日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「船が発つまでに」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:島、残り、運命】


 幸か不幸か、ちょうど現地は雨季の中休みに入っているようだ。
 王都の港から出発して三日目。ショーンたち騎士団や医師らを乗せた救助隊の船団は、ま
た一つ王国領海内の離島へと辿り着く。
「それではこれより、作戦を開始する!」
 島の船着場。
 見てくれも規模も、王都のそれとは雲泥の差であるここに先ず上陸し、ショーンら兵士は
正面に立つ数名の騎士と相対する形でずらり整列していた。
「事前に振り分けた通り、諸君には島内を七ブロック七班に分かれて捜索して貰う」
「何よりも優先すべきは島民らの身の安全だ。こちらも住民帳で随時確認を取っていくが、
逃げ遅れている者がいないかどうか、念入りにチェックしてくれ」
「既に此処へ避難して来ている者達はそのまま、身分の確認が済み次第乗船させる。一班は
ルーカス殿の指示に従い、彼らを誘導するように」
「日没までには出航する。では、散開!」
『はっ!』
 頑丈そうな鎧を纏い、王国の要・騎士達がさも仰々しく通達する。
 その部下、雑兵たる兵士らは一糸と乱れぬ動きで敬礼するが、ショーンは内心不安と不満
で今にも喚きそうだった。
(チッ、何で俺がこんな辺境に……)
 早速班に分かれ、島の奥へと行進して行く同僚らを横目に、密かにショーンは殺風景な島
の海岸線を眺めていた。
 何もない。ただ土と砂の陸の端に、点々と心許ない板の足場が立っているだけである。
 波が寄せては引いていく。それだけでは普通の事だが、ここ数日の経緯と実際に目の前の
海岸線(それ)が明らかに抉り取られているさまを観るに、この島──のみならず近海に浮
かぶ島々は確かに今まさに危機的状況にあるのだろう。
 ──近年稀にみる豪雨だった。
 例年のように雨季に入った今年。だがその天より降り注ぐ雨は、作物を潤わせる恵の水と
いうよりは寧ろ、容赦なく人々を襲う矢のようにもみえた。
 人々は狼狽した。川は氾濫し、家は流され、木々もその水量に薙ぎ倒される。
 否、何より深刻だったのは各島に迫る水没の危機だった。
 そもそも、この王国(くに)は海に浮かぶ幾つかの島々から為っている。王都のある本島
は比較的大きくまだ大丈夫な方だが、ここのような小さな離島群は現在進行形で押し寄せる
水量とそれによる陸地の浸食が深刻な問題となっていた。
 ……このままでは、島が幾つか地図から消えてしまうかもしれない。
 そこで王国は、急遽海抜が低く小さな島を中心に大規模な救出作戦を発動した。
 ショーンもまた、その人員として招集された兵士の一人で……。
(ボーナス、出るんだろうな……?)
 簡素な兜に胸当て、剣、軍服。
 装備を揺らしながら、彼は班の後尾について行きつつ、重い足取りを引き摺る。
 今日はまだ少し晴れ間が出ているからいいものの、雨季──それも近年稀にみる大雨の中
海に出させるとはどういう了見だ。下手したら船自体が時化にやられ、ミイラ取りがミイラ
にもなりかねなかったんじゃないか?
 いや、今だってその可能性は残っている。
 まだいつ島の天気があの豪雨に見舞われるかも分かったものじゃない。運良く島民らを避
難させ終わっても、肝心の帰りの海で沈んでしまえば元も子もない。
 上陸前に双眼鏡を借りて見たが、既に島のあちこちが土砂崩れや雨水の浸食でボロボロに
なっていたじゃないか。
 少なくとも前者は、島の奥へ向かうのに障害になるため、先頭を行く騎士がその魔力で取
り払う手筈にはなっているが。
 ……大岩も持ち上げるほどの肉体強化だったり、風を起こしたり、大地を操ったり。
 魔力を持たない兵士階級(じぶん)にはこの先も縁のないものだが、相変わらず同じ人間
なのかと疑いたくなる。己の無力さってものを思い知る。
 自分は、別に命を落としたいから兵士になった訳じゃないのに……。
「──何!? それは本当か?」
「え、ええ。自分達も何度も説得はしたんですけどね……?」
(……?)
 ちょうどそんな時だった。ふと視界の端に、一班の班長・騎士ルーカスが避難して来てい
た島民らしき者達数名と話しているのが映った。
 険しい顔をしたルーカスに、彼らはそんな言い訳じみた言葉を返してばつが悪そうにして
いる。ショーンは何となく耳を向けていた。やはり逃げ遅れている島民もいるのか。
「仕方ないじゃないですか。全然言う事を聞いてくれなかったんですよ」
「あいつら皆……島と心中する気です」


 ある兵士らは発見した。皆が逃げ、殆ど人気の無くなった集落に、ぽつんと一人軒先に座
って虚ろな目をしている男性を。
「な、何をしているんですか?」
「我々は王国騎士団の者です。さぁ早く。急いで船着場へ!」
「……いいよ。俺の事は放っておいてくれ。俺は、ここで死ぬ」
「えっ」
「な、何を……」
 一人はそう嘆息を吐くように言い、頑としてその場を動かない若い男性だった。
「俺さ、ここの連中に嫌われてんだよ。寄合とか集金とか、面倒でさ。そしたら村八分だ。
実際皆俺を置いて逃げてるだろ? そういう事さ。だったらここで俺はくたばる。きっとそ
の方があいつらも喜ぶさ」
『……』
 こんな大雨季(とき)じゃなく、もっと早くに島を出れば良かったんだろうけどな……。
 そうプカプカと煙草を吹かしながら、哂う。

「ハァァァァッ!!」
 魔力を込めた彼の掌が落石群に触れた瞬間、道を塞いでいたその大質量は一瞬にして粉塵
となって飛び散った。
 四班班長・騎士ゴラウ。
 いかなるものも破砕するこの大柄でスキンヘッドの男は、そしてごっそりと痛々しい痕を
残して通じた山道を一度見上げた後、今度はそっと無言のまま足元に視線を落とす。
「……ああ、ああ。トーマスや、トーマスや、返事をしておくれ……」
 そこには一人の老婆と彼女を囲む島民が数人、そしてぐちゃぐちゃに潰れて血塗れになっ
た一人の男性の遺体が転がっている。
 母親と息子、なのだろう。老婆はこの亡骸の前に跪き、全身がそのまま干からびそうな程
になりながら呼び掛け続けていた。嗚咽の声が、虚しく痛々しく八割方曇天の空と濡れそぼ
った山肌へと吸い込まれていく。
「ゴラウさん」
「ああ。分かっている」
 左右に従っていた兵士らの居た堪れない眼差しと声を受け、ゴラウがそっとこの老婆の後
ろに屈み込んだ。ガシャリ、ぽん。鎧を鳴らしつつ、されど優しい手つきで震えるその肩に
触れて言う。
「……ご夫人。すまないが、その方はもう駄目だ。ここに来るまでにあった障害物は全て私
が除去しておきました。部下らを何名か遣りましょう。貴女達だけでも、船着場へ」
 ええ……。老婆を囲んでいた、十中八九避難途中だった筈の島民らが、尚も少なからず後
ろ髪を引かれながらも歩き始めていた。
 進む。だがそれでも、ただ彼女一人だけは尚も場を動こうとしない。
「ご夫人。後生ですから──」
「……何故。何故トーマスなんですか? 息子なんですか? 何故私じゃ、ないんですか?
こんな老いぼれを生かして、まだ未来のある息子を死なせて……何故私に逃げろと言うので
すか!? どうして、どうしてもっと早く来てくれなかったんですかッ!?」
 少し強めに引き剥がそうとして……反撃を喰らう。
 くわっと刹那、老婆は枯れた顔に大粒の涙を浮かべ、そうゴラウの胸板に掴み掛かった。
『……』
 あまりにも細い。
 だが彼らの胸を締め付けるには、それだけで充分だった。

(くそっ。こっちの苦労も知らないで……)
 一方でショーンは更に苛ついていた。自分達の班が捜索するエリアの集落で、ぱらぱらと
避難していない島民──自らの意思で島に留まろうとする者達が少なからずいたからだ。
 ある老婆はどうせもう老い先長くはない、このまま島と共に天寿を全うすると言って聞か
なかった。
 またある中年はどうやら昔、都の方で商売に失敗して逃げ来た過去があるらしく、今更本島へ
など戻れないとその自身の面子にしがみ付いていた。
 或いは、そもそも国や軍隊というものを毛嫌いする元兵士の老人などは「儂は昔、お前ら
の所為で酷い目に遭った。こんな怪我をして痕が残った」と罵り、頑なに命令に従うのを拒
むような始末。
 尚も同班の兵士、ひいては自分達を率いてきた騎士が説得に出ているが、総じて長くこの
地で老人達は易々と島を離れてしまうことを拒んでいるらしい。
 ……馬鹿かお前ら。死んだら元も子もないんだぞ?
 ショーンは呆れていた。怒りすらあった。地元への愛着というものなのだろうが、状況を
考えろ。俺はこんな判断もできないボンクラどもの為に、堅物の為に、命を張って海を渡っ
て来たというのか……。
 苛々した。船着場で若い衆が話しているのを耳にした時から思っていたが、本当にここに
いる連中はそこまでして助けないといけない人間達か? まだ生き残る意思のある住民だけ
でも急いで船に乗せて、最大限帰還すべきではないのか……。
 だがそんな本音は、口が裂けても言える筈もなく。
 個々人がどんな動機で志願したとしても、兵士ひいては騎士とは、国に奉仕する存在だと
されている。どんなに反抗的で、辛辣で、独り善がりでも、自分達は彼らの安全と安寧を守
る義務がある。
(……面倒そうな奴は他の連中に任せておくか。俺は、普通に逃げ遅れてる人間の誘導に回
ろう)
 だが、そうして湿った草を踏み分け、集落の奥へと進んでいた時だった。
 眼下に海原を臨む段々の崖。そこに点々と墓標らしきものが広がっている。更にその一つ
の前に、誰か若い男性が一人潮風に吹かれるまま立っていたのである。
「……おいあんた、こんな所で何をしてる? 通達を聞いてないのか? 早く船着場に避難
してくれ」
「? ああ。その格好、兵隊さんか。そっか、皆もう大分避難してるんだね」
 ごく普通の庶民の服に、糸目の笑み。一見して人畜無害そうな青年だ。
 ショーンは「ああ」と言った。分かっているなら、あんたもさっさと避難してくれ……。
「悪いけど、僕は残るよ。二人を置き去りにしてはおけないから」
「なっ──!?」
 だからお前もかとショーンは顔を引き攣らせた。ひくひくと、また血管が額に浮き上がる
感覚がする。
 しかし青年はそう言っただけで、また視線を目の前の墓標の前に戻していた。
 二つ分。話している通り、やはりここには彼の縁者が眠っているのか。
「あのなあ。状況分かってるか? 下手したらこの島は海の底になるかもしれねぇんだぞ?
ここだけじゃない。海抜の低い島は大半がだ。次、また豪雨が来たら、今度こそ無事じゃ済
まなくなる。あんたの親だって──」
「その親が、ここにいるから」
 苛立ちつつも説得しようとして、だが途中で応えた彼の言葉に、ショーンは続きの句を継
げなかった。静かに目を見開く。青年はちらとこちらを申し訳なさそうな苦笑で見、それで
もやはり視線はこの墓標二つから離れ難くなっている。
「……二人はいつも僕を応援してくれたんだ。昔王都へ勉強しに島を出た時も、こっちの事
は心配要らないから頑張って来いって」
「……」
「でも、やっと恩返しができるってなった頃には……父さんは病に倒れてた。母さんも、父
さんが亡くなって、その後を追うようにすぐに」
「……すまん。じゃああんたは?」
「うん。別の島に親戚はいるけど、家族はもう僕一人だけ」
 ぎゅっと、ショーンは唇を結んだ。
 絆されている訳じゃない。絆された訳じゃない。でもこいつは、俺と似ている……。
「だったら遺骨を持ち出せばいい。それまでの時間くらいなら、こっちで口利きするぞ?」
「いや……もう見つからないと思う。十年くらい前だからね。とっくに土に還ってしまって
いるよ」
 潮風が吹いていた。黒雲が残る青空を喰い始め、湿っぽさが増している。おそらく一刻も
しない内にまた雨が降り出すだろう。
 ショーンはそうか、と短く呟いていた。あくまでこの青年は“唯一の家族”と共に在りた
いと願っているのだろう。
 ……似ている。幸い自分の方は死んではいないが、同じくらい大切な家族はいる。
 と言っても、互いに血の繋がりはない。自分はいわゆる孤児院の育ちだからだ。
 王都郊外のスラム街。そこで実の親や行き場を失った子供達。
 院長先生(かあさん)はそんな自分達を拾い、大事に大事に育ててくれた。確かに決して
裕福だったとは言えないけれど、あそこが自分の家だと今も信じている。
 だからこそ、苦労している彼女を少しでも楽にしてあげたくて、こうして努力の末に兵士
の職に就いた。目的は武功などではなく、ただひたすらに安定した金である。
 ……その意味で、この目の前の青年もまた自分と同類なのだろうなと思えた。
 ただ唯一“家族”の為。
 故にたとえもう彼らが骨まで消えて朽ちるばかりの墓標だけになってしまっても、その魂
がここに眠っている限り、避難とはイコール見捨てる事になってしまう。
「死ぬぞ」
「構わない。それよりも他の人達を頼みます」
 短く改めての警句を。だが青年は、さもその結末を望んでいるかのようで、代わりにそう
兵士たるショーンに他の島民達のことを託して言った。舌打ちを口の中に閉じ込める。彼は
踵を返すと、目の前の現実を無理やり振り切るようにして歩き出す。
(……馬鹿野郎。あの世(あっち)に行けても、悲しむのはその両親じゃねぇか……)


「──急げ! 荒れてきたぞ!」
 船着場に押し寄せる波がより高く激しくなっていた。
 空は闇のような曇天である。うねる海面を見ても、再び豪雨がこの島を辺り一帯を襲おう
としているのは明白だろう。
 避難させた島民らを乗せた騎士団の船。
 心許ない毛布に包まり、或いは道中で負った怪我を医師に手当てして貰いながら、人々は
出航準備に慌しくする彼らの片隅で震えている。
「で、出るんですか? まだ避難していない人達もいるのに」
「していないじゃなくてしない、だろ? 報告は上げてある。無理やりにでも引っ張って来
れなかったなら、もう自己責任だ。一の為に百を死なせたらそれこそ大問題だぞ」
 結局島民の一部は、島に留まる事を選んだ。兵士や兵長、騎士らがそう結果の不足と不都
合を正当化する為に敢えて任務の解釈を語っている。
 降り始めた風雨に煽られて船体が揺れていた。しかしこれは軍船だ、ただ剥き出しの屋外
によりはずっと安心である筈だと信じたい。
「全く……散々だぜ」
「おい、ショーン。そっちは皆逃がしたよな?」
 そんな船室の一角。
 大仕事を半ば終えた同僚の兵士達に呼び掛けられて、彼はむすっと努めて平静を装うと振
り向いた。
「……ああ。誰も、いなかった」
                                      (了)

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  1. 2015/06/28(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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