日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「僕の部屋」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:部屋、黒、歪み】


 僕は弱い。
 僕は──何も出来ない。

 小さい頃からそうだった。僕はいつも怖い思いばかりをしていた。
 父さんと母さんがいる。父さんは、よく酒に酔って帰って来た。
 母さんが言う。『またそんなに飲んで……』繰り返し呆れ、嘆くけれど、父さんのそれは
結局止む事はなかった。
『五月蝿い! こっちは毎日毎日擦り切れるまで働いて来るんだ、酒の一つや二つ好きに飲
んで何が悪い?!』
 だから父さんはぶつ。玄関で、夜も遅くなって僕も眠たいのに、そうやって大きな声を張
り上げて撒き散らす。どうっと床の上に母さんが吹き飛ばされる音がする。父さんがそこへ
ずんと踏み込んで行き、たくさんの汚い言葉を浴びせながら母さんを何度も何度もぶってい
る音が聞こえる。
 僕は弱い。
 僕は何も出来ない。
 ただ布団を被ってじっと耐えるしかなかった。気付かないふりをする事が一番“賢い”方
法なんだと、何時の頃からか学んだ。
 ……僕には解らない。
 そこまで暴れるのなら、お仕事になんて行かなければいいのに。

 でも、だからこそ偶に父さんが休みで家にいる時は、生きた心地がしなかった。
 家はアパート暮らしで狭かった。かといって昼間から布団に潜っている訳にもいかない。
 父さんはよくテレビを観ていた。ぼりぼりと肩や尻を掻き、大抵はむすっとしている。
 そんなに機嫌が悪いなら観なければいいのに……。でもそんな事を口に出すなんてとても
じゃないけど出来なかった。
 耳が覚えている。何度かこっそり覗いた時、目に焼き付いている。
 もし怒らせれば、次は僕だ。今度は僕が母さんみたいに散々にぶたれるに決まっていた。
『……どうした、ヨウタ? そんな隅でうじうじしやがって。男らしくないぞ?』
 お仕事が父さんを苛々させるから、そのお仕事のない日はまだマシだった……という事な
のだろうか。ぶすっとはしていたけど、そういう時は酔っ払って返って来る時よりはまだ危
ないと感じる表情(かお)はしていない。
 ビクッ。でも僕は怖かった。あの貼り付けたようなゴツゴツした顔が、いつ赤くなって僕
を殴りに掛かってくるかなんて予測できやしなかった。
 だからずっと待った。休みの日が終わって、お仕事に出て行って、少しの間だけ母さんも
僕も殴られずに済む時間がとても幸せな一時に思えた。

『どうしたの、ヨウタ? まだ全然解けていないじゃない』
 なのに二人は僕をホッとさせてくれなかったんだ。
 何年かして、母さんは僕の前に色んな本を積み上げるようになった。
 国語、算数、理科、社会──自分があまり良い学校を出ていなかったかららしい。母さん
は物心付いてきた僕に、とにかくいっぱい勉強して偉くなる事を期待していた。
 怖かった。
 あの時はまだはっきりとは分かっていなかったけど、僕の目には家にいる時の母さんが仕
事に出て帰って来た時の父さんのように恐ろしい人間に変わっていくように見えた。
 ……色々、溜め込んでいたんだと思う。
 父さんの機嫌を損ねれば殴る蹴るされる。でも僕がいるから、逃げられない。
 だから母さんが選んだのは、僕が偉くなることで自分が救われた気分になれるというもの
だった。僕じゃない。母さんが、母さん自身の為に強制(きたい)したことだったんだ。
 頁いっぱいの文章が並ぶ。
 頁いっぱいの数式が並ぶ。
 頁いっぱいの道具の写真が並んでいたり、他人の写真や数字が並んでいたりした。
『ほら、ぼうっとしてないの! 今の内から頑張っておかないと、ずっと苦労する事になる
んだからね?』
 言っている事がよく解らなかった。何より厭だった。
 勉強(そ)の存在を知るより前に、僕の目の前にあった。全部母さんが持って来た。
 最初は絵がいっぱいで楽しいお話だったけど、段々お話も何も頭に入らなくなってきた。
 怒られている。
 家にいれば母さんに怒られる。家にいなくても先生に怒られる。
 皆同じだった。父さんも母さんも先生たちも、皆して僕にいきなり怒ってくる。あれは駄
目だこれは駄目だと怒られる。
『……』
 何処に行けばいいか分からなかった。
 何処にもホッとする所が無いから、怖かった。
『──?』
 だから、それを見つけた時すごくホッとしたんだ。

 扉がある。
 目を背けた先の壁に、黒くて艶々した扉がある。


 どうやらその扉は、ずっと僕の傍について来てくれているらしい。
 父さんを怒らせて殴られた時。
 母さんの言いつけを守れずに怒られた時。
 余所の子達に除け者にされ、なのに先生に僕だけが『仲良くしなさい』と言われた時。
 黒い扉はいつもそこにあった。困って辺りを見渡すと、いつも近くの壁にそっと植わって
僕に開けられるのを待っている。
 だから手を伸ばした。
 辛い時、悲しい時、怖い時。僕はいつもついて来てくれるこの扉からあの安息の場所へと
避難するのだ。
 中は扉と同じ、艶々した真っ黒な部屋だった。
 そんなに大きくはない。家という感じではない。
 でもよく弾んでいつも僕を受け止めてくれるクッションがあった。いつも僕が読みたいと
思う本が無造作に置かれていた。
 だから僕はこの部屋を見るととても嬉しかった。安心した。ここなら誰にも邪魔されず、
思う存分羽を伸ばして好きな本を読み漁る事ができる。

 ……やっと見つけたんだ。僕の、僕だけのホッとできる場所が。
 だから気付いた時には、僕はあの部屋を訪れていた。ドアノブまで艶々と黒いドアを開け
て、僕だけを待ってくれるその部屋へとぼふんと倒れ込む。
 包み込んでくれた。受け入れてくれた。
 この部屋にいる時にだけ、僕は僕でいる事ができた。誰にも邪魔をされず、安心して眠る
事ができた。好きな物語に耽る事ができた。
『おい、伊庭(いば)。伊庭! 聞いてるのか!?』
『……』
 だからとっても邪魔だった。
 折角僕だけの部屋で休んでいるのに、扉の向こうから五月蝿く叩いて叫んでくるのはいつ
も大人達だ。機嫌の悪い父さんだ。僕の成績一つで簡単に父さんみたいに変貌する(なる)
母さんだ。何でか僕ばかりを目の仇にしては、何度も埃臭い部屋に閉じ込めてくる先生など
もその例に漏れない。
『……ああっ、もういい! 今日はさっさと帰れ』
 ようやく解放される。いや、違うか。僕が僕の部屋から引きずり出されたという事実は変
わらないじゃないか。
 一人になったらまた部屋に戻ろう。何だかまたどっと疲れた……。
『ん? ああ、伊庭か。はは、また呼び出されてやんの』
『し~っ、関わるなって! ……俺達まで老竹に睨まれちまうぞ』


「──なるほど。何度こちらが話し掛けてもまるで反応しない、と」
 繰り返す。繰り返す。
 さて僕はどれくらいあの世界とこの部屋を行き来したのだろう? だけどまぁ、もう歳月
なんてものはどうでもよくなっていた。あの部屋にさえいられれば、僕はそれでよかった。
「はい。最初はただぼ~っとしている子なのかなと思っていたんですが、人の話がまるで聞
こえていないかのままで……心配で……。お願いです、先生。もしこの子にコミュニケーシ
ョンなどの障害があるのなら、何とかして治したいんです。この子の将来の為にも!」
 嗚呼、五月蝿い。今日はとりわけ母さんがヒステリックだな。
 というか、ここは何処だろう? さっきまで部屋にいたから、外の事なんてどうでもよく
なっていたんだった。
 車に乗せられた事は覚えている。その前に何かあれこれ五月蝿く僕に言っていたような気
がするが──その後の事は部屋のドアを開けたからまるで覚えていない。覚える気もない。
「お母さん、落ち着いて。治る治らないは究極彼の──陽太君の心構え次第ですよ。とにか
くこうなった経緯を、順繰りに整理しましょう」
 嗚呼、五月蝿い。何だか母さんだけでなく、この見知らぬおじさんもあれこれと僕の邪魔
をしてき始めた。
 スーツに白衣を引っ掛けた……医者か。でも僕は特に目立った病気になった事もないし、
そもそもしんどさを感じたら部屋に入って休むようにしている。そうやって、ずっと僕は生
きてきたんだ。
 なのにこのおじさん、医者はさっきからずっと喋っている。どうやら母さんとも何やら話
し込んでいるようだけど、時々こちらの扉も叩いて来るから煩わしい。
 ……気のせいだろうか? 今までの五月蝿い大人達の中でも、特に部屋を貫いて声が響い
て来るような……。
「そうじゃない。違うんですよ、お母さん。彼の症例は彼自身が原因ではありません。貴女
の話が全て事実だとすると……彼は身を守っているだけだ。自閉──自分の世界に閉じ篭る
という方法です。いいですか? たとえ貴女の息子でも、陽太君は陽太君です。決して貴女
の奴隷ではないんですよ」
「……」
「今過去(げんいん)を責め立てても何も解決しません。ただ、専門家として、貴女が息子
さんを連れて来るのは……遅過ぎたとは思います」
 そしてフッと部屋を叩く音が遠退いたかと思うと、そんな医者の声が遠くで母さんを諭し
ているようだった。でもふるふると、当の本人は全身を戦慄かせて、何度も何度も首を横に
振り続けている。
「……嘘よ。病気なのよね? 私達のせいなんかじゃないわよね? 返事をなさい! 何で
なの、何で私ばっかりこんな目に遭うの!? 陽太! 陽太ッ! 陽太ァァッ!!」
「落ち着いてください! 話を聞いていなかったのですか!? 今の彼にそんな乱暴な接し
方をすれば──」
 嗚呼、五月蝿い。五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い。
 何なんだ? 今度は母さんが扉をバンバンと叩いてきた。
 邪魔をするんじゃない。
 ここは、僕だけの部屋なんだ。
 邪魔ヲ……するナ。
 ココハ、僕、ダケノ──。

「……さい」
「っ!?」
「五月蝿いんだよッ!!」
 刹那、それまで死んだ魚のように濁って色彩を失っていた少年の眼が、殺気と言ってしま
っていいほどの怒気を含んで見開かれた。
 息子の肩を掴んで揺さ振っていた母。そんな肉親を、少年は一切の躊躇なく弾き飛ばし、
更にこれに馬乗りになって殴りつけ始める。
「五月蝿い。五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿いッ!! 邪魔をするなッ! ここは
僕だけの部屋なんだァ!!」
「がっ、よ、ま、待っ、陽──」
「いかん! 急いで鎮静剤を、スタッフを全員呼んで来るんだ! 一旦取り押さえるぞ!」
 紆余曲折を経てようやく相対した遠い街の精神科医は、内心己の饒舌の過ぎたるを悔い、
されど急ぎ近くに控えていたナースらに指示を飛ばした。
 ばたばた。彼女らが慌てて動き回る。程なくして一本の注射器を持ったベテランナースと
医療用の拘束具を手にした中堅や若手のナースらが駆けつけ、この少年を数の暴力で以って
羽交い絞めにした。
「離……せっ!」
「落ち着け、落ち着くんだ、陽太君!」
「五月蝿い! 僕の部屋に散々雑音を入れやがって! 邪魔を、するなァァァッー!!」
 顔を血だらけにして、母親が悶絶しながら床に転がっている。
 医師達に組み付かれ、されど少年は未だ黒い部屋の幻想(ゆめ)をみていた。
                                      (了)

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  1. 2015/06/14(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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