドラが鳴らされた直後から、選手達はリングのあちこちで互いの得物をぶつ
け合っていた。彼らの剣戟と雄叫びが積み重なる度に、観客達のボルテージも天井知らずで
上昇していく。
「アルス・レノヴィン!」
「覚悟ぉ!」
 勿論、その中にはアルス達も含まれていた。
 開始直後から早速、その知名度に釣られた選手達が襲い掛かってくる。
「──」
 だがそんな彼らよりも速く、リンファの剣閃がリング上を舞った。
 身構えたアルスやエトナ、シフォンよりも逸早く地面を蹴ると、彼女はさも放たれた矢の
ように石畳の上を低姿勢で疾走──次々と彼らの懐に潜り込んではこれを斬り捨てていく。
「ぐっ!?」
「は、速い……」
「立ち止まるな! 数で一気に押し切」
 更に反撃は続く。思わず足を止めた同胞らを叱咤していたこの戦士のこめかみを、一条の
輝くマナの矢が撃ち抜いていた。
 シフォンである。掌に集めたオーラを器用に矢状に変えながら、同時にアルスと自分に迫
ってくるライバル達を合気と肘鉄で捌きつつ、彼は慣れた手付きで且つ的確にこの迫る者達
を一人また一人と減らしていった。
「盟約の下、我に示せ──群生の樹手(ファル・ジュロム)!」
 そして、そんな二人のアシストを受け、アルスが詠唱を完成させる。
 石畳を突き破って現れたのは多数の植物の触手。それらが彼とエトナの意思に呼応するよ
うに大きく蠢き、周囲を囲む選手達に一斉に襲い掛かった。
「ひっ……!?」
「ぬわぁ~っ!」
「ぐえッ?!」「だばっ!?」
 手足に絡み付いたかと思うとそのまま場外へ投げ飛ばされたり、剣や盾を掠め取られて無
力化されたり。或いは選手同士をぶつけて、ダウンさせたり。
 半ば無意識だったが、アルスはあくまで相手の戦意を失わせる方へ失わせる方へとその攻
撃方法を採っていた。
 それはひとえに、彼の性根の優しさが故の事だったのかもしれないが……。
『ナイスコンビネーション! アルス選手、リンファ選手、シフォン選手、見事な連携で襲
い掛かるライバル達を薙ぎ倒していきます! 兄ジーク選手が“力”の戦い方だとすれば、
弟は“技”の戦いか? やはりこの兄弟、只者じゃな~い!』
 おぉぉぉぉ……! 実況役の女子アナウンサーの声に、観客達が次々に立ち上がって賛辞
を送っていた。更に彼女は、がさごそと机の上のメモを引き寄せながら、言う。
『え~、ちなみにこれは顕界(ミドガルド)の報道からの情報ですが、何と先日アルス選手
は魔導学司(アカデミア)の汎用免許(ベースライセンス)に合格、取得したばかりだそう
です! この場を借りて、祝福を送りましょう!』
『おめでとー!』
『おめでとう~! アルス皇子~!』
「……あはは」
 粋というか余計というか。
 アナウンサーの音頭にすっかりノリノリになって、そんな観客達からの思わぬ声が重なり
響いた。中には少なからずお姉さん方の黄色い声が交じっている気がするが、当のアルス本
人は苦笑いで軽く手を振るだけで、敢えて気に留めないようにする。
「ふふ……。人気だねぇ、アルス」
「ま、本人は実際の所不服な筈なんだがな。それに、俺達やブルートバードの名前の時点で
名を挙げたがる連中には格好の餌なんだし」
 同じく観客席でクレアがそんなさまを微笑ましく見守っている。
 平たく長い席の上で胡坐をかき、ジークが澄ました表情(かお)でそう嘯いている。
(ウルのおっさんが言ってたみたいに、あそこにも“結社”の刺客が紛れてるかもしれない
んだしな……)

「……?」
 ちょうどそんな時、何十人目かのライバルを斬り伏せたリンファの背後から、ヌッと大き
な影が差した。
 その気配に気付いてリンファが肩越しに振り返る。するとそこには、出刃包丁のような剣
を各々の手に持った、蟲人族(インセクト・レイス)の巨漢が立っていた。
「どいてろ、お前ら! 俺が叩き潰してやる!」
 言って次の瞬間、この大男は彼女に向かって猛烈な速さで剣撃を叩き込んできた。
 ドドドドド……ッ!! 土埃を上げて、六本腕の微塵切りがリンファを襲う。
「おおっと~、何という早業! これではリンファ選手もただでは済まな──んんっ!?」
 だが濛としたその土埃が晴れた時、そのリンファは掠り傷一つ負わずそこに立っていたの
である。観客達が、大男本人が驚愕する中、彼女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべて握った刀
に力を込める。
「悪いね。私は目が良過ぎるんだ」

『──やはりそうか。リンファ、お前の色装は《真(まこと)》だ。超感型の一種だな』
 リンファは、修行に入る前から内心複雑な気持ちを抱いていた。
 それは後ろめたさに類するもの。かつて彼女は殿下──当時のシノ皇女と共に逃亡生活を
続けている中コーダス達と出会い、サウル及びセドの指導の下より強くなる為の修行、即ち
色装の修得に努めたのだが、結局唯一彼女だけがその能力を発現出来ないままに終わってし
まったのである。
『これは視力に特化した性質だ。おそらく、発現はしていたがお前自身がこれがそうだと自
覚出来ていなかったのだろう』
 リオ曰く、この能力はいわば見氣の達人になれる特性なのだそうだ。
 オーラを纏った眼。その眼差しは如何なる複雑・困難な状況においても、瞬時に“最善解”
を導き出せる。これを鍛えれば、お前は次の瞬間、敵がどんな攻撃をどんな位置からどんな
タイミングで撃ってくるかが手に取るように分かるとも。目が良過ぎる──それは如何なる
攻撃の嵐も掻い潜り、的確な一撃を返す事のできる最強の眼だと。
 だからだったのだ。人は普段からその外部情報の殆どを眼に頼っているがために、その身
近が能力が強化・覚醒されても気付けなかったのだ。
 二十年越し、リオがまさかと思って走査器を引っ張り出してくれたお陰でようやく自分に
も色持ちというステップアップが実現された。……何より自身、この能力を内心とても気に
入っている。
 超覚型の傾向に漏れず、直接的な攻撃力はない。
 だがこの力を百二十パーセント活かせば、きっと守れる。守りたいもの、守るべきもの達
を迅速に確実に守ってみせる事が出来る──。

「……っ!?」
 ザワッ……。蟲人(インセクト)の大男は刹那、自身の腸(はらわた)を通り抜けていく
冷たい刃の感触がした。
 思わず青褪め、振り返ろうとする。
 だがそれだけだったのだ。振り返ろうと視線が移ったその瞬間、今度は背中側から腹に向
かって刺し貫く衝撃が全身を撃つ。
「──トナン流錬気剣。朧双月(おぼろそうげつ)」
 白目を剥いて、どうっと男の巨体が倒れた。リンファがいつ間にか──否、始めからそこ
に立っている。彼の胴には二度、往復したような深い裂傷が刻まれている。

「ゾニエスがやられた!」
「いや、今がチャンスだ! これであの女はレノヴィンから引き離されてる!」
 一方そんなリンファと倒された仲間を見遣りながら、別な戦士達がリング上を迂回しなが
らアルスを叩こうとしていた。
 あいつには悪いが、引きつけたこの隙を使って……。
「酷いなあ。僕もいるんだけど」
 だがそんな彼に立ち塞がったのは、サッとアルスとエトナを庇うように前に出たシフォン
だった。
 尖り耳、色白の肌と一見穏やかな表情(かお)。
 だがその弓を片手にした全身には、既に濛々と立ち込めるオーラの塊がある。
「? 何だ?」
「靄? いや、まさかこいつの──」
 故に気付いた時にはもう遅かったのである。戦士達が慌てて急ブレーキを掛けたのとほぼ
同時、シフォンはゆっくりとその拡げた自身の靄状のオーラの中を歩き出すと、一人が二人
に、二人が三人に、三人が五人にとまさに鼠算式にその数を増やしていく。
「ふ……増えた?!」
「分身、か? まさか、これがあいつの……」
「そうだよ。これが僕の色装さ」
 あっという間に戦士達は無数のシフォン達に囲まれていた。それぞれが同じタイミングで
喋り、そっと弓を引いてマナの矢を輝かせる。
 彼の色装の銘は《虹》。自身の幻影を作り出す事ができる、操作型の一つだ。
 由来は“見えるのに決して届かないさま”。これをシフォン自身は己の魂が投げ掛ける皮
肉だと解釈している。
 かつて外界に憧れ、里の秩序を乱してまでその夢を追おうとした過去。
 その見通しの甘さとそこにつけ込まれた事件の末、半ば自棄になって出奔した故郷。
 ……だが、あれほど憧れていた地上は、急速に進む開拓によってその自然を酷く傷付けな
がら進んでいた。自分は絶望し、それまで抱いていた理想が砕け散る音を聞いた。
「くそっ! 厄介な能力だな……」
「いや、そうでもないぞ。これは幻だ。だったら本体以外が俺達にダメージを与えてくる事
はない筈だ」
「さて……それはどうかな?」
 焦り、されど言い聞かす。
 含んだ微笑(わら)いを浮かべつつ、シフォンの群れは矢を放った。戦士達は咄嗟に円陣
を組み、一挙に“本物”を見極める作戦を取る。
「ぐぁっ!」「ぎゃぁッ!?」
「そんな馬鹿な。全部が、ダメージ……?」
 しかしその作戦はむしろ裏目に出た。矢を弾き損なった仲間達その全員が、確かに目の前
で矢を受けて倒れ、悶え苦しんだのである。
「身体が錯覚してるのさ。高度な幻は、時に偽物だけで人を殺すことだって出来る」
 まぁこれ、うちの仲間(メンバー)の受け売りなんだけどね──。
 相変わらずのシフォンの微笑だったが、逆に戦士達は総じて戦慄していた。
 ただ惑わすだけじゃない。リアル過ぎる幻は、それが幻だと言い聞かせても意識の何処か
で恐怖を覚えてしまった時点で、現実の攻撃力を孕むのだ。
 では、やはり“本物”の矢は一本だけ?
 いや、そもそもあいつは“本物”の矢を放ったのか……?
 彼らはじわじわと、そして急速に確実にその意識の中を焦りと恐れで満たされていった。
 とにかく幻だと念じて弾き返す? あんな正確無比な一発一発を?
 刺さってしまっても幻だと思えばいい? だが、あいつが必ず“マナの矢”で撃ってくる
保証なんて何処にも──。
「……さて。次いってみようか」
 ひぃっ?! 蛮勇にも自分達に向かって来た彼らに対し、無数のシフォン達の群れはそう
変わらず笑みを浮かべながら“矢”を番える。

「──」
 植物の触手が一通り周りの選手達を処理し終わり、地面の奥深くへと還っていく。
 しかし当のアルスはじっと、静かに渋面を浮かべていた。すぐ肩の上で相棒(エトナ)が
翠の輝きを帯びながら浮かんでいる中、想う。
(……仕方ないのかもしれないけど、結局僕は守られてばかりだな)
 リンファが先行して、こちらに害意を向けてくるライバル達を次々に斬り捨てている。
 シフォンが弓を番え、何十本に膨れたマナの矢で盾持ちの集団を撃ち抜いていた。
 自分は守りたいと思った。もう大事な人を、失わないように。
 だけど実際はどうだ。皇子という身分が明らかになったからというのもあるが、二年の修
行が終わろうとしている今でも尚、皆は身を挺して自分を守ってくれている。
 全くの嫌悪しかない訳じゃない。
 でもこう、ぽっかりと胸に嵌っていないピースがあるような感じがする。
「……埋(うず)もれ踏まれし黒霊よ。汝、その怒りを吐き出し、地にのさばる蛮者を捕ら
え給え。我は汝と怒りを共有する事を望む者……」
 しかしそんな逡巡も束の間、アルスはまた新たに呪文を詠唱していた。
 オーラが世界とリンクする感触。目の前、遠巻きにはリンファやシフォンと交戦する選手
達や、こちらを時折気にしながらもそれぞれの剣戟に身を投じる者達が見える。
「リンファ、シフォン、下がって!」
「盟約の下、我に示せ──絡の泥流(マッドブロウ)!」
 次の瞬間だった。こちらに向かってくるライバル達、そうではなく互いに剣戟を交えてい
るライバル達その殆ど全ての足元を覆いつくすように、巨大な黒色の魔法陣が現れた。
 えっ? 少なからぬ者達がこの攻撃に驚く。
 そして刹那、魔法陣の範囲に沿って、その石畳は突然じゅくじゅくにぬかるんだ泥へと変
わって噴き出したのである。
「ぶほっ……! これは、泥……?」
「汚ねぇ! べっ。ちょっと飲んじまった」
「おいおい、ちょっと待て。この術式って、こんな範囲広かったか……?」
「……」
 結果言わずもがな泥塗れなったライバル達。
 しかし悪態をつき、或いはリング上のほぼ全域をカバーしたこの魔導に驚く者達に交じっ
て、一人の魔導師風の選手がサァッと引き攣り、叫ぶ。
「急いで泥を落とせ! 動けなくなるぞ! これは捕縛用の魔導だ!」
 えっ──!? だが時は既に遅し、彼の描いた未来はこの時既に始まっていた。
 それまで流動していた泥が、急激に固まり出す。ずしんと、刹那彼らの身体が鋼の防具で
も被ったかのように重くなる。
 墳魔導・絡の泥流(マッドブロウ)。
 それは魔力を込めた泥を敵にぶつけ、その固着化に伴う重みで動きを封じる術式である。
「お、重……っ!?」
「やべぇ、やべぇぞ! 急いでぶっ壊せ!」
「で、でもこんな鋼みたいな硬さ……。それに手足だから迂闊に深いと……」
 リング上はにわかに大混乱に陥っていた。
 唯一免れた──直前のエトナの声にアルスの左右へ退いたリンファとシフォンだけがこの
さまを見ている。実況役のアナウンサーも『お、おお? これはまさかの一網打尽──』と
言い切ってしまう前に、ここへ更にアルスが次の詠唱を完成させる。
「盟約の下、我に示せ──大樹の腕(ガイアブランチ)!」
 足元から迫り出し、より合わさって巨大化した植物の鞭が満足に動けなくなったこのライ
バル達に襲いかかる。それでも直撃を免れようと、一方で運悪くその軌道線上にいた同胞ら
を見捨てながら硬化した泥を剥ぎ取りながら、幾人かは右に左に逃げようとする。
「──と、棘の樹手(ギド・ジュロム)」
『ぶへッ?!』
 しかしまるでそんな行動を予知していたかのように、ぼそっとアルスが呟いてそのかざし
ていた掌をきゅっと握り返すと、植物の鞭から今度は無数の棘の触手──別の魔導攻撃が飛
び出して来て彼らを襲ったのだ。
『おお? おおおー?! こ、これは一体何だぁ!? アルス選手の魔導攻撃の中から、更
に魔導が出てきたぞー?!』
 ざわざわ。実況役のアナウンサーは勿論、観客達がその光景に思わず唖然となる。
 それでも唯一、仲間であるジーク達はうろたえない。フッと嗤い、ブレアが膝の上で両手
を組みながら語っている。
「あれがアルスの色装だよ。超覚型《花》──魔導領域を通常の何倍、何十倍にも広げる事
が出来る能力だ。あれは実際、敵に回すとかなり厄介だぜ」
 花が咲き誇るように無数の、見渡す限りに魔導を発現させる事の出来る性質。
 ブレアの下、無事飛び級を果たしたアルスが修行の末に覚醒したのはそんな色装だった。
 だからあのようにリングという限定的な面積をカバーしてしまうなどお手の物だし、逆に
領域を拡張する為の容量(キャパシティ)を一点に絞れば、ああして“魔導の中に魔導を咲
かせる”などという芸達者な事も出来る。
 アルスは前者を“範囲強化(ラージ)”、後者を“連撃強化(プラス)”と呼んでいる。
 本人曰く、少なくとも大都(バベルロート)の一件の時、後者と思しき現象が殆ど無意識
の内とはいえ起きたのだという。そこから着想を得た創意工夫なのだそうだ。
 全く、大した才能だよ……。
 不敵に笑い、同時に何処か高揚するジーク達を余所に、ブレアは今まさに注目の的となっ
ている教え子を、誇りと不安の両方の気持ちで見つめていた。
「──うん。片付いたみたいだね」
「はい。ちょっと……やり過ぎたかなぁ?」
 そしてこの駄目押しなアルスの魔導コンボによって、リング上に残っていたライバル達は
一人残らず駆逐された。
 吹き飛ばされて場外に転がっている者もいれば、まだ泥の重みで動けず、ブランチの一撃
をまともに受けて昏倒している者もいる。
 ようやくアルスも殺気もとい緊張を解き、同じく人心地ついたシフォンやリンファと向か
い合い、苦笑いを浮かべていた。
「さて……。そうなると僕達の中で一体誰が本選に進むのかだけど……」
 しかしややあってシフォンがそう切り出した瞬間、リンファは小さく微笑(わら)ったま
まその隣を歩いて行った。手に下げていた太刀はサッと払って鞘に収め、そのまま何と自ら
リングの外へと降り立ってしまったのだ。
『おや? リンファ選手、自ら場外に出てしまいました。棄権、という事でしょうか?』
「リンファ?」
「私は降りる。守るべきお方に剣は向けられないよ」
「……そっか。でも、それは一生懸命頑張ってきたアルス君に失礼な気もするんだよなあ」
 だから、一方でシフォンが苦笑いをしながらも再びオーラを練り始めていた。
 あの濛々と靄のようなオーラが再び彼の周りに広がっていき、また無数のシフォンの群れ
を作り出していく。
 アルスが、エトナが振り返り、きゅっと唇を結び直した。
 リンファはそれをリングの外から肩越しに一瞥し、そのまま右の首筋裏側を擦りながらゆ
っくりと退場していく。
「いいかな? アルス君。一度君と直接戦ってみても」
「ええ」
 二人(厳密にはエトナを含め三人)がそう向かい合っていた。ざわざわ。観客達がこの展
開に固唾を呑んで見つめる。フッと笑い、シフォンの群れが一斉にマナの矢を番え始めた。
「では、覚(かく)──」
「撓の樹手(ジュロム)」
 だがそこまでだったのだ。まさに矢が放たれようとした次の瞬間、アルスは全く迷いを見
せず、無数に分かれたシフォン達の一人──自身の右背後から狙いを定めていた本物の彼を
振り向きざまに打ったのである。
「ぐぅっ!? ごほっ……。な、何で僕だと……?」
 リング上に吹き飛ばされて、ダメージを貰い分身達とオーラの靄が掻き消えて、シフォン
は脇腹を押さえながらよろよろと立ち上がった。
 偶然? いや違う。
 アルス君ほどの頭のいい子が、いきなりそんな博打をするとは思えない……。
「……ああ、そうか」
 しかし細めたその視線の先を見て、彼は程なく理解していた。そこにはリング外でまだこ
ちらを見遣って立つ、リンファの姿があったのだ。
「これは一本取られた。君が教えたのか。そうだよなあ。僕と君の色装は相性が悪かったん
だっけ……」
 ああ。リンファがようやくそこで笑う。アルスが申し訳無さそうな表情(かお)をしてぽ
りぽりと後ろ髪を掻いて彼の手を引いてくれる。
『え、えーと。これは一体どういう事でしょう?』
「ああ。僕の負けだ。最後まで気を抜かず状況を観察し続けていた、アルス君の勝利だよ」
 宣言する。故に観客達がおおっとどよめき、実況役のアナウンサーも係員らと顔を見合わ
せると頷いたのだった。
『シフォン選手ギブアーップ! これにより、予選第六ブロック勝者はアルス・レノヴィン
選手に決定しましたー!』


『……』
 西棟・第八ブロック。
 ここでも同じく数百人に及ぶ選手達がしのぎを削る中、その少なからぬ者達がある一人の
人物を討ち取ろうと取り囲んでいた。
「……」
 イセルナ・カートン。通称“蒼鳥”のイセルナ。
 今や知らぬ者はいなくなった冒険者クラン・ブルートバードの団長を務める女剣士だ。
 じりじりっ。戦士達がゆっくりと距離を詰めようとする。
 だがその額には既にじわりと脂汗が浮かび、各々顔色も宜しくない。
『さてさて? やはり格好の標的になってしまった、クラン・ブルートバード団長イセルナ
選手! 彼女を狙う選手達の数はこちらからの目算でざっと百人ほど。さぁ、このピンチを
どう乗り切るのかっ!?』
 遠巻き頭上の実況席では、そう男性アナウンサーが観客達を盛り上げながらそう戦いの状
況を伝えている。
 しかし、当のイセルナと向かい合うこの戦士達の抱く感慨はむしろ真逆であった。
(……正直、高を括っていた)
(見た目だけなら細身の、ただのべっぴんさんでしかねぇが)
(まだ何もしてないってのに、何て練り込まれたオーラ……!)
 剣戟と怒号が周囲で響く中、イセルナはまだ静かに風に吹かれて立っていた。
 それでも既に、全身には非常に濃いオーラを纏っている。ライバル達は正直、自分達で取
れると思ったその過信(はんだん)を後悔し始めていた。チャキリ。そして彼女が、ゆっく
りと腰の剣に手を掛ける。
『──っ!?』
 オォォンッ……! 抜き放ち、ヒュッと眼前で剣先を振ったその瞬間、場に彼女を中心と
した目に見えない波紋が駆け抜けていったように思えた。
 対峙していた者達は勿論、周りで各々戦っていたライバル達も思わず手を止めてこちらに
目を見張って。
 悪寒──しんと凍みる冷たさのような感触が身体を駆け抜けていった。
 そしてそれは何も彼女の周囲だけではない。リング上全域は勿論、一同を見下ろして観戦
する周囲の観客席、その前面フェンス寄りの一般人らにさえも、その畏怖を伴うような冷え
は伝わり、中にはこの気に中てられて気絶してしまう者達すら出る。
「……こ、この程度」
「こけおどしだ! やっちまえ!」
 おぉぉぉぉ! しかしずっと睨み合っている訳にもいかない。対峙するライバル達は互い
に目配せをし合いつつ、いよいよもってイセルナに挑みかかっていく。
 だが彼女は、この四方八方から攻めて来る彼らを巧みな剣捌きで返り討ちにしていった。
 正面からの斬り下ろしをサーベルの腹で流れるようにいなすと、そのままバランスを崩し
て脇腹に転がり込んでくるこの戦士を斬り伏せ、次いで二撃・三撃と左右背後からやって来
る彼らの動線にスッと差し込むようにして銀閃を払う。
 美しさすらあった。
 彼女自身は殆どその場から動いていないというのに、周りのライバル達は面白いほどに体
勢を崩し、斬られ、のたうち転がる。
『十、二十、三十……これは何とも華麗なる剣捌き! イセルナ選手、圧倒的な数の不利を
ものともせず、次々とライバル達を倒していくっ!』
「チッ……!」
「──!」
 そんな中、やや遠くから彼女を狙う銃使いがいた。殺気を読み取り、即座にイセルナは振
り向きざまにサーベルの刃を向けてこの飛んでくる弾丸を跳ね返す。
「小癪な」
 そして次の瞬間、彼女の頭上から持ち霊・ブルートが顕現した。
 しまっ──。この銃使いが慌てる。
 だが気付いた時にはもう時既に遅く、他の選手達も巻き込みながら、彼はブルートの冷気
を纏った飛翔をもろに受け、胸に凍て付いた裂傷を刻みながらぐらりと宙を舞って倒れた。
「ありがとう。ブルート」
「礼には及ばん。それより、そう意固地にならずとも我を使え。ルール上、持ち霊は本人の
武装という扱いになっているのだろう?」
「……」

 二年前、イセルナは伸び悩んでいた。リオとクロムによる修行が始まって三月、半年と時
が経ってゆくのに、彼女自身は中々覚醒の兆しが見られなかったからである。
『──イセルナ。お前は持ち霊の力に頼り過ぎている』
 黙々と、修行メニューはこなし続けていた。
 だがそれでも苦悩する内面を見抜いていたのか、ある時リオはそう彼女にとり、衝撃的な
忠告(アドバイス)を寄越してきたのである。
『もっと己の導力、オーラを鍛えろ。それにお前はなまじ頭も切れる。俺が見ているにお前
はそれ故、心の何処かで“工夫さえすれば勝てる”という驕りを持ってしまっているように
みえる』
 ショックだった。持ち霊と共に生まれ、生きる伴霊族(ルソナ)として、クランを纏める
団長として、いつの間にか抱いていたその矜持にザクッと鑿(のみ)が打ち込まれたかのよ
うだった。
 ブルートは相棒であり、生まれた時から一緒の最も身近な“家族”だ。
 そんな彼と共に在ることが、自らの成長を妨げている……? 最初は正直言って半信半疑
だった。仮に言う通りだとしても、それは自分たち伴霊族(ルソナ)という種族を根底から
否定しにかかっているかのような物言いだったからだ。
 ……それでも、イセルナはじっと耐えた。一時の感情で全てを失わせる事なく、今自分に
一番必要なものは何かと帰納しながら考えた。
 過ぎた“甘え”だったのであろうか?
 団員達を“家族”と呼び、良くも悪くも馴れ合ってきたという意味だとしたら。
 今一度、自分は彼らを率い信頼に値する者として、再びクランと己を見つめ直さなければ
ならないのではないか……?
 その為に、色々無茶もした。ブルートなしで魔獣討伐(いらい)に臨み、普段では不必要
なほどにダメージを受けてしまった事もある。
 その度に皆から心配された。何故ブルートを使わなかったのかと。
 だが結局、色装をマスターするまで自分は多くを語らなかった。あの時直接リオの言葉を
聞いたブルートやダン、限られた古参のメンバーにしか事情は伝えなかった。
 全ては色装の為。
 全ては充分な、充分過ぎる力をつけ、大切な仲間たち人々を守る為に……。

「──いくわよ、ブルート」
 そっと目を閉じて数秒。だが次の瞬間、イセルナはようやく相棒に呼び掛けていた。彼は
気持ちやれやれと笑い、蒼い輝きと共に彼女の剣に宿って長大な氷の剣となる。
 うっ……!? 大分減らされたライバル達が、思わず後退りしていた。
 これだけ数で攻めても落とせない。とてつもなく技が研ぎ澄まされていやがる……。
「ま、まだだ。まだ全滅はしちゃいねぇ」
「そうね。でも、もう勝負ならとっくについているのよ」
「何──?」
 だが直後、そっと言った彼女の言葉に、一同は文字通り凍り付いた。
 ガクン。まるでその言葉を待っていたかのように、彼らの身体から急に力が抜けていく。
 実際に対峙する彼らだけではなかった。その更に外側で戦っていた他のライバル達も、個
人差はあれ、まるで感染でもしたかのように力が抜け、次々と膝をついて満足に動けなくな
ってしまったのだ。
「な、何だ? これは……?」
「さ……寒い……」
「か、身体が、動かない……」
「ええ。よーく空を見てみなさい」
「空……?」
 指差され、彼らはゆっくりと天を仰いだ。
 一体どういう意味なのか? じっと曇りが増してきた空に目を凝らす。
「……。雪?」
 そして気付く。ごく細かいものだが、どうやらリングに淡く白く輝く雪──のようなもの
が降っていたのだ。
 しかしと思う。地理的にそれはあり得ないと地底層(じもと)出の者達は知っていた。
 確かに魔界(パンデモニム)を始め地底層の世界は年中薄暗く、気温も低めだ。
 だがそれでも降雪となる時期は限られている。多くはもっと北や海沿い。何より今はまだ
秋で雪が降るには早過ぎる。
「勝負ならとっくについているのよ。この雪は、貴方達の力を奪うわ」
『──』
 故に、戦慄した。他ならぬ目の前のイセルナがそうこの時期外れの雪の正体を明らかにし
たからである。
 色装か。ライバル達は悟った。確かによく見てみればこの雪はオーラと同じ気配がする。
 思い出す。とっくに。彼らの脳裏に、自分達が襲い掛かる寸前のイセルナの行動が蘇って
更に背筋が凍る思いがする。
 ──これが覚醒した、イセルナの色装だった。
 《冬》の色装。自身のオーラを粉雪のように振り撒き、周囲の者達の力を奪い取る遅効性
の凍え。対集団戦に大きな効果を発揮する変化型の一種だ。
 しかし当のイセルナは、正直を言うとこの能力はあまり好きではない。
 確かにクランの長として、この先“結社”という強大な敵と戦っていくであろう身として
戦術的にはとても有効なものかもしれないが、何というか……卑怯だなと思うのだ。
「ま、拙い。もう、身体が……」
 ライバル達の顔が引き攣っている。だがもう誰一人まともに逃げ動く事はできなかった。
 じわじわと、気付かぬ内に力を奪われていたのだ。氷剣を振りかぶり、ダンッとイセルナ
が彼らへ向かって地面を蹴る。
『ガッ──!?』
 一閃。透き通った青い軌跡を残し、ライバル達はその一撃の下に斬り伏せられていた。
『……しょ、勝負あり~! やはり彼女は強かった! 第八ブロック勝者はクラン・ブルー
トバード団長、イセルナ・カートン選手だ~ッ!』
 観客達が唖然とする。
 だがややあって次の瞬間、実況役のアナウンサーが彼女の勝利を叫び出す。彼らが大歓声
を上げる中そっと氷剣を解くと、彼女はフッと静かに微笑みながらその一角で自分に手を振
ってくれているマルタやサフレ、そして黙し頷くクロムを見上げる。

(──ん?)
 時を前後して。
 東棟の試合会場から独り本棟へ続く廊下を歩いていた第三ブロックの勝者・エイカーの前
に、はたと一人の“フードの男”が現れた。
 それに気付き、そっと足を止める。
 魔導師でありながら何処かチンピラを思わせる剣呑さを持つこの青年は、この自分に立ち
はだかる人物を前に、じろと睨みを利かせた。
「誰だ。てめぇ何処の組のモンだ」
「……そう警戒しなくていい。“狩人”エイカーだね? 君にちょっと、話があるんだ」

『──あ、圧倒的ィ! その他を寄せ付けない強さで、第七ブロック勝者はユリシズ選手に
決定ですっ!』
 一方で残るもう一つの後半戦も、早々に決着がついていた。
 旧時代を思わせるような全身鎧と幅広剣。素顔を隠した、金の飾り鶏冠のついた甲冑。
「……」
 実況役のアナウンサーが叫ぶ。
 累々と白目を剥き、鮮血を撒き散らして倒れ伏した数百人の選手達の中で、この騎士鎧の
戦士はただ一人、じっと寡黙に石畳の上に立っていたのだった。

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  1. 2015/07/05(日) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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