日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「伝えたくて」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:空、月、綺麗】


「……つ、月が綺麗ですねっ」
 昔の文豪が作ったという粋な口説き文句とやらを使ってみるけど、やはり僕みたいな人間
では似合わないようだった。
 週末、彼女とのデート。
 軽く二人で食事をした後、日没後の川辺でそう意を決して夜空を見上げながら言ってみた
けれど、当の相手はきょとんとしてこちらを見ているだけだった。
「そうだね~。タイミングが良かったよねぇ~」
 数秒の沈黙と瞬いた眼からの、そんなにぱっとした笑顔。
 惚気以外の何物でもないんだろうなと思うけど、やっぱり反則だよ。普段は何かと先輩風
を吹かせてくるのに、こうふとした瞬間にあどけない──本来の魅力が光ってくるものだか
らついこちらもドキドキしてしまう。
「……う、うん」
 嗚呼、僕のチキン野郎。
 結局今回も、更なるアプローチは空振りに終わってしまった。
 それでも暫く、僕らはコンクリートの護岸に並ぶフェンスに肘を乗せて、この良くも悪く
も火照った気持ちを冷やしてくれるこの街の夜の温度に晒されていた。


 ──彼女、美月とは今の居酒屋(しょくば)で知り合った。
 と言っても僕はしがないフリーターだ。ただ彼女が実は二つ年上で、且つ僕よりも先に店
で働いている先輩だったというだけだ。
 なので、その新人教育の係として僕に宛がわれた彼女だったのだけど……正直言ってしま
って働くという事全般の経験値はどうやら僕の方があの時点で既に勝っていたらしい。
 何というか、何処か抜けている性格だったのだ。
 一生懸命働く、笑顔も絶やさぬ優しい女性(ひと)。
 だけども、フッと気を抜いているとドジをする。AとBとCとDを同時並行していると、
その内最初のAが頭からすっぽ抜けてしまって立ち止まっていたりする。
『いいッスよいいッスよ。先輩、僕がやりますから』
 気が付けばすっかり立場が逆転していた。伊達に職を転々としてはいない、接客の場数が
違うなどと胸を張ってみせればいいのか。
 店長やフロアチーフの方も、どうやら前々から彼女の一歩抜けている部分は把握していた
らしい。だけども曰く、あの他人を癒す笑顔はその欠点があってもお釣りが来る希少さ──
職場を明るくするものだと言う。その意見には全力で賛成する。
 ……だからなのだろう。気が付けば惹かれていた。ドジもするけど、いつも一生懸命で明
るくて、元気をくれる彼女の事がどんどん好きになっていた。
 告白は──案外あっさり上手くいった。
 半分くらいは間違いなく面白いもの見たさだったけど、協力してくれた店の皆のお陰も勿
論ある。ただ、あの時僕の想いに快諾してくれた彼女の発した二言目が『やっぱり私がつい
てなきゃ駄目だね♪』だった訳で。そう思うと自分はやはり、今も彼女にとって“後輩君”
止まりなのかなぁと不安になってしまうのだ。

 仲は悪くない。筈だ。休みが取れれば出来るだけデートに誘うようにしているし、一緒に
いる時間も楽しい。むしろ今じゃあ当初より彼女が僕を甘やかしている、じゃれつくような
コミュニケーションが増えているとすら感じている。
 なので、からかわれる事も同じく増えた。二人一緒に、まとめて弄るのが最早スタッフ皆
の定型句(テンプレート)になって久しい感さえある。
 惚気……なのかな。もっと欲が出ているという状態なのだろうか。
 ほわほわした居心地から離れ難くなっている。
 その一方、僕らはちゃんとした恋人になれていないんじゃないかと思えてしまって……。

 だから、こうして意を決してチャレンジを繰り返している。
 “月が綺麗ですね”
 貴女を愛しています、と──。


「んふ~、美味しいね?」
「う、うん……。あ、これも飲む?」
 ある時はよく行くイタ飯屋で一緒に夕食を摂りながら、さりげにお酒も飲ませて本音を語
って貰おうと考えた。例の如く美味しそうに、幸せいっぱいに頬を膨らませて食べる彼女に
微笑(わら)い掛けつつ、先に注文しておいたワインを注いで差し出す。
「え? いいの? ありがとー。じゃあ日向(ひなた)も一緒に飲も飲も?」
 だけど……失敗した。忘れていた。
 見てくれは僕よりちんまい彼女だけど、年上だけあってか結構強いのだ。
「──だからね~、そこで私は言ってやったんだよ~。……ん? あれ? 大丈夫? ねぇ
大丈夫? 日向ってば~っ!」
「……。チューハイぐらいにしておけば良かった……」
 ぐったりと余裕がなくなって、僕は益々元気になった美月にバシバシと叩かれる。

「えっと、これ……」
「うわぁ! 綺麗な薔薇……。私にくれるの?」
 ある時は彼女の誕生日に、プレゼントと一緒に薔薇の花束を持っていった事もあった。
 数は九十九本。意味は“ずっと一緒にいたい”。
 正直キザ過ぎるかな? とは思った。というか、こんな演出の為に財布の中が猛スピード
ですっからかんになったのは彼女には言えない秘密だ。
 欲しがっていた本体──小さめのテディベアと添えてこれを受け取った時、美月はそれこ
そ花が咲くように満面の笑顔を浮かべたものだ。薔薇が気品や色気を表すのなら、彼女のそ
れはやはり真っ直ぐに日に向かう向日葵とでもいった所か。
「ふふ。日向もやるようになったじゃない。最初はあんなに私にも敬語ばかりでガチガチだ
ったのにさ~」
「そ、それは職場の先輩だし、礼儀というか無難だし。……それで、その」
「ん~……でも流石にこんなに多いと嵩張るなあ。日向、半分持って」
「え゛」
 だけどこれも失敗。察される前に、彼女はどんどん前に向かっていく。
「ふふ。今日はいい日だなあ。今夜もいっぱい遊ぼうね?」
「……ウン。ソウダネ」

「美月。その、さ……」
「うん?」
 またある時は一晩デートして帰るだけじゃなく、もっと先のステップに進む事でそれに代
えようと考えた事もある。
 一通りご飯を食べ、歌って遊んで夜の駅に向かう途中、僕は意を決してこう問うてみた。
「今夜は、家に来ないか」
 つまりそういう事。本当に僕の事を恋人だと認識してくれているなら、ここで照れるなり
まだ早いなどと拒むなりの反応がある筈だ。無ければ、やはりそういう事なのだろう。
 覚悟はできていた。付き合い始めてそこそこ経つ。その、彼女と致すとしても……こちら
としてはむしろウェルカムな訳で。
「日向の部屋? うん、いいよ。あ、でもそうなると着替えとか無いなあ」
「着替っ──」
 すわっ、案外あっさりと脈あり!?
 でも当の美月は、唇に指先を当てながらうーんうーんと何かあれこれと考えているようだ
った。夜の街を肩を並べて歩きながら、返って来る次の言葉を待つ。ごくり……。元よりそ
のつもりで誘ったとはいえ、今更になって心臓が馬鹿みたいにバクバクしてきた……。
「ねぇ、日向」
「な、何?」
「日向の家って、お泊りセットみたいなのってある?」
「お泊り……セット?」
「うん。歯ブラシとか。同じ日用品(の)が二つって基本独り身の部屋にはないでしょ?」
「それは、うん……」
「だよねぇ。やっぱり途中で何処か──コンビニか百均にでも行って買わないと」
「……」
「ふふ。久しぶりだなあ。パジャマパーティーなんて学生の頃以来だよ~」
「……! ……?!」
 だけど結局これも失敗だった。彼女は普通に僕の家に上がり込み、棚の漫画を読み漁った
りお菓子を食べたりテレビを観たりして、風呂から上がった後すぐ寝てしまったのだった。
 勿論、こっちが勝手に緊張しまくっていたアレなんて無かった訳で……。
 翌朝僕は、自分のベッドで気持ち良さそうに眠る彼女の寝顔を堪能するだけに留まり、そ
の後起きて自宅に戻っていく彼女を苦笑いをひた隠しながら見送るしかなかった。


(──もう駄目かもしんない)
 なので、僕はもう半分以上諦めていた。
 何というか……がっつき過ぎだったのかもしれない。少なくとも今の関係でも僕らは充分
楽しいし、幸せだし、そんなほわほわヌクヌクとした居心地をただ男の劣情だけで損ねてし
まうべきではないのだろうかとさえ思っていた。
「~♪」
 今日も美月とデートだ。既にいつものように軽くショッピングをして、食事をして、歌っ
て遊んでとっぷりと日が暮れている。
 彼女は僕の隣で静かに夜風に吹かれていた。川辺のフェンスに乗せた肘から延びていく色
白の肌が月明かりを受けて淡く輝き、風に靡くミドルショートの黒髪は自由そのものだ。
「……」
 僕は後悔していた。ただ隣にいる、それだけで彼女はこんなにもニコニコと笑っていてく
れているのに。それを自分は『きっと彼女の地だから』とか『結局後輩クンとしてしか見ら
れていないんじゃないか?』などと勘繰って、何度も何度もこの空気を壊そうとした。
(欲張り過ぎ、なんだよな。大体こうして僕に彼女ができたって事自体奇跡なのに……)
 同じくフェンスに腕を乗せ、押し黙る。
 空にはいつの日かと同じ、澄んだ満月が浮かんでいた。
 うん。これでいい。
 結局ヘタレなだけなのかもしれないけど、もう少し、彼女との時間を──。
「月が綺麗だね」
「っ!?」
 ……だから、次の瞬間彼女がそう口を開いた時、僕はすぐに返事を紡げなかった。
 独り言? 思ったが違う。確かに言葉にした瞬間こそは空を見上げたままだったが、今そ
の眼は間違いなく驚いた僕の方を見ている。
「ふふ。何を狐に摘ままれたような表情(かお)してるの? 先月はそっちが言ってたこと
じゃない。もしかして……私が気付いていないとでも思った?」
 ふるふる。思わず頭を振る。
 まさか、解っていた? いや、だったら何で今まで──。
「今度は何でって表情(かお)してる。そりゃあ私の方がお姉さんだもん、日向がしようと
してたあれやこれやの意味くらい知ってるよ~? でも日向ってば、そういう“形”ばっか
りに拘って肝心な事を言ってくれないんだもの」
「……肝心な、事?」
 お見通しだった。今更だが急にその小柄な身体に母性が宿ったように見える。
 美月はクスクスと笑い、そっとこちらに向き直っていた。それでも尚二の句を継げずに突
っ立ったままになっている自分の顔を見上げて、フッと目を細めて……。
「……ちゃんと言葉にしてくれなきゃ、嫌だよ」
 ハッとなった。ようやく僕は、大きな間違いに気が付いたのだった。
 嗚呼、そうだよ。
 僕は色々彼女にアプローチはしてきたけれど、肝心要な部分を何一つ伝えていない……。
「み、美月……。あ、愛してます。その……先輩後輩みたいなのだけじゃなく、僕らはもっ
と恋人らしい付き合い方は、出来ないかなって……」
 なのに、あれだけ散々キザったらしい事までしたのに、いざ面と向かって直接言葉で伝え
ようとすると顔から火が出るほど恥ずかしかった。
 もっとこう、ガツンと男らしく。言えれば良かったのだけど。
 如何せんそんなキャラじゃないのかな、どんどん語尾が萎んでいってしまって……。
「──ん」
 なのに、愛しの人は応えてくれた。
 背伸びをして来てのキス。ほうっと温かい、だけどただ一つのそれで。
「オッケー。合格♪ 私も……愛してるよ」
 正直もう頭がくらくらして平常心どころじゃなかった。だ、だから突然そうやって年上の
色気を出すのは反則だろ……。
「んっ……♪」
 もう一度。もう一度お互いに唇を重ね合わせる。
 月の下。暗がりの川辺。
 かくしてその夜は、期せず僕らにとって、最も忘れられない日になったのだった。
                                      (了)

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  1. 2015/07/02(木) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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